大昔。
今となってはそれはもう想像が及ばないくらい技術──『技術』というと
かなりアバウトなのだが、
空を飛べたり思いのものを得たり。
ほとんどを可能なことにしてしまった、
いわゆる『神の機械』。
ただ願いを叶えるだけに生まれたそれを『技術』と呼ぶ──が発達していた。

だが、それをもってしても流れ続ける時に逆らうことができなかったのか、それとも他の理由があるのか…

今ではそれを伝える書物ですら擦り切れてしまうほどに。
面影の一欠片も見ることがなくなるほど、それは失われてしまった。

しかしそんな失われた技術など、人々にとってもはやどうでもいいようなものであった。
もしその技術を再び得たとしても、今の人類ではそれを1%も有効に使うことはできないだろう。

とりあえず今この瞬間を生きられる。
ただそれだけで人々は幸せだったのだ。
それ以上は多く望まない。

技術無き今、彼らは汗水かいて自らの手で土地を開拓し、
自らの手で食料を得ていた。

多人数で行う開拓作業はその過程でいくらか仲違いはあるものの、
ほとんどが2〜3時間、長くて一晩で双方スッキリ解決するため支障が出ることは少なく、どんどんと開拓地が増えていった。

開拓前にゴツゴツしていた地面をならし、均等に、ちゃんと住めるようにする。

作業としてはそれだけであったが、
それでも十分に過酷であった。
トンボのようなもので地面を何度も何度も擦り、削る。
少し進めるのにも時間がかかり、体力も必要だ。
しかし、諦める人は誰一人──いや、結果的に諦める人がいないというだけで、諦めようとする人がいるのは事実である。実際、仲違いの原因はサボりが8割ほどなのだから──
…いなかった。

食料は植物が主で、時々黒い鉱石を砕いたものも食す。大昔の技術がもたらした奇跡なのか、その全てがとても甘く美味しい。
一口食べれば元気が体の奥底から湧き出し、全身が歓喜する。
まさに神がかったものだった。

その鉱脈は膨大で、永遠に地下に続いていくのでは?などと噂されているほどだ。
掘れども掘れども先が見えない。

なので、万一作物が育たない時があろうとも、食料問題には一切なることはなかった。

今までも、そしておそらくこれからも。




人々はこれからも毎日を幸せに過ごしていく。
汗水流して得た土地を眺めながら美味しいものを食べ、楽しく笑って生きていくだろう。

旧人類が『技術』を作り出したのは、溢れ出る欲望を押さえつけられなかったからである。
溢れ出る欲望が次々と欲望を生み出し、万物を変えるに値する禁術である『技術』を得た。
しかし今の人類は今に満足し、生きている。

だからおそらく、ふとしたはずみで『技術』が蘇ったとしても、
今の人類はそれを使おうとはしないだろう。

だがもし一度でも使ってしまおうものなら、旧人類よりも純粋な彼らはすぐさま魅入られてしまうかもしれない。

そして、その時人類は完全に地球上から消え去ってしまうだろう。



















旧人類がどのようにして破滅したか。
それは、『技術』で叶えようとした願いがねじ曲がった形で実現したから。

人口が増えすぎてしまい住む場所がなくなってしまった彼らは、『技術』に願った。
人口が増えすぎたせいで食料危機に見舞われた彼らは、『技術』に頼ろうとした。
戦争が絶えない世界を自分達で変えようともしなかった彼らは、『技術』に任せようとした。

神の機械である『技術』は元は善なる人が作りあげたものだったので、それら全てを同時に叶えようとしたのだ。

ただ処理の限界で、ごく一部の人々にだけしかそのことは効果しなかったのだが。


歪んだ機械は願いを受け取ると、数日経った後にまずあることをした。

全人類を同時に極限まで小さくしたのである。

それによって、人類のほとんどが今まで存在を気にもしていなかった微生物達に虐殺されてしまった。

見上げるそれが微生物だと理解する間も無くすり潰され。
まさに人類が今まで彼らにそうしてきた大虐殺そのものであった。

微生物に取り込まれなくとも、人々は次々と死に絶え始めた。
縮小前に周りに食べ物がなかった人はもちろん、ちょうどおにぎりを食べようとしていたような人でさえ餓死してしまった。
小さくされ過ぎたため、おにぎりが床に落ちた衝撃だけで数十メートル吹き飛ばされ、ほんの数センチ先に落ちたおにぎりに辿りつくことさえなく死んでしまったのだ。


これで人類のほとんどが死んでしまったが、未だ無事に残っていた人々がいた。

歪んだ機械はわずかな生き残り達を全て、
1つのチョコチップクッキーの上に転送したのだ。

微生物達に襲われないよう、そしてクッキーも腐ったり全て食べ切ったりしてしまわないよう…
きっちりちゃんと対策はされていた。

クッキーからすれば人類はあたかも存在していないかのように小さく、
また人類も自分達が相対的に地球よりも数倍大きなクッキーの上に立っていることは永遠にわからないのだった。


最後に機械は、人々に少しの道具を与えた。
争いが起きないよう、他者に向けると敵意がなくなってしまうようにできていたので、自然とゆっくりと平和になっていった。

そうして長い年月をかけて、今のような様相を呈しているというわけだ。

今人類は平和だが、この平和がいつまで続くかわからない。

もし動物が進化して、高い知能の新しい人類が生まれたら?

このクッキーは微生物は防いでくれるが、それ以外は防いでくれない。

現状地球には、現人類がいるクッキーを見つけられる動物はいない。

しかし、もし新人類が誕生してしまったら。

現人類が住まう小さなクッキーを見つけてしまったら…



…その時は、破滅を迎えるのみだろう。