意識を取り戻した時には、意識を失った時の自らの行動は完全に記憶の底で。つまり完全に記憶になく、今自分が置かれている状況の異常性に気づくのが出来なかった。
まぁ、気づいていても、もう無駄だっただろうと思わざるを得ないのだが。


目を開けると、いつもの見慣れた電灯がそこにあった。見慣れた電灯といっても、電灯のデザインはさほど変わることはないと思うのだが。とりあえず身を起こし、改めて確認したが、やはり自分の部屋であった。次に、自分がこの場所に帰って来た時の状況を思い起こそうと努力したが、努力も虚しく、一切を思い出すことが出来なかった。しかし、記憶以外の体調は万全で、少し気味が悪くなった。

少し引っかかるところがあるものの、これ以上考えても無駄だと判断して、いつも通り支度をして、いつも通り外に出ることにした。外に出ても、特に何ら変わった所は無い。車は往き交い、信号は明滅し、人々の声も聞こえた。少しだけ、気になる点があればいつもより空が高いように思えた所か。いや、高いかどうかは分からない。しかし、確かに具体的には説明できない違和感を感じたのだった。

バス停で、バスを待っている時、何やら周りより少し浮いているような、そんな人物を見かけた。大体16〜18歳ぐらいだろうか、いつもは見かけないような感じの黒い長髪の少女だった。少し浮いているというのは、『いつも見かけないから』と言う理由だけでは無い。少女はずっと時計を、アナログな腕時計を見つめていたのだが、その時刻が、今自分が認識している時刻とは余りにもかけ離れていたのだ。今待っているバスの到着時刻は、大体7時40分のはずだが、彼女の時計は16時30分を指していたのだ。余りにも静かにしているからか、他の人々にはその少女のことが目に入らないようで、普段通りにスマホを弄ったり、音楽を聴いていたりしている。数分後、バスが到着し、自分は彼女と同じ電車に乗った。

いつもは只々暇なだけのバスの乗車時間も、彼女のおかげで少し退屈せずに済んだ。


同じバスに乗った彼女が、どこで降りるのか気になっていたのだが、彼女がバスを降りる気配も無いまま、自分の目的地に到着してしまったので、少しモヤモヤしながらも私はバスを降りた。降りる時にちらと彼女を見たが、乗った時と変わらず、あの腕時計を見つめていた。少しだけ、微笑んでいたような気がした。


今日の職場は、いつもよりも活気に満ちているように思えた。今まではこんなことは無かったはずなのだが。そう言う私も、今朝から体の調子が良かったので、少しだけ気になっていたが、考えても納得のいく理由が想像できないので諦めた。今日は体の調子が良いからか、自分のデスクはエアコンの当たりが悪かったことについては気にならなかった。


時刻が正午を回ったころ、少しの異変を感じた。これもあの空が高く思えた時のように、具体的には分からない上に、ほとんど気のせいとしか思えないものであった。次に異変を感じた時刻は、およそ14時の55分を回ったぐらいであったか、2時間前に感じたようなものと同じ異変を感じた気がした。自分が気にしすぎているだけなのか、他の人は何も気になっていない様子である。そして、次の違和感は少しいつもと違っていた。時刻は16時の40分ぐらいか。3度目の異変を感じた数分後であろうか。飲んでいたコーヒーの表面が少しだけ波打っているように見えたのである。

何か引っかかるところがありながらも、職場から帰宅している途中、4度目の異変を感じた。次は何か遠くで見世物でもしているのだろうか。何かの振動がした。5番目の異変は、4番目の異変から大体45分ぐらいたったあとであったと思う。確かそのときにはもう、自宅に到着する寸前だった。

805号室のドアを開けようとしたとき、それほど強くもない地震が起きていることに気づいた。気味が悪い地震で、いつまで経っても収まる気配がない。しかも何やら外が騒がしい。大勢の人々が移動しているらしかった。人々の移動はあまり気にせずに、テレビをつけて見ると、ニュース速報が流れていた。その速報には、何故か、今朝見たあの少女が写っていた。しかし、それは今朝見た彼女であって彼女で無かった。このニュースを見たほとんどの人が、思わず吹き出したり、呆れたりするであろう。何故なら彼女は、今朝見た時より、何10m、何100mも巨大だったのである。
このニュースを見て、私は何故下で大勢の人々が一挙に移動しているのか理解した。
それは、あらゆる物に干渉し、あらゆる物の干渉を受けていないかのように見えた。私が見た中継では、周りの建物など念頭ないかのように、我が道を歩んでいるようであった。さらに、それは自らに矛先を向けた者に、尋常ではない程の攻撃を仕掛けていた。恐らくとばっちりで周り一帯は難なく壊滅するだろう。それが画面内で一歩を踏み出すたび、自分にもその衝撃が感じられた。しかし、喜ばしくないことに、それは私が今いる場所よりそれほど遠くはない場所にいるようだった。試しに窓から外を見ると、遠くにそれは見えた。間違いなく、今朝見た彼女である。それを証明するかのように、私がバスから降りる時に見た微笑を湛えていた。そして、私が自室から彼女を観察している間に、次の異変が起こった。

私は、その時私の身に起きたであろう異変については、全く記憶に残らなかった。それほど、『私』より『彼女』に起きた異変に意識をうばわれたからである。それもそのはずである。彼女は、今でももう身長100m近くに到達しているというのに、さらに巨大化していたのである。およそ数秒たったのち、彼女は、周りの建物から推測するに、1000mを超える大きさになっていた。

ニュースのキャスターが平常時で考えられないほどの取り乱しかたをしているのが、音声だけでも伝わった。正直言って私も正気を失いそうではある。目の前の非現実と死の恐怖。その2つでどうにかなってしましそうであった。実際、どうにかしてたとは思う。およそ発狂した私の脳が下した判決は、

「逃げずに彼女を死ぬまで観察する」

である。私最後のナニかが、もう逃げても無駄だと悟ったのだと思う。

吹っ切れたので、改めて1000m級の彼女を観察して見る。先ほどとは変わらず、足元の建物には一切注意がなく、奔放としている。たまに何らかの攻撃が仕掛けられているのだろう。時々彼女のローファーに少し火花らしきものが舞っていた。そういえば彼女の服装については何も気にしてはいなかった。朝方は腕時計の奇妙さに、先ほどからはその圧倒的な巨大さに意識が向かっていたのであろう。彼女は、高校の制服らしきものを着ていた。彼女が巨大なので、あまりよく分からないし、それがどの高校のものかわからないが、恐らくそんな感じであろう。私は自分の高校と、その少し周りの高校などしか名を知らなかったし、ましてや制服なんぞ見たこともないのである。
そんなことを考えている間も、彼女は遥か上空で微笑みながら淡々と人々を、ビルを踏み潰していた。先ほどの100m近かった時と比べると、大分と動きが小さいのは、さすがに少しの動きでも相手を虐殺できると知っていての行動だろう。何故か彼女が巨大化したのにも関わらず、さっきよりも彼女が小さく見えるのは気のせいか。自分のこの部屋から彼女が離れて行っている…?何故?と、私は少し不思議に思った。

彼女が1000m級になってからおよそ15分か。彼女の巨大化が再び始まった。100mから1000mになった時よりも数倍早い速度で。その数秒のち、彼女の巨大化は止まった。彼女は恐らく100kmくらいではないのか?最低でも先ほどの10倍程度では済まない大きさになっている。だが、何故か私の居場所からまたかなり遠ざかっている。ここまでくるとさすがに彼女の顔は見えずに、もはやほとんど靴だけが見える状態になってしまった。このままじゃほとんど観察なんて出来ないな。なんて思っている時に、私のスマホから急に通知音がした。確認すると、メッセージが届いたらしい。すぐにそのメッセージを開くと、私のスマホから激しい光が現れた。それはホログラムのようで、姿形は、いまさっきまで観察していた彼女そのものであった。

そのホログラムは、現れたっきり小さくボソボソと声を発するので、スマホの音量を上げてみると、「何故逃げない?というか、何故仕事でもないのに私をずっと見てくるの…?」と至極ごもっともな事を言っているらしく、私は「どうせ逃げても助からないと思ったからだ。そりゃあんな巨大化を見たら誰でも諦めるはずじゃ?」と返してみた。すると、「巨大化…?あぁ。一応逃げても無駄だとは思うけどもね、それでも逃げてくれないとちょっと冷めるよ…というか貴方今朝私のこと見てたでしょ…?一応分かってたからね?」「流石に視線も感知できるというわけか。でも他の誰も見てなかったのか?」「まぁ、貴方だけだったと思うよ。ああ、そろそろ一旦通信切れるから。じゃあ」などというと、ホログラムは姿を消した。

その時、また例の異変が起きたのである。急いで窓の外を見ると、彼女が再び巨大化しているのが見える。彼女は後ろに下がりながら巨大化しているようで、彼女の後ろにあった市や町は漏れなく踏み潰されたであろう。今までよりさらに速度が早い巨大化であった。およそさっきのさらに1000倍は優に超えているだろう。数秒の巨大化が終わった時、また彼女からのメッセージが届いた。開くと、またあのホログラムが出て来た。さっきはあんなにボソボソと呟いていただけであったのに、今度はクスクス笑いながら出て来た。何やらにやにやしながら、「今、さっき私が『きょだいか』してるときねぇ」といってから、今度は腹を抱えて笑い出した。理由を聞くと、「残念ながらね、私は『きょだいか』してるわけじゃないんだよ。逆だよ。小さくなっちゃってるの。貴方たちみんながね」

「私達は発見したんだよ。光の屈折が物体や生命などに与える影響をね。光って言っても太陽光とか月光とかの宇宙に由来する光ね。その影響っていうのが、その光に当たった物体や生命が全て縮小するようになるって特性で。その縮小している物質に触れている物質も連鎖的に縮小するの。で、私達はその連鎖から逃れるための術も同時に開発したわ。それが、貴方が目をつけた腕時計。腕時計には、特別な細工をしてあったから…まぁほとんどこの腕時計で人間辞めれるんだけど、もし盗まれないように、古臭い時計にしておいたの。まぁそのせいで貴方に目をつけられたんだけどね。とにかく時計のお陰で私達は縮小連鎖から抜け出せることができたの。そしてね、この縮小連鎖にはある特異性があってね、それは最初は全然気づかない1nm程度の縮小から始まるんだけど、だんだんと縮小するスピードと縮小までの時間が短くなっていくの。だから私の『きょだいか』スピードが早くなっていったのね。因みにこの縮小連鎖光はこの計画実行前にすでに宇宙に向かって発射して来たわ。だんだんと宇宙全体が縮小していって、私達はそれに影響されないから…」



「ちょっと、岬、誰に向かって話してんの?」「えっと、あれ、通信切れてる…」「もう、しっかりしてね?これから私達、地球の、銀河の、宇宙の女神になるんだから。」「そういえば、地球は?」「…どこかに浮いてるんじゃないかな?月も地球より先に消滅したし。」「早いなぁ」「計算ではあと3日くらいで宇宙の全縮小が完了だって。それまで何する?」「とりあえず、そこらの星でも『じょうか』する?」「いいね、それなら3日もあっという間だね。」「じゃあ、行こうか。というか他の3人も
うやってるんじゃ…」



3日後

全宇宙から、常に『きょだいか』し続ける少女たちの姿が確認され、
少女たち以外の全ての生命は、
気まぐれに起こされる『じょうか』に怯えて生きていくことになった。
地球は、未だ彼女の体表を、縮小しながらさまよっている…