毎度おなじみくだらないお笑いで申し訳ありません・・・と、思っていると結構そうでもない記述もありますが、でもいろいろと警告はパスしておりますので大人がそれなりの覚悟でお読みください。ほんとに覚悟しておいてくださいよ。なお、読むにあたっては最低限の麻雀のルールくらいは知っておいた方が良いかもしれません。それにしてもこの界隈でガリバー旅行記の二次創作って良く目にするのですが、不思議の国のアリスへのオマージュってレアですよね。わかるような気もしますけど・・・

井の頭公園のアリス
by JUNKMAN

5月
・・・
5月よっ!
ほらほら、風が薫ってる。
季節が春から夏へと移り始めているんだわ!
だから歌っちゃおう、♪迫るうううううううう初っ夏あああああああああ地獄のぐーんーだああああああん・・・なんてね♡
はー、ついついテンション高くなっちゃうわ!
だって、この日差しのぽかぽかしてきた感じがイイ!
もちろんお昼は屋外でピクニックするに限る!
そう思って、アリスは遥々ロンドンから京王線に乗ってここ井の頭公園にやってきたのだ。

*****

よーし、ここでお昼にしよう!
毎度おなじみサックスブルーのワンピースに白いエプロン姿のアリスは、井の頭池のほとりのベンチに腰をおろし、持参してきたランチボックスを開けた。
レタスとチーズのサンドイッチ、おやつのキャンディーが三粒、そしてこの水筒の中身はきっとアイスティー。まあ、いつものランチだけど、でも屋外で食べるからいつもより美味しいと思うわ。
じゃ、いただきまーっす!
アリスはサンドイッチを摘まんで、あーん、と、口を大きく開けた
ぱくん
はむはむ
もぐもぐ
ごっくん
はああ、美味しい!
それじゃあ次はおやつのキャンディを
・・・
・・・
舐めることはできなかった
・・・
どうして?って
・・・
目が合ってしまったからだ
カメと
・・・
それもただのカメではない。フロックコートを着てシルクハットを被って小脇にアタッシュケースを抱えたカメである。
・・・
・・・
どういうこと?
・・・
・・・
って、不思議に思っているのはカメも同様のようで、アリスを見つめて首を傾げている。

「・・・お嬢さん、どうかなさいましたか?」

なんとカメが口をきいた!びっくりだ!でも口がきけるなら質問もできるから好都合だとはいえる。

「ねえ、どうしてそんな恰好をしているの?」

「これから仕事だからですよ。」

「仕事?・・・って、どんなお仕事?」

「うーん、一言で説明するのは難しいですねえ・・・じゃ、一緒にお出でになりますか?」

「え?」

アリスは好奇心の塊だ。この唐突な申し出を断るはずがない。

「わかった。行く。」

手早くキャンディーをランチボックスに戻して小脇に抱える。

「じゃ、行きますよ。」

カメはどぶんと井の頭池に飛び込む。

「え?池に飛び込むの?」

アリスは好奇心の塊だ。ちょっと逡巡こそしたけれど、意を決してカメを追い井の頭池にどぶんと飛び込んでしまった。

*****

アリスはカメの甲羅に跨って井の頭池の底知れぬ奥深くへと潜っていった。
さっき池のほとりで遭った時にはアリスの膝ほどもない小さなカメだと思ったのに、今はなぜかアリスが跨っても余裕な大きさになっている。その甲羅に跨ったまま池の中の漆黒の闇を奥へ奥へと潜っていくと、急にぱっと視界が開けた。
ついに池の底に着いたのだ。
さあて、ここで何が始まるのかしら?
・・・
と辺りを見回して、そこで初めて気が付いたのもナニだが、そのただならぬ緊迫感にアリスは慄然としたのである。

*****

池の底の平原では三人の厳めしそうな将軍が睨み合いをしていた。
一人は肥満体の男
一人は神経質そうな痩せた小男
最後の一人は筋肉むきむきの髭もじゃ大男である。
この三人が実に険悪まさに一触即発のムードなのだ。
更にその周囲には野次馬が興味津々の表情で十重二十重に取り囲んでいる。

「遅い!」

肥満体の男が野太い声をあげる。

「・・・この話し合いは、なかったことにするか?」

痩せた小男も不機嫌そうに吐き捨てる。髭もじゃむきむき大男もそっぽを向きながら嘯く。

「ふん!俺様はもともと話し合いなどしたくはなかったのだ」

「・・・遅くなって申し訳ない!」

そこにやっと例のアタッシュケースを抱えたカメが駆けつけた。

「遅いじゃないか!」

肥満体の男がなじる。カメは平身低頭だ。

「いやいやいやいや、誠に申しわけありませんでした!」

「で、そちらの小さな娘は?」

髭もじゃむきむき大男が問いかける。そうか、確かに初対面よね。アリスはスカートの裾を摘まみながら丁寧にお辞儀した。

「わたし、アリスです♡」

「アリス?」

「はいはい、井の頭公園でたまたま一緒になりましてね、それでこちらまでお連れして来た次第で。」

「ふむ、なるほど。」

カメの説明になっているとも思えない説明を3人の将軍たちはあっさり了承する。

「・・・じゃあ、それは良いとして、早速用件に取りかかろう。」

「ちょっと待って!」

アリスは唇を尖らせる

「わたしだけ自己紹介して他のみんなはしないってどーよ?」

「そ、それもそうですね。」

カメはシルクハットを脱いでペコリとお辞儀した。

「実はわたくし、カメでございます。」

「わかってるわよ!」

「で、こちらが筒子軍の一筒将軍さま」

肥満体の男が鷹揚に頷いた。

「こちらは索子軍の一索将軍さま」

小柄な男が神経質そうに口を尖らせる。
次にカメは最後の一人、髭モジャむきむき大男を紹介した。

「で、こちらが萬子軍の一萬将軍さまです。」

「・・・」

何とも言えない気まずい雰囲気である。でもとりあえずこの3人の名前と、そしてどうやらその3人の仲が良くないことだけは理解できた。

「・・・で、その3人の将軍が集まって、ここで何してるの?」

「そうそう、それが本日の重要な用件なのですよ。」

以下、ここイノヘッド国の情勢についての解説である。
現在、イノヘッド国にははっきりした政権担当者がいない。そのかわりにこの仲の悪い3人の将軍がそれぞれ率いる筒子軍・索子軍・萬子軍の3つの軍団が鼎立して小競り合いを繰り返していた。もちろん住民たちはその不毛な争いにうんざりしていた。

「・・・そんなわけで、誰がこのイノヘッド国の支配者であるかをはっきりさせて、そして恨みっこなしに残りのみんなはその支配者に従う方が良いという結論に至ったのですよ。」

「ふーん・・・で、どうやって?」

「ええ、そのために今日は皆様にお集りいただいたのです。」

カメは抱えてきたアタッシュケースをおもむろに開く。
その中身は
・・・
なんと麻雀の牌である。
じゃらじゃらじゃら
カメは3人の将軍たちの真ん中に置かれた卓の上に牌をぶちまけると、丁寧に洗牌して、そしてさくさくと井桁の形に牌山を積み上げるとサイコロを振った。カメに従って3人の将軍たちも黙々と配牌作業に参加する。そして各自が13枚ずつ牌を取り終わった時点で、カメは厳かに問い質した

「・・・宜しいですか?」

3人の将軍はこくりと頷く。アリスにだけは事情が呑み込めない。

「ど、どういうことなの?」

「ご説明いたしましょう」

カメは大マジメに頷く。

「いま、起家のわたしの手元には牌が13枚あります。」

「ふむふむ」

「本当はまず14枚手元におくべきなのですが、今日は敢えて13枚に留めておきました。」

「?」

「ですから皆さんに13枚目が行き渡ってから次にわたしが引く1枚が、この局における最初のツモということになります。」

「・・・」

「その牌が筒子だったら一筒将軍が、索子だったら一策将軍が、萬子だったら一萬将軍が、この世界の支配者ということで・・・」

「・・・」

呆れて声も出ない。マジメに訊いて損した。
ところが、当のカメと3人の将軍は大マジメである。カメは厳しい表情で牌山に手を伸ばした。

「・・・宜しいですか?このツモですよ。やり直しはしませんよ。異存はございませんね?」

3人はこくりと頷く。
野次馬たちも咳ひとつ立てない。
場には緊張感が張りつめた。
そんな中、カメはごくりとつばを呑み込むと
・・・
きゅっ
・・・
運命の1枚をゆっくりとツモる。
・・・
場の緊張が更に高まった。
・・・
・・・
もう一度深呼吸すると、カメは運命の1枚を表向きにして卓に叩き付けた。
ずばあああああああん
・・・
・・・
もうもうと砂煙が湧き上がる
三人の将軍が見守る中、明らかになったその結果は・・・

「!」

「パ・・・」

「パイパン=白板だっ!!!」

叩き付けられた牌はのっぺらぼうの白板。もちろん萬子、筒子、索子のいずれでもない。
三人の将軍は即座に揃って首を横に振った。

「これじゃあ決めようがないな。」

「うーん、字牌は想定外だった。」

「ツモり直してもらうか・・・」

「・・・いや」

カメはこの意見に賛同しない。

「今更そんなこと言われても、さっきツモはやり直しできないと念を押したはずですよ。」

「でも該当者がいないんだからしようがないだろ?」

「そうだ、該当者が出るまではツモり直さないと!」

「・・・該当者は、います。」

「え?」

カメは厳かにアリスを指差した

「・・・お嬢さん、あなたです。」

「え?わ、わたし?」

カメはこっくり頷きながら、驚いているアリスのスカートを片手でいきなりめくり上げ、そしてもう片方の手でそのパンツをぐいと引きずり下ろした

「きゃあああああ!いきなり何するのよ!?えっち!変態!ロリコン!」

ぱちいいいいいん
アリスがカメの頬を思いっきりビンタする。
それでもカメは歯を食いしばったままパンツを引きずり下ろした手を放さない。そしてアリスの股間を指さした。
三人の将軍たちも、もちろん野次馬たちも、その指し示されるがまま、食い入るようにアリスの股間を見つめる。

「・・・どうですか?」

「う、ううう、確かに・・・」

「パイパンだ・・・」

おおおおおおおおおおおおお
会場が大きくどよめいた。
アリスは7歳である。第二次性徴なんか始まっているわけもなく、その股間には、当然だが、陰毛の一本も生えていなかった。
カメが勝ち誇ったように宣言する。

「・・・というわけで、イノヘッド国の支配者は、このお嬢さんに決定です!」

おおおおおおおおおおおおおお
ぱちぱちぱちぱちぱちぱち
周囲の野次馬たちは一斉に拍手をし始めた。
しかし三人の将軍たちは激しく頭を振った。

「いいや、そんな決定には承服できない!」

「なんでこんな小娘に支配されなきゃならないんだ!」

「でも第一ツモに該当した者が支配者になるって・・・」

「これとは話が違う!!!」

いきり立った一筒将軍はついに肚を決めた。

「・・・話し合いはこれまでだ。」

一索将軍もこっくり頷く。

「良いだろう。戦争だ!」

髭もじゃの一萬将軍も席を蹴る。

「これからすぐに陣営に帰って闘いの準備をする。」

「あ、あの、ちょ、ちょ、ちょっと待・・・」

「次に会うのは戦場だ。」

「さらばだ。」

「あばよ!」

三人の将軍たちはそれぞれすたすたと帰ってしまった。後に残されたのはカメとアリスである。

「・・・和平交渉は失敗しちゃったのね?」

アリスが心配そうに訊ねる。カメも肩(←って、どこにあるの?という質問は却下)を落として溜息をついた。

「それは確かに残念ですが、でも結果がこうなってしまった以上、お嬢さんにはイノヘッド国の支配者として頑張っていただかないと・・・」

*****

「おい」

「なんだ?」

「ああは言ってみたけどさ、あれ、やっぱまずいんじゃないか?」

「うん、俺もそう思う。」

「おいおい、どういうことだよ?」

「さっきのアリスとかいう小娘だよ。」

「あんなどこの誰だかわからんような小娘なんか無視で構わんだろ?」

「いやいや、野次馬たちは一斉に拍手してたぜ。」

「ああ、民衆の支持を得た正当な支配者だ、って言い張られたら厄介だよな。」

「ええ?じゃ、下手すると俺たちは・・・」

「三人とも反逆者扱いされる恐れはあるなあ。」

「じょ、冗談じゃないよ!それじゃあ俺たち同士で戦争したって意味がないじゃないか!」

「うむ・・・そこで、どうだ?」

袂を分かったはずの三人の将軍は、額を寄せ合って何やらひそひそと相談を始めた。

*****

そのころ、アリスはカメから三つの軍団について詳しい説明を受けていた。

「・・・筒子軍は大砲をたくさん持っています。戦術は火力にものをいわせた中央突破です。」

「ふうん」

「索子軍にはヘリコプター部隊があります。機動力は抜群で多彩かつ迅速な兵力の展開が可能です。」

「ふうん・・・で、その、もう一つの・・・マンコ軍は?」

アリスが平然と口にした言葉にカメはのけぞった。

「お、お嬢さん、萬子軍ですよ、萬子軍!」

「だからマンコ軍でしょ?」

「違います!これは『萬子=マンズ』軍と読むのです!」

「そうなの?漢字って難しいのね。」

「読み間違えるにしても女の子が口にするのはお下品すぎな間違え方ですよ!」

「ごめんごめん、わたしってイギリス人だから日本語の機微が今一つよくわからないのよ。」

アリスはおざなりに謝りながら両手でスカートをパタパタめくって風を仰ぐ。その下のパンツは既にカメ本人がずり降ろしてしまったのでエッチなところ丸見えである。7歳の女の子がこんな破廉恥な行動しちゃうんだからたまらない。カメは苦虫を噛み潰した。

「・・・お嬢さん、ほんっとに7歳でいらっしゃるのですか?」

「そうよ。そこは原作にもきっちり書いてあるし。」

「でも、失礼ですがあの有名なディズニーのアニメではとても7歳になんか見えないのですが・・・」

「確かにね。ディズニーはキャラ作りのセンスがないのよ。」

「それは同意します。『アナと雪の女王』なんてブッサイクで見てられませんね。」

「加えてUSAはアグネスも異常にうざくて、その結果があの異常におばさんくさい顔したアリスなの。あの筋金入りのド変態ロリコンであらせられるルイス・キャロル先生が草葉の蔭で泣いておられるわ。」

「でもあの定番になったサックスのエプロンドレスとか、原作では黒髪だったのをブロンドに変えたところとか、評価できるところもあるんじゃないですか?」

「うーん、あの髪の色については通の間で賛否両論あるみたいだけど。」

「ほう。で、お嬢さん自身の髪の色はどうなんですか?」

「それは読者のみなさんの想像にお任せするとして、で、カメさん、そのシルクハット脱いでみて。」

「はい?」

唐突なリクエストに首を捻りながら、カメは言うとおりに帽子をとって見せた。アリスは間髪入れず突っ込む。

「ほうら亀頭まるだし。わたしのこと批判できないじゃない、きゃはは♡」

「お嬢さん!!!」

カメは意外とよく日本語がわかっているアリスに半ばブチ切れつつも我に返って強引に説明を続けた。

「ま、萬子軍は兵士の一人一人が筋骨隆々の大男でフィジカルに優れ、しかも圧倒的に兵士の動員数が多いのです。そんなわけで敵味方入り乱れた肉弾戦になると無類の強さを発揮します。」

「ところであなたはカメだけど、もっと具体的にいえばミドリガメよね?」

「そうですが」

「じゃ、エッチなこと考えたら『ミドリガメの発情』略して『緑發』になるわ!わたしは『白板』だから、あと誰か『紅中』を見つけてきたら『大三元』が完成するわね、きゃは♡」

「・・・」

カメは急に黙りこくった
・・・
・・・
耐えていたのだ
・・・
そうだ
耐えろ
耐えろ
落ち着け
・・・
怒ったら負けだ。
ましてや突っ込んだりしたり完全に相手の思うツボだ。
ここはスルーでこの7歳少女のお下品ストリームを凌ぎ切り、何とかして通常の会話に戻さなければ
・・・
・・・
そのカメの努力の甲斐あってか、それとも単に飽きてきたからなのか、ついにアリスも真面目な質問をし始めた

「・・・で、結局どこが一番強いの?」

「わかりません。ですが、戦いは激しいでしょうから、いずれにしてもこの三つのうちの一つしか生き残れないでしょう。その残った一つがお嬢さんに忠誠を誓ってくれるか・・・」

「・・・そうかしら?」

「と、おっしゃいますと?」

「今は公式にはわたしがこのイノヘッド国の支配者ということになっているのだから、まずは内輪もめを止めて、共同して邪魔なわたしを討ちにくるんじゃない?」

「え?」

ひゅううううううううううう
どかーん!

「きゃ!」

そのときアリスとカメの頭越しに砲弾が飛んできて背後に着弾した。

「こ、これって・・・」

「き、きっと、筒子軍の攻撃です!」

ぱらぱらぱらぱらぱら
見上げると上空にはヘリコプターが展開している。

「あれは索子軍のヘリコプター部隊・・・」

うおおおおおおおおおおおおおおお
側面から鬨の声が上がった。
振り向くと雲霞のような大軍が・・・

「ま、萬子軍まで攻めてきました・・・残念ながらお嬢さんの悪い予感が当たってしまったようです!」

「ど、どうすればいいの?どうすればこの危機を突破できるの?」

カメはがっくりとうなだれる。

「三軍に同時に攻められては逃げることも立ち向かうこともできません。ここは潔く諦めるしか・・・」

「ええ!!!」

アリスは天を仰いだ。

「あーあ、こんなことならカメさんの誘いになんか乗らないで素直に井の頭公園でピクニックしてれば良かったわ・・・」

恨めしそうに手にしたランチボックスに視線を落とす。
カメの目が鋭く光った。

「お嬢さん・・・それは?」

「ランチボックスよ。それがどうしたの?」

「その中身は?」

アリスはランチボックスを開け、その中身を一つずつ説明する。

「えーと、もうサンドイッチは食べちゃったから、残っているのはキャンディーと、水筒の中にアイスティーが・・・」

「キャンディー・・・」

カメは大きく頷いた。

「・・・やはりキャンディーをお持ちなのですね。ならばお嬢さん、もう時間がありません、急いでそのキャンディーを口の中に入れてください!!」

「?」

「さあ、早く!もう時間がありません!!」

アリスはカメの迫力に押されてキャンディーを一つぽいと自分の口の中に放り込んだ。
そのときである。

「見つけたぞ!」

野太い声とともに髭もじゃ筋骨隆々の大男たちがアリスとカメに向かって殺到してきた。萬子軍の荒くれ兵士たちである。たちまち一人の兵士がアリスを捕まえ首根っこを掴んでぶら下げた。

「きゃあ!なにするのよお!」

「やかましい!お前の首をいただくのだ!」

「お、お嬢さん!」

助けに寄ろうとするカメも別の萬子軍兵士に捕まってもう身動きが取れない。
アリスを捕まえた兵士はギラリと刀を抜いた。
ああ、絶体絶命!!!
・・・
・・・
・・・
の、はずなんだけど、アリスは危機感というより不思議な違和感を覚え始めていた。

*****

「・・・圧倒的じゃないか、わが軍は。」

「わが軍、って、誰のことだよ?」

「誰って、そりゃあうちの軍に決まってるだろ。」

「バカいえ!圧倒的なのはうちの軍だ!」

「いいやうちだ!」

「いやうちだ!」

相変わらず三人の将軍は言い争いばかりだが、いずれにしても戦況が圧倒的なのは間違いない。予定通りにアリスの首をちょん切るのも時間の問題だ。

「将軍さまああああああ!」

ほうら、早速伝令が飛んできた。さて、アリスの首を取ったのは筒子軍か、索子軍か、それとも萬子軍か・・・

「報告します!」

「うむ」

三人の将軍は伝令の前に身を乗り出す。

「アリスが・・・」

「アリスが?」

「・・・巨大化しちゃいました!」

*****

敵軍ばかりではない、当のアリス本人があっけにとられていた。

「ど・・・どうなっちゃったのかしら?」

アリスの首根っこを捕まえた大男の萬子軍兵士がしゅるしゅると小さくなって身長20cmちょっとに縮んでしまった。今は片手でむんずと掴まえられるお人形くらいの大きさである。
でもこれはこの兵士が小さくなったのでなさそうだ。
だって周りの兵士たちも一様にお人形さんサイズに縮んでいる。
ということは・・・

「お嬢さん、間に合いましたね!」

やはりお人形さんサイズに小さくなったカメが興奮して声を張り上げる。

「ど、どういうことなの?」

「そりゃあキャンディーをなめたのですから巨大化しますよ。」

カメは当然のように頷く。これを聞いた萬子軍の兵士たちも一斉にビビり始めた。

「キャ、キャンディーをなめたのか?」

「こりゃあいかん!」

アリスにはなんだかわけがわからない。
ただ朧げに理解できたことは
1) どうやら自分は10倍くらいに巨大化したらしい。
2) その巨大化した理由はキャンディーなめたかららしい。
3) キャンディーをなめると巨大化するのはこのイノヘッド国では当然のことらしい。

「この国の設定ったら、まんまC&Dさんね・・・」

かといってアリスは名作Magic Candy1のようなほのぼの展開を意図したわけではない。だってこの萬子軍の兵士たちはさっきわたしの首をちょん切ろうとしたのだ。でも巨大化してしまえばこっちのもの。こんなお人形みたいな連中は蹴散らしてやるわ!

「・・・というわけで、申し訳ないけどSadistic Candyコースで行っちゃいますね。」

アリスは足下のカメをひょいと拾い上げて安全なランチボックスの中に放り込むと、十重二十重に取り囲む萬子軍兵士たちに向かってじりじりとにじり寄った。

「よくもやってくれたわね・・・みんな、覚悟しなさい!」

「・・・う、うわ、うわああああああああああ!!!」

その迫力に気圧されて萬子軍は早くも総崩れ。みんなすたこらさっさと逃げ始める。
アリスは得意満面だ。

「こらあ!逃げるな!待てえええええええ!」

*****

「まずいな・・・」

アリスが巨大化したという報告を聞いて、髭もじゃの一萬将軍は眉をひそめた。
一方、肥満体の一筒将軍は動じず、静かに伝令に訊ねる。

「巨大化とは・・・どのくらいの大きさになったのだね?」

伝令は間髪入れず答える。

「はい!元の十倍、いまは身長12メートルほどの巨人であります!」

「身長12メートル・・・」

一筒将軍が鼻先でせせら笑った。

「・・・心配することはないな。的がある程度大きい方が弾は当たりやすい。我が軍のちょうど良い標的になってくれたということだ、うわっはっはっは」

一筒将軍が太鼓腹を揺すって笑い始める。一索将軍もニヤリと笑いながら頷いた。

「身長12メートル程度ならわがヘリコプター部隊の敵ではない。」

これを見て、不安そうだった一萬将軍も安堵の表情を見せはじめた。

「いずれにしても、前線に喝をいれなきゃならんな。」

「よし、我々も出陣だ!」

*****

「いけえええええええええええ!」

総崩れの戦場に一筒将軍の大音声が轟きわたる。
その声に押されるように、筒子軍の誇る大砲部隊が前線に登場した。お得意の正面突破攻撃である。これから一気に形勢挽回だ!
・・・
・・・
ところが、同じく攻勢に転ずるはずの索子軍ヘリコプター部隊は安全な上空でじっと様子を伺っている。
積極的に攻めようとする気配はない。
・・・
いったいどうしたというのだろう?

*****

「なぜいつまでも攻撃に出ない?」

神経質そうに問い質す一索将軍に対して、索子軍の二索副司令官はしらじらしくそっぽを向く。

「何をしている?二索!すぐに攻撃を開始しろ!」

「・・・その命令には従えませんね。」

「なんだと?司令官の命令に背くのか?貴様、処罰も覚悟の上での発言か?」

「処罰を受けるつもりもありませんよ。」

二索副司令官がにやりと笑うと、たちまち一索将軍の周囲を大勢の索子軍兵士が取り巻いた。

「な・・・何のマネだ?」

「索子軍兵士の過半数はこのわたし二索に忠誠を誓いました。一索将軍、もうここに貴方の居場所はありません。」

「!」

「おい!こいつをふん縛っておけ!これからこの索子軍はわたし二索が指揮をとる!」

「は!」

兵士たちは抵抗する一索将軍を荒縄でぐるぐる巻きにしてどこかに引っ立てて行ってしまった。残った二索副司令官は索子軍兵士たちに号令する。

「そのまま上空で十分に距離をおいたまま様子を伺え!決して攻撃してはいかんぞ!」

「・・・しかし二索さま、このままではアリスは筒子軍の大砲部隊に倒されます。勝ち戦に加わらず見ているだけでは戦後の交渉で我々が不利になるのでは?」

「このままでは確かにそうかも知れんな。」

二索副司令官は意味ありげににやりと笑った。

「・・・このままでは、な」

*****

そんな索子軍の混乱をよそに、一筒将軍が号令をかけた。

「撃てえええええええええ!」

どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
筒子軍ご自慢の巨砲が一斉に火を噴いた。

*****

「きゃん!」

ずしいいいいん
弾丸を避けようとして思わずアリスは尻餅をついた。

「痛たたたた・・・」

「痛たたたじゃありませんよ!」

ランチボックスからひょいとカメが顔を出す。

「あの大砲の弾が当たったら流石に今のお嬢さんでも命はありません。」

「ええ?どうすればいいの?」

「大丈夫ですよ。ランチボックスの中には、まだこれが残っていました。お嬢さん、はい口を開けて!」

カメはラグビーボールほどのサイズに巨大化したキャンディーを片手で掴むと、アメフトのQBよろしく気合一発アリスのぱっくり開いた口に向かってロングパスした。
ひゅううううううううううう
ぱく
見事に口でキャッチしたアリスは、2粒めのキャンディーをなめはじめた。

*****

「撃て!撃て!撃てえええええええええ!」

どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
・・・
圧倒的な砲撃である。
ターゲットであるアリスの姿はもうもうと立ち込める硝煙に隠れて見えない。しかしこれだけ撃ち込まれたのだから無事でいられるはずはあるまい。もしかしたら既に木端微塵になっているかもしれない。
この硝煙が晴れれば全ては明らかになる。

「撃ち方、やめええええ!」

一筒将軍の号令で砲撃は止んだ
一同、固唾をのんで硝煙の晴れるのを待つ
・・・
・・・
・・・

「?」

「あ!」

「うわああああああああああああああ!」

兵士たちが驚きの声を上げるのも無理はない。そこには木端微塵どころかかすり傷一つなく、そして100倍にまで更に巨大化したアリスが立ちはだかっていたからだ。

「・・・それでおしまい?」

身長120メートルの巨人アリスは、にまにま笑いながら足下に展開するアリンコのようなこびと軍を見下ろした。

*****

意外なことに、この状況に及んでも一筒将軍はなお血気盛んだった。

「何をひるんでいる!撃て、撃て、撃てええええええええ!」

太鼓腹を揺さぶりながら檄を飛ばす。
ビビりまくっていた筒子軍砲兵たちも、我に返って砲撃を再開した。

どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
射角の関係であまり上方は狙えない。どうしても目の前のあの黒いストラップシューズに攻撃が集中してしまう。
ただ、それが結果的に良かった。
それぞれが大型バスより二まわりほど大きめのストラップシューズが2つ並んだ様は大迫力であるが、でも大砲の集中砲火の的としては悪くない。
・・・
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
撃ち続けているうちに筒子軍の砲兵たちにもまた自信が蘇ってきた。少なくとも足止め効果は得られている。だから攻撃を続けている限り相手から攻撃されることはない。そうこうしているうちにあの巨大なストラップシューズは破壊されるだろう。そうしたら素足に直接砲撃できるから、敵は痛がって逃げ出すに違いない。
勝利は近いぞ!
・・・
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
この圧倒的な火力を目の当たりにして、逃げ出そうとしていた萬子軍の歩兵たちも足を止めた。
もしかしたら勝てるかもしれない。
半信半疑で振り返り、筒子軍の奮闘を見物する。
・・・
一方、アリスはまたしても眉間に縦皺を寄せていた。

「・・・このままじゃ大事なお靴に傷がついちゃう」

そんなこと、させるもんですか!
ぶすっとした表情でランチボックスを開けると、中から三つめのキャンディーを取り出してぽいと口の中に放り入れた。
ぺろぺろぺろぺろ

「・・・ん!」

来た来た来た
・・・
ずももももももももももももももももも

*****

「い、一筒将軍さま!」

「どうした?」

「アリスが、アリスが、またまた巨大化しています!!!」

「・・・」

そんな前線からの報告を聞くまでもなく、一筒将軍の目の前であの黒光りするストラップシューズが見る見る巨大化していった。
望遠鏡を使わなくてもわかる。
初めは大型バスより二回り大きい程度だったストラップシューズが、むくむくむくむくと音もなく膨張して、町工場くらいになり、小学校の体育館ほどになり、それでもまだ膨張し続け、最後には豪華客船の船体ほどの大きさになった。最近のGTS小説ではゴールドスタンダードになりつつあるオリジナルの1000倍サイズである。
もはや至近距離から見上げるストラップシューズの一つが巨大宮殿のようなとんでもない大迫力である。しかもそんなものが2つ並んで鎮座しているのだ。筒子軍は圧倒された。
こんなでかい相手に、大砲を撃ち込んだくらいでどうにかなるというものではない。そんなことくらい百戦錬磨の砲手たちなら直感で理解できる。
しかも、恐ろしいことにその圧倒的な迫力で立ちはだかっているのはただの「靴」でしかない。
その靴でさえありえないほど巨大なのに、それを履いているアリス本人は更にその上空にいる。
上空から、腰を屈めて、真下の自分たちを見下ろし、得意そうににやにや笑っている。
・・・
一筒軍砲兵たちは戦意が萎えてへなへなと腰が砕けた。

「ひ、ひ、ひるむな!・・・う、撃て、撃て、撃て!」

号令をかける一筒将軍の声もさすがに震えていた。
それでも闘うしかない。
そうだ
撃つしかないんだ!
兵士たちは勇気を振り絞って砲撃を再開した。
・・・
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
どかーん
・・・
さっきまでよりもよほど至近距離から撃ち込んでいる。
でもその分だけなおさら射角が稼げない。
筒子軍が雨あられと撃ち込む砲弾は全て超巨大なストラップシューズの靴底に横から着弾し、そしてあえなく弾き返されていった。
上空から見下ろす超巨大アリスはこの様子を見て嘲り笑った。

「きゃはは、残念だね。わたし、こんなに大きくなっちゃったから、おじさんたち自慢の大砲もわたしの靴底にしか当たらないね。しかもみんな跳ね返されちゃってるしね。惨めだね♡」

そんなこと言われなくてもわかってる
わざわざ口に出さなくてもいいだろう
でももちろん有頂天になったアリスは容赦ない。

「頑張ってるおじさんたちへのご褒美に、お靴の底をもっと良く見せてあげるよ♡」

目の前のストラップシューズのうちの片方のつま先が、音もなくふうわりと上空に舞い上がる
足を上げたのではない。つま先が上がっただけだ。向こうに見える踵の部分はまだ接地している。アリスが足首をちょっと曲げて、下界の兵士たちに靴底の裏を見せつけたのだ。
長径200メートル、短径90メートルの広大な靴底を・・・

「ほうらね、これがお靴の裏側だよ。汚れてるでしょ?もっと近くで見る?」

ずずずず、っと踵の部分が前方に押し出され、そこから庇のように張り出す巨大な靴底が筒子軍大砲部隊の上空を覆った。
日差しが遮られ、視界が薄暗くなる。
もはや彼らの上空はストラップシューズの薄汚れた底によって占拠されていた。
その向こうから、可愛らしい女の子の、でもとてつもない大音声が響き渡る。

「・・・踏みつぶそうかなあ?やめてあげようかなあ?」

え?
踏み潰す?
この靴でか?
・・・
・・・
嘘だろ?
だってこんなに巨大なんだぜ
こんなのが降臨してきたら
・・・
・・・
俺たち死んじゃうよ
・・・
・・・
筒子軍砲兵たちは、頭の中がパニックになりながらも、でもどうすればよいのか咄嗟には思いつかず、結果的になすすべもなく呆然と上空の靴底を見上げていた。
・・・

「・・・脅かしてるだけだと思ってるんでしょ?・・・残念でした。ホントに踏み潰しちゃうからね。ばいばあい♡」

ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいん

アリスにしてみれば、そのままのポジションで曲げていた足首を伸ばしてみただけである。
ただ、そのアリスは1000倍体の超巨大少女だった。
足元のこびと軍兵士たちにしてみれば真上から航空母艦が落下してきたようなものである。
ひとたまりもなかった。
筒子軍の姿はその巨大な黒いストラップシューズの真下に消えた。
・・・
・・・
・・・
ややあって、アリスが踏みしめた靴をどけると、周囲から十数メートルほど沈み込んだ巨大な靴型の窪地の底に、ついさっきまで無敵を誇る筒子軍大砲部隊であった金属の残骸が、無数の小さな赤い滲みと共に、まっ平らになって綺麗な壁画を描き上げていた。
・・・
一踏みだ。
本当にわずか一踏みで、あの筒子軍は全滅してしまったのである。
・・・
・・・
この様子を遠巻きに眺めていた萬子軍の歩兵たちは凍りついた。
こ、このお話って・・・いつものたわいもないほのぼのお笑いじゃなかったの?

「・・・だから言ったでしょ。『いろいろと警告はパスしております』って。他愛もないお笑いだからって、残虐シーンがないとも限らないのよ。」

アリスは足元の萬子軍歩兵たちに向かって軽くウインクした。

「これからもね♡」

普通の精神の持ち主が、この状況に耐えられるはずもない。
萬子軍は総崩れになって四方八方へ逃亡を開始した。

*****

上空でホバリングするヘリコプターの中から様子を伺っていた二索副司令官は、この様子を見て命令を下した。

「・・・よし、攻撃を開始するぞ」

「攻撃?」

兵士たちが眼を丸くする

「攻撃って、あんなでかい相手を攻めるんですか?」

「誰がアリスさまを攻撃しろと言った?」

二索副司令官は涼しい顔である。

「アリス様はこの世界の正当な支配者でいらっしゃる。そのアリス様に逆らおうとする不逞の輩を攻めることこそが正義の行いだ。」

「と・・・いうことは?」

「攻撃対象は反逆者の筒子軍と萬子軍だ。筒子軍は既にアリス様ご自身が制裁をお与えになった。一方、卑怯な萬子軍は人数の多さを頼って散り散りになって逃げていく。そうはさせないぞ。我々が空から退路を塞いで、アリスさまに連中も制裁していただくのだ!」

「は!」

*****

どおおおん!

逃げだした萬子軍の目の前に爆弾が投下された。
あの上空の索子軍のヘリコプターが萬子軍の退路を塞ごうとしているのだ。

「く、くそお!一索め、裏切ったな!」

索子軍がクーデターにあったことなどつゆ知らぬ一萬将軍は、歯噛みしながら一索将軍に悪態をつく。
もちろん数で圧倒する萬子軍がこの程度の爆撃で壊滅することはないが、しかし上空から取り囲むように爆撃を受けては容易に逃げることができない。
じりじりと包囲の輪が狭められる。
一方向に集中すれば数に任せてこの爆撃を突破することもできるだろうが、しかしそれではスピードに勝る超巨大アリスから逃げ切ることはできない。逃げる軍勢は背中を見せたまま追いつかれると圧倒的に不利である。特に大巨人になったアリスとの間にはもともと埋めがたい戦力差があるのだから、追撃戦を仕掛けられたらひとたまりもない。

「・・・し、しかたない。踏みとどまって迎撃するぞ!」

「え?」

悲壮感漂う一萬将軍の髭面と背後に迫るアリスの圧倒的に巨大な姿を、萬子軍の歩兵たちは半信半疑の表情で見比べた。

「今更降参しても許してはもらえまい。かといって逃げ路も塞がれた・・・ならばイチかバチか、攻めに行ってアリスを倒すしか我々が生き残る手段はない!」

「・・・」

兵士たちは沈鬱な表情で唇を噛みしめる。
その中には全滅した筒子軍から卑怯にも一人だけ逃げてきた一筒将軍も交じっていた。
その面々に向かって、一萬将軍はおもむろに命令を下す。

「全員、突撃いいいいいいいいいい!!!」

「・・・う、うおおおおおおおおおおおおお!!!」

覚悟を決めた萬子軍兵士たちは、踵を返しアリスに向かって殺到した。
体格では負けるが数ならば圧倒しているのだ。
どんなに相手が巨大でも、みんなで力を合わせれば倒せるかもしれないじゃないか!
・・・
・・・
・・・
んなわけない
・・・
1000倍体アリスは身長1200メートル、体重22メガトン。
いくら萬子軍の兵士たちは全員が体重100㎏オーバーのヘビー級大男たちといっても、体重がイーブンになるためには2億人以上集まる必要がある。
実際はそれでも各個撃破されちゃうからかなわないはずなのに、この萬子軍にはたかだか数十万人の歩兵しかいないのだ。
逆にアリスの視点から見れば、萬子軍の「大男」とやらは身長2mm体重0.1mgの微生物に毛が生えた程度のこびと。
そんな極小こびとが足元にどれだけたかっていようが脅威に感じるわけはなかった。

「・・・おじさんたち小さいね。ねえ、おじさんたちったら、自分のこと『大男』とかって思ってたんでしょ?ぷ、笑っちゃうね。わたしにはアリンコより小っちゃな砂粒みたいに見えるけどね。惨めだね。悔しい?ねえ、小さな女の子に見下ろされて、悔しいでしょ?」

「・・・」

確かに悔しいがここは言い返している場合ではない。
悔しければ相手を倒して見返してやるしかないのだ。
萬子軍の勇敢な兵士たちは雄叫びを上げながら目の前に聳え立つ黒い垂直の壁に向かって猛烈にダッシュした。
全身で体当たりして
棍棒やハンマーで殴りつけて
鉄球や岩を投げつけて
力の限りに戦った。
・・・
・・・
それがどのくらい続いたことだろう
・・・
数十万人の力に覚えのある大男たちが。血まみれになって、汗まみれになって、挑み続ける。
跳ね返されても跳ね返されても、不屈の闘志で挑み続ける。
それでも聳え立つ巨大な黒い壁は微動だにしなかった。
本当にびくともせず、傷一つつくこともなく、この大男たちの全力の挑戦を弾き返し続けた。
・・・
これが、ただの靴底なのだ。
女の子のストラップシューズの靴底の側面なのだ。
その靴底は、しかしさっきあの無敵の筒子軍をわずか一踏みでペチャンコにしたのだ。
自分たちはその前で手も足も出ない。
兵士たちは力の差をまざまざと見せつけられ、ついに疲労困憊してその場にへたり込んだ。
・・・
・・・

「うふふ、大きさの差を思い知ったかな?」

いつの間にかしゃがみ込んでいた超巨大アリスは、両手で頬杖を付いてにやにや笑いながら足元にわらわらとたかる砂粒のような萬子軍歩兵たちを見下ろしていた。
・・・
もう限界だ。
疲労と屈辱と敗北感で胸いっぱいになった萬子軍兵士たちは、その場に土下座して謝り始めた。

「・・・ごめんなさい、降参します」

「参りました。許してください」

「もう逆らいません」

次々と土下座していく兵士たちを見て慌てたのは号令する一萬将軍と陣借りしていた一筒将軍である。

「何をやっているんだ?お前たち、戦え、戦うんだ!!!」

「そうだ!!!こんなところで降参している場合じゃない!!!」

萬子軍兵士たちはそんな二人の将軍を冷めた目で見つめる。
こいつらだ。
こいつらのせいで俺たちはこの勝ち目のない無謀な戦いに駆り出されてしまったのだ。
兵士たちは二人の将軍を黙って取り囲むと、急に襲いかかった。

「な、なにをする?お前たち、う、裏切るのか?」

「うるさい!お前たちさえ差し出せば、俺たちは許してもらえるかもしれないんだ!」

「そうだそうだ!」

「や、やめろ!!!お前たち、何をする!!!」

怒り狂った兵士たちは、一萬将軍と一筒将軍を捕縛して、アリスの前に差し出した。この様子をしゃがみ込んでにたにたと見下ろしていたアリスにも、意図は容易に理解できた。

「ふん。じゃ、ここに乗せて。」

アリスは捕縛された二人の将軍の前に右手の人差し指を突き立てる。
ずうううううううううううん
その衝撃だけで萬子軍兵士たちは軽く吹っ飛ばされて尻餅をついた。
でも寝転がっている場合ではない。戦の首謀者である二人の将軍を「ここに乗せて」と指示して指が突き立てられたのだ。この命令に従えば自分たちだけは赦してもらえるかもしれない。
兵士たちは二人の将軍を担ぎ上げると、二列になって大玉送りをするかのようにその身体を差し出されたアリスの指の爪先に送り出した。

「うわ、やめろ!やめろ!」

「やめてくれええええええ!!!」

叫びも虚しく、爪先は二人の将軍がのせられたことを確認した瞬間にふわりと浮かび上がり、そのままぐんぐん上空に向かった。
10メートル四方もありそうな広大な爪の上なので、振り落とされて下に落ちるような恐れは感じない。それでも、二人は恐怖におののき震えていた。
当たり前だ。
だって、自分たちはついさっきまでこの広大な爪の持ち主の首をちょん切ってやろうとしていたのだ。
いや、こんな大巨人の首を狙っていたわけではない。幼くてか弱い7歳の小娘の首のはずだった。
その小娘が、こんなに巨大になって仕返ししてくるとは
・・・
・・・
いま、至近距離で見るその小娘の巨大な目は笑っている。
愉快そうに笑ってはいる。

・・・
上機嫌ではない。
自分たちを嘲ってはいても、赦す気がないことは明白だった。

「お助けください!!!どうか御慈悲を!!!」

「わたくしたちが悪うございました!!!」

「もう決して逆らいません!!!何でも言うことを聞きます!!!」

「だからお願いです!!!潰さないでください!!!」

二人の将軍はアリスの広大な爪の上で米つきバッタのようにジャンピング土下座しながら、潔さのかけらもなく命乞いを続けた。もちろん、そんな血を吐く思いの絶叫嘆願だって、アリスは全然真面目に聞くつもりがない。

「お願いです!!!潰さないでください!!!」

「お願いです!!!一生のお願いです!!!」

二人の将軍を至近距離から見つめていた小学校の校舎サイズの目がゆっくりと上昇していく。
いや、目が上昇していったのではない。二人を乗せた爪先がゆっくり下降し始めたのだ。
彼らの前に、今度は下方からつんと尖った小さなしかし巨大な鼻が現れ、そしてまた上方に消えていく。
代わってまたまた下方から彼らの視野範囲に姿を現したのはピンク色にぬらぬら輝く唇だった。

「・・・」

その唇はちょっとすぼめて尖らせているので、上下とも厚みは10メートルくらい。そのかわり横径は30メートルもないだろう。それでも半開きになった上下の唇の間にアフリカ象を放し飼いにすることができそうだった。

「・・・」

両端がほんの少しだけほころんだかと思ったら、唇はいきなり本性を現した。
ぱっくり
・・・
と、大きく開かれたのである。

「!」

次の瞬間、二人の将軍の目の前に、縦径60メートル、横径50メートルの巨大な楕円形の洞窟が出現した。
上下の真っ白な門歯の間に、粘り気の強い唾液が何条も糸を引いている。
そのうちのいくつかはまだ乳歯かもしれない。
奥に垣間見える口腔はてらてらと薄紅色に光る粘膜に覆われ、更にその奥となると日がもう射さないために薄暗くてよくわからない。
どれほど奥にまで続いているのだろう?
ただ、街の一区画がすっぽり入ってしまえるほどのスペースがあることは間違いなかった。
そのどこまで続いているのかわからない洞窟の奥から、生暖かく、酸っぱく、臭く、ちょっとだけ甘い唾臭が吹き寄せてきた。
まるで自分たちを、中へ、中へと、招きよせているかのように
・・・

「・・・」

「・・・う」

「うわあああああああ!!!」

二人の将軍は同時に理解した。
この巨大な口腔は、本当に自分たちを招いているのだ。
あの、暗い、誰も見たことがない奥深くへ、自分たちを誘っているのだ。

「ひ、ひゃ、ひゃああ・・・」

「た、助けてくれ」

二人は予測した。
この二人の乗った爪先がやがて口腔側に傾き、傾き、傾き、傾き、そして急斜面に耐えきれなくなった二人が滑り落ちた先があの暗い口腔であり、そしてその更に奥の暗闇であろうことを。
・・・
そんなことがあってたまるか!
二人は歯を食いしばってアリスの爪の表面にへばりついた。
必死になって這いつくばってへばりついた。
何があっても滑り落ちたりするものか!
・・・
・・・
ところが、いつになっても二人を乗せた爪は傾き始めようとしない。

・・・
アリスはこの爪を傾けようとしないのか?
もしかして、自分たちの思い過ごしだったのか?
・・・
二人の将軍が少しだけ楽観的な予想を始めたころ、その背後、すなわち彼らが腹這いになってへばりついている爪の上空に、ただならぬ熱い気配が忍び寄った。
二人は慌てて振り返る。

「!!!」

上空から半透明の粘液に覆われた巨大な軟体生物が襲いかかってきた。
舌だ。
アリスは爪を傾けることなく、そのままの姿勢で舌を伸ばして、爪の上の二人を絡め取ろうとしてきたのだ。

「や、やめろ!!!やめてくれ!!!」

舌は舐めとる行為のために進化してきた。
その構造は合理的であり、運動は巧緻で、戦略に隙はない。
舌に対抗しうる大きさを持たない生物は、その前ではただの食餌になり下がる。
そして二人の将軍は今のアリスの舌に抗いうるサイズではなかった。

「ぎゃあああああああああ!!!」

二人はあっという間に舌先に絡め取られた。
首元にまで浸かりそうな分厚い粘液層が彼らの身体の自由を奪う。
そしてその奥には彼らの身体ほどもありそうな突起物がびっしりと並んでいる。
味蕾だ。
彼らを吟味しているのだ。
なぜならば、彼らはもはやただの食餌にしか過ぎない存在だからだ。

「ぎゃあああああああああ!!!」

目にもとまらぬ速さで舌は口腔内に巻き戻される。
その上で自由を奪われた二人の将軍たちの身体は、上下左右に情け容赦なくひっくり返されながら、しかし口腔スペースを確実に奥へ奥へと進んでいく。
舌をはじめとする口腔内諸筋肉の芸術的な協調作業だ。
あれほどしっかりと舌に固定されたはずの二人の身体は、唾液まみれになりながら軟口蓋に拭いつけられると、まるでそれが嘘であったかのようにあっけなく解放され、そしてフリーになって最終工程へと運ばれる。

「!」

おぼろげな意識の中で、二人の将軍はあの自分たちを招きよせる生暖かく、酸っぱく、臭く、そしてちょっとだけ甘い誘惑を、再び強く感じていた。
その本体が近づいている。
ついに自分たちはその招きに応じることになったのだ。
彼らの確信を裏付けるかのように、進行方向のほのぐらい奥に、ぽっかりと開いた黒い空洞が視認された。
前後左右の強大な筋肉は、全て自分たちをあの空洞に誘い込むだけの目的で動いている。
嚥下運動である。

「ぎゃあああああああああ!!!」

ひときわ強い絞扼の後、彼らは垂直に下る食道に放り込まれた。
あとは自由落下に近い。
周囲は柔らかな粘膜で覆われているので怪我の心配はないが、酸素が乏しく息苦しくなってきた。
・・・
これが断末魔なのか
・・・
と、思っていた。
・・・
・・・
・・・
実際の断末魔はまだまだその先の話だった。
生きたまま胃液だまりに落ち
強烈な酸臭の海を泳いでいるうちに表皮がちりちりと赤く熱を帯びて
とろりと溶け始め
髪が抜け
骨が剥き出しになって
眼球が落ち
内臓が飛び出し
四肢の関節が外れ
それでもなお意識のあったころが
本当の断末魔だった。

*****

アリスの足元の萬子軍歩兵たちは、一萬将軍と一筒将軍がアリスの口の中に消えたことをしっかり目撃していた。
でも、もはや今更それで震え上がることもない。
そんなことより自分たちだ。
あの二人の将軍を生贄に捧げ出したのだから、自分たちの命は何としても助けてほしい。
それが彼らの正直な気持ちだった。

「降参・・・する?」

彼らはアリスの問いかけに当然のように頷いた。

「・・・ふうん、降参するなら・・・身柄は拘束するわよ。」

彼らはまたしても頷いた。投降兵なのだから武装が解除された上に身柄を拘束されるのは当然だ。踏み潰されたり丸呑みされたりするのに比べたら全然問題ない。

「いいのね。それじゃあ・・・どこに閉じ込めようかなあ?」

アリスは周囲をきょろきょろと見廻した。
砂粒みたいなこびととはいえ数十万人の大軍である。それを全員収納できる容器といえばランチボックスであるが、でも得体のしれない敵軍兵士たちを大事なランチボックスに入れる気にはならない。そもそも今このランチボックスの中にはカメさんがいる。ランチボックスの中で萬子軍兵士たちの人質にでもされたら厄介だ。まあ、もし本当にそんな事態に陥ったら見捨てるとは思うけど。

「じゃあ・・・これしかないかな?」

アリスは片足立ちになってストラップシューズを脱いだ。もう片方も脱ぐ。そして萬子軍兵士たちの目前に脱いだばかりのほかほかと温かいシューズを揃えて置いた。
さっきまで挑み続けて跳ね返された難攻不落の巨大要塞が、再び彼らの前にその威容を現した。

「・・・中に、入って。」

アリスから命令が下された。
命令は絶対だ。命が惜しいから、その命令には従うという選択肢しかない。
萬子軍歩兵の荒くれ大男たちは、我先にとアリスのストラップシューズに殺到した。
もちろん、垂直に高くそびえる靴底の壁を乗り越えるのは容易ではない。しかし、軍の中には身軽な者もいる。組体操で櫓を作って、そして靴底を登りきる者が現れた。上に乗る者が現れたら、後は彼らに引っ張り上げてもらえば良い。そして靴底さえ乗り切れば、その先の傾斜はもう垂直というほどではない。アリスの靴の周囲を十重二十重に取り囲んでいた萬子軍兵士たちは、やがてその大半が両方の靴の上へ登頂することに成功していた。
登頂に成功したら、次のステップはシューズ内部への侵入だ。登りに比べたら難しい仕事ではない。
と、考えていたのは間違いだった。
ストラップシューズ山の頂上、まるで火山の火口のようにぽっかりと口を開けた足の挿入部からは、本当にゆらゆらと煙のような湯気が上がっていた。
さっきまでアリスが履いていたのだ。
中で蒸れて人肌以上に暖められた汗などの体液が湯気となってゆらゆら立ち上っているのだ。
強烈な悪臭を伴って。
・・・
アリスは7歳の子供だ。
清潔で、特に体臭が強いわけではない。
でも一日履いて、歩き回って、それどころか走り回りすらした後の靴が臭わないはずがない。
しかもそれが1000×1000×1000倍に巨大化して襲いかかるのである。
敏感な萬子軍こびと兵士たちに耐えろというのは酷だった。
・・・
しかし、そんな彼らの苦悩を無邪気なアリス自身が気づくことはなかったのである。

「・・・どうしたの?降参するなら早く中に入って・・・それとも、やっぱり降参しないの?」

降参しない、という選択肢はありえない。戦い続けたら間違いなく全滅だ。で、降参の意志は、このシューズの中に入ることでのみ示される。
ならば、この巨大なストラップシューズの中に入るしかない。
・・・
萬子軍の兵士たちは悲壮な決意でシューズの内部に向かって降りはじめた。

「・・・う」

「ぐぐぐぐぐぐぐ」

「ぐああああ」

堪えていた息が続かなくなった時が拷問の始まりだった。
吸い込んだ酸素と共に、鼻腔から容赦なく刺激臭が侵入してくる。
高温多湿な環境で、汗や垢や埃がまじりあい、腐敗し、たっぷりと濃縮された悪臭だ。
たちどころに彼らの脳髄を捻じ曲がり、意識は乱れ、理性は吹き飛んだ。
それでも、人間は呼吸しなければ生きていけない。
そして呼吸するたびに、熱く湿った毒空気が肺胞中に満たされていく。
靴内に到達した彼らが、その悪臭に耐えても、耐えても、耐えても、いつまでもその悪魔のような刺激臭が弱まることはなかった。
なぜならば、靴の内部は四方を高さ50メートル以上の高い壁で覆われた半閉鎖空間であり、そしてその側壁や特に底面からはフレッシュな臭気が今もなお泉のように湧き上がってくるからだ。
臭気は外気と入り混じることなく、澱み、滞り、濃縮される。
熱帯雨林のような悪臭地獄に墜とされて、胸腔全体がPM2.5を遥かに凌ぐ毒空気に置換されて、萬子軍歩兵は、一人、また一人と、力尽き、倒れていった。
清浄な空気を求め、両手を虚空に掲げながら、痙攣を起こして、倒れていった。
こんな苦しみを味わうなら、いっそのこと一思いに踏み潰されていた方が楽だったのに
・・・
・・・
まあ、アリスの知ったことではなかったが。

*****

筒子軍の兵士は全員踏み潰した。
投降した萬子軍の兵士は靴の中に閉じ込めた(実際には中で多くが命を落としているが)。
索子軍は既にアリスに忠誠を誓っている。
戦いは終了した。
アリスは、名実ともにこのイノカシーラ国の支配者となったのだ。

「よおし、それじゃあこの国の支配者らしく、都を制圧しようかな♡」

平原の中央で遮られることもなくすっくと立つアリスの目には、はっきりと映し出されていた。
遥か山並みの向こうに広がる賑やかな都市が
・・・
あれがこの国の都に違いない。

*****

ストラップシューズを脱いだ巨大アリスは、ハイソックスで大地を踏みしめ、重低音の地響きを立てながら一路都へと向かう。
周囲を圧倒するその巨体の腰のあたりには、虫のように小さな索子軍のヘリコプター部隊がわらわらとまとわりついている。そこには新しい司令官に昇進した二索元副司令官はもちろん、ランチボックスから這い出してきたカメの姿もあった。
この国の住人達にとって、都は戦場の大平原から遠く離れた安全地帯のはずであった。
ところがアリスは超巨大化していたので、このイノヘッド国の住民が歩けば何日かかるかわからないほどの長い行程を、ちょっとお散歩したくらいの感覚で踏破してしまったのだ。
このイノヘッド国の都にして近代的な大都市であるラッキージョージへの道のりを。

*****

ラッキージョージ市内の住民たちは大騒ぎだ。山よりも巨大な7歳の少女が、サックスブルーのエプロンドレスを着て(ちなみにその下はノーパンで)市の城壁の前に現れたのだ。
尋常ではない巨大さだ。
この大都市に、あの縞々模様のハイソックスに覆われた踝の高さを超える建物はない。街の中心で威容を誇る宮殿も、あのハイソックスの前ではみすぼらしい玩具のようだ。ということは、その気になればこの超巨大少女はこの街並みをぐちゃぐちゃに踏み潰してしまうことも可能なのだ。いや、その気にならなくても、あの城壁を踏み越えてこの街に乗り込まれてしまったら、結果的にそうなってしまうだろう。
そしてあんな大巨人の行動を食い止めることなんて物理的に無理。
ということは、このまま指を銜えてあの巨大少女の大暴れを見ているしかないのか・・・

「・・・いや、そんなわけにはいかない。力で対抗できなければ、理に訴えて思いとどまってもらうしかない。」

市長は悲壮な決意を胸にヘリコプターに乗り込んだ。

*****

「・・・なんだあれは?」

アリスの腰のあたりをふらふらと飛行していた二索新司令官のヘリコプターは、前方から飛来してくる不審な飛行物体に目を留めた。

「攻撃しますか?」

「う、うん・・・」

「お待ちください!」

前方から飛来してきたヘリコプターの中から声がした。ラッキージョージの市長である。

「そ、その巨大なお嬢さんにお伝えください。これ以上先へ進んではいけない、と・・・」

「どうして?」

二索新司令官が答えるより早く、当のアリス自身が訊き返した。これには二索新司令官も同乗しているカメもびっくりだ。

「ア、アリス様!その声が聞こえたのですか?」

「うん。普通にね。」

アリスは「どうしてそんなこと聞くんだろう?」って感じで小首をかしげる。もちろん二索新司令官もカメも納得できない。

「だ、だってアリス様はいま1000倍に巨大化なさっているんですよ!私たちなんか砂粒くらいにしか見えないんでしょ?」

「そうだけど、でもほら『会話が成り立たないからギガは困る』っていう読者の方も多いじゃない。それだったら普通に会話できた方がいいでしょ?」

「そんなあ・・・あまりにもご都合主義な」

「そういってるあなたたちだっていまわたしと普通に会話してるでしょ?」

「そ、それはそうですが、でも考えてみればリアリティなさすぎですね・・・」

「え?あなたたちは1000倍に巨大化する少女が出てくるお馬鹿話にリアリティを期待してたの?」

「へ?」

「1000倍で会話ができる程度で驚いてちゃダメよ。もっとサイズ差があったって初対面のイケメンにときめいちゃってラブラブトークしたりするのがこの世界のお約束なんだから。ましてや掲示板とかでクレームなんか付けるのは無粋の極みだからねっ!」

「・・・」

もはや誰と何についての会話しているのかも定かでなくなり不特定多数をほんのりと敵に回した感も漂い始めたところで、件の市長がおずおずと口を挟んだ。

「・・・ア、アリス様、貴方はこの都に足を踏み入れては、な、な、ならないのです。」

「どうして?わたしはこのイノヘッド国の支配者よ。都に入城して何が悪いの?」

「い、いくら支配者でいらっしゃっても、いや、支配者でいらっしゃるからこそ、この国の法規を守る義務がおありなのでは・・・」

「法規?」

アリスは市長の乗ったヘリコプターに息がかかるほど顔を近づけた。

「わたしが都に入城しちゃいけない法律があるとでもいうの?」

「は、はい・・・」

市長は大きく息を吸ってから、思い切って告知した。

「・・・この国の憲法では『身長が1マイル以上ある者はこの都に入ってはいけない』と記載して・・・」

アリスはその言葉を途中で遮る。

「残念でした。わたしの身長は1200メートルです。1マイルなんてありません。だから、この都に入っても問題ありませーん!」

アリスはぺろりと舌を出す。あわわわわ。市長はヘリコプターの中で頭を抱えた。

「し、しまった。中途半端に原作へのオマージュなんか入れず、普通に『身長1km以上』とかにしておけば良かった・・・」

後悔先に立たず。もはや万事休すの市長など眼中になく、アリスは眼をキラキラに輝かせながら足下のラッキージョージの街並を睥睨する。
・・・
とても精巧にできたミニチュアの都市
その中心には壮麗な造りの宮殿
本当は、支配者はあの権威の象徴の中で権力を揮うんでしょ?
でもわたしには無用なこと
この巨大な身体こそが権威の象徴よ
さあ、砂粒みたいに小さなこびと市民たち
わたしを見て!
見上げて!
もっと見上げて!
もっともっと見上げて!
そして驚いて!
そして恐れおののいて!
逃げたって無駄よ
どこに逃げても一歩で追いついちゃうからね
頼りにすべき防衛軍なんかいないし、もしいたとしてもわたしの敵ではないわ
こびと軍なんか鼻唄歌いながら踏み潰してやる
どう?
怖い?
悔しい?
くくくくく
さあて、どんなふうに大暴れしてやろうかな?

「・・・期待と緊張で胸がドキドキして口の中がカラカラになっちゃったわ・・・あ、そうだ!」

アリスは抱えていたランチボックスを開いた。
あるある、水筒がある。その中身は大好きなアイスティーのはずだ。

「・・・じゃあ、大暴れする前に、カラカラの喉を潤しておきましょ♡」

ごくごくごく
・・・
ぷはあああ、美味しい!
乾いた喉に、きりっと冷えたアイスティーは最高ね!
・・・
・・・
あ、あれ?
・・・
しゅるしゅるしゅるしゅるしゅる
・・・
ラッキージョージの街並がだんだん大きくなってくる。
これってどういうこと?
・・・
しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる
・・・
・・・
目の前の街並だけではない。
周囲の風景が全て大きくなっていく。
そうじゃない
わたしが小さくなっているんだ!
えー?
そんなの?
・・・
聞いてないよおおおおお!!!

*****

あっという間にみんなと同じサイズにまで縮小してしまったアリスは、片手にアイスティーの入っている水筒を抱えたまま呆然とその場に尻餅をついていた。

「お嬢さん!」

フロックコートを来たカメが駆け寄る。
その後ろにはラッキージョージの市長や二索新司令官に率いられた索子軍の兵士たちもフル装備のまま控えている。

「カメさん・・・わたし、元の大きさに戻っちゃった。」

「そりゃあそうですよ、アイスティーを飲んだのですから。」

カメが当然のように言い切る。背後の索子軍兵士たちも「当たり前だろ」という表情で頷いている。
そうか、それがこの世界のお約束だったのか
・・・
ま、いいわ。いつまでもあんな大きさのままでいるのも不便だしね。
わたしには忠誠を誓ったこのカメさんと索子軍がいるんだから、支配体制はそれで十分だわ。
アリスは気を取り直してカメに告げた。

「・・・じゃ、これから支配者としてあの宮殿に行くわ。」

「いえ、それには及びません。」

カメの意外な回答にアリスは目を丸くした、」

「それには及ばないって・・・だってわたしはこのイノヘッド国の支配者なのだから、宮殿で政務を執った方がいいでしょ?」

「そんなことはございません」

カメはその口元に今までアリスに見せたことのない薄笑いを浮かべた。

「お嬢さんの役目は・・・もはや終了したのでございます。」

「ど、どういうこと?」

「それでは説明させていただきましょう。」

イノヘッド国は筒子軍・索子軍・萬子軍の三つの集団が入り乱れて統制がとれない有様だった。それぞれを率いる三人の将軍の誰が支配者になっても、完全な平和を取り戻すことは難しかっただろう。

「・・・そこでわたくしカメと二索副司令官、及びその配下の三索、四索、六索、八索が、新たな秩序を築くため、密かに裏同盟を結ぶことに決めたのでございますよ。」

「リュ・・・緑一色!」

アリスの顔面がさっと蒼くなった。

「ふふふ、確かにその通りでございます。ええ、お嬢さんがわたしを緑發であると見破ったときは少しばかり肝を冷やしましたよ。」

「でもどうしてそんなことを?」

カメはしたり顔で小さく頷く。

「それぞれの将軍は、必ずしも全軍の人心を掌握していたわけではありませんでした。だから三人の誰が支配者になってもクーデターの危険はあった。秩序の安定とは程遠かったのです。一方で彼らよりカリスマ性のある字牌の面々には忠誠を誓う軍勢がいない。」

「・・・」

「ところがそんな字牌の一人であるこのわたしには、ミドリ繋がりという強い絆で結ばれた軍団が存在したのです。ええ、そうです。このわたくしカメこそが、イノヘッド国を支配するに最もふさわしい人物だったのですよ。」

「!」

「ただ、問題はありました。二索とその配下は索子軍の過半数ですので索子軍を乗っ取ること自体は簡単です。ですが、そのままでは筒子軍と萬子軍が邪魔になる。そこで連中を一網打尽にするために一計を案じさせていただきました。」

「・・・」

「誰かキャンディーを持っている人はいないか?と、地表の井の頭公園で待ち構えていたら、そこにのこのこ現れたのがお嬢さんだったのです。これはいける!と直感いたしました。ええ、その後のお嬢さんのお働きは、わたしの期待以上でございましたよ、ふふふ」

「・・・わ、わたしを騙したのね!」

「滅相もございません。ただツモだけはイカサマさせていただきました。パイパンの積み込みは簡単なのです、ふふふ。その後は、お嬢さんの方から勝手にわたしの思うように動いてくださいました。たいへんに感謝致しております、ふふふ」

カメが狡猾そうに笑う。
その背後に従う二索新司令官も、その配下の兵士たちも、加えてなぜか市長も、一様に黒くほくそ笑んだ。
地団駄を踏むアリス
しかしもうキャンディーは一粒も残っていないので、この卑怯な大人たちに対抗する手段はない。

「で・・・わ、わたしをどうするつもり?」

おそるおそる訊ねると、カメは笑みを絶やさずに返答した。

「お嬢さんは、いま現在、正当なこのイノヘッド国の支配者でございます。」

「・・・」

「その事実は、残念ながら、もはやわたしたちにとって、ちょっとばかり都合が悪うございましてですねえ・・・」

「!」

「というわけで申しわけありませんが、その首を・・・ちょん切らせていただきましょう!」

カメはいきなり隠し持っていた刀をギラリと抜いた。
二索新司令官はじめ索子軍クーデター兵士たちも、ついでにラッキージョージ市長までも、同様に刀を抜く。

「潔く、覚悟!!!」

「きゃあああああああ!!!」

アリスは逃げ出した。
捕まったら首をちょん切られる。
逃げるしかないじゃない!!!

「きゃあああああああ!!!」

「待てええええ!」

逃げるアリス
追うカメ+市長+索子軍

「アリスを殺せ!」

「アリスを殺せ!」

「アリスの首をちょん切れ!」

迫る
迫る
追手が迫る
いつの間にかその追手の群れに、一索将軍や、既に壊滅したはずの一筒将軍率いる筒子軍+一萬将軍率いる萬子軍までもが合流していた。
???
でもそんなことを不思議に思っている場合ではない。
逃げなければ首がちょん切られるのだ!

「アリスを殺せ!」

「アリスを殺せ!」

「アリスの首をちょん切れ!」

・・・
・・・
アリスは逃げる
逃げる
逃げる
逃げる
でも追手との距離はじりじりと狭まるばかり
もう少しで捕まりそう
何よりももう走り疲れて倒れこんでしまいそう
息が切れ、足が棒になった
悔しくて、腹立たしくて、でも疲労困憊で、ついにアリスは観念して立ち止まった。
追手の軍勢にゆっくり向き直り、涙目になって大声で悪態をつく。

「あ、あんたたちなんか・・・ただの麻雀の牌じゃないの!!!」

・・・
・・・
・・・

*****

・・・
・・・

「・・・は!」

目覚めてみたら、小川の堤の上にいた。
周囲を見回す
これは見慣れたロンドンの郊外
・・・
なあんだ、わたしはここでお昼寝していたのか
・・・
ということは
あれは夢だったのね
・・・
・・・

「あれ?」

・・・
誰かが目の前を駆けていく
カメじゃない
ウサギだ
チョッキを着たウサギが懐中時計を気にしながらアリスの目の前を小走りに駆け抜けていくのだ

「・・・どこに行くのかしら?」

アリスは好奇心の塊だ。
今度はこのウサギの後を追って堤の上を駆け出した

井の頭公園のアリス・終