はじめに
 この物語は巨大娘普及委員会に掲載されておりました。普及委員会がしばらくダウンしておりますので、その間に限定してこちらにもupいたします。仁義を欠くことがないよう、あちらが復帰したら消すつもりなので宜しくご理解下さい。ちょっとエッチな描写も含んでいますし、主題が成人向きかと思われますので、小さなお子さまがお読みになるには不適当かと存じます。また、この物語を無断で転載したり、改ざんしたり、外国語に翻訳して発表したりするような行為はおやめ下さい。

薔薇色の夜明け
by JUNKMAN

*****

「何も降りて来やしなかったじゃないか、なあ」
「ん?何のことだ?」
「ノストラダムスの大予言のことさ。1999年7の月に天から恐怖の大王が降りてくるはずだったんだろ?」
筑波山山頂の国立天文観測所では、今晩も若い研究者たちが望遠鏡を覗き込んでいた。澄み渡った秋の夜空には満天の星が輝いている。
「それって、例のニューヨークのテロのことだったんじゃないのか?」
「ははは、そんなわけはないさ。おそらくノストラダムスも夜空の星を見て、こんなにたくさんあるんだから、1999年7の月あたりに一つくらい落ちてきても良さそうなものだと思ったんだろうよ。」
「ふふふ、確かにねえ。そんな気にもなるな・・・でも、結局はなんにもなしだ。」
暇に任せてついつい軽口をたたいてしまう。
「あーあ、是非ともおれがそいつを見つけて『ノストラダムス星』って名前をつけてやろうと思ったのに。」
「あはは、実際に落ちてくる星なんてのにはそう簡単にお目にはかかれるものじゃないさ。」
「当てが外れたね。」
日々の天体の運行はかわっていくとはいえ、そうは新しい天文学的な発見などあるものではない。観測員たちは、それぞれの持ち場についたままおしゃべりを続けていた。
「星が墜ちてきたら、やっぱり人類は滅びたのかなあ?」
「かもね。でも、墜ちてこなっくたっていずれは危ないぜ。」
「どういうことだい?」
「だってさ、難問が山積みじゃないか。環境問題は深刻だし、食糧問題だってある。それに加えて今度はテロだぜ。」
「そうだな、人類は全然問題解決能力がないわけだ。」
「このままじゃ、いずれ地球もろとも滅んじまうんじゃないの?」
「それじゃ、まるで人類は地球のおじゃま虫みたいだね。」
「ははは、そりゃいいや。」
「ははははは」
「ははは・・・ん?・・・おい、ところであれは何だ?」
ふいにそのうちの一人が素っ頓狂な声を挙げた。
「なになに?」
「これこれ、こいつさ」
観測点を固定して、研究者たちを呼び寄せる。それを押しのけて覗き込んだ主任研究員は、不思議そうに首を傾げた。
「こんなの、さっきまであったっけ?」
「いや、ふいに現れたんです。さっきまでは確かにありませんでした。」
「彗星かな?」
「お、おい、よせやい。彗星だとしたら・・・」
観測員一同の表情から一瞬にして血の気が引いていった。
「この軌道はやばいぜ。すぐにデータを解析しなくちゃ。」
「所長に連絡だ!」
国立筑波山天文観測所は急に張り詰めた雰囲気につつまれた。

*****

「あーあ、やんなっちゃうわ。折角の夏休みが、これじゃ台無しよ。」
一人乗り宇宙船内のカウチに寝っころがって、クリッチナ・ダル・グラムス16κQT(愛称クリッチ)は、パリパリとポテトチップスをかじりながら、不機嫌そうにモニター画面を睨み付けていた。白鳥座ε星(筆者注:昨今ではブロブディンナグ星という名でも呼ばれるようになった)の自宅を発ってから、体感時間でもうまるまる2日。飽きっぽい彼女には耐え難い時間の長さである。しかもワープ走行中であるため、星の瞬きもぐにゃぐにゃと歪んで、決して良い眺めとはいえない。
「辺境宇宙での鉱物採集だって。ばっかじゃないかしら。何が楽しくって夏休みにカラファテ銀河群になんか行かなくっちゃいけないのよ?じょーだんじゃないわ。」
 そんなことなら実習しなくていいようにちゃんと科学の試験で及第点を取っておけば良かったのである。もちろんクリッチだって頑張った。だがそのクリッチの汗と涙の結晶は、科学のモニカ先生をして一目で卒倒させしむような答案だったのである。努力が常に実を結ぶとは限らないのだ。
 そんな劣等生の救済策として示されたのが、「ガナリル空間モデルにおける光子間斥力の7次幾何学的証明とその物理応用についてのレポート」を提出するか、さもなくば「辺境宇宙の未コンタクト惑星における鉱物採集実習」だった。レポートについてはタイトルを聞いた瞬間に今度はクリッチ自身の気が遠くなってしまったので、事実上、鉱物採集実習が唯一の選択肢だったのだ。だって、帰星子女枠を狙って青年宇宙協力隊なんかに志願したら、まるまる1年無駄にしちゃうもんねえ。
 ところで、この「辺境宇宙の未コンタクト惑星における鉱物採集」というのは最近の流行テーマである。宇宙歴23722年現在、銀河連邦に加盟する惑星は白鳥座ε星を含めて2000を超えた。一方、これら銀河連邦加盟諸星とのコンタクトを未だ果たしていない中等度以下の文明に留まる惑星の数は、わかっているだけで100000000を超えている。銀河連邦加盟諸星は、これらの惑星に向けて盛んに無人探索船を飛ばし、情報収集を試みているが、何しろ数が多いので困り果てているというのだ。そこで、もう猫の手も借りてしまうというか、白鳥座ε星ではなんと学生実習の教材にまでしてしまったのである。いささか無責任な感じもするが、銀河連邦公認、いや推薦のお墨付きだ。ただし、当然ながら学生単独では現地の知的生命体とのファーストコンタクトを固く禁じられている。学生たちは、各自が現地の知的生命体に見破られないようなカモフラージュを考え、秘密裏に地表に降りて鉱物を採取してくるのだ。このちょっとしたゲーム感覚が受けて、学生たちにはなかなか好評なテーマとなっていた。
「あーあ、退屈、退屈ったらありゃあしないわ。」
クリッチはコントロールパネル脇に置いてある電子ホログラファーを恨めしそうに睨んだ。退屈対策としてドラマソフトなどは大量にインストールしてきた。これだけあれば全部なんか見きれないほどだ、と、思っていたのである。
ところがワープ中には電子機器を使用することができないのだ。
「・・・」
だめだ。退屈でたまらない。あんまりすることがないもので、ついついポテトチップスをもう一袋開けてしまう・・・
・・・は!
・・・このまま暇に任せてポテチを食べ続けたら・・・た、体型が崩れちゃう!!!
「そんな怖ろしい事態に比べたら何ってことないわよね。」
ことここに至ってクリッチの決断は固まった。ああ、良いのだろうか、こんな結論で?と危ぶむ読者一同の声をものともせず、クリッチは電子ホログラファーのスイッチを入れた。これはホログラファー内部に展開される3次元映像と音声が、直接クリッチの周囲に起こった出来事として認識される優れものである。そのリアリティたるや眼鏡型ディスプレイのような擬似3次元なんかとは比べものにならない。さあ、これで甘美なバックミュージックとともに、お気に入りのラブラブドラマが実際のクリッチの目の前で展開されるはずだ。しかも、なんと今日はクリッチ自身と同級生のフランツ君の画像情報まで内緒でインストールしてきたのよ。ふふふ。ということは、クリッチとフランツ君がこれからバーチャルリアリティの中でるあんなことやこんなことやああもう恥ずかしい胸キュンよ、どうしましょ・・・
そのときである。
ブーッ!ブーッ!ブーッ!ブーッ!
急に遠くから雑音が混入した。
「何よこれ?これからいいとこなのに、良く聞こえないじゃない!!」
クリッチは膨れっ面になって、電子ホログラファーの出力を上げた。
ブブーッ!ブブーッ!ブブーッ!ブブーッ!
雑音は更に大きくなり、船内いっぱいに拡がってくる。普通はこんな状況になればちょっとはびびるものだと思うが、クリッチはびくともしない。
「もー怒ったわ!!」
あろうことか電子ホログラファーの出力を振り切れるまで上げてしまった・・・あーあ、もうダメである。
ぼわああああああああん!!
不気味な音と共にコントロールパネルのモニター画面が消えてしまった。流石にこの状況になればクリッチにも事態の深刻さがわかる。
「きゃああ!」
しまった。電磁波が干渉してワープ走行に支障をきたしてしまったのだ。
慌てて電子ホログラファーのスイッチを切り、宇宙船のコントロールパネルに向かう。もう手遅れだ。
「どーしよ・・・」
素人のクリッチにだって、このコンピューターが完全にラリっていることくらいはわかる。そしてそれを復旧できるほどクリッチがマシンに強くないことはいうまでもない。と、いって、このままほっとくわけにもいかないが・・・
「しよーがない!こんなラリラリのままじゃ役に立たないわ。」
目覚まし時計なら叩いて治すところだが、コンピューターシステムはそういうわけにもいかないだろう。そうじゃなくってコンピューターの場合はリセットすればいいだけの話よね。へへ、そのくらいのことは私にだってわかるわよ。コントロール・アップル・起動のキーを3つ一緒に押せばいいんでしょ。
えい!
ぷわわあああああああん
情けない応答音に続いて、ナビゲーターシステムが再起動を始めた。
これで一安心・・・と思ったのもつかの間である。宇宙船はいつまでも時空間にふらふらと浮かんだままワープ走行を開始しようとしない。
「?」
思い立って、ナビゲーションシステムの設定を開けてみた。
「・・・ない・・・」
出発地、目的地のデータが見事に消えている。おそらく、さっきの乱暴な再起動でデータを消去してしまったのだ。この2つのデータがなければワープが継続できるわけがない。でも、ワープ走行ができなければ、クリッチはこの歪んだ時空間の中を永遠に彷徨い続けるしかないのだ。
「そんなのイヤ!!!」
クリッチは蒼くなってSOSのキーを叩いた。こんな時空間で発するSOSなんて、誰かが捕捉してくれるんだろうか?いやいや弱気になってはいけないわ。助けてもらえなければ、永遠にさまよえるインド人になっちゃうのよ!
 SOSへの応答は、あっけないほど迅速だった。
「もしもし、こちら銀河連邦運輸局交通課。SOS通信はそちらですか?」
「あああ、助かったああ!」
クリッチは思わず椅子から滑り落ちて床にぺたりと座り込んだ。
「どうしたの?ワープに失敗したの?」
モニターに映る交通課の係員は無表情にクリッチの顔を覗き込む。
「あわわわ、そうらしいのです。」
「どうせ、ワープ中に余計な電子機器でも使ったんでしょ?」
「!」
ご名答。いきなり図星を突かれてしまった。交通課係員はお構いなしに事務処理を継続する。
「現在地は?」
「ええと、その、その」
「操作パネルの右上に表記されてるでしょ!」
クリッチはあわてて言われたとおりに操作パネルを見た。
「あ、はい、わかりました。ええとディメンジョンはQ751でエリア22ω-187-2239、サブエリア401PZT-225θ-2775-AS12899752、時間軸がP32-9548-7639020@wdfiです。」
「ふん、ディメンジョンQ751、エリア22ω-187-2239、サブエリア401PZT-225θ-2775-AS12899752、時間軸がP32-9548-7639020@wdfi」
カチカチと事務的にキーボードを叩く音が聞こえた後、係員からの応答があった。
「オッケー、いまプラズマレーダーで捕捉した。」
「わあい、やったあ!」
ひとまずこれで時空間を漂流するという最悪の事態だけは避けられたようである。
「それで、目的地は?」
「え?送ってくれるんですか?」
「だって一人じゃ行けないんだろ?」
「そ、そうなんですけど・・・」
「そうなんですけど?」
クリッチはモニターに向かって首をすくめた。
「実は行く先のデータが消えてしまって・・・」
「はああ、なんてこった」
係員は頭を抱え込んだ。クリッチはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。」
「・・・しょうがないな、じゃ、検索するから。」
「検索?」
係員は益々面倒くさそうに答えた。
「そ、検索。で、目的の惑星の特徴は?」
「え?特徴って言われてももう名前も忘れちゃったし・・・」
「どんな目的で渡航する予定だったの?」
声がいらだっている。
「あ、あの、ハイスクールでの宿題で、鉱物採集実習をしようと・・・」
「ふうん、じゃ、未コンタクトの惑星なんだね。」
「はい。」
「それで、ううん、君は見たところヒューマノイドタイプみたいだね。」
「はい。あ、それで目的の惑星の知的生命体も私に見た目がよく似たヒューマノイドタイプなんです。」
「そんなこといわれてもねえ、宇宙にはヒューマノイドタイプの棲む惑星なんて数え切れないほどあるんだよ。」
係員はコンピューターのサーチ項目に「未コンタクトなヒューマノイドタイプの知的生命体が棲む惑星」と打ち込んだ。すぐに検索結果が出た。
「ほうら、87392個もあるよ。」
「87392個・・・!」
87392個は多すぎる。当てずっぽうで決めてみても正解する確率は1/87392にしかならない(当たり前だ)。
「困ったねえ。母星へ帰るかい、君?」
「ええ!?・・・そ、それじゃ、夏休みの宿題が・・・」
ぽん!ひらめいてクリッチは思わず手を打った。
「あのう、宿題でこっそり鉱物採集に行くんで、現地の知的生命体に私のことがばれなければいいんです。」
「それで?」
「だから、その、現地人の見た目が私に似ていれば、別に目標はどこだっていいんですよ。」
「ううむ、随分いい加減だね。」
係員はかぶりを振りながらクリッチのモニターに新たな情報を送信してきた。
「見えるかい?例えばこの知的生命体なんか、モニターから見える君によく似ているように思うんだけどどうだい?」
「ええと」
モニターに顔を近づけて覗き込む。
「確かに似てますね・・・」
「じゃ、これでいいね。」
あっけないほどあっさりと事務的に処理されてしまった。
「じゃ、これからその地球っていう惑星の近傍ポイントにワープさせるから。ホワイトホールを出たら、その恒星系の第3惑星に行ってね。」
「は、はい」
良いのだろうか?こんないい加減な決め方で。戸惑うクリッチの気持ちは無視して、すぐに夥しい量の情報が送信されてきた。これをナビゲーターシステムに転送すると、おお!たちまち宇宙船は正常に稼働し始めた。クリッチは再び交通課に連絡を取る。
「大丈夫です!なんとか動きそうです!」
「そう、そりゃ良かったね」
係員は当然という顔つきだ。
「ついでにサービスだ。現地の知的生命体の情報を送信しておくよ。ちょうどこのあいだ、無人探索船が惑星外から情報を入手してきたところだ。運が良かったね。言語をバーバルコンバータにダウンロードしておけばコミュニケーションだって自由に取れるよ。どうせ、そんな準備もしてなかったんだろ?」
「あ、有り難うございます!!」
「ファーストコンタクト前の知的生命体の棲む惑星に侵入するんだからね。慎重にしてくれよ。」
「わかりました。」
「じゃ。」
係員は必要情報を発信した後に交信を切った。
「おつかれさまでした。」
係員の背後から、部下の女の子が焙れたてのコーヒーを持って現れる。
「ああ、有り難う。気がきくねえ。」
コーヒー片手に椅子の背もたれにふんぞり返る。交通課も楽な商売じゃない。ましてやこのごろは判断力の乏しい子供たちまでが平気で単独スペーストラベルをしてしまう時代だ。
「それにしても見事な手際でしたね。」
部下の女の子がちょっと不思議そうに首を傾げた。
「たまたま選んだ未開の星の言語データなんかもちゃんと用意してあるし・・・」
「いや、あの送り先はもう決まっていたんだよ。政府からの指示があってね・・・」
そこまで口にしてから、係員ははっと気がつき、周囲を用心深く見回した。
「おっとっと、余計なことまでしゃべっちまったぜ・・・」

*****

「本日みなさんにお集まりいただいたのは他でもない、『これ』について検討していただくためであります。」
内閣官房長官が秘書に目配せをすると、スクリーンにシルバーグレーの円盤形飛行物体の像が浮かび上がった。極秘のもと急遽一同に集められた閣僚・自衛隊・警察幹部・野党党首・東京都知事などは、その映像を見て息を呑んだ。
「戦闘機ですか?」
防衛庁長官がすぐに尋ねる。
「いや・・・」
官房長官は横目で首相の視線を確認する。首相は眼を閉じたまま小さく頷いた。一口水を飲んだ後、官房長官は思い切って説明を続けた。
「・・・宇宙船です。」
「宇宙船!!」
会議室はどよめいた。すぐに官房長官が両手で制す。
「みなさんお静かに、お静かに。マスコミが感づいたら大変なことになります。」
「と、いってもねえ。これは宇宙戦争が始まるってことなんでしょ?」
「その場合やっぱり対米支援法案は適応されるんですか?」
短気な国土交通大臣が話を飛躍させる。官房長官は慌ててうち消した。
「いや、戦争だと決まったわけじゃありません。ただ、こういう物体が飛来してきているっていうだけです。」
「彼らの意図は何なんだね?」
「わかりません。」
「わからないじゃ困るだろう。」
「そうですよ、対応ができないじゃないですか。」
「そもそもこんな事態になるまで対策を打たなかった政府自民党は・・・」
「黙りたまえ!」
口をつぐんでいた首相が立ち上がって一喝した。
「説明はまだ終わっちゃいないんだ。」
それだけ言うと、首相は腕組みをしたまま椅子にどっかと腰をおろしてしまった。みんなの視線は再び官房長官に戻る。官房長官は眼鏡をかけ直しながら説明を続けた。
「で、この宇宙船ですが・・・」
「何台来るのですかですか?」
思わず野党第1党代表が声を出す。官房長官は小さく頷いた。
「1台です。」
なんだ、1台っきりか。ほっと緊張の糸がほぐれた。が、首相と官房長官の顔色だけが冴えない。
「1台だけなのですが、それが大きい。とてつもなく大きいんです。」
「どのくらいですか?」
緊張に耐えきれず、官房長官はもう一口水を飲んだ。
「円盤の直径で20km、高さは最大で5kmほどあります。」
「!!!」
なんという大きさだ。それならば乗組員の数も膨大であるに違いない。なぜ、わざわざ膨大な数の乗組員が必要なのか?ファーストコンタクトの際に、大勢の乗組員が必要である理由と言えば・・・全員、背筋に冷たいものが走った。
「目的地が地球であることはもはや疑いありません。それどころか、このままの軌道を進めば・・・」
「軌道を進めば・・・」
「おそらく日本に着陸します。」
「・・・・・」
あまりの衝撃的内容に、もはや質問を差し挟む声もなくなった。その中で、自衛隊統合幕僚長が絞り出すように尋ねた。
「宇宙船の日本着陸は、いつ頃になる見込みですか?」
「明日の朝、おそらく夜明け頃になるでしょう。」
「明日・・・」
人類にとっての、惑星外知的生命体とのファーストコンタクトが、明日に迫っている。しかも彼らがコンタクトを求める意図は未だに不明だ。会議の出席者たちは、みなやりきれないほどの重圧と緊張を覚えた。

*****

 ホワイトホールを出てしまえば、恒星系内の飛行はもはやワープを使う必要がない。通常の光子力エンジンを使うと、スピードは格段に落ちるが、外の眺めが抜群に良くなる。そして目の前には目的地の第3惑星だ。
「綺麗ねえ・・・」
 思わずうっとりと見とれてしまった。水系惑星独特の青と白の渦巻き模様だ。うっすらと大地と海洋の識別までできるようになってきた。もうすぐ大気圏に入る。
「こうはしていられないわ。準備しなくちゃ。」
 温度、大気組成、重力をもう一度確認する。問題ない。着陸地点は、一番大きな大陸の端っこに細長く連なっている島の一つにした。ここならばあんまり目立たない、ような気がしたからである。早速この島に棲む人々の言語をバーバルコンバータにダウンロードする。これで万が一の場合には現地の知的生命体とコミュニケーションも可能だ。それにしても最近の無人探索船の性能は素晴らしい。まだコンタクトしたこともない惑星の情報も、精密に把握しているのだ。
「さあ、準備はOKよ。大気圏に突入するわ。」
クリッチは気を引き締めて操縦桿を握りなおした。

*****

「ターゲットは大気圏に突入しました。」
観測員が大きな声で報告した。
「よし、すぐに防衛庁に報告。」
所長が間髪入れず指示をとばす。昨晩から研究員、観測員総出で休みなしだ。
「で、落下地点はどのあたりになる?」
「ええと、ええと、関東平野でしょう。いや、東京湾かな?うーん」
「関東平野?東京湾?・・・それじゃ・・・」
「そうですね・・・東京に落下すると思います。」
「ふーむ・・・」
やはりそうか。所長は口をへの時に曲げたまま天を仰いだ。

*****

 遠くの水平線がほんのり明るい。間もなくこの島に夜明けがやってくる。完全に明るくなる前に着陸しよう。クリッチは海岸線に着陸点を設定した。どんどん高度を下げる。幸い大きな建築物は見えない。このままなら知的生命体に逢うこともないまま任務が完了してしまいそうである。
「それはなんだか残念ね。」
ちょっとグチをこぼしながら、クリッチは宇宙船の接地脚を降ろした。
どごごごごごごごごご
揺れが収まった。岸辺にほど近い浅瀬に、無事着水成功だ。

*****

 ツトムは憂鬱だった。
 大学に入ったら、何か新しいものが見えてくるかと思っていた。確かにツトムの周囲の友達は、受験生の頃のストイックな生活を代償するかのように、堰を切って開放的になっていった。一方、ツトムは大学に入学するために苦労したくちではない。学校の成績や試験で困ったことがなんてないのだ。だから、普通に高校に通って、普通に生活して、その延長上に、ごく当然のように超難関校といわれるエリート大学に入学したのだ。それはツトムにとってなんら驚くことではなく、ましてや特別に嬉しい出来事でもない。当然、入学後も特別に羽目を外す気分にはなれなかった。
 ただ、周囲の浮ついた流れに乗るかのように、ツトムにも彼女ができた。ツトムは身なりも清潔だし、会話もウイットに富んでいる。そんなに金持ちではないけれど、見た目もまずまずの好青年だから、もともともてる要素は揃っていたのだ。
 でも、すぐに別れた。未練があるわけではない。初めから、そんなに気乗りがしていたわけではないのだ。確かに、彼女は気だても良く、見た目もツトム好みのキュートなルックスだった。客観的に見て、明らかに美人といえただろう。ただ、それだけだった。ツトムをわくわくさせてくれるようなものは何もなかった。セックスも、一応やった。それは、予想に比べてそれ以上のものでも、それ以下のものでもなかった。はっきりいえることは、ツトムの求めるものではなかった、ということだ。
 僕の求めているものはこんなものではない。
 何か、もっと、特別なことだ。
 それが何かは良くわからない。いや、漠然とは認識できるようにも思えるのだが、現実感が伴わない。ツトムの苦悩は深まるばかりであった。
 この頃の楽しみといえば、大学院生たちに混じって、研究室で培養細胞をいじることだ。キャンパスライフに身を投じてわずか半年、既に浮世離れしたポスドクのような生活である。凍結された細胞を起こして、フラスコに蒔き、顕微鏡で覗きながら丁寧に育てて、実験で殺していく。こんな作業の繰り返しだ。それ自体は、ツトムにとって不快なものではない。くだらない講義を聴くよりよっぽどましだ。ましてや、幼稚な連中と一緒に妙に享楽的な生活を送るなんて、もうまっぴらである。今日も、まだ夜の明けないうちから始電に乗って研究室に向かう。まだ誰もいない早朝は、他人に邪魔されずのびのびと実験ができるのだ。
 読んでいた科学論文の草稿から眼を離し、ふと電車の窓から外を眺めた。ビルの谷間から覗く東の空が、薄く薔薇色に輝いている。まもなく夜明けがやってくるんだな。
 そのとき、ふと周囲が大きな影に覆われた。何だろう?疎らな乗客が不安な表情を浮かべる中、轟音と共に突き上げた衝撃によって、電車は虚空に放り投げられた。

*****

 着水後、直ぐに大気組成、気温、紫外線などをモニターで最終確認する。問題ない。よし。万事計画通り。じゃ、さっさと鉱物採集をしちゃおう。
 ハッチを開けた。きょろきょろとあたりを伺うが、幸い人影らしいものは見えない。蜂のような虫がぶんぶん飛んでるだけだ。いや、よく見ると、海岸線にもやはり小指の先ほどもない虫がぞろぞろいる。そして、意外なことにその虫のぞろぞろいる周囲は見渡す限りが人工的な建造物らしい。ただ、みな一様に低層で、人が居住できそうな建物はない。なんだろう、これは?わかんないけど、少なくとも予想外に開けた地域だったことは確かだわ。いま地球人に出会わなかったのはラッキーだったのかも。意外と朝寝坊な知的生命体だったりして、ふふ。
 いろんなことを思いめぐらせながら、タラップを降りた。浅瀬の水深はクリッチの膝にも達しない。ちゃぷちゃぷと岸辺に向かって進む。ゆっくりと辺りを見回して、陸に一歩踏み出したところで意外なことが起こった。ぶんぶん飛んでいた虫、ぞろぞろいた虫が、クリッチに向かって一斉にぱちぱちと火を吹き始めたのである。

*****

 どごおおおおおおおおおおおおおおおおん
 凄まじい衝撃とともに、エイリアンの宇宙船は羽田空港沖5kmの東京湾に着水した。ただ、その着水の決定的瞬間を間近で目撃できた者はいなかったであろう。マグニチュード測定不能な大地震と大津波が一斉に襲ってきたようなものである。湾内を巡航警備中であった海上自衛隊の船団は、あっという間に海の藻屑と消えてしまった。
「な、なんて衝撃だ・・・」
羽田空港滑走路に集結した自衛隊員たちは、突っ伏した姿勢のまま視線をあげた。目の前5kmの海上に巨大な宇宙船が鎮座している。こんなに巨大な宇宙船だ、中にどれだけ大勢のエイリアン軍団が待ちかまえていることか。どう考えても平和的な交渉をしに来たとは思えない。
「あ!」
隊員の一人が宇宙船の前方を指さした。
「あそこ!・・・ひ、開きます!」
一同が指さす彼方を注視すると、宇宙船の前面の一部が上方にめくれあがって、内部からなにやら梯子状の巨大建造物が降りてきた。梯子状建造物が接地すると、引き続いて、どおん、どおん、どおん、という重々しくも規則正しい振動が伝わってきた。
「うわああああああ!!」
梯子状建造物を踏みしめながら現れたエイリアンの姿を見て、自衛隊員たちは絶叫した。信じられない。それは信じられないほどに大きな巨人だった。しかも女だ。いや、少女だ。年の頃は15?16歳だろう。表情にまだあどけなさが残っている。身体つきもまだ思春期のバランスだ。それにしても信じられない。この自衛隊を威圧する巨大な宇宙船は、大勢の軍団を乗せていたのではなく、巨大少女がたった一人で乗ってきたものだったのだ。
 巨大少女は身体にぴったりとフィットした真っ赤なメタルカラーのボディースーツを身にまとい、東京湾をざぶざぶと渡りながらこっちに進んできた。近づくにつれ、その身体は更に大きく、大きく、大きくなるように思われた。自衛隊員たちは、もはや前を向いているというより上を見上げている。大きい。本当に大きい。東京中回っても、これより大きな建物はない。こんなにでかい少女がいるのか!?身長は、目測で・・・1600mほどもあるのではないか・・・うそだ。うそだろ?不可能な大きさだ!!!
 巨大少女はもう目の前にまでやってきた。もう、見上げることも困難である。大きすぎるのだ。塔のようにそびえ立つ二本の脚を目で追えるだけだ。そして、ついに上陸だ。ボディスーツと一体化した真っ赤なブーツが、羽田空港の滑走路に振り下ろされる。どすうううううううううん!!今度は土煙が上がった。逃げ遅れた戦車が10台以上、あっという間に踏み潰されていた。
「撃て!撃て!撃て!!!」
現地の自衛隊指揮官が一斉砲撃を指示した。こんな巨大な相手に対して、自分たちの兵器ではどうにもならないことくらい十分にわかってはいたのだが・・・

*****

「エイリアンが姿を現しました。」
夜半から続く緊急会議は、緊張のクライマックスを迎えた。
「大群ですか?」
「いえ、エイリアンは一人です」
「たった一人?」
「はい、一人です。が・・・」
「が?」
秘書から上げられた報告書を読む内閣官房長官は、緊張のあまり、ほっと嘆息をいれた。
「一人なんですが・・・」
「・・・・・」
「巨大です。推定身長約1600mの大巨人です。」
「し、身長1600m・・・!!!」
突然いわれたこの数値を、実感を伴って想像することなど、出席者の誰一人として行うことはできなかった。
「し、身長1600mなんて・・・」
「そんな生物がいるのか?」
「戦闘用の巨大ロボットなんじゃないか?」
「そうだ、見た目はどうなってるんだ?やっぱり戦闘型なのか?」
官房長官はかぶりを振った。
「異常に巨大なだけで、姿形は地球人と区別がつきません。年の頃は15?16歳の女の子です。」
「女の子?」
出席者は混乱してきた。
「それは巨人なのかね?それとも女の子なのかね?」
「巨大な女の子です。」
「そ、そんなのあり?」
「1000倍の大きさの女の子なんて、」
「ここは箱の中でも白石県でもないんだよ。」
「そうだ。あの続きはいったいいつになったらできるんだ?」
「まあまあみなさん落ち着いて。」
官房長官は困惑の表情を浮かべながら割って入った。
「せっかく大林をあそこまで追いつめたのですから、あそこで終わってしまっては元も子もありません。『薔薇色の夜明け』どころか『仮面をはずすと』まで完結してしまった今となってはもう強気なことを言っても構わないわけで、一日も早い続きのアップを待ちたいですね。というわけで、エイリアンの話題に戻ってもよろしいですか?」
官房長官が上目遣いに眺め渡すと、一同はこっくりと頷いた。
「ええ、確かに巨大なエイリアンなのですが、この現地からの報告では・・・ん?・・・モー娘。の吉澤ひとみを彷彿とさせる面影?・・・と、ありますな・・・いったいどういう表現なんでしょうか?」
「吉澤ひとみ?!」
会議室はこの言葉でまた急に色めき立った。
「・・・いいねえ。」
「なっち、ゴマキの化けの皮が剥がれたら、なんてったってナンバーワンだよね。」
「皆さん、ホントにそう思われるんですか?」
「いや、このオリジナルが書かれた2001年秋頃には良かったんですよ。」
「今はますます逞しくなっちゃってなあ・・・」
「このお話の中ではあくまでも昔の可愛かったころの吉澤ひとみ似ということで、ね。」
「じゃ、現在のモー娘。では誰がナンバーワンですか?」
「ええ、みなさん、ご静粛に。」
官房長官は苦虫を噛みつぶした表情で全体を制した。
「重要な会議中であります。みなさん、もう話を横道にそらさないように。GTSにも関係ないし。」
「それは遺憾です。」
野党第1党の党首が口を尖らせた。
「せっかくみんながいい気分で盛り上がったのに水を差すことはないでしょう。」
「そのとおり、官房長官、頭が固いですよ。」
本来は最もお堅いはずの法務大臣まで異議を唱える。
「こうして政府・自衛隊・与野党の首脳が一同に会すというのは前例のないことなのですから、この際、まずモー娘。のナンバーワンについて決着を付けておくというのも有意義ではないかと・・・」
統合幕僚長も立ち上がって官房長官に憤然と言い放った。
「こればかりはシビリアンコントロールを受けませんぞ!」
「あ!もしかして・・・」
突然素っ頓狂な声を出したのは経済産業大臣である。
「もしかして、官房長官はモー娘。のこと知らないのでは?」
みんなが一斉に官房長官の顔を見つめる。官房長官は慌てて首を振った。
「そ、そんなことはない。よおく知ってますよ。」
「ほんとですかあ?」
「嘘ついてるでしょ?」
「知ったかぶりしてるだけなんじゃないですか?」
「ふぉっふぉっふぉ、あんた、オヤジやね。」
好々爺然とした財務大臣からもこんなことをいわれてしまったのだからたまらない。官房長官は毅然として抗弁した。
「わ、わ、私にだってモー娘。に好みの娘くらいいますよ!」
「ほお、で、誰ですか?」
「それは、その・・・」
「言えないんですか?」
「顔と名前が一致しないんでしょ?」
「そ、そんなことないですよ・・・」
「じゃ、誰ですか?」
官房長官は下を向いてもじもじしながら小声で答えた。
「・・・か・ご・・・あ・い・・・」
「?」
会議室が水を打ったように静まりかえった。重苦しい沈黙だ。聞いてはいけなかったものを聞いてしまったような悪い予感。警察庁長官が、おそるおそる官房長官の発言を確認する。
「・・・長官、良く聞こえなかったのですが、もう一度お尋ねしてよろしいですか?」
「・・・加護・亜依・・・加護亜依だよ!」
官房長官は開き直って大きな声を出した。会議室は騒然とした雰囲気になった。
「あいぼんが好きで何が悪い!!」
「長官、長官!!」
官房副長官が傍らで耳打ちした。
「加護亜依も卒業しましたよ。いまやWとして活躍中。」
「だから今は2001年秋現在のアイドル状況でしゃべってるんだよ!!」
官房長官は口をへの字に曲げた。野党第2党の党首が右手の人差し指でちっちっちのポーズを取りながら立ち上がった。
「かりそめにも我が国の政府スポークスマンたる官房長官が、2001年秋現在の加護亜依ファンとはいかがなものでしょうか?ジャンケンピョンとか、チュッチュッチュチュチュとか、リンリンリンとか、ああ、もう情けない!徹底的に責任を追及したいと思います!」
「そんな国会口調で批判するな!!俺の好みだ!!ミニモニ。テレフォン!リンリンリンは名曲だぞ!!」
「青少年保護条例をどのようにお考えですか?」
今度は厚生労働大臣がクールに問いただす。官房長官はもう涙目だ。
「いくら未成年だからって、別に俺が強制労働させてるわけじゃないぞ!それに今ではもっと若いメンバーだっているわけだし・・・」
「そもそも辻希美と区別がつかんぞ。」
「つくぞ、俺には!!可愛い方があいぼんで、そうじゃないのが辻希美だ!!」
「長官、長官、それはあまりにもチャレンジングな発言ですよ。」
「うるさい!!だいたい、あの2人、似てるようでファン層が微妙に異なるんだぞ!!!」
「・・・もういいかな?」
今度は首相が静かに割って入った。
「そろそろ本題に戻ろう。このままでは地球の危機がおろそかにされるばかりか、GTSも出ないのにページだけが無駄に費やされてしまう。」
「でも、こういうほんとのお馬鹿話を喜んでくださる読者もいらっしゃるんですよ。」
「いいから終わろう。」
首相はパーマのかかった髪をぽりぽりと掻き上げた。
「で、その保田圭に似た巨大なエイリアンは・・・」
「総理、保田圭はとっくに卒業しました。吉澤ひとみです。」
農林水産大臣が素早く訂正した。首相はもうこの話題を無視して話を続ける。
「・・・吉澤ひとみに似た巨大なエイリアンは、我々に何か要求をしてきたのかね?」
「いえ、まだわかりません。」
官房長官が答えた。
「わからないのはどうしようもない。ただ、相手はとにかく巨大だ。しかも科学力が優れていることは間違いない。向こうから攻撃されたら日本は大変なことになるね。」
「実際に・・・」
官房長官は、たったいま副長官から手渡されたメモを読みながら続けた。
「既に海上自衛隊をはじめとして陸上自衛隊、航空自衛隊にも多大な被害が出ております。やむを得ず現地の判断で迎撃を開始したという報告が入りました。」
首相は動じず、出席者の全ての表情を眺め渡し、きっぱりと決意を述べた。
「そうか・・・やむを得ない対応だ。認めよう。すぐにアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、韓国などにも協力を要請することになるだろう。だが、当面はこのまま我が国の防衛力の全てを尽くして、戦い抜くしかない。」
首相の言葉に防衛庁長官と統合幕僚長はこくりと相づちを打った。

*****

 いま、目の前に広がっている光景を論理的に説明しろといわれても、とてもできない。自分の目の方が間違っているに決まっている。高度5000メートルから急降下してきたとはいえ、まだ高度は1500メートルもあるのだ。
どうしてこの高さで、視線が合うのだ?
コックピットの前に広がる顔は何なんだ?
どうしてこんなに大きいのだ?
しかもそれが、とびきりの美少女だ。きょとん、とした眼でこっちをみつめている。
吸い込まれそうだ。
無理もない。実際に、吸い込まれるような勢いで、この戦闘機はその眼と眼の間に向かっているのだ。
眼と眼の間?
そうだ。このまま進めば、ちょうど眉間にぶつかるだろう。眉間にぶつかって、粉々になってしまうだろう。ほら、ちょうどいま、あの左の頬に突っ込んで爆発した戦闘機みたいにね。まあ、この巨大少女にとっては痛くも痒くもないんだろうが。
 パイロットは、この危機的な状況にあって妙に冷静だった。実際に、恐怖は全くといってなかったのだ。
なぜかはわからない。
自分の生命が風前の灯であることは間違いない。
でもこの視野いっぱいに広がる巨大な少女は、恐怖の対象ではない。むしろ驚嘆であり、畏敬であり、そして愛慕ですらあった。
闘争心は萎えていた。
パイロットの心を捕らえたのは、少女の巨大さというより、今は美しさである。透きとおるようにあどけなく無垢な美しさだ。不思議そうな表情が、よりいっそう謎めいて、狂おしい魅力をたたえている。
ただ、その圧倒的な巨大さが、圧倒的な力の差として、自分の前に立ちはだかっているのだ。彼女から見たら、この戦闘機は一匹のヤブ蚊みたいなものだ。小指でぷちんと潰されてしまうだろう。
それじゃ、ましてやそれに乗っている自分はなんなんだ?
・・・心地よいほどの惨めさだ・・・これだけの大きさの差を見せつけられれば、オイフォリックにもなってしまう。
パイロットは攻撃することも忘れ、この少女の汚れない眉間に衝突して木っ端みじんになる自分を想像しながら、むくむくと勃起していた。
・・・
 残念ながら、彼の願いが叶うことはなかった。
もう少しでその顔にたどり着ける、と思った瞬間、東京ドームよりも巨大な手がぬっと現れて、周囲の数機もろとも彼の機体をも払いのけてしまったのだ。
一瞬の出来事だった。
もちろん、彼自身が木っ端みじんになる、という結論にはなんら変わりはなかったのだが・・・

*****

 ぱちぱちと線香花火みたいなものが足下や身体の回りで弾けている。痛いわけではないが面くらってしまった。
「な、何よこれ?」
特に顔の近くをぶんぶん飛んでるヤブ蚊みたいな連中は煩わしいことこの上ない。それだけではない。もし、刺されたりしたらたいへんだ。
「もー!いやねえ!」
片手で顔の辺りを軽く振り払った。するとヤブ蚊のような連中はたわいもなく墜ちていく。しかもなぜか煙を噴いて墜ちていくのだ。
「?」
変わった虫である。手で払われたくらいで死んでしまうとはか弱いものだ。面白いからどんどん振り落としてみた。あっという間にうざったいヤブ蚊はいなくなってしまった。ひと安心。それならこの地面でぱちぱちと火花を散らしている虫はどうなんだろう。クリッチは首を捻りながら、足を挙げ、その虫が密集している上に真っ赤なメタリックブーツを振りかざしてみた。
「ほうら、踏み潰すわよ!」
虫に話しかけたところでどうなるわけでもないが、なんとなく警告してみた。だってほら、そうしたら逃げていくもん・・・でも、のろいなあ。
 まずはヒールだけ地面についてみた。だんだんつま先をおろしていく。このままではブーツの底になってしまう虫たちが慌てて逃げ出していく、が、あーあ、遅すぎるわ。この姿勢のまま待っているのは疲れちゃうのよ。
「残念でした。のろまな君たちは、踏み潰しちゃうね。しょうがないよね、小さいんだもん。」
ブーツの底を完全に地面につけて、おもむろに体重をかけた。靴底でぷちぷちと小気味よい感触がした。10匹くらい踏み潰されたのかな?あ、なんだか気分良くなってきちゃった。

*****

 戦闘機は一機残らず払い落とされた。しかも片手で無造作に払い落とされたのだ。まるで闘いになっていない。相手にならない。敵は大きすぎるのだ。こんなに巨大な少女では、自衛隊の攻撃など蚊に刺されたほどの効果もない。悔しいけれど、手も足もでない。
 巨大な少女が真上から見下ろした。笑っている。我々を見下ろして笑っている。今度のターゲットは我々なのか?陸上自衛隊の戦車部隊は真上を見上げて恐怖におののいた。
 ふいに、巨大少女が何か話しかけてきた。

「ほうら、踏み潰すわよ!」

 凄まじい大音量だ。両手で耳を押さえながらうずくまる、が、その声はそんな防御など簡単にうち破って脳髄に踏み込んできた。
「!?」
「・・・お、おい・・・いま『踏み潰すわよ!』といわなかったか?」
隊員たちは互いに蒼ざめてうなずいた。
「この巨大少女は日本語がわかるのか?」
不安そうに上空を見つめる。答えはすぐに明らかになった。その言葉通りに頭上に真っ赤なブーツが振りかざされて、やがてそれが地上に降誕してきたのだ。
「うわ!逃げろ!」
「踏み潰されるぞ!!」
といってもそんなに素早く逃げられるはずがない。ブーツの底は長径240メートル、短径でさえ100メートル近いのだ。高さ60メートルのヒールが作り出す土踏まずに逃げ込めば安全なはずだが、咄嗟にはなかなかそんな勇気のある選択などできない。みな絶望的につま先側へと戦車を走らせる。全出力で走らせる。その上空に、ゆっくり、ゆっくりと、靴底が迫ってきた。見上げると、もう黒光りしたエナメル質が空いっぱいに広がっている。
間に合わない。
全出力でも間に合わない。
目を閉じて、頭を抱え込む。
急に、戦車が停止した。
靴底に捉えられたのだ。
全く動けない。
既に天蓋がぎしぎしと音を立てている。
悔しい。
・・・
あんな娘に踏み潰されてしまうなんて。小娘に、虫のように潰されてしまうなんて。
悔しい。
ぎしぎし、ぎしぎし。
天井が随分床に近づいてきた。
もうこの変形した戦車の内部で身動きすることもできない。
苦しい。
悔しい。
こんなのは嫌だ・・・
・・・
ぶち
・・・
巨大少女のブーツの底で、豆のような戦車は1枚のスクラップになった。

*****

 調子に乗って地面にいくらでもいる虫たちをぷちぷちと踏み潰している間に、妙なことに気がついた。テントウムシくらいの虫の周りに、何やらもっと小さなものがうごめいている。目立たないが、数としてはそっちの方がよほど多いようだ。よく見ると、テントウムシの中から這い出してくるものまでいる。何だろう?寄生虫?
「やあねえ・・・」
とは思ったが、ちょっと興味がわいてきた。何しろ未コンタクト惑星である。どんな生物が棲んでいるのかわからない。幸い鉱物採集用に手袋をはめているから多少変な虫でも大丈夫だろう。
「近くでよく見てみましょ。」
クリッチはしゃがみ込んでテントウムシの1匹をつまみ上げてみた。立ち上がって手のひらにのせる。顔を近付ける。見れば見るほど変な形だ。鉱物観察用のルーペを使って更に詳しく見る。そのとき、テントウムシの背中がぱっくりと開いて、中から例の寄生虫が顔を出した。

*****

 こんな巨大なブーツで踏み潰されなかったのは奇跡としか言い様がない。仲間達はみんなあの下でぺしゃんこになったのだ。彼は自らの乗る戦車のすぐ横に聳え立つ赤いメタリックな壁を見上げて嘆息をついた。
地面に深くのめりこんでいる。
そこから無数の地割れが生じて、彼の戦車自体もその地割れに片方のキャタピラをとられて身動きできなくなっていた。
この赤いメタリックな壁、いや、塔というべきか、いずれにせよ現状でこれをブーツだと認識するためには、想像力を相当逞しくしなければならない。至近距離からあまりにも巨大なものを見上げているので、全体像が掴めないのだ。ましてやそのブーツが一人の少女のパーツにしか過ぎないという事実など、通常は理解不可能である。彼のような幸運でもない限り。
 ふいに周囲が暗くなったので、彼は真上を見上げた。
背筋が凍り付いた。
視線が合ったのだ。
この巨大なブーツの持ち主が、彼を直接見つめているのだ。
彼は悲鳴を上げ、戦車の内部に引っ込むと、天蓋をしっかりと閉め、頭を抱えて蹲った。
 ほどなくして、車体の両側がぎしぎしと嫌な音を立てて軋みはじめた。壁が内方に歪みはじめた。
潰されるのか?
せっかくさっきは踏み潰されずに済んだのに・・・
彼は両手で顔を覆った。絶望が彼を押し包んだ。
ところが車体が潰されるかわりに、潰れるほど強力な重力加速度がかかって、彼は床に這いつくばった。
 本当は一瞬のことでしかなかったのだろう。ただ彼には永遠にも続くかのように思えた重力加速度の嵐が止むと、車体はどこかにぼんと放り出された・・・
その後は何事も起こらない・・・無気味な静寂だ・・・ここはいったい何処だろう?
俺は助かったんだろうか?
車外の様子は伺い知れない。
暫くの間、車体の奥で息を潜めていた彼は、意を決して、そっと戦車の天蓋を開けてみた。
 天蓋を開けた瞬間、ごおおおおおっという突風に煽られて、彼は思わず両手で眼を覆った。
その指の隙間から周囲を伺う。
赤い。
やはり赤いメタリックな世界だ。
上を見る。この突風の吹き付ける方角だ。
!!!
・・・
視野をうめ尽くして巨大な美少女の顔が広がっていた。
今までに見たどんな映画館のスクリーンでも、これほどにアップになった顔というものを見たことはない。そしてどんなスクリーンであっても、これほどまでに美しい少女は見たことがない。
それにしても、とんでもない大きさだった。彼が突風と感じた気流は、この美少女から発せられる軽やかな呼吸であった。そして彼女は、片目にルーペをあてがって、彼を覗き込んでいた。天界が降臨するかのような威圧感を覚えた。
 ルーペで拡大されて更に巨大になった眼を見上げながら、彼は状況を把握した。
いま、俺の周囲に広がっている赤い世界は手のひらだ。赤い手袋に覆われた彼女の手のひらだ。そして俺は、この少女に、この途方もなく巨大な少女に、戦車ごと指先でちょいと摘まみ上げられ、手のひらにのせられたのだ。指先でちょい、で、手のひらにぽん、だぜ・・・なんて俺は小さいんだ・・・っていうか、この少女はなんてでかいんだ!
 いま、彼女は、俺の身体を虫眼鏡で観察している。しげしげと観察しているよ。肉眼で観察するには俺が小さすぎるんだな。面白いか?興味深いか?どうしてこんなに小さいのかな?って、考えているんだろ?それとも、あんまり俺が小さすぎて惨めなので、愉快な気分になっているのか?
 でも、とても逃げられそうにはない。だって、このだだっ広いのが「手のひら」なんだよ。広いな。この上でゴジラとキングギドラが決戦できるかもな。
で、その廻りに立っている、あれが指か?一本一本がちょっとしたビルくらいありそうだ。この戦車で、いや、一台だけじゃなくて俺の部隊が総掛りでも、あの指の一本にすら歯が立たないだろうな。たちどころにぷちぷちと潰されてしまうのさ。
あーあ、この少女はこんなに大きいんだ。所詮、俺達なんかとは力が違うんだよ。人類が逆らったところで、かないっこないんだよ。ふう、姿形だけなら、可愛らしいのになあ 
・・・それにしても、いま、どのくらいの高さにいるんだろう?想像したくもないよ。こんな巨大な少女から逃げるなんて、全く無駄なことさ。
 観察が終わったら、俺はどうなるんだろう?何をされるんだろう?
指先で潰されちゃうのかな?
それともぱくりと食べられちゃうのかな?
幸いどっちでもなさそうだな。だって殺すつもりならもう一瞬で済んでしまっているはずだからな。
じゃ、おもちゃにされて一生なぶりものにされるのか?
そんなのは嫌だよ。すごく巨大だけど、まだ女子高生くらいだろ?そんな女の子のおもちゃになるのは嫌だよ。何をされるかわからないぜ。どんな恥ずかしいことを強いられるかわからないんだぜ。いくら小さくたって俺には人間の尊厳ってのがあるんだよ。俺は虫なんかじゃないんだよ・・・
・・・なんていっても虚しいだけか。こんなに巨大な女の子から見たら、俺なんか虫に決まってるじゃないか。指先でちょい、のこびとなんだからさ。ちぇっ、悔しいなあ。
 エッチな遊びにつきあわされるのかな。きっとそうだな。女子高生くらいの女の子の考えることはだいたいそんなもんだよ。あのとんでもなくでかい胸に登らされるのか?嫌だなあ。そんなことさせられたらたいへんだぞ。登山になるぞ。はあはあいいながら、這いつくばってよじ登ることになるぞ。汗なんかかかれたら、ぬるぬるして危ないぞ。体臭もきっときついぞ。嫌だなあ。そして頂上まで登り詰めても、その上の乳首に登るのはたいへんだぞ。俺の大きさではロッククライミングみたいになるぞ。ましてやそんなのが勃起されたらたまったもんじゃないぞ。逆にそんな上にちょいとのせられたら、自力では降りて来れないぞ。ああ嫌だ。嫌だなあ。あんな可愛らしい女の子に、そんな悪ふざけを強いられたら嫌だなあ。それだけじゃ済まないかもしれないぞ。このくらいの女の子でも、流石にもう陰毛は生えているだろ?その茂みの中に降ろされて、ジャングルをかき分けかき分け下って行って、臭い匂いのする洞窟に辿り着いたら・・・
 そこまで考えたところで、彼の思考は急転換した。巨大少女が耳をつんざく絶叫を上げながら、彼を戦車もろとも虚空へ放り投げたのだ。
さて1500メートルあまりのフリーフォールの間、今度は彼はどんなことを考えたのだろう・・・

*****

「きゃあああああ!!」
あまりのことに驚いて、クリッチは手の中のテントウムシを中の寄生虫もろとも放り投げてしまった。いや、それは寄生虫なんかではない。そうではなくて・・・
「こ、これは知的生命体だわ!」
ルーペで観察した小さな生物は、大きさはともかくとして、姿形なら白鳥座ε星人にそっくりだ。と、いうことは・・・
「信じられない!地球人って、アリみたいに小っちゃなこびとだったのね。」
そういえばあの交通課の係員も、大きさは言ってなかったわね。ひええ、だ、騙された!・・・というか不注意な私が悪いのかしら?どっちにしても・・・
「ど、どーしよ?・・・いきなりファースト・コンタクトしてしまったんだわ。絶対にしてはいけないと言われていたのに・・・」
もう最悪のシナリオだ。鉱物採集どころではない。ファーストコンタクトはその惑星の文化史においてきわめて強いインパクトを与えるイベントである。最大限の注意とともに行わなければいけないはずだったのだ。だが、悪気はなかったとはいえ、クリッチはその文明のおそらく政府と思われる組織に向かって攻撃ととられても仕方がない行為を働き、そして多大な損害を与えてしまったのだ。もうこのまま退散してもダメである。軍隊も政府もカンカンに怒っているだろう。これでは惑星間の外交問題に発展してしまうことも必至だ。それも大変だけど、とりあえずクリッチとしては科学のモニカ先生に怒られるのが怖い。なんとか、なんとか関係を修復する作戦を考えなくては。
「とりあえず、情報収集だわ・・・」
幸か不幸か、いや、この場合明らかに幸いなことに、さっき交通課の係員のおじさんはこの星の情報を送ってきてくれたはずだった。早速チェックし直してみよう。クリッチは慌てて宇宙船に引き返すとタラップを小走りに駆け上った。

*****

 かちゃかちゃかちゃ。
急いでコンピューターに検索をかける。この惑星についての情報だ。探査衛星からの情報量は膨大なので、一問一答方式の検索に切り替えた。
「ええと、この星の住民とファーストコンタクトに失敗した場合の修復策は?」
 かちゃかちゃかちゃ
ういーん
モニター画面に回答が表示された。
「・・・『回答不能』・・・そうか・・・やっぱそうよね。」
 そりゃそうよ、そんなデータ、入っているはずないわ。
じゃ、設問を変えてみましょ。私は白鳥座ε星ではハイスクールの生徒だから、この星の住民の基準に当てはめれば『女子高生』に相当するわね。で、政府や軍の関係者はひとことでまとめるならば『おじさんたち』だわ。その人たちとの関係を修復させるためには・・・ま、『歓ばせる』しかないわね。ということで、設問を『この星で女子高生がおじさんたちを歓ばせる方法は?』としてみたらどうかしら?
 かちゃかちゃかちゃ
ういーん
モニター画面には今度こそ具体的な回答が示された。

*****

「現地に新たな動きがありました!!」
会議室に内閣官房副長官が飛び込んできた。一同、固唾をのんで彼の次の言葉を待つ。
「巨大エイリアンが地球に対して具体的な要求を示しました。」
「・・・・・・」
会議室内は凍り付いた。重苦しい沈黙を首相が破る。
「・・・で、どんな要求内容なんですか?」
「は、はい・・・」
官房副長官はハンカチで額の汗を拭きながら答えた。
「え、援助交際をしないか・・と・・・」

*****

 何を思ったか急に大慌てで宇宙船に退却したエイリアンが、再び宇宙船から姿を現した。その姿を見て、自衛隊員たちはこんどこそ本当に腰を抜かした。
「セ、セーラー服・・・?」
そう。再び現れた巨大エイリアンは、白地に紺のラインも鮮やかな正統派セーラー服しかも半袖夏服タイプに身を包まれていたのだ。紺のミニスカートは膝上20cm以上(地球人換算)、膝下にだらしなく垂れた真っ白のルーズソックスにローファーという清楚な陰にコギャル度も十分合格な女子高生スタイルである。清楚だったころの吉澤ひとみさんによく似た巨大少女がこんな服装なんだからたまりませんなあ。
「コスプレ攻撃でしょうか?」
「コスプレが攻撃になるか!!」
「はあ・・・でも・・・結構、きますよ。」
一部に病んだ反応もみられた自衛隊に向かって、巨大少女は再び歩み寄ってきた。我に返って臨戦態勢に戻る自衛隊。だが、巨大少女は今度は羽田空港に上陸しようとはせず、直前で立ち止まって、腰を屈めて眼下の戦車部隊を見下ろしながらにっこりと笑った。

「おじさん、援助交際しませんかあ?」

隊員たちはお互いに顔を見合わす。みな、信じられないという顔つきで首を振る。で、今度は上空を見上げてみると、ばかでかくもとびきり可愛い笑顔が人なつこく覗き込んでいる。
「援助交際???」
「確かにそう聞こえたが・・・」
「聞き間違えじゃないか?」
隊員たちは腕組みをして考え込んだ。その様子を見下ろしながら、女子高生型巨大エイリアンはもう一度声をかけてきた。

「ねえ、おじさんたちったらあ、援助交際しましょうよお!」

・・・
間違いない。
はっきりと地球の言語で、しかも日本語で「援助交際しましょうよ」なんてもちかけてきたのだ。これは千載一遇のチャンス、もとい、理解不可能なできごとである。自衛隊の指揮系統は千々に乱れた。
「???」
「あ、あんなこと言ってるけど・・・」
「やっぱお小遣いに困ってるのかね?」
「うーん、でも、せっかくあちらの方から誘っていただいたことだし、ここで据え膳食わぬのも地球の男としてナニではないかと・・・」
「やめろ!!いくら請求されるかわかったもんじゃないぞ!!」
そういう問題ではないような気もするが、いずれにせよ交渉が成立する気配はない。女子高生型巨大エイリアンもこの様子を察知してか落胆して首を横に振った。
「なんだか残念そうですね。」
「うん、気の毒だな。」
「あれ?また何か別のことをはじめましたよ!」
交渉の不成立を受け、女子高生型巨大エイリアンは作戦を変更したようだ。曰くありげに自衛隊を横目に見ると、膝をくの時に曲げながらスカートの端を指先でつまんで見せる。

「じゃあ、ちょっとだけよ!・・・チラッ」

とかいってちらりと膝上20cm (地球人換算)のミニスカートをめくり上げてくれるのだ。うおお、これはグッドサービス・・・
な、わけないでしょ。
だって、自衛隊は巨大少女のほぼ足下にいるのである。もともと白地に赤いサクランボ模様のパンティーは丸見えなのだ。なんだか展開が全くわからなくなってきた。攻撃意欲も薄れてきたけど、とりあえずこの娘は次に何を仕掛けてくるつもりなのだろう・・・???
 なあんて具合に悩んでいたら、次に巨大少女はそのサクランボ模様のパンティーをするすると脱いでしまったのである。

*****

 「援助交際」が、具体的にいったいどんな行為なのか、クリッチには今ひとつ把握できなかった。何やらちょっと恥ずかしいことらしい。でも、学校の制服に着替えて「援助交際しませんか?」と尋ねることのどこが恥ずかしいのだろうか?全然わからない。この星における羞恥心の感覚はおそらく白鳥座ε星とは大きく異なっているのだろう。
ただ、この星ではどうやら女子高生が恥ずかしいと思うことすればおじさんたちが歓んでくれるらしい(JUNKMAN注:それは確かに正しい)。だってほら、『この星で女子高生がおじさんたちを歓ばせる方法は?』と設問してみたら、『援助交際を申し込む』の他に『スカートの中身をちらりと見せる』とか『はいているパンティーを脱いでそのままあげる』とか、さすがのクリッチでもちょっと恥ずかしくなるような行為をコンピューターが回答してきたのだ。
だからしようがない。コンピューターの回答どおり、今はいているこのパンティーをおじさんたちにあげるしかないわ。

*****

 ばさあああああああん!!
 上空から長径150m、短径50mほどの三角形の生暖かい布地が、むわんむわんと独特の臭いをまき散らしながら舞い降りてきた。白地に赤い直径10mほどのサクランボ模様が散りばめられている。数台の戦車がその下敷きになった。幸いに戦車がその重さで潰されてしまうようなことはなかったが、身動きは一切とれなくなった。周囲の逃げ遅れた隊員たちも同様である。哀れ、巨大女子高生の脱ぎたてパンティーの下敷きである。なんと羨ましい、もとい、情けない。
 すぐさま周囲の自衛隊員たちが救援に駆けつけた。
「おお、この匂い!!」
「いやああ、たまりません。まさに女子高生そのもの。」
「青リンゴ・レモンライム・ライチ・カスタードクリームに加えてマンゴー、塩辛、納豆などが微妙に溶け込んだ独特のかぐわしさですな。」
「しかもほれ、まだほんわりと温もりが残っておりますわ。」
「おお、極楽極楽・・・」
「しんぼうたまりません」
「こら!栗の花の匂いを混ぜるな!!」
その内部に閉じ込められた隊員たちはもちろんのこと、駆けつけた隊員たちも巨大なサクランボ柄の布地に身を投げ出しては恍惚の表情を浮かべるばかり。限りなく救援活動は滞った。
とはいえ戦場にはえもいえぬ幸せな空間が広がり、なんだか戦闘が再開される気配はなくなった。まあね、これじゃ戦意も萎えるよね。
そんな様子を見下ろしながら、クリッチは大きく頷いた。

「なるほど、やっぱりコンピューターの解析は正しかったようね。」

いや、待て。これではまだ不十分だ。
とりあえず軍隊のおじさんたちを歓ばすことはできた。だけど、政府要人をはじめとするこの星の人たち一般を歓ばすには至っていない。これでは惑星間の外交関係を修復するには不十分だわ。
コンピューターは具体的な回答をくれなかったけど、要するに私が恥ずかしいことをすればこの星のおじさんたちは歓んでくれるんでしょ。ということは、わたしが恥ずかしい行為をしているところを、政府要人を含むできるだけ大勢の人々に一度に見せちゃえばいい・・・ってわけよね。
辺りを見渡した。
岸辺からちょっとだけ内陸に入ったところにおあつらえ向きのものがある。クリッチなら歩いてほんの数歩という感じだ。

「よおし、じゃ、あれを使っちゃおう。」

薔薇色の夜明け・つづく