はじめに
 毎度同じことを繰り返しますが、以下の物語を未成年者が読んではいけません。特に抜けるとも思われませんが、記述が有害であることは間違いないです。悪意に基づくパクリ行為もご遠慮願います。以上を遵守していただくことを前提として、物語にお進みください。

薔薇色の夜明け・3
by JUNKMAN

*****

「ほら、みんな落ち着け、落ち着くんだ!!」
ドームの中ではパニックに陥った群衆たちを堀田が押しとどめている。しかし群衆たちは聞く耳を持たない。それはそうだ。急に巨大なエイリアンに捕まって、どうやら宇宙船に連れ込まれてしまったのだ。
「堀田さん、困りましたね。」
ツトムは他人事のように堀田の背に声をかけた。堀田は振り返ると首をすくめた。
「手がつけられないね・・・それにしても、君は若いのに冷静なもんだな。」
「はあ」
ツトムはもともと感情が表に出ないタイプなのだ。その一方、なぜかそんなに怖くなかったのも事実であったが。
「・・・さっきあの巨大少女に踏まれたときのことを思えば、このくらいは平気です。」
ツトムは顔色一つ変えずに答えた。堀田は思わず吹き出した。
「ぷははっ、そりゃそうだ。でも、たいした度胸だよ。」
「はあ、」
そのとき、堀田はやや遠方に警官が一人いることに気がついた。これは好都合。堀田とツトムはその警官の傍らに駆け寄った。警官は恐怖で腰が抜けているらしく、その場に座り込んでぶるぶる震えている。
「おーい」
「あわ、あわわ、あわわわわわ・・」
「話があるんだが。」
「あわ、あわわ、あわわ、あわわ・・」
「おい、しっかりしろよ!」
「あわわわわわわ」
会話にもならない。すっかり呆けてしまっている。
「あーあ、だらしないな。」
堀田は頭を振った。
「ってことなら、これだけでも貸してもらうか・・・」
きょとんとしているツトムの前で、堀田は平然と警官の腰からピストルを抜き取ると、真上に向かって空砲をぱんぱんと撃ちあげた。
「みんな、静かにしろおおおおお!!!」
さすがに効果は抜群だった。ぴたりと静かになった群衆の前で、堀田はマイクも使わずに演説を始めた。
「こんなところでパニックになってたってしようがないだろ。俺たちはいまピンチなのは事実だが、そんなときこそ冷静に対処しなきゃ対策が立てられないじゃないか!」
対策か・・・この人はこの場に及んでも「対策」なんて考えてるんだ。ツトムは感心して堀田の逞しい背を見守った。
「実際、現時点で俺たちに生命の危機が差し迫っているわけじゃない。そうだろ?だから、落ち着いて、整然と行動しよう。もし、このまんま潰されてしまうんなら、それはそれでしようがない。騒いだってどうなるものでもないからな。だけど、そうはならないと思う。だって、まがりなりにも今は丁寧に扱ってもらっているじゃないか。おそらく、この後、あの巨大少女からなんらかの提案があるに違いない。俺はそう信じてる。みんなもそれに賭けよう。で、その提案とかあったら、それに対して一緒に話し合って、交渉しよう。それで、なんとしても生きて地球に帰ろう。なあ、みんな、それでいいだろ?よかったら、拍手してくれ!」
静まり返っていた群集から、たちまち万雷の拍手が沸き起こった。絶望的な状況であるからこそ、なおさら希望を説く必要がある。素晴らしいリーダーシップだ。拍手はいつまでも止むことがなかった。両手を挙げて群集に応える堀田。
その背後をツトムはつんつんと小突いた。
「ねえ、堀田さん・・・」
「ん?どうした?」
「巨大少女からの提案を待つんですよね。」
「ああ。」
「早速、その提案があるようですよ。」
「え?」
ツトムの指差す方を見る。すると、その先の人ごみ離れた傍らに、一人の少女がぽつんと立っていた。
「あ!あれは!」
「・・・彼女ですね。」
ツトムが答えたとおり、その姿は確かに例の巨大エイリアン美少女だった。ただし、サイズは地球人と全く同じである。群集もやがて彼女の存在に気づき、ドーム内は再び騒然となった。
「うわあああああ」
「こらあ、落ち着け!、静かにするんだ!」
堀田が再び群集を沈静化させようとした、ちょうどそのときである。

「地球人のみなさん。」

ドームの上から、重々しい声が響いた。エイリアン巨大少女の声である。傍らに佇む地球人サイズのエイリアン少女から発せられたものではない。

「みなさんのうちの一人とだけお話がしたいのです。誰か代表の方、こちらの部屋に来ていただけませんか?」

いつのまにか、地球人サイズのエイリアン美少女の傍らに、金属製の小さな建物が出現していた。
エイリアン美少女は、黙ってその建物を指差すと、音もなくその中に消えていった。

「お話できる人は一人だけです。この部屋の中で、お待ちしています。」

ドームの上からの声は、それっきりで止んでしまった。
「ふむ、そういうことなら・・・誰かが行かなきゃならないな。」
静まり返った群集を前にして、堀田がぽつりと呟いた。その傍らで、ツトムが軽く右手を挙げた。
「じゃ、僕がいきましょう。」
堀田はぎょっとして手を振った。
「ダメだダメだ、ここは学生なんかの出番じゃない・・・俺が行こう。」
今度はツトムが首を振った。
「いえ、堀田さん、こういう時こそ若者を使ってください。」
「馬鹿をいうな。君みたいに経験の浅い若者には無理だよ。こう見えても俺はプロの外交官だぜ。」
「堀田さん、」
ツトムは堀田の背後の群集を指差した。
「堀田さんは、現実的にこれだけ大勢の人々のリーダーですよ。堀田さんのリーダーシップがなければ、またパニックが起きてしまいます。」
堀田は振り返った。確かにそのとおりだ。一度は沈静化されたとはいえ、群集心理はまだまだ不安定である。放っておけばまたパニックに陥って取り返しのつかないことがおこるだろう。それをコントロールできそうな人間は、どうやら堀田自身以外には見当たらない。確かに堀田が一人で危険な交渉に出かけることは難しかった。
「そうか・・・」
改めて周囲を見回す。みんな腰が抜けて使えそうもない者ばかりだ・・・一人を除いては。
「ね、僕が行くのがいちばんでしょ?」
ツトムはにやっと笑ってウインクした。堀田も苦笑する。
「君は不思議な男だな。」
「ふふふ」
両手をがっちりと握りあった。
「よし、行って来い。気をつけるんだぞ。」
「はい。」
ツトムは一礼すると、エイリアン少女が指定した部屋に向かって進んでいった。

*****

薄暗い部屋の中には、あのエイリアン美少女が佇んでいた。
「こ、こんにちは・・・」
ツトムの呼びかけには全く答えず、エイリアン美少女は部屋の片隅を指さしている。
「おい、返事くらいしてくれよ。おい。」
それでもエイリアン美少女は無言のまま部屋の片隅を指さしている。まるでツトムの声が聞こえていないようだ。
「どうしちゃったのかなあ?これじゃあ、コミュニケーションがとれないなあ・・・あれ?」
そのとき初めてツトムは気がついた。エイリアン美少女の指さす方の床に、何かがある。ピンポン玉くらいの大きさの銀色に光る球体だ。
「!」
ははあん、エイリアン少女は「あの玉を拾え」とジェスチャーで示しているのだ。
何だろう?
ツトムは部屋の部屋の隅に歩み寄ると、しゃがんでその金属球を拾い上げた。
・・・・・・
固い。でも、見た目よりは随分軽い。発泡スチロールに毛が生えたようなものだ・・・何だろう、これは?
「それはあなたのポケットにでも入れておけばいいわ。」
急に背後から声をかけられてツトムは飛び上がった。
振り返る。
さっきまで視線を交わそうともしなかったエイリアン美少女が、今度ははっきりとツトムの方に向き直って話しかけてきたのだ。
「あなたが見ている姿は、1/1000サイズに縮小された私のホログラムよ。どう?話し相手にはちょうど良い大きさでしょ?」
なるほど、そうか。彼女が大きさを変えたわけじゃないんだ。ようやく納得できたぞ。これで第1話の伏線も見事に生かされたってわけだな。
「でも、それならどうして僕の声が聞こえるんだい?」
ホログラムであるエイリアン美少女は、にっこりと笑いながらツトムの胸元を指さした。
「それよ、その金属の球よ。ううん、うまく説明しにくいけど、感知器というか、通信機というか、そのようなもの、って考えてもらっていいわ。」
「通信機?これがかい?」
ツトムは自分の胸ポケットに入れた軽金属球に手を当てた。そんな精密な機能を果たしている機械には思えないが・・・
「マイクみたいなもの?」
「そうね。その情報の発信源に向けて、わたしはホログラムを結像させているの。でも拾っている情報は音声ではなくて、言語化された思念波よ。だから声に出さなくても、言葉を頭の中で唱えるだけで伝わるわ。」
「へえ、便利だねえ。」
「マイクだけではなくて、カメラの役割も果たしているのよ。」
エイリアン少女はさらに解説を続けた。
「ホログラムを介してあなたの姿が見えるのはそのためよ。」
「カメラ?じゃ、こんなポケットの中に入れておいちゃダメなんだね?」
「そんなことないわ。十分身体に接着させておけば、どこでもいいのよ。」
それからの説明は難解で、ツトムには完全には理解できなかったが、大雑把に言えば可視光ではなく温熱や磁場、そしてやはり何よりも思念波の反射を情報源として総合的に解析し画像を再構成するシステムらしく、このため「見えない」ところに置いても画像が「見える」のだそうだ。ふーん、確かに画期的なテクノロジーだ・・・
が・・・申し訳ない、そんなことよりツトムには、これを身振り手振りを加えながら熱心に説明してくれるエイリアン美少女自身のことが気になっていた。
可愛い。眩しいくらいに可愛い。
羽田空港沖で、東京タワーで、遠景にはっきりと捉えられたあの娘だ。その彼女が、手を伸ばせば届くどころか、両腕で抱きしめられる距離に立っている。
華奢な身体をいっぱいに使って、ツトムに話しかけている。
胸がつーんと痛くなった。
これは夢か?
いや、夢ではない。
夢ではないが・・・幻ではある。
だって、ホログラムなのだ。僕の目の前のこの少女には、実は触れることすらできない虚像だ。それにしても、なんて精緻な・・・これがホログラムであるとはとても信じられない。
「・・・で、その思念波分析のシステムには第4世代の言語変換装置が・・・?・・・聞いてる?」
その間も解説を続けていたエイリアン美少女のホログラムは、ふとツトムの様子を窺った。ツトムは慌てて返事をした。
「き、聞いているよ。聞いているとも。説明を続けてくれよ。」
ツトムの弁明を聞いてにこりと笑うと、彼女は長い解説を再開した。
「その思念波情報はバーバルコンバータという機械で電磁波に再変換されて直接私の言語中枢に到達しているの。だから、私にはまるであなたが私の母星語である白鳥座ε星語でお話ししているように聞こえるのよ。ついでに私の話している言葉はその白鳥座ε星語なんだけど、やっぱりあなたの言語中枢にバーバルコンバータで変換された電磁波情報を送っているので、まるで日本語みたいに聞こえるでしょ?」
「凄いなあ。」
「いや、そんなに画期的な発明でもないわ。この手の機器はなんといっても相互翻訳する2言語に対する基礎検討が命なのよ。あなたたちの星にもあるじゃない。『一発翻訳こりゃ英和』とか、ともかくなってないでしょ。」
「うーむ、でもあれは優秀なボケをかましてくれるから、ギャグ製造機としてはけっこう貴重なんだよ。」
「・・・そ、そうなの?」
わかるような、わからないような、このあたり、B級SFファン以外は読み飛ばした方が良いのかもしれない。じゃ、話題を変えよう。
「ねえ、僕はまだ君の名前も聞いていないよ。」
「あ!そうね。」
エイリアン美少女は笑いながらぺろりと舌を出した。ツトムもつられて笑い出した。
「うふふ、ごめんなさい。私は白鳥座ε星から来たクリッチナ・ダル・グラムス16κQTといいます。」
「クリッチナ・・・ダル・・・グラムス・・・16κQT?」
「クリッチでいいわ。みんなそう呼ぶから。」
「クリッチか・・・可愛い名前だね。」
「有り難う。それで、あなたのお名前は?」
「僕の名前はツトム。地球で生物学を専攻している大学生です。」
「よろしく。」
クリッチは右手を差し出した。ツトムは驚いてクリッチに尋ねた。
「握手・・・かい?」
「そう呼ぶんだったっけ。確か、地球の習慣でしょ?」
「それはそうなんだけど・・・でも、君はホログラムなんだろ?」
首をひねるツトムの意図を解して、クリッチは笑いながら強引に両手でツトムの右手を握り締めた。
「ほら、握手くらいできるでしょ。」
「!」
確かに、暖かな肌の感触がした。
「どうして・・・どうしてホログラムなのにこんな肌触りがあるの?・・・あ!もしかして、これもまた疑似体験かい?」
「そんなことないわ。」
クリッチは首を振った。
「地球人の考えるホログラムとは少し概念が違うのよ。結像された3次元像には質量が付加されていているの。これはあくまでも付加されているだけで、3次元結像を解けば質量もすぐ放散して、そうね、消えちゃうように見えるわ。でも、結像されている間は、質感も含めてまあまあ忠実に再現されているのよ。」
「じゃ、君に触れたこの感触は・・・」
「まあ、わたしの感触に限りなく近い・・・はずなんだけど。」
「ふうん・・・」
ツトムは昂ぶる気持ちを抑えて、話題を変えた。
「で、僕たちを・・・どうするつもりなんだい?」
「その前に、まず、わたしの方から謝らなくてはならないわ。」
クリッチは急にたたずまいを正した。
「今回のわたしと地球人のファーストコンタクトは偶発的な事故だったのよ。初めからそんなつもりなんてなかったの。迷惑をかけちゃったみたいね。ごめんなさい。」
「・・・・・・」
「でも、それはもう解決済みよね?わたしもそれなりに努力したし・・・」
「・・・・・・」
そうか、クリッチはあの騒ぎで何万人もの死傷者が出たことなんかわかってないんだな。認識が甘すぎる・・・
・・・って、無理もないか。こんなに大きさが違うんだから。ほんとうに悪気もないようだし、指摘しちゃ可哀想だ。知らん顔をしてあげよう・・・そうだ、白鳥座ε星に着いたら、誰かがこのことを尋ねてくる可能性があるぞ。迂闊に話すとクリッチの立場が悪くなっちゃうな。そのときには十分に配慮してあげなくっちゃ・・・おっとっと、思考を言語化するとクリッチに読まれちゃうぞ。秘密に考え事をするのも大変だ。
「・・・だけど。今後のことはわたしだけでは処理できないわ。」
幸い、夢中で話し続けるクリッチには、ツトムの独考など聞こえなかったようである。
「白鳥座ε星に帰ったら、外務局の人とあなたたちの代表の人とでお話をしてもらうつもりよ。」
「なるほどね。」
ツトムは大きく頷いた。
「じゃ、君たち白鳥座ε星人は地球を征服する意志はないんだね。」
「も、もちろん!」
クリッチは眼を見開いて否定した。
「そんなことするわけないわ。白鳥座ε星は決して野蛮な侵略行為なんかしないのよ。2つの惑星は、ちゃんとした外交関係を結ぶはずだわ。」
「で、僕たちは?」
「しかるべき筋を介して、地球に戻れます。」
「ほんとうだね?」
「ほんとうです。」
クリッチは改めて大きく頷いた。
「それを聞いて安心したよ。おそらく、外で待っているみんなも喜ぶと思う。」
「よろしく伝えてね。」
2人はにっこりと微笑みあった。ツトムの胸の奥で、また例の熱い気持ちが湧き上がってきた。
「ねえ、ツトム・・・」
ふいにクリッチが尋ねた。
「なんだい?」
「わたしも一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「さっきからあなたの思念を読みながらお話ししてるんだけど、なんだか、ノイズが多いの。」
「ノイズ?」
「そう。合理的思考のフローチャートから逸脱した思念波のノイズが、ずっと混入し続けているのよ。」
「それって・・・やっぱり僕たちは未開で野蛮だから、合理的思考が苦手だってことなのかなあ・・・」
「そんなことないわ。少なくともツトムは違う。確かに私たち白鳥座ε星人とは基礎知識量が違うけど、でも、とっても理知的よ。問題解決へのアプローチ方法なんか、とても優れていると思うわ。」
「ありがとう。」
「それに・・・それに、このノイズは・・・嫌じゃないの。むしろ、嬉しい。」
「え?」
「なんだかふんわりと暖かくって、甘酸っぱくって・・・心地よいのよ。何かしら、これ?」
「!」
ツトムは狼狽した。そのノイズの何たるか、もちろん思い当たる節がある。そんなことまでお見通しにされたらたまらない。ところがそんな心の動揺までが、クリッチには筒抜けになってしまうのだ。
「あれ?また、別の種類のノイズが入ってきたわ。」
「あわわ、ク、クリッチ、ノ、ノイズなんか気にしてちゃだめだよ。だ、大事な情報を聞き落としちゃうよ。」
「ううん、いいの。」
クリッチはにっこり笑ってかぶりを振った。
「ほんとうに伝えるべき重要な情報は、むしろこういうノイズなんじゃないかしら。わたし、知らなかったわ。だって、白鳥座ε星人はこんなに豊かなノイズの表現ができないんですもの。このノイズは、音楽みたいにわたしを優しく包み込むわ・・・ツトム、素敵よ。ありがとう。」
ここに至って、ツトムの思念波に混入するノイズは最高潮に達し、それに気づいた2人は顔を見合わせて大笑いした。
「さて、そろそろわたしは行かなくっちゃならないわ。」
クリッチはツトムの瞳を見上げていった。
「そうかい。それは残念だ。でも、僕もそろそろ君と話した内容を、残りの地球人のみんなに伝えなきゃならない。」
ツトムもクリッチの栗色の瞳を見つめ返した。
「また、会えるかなあ?」
「もちろんよ。」
クリッチはにっこり笑いながら大きく頷いた。
「その通信機を持っていて。そうすればわたしのホログラムはいつでもあなたのそばに結像することができるわ・・・ただ、わたしはいつでもパワーをオンしておくわけにはいかないの。だって、現実世界とごっちゃになっちゃうと危ないでしょ。これから宇宙船の操縦もしなきゃいけないし・・・だから、わたしの都合がよくなったら、そのときにこちらから連絡を入れるようにするわ。それでいいわよね?」
「うん。」
「じゃ、お別れの挨拶。」
クリッチは一歩前に歩み出ると、ツトムの体にぴったりと寄り添った。
「ク、クリッチ・・・!」
「早く・・・」
ツトムの胸元で、クリッチは顎を上に突き出して、そっと眼を閉じた。
ツトムは両腕でぎこちなくその体を抱き寄せる。クリッチの華奢な身体は、子猫のようにふうわり柔らかかった。
クリッチは両腕をツトムの首にするりと回し、そして、耳元で囁いた。
「・・・ツトム、あなたの星のデータによると、『通常は男の子からする』ってことになってたわ・・・」
「・・・・・・」
ツトムはクリッチの薔薇色に輝く唇を見て、思わず目を瞬かせた。実際に、ツトムがそれまでに見てきた何物よりも眩く煌いていたのだ。その間も、クリッチは目を閉じたまま動かない。
観念した。
思い切って、首を少し傾げ、もっと顔を近づけ、そこで目を閉じ、ゆっくり、ゆっくり、クリッチと、唇を、重ね合わせ・・・
・・・
・・・た。
・・・
・・・
このとき、ツトムの思念波には、どのくらいのノイズが迸っていたことだろうか・・・

*****

ツトムがひょっこり外に出ると、金属製の建物はクリッチの姿もろともかき消すように無くなってしまった。すぐに堀田が駆け寄ってくる。
「ツトム!無事か?」
がっちりと両手を握り締める。ツトムは照れ笑いをした。
「大丈夫です。」
「そりゃあ良かった。」
いつの間にか、周囲に大勢の人だかりができていた。堀田が尋ねる。
「それで、あのエイリアンはなんていってきたんだ?」
「はい。」
ツトムはゆっくりと答えた。
「今回のファーストコンタクトは、偶発的なできごとだったそうです。彼女はまだ未成年なので、当事者責任能力がありません。そこで、彼女の母星である白鳥座ε星へ着いたら、おそらく外務局を窓口として、地球との正式な外交関係樹立を目指した交渉が始まることになるだろう、ということでした。」
「と、いうことは?」
「私たちは、地球に帰還できます。」
群集にどよめきが起こった。こんどは絶望の声ではない。歓喜のどよめきだ。堀田は満面の笑みを浮かべてもう一度ツトムの手を握った。
「ツトム、でかしたぜ、ありがとう。」
「はい。」
ばんざーい!!
周囲では、人々が誰彼構わず手を握り、肩を抱きしめあって喜びを爆発させている。そんな様子を、遠い国の出来事のように、ツトムはぼんやりと眺めていた。
もちろん、ツトム自身も昂っていた。
この上もなく昂ぶっていた。
ただ、その昂ぶりは、明らかに彼らとは異質のものだ。
・・・
クリッチの姿が、可憐なクリッチの姿が、その実体と、ホログラムとが、薔薇色の光の中で、ぐるぐる回るメリーゴーランドとなって、ツトムの意識の中で踊り狂っている。
大勢の人々と共に、賑やかに踊っている。
大勢が踊っているのに、ツトムには、クリッチしか見えない。
やがて、熱狂と喧騒の渦の中から、クリッチはその腕を伸ばし、たじろぐツトムを強引に引き込む。
大勢の踊りの輪の中に引き込む。
おずおずと輪の中に引き込まれたツトムを、クリッチが強引にリードする。
踊る。
クリッチとツトムが踊る。
がっちりと手を握り合って踊る。
2人の踏むステップは、軽快なジルバのようであり、陽気なポルカのようでもあり、哀しいタンゴのようでもある。
気がつけば、いつの間にか2人だけが強烈なスポットライトを浴びて踊っている。
大勢の観衆が2人を取り囲み、歓声を上げる。その中で、クリッチとツトムだけが目まぐるし
く踊り続ける。
踊りながら、ふと、ツトムはクリッチの瞳を見つめる。
その栗色の瞳を見つめる。
きらりと光るクリッチの瞳が、ツトムの姿を更に引き寄せる。
ぐいぐいと引き寄せる。
今度は瞳の中に引き寄せる。
声を上げる間もなく、ツトムは瞳の中に堕ちていく。
クリッチの高らかな笑い声がこだまする。
底知れぬ奈落の奥に、ツトムの見たものは、狂おしく燃えさかる薔薇色の炎と、そして破滅だ。
僕はこの禁断の炎に身を任せ、痕跡も残らないほどに焼き尽くされてしまうのだろうか・・・

*****

ワープから通常航行モードに移行する。
操縦桿を握りながら、クリッチはいましがたの奇妙な交流を反芻していた。
・・・・・・
わたしって、あの星に酷いことしちゃったんだなあ。
ツトムの独考でわかっちゃったわ。
でも、ツトムはそんなわたしを庇おうとしてくれた。
ほんとうに、優しいのね・・・
・・・・・・
文明の遅れた星の住民、しかも蟻のように小さなこびと。
そんなとんでもなく劣った生物と、
でも・・・
気持ちの触れあうことがあるんだ・・・
・・・・・・
ふふふ
・・・・・・
冷静に考えれば考えるほど、奇妙な気分。
これが惑星間交流ってものなのかな?
・・・・・・
・・・それだけじゃ・・・
ないかもね。
・・・・・・
ふふふ
・・・・・・
クリッチは操縦桿を握りながら、ひとり微笑んだ。
母星の白鳥座ε星まで、あとわずかである。

*****

「お姉さま、おかえりなさい。」
帰宅したクリッチを迎えたのは、妹で14歳になったばかりのアスカである。やはりとびきりの美少女ではあるが、面影は姉のクリッチにさほど似ていない。
「良い標本が採れましたか?」
アスカが上目遣いに覗き込む。お人好しのクリッチとは違って、アスカはなかなかに抜け目がない。言葉遣いは丁寧だが、心の底ではお間抜けな姉のクリッチを馬鹿にしているのだろう。クリッチ自身、漠然とそんな印象を抱いていた。
「うん、まあね。」
気のない返事をしてやり過ごそうとした。ところが、そんな態度が逆に不審に思われてしまった。
「お姉さま、何か隠していらっしゃるでしょう?」
「そ、そんなことないわよ。」
「変だわ。そのよそよそしい態度って、お姉さまがわたしに隠し事があるときのパターンだもの。」
あらら。思いっきりばれてしまってる。
「ねえ、どんな標本を採っていらしたの?」
「いいでしょ、そんなこと。」
振り払おうとしたが、アスカはどこまでもくらいついてくる。
「見せてください。」
「見たって面白くないわよ。」
「いいから見せて。」
「だから見たって面白くないって!」
「でもいいから見せて!」
堂々巡りだ。クリッチは根負けしてしまった。
「じゃ、見るだけよ。」
「はい。」
クリッチは大切そうに半透明のドームを取り出した。
「驚かせちゃいけないから、そっと覗き込んでね。」
「?」
よくわからないまま、アスカはそっとドームの中を覗き込んだ。
「何かいるの?」
「よく観察してご覧なさい。」
目を皿のようにして観察してみる。ドームの中は、なんだか小さな人工建造物(?)で満ちている・・・あれ?その間を動くものがあるぞ。それもぞろぞろいるなあ。何だろう?・・・あれ?
あれれれ?
「きゃあああああああ!!」
急にアスカは叫び声を上げた。
「お姉さま、こ、こ、これ、こびとじゃない?」
「大きな声を出してはだめよ。中にいる地球人たちがびっくりしちゃうでしょ。」
「地球人?じゃ、地球って星に住んでいたこびとなのね・・・」
アスカの表情がぱっと明るくなった。
「・・・可愛いわ、なんて小さいのかしら・・・ねえ、お姉さま、この中の建物やこびとたちを貸してくださらない?」
クリッチは首を横に振ると、アスカの手からドームを取り上げた。
「ダメよ。これからは惑星間外交のパートナーになる大切なお客様よ。わかってるわね?。」
「もちろんわかっているわよお姉さま。でも私も地球っていう星のお勉強をしてみたいのよ。地球の人には手を触れないわ。ねえ、お姉さま、お願い!一晩だけでいいから貸して!」
「だめといったらダメ!」
「お願い!」
「ダメ!」
「・・・う・・・うえ・・・うえええええええん!!」
アスカは泣き出してしまった・・・が・・・ここで負けてしまってはいけない。魂胆は見えている。こんなことを言っているが、どうせアスカは地球人をオモチャにして遊ぶつもりなのだ。いつものアスカのパターンである。
「うえええええええん!!」
「泣いてもダメよ。」
「うえええええええん!!」
「ダメっていってるでしょ。」
「うえええええええん!!」
「もう・・・じゃ、わたしは科学のモニカ先生のところに行ってくるわね。」
クリッチはドームを大事に両手で抱えながら、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
「うえええええええええええ、え・・・え・・・え・・・」
クリッチの後ろ姿を横目で睨みながら、アスカは口をへの字に曲げた。
「・・・いいわよ・・・お姉さまがそういうおつもりなら、こっちにだって考えがあるわ。」
アスカは泣きはらした眼であかんべえをすると、ガレージに向かった。

*****

 ガレージには戻ってきたばかりのクリッチの個人宇宙船が停められている。アスカはポケットから合い鍵を取り出すと、こっそりそのコックピットに潜り込んで、コンピューターの設定を確かめた。
「ほうら、やっぱり設定がそのまま残っているわ。」
前回スペーストラベルの運行記録がまるごと記憶されていたのだ。航路の記録だけではない。バーバルコンバータにダウンロードされた言語記録も、文化・風習などのデータベースもまるごとだ。
アスカは試しにデータベースから目的地における14歳の少女の服装を検索し、物質化してみた。なんだか原始的なデザインの服だ。袖を通してみる。思ったほど着心地が悪いわけでもない。おそらく本物とは組成が異なっているのだろうが、見た目にはこれで「地球」という惑星の14歳の少女そのもののはずだ。
「じゃ、同じようにこの設定のままワープ飛行をdoにすれば、自動的にあのアリンコ人間の惑星に着いちゃうのね。」
アスカは何の迷いもなく操縦席に身を沈めた。
「くく、出発進行!」

*****

「・・・このように国民一丸となって立ち向かえば、どのような難関であろうとも切り抜けることができる。このたびの中澤裕子に似た巨大なエイリアンですら・・・」
「中澤裕子だってさ。首相ったらまた間違っているよ。」
「もうとっくに卒業したのにな。」
「こらこら、テレビに向かって突っ込むのはやめなさい。」
国立天文観測所の控室では、研究者たちがソファにごろごろしながら首相の記者会見の模様をテレビで見ていた。
「・・・今回の事件で得られた貴重な教訓をもとに、国民と共に改革に向かって邁進していく所存であります。」
「今回の事件で得られた教訓って何だ?」
「無責任だなあ。次にまたあんなエイリアンが来たらどうするっていうんだよ?」
「だからテレビに突っ込むなって。」
「うわあ!!」
最後の叫びは控室の外から聞こえてきたものである。ごろごろしていた研究員たちはみな一斉に飛び起きて観測室に向かった。
「どうした?」
「確認しました!前回同様の未確認飛行物体です。」
研究者の一人が、望遠鏡から眼を離さないままで大声を上げた。
「方向、大きさからして間違いありません。全く前回と同じパターンで、急にふっと現れたのです。」
観測員たちは不安げに暗い夜空を見上げた。この天上から、再び巨大なエイリアンがやってくる。
地球には、地球人には、今後どのような未来が待っているのだろうか?

*****

どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど
ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!
 先日、東京を襲撃したエイリアンが乗ってきたものと全く同じ巨大宇宙船が、今度は横浜港の沖合に着水した。着水時の衝撃波と津波によって、停泊していた船舶はいわずもがな、港湾周囲の多くの建物が一瞬にして倒壊してしまった。
 壮大な水煙が収まると、市民や警備の自衛隊などが見守る中、宇宙船のハッチを開けることもなく、巨大な少女が忽然と姿を現した。

*****

「総理!たいへんです!!」
総理大臣執務室に内閣官房副長官がとび込んできた。JUNKMANのお馬鹿話に定番の一シーンである。
「どうしたのかね?」
パーマの頭をぽりぽりと掻きながら、首相がおもむろに振り返った。説明しようとした官房副長官の背後から、防衛庁長官が追いかけるように駆け込んできた。
「巨人が、巨人がまた出現しました!!首都防衛のため、自衛隊の出動を要請します!!」
「巨人・・・」
首相はもともと細い目を更に細めた。
「おそらく陰謀です。」
タカ派で鳴らす官房副長官が呟いた。
「あの連中ときたら、拉致がうまくいかなかったからって、次はこんな作戦を立ててくるとは。」
「あの連中?」
首相は眉間にシワを寄せた。
「証拠でもあるのかね?」
「証拠も何も、そうに決まっています!!」
血気にはやる官房副長官は、両手で机をばーんと叩いた。首相はそっと背後の防衛庁長官に目配せをする。防衛庁長官は黙って首を横に振った。
「君、これは異星からの侵略だよ。そもそも連中の科学力でこれは無理だ。証拠もないのに相手を犯人扱いするのはよくないよ。」
「・・・総理、やけに連中の肩を持ちますね・・・は!・・・もしかして?」
官房副長官は下がった眉毛を逆立てて首相に詰め寄った。
「総理、総理はあんなマツタケごときで篭絡されてしまったのですか?卑しくも一国の総理大臣が、ああ情けない・・・」
こんどは首相がむっとした。
「君だって、あのときはうまいうまいといいながらムシャムシャ食べてたじゃないか。」
「だって、それはまず総理が3本もあぶって食べちゃったから・・・」
「なんだと!土瓶蒸しを5杯もおかわりした奴が何をいう!!」
「まあまあまあ」
険悪な状態になった2人の間に防衛庁長官が割って入った。
「国家の危機なんですから、マツタケの話は後にしましょう。」
首相と官房副長官は、お互いそっぽを向きながら、とりあえずその場は矛を収めた。今度は防衛庁長官が説明を始める。
「で、その巨人なのですが。」
「うむ」
「少女です。」
「ん・・・」
「巨大な少女です。」
「ということは・・・また例の小川麻琴に似た少女なのかね?」
「総理・・・」
脇で官房副長官がつんつんと小突いた。
「小川麻琴じゃなくて、吉澤ひとみでしょ?そのギャグはそろそろ飽きましたよ。もう次回から突っ込んであげませんからね。」
「いや、今回はそのどちらでもありません。」
防衛庁長官はあくまでも話を前に(?)進める。
「誰に似ているかといえば・・・うーむ・・・そう、渋谷飛鳥ですね。めちゃくちゃ可愛いです。同じ新潟県出身でも小川麻琴みたいなのとは比べものになりません。」
「渋谷飛鳥?」
首相を押しのけて、今度は内閣官房長官が割り込んできた。
「渋谷飛鳥ですか?!素晴らしい!!先どりしましたなあ、長官。」
「外さないように心がけています。これは絶対に買いだと思いました。」
「お見事。お見事です、長官!」
「あんな無垢な少女と、道ならぬ恋に堕ちてみたいですなあ・・・」
官房長官と防衛庁長官は手を取り合って涙を流し始めた・・・おっと、その傍らでは首相がなにやら口元に薄笑いを浮かべているではないか。
「ふん、騒いでいるようだけど、どうせ君たちはネットか何かの情報だけなんだろ?」
二人はそろって口を尖らせる。
「じゃ、総理はホンモノと会ったことがあるとでもいうのですか?」
首相は得意そうに胸を張りながら、細い目を更に更に細めた。
「くっくっく、もちろんさ。このあいだ東京駅の上越新幹線コンコースで間違いなくホンモノらしき人物を見かけたのだ(実話)。この世の者とは思えないほど可愛かったなあ。後光が差していたよ。感動した!!」
「おおおおおお!!」
官房長官と防衛庁長官は、眼を見開いて叫び声を上げた。
「それでわざわざこんなやり取りを挿入したんですね。」
「巧みな伏線だなあ。」
「くくく、誰かに自慢したくてたまらなかったのだよ。」
首相はパーマの頭をぽりぽりと掻いた。
「じゃ、メインテーマも終了したということで、物語にでも戻ろう。巨大少女の報告を続けてくれたまえ。」
「わかりました。」
防衛庁長官は何事もなかったように報告を再開した。まだ、もうちょっとこの話題を引っ張りたかった官房長官は、悔しそうに唇を噛む。
「で、その巨大少女ですが、今回は前回ほどには巨大ではありません。」
「何?じゃ、どのくらいの大きさだ?」
「身長52メートル、スリーサイズは上から25メートル、20メートル、29メートルです。」
防衛庁長官の答えに、首相は思わずうなった。
「凄いな・・・ほぼ理想的な体型だね。」
「そうですか?」
しばらく傍らで口をつぐんでいた官房副長官が、ついに不満の意を述べ始めた。
「そんなの、幼児体型じゃないですか。」
「そこがいいんだよ。」
すぐさま首相が反論する。
「まだ蕾のような胸、締まりきれていないウエスト、それにしては妙にたっぷりとしたヒップ、最高じゃないか。きっとブルマが似合うぞ。」
官房副長官はげんなりとして両手を挙げる。
「そんなあ・・・この世界はどっちかというとグラビアモデル型がうけているのに。」
「それはいかんね。」
首相は眉間にしわを寄せた。
「そういう出来上がったボディばかりに拘泥しているようでは進歩が望めんよ。未完成な身体を見ながら、この身体はこれからどうなっていくんだろう?どんなふうに進化していくんだろう?と想いを馳せる。想像たくましくする。これがいいんだ。わが国では平安の昔から紫式部がそういってるじゃないか。」
「そ、そうですか?」
「そうだとも。」
「賛成、賛成」
官房長官はぱちぱちと手を叩いた。官房副長官は納得いかない表情である。
「現実だけでなく、未来指向というか、この高度に知的な生産活動を行うことで、もう2杯おかりできることうけあいだ。」
「総理、飛ばしますね。」
防衛庁長官も感心して相槌をうつ。
「ふううう、なにしろ久しぶりのお馬鹿小説だからな。妄想もざくざく溜まったことだし、ここらで一発ガツンと電波をスパークさせておかないと。」
「それにしても総理・・・」
官房副長官はなお引き下がろうとしない。
「100歩譲って他の何を認めても、バストがこれではダメです。」
首相は「まだいうか」という顔つきで官房副長官を睨み返した。
「乳がでかければいいってものではないだろう。」
「いやいや、この世界の嗜好パターンはやはり巨乳と・・・」
「それはあくまでも個人の好みだ。中には貧乳イタイケ少女タイプにこそ萌えるっていうマニアだっているはずだぞ。」
「そんなのはごくごくレアな好事家だけです。」
「悪かったね、一部の好事家で。」
今度は官房長官が気色ばんだが、直属の部下であるはずの副長官はひるまない。
「この内閣は偏向しています。国民の多数の声を聞く必要があります。少なくとも与党の意見は汲むべきではありませんか。まず総務会に諮って、しかる後に国会決議を・・・」
「君までが抵抗勢力になり下がってしまったのかね?」
首相は官房副長官を睨みつけた。
「総務会に諮る必要などない。私が決めたのだ。貧乳でも良いものは良い。」
「ファッショだ。それは改革の名を借りたファッショだ。」
「違う!逆だ!君たちこそが巨乳ファッショだ!我が国は断じて体型の好みまで画一化された全体主義国家などではないのだ!!」
首相がきっぱりと言い切った。さすがの官房副長官もそれ以上に口答えすることはできなくなった。こうして我が国GTS界は、政府お墨付きで巨乳ファッショの魔の手から守られたのである、めでたしめでたし。
「ええ・・・そろそろ続きをしてもよろしいですか?」
おずおずと防衛庁長官が口を挟んできた。首相は慌てて頷く。
「ん、うむ。」
「はい。今度の巨大少女は、体型はともかく、大きさが前回ほどではないので・・・」
「応戦できそうかな?」
「・・・できないと申し上げるわけには参りません。」
「ふむ。」
首相の細い目がきらりと光った。
「・・・では、直ちに出動したまえ。」
「はい!!」
防衛庁長官、官房長官、官房副長官は、3人そろって顔を紅潮させながら頷いた。
「ああ、ちょっと待て!」
飛び出そうとする防衛庁長官を、首相が慌てて呼び止めた。防衛庁長官は怪訝そうに振り返る。
「何か?」
「今回の作戦で、戦車は・・・出動するのかな?」
「もちろんその予定ですが。」
「うむ」
首相はこほんとひとつ咳払いをした。
「自衛官諸君にこれだけは確認しておいてくれたまえ。戦車に搭乗する際は、必ず一台に1名だけで乗り込むように。」
「はあ?」
事情ののみこめない防衛庁長官は不可解な表情で首を傾げる。
「何でまた、そんな不自然な搭乗のしかたを・・・」
首相は、答える前に、もうひとつこほんと咳払いをした。
「・・・この世界、巨乳ファッショばかりでなく、軍事オタクもぞろぞろいるのだ。そういった多数派の横暴に屈しないのが自由主義者たる私の政治信念である。あくまでもファンタジーなのだからな。2chで叩かれたくらいでは負けないのだ。」

*****

「なんだか、今回は勝てそうな気がするなあ。」
一台の74式戦車の中で、照準を覗き込みながら、キツネ目の自衛官が呟いた。
「この前のがでかすぎたからね。」
誰もいないはずの背後から返答を聞いて、キツネ目はあわてて振り返った。そこではアゴのしゃくれた自衛官がこともなげに計器の調節をしている。
「ど、どうしてそんなところにいるんだ?」
「どうして?って、そりゃいまどき戦車に一人で乗り込むほうが不自然だろ?」
「でも、確かそれはダメだって、首相が指令したとか・・・」
「全く現場のことを知らんやつが勝手なことをぬかして困ったもんだ。」
アゴは口をへの字に曲げた。
「そうやって現場の裁量を狭めることは、作戦の遂行上、決して好ましいことじゃないんだよ。わかるだろ?」
「そりゃそうだけどさ、でも、それなら・・・」
キツネ目はまだ納得いかない表情である。
「たった2人ってのも変じゃないか?やっぱ4〜5人くらいはいたほうが・・・」
「甘いね。」
アゴはちっちっちと人差し指を振る。
「多くなりすぎると物語の組み立てが苦しくなるんだな。」
「なるほど。」
キツネ目はぽんと手を打った。
「じゃ、そこは小説の構成上ってことで・・・」
「そう、やっぱり現場の問題なのだ。」
「いやあ、相当まわりくどかったけど、これでやっと言い訳が完了したね。」
「じゃ、本題に戻ろう。」
2人の自衛官は再び眼前の巨大少女に注意を向けた。
「この巨人だって、ウルトラマンくらいの大きさだろ。だから、ほんとうは相当凄いはずなんだけど、この前と比べちゃうからどうしても可愛く見えちゃうな。」
「可愛いっていえば、あの服装は可愛すぎてふざけてるぜ。」
アゴは巨人を指差した。
「あんな恰好ないだろ・・・」
このたびの巨大少女は、肩に届くかどうかくらいのさらさらショートヘア、もちろん髪の毛は全く染めていないがナチュラルに軽めの色合い、白地に襟と袖口だけが濃紺で2本の白ラインで太めのリボンは紅がかった赤という正統派夏物セーラー服、膝くらいまでのスカートも濃紺、きちんと折り返した純白のショートソックスに黒いローファー、ついでに言えば色白で目はぱっちり唇はルージュもしないのにとってもショッキングピンクという、これでもかといわんばかりのオーソドックスな「美少女」スタイルである。最近の中学校・高校はブレザーの方が多数派で、世の流れに敏感な絵師さんたちもブレザー美少女を描くことが多くなった昨今ではあるが、そういった妥協を潔しとせず、あくまでも求道者たらんとする漢(おとこ)JUNKMANの魂の叫びが、読者諸君にも聞こえてくるであろうか?残念ながら、キツネ目やアゴのような世間一般的にノーマルな人々には、この叫びは届かなかったようである。
「中学校の制服だな。」
「どういうことだい?」
「馬鹿にしているのさ。」
「ああ?」
「だから、俺たちを馬鹿にしているのさ。」
「・・・面白いじゃないか。」
キツネ目は砲の照準を巨大少女の眉間にぴったりと合わせた。
「そういうことなら、それなりに痛い目にあってもらわないと。」

*****

 巨大少女は胸まで海水に浸りながら、まっすぐ横浜港に向かって進んできた。横浜ベイブリッジを突き破って港内に侵入した瞬間、一斉に攻撃が始まった。
 山下公園・山下埠頭・大桟橋埠頭にずらりと並んだ戦車の群れ。短時間によくぞここまでの数が集結できたものだ。どこから調達してきたのかスティンガーを構えた歩兵までいる。上空を見上げれば、そこにはやはり数知れぬ戦闘機の群れ。これほどの大軍が、いま、まさに上陸しようとする巨大少女に攻撃を開始したのである。
横浜港は耳を劈く爆音と、もうもうとした硝煙に包まれた。
「撃て、撃て、撃て!!!」
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
もうもうとした硝煙の向こうから、巨大な影が着実に歩いてくる。
「いまのところ、まだ効いていません。」
「ひるむな!まだまだこれからだ!!行け行け!!」
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
砲撃は更に激しさを増す。巨大少女は上陸直前で歩みを止め、両手で砲弾を振り払おうと試みる。
しかし、何しろ四方八方から集中砲火を浴びているため、そのすべて払いのけることは不可能だ。
無数の着弾を受け、早い話が蜂の巣状態になった。
「いいぞ!効いてきたぞ!行け行け!!もっと行け!!」
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ずん!
蜂の巣状態になりながら、それでも巨大少女はなんとか山下公園に強行上陸した。
上陸した巨大少女を、更に激しい砲撃の嵐が見舞う。
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
「ち、近くで見るとやはり大きいですね。」
「あ!戦車が踏み潰されました!あ!まただ!」
「このままでは全員が踏み潰されてしまうかもしれません。」
「撤退しますか?」
「ダメだ。被害を最小限にとどめるのだ。そのためには食い止めろ。なんとしてもこの水際で食い止めろ!一点集中で全火力を注ぎ込むのだ!」
「はい!!」
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
更にもうもうと硝煙が立ち込め、視界が極度に低下した。巨大少女の姿は、その中でかろうじて影として捉えられる。
がくん
影の膝が落ちた。
そのまま、スローモーション画像を見るように、身体を前のめりにして・・・
ずずずずずずざざざあああああああああああああん!!!
うつぶせに倒れこんだ。
・・・・・
土煙が晴れた後も、巨大少女はうつぶせに倒れた姿勢のままぴくりとも動かない。
いつの間にか砲声も止み、横浜港は不気味な静寂に包まれた。
・・・・・・
ややあって、一部の自衛隊員たちが、用心深く検証に向かった。
「気をつけろ。」
「どうだ?」
「動かないぞ。」
「死んだのか?」
「い、いや・・・見たところ、傷一つないなあ。」
「何?無傷だと?」
「ああ・・・あ、で、でも、呼吸はないみたいだぞ。脈拍も・・・触れない。心音も聴取できない。生命反応らしきものは全くない。」
「じゃ・・・やっぱり死んだんだな?」
「そう、らしいな。」
「・・・勝った・・・俺たちは勝ったぞ!」
「こんなに大きなエイリアンに、俺たちは勝ったんだ!!」
いつの間にか、自衛隊員たちは持ち場を離れて、全員が山下公園の巨大少女を取り囲むように集結していた。
「やったぜ!!自力でエイリアンの侵略から地球を守ったぜ!!」
「ばんざあい!!ばんざあい!!」
苦しく激しかった戦いに勝利して、自衛隊員たちは歓びを爆発させた。
「ばんざあい!ばんざあい!ばんざあい!」
「ばんざあい!ばんざあい!ばんざあい!」

「くくくくくくく」

そのとき、どこからともなく重々しい笑い声が轟き渡った。
「あ!!」
「どうした?」
「あ、あ、あれを見てください!!」
指差す方、沖合いに停泊中の宇宙船のハッチが開いた。
「うわあああああああああ!!」
そこから現れたのは、目の前に倒れているこの巨大少女と全く同じ姿形をした巨大女子中学生だ・・・ただ、大きさが違う。比べものにならないほど大きい。
大地がぐらぐらと揺れた。埠頭には再び津波が押し寄せる。
そして、近づいてくる。どんどん近づいてくる。さっき突き破られた横浜ベイブリッジの残骸を、一足で踏みにじって進んでくる。
たった今まで勝利を収めたと信じていた自衛隊は、新たに現れた圧倒的に巨大な女子中学生の姿を呆けたように見上げていた。
巨大なローファーは、上陸一歩手前で進行を止める。周囲が薄暗くなった。そして、とてつもなく巨大な手が上空から降臨してくると、山下公園に横たわる小さな巨大少女の身体を2本の指でひょいと摘んで再び上空に消えていった。

「こんな小さなお人形さん相手にご苦労さん。」

新たに現れた超巨大女子中学生は、笑いをかみ殺しながら足元を見下ろした。

「くくく、っていうか、本当はホログラムなんだけどね・・・ま、お人形さんでもいいわ。可愛いでしょ?」

超巨大女子中学生は腰を屈めると、摘み上げた自分のホログラムを自衛隊の頭上にぶら下げてみせた。賢明なる読者のみなさんには既におわかりいただけていたことと思う。伏線はしゃぶれる限りしゃぶり尽くすのである。
 超巨大女子中学生は、その「お人形を」手のひらに載せると、こんどは反対の手の小指をあてがって見せた。

「ほうら、わたしの小指くらいね。うふふ、みんな、こんな小さなお人形さんと、マジで戦ってたのよ。ぷっ!せっかく勝てたと思ったのに、残念でした。」

さっきまで必死になって戦っていた巨大少女が、この新たに現れた超巨大女子中学生の小指ほどでしかないのだとは・・・あまりの大きさの違いを見せつけられて、自衛隊員たちの戦意は萎えた。

「さあて、みなさん、お人形さん遊びはもう終わりにしましょうね。」

超巨大女子中学生は「お人形」を足元に向かってぽいと放り出した。
超巨大女子中学生にしてみれば小指ほどの「お人形」だが、自衛隊にとっては身長50メートル以上もある巨人像である。これが地上1000メートル以上の高さから落下してきたら大変な衝撃になるはずだ。自衛隊員たちは悲鳴を上げながら山下公園から蜘蛛の子を散らすように退却した・・・
・・・が・・・実際には何の衝撃も起こらなかった。地表に到達する寸前で、ホログラムである「お人形」の姿はふっと消えてしまったからである。

「くくく。それではご挨拶いたしましょう。みなさん、こんにちわ!わたしは白鳥座ε星から来たアスカちゃんです。」

アスカと名乗った超巨大女子中学生は、腰に手を当てて胸を張った。顔だけ下を向いている。足元の自衛隊を悠々と見下ろしている。
得意そうな表情だ。
遠くからその表情だけ眺めていれば、文句のつけようもない美少女であるが、ともかく巨大すぎてそんなことにまで思いが回らない。
なにしろ大型船が自由に往来する港内に立っているというのに、海水面はその黒いローファーをすら超えることができないのだ。

「くっくっく、みなさん小さいですね。小さすぎますね。アスカちゃんの星では、アリンコでもみなさんよりはずっと大きいですよ。」

アスカはもう一度腰を屈めて、足元に停泊していた氷川丸を摘みあげてみせた。アスカにとっては使い古した鉛筆程度のサイズである。
ぐちゃ。
アスカの手の中で、氷川丸はあっさりと握り潰された。アスカは興味なさそうにその残骸を放り投げると、再び自衛隊を蔑むように見下ろした。

「というわけで、さしあたってみなさんは地球を守る兵隊アリさんです、くくくくく。で、兵隊アリのみなさん、みなさんは悲しくなるほど小っちゃいですが、まだ戦うつもりですか?さっきまで小さなお人形を相手に必死だったっていうのに、今度はこんなに大きなアスカちゃんと戦ってみるつもりですか?」

アスカは薄笑いを浮かべながら挑発してきた。

「まあ、無理しないほうがいいとは思いますけどね。だってみなさんは、私から見たらゴミみたいに小さなこびとですから。」

「あんなこと言ってますよ。」
「このまま引き下がっていていいんですか?」
「・・・いいわけないだろ。攻撃だ!」
「はい!!」
一時は戦意を失っていた自衛隊も、ここまでコケにされれば奮い立つ。再び一斉砲火が始まった。
「行け行け行け行け!!!」
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
撃っても、撃っても、着弾するのはローファーばかり。射程距離からすれば問題なくもっと上空まで撃てるはずなのであるが、角度が良くないのである。しかもターゲットの大きさが急に変わったので、ゆっくりと照準を合わせる余裕がなかった。
もっとも、ソックスより上に着弾するこことも少なからずはあったのである。それでも、全くダメージは与えられなかった。
強度からして、これらの火力で立ち向かえる相手ではないのだ。実際に、上空からは戦闘機が雨あられと攻撃を加えているようだが、アスカはそれを振り払うそぶりすら見せない。

「あれ?もしかして、もう、攻撃してるの?それで?」

遥か上空で、アスカがにやにやと笑っている。

「ぷっ!可哀想だから、こうしてあげる。」

アスカは一歩前に進んで、ついに上陸を果たした。
ずううううううううううん
「うわあああああああ」
衝撃で陣形が総崩れになった。その間に、アスカは素早くもう片方の足も前に進め、両足で軽く自衛隊を跨ぎ超えた。
ずううううううううううん
「うわあああああああ」
天上から巨大な山が降臨して来た。
ヒップだ。
純白のパンティーで覆われた巨大なヒップの山が、天上から大地に向かってぐいぐい降りてくる。
迫ってくる。
その圧倒的な質量で自衛隊を押し潰す直前、誰もが目をつむって観念した瞬間に、ヒップは上空でぴたりと停止した。
アスカは、自衛隊の真上にしゃがみ込んだのだ。
自衛隊は、その巨大なスカートの下に、すっぽりと包み込まれた。
大地が更に暗くなり、ふんわりと少女の生暖かい体臭も漂ってきた。
絶望的な自衛隊員たちが見上げると、上空にはものすごい光景が広がっていた。

「ほうら、これならどう?撃ちやすいでしょ?兵隊アリさん、この星のために頑張って!くくく」

「なんか・・・対窓香戦を彷彿とさせる戦況となってきましたね。」
「ということは、我々には貴重な経験があるということだ。」
「なるほど、ものは考えようか・・・」
「攻撃目標は決定だ。こんなことで戦意を失うような日本国自衛隊ではない。攻撃を続ける。」
「了解!」
勇気ある司令官に率いられた軍は、往々にして不幸である。自衛隊は絶望的な抗戦を再開した。
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん

*****

キツネ目とアゴは、砲撃の手を止め、戦車の中で相談していた。
「あ、あ、あんなでかい相手に、どうやって立ち向かえっていうんだ?」
「・・・無理だろう。あんなにでかいんじゃ、かないっこない。」
もう一度アスカの姿を仰ぎ見る。彼らを取り囲む黒いローファーと白いソックスの一部くらいでも、その存在感は圧倒的だった。
「お、お、俺は死にたくないよ。」
「一思いには死なないと思うよ。」
アゴは呟いた。
「やたらでかいけど、まだ子供だぜ。さっきは嬉しくってたまらないって顔してやがった。」
「どういうことだい?」
「オモチャなんだよ。」
アゴは吐き棄てた。
「あのばかでかいガキにとって、俺たちはただのオモチャでしかないんだ。俺たちをオモチャにして、さんざんなぶって、なぶって、なぶって・・・殺されるのはそれからだ。」
「ひゃああ!!」
キツネ目は頭を抱えて絶叫した。
「嫌だよ。俺、そんなの嫌だよ。俺は死にたくないし、それになぶりものにもされたくないよ。」
「じゃ、逃げるしかない。」
「逃げるったってさ、どこにどうやって逃げようっていうんだよ?」
キツネ目は泣きそうな顔でアゴのほうに向き直った。
「知るか。ただ、はっきりしてることは、逃げるしか俺たちの助かる方法はないってことだ。」
アゴは自分にいいきかせるように言い切った。キツネ目もゆっくりと頷いた。
「この戦車は乗り捨てたほうがいいんじゃないか?」
「いや、このままでいこう。」
確かに徒歩で逃げられる距離には限界がある。かといって普通の自動車に乗り換えたら、すぐに交通渋滞に巻き込まれてしまうだろう。戦車なら、そんな状況でも突破できる。
「どっちの方角へ?」
「どっちでもいいよ。全速力だ。ともかくこの場から離れるしかないだろ!」
キツネ目とアゴを載せた戦車は、砲火の鳴り止まぬ中、アスカの巨大なスカートの裾をくぐり抜けて、こっそりと逃走を開始した。

*****

ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
ばばばばばばばばばばばばば
どーん、どーん、どーん、どーん
「効いているか?」
「いや・・・」
「・・・全然みたいですね。」
「おかしいな、窓香のときにはこの作戦で良かったはずだったんだが・・・」

「あーん、もう全然ダメ。何やってんだか!」

不満そうな声が聞こえてくると、上空から自衛隊を威圧していた巨大なヒップが、ぐらっと揺れた。

「よっこらしょ!」

巨大なヒップが上空へ去っていく。周囲がさっきよりは明るくなった。アスカが再び立ち上がったのだ。
「おおおおお・・・」
アスカの姿が、今度は真上に見える。
全員が息を呑んだ。
・・・
息を呑むほどの巨大さだ。
白いソックスに続く素足が、天に向かってどこまでもどこまでも伸びていく。
目の眩むような高さだ。
その上には今まで頭上を覆いつくしていたヒップが見えるが、それ以上はもう見えない。スカートの真下にいるので、それより上はみえないのだ。
十分だ。
この脚だけで十分だ。
こんなに大きかったのか・・・
・・・さっき真上にしゃがみ込まれたときも、とんでもない威圧感を受けた。
だが、立ち上がった姿を足元から見上げるのも、また新たな驚きだった。
この少女は、それほど圧倒的に巨大なのだ。

「さあて、ちびちび軍隊さん、これならどう?」

アスカは両手を腰に当てて、大きく胸を張った。

「くくく、アスカちゃんって、ほんとに大きいでしょ?」

「ひゃあ、ダメだ。こりゃとてもかなわない・・・」
「やっぱり対窓香戦の経験は役に立たなかったみたいですね。」
司令官は腕組みをしながら首を横に振った。
「いやいや、まだあの経験は生かせるぞ。」
「そ、それはどんな経験ですか?」
周囲は一斉に司令官を振り返った。
「うむ、あの時は立ち上がった窓香に全員が踏み潰されてしまったのだ。」
「と、いうことは?」
「・・・逃げろ!退却だ!!全員、全速力で退却!!でないと、踏み潰されちゃうぞ!!!」
「はい!!!」

「もう飽きちゃったし、戦車なんか踏みつぶしちゃおうかなあ・・・」

経験豊富な司令官の見事な読みどおり、退却する自衛隊の頭上には漆黒のローファーが高々と掲げ上げられた。
「退却!!全速力でたいきゃ・・・」
ずどおおおおおおおおおおおん
戦車部隊が集結していた真上に長径240メートルの黒いローファーが踏み下ろされた。そのまま桟橋から軽く30メートルほど深くまで沈み込む。その窪地に向かって海水が浸入すれば、素敵な新しい靴型の船着場ができあがっていることだろう。

*****

「うわあ、ふ、踏み潰されたぜ!!」
「振り返るな!後ろなんか見てる場合じゃない!ともかく全速力で逃げるんだ!!」
賢明な判断によって一足早く逃げ出していたキツネ目とアゴの戦車は、強烈な地震に苛まれながらも、ともかく踏み潰されることだけはなく、山下公園からMM21方面に逃走中であった。とはいえ、まだアスカの歩幅ではほんの数歩の距離である。

*****

自衛隊は全滅した。あっという間だった。山下公園、山下桟橋は、跡形もないほどめちゃめちゃに踏み抜かれてしまった。そして、あれほど大量に集結した戦車は、一台残らずこの超巨大女子中学生の靴底でペシャンコなスクラップにされてしまったのだ。力の差、大きさの差をまざまざと見せつけられた。
アスカはこの星では無敵の大巨人なのだ。
爽快な気分であたりを見渡した。

「あれ?」

一台残らずではなかったようだ。視線の先に、アスカに背を向けて猛スピードで走り去ろうとする戦車が一台、目に止まった。

「あらあら、小さくたって軍隊なんだから、逃げちゃダメよね。」

アスカはたった数歩でその戦車に追いつくと、しゃがみ込んで、摘み上げた。

*****

うわあああああああ、
天地がひっくり返りながら、強烈なGを受けて上昇していった。間違いない、超巨大女子中学生に捕まったのだ。キツネ目とアゴは、ぐらぐら揺れる74式戦車の内部で震え上がりながら七転八倒していた。
ややあって、重力加速度の嵐が収まったとき、戦車は横転したまま静止した。基本的には扁平な構造であり車両の安定性が高い戦車にしては、きわめて不自然な静止姿勢である。

「こびとさん、すぐに出てきなさい!出てこないと、この戦車ごとぷちっと潰しちゃうわよ!」

案の定、巨大な少女の声が轟きわたった。
「ど、ど、どうしよう?このまま隠れていた方が・・・」
「・・・いや、出ていくべきだ。あの巨人、まだガキだろ。何するかわからない。ほんとうに指で潰しかねないぜ。」
「え?・・・でも、のこのこ出て行ったら、オモチャにされちまうんじゃないか?」
「だとしても、潰されるよりはいいだろう。」
「ええ?・・・そ、そうかなあ・・・」
キツネ目の態度を無視してアゴが横倒しになった戦車からから這い出すと、キツネ目もしぶしぶそれに従った。外は肌色の生暖かい平原だ。戦車はその窪みに挟み込まれるようにして横立している。これならこの不自然な姿勢で止まるわけだ。
視線を遠くに移すと、平原の三方向に巨大な柱が立っている。1、2、3、4、5本・・・
・・・指だ。
この巨大な柱は指だ・・・
・・・ということは・・・
やはり、これは掌なのだ・・・
俺たちは超巨大女子中学生の掌に載せられて、地上千メートル以上の高さに持ち上げられたのだ。
ため息をついて上空を見上げる。
まだあどけなさの残るショートヘアの美少女が、真上から見下ろしていた。
その愛くるしい笑顔は、至近距離から見ると、キツネ目とアゴの視界いっぱいに広がる巨大さだ。

「きゃあ!いたわ!いたいた、出てきたわ!」

キツネ目とアゴは両手で耳を押さえてのた打ち回った。死ぬのではないかと思うほどの音量だった。声だけで苦しむ地球人を見て、アスカの笑顔は更にはじけた。

「くくく。小さすぎるわ、あなたたち、ほんとにアリンコ以下ね。」

アスカは笑いをかみ殺しながら、もう片方の手の小指を2人の地球人の前に突きつけた。

「ほら、ちびたち、アスカちゃんの小指に登ってごらん。」

目の前にぬっと突き出された小指の大きさに、2人は思わずたじろいだ。小指といっても、さっきまで戦っていた巨大少女(のホログラム)ほどの大きさだ。
「こ、これに登れっていうんだな?」
キツネ目は傍らのアゴに確認した。アゴは黙って頷くと、早速両手を伸ばしてアスカの小指に登ろうとした。キツネ目も速やかにそれに続いた。
しかし、アスカの小指は巨大すぎた。登りやすいようにわざわざ小指を掌に押し付けてくれたにも拘らず、それでも3メートルほどの垂直登攀が必要である。並みの地球人が梯子なしでこれを登りきることは不可能だ。キツネ目とアゴは、それでも必死でアスカの爪先に登ろうとしたが、何回挑戦しても無様に滑り落ちるばかりであった。
「はあはあ、無理だな。これに登るってのは、とてもできそうにない。」
「はあはあ、そ、それじゃ、はあ、どうすればいいんだよ?」
「・・・ここは謝ろう。謝って、許してもらおう。」
キツネ目とアゴはついに諦めた。2人そろって、押し付けられたアスカの小指の傍らに土下座した。掌の上で土下座して、上空から見下ろすアスカに向かって謝ったのだ。この様子を覗き込む2つの巨大な瞳が、面白くてたまらないとばかりにきらきらと輝いた。

「やだあ、降参?爪先にも登れないの?アスカちゃんの小指が大きすぎるってこと?くははは!小さいって、惨めねえ。」

笑い転げるアスカを見上げながら、2人はその屈辱に唇をかみしめていた。
「く、悔しいなあ、なんでこんな小娘にここまでいわれなきゃならないんだ・・・」
「耐えろ!しようがない、その指にすら登れなかったのは事実なんだ。ほんとうに俺たちは惨めなほど小さいんだ。アリンコ以下なんだ。いまはそれを受け容れて、耐えろ。」
「耐えろったってさあ・・・」
「耐えるんだ。そして生き延びるんだ。」

「役立たずのおちびね。じゃ、潰しちゃお。」

今度は長さ60メートル、径15メートルにも及ぶ人差し指が、2人の頭上にかざされた。
「うわあああああああ」
あまりにも巨大な人差し指だ。しかもいまは掌に載せられている状態である。逃げ切れるはずがない。2人は思わず両手で頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んだ。
周囲の日が翳る
潰される。
ダメだ・・・
・・・・・・
そのときである。
きゅうううううううん、どかーん!

「きゃっ」

一機のF15型戦闘機が、故意か、それとも操縦を誤ったのか、アスカの右目の真下に激突した。まるで特攻隊だ。
アスカにしてみればヤブ蚊のようなサイズに過ぎないので、それまで全く無警戒だったのだ。
とはいえ、目の近くで自爆したので意表をつかれた。アスカは思わず両手で右目を押さえた。幸い、怪我はなかったようである。

「・・・もー!許さないわ!!」

アスカは頬をぷっと膨らませると、両手をブルンブルンと振り回した。こんなに巨大な腕に衝突しては蚊トンボのような戦闘機なぞひとたまりもない。それどころか、必ずしも振り回した手が当たる必要すらなかった。巨大な腕が高速で振り回されることによって発生する気流の乱れや衝撃波だけで、その周囲を飛行することは限りなく不可能になるのだ。アスカの手の届かない遙か上空を旋回していた爆撃機までが、あたかも蚊取り線香の煙にあった蚊のように、次々と墜落していった。

「ふん、余計なことをするからそういう目にあうのよ。」

アスカは仁王立ちになって、墜落していく戦闘機を睨み付けた。
そして、そのとき、気がついた。

「あ」

左手を見る。掌に載せていたはずの2人の地球人がいない。
この騒ぎで、落としてしまったのだ。
地球人がこの高さから落ちてしまったら、まず助かることはあるまい。

「・・・ま、いっか。どうせ潰そうと思ってたんだし。」

そのかわり次のオモチャをみつけて遊ぼうっ、と・・・

薔薇色の夜明け・つづく