はじめに
 やっとこ最終話となりました。今回は特に有害な記述のオンパレードであることに加え、主題がねっとりと辛気くさいです。☆娘さんの作品みたいな心温まるお話が好きな方には耐えられないかもしれません。以上をご了解の上、成人が、ご自身の責任で、物語にお進みください。

薔薇色の夜明け・5
by JUNKMAN

*****

「科学技術局惑星探査担当書記官ロメルタック・ファン・ヴェスボウス26δUM・・・」
「ロメルトで結構ですよ、モニカ先生。」
メタルフレームの眼鏡をかけた細身の若い男は、名刺を棒読みするモニカ先生に軽くウインクした。モニカ先生の表情は硬いままである。
「教育局の関係者から報告を受けて参りました。」
「生徒のファーストコンタクトの件ですね。」
「その通りです。」
ロメルト書記官は、持参したアタッシュケースから資料を取り出した。
「今回のコンタクトですが、非常に興味深い結果だと認識しています。」
「そうですか。あんまりなコンタクトになってしまって、失敗だったかなあ、と、思ったんですけど。」
モニカ先生はやや伏し目がちに答えた。
「いや、この結果なら充分でしたよ。」
ロメルト書記官はにやりと笑った。
「しかも結構なおまけまでついた。」
「おまけ?何のことですの?」
ロメルト書記官はモニカ先生の問いに直接は答えず、持参してきた小型映写機のスイッチを入れた。
「まあ!これはいったい・・・」
「ふふふ、モニカ先生のところの生徒さんの妹さんですよ。宇宙船のワープ記録をdoにして、やっぱり一人でこの惑星に行ってきたらしいですね。」
「あらあら、なんてことかしら。」
「しかも帰星時にはちゃんとワープの時間軸を出発時に合わせてある。これではちょっと目には不法なスペーストラベルも露呈しません。なかなか気の利く娘です。もしかして、お姉さんは気づいてないんじゃないかな?」
「その可能性はありますね。気立てのいい子なんですが、おっちょこちょいなところが難点なんです。」
モニカ先生は渋い表情をした。ロメルト書記官は愉快そうに笑い飛ばした。
「はっはっは、いいじゃないですか憎めなくて。それにしてもこの妹さん、随分と派手にやってますね。」
「もうしわけありません。」
「いやいや、その方が分析するに当たっては好都合でした。」
ロメルト書記官は意味ありげににやりと笑った。しかし、眼鏡の奥に光る目は決して笑っていない。
「で、お願いしていた件は?」
「サンプルのことですね。できていますよ。」
モニカ先生は手にしていた小箱を開けると、覗き込もうとしたロメルト書記官を制しながら内容物の一部を薬匙ですくい出して、その鼻先に差し出した。
「ほお・・・」
「注意して下さい。小さくて軽いですから、鼻息でも吹き飛んでしまいます。」
薬匙の上で蠢いているのは、もちろん地球人である。ロメルト書記官やモニカ先生の目で見れば身長2mmにも満たない微小な虫だ。
「う・・・ううん、ほんとうに小さいですね。それに、ここで見る限りでは白鳥座ε星人に似ています。」
「こうして見ればもっと良くわかりますわよ。」
モニカ先生は薬匙を小箱に戻すと、続いてCCDカメラをその小箱の中に設置した。
「おお!」
モニターに映し出される人々は、白鳥座ε星人と全く区別がつかない姿形をしている。これがわずか1/1000サイズのこびととは思えない。
「生徒が持ち帰った個体からDNAを抽出して、クローンを作りました。クローンは特殊培養で成長を促進しましたので、いまはもう元の個体と同じくらいの肉体年齢に成長していると思います。」
「そうですか。いや、どうも有り難うございました。報告書の通り、きわめて有望な一件です」
「それはどうも。」
今度はロメルト書記官の方が少し心配そうな表情を浮かべる。
「その生徒さんには思い入れがあったんじゃないですか?」
「・・・この惑星に、ですか?」
「ええ。いや、というよりも、わざわざ持ち帰ったんだから・・・」
ロメルト書記官が小箱を指さす。
「そのクローンたちの母体となった個体にですよ。」
「ふふふ、なかなか鋭いですわね。」
モニカ先生は漸く微笑んだ。
「恋するお年頃ですから。」
「恋?!」
今度はロメルト書記官が不審な表情をした。
「恋って、あんな虫けらみたいなこびとに恋をしてしまうんですか?」
「あはは、まさか!そうじゃありません。」
モニカ先生は悪戯っぽく笑った。
「恋に恋してしまうんですよ。相手なんか何でもいいんです。ちょっと日常から離れる出会いがあればね。うふふ、女子高生にはありがちな流行風邪みたいなものです。すぐに忘れてしまうでしょ。」
「ふうん、そうですか。」
「それに・・・」
「それに?」
「あの娘、最近、ボーイフレンドができたらしいんですよ。うふふ、毎日、デートで忙しいみたい。」
「あはは、それは最大の妙薬だ。」
答えながら、ロメルト書記官は横目でモニカ先生の顔を覗き込んだ。モニカ先生は慌てて視線を切った。
「なら、この地球の知的生命体が、家畜になってしまっても大丈夫ですね?」
「・・・ええ。」
 地球人の科学レベルは銀河連邦に所属するにはあまりにも遅れ過ぎている。恒星間飛行すら自力ではできないのだ。そんな星が、白鳥座ε星と対等外交を結ぶことを期待するのは虫が良すぎる。
かつてはそんな遅れた惑星とも対等な外交を結ぶべきだとする歪んだヒューマニズムが銀河連邦に蔓延した時代があった。その結果、何が起こったか?道徳的・倫理的にも成熟していない惑星に物質文明ばかりが一方的に流入し、これを悪用する輩が現れ、無意味な内戦が起こり、泥沼化し、そしてそのような文明は次々と滅んでいったのだ。酷い惑星になると、先進的な惑星の武力的脅威にすらなり、仕方なく連邦によって抹殺される始末であった。このような経験を踏まえ、昨今では遅れた文明とのコンタクトはきわめて慎重な扱いになっている。
 ところが、更に最近の研究では、こうした知的生命体の多くは、結局その文化が成熟する前に、いずれ滅びて種が途絶してしまうことが明らかになってきた。種の能力としての限界なのである。酷い場合には、その種が惑星全体の生命環境を道連れにして滅びてしまうこともあるくらいであった。こうなると、もうその種だけの問題ではない。惑星レベルの問題である。
 そこで白鳥座ε星などの先進星では再び方針を改めることにした。すなわち、そのような遅れた文明しか持たない知的生命体には、積極的にコンタクトして、そして家畜化するのである。このような知的生命体は、白鳥座ε星並びにその植民星において家畜となることを前提に種の存続が約束される。そうでなければ種の存続が図りえないこれら劣等の知的生命体にとって、これは考えうる唯一の救済措置なのである。加えて、おじゃま虫であるその知的生命体を原産地の惑星から排除すれば、惑星レベルの自然環境も守られる。それどころか、その星にはやがてそれ以上の能力を持った知的生命体が新たなニッチを得て台頭してくるかもしれない。そうすれば、そのときには晴れて銀河連邦の新たなメンバーとして迎え入れられるであろう。このように、この方針は2重にも3重にも人道的といえるものだった。最近は、銀河連邦内でも徐々にこうした進歩的意見に賛同の声が広がっている。
「で、地球人はどういう用途に用いられるのですか?」
「当初はマイクロマシンの組立てに利用しようと考えていました。この程度の知性しかなくても、いわれたとおりに部品を組み立てるくらいのことはできるでしょうから。」
「なるほど。」
「ですが、妹さんのコンタクトを見て意を強くしました。それ以上に有望な領域がありそうです。」
「有望な領域?」
「ええ。ペットですよ。」
「ペット?」
モニカ先生は合点の行かない表情で、薬匙に地球人をすくい取り、ロメルト書記官の顔の前に突き出した。
「こんなに小さいんですよ。ペットになんかならないんじゃないですか?」
モニカ先生はその薬匙を今度は自分の耳の前にあてがう。
「何かきいきいと叫んでいるようですが、小さすぎてよく聞き取れません。これじゃ、コミュニケーションの取りようもありませんよ。」
「それは無理でしょう。そんな必要もない。」
ロメルト書記官は傍らのテーブルの上に置いてあった物の覆いをとってみせた。50cm四方の台座の上に、大小不整な突起が並んでいる。
「業者に頼んで、こんなものを作らせてみました。」
モニカ先生は回り込んで上から覗き込んだ。
「・・・ミニチュアの街ですか?」
「そうです。白鳥座ε星の街並みを正確に1/1000スケールで作ってあります。よおく、覗いてみて下さい。」
モニカ先生は腰を屈め、ミニチュアの街に顔を近づける。精緻な作りだ。よく観察するほどに本物そっくりである。しかもストリートレベルでは自動車やモノレールまでが置いてある。
「精巧ですねえ。」
「うふふ、形だけじゃありませんよ。ちゃんとインフラも整備されていて、中で暮らすことができるようになっています。」
モニカ先生は顔を上げて首を傾げた。
「どういうことですか?」
「ミニチュア人間に棲んでもらうのは、ミニチュアの街でなければいけませんから。」
ロメルト書記官はモニカ先生の持参した小箱を取ると、ミニチュア都市に地球人をばらまいた。
「ほうら、これでこの都市は完成だ。」
「これで、どうするおつもりですか?」
「どうもこうも、使い方は全て飼い主の自由ですよ。」
「住人つきの置物ですか?」
「うーん、そういう使い方になるかなあ?・・・もっとラフに扱うことが多いと思いますがね」
「でも・・・」
モニカ先生はまだ不安そうだ。
「こんなに小さいのでは、白鳥座ω星では身の安全が守れないんじゃないですか?小鳥や虫にだって食べられちゃいますよ。そうした危険のないところに隔離しておいてあげないと・・・」
「そんな必要はありません。」
ロメルト書記官は冷徹に言い放つ。
「食べられてしまえばいいんですよ。」
「え?」
「小鳥にでも、虫にでも、いくらでも食べられてしまえばいい。場合によっては、餌として使ってもらってもいいじゃないですか。その分は供給すればいいんです。工場でどんどんクローンを作り、どんどん市場に出荷する。景気対策にもなります。このペットは、いままでなかった大量生産大量消費型のペットなのですよ。ふふふふふ」
「ふう・・・」
モニカ先生には思いもつかない利用法だった。
「なんだか可哀そうだわ。」
「そこです。」
ロメルト書記官はわが意を得たりとばかりにたたみ掛けてきた。
「地球人はわれわれ白鳥座ω星人に見た目がそっくりだ。どうしても感情移入したくなる。でもね、考えてみてください。彼らはただの家畜ですよ。私たちに生かしてもらっているだけの惨めな生物種です。」
「まあ、そうですね。」
「滑稽なことに、彼ら自身も勘違いしている。おそらく自分たちに人権があるとでも思っているのでしょう。笑止千万ですね。」
「はあ。」
「それでいながら、生存のためになら平気で我々に尻尾を振る。最低限のプライドも見せない。甘えているんです。自分たちが間違ったことをしていなければ、必ず報われるはずだと信じているんですよ。」
「・・・」
「でも私たちが彼らを飼うのはただのお情けであって、義務ではありません。気に入らなかったらどんどん殺してしまえばいいのです。クローンで大量生産できるんだから、消費に躊躇する必要はないのです。」
「・・・」
「一方で我々白鳥座ω星人のように見えながら、実は人権などなく、きわめて微小で愚鈍で脆弱な生物。それでも自分たちは知的生命体だと思っている。愉快じゃないですか。そんな奴ら、虐めて、虐めて、虐め抜いてやればいいんですよ。」
「・・・」
「肉体的に苛めてもいいし、精神的にいたぶってもいいですね。道具や他のペットを使うのもいいでしょう。ともかく彼らに絶望の底の底のそのまた底を見せてやるんです。きっと心が爽快になりますよ。ほら、あの妹さんのようにね。」
「・・・」
「人間、誰でも深層には攻撃的な願望が潜んでいます。この深層心理を発散できないことがストレスの温床となっている。だから発散させればいいのです。ところがこれが難しかった。適当な発散の対象がなかったからです。この意味で地球人は最適だ。我々白鳥座ω星人のように見える無力なこびと。もちろん人権なんかない。彼らを標的にすればいいんです。これは合法的な弱い者いじめですよ。素晴らしいじゃないですか、ふはははははははははは!」
モニカ先生は聞いていて少し辛くなってきた。ロメルト書記官の言っていることは正論である。間違いない。そして確かにそれがこの地球人の最も有効な使い途なのであろう。それはわかる。理屈ではわかる。でも、理屈以外の感情では、何か納得がいかなかった。そんな非合理的な思考は、白鳥座ω星でははしたないこととされる。だから、表立って反論することはできなかった。
そこで、モニカ先生は止むを得ず話題を変えた。
「それにしても、随分と手の込んだことをするんですね。」
「ファーストコンタクトのことですか?」
「ええ。」
「仕方がない。これが決められた手順なのですから。」
「無人探索船のデータだけでは不十分だったのですか?」
「不十分です。」
ロメルト書記官は眉毛一つ動かさずに回答する。
「もちろん、客観的なデータを取るだけなら無人探索船だけでも充分でしょう。ただ、我々白鳥座ε星人に出会ったときにどういう態度を示すか、これは客観データでは予想しきれない未確定の要素を大いに含んでいます。そしてこれはどうしても必要なデータだ。彼らが今後もその惑星を導く知的生命体として存続できるか、ダメな場合には家畜としての適性があるか、これらを見極めるうえでとても重要なのです。」
「もし、どちらの適性もなければ?」
「種として抹殺されます。すなわち、このコンタクトは彼らにとっての生き残りを賭けた最終試験だったのですよ。」
残念ながら、全ての劣等な知的生命体が家畜として存続を許されるわけではない。適性があるからだ。まがりなりにも自ら閉鎖生態系の頂点に立つことはできても、頂点に立つ他の生物に隷属していくことはできない種もある。そういった種までを存続させることはたいへんな労力を要するのだ。そんなにしてまで、白鳥座ω星人が一つの種を保存してやらねばならない理由はない。そもそも、一つの惑星からおじゃま虫を駆除してあげるだけでも十分に倫理的な行動だ。従って、劣等な知的生命体を抹殺するか、それとも家畜化するかは、まったく高等知的生命体の裁量に任される事項なのである。こうした認識は、既に銀河連邦一般に認知されるようになっていた。
 辺境の知的生命体にとって、銀河連邦系文明とのファーストコンタクトはしばしば「夜明け」に例えられる。一つの惑星の中に閉じこもっていた蒙昧な闇の世界を抜けて、さまざまな事象が、さまざまな知識が、まぶしい光とともに両手を広げて待ち構えている。そして未知の世界が、夜明けとともに眼前に広がっていくのだ。それはその知的生命体の歴史にとって「夜明け」の名にふさわしい画期的なイベントといえよう。
 ところが、この「夜明け」は、種にとって、特に劣等な知的生命体にとって、必ずしも常に好ましいものではない。ファーストコンタクトの後に永遠の種の存続が約束されるような幸福な種は、むしろ一部にのみ限られる。多くの種は、ファーストコンタクトの直後に抹殺されてしまうのだ。夜が明けたからといって、未来が必ずしも薔薇色であるわけではない。
「・・・地球人が知的生命体として認知される可能性はなかった。全然無理です。劣等すぎます。このままでは早晩地球という惑星もろとも破滅を迎えたでしょう。だから抹殺されるか、家畜化されるかです。選択肢はこれしかない。幸い、地球人にはペットとしての適性があった。これは幸せなことでした。彼らはあの妹さんに感謝しなくてはいけない。」
「・・・」
「そういうわけで、とりあえず彼らの種の存続は認めましょう。後はペットとしてどれだけのニーズがあるかだ。市場からペットとしてのニーズがある限り、彼らの種の存続は保証されます。そして、きっとそれは有望だと思う。」
「・・・だからといって、何も知らないハイスクールの生徒をファーストコンタクトののカウンターパートに使わなくたって・・・」
「何も知らないからこそ良いのです。」
ロメルト書記官は自信満々に自説を展開する。
「シミュレートしたいのは不意のファーストコンタクトです。だから、ここには不意を突かれた
驚きの要素がなければいけません。これを忠実にシミュレートするためには、カウンターパートにもやらせがあってはいけないのです。厳密なダブルブラインドにするために、敢えて情報を与えなかったのですよ。知恵のついた大人ではまずこう上手くはいきません。」
納得できない。モニカ先生は小さく首を横に振った。
「でも・・・でも、そんな、危険かもしれないのに・・・」
「安全性はちゃんと確認していましたよ。大気組成、彼らの科学力、病原微生物の有無、みんなきっちり把握されていた。そしてワープ飛行中の宇宙船の停止、交通課との連絡、情報提供、これもみんな計画通りだった。地球に着陸した後も、あの生徒さん・・・ええと、クリッチさんでしたっけ、彼女の周囲の状況は、この探索船が詳細にモニターしていたわけですし。」
「知らぬはあの娘ばかりだったんですね・・・」
「それだって計画通りです。もっとも、妹さんの不法スペーストラベルは計画にありませんでしたがね。」
ロメルト書記官はくすりと笑った。
「完璧な計画かと思いましたが、結果的にはこのアクシデントにも助けられました。」
モニカ先生は天を仰いで苦笑した。論争してもどうにもならないだろう。このロメルトという書記官は確か26歳だ。この若さでもう政府の書記官を勤めているのだからとんでもないエリートね。おそらく10代でカレッジを終了したに違いない。もともとすこぶる明晰な頭脳が、とびきりのエリート意識で強固に武装している。これではどんな論争を吹っかけたところで一歩も退くわけがないわ。ふふふ。それにしてもこういう強引さは、私の周囲の腑抜けた教師たちには全く見られないことね。それって・・・嫌じゃないけど・・・
「さあ、ビジネスの話はこのくらいにしておいて。」
ロメルト書記官は資料をアタッシュケースにしまいながら、モニカ先生を横目でちらりと覗いた。
「モニカ先生、今晩のご予定は?」
モニカ先生は、やおら立ち上がって、両腕を組みながらぷいと横を向く。
「それって、公務員倫理規定には触れませんこと?」
言葉の内容とその語気との隔たりを充分に確かめた上で、ロメルト書記官は答えた。
「いいんですよ。」
立ち上がってモニカ先生の背後に回る。彼女はロメルト書記官に背を向けたままだ。が、間合いを切ろうとはしない。
「午後5時を過ぎれば、あくまでもプライベートな時間です。それに、僕は教育局の人間ではない。あなたとの間に直接の利害関係はないのです。」
「・・・そうですか・・・」
「・・・」
「確かに・・・公務員倫理規定で禁じられているのは『利害関係のある者との不適切な交友』ですからね。」
モニカ先生は振り返りながら、ロメルト書記官の顔を上目遣いに覗き上げた。
「じゃ、『不適切な関係』になって交友しても、なんら問題ない、と判断してよろしいのかしら?」
「・・・」
2人は、お互いの視線を確認して、くすりと微笑み合った。

*****

 そこには、もう、優秀なエリート官僚も、理知的な科学教師もいなかった。そこにいたのは、性欲の任せるまま、お互いを貪り求め合う2匹の獣たちだった。
「あああ、はああ、ああ、い、いいいい、あ、は、ふうう、は、はあ、はあああああ・・・」
彼のテクニックは想像以上だった。クールな容貌に似ず、執拗に、執拗に、執拗に、私の全身を責め上げる。猫が、獲物の鼠を仕留めるように、追いつめ、なぶり、じらし、そしてまた追いつめる。どうして?どうして?初めての夜なのに、どうすれば私がダメになってしまうかを、どうしてあなたは知っているの?私の理性はとうの昔に吹き飛んでしまった。そしてなによりもこのペニス。このペニスよ。スリムな体躯からは予想だにできない大きさで、太くて、黒くぬらぬらと輝き、岩のように固く、炎のようにいきり立ち、びくんびくんと脈打っている。現に、いまこうして頬張っていると、両方の顎関節が外れてしまいそうだ。これがもうすぐ私の中に入ってくる。怖ろしい。でも待ちきれない。ああ、どうしてそんなにじらすの?逃げ出してしまいたいほどの、恐怖にも似た悦楽。このままでは壊れてしまう。間違いなく壊れてしまう。だから、もうやめて!!やめて!!お願いだからやめて!!・・・でも、やめないで!!
 そのとき、素晴らしいアイディアが思い浮かんだ。
「やめて!」
ロメルト書記官は驚いて行為を停止した。
「どうしたんだい?これからがいいところじゃないか。」
「ええ、それはわかっているわ。だけど・・・」
モニカ先生はベッドサイドのテーブルに載せられたミニチュア都市を取り出した。
「これを使ってみたいのよ。」
「そんなもの、どうするんだい?」
「ふふふ」
いぶかしげなロメルト書記官を横目で見ながら、モニカ先生はにやりと笑った。
「きっと、素晴らしいセックスになるわ。」

*****

 クローン地球人たちの見上げる上空に、高層ビル並みの巨大なペニスが現れた。オブジェではない。浮き出た血管がびくんびくんと脈打っている。たったいままで丁寧に舐め回されていたのだろう、先端から根元まで、べっとりと唾液で濡れていた。
そして、もう一人の巨人が現れた。こんどは女だ。見覚えがある。今はメガネを外しているけれども、間違いない。でも、でも、今までとは比べものにならないくらい綺麗だ。全裸だからだけではない。全身から匂い立つほど凄味のある美しさだ。牝獣は、フェロモンによって限りなく美しく変化する。
 巨人の女は、和式トイレに跨るように、街の真上に腰を鎮めた。改めてその大きさに驚嘆する。こんな姿勢で500m四方あるこの街全体を楽々と跨げるのだ。もし、この巨大なヒップが真下に落ちてきたら、この街はひとたまりもなくペシャンコになってしまうだろう。次は上空から右手が降りてきた。危ない!物陰に隠れろ!1ブロック向こうの高層ビルが、この巨大な手で鷲掴みにされた。巨人の女は、街全体に覆いかぶさるように四つん這いになった。少し前方ににじり寄って、重心を両手に移した。ヒップを高く、高く突き上げる。形の良い乳房が、自分自身のの重みで尚更突出し、真下にいる地球人たちに迫ってきた。

「ああああああああああああ」

何事か白鳥座ε星語で叫んでいる。耳を劈く大音量だ。
あ!
ペニスだ。
 あの巨大なペニスが挿入されていく!
あんなに巨大なペニスが、巨人の女の中にずぶずぶと挿入されていく!
・・・・・・
生物の営みというよりは、まるで超自然現象だ。
 街全体がぐらんぐらんと揺れ動いた。マグニチュード8クラスの大地震が、いつまでも、いつまでも続いていく。崩れ落ちる建物も後を絶たない。逃げ惑う人々の上空では、ビル街を跨いで交合いあう巨大な男女が、街を震わせて咆哮し続けていた。
これが1000倍サイズの巨人による、壮大なスケールのセックスだった。

*****

「ふうううう・・・」
ロメルト書記官はベッドに腰をおろして大きく溜息をついた。
「凄い迫力でしょ。私たちが巨人になって、高層ビルの上でエッチするの。」
「いや、驚いたよ。この使い方はいいね。当たるな。」
2人の奇妙なセックスの一部始終は、ミニチュア都市の中にセットされたCCDカメラによって部屋のモニターに放映されていた。こびとたちの視点から見た、自分たち2人の圧倒的に巨大なセックスの姿である。驚きと、畏れと、優越感。3つが混じり合い、性欲を幾重にも倍増させた。2人は、狂ったように、まさぐり、求め合った。遊びなれたロメルト書記官でも、ここまで激しいセックスは経験がない。
「ロメルト、あなたのこのペニスだけど・・・」
「ん?」
「まだ、元気ある?」
「え?」
一見理知的に見えて、とんでもない淫乱女だ。まだやる気なのか?
「ふふふふふ」
モニカ先生はロメルト書記官の股間からコンドームを抜き取り、中に人差し指を入れた。
「・・・まだ何かするのかい?」
「ふふふ、ちょっとね。」
指先に新鮮なスペルマがぬるりとまとわりつく。
「こうするのよ。」
その指をそっと傍らのミニチュア都市に突き立てる。崩壊した建物の間に指を滑り込ませ、慎重に引き抜くと、指先を自分の目元に近づけた。
「ほうら、ぴちぴちしてるでしょ。」
「・・・?」
ロメルト書記官は眼を近づけてその指先を注視する。精液まみれのその指先に貼り付いて、じたばたと暴れる身長2mm弱のこびとたちの姿があった。
「ふふふ、小さいくせに、元気ねえ。」
モニカ先生は指先にこびとたちを貼り付けたまま、ロメルト書記官のペニスをくわえ込んだ。
「もがもが、ロメルト、もごもが、もうちょっと頑張ってみて。」
「あ!」
身体は正直だ。もはや精も根も尽き果てたと思っていたのに、美女にフェラチオをしてもらえばたちまち元気回復である。ロメルト書記官は自分のタフさぶりに苦笑した。
「・・・勃ったね。」
「すごいわ。ロメルト、すごいわよ。」
モニカ先生は満足そうに微笑むと、指先の地球人たちを精液ごとロメルト書記官の亀頭部になすりつけた。
「さ、ロメルト、もうひと頑張りよ!」

*****

「うわああああああ」
「こ、ここはどこだ?」
巨人の女の指先に絡めとられていた人々は、ぬるぬるした粘液ともどもどこかに擦り付けられた。
「み、身動きが取れないよ。」
「ああ、この粘液が身体から離れないんだ。」
「なんだろう、こいつは?」
「俺は・・・わかるよ。」
一人の男がぽつりと呟いた。
「え?」
「みんなも見当がつかないか?この臭い・・・」
「臭い?」
そういえば、生臭い、青臭い、なじみのある臭気だ。これは、これは・・・
「・・・精液か・・・」
「そうだ。そして、いま俺たちが貼り付けられているのはその発射台だ。」
「発射台?」
「亀頭だよ。それも尿道口の真上だ。」
「ええ?!」
改めて周囲を見回してみる。彼らはこんもりと盛り上がったドーム状の丘の頂上にいた。ただし、その頂上には深い穴があいている。彼らの真下だ。どのくらい深いのかもわからない。ただ、彼らの身体とともに擦り付けられたこのぬるぬるした粘液で塞がれているので、取りあえず堕ちる心配はない。そのかわり、粘液に捉えられているため移動することもできないのだ。この粘液は精液であり、ドーム状の丘は亀頭、そして深い穴は尿道口だというのか・・・
「おい」
誰かが注意を促した。みんな一斉に上を見る。上空から、巨人の女が彼らをうっとりと見下ろしていた。
「ど、どういうつもりだ?」
「・・・こういうつもりだな。」
「え?」
巨人の女は右手を差し出し、彼らの貼り付いている亀頭よりも下の部分をがっちりと握った。続いて、凄まじい縦揺れが彼らを襲った。
「うわあああああああ」
「お、女が、巨人の女が、手でしごきはじめたぞ。」
「やめろ!やめてくれ!そんなことしたら・・・」
巨人の女はお構いなしだ。一心不乱に巨大なペニスをしごき続ける。しこしこ、しこしこ、しこしこ、しこしこ・・・
「なんだか、熱くなってこないか?」
「ああ、周囲がもっとせり上がってきたし・・・」
「硬くなった。明らかに硬くなったよ。」
「危険だ。もう危険だよ!」
「やめてくれ!頼むからやめてくれ!」
亀頭の上の地球人たちは、願望を込めて巨人の女を見上げた。彼らの叫びが届くはずもない。涎を垂らし、憑かれたような表情でペニスをしごき続ける。しこしこ、しこしこ、しこしこ、しこしこ・・・
「うわああああ、やめてくれ!!お願いだ!!やめてくれ!!」
「もう出る。出るよ。出てくるよ!」
「やめてくれえええええええ!!!」
しこしこ、しこしこ、しこしこ、しこし・・・
どぴゅ!
地球人たちの足元から、彼らの身体もろとも新鮮な精液が上空に向けて発射された。

*****

ぴちゃ!
ロメルト書記官のペニスが発射した精液は、モニカ先生の美しい右頬に命中した。モニカ先生は人差し指でゆっくりとこれを拭い取る。
「ああ、ご、ごめんよ。」
「うふ、いいのよ。それより見て。」
モニカ先生はロメルト書記官の目の前に、精液まみれの指を突き出した。
「ほら、こびとが混じってるわ。」
「ほんとだ。」
目を凝らしてみると、白い半透明な精液の中に蠢いている小さな人影があった。何人もいる。みんな、手足を動かしてじたばたと暴れている。悲しいかな、全く無駄な抵抗だ。
「僕のペニスの先端から飛んでいったんだね。」
「あなたの精液に混じってね。ふふふ、愉快だわ。」
ふと思いついて悪戯っぽく笑うと、その指先を口元に近づけた。
「あーん」
指先のこびとたちが恐怖のあまりに更に大きく暴れ出す。しかしそのか細い力では巨人の精液の強力な粘性から抜け出すことは到底できなかった。
「怖い?」
指を口元から離して、もう一度目の前でゆっくりと観察した。こびとたちは指先で必死になってもがいている。なんと非力なことか。思わず口元がほころんでしまった。
「怖がらせるだけで、何もしないって思ってるでしょ?」
モニカ先生がもう一度大きく口を開ける。
「残念でした。ほんとに食べちゃうわね。」
ぺろ。んんん、ごっくん。
「んー、美味しい・・・」

*****

「何か飲む?」
モニカ先生は素裸の上にガウンだけ羽織ってベッドから降り立った。
「そうだな。何か冷たいものが欲しいな。」
冷蔵庫を覗き込みながら、モニカ先生が答える。
「冷えたシャンパンがあるけど、どう?」
「いいね。」
モニカ先生は冷蔵庫からシャンパンのボトルとグラスを取り出した。
「私ね、あなたに謝らなくてはならないわ。」
「ん?」
「あなたの計画を聞いて、実は残酷だなって思ってたの。」
「ふうん。」
「でも、今はそんな気持ちもなくなっちゃったわ。」
ぽん!シャンパンの蓋が開く。
「実際に、愉快だったわ。とても爽やかな気分よ。」
「そうだろ。」
「砂粒を踏みにじっても何の感慨もないわ。」
とくとくとく。シャンパンをグラスに注ぐ。2つのグラスはピンク色の液体で満たされ、真珠のような気泡が立ち上った。
「でもそれが蟻だったら、多少は意味が違うわよね。」
「ふふ」
ロメルト書記官は起き上がって、裸のままベッドに横座りした。
「その蟻が人間の形をしていたら?」
「インパクトはもう全然違うわ。もう、脳天を突き上げるような快感よ。」
モニカ先生はグラスをトレイに載せて、ベッドに運んできた。
「あなたの言ったとおりよ。これは攻撃的な潜在意識が解放されるからに違いないわ。いくらでも供給できるペットで、こんな思いができることは素晴らしいことね。」
「ふふふ」
モニカ先生はトレイをサイドテーブルに置くと、ロメルト書記官の傍らに腰を下ろした。
「・・・で、私は教育者だから、大切なことを思いついたの。」
「なんだい?」
「このペットは、積極的に子供たちにも供給すべきだわ。」
「?」
「非行の防止に役立つからよ。」
「・・・」
「未成年者の非行は、抑圧された攻撃的潜在意識のいびつな表出が主な原因だわ。だからこれを解放させるために学校教育ではスポーツを奨励しているのよ。」
「ふんふん。」
「それでも非行はなくならないわ。きっと、解放が不十分だからね。」
「なるほど。それで・・・」
「そう、これを使えばいいの。」
モニカ先生はベッドの傍らの半ば壊れたミニチュア都市を指差した。
「子供たちに弱い者虐めをさせるのよ。地球人たちを虐めて、虐めて、虐め抜かせるの。貯まった破壊的エネルギーを、彼らに向けてぶつければいいのよ。そうすれば、きっと青少年のいじめや非行はなくなるわ。名案でしょ?」
「なるほど。それはいい考えだ。」
ロメルト書記官は肯いた。
「青少年の教育に好ましいということになれば、おそらくはやりすたりにとらわれず市場の需要も安定するよ。そうなれば地球人の種の存続も未来永劫に渡って安泰だ。彼らにとっても好ましいことだね。」
「地球人も喜んでくれるかしら?」
「それは当然さ。」
「ふふふふふ」
「ははははははははははは」
ひとしきり笑った後で、モニカ先生はサイドテーブルの上のトレイに手を伸ばした。。
「ちょっと興奮しておしゃべりしすぎちゃったわ。これじゃ、せっかくのシャンパンの気が抜けちゃうわね。」
グラスの一つをロメルト書記官に手渡す。
「はい。」
「ありがとう。」
ロメルト書記官はグラスの中のピンク色の液体を見つめた。
「・・・ロゼだね。」
「ええ。」
「これも『薔薇色』だ。」
「そういうことになるわね。」
「じゃ、僕らも地球人たちの前途を祝うことにしよう。」
2人はグラスを持ったまま見つめあった。
「彼らの『薔薇色の夜明け』に、乾杯!」
・・・かちり・・・

*****

「宇宙船を発見しました!」
筑波山頂の天文観測所に研究員の声が響き渡った。
「前の2回と方向も距離もほぼ同様です。ただ・・・」
「ただ?」
「大きいです。前2回のものに比べても遥かに巨大だ。しかも多数います。」
「多数?」
「はい。少なくとも10隻以上は確認できます。もっと多いんじゃないでしょうか。」
「・・・いよいよだな。」
主任研究員が呟いた。
「あの巨大エイリアンたちの、本格的な地球侵略行為が始まったんだ。」
「ち、地球人は対抗できるますか?」
蒼い顔をして一人の若手研究員が尋ねた。
「まず、無理だろう。」
「核を、米軍の核を使ってもダメですか?」
「見たまえ。」
主任研究員は、いまやモニター画面にもうっすらと映し出されるようになった白鳥座ω星の宇宙船団を指差した。
「彼らは恒星間飛行をしてきたんだ。その科学力はわれわれとは比べ物にならない。そんな相手が、核攻撃に対する備えを怠っているとはとても思えないよ。」
「じゃ・・・」
「手も足も出ないな。」
「い、嫌だよ!俺は嫌だよ!!」
別の一人の若手研究員が、急に髪の毛をかきむしりながら叫んだ。
「俺は死にたくないよ。死にたくない・・・そして、そして、もっと大切なことは・・・」
男はかっと見開いた目で虚空を睨みつけた。
「人類が・・・人類が、滅んでしまっちゃいけないんだよ。なんとしてもこの種を残したいんだよ。そうだろ?みんなもそう思うだろ?・・・だって、だって、俺たち生物は、子孫を残すために、自分の遺伝子を後世に引き継ぐために、愚直に、頑固に、必死になって、生命の営みを続けてきたんじゃないか!46億年の間、そうやって頑張ってきたんじゃないか!それがここで終わっちまっていいのか?それは嫌だろ?困るだろ?なあ、俺だけが突飛な意見を言ってるんじゃないよな?どんなピンチになっても、希望を失いたくないだろ?」
「・・・そうかもしれない。」
黙りこくっていた所長が口を開いた。
「我々の本能は、いかに絶望的な状況におかれても、人類の種の存続を選ぶだろう。そもそも、我々が皆殺しになると決まったわけではないのだ。だが・・・」
「だが?」
「その決定権は、既に我々にはない。」
所長は既にモニター画面にしっかりと捉えられるようになった多数の巨大宇宙船を指さした。
「我々の種の将来は、彼らの手に委ねられるのだ。」

*****

地球が白鳥座ω星人によって侵略されてから、早やもう1年が経過した。地球人は白鳥座ω星人のペットとなって、その種の存続が保証された。
ペットとして地球人は大ヒット商品となった。工場では、地球人のクローンがフル稼働で製造されたが、当初は人気に供給が追いつかないほどであった。クリッチが持ち帰ったサンプルたちも、クローンの貴重な鋳型として生産工程に回されたほどだ。
1年たった現在では、クローンの生産工程も安定し、ほとんど無尽蔵な供給が可能になった。価格も低下し、ティーンエイジャーたちにも手が届くようになった。これは政府の方針にも合致していた。何故ならば、ペットとしての地球人たちの効能の一つが、未成年者の非行の防止であったからである。実際に、地球人がペットとなって以来、統計上の非行件数は激減していた。もともと切れ者で通っていたロメルト書記官の評価も、政府部内で改めて高まったものと思われる。

*****

「クリッチ、今日はね、いま流行のものを買ってきたんだよ。」
「なあに?」
「ふふふ」
フランツは包みを開けた。50cm四方の台座にのったミニチュア都市が現れた。
「あ!それは!」
「そうさ、いま大ブレイク中のおもちゃ人間の街だよ。」
「おもちゃ人間・・・」
モニカ先生にサンプルを渡して以来、地球人たちを見るのは初めてだった。もちろん、いまや彼らが白鳥座ε星人のペットとなっていることは知っている。なにしろペットとしての地球人は大人気なのだ。見た目が白鳥座ε星人そっくりな1/1000サイズのこびとである。ストレス発散にはうってつけだった。彼らを使った様々な遊びが考案されたが、いきおいラフな遊びが主流になる。しかし地球人の価格は安い。じゃぶじゃぶ消費してもへっちゃらだ。ほんとうに小鳥の餌に使用する者もいた。自分よりも100倍も大きな手乗り文鳥に生きながらついばまれる気持ちは、いったいどんなものだろう?クリッチにとっては悲しい現実だった。
「さあ、クリッチ、今晩はいま流行ってる遊びをしようぜ。このおもちゃ人間の街を跨いでエッチをするのさ。おもちゃ人間たちにその一部始終を見せてつけてやるのさ。フィニッシュの手前で抜いて、奴らにうまくザーメンをひっかけることができたら2人は幸せになるっていう話だぜ。」
「ふうん・・・」
そんな遊び方があることも聞き知っていた。胸が痛んだ・・・
でも、仕方がないのかもしれない。冷静になって考えてみれば、地球人が白鳥座ε星人に肩を並べる点なんて一つも見つからない。ただの下等生物に過ぎないのだ。
 今、冷静になって思う。地球人にはペットの立場が似合う。本来ならば淘汰されて然るべき、力のない、哀れな下等生物だ。こうして白鳥座ε星人に保護されて、種の存続まで保証されたことは幸運以外の何ものでもない。その扱われ方なんかに文句をいう筋合いはないではないか。玩具として永遠に恐怖と屈辱にまみれた道を歩むとしても、何の問題もないではないか・・・その通り、理屈ではわかる。問題はクリッチの気の持ちようだけだった。
 フランツはそんなクリッチの動揺にはまるで気づいていない。
「CCDカメラ、使ってみるかい?1000倍の巨人になった自分たちが、高層ビルを跨いでエッチするところが見られるぜ。」
「・・・いいわ、私はやめておく・・・そのかわり、ちょっと待ってくれない?」
「え?」
「この玩具を一人でよく見てみたいのよ。」
「?」
クリッチはやおら真っ赤なメタルカラーのボディースーツを脱ぎ、一糸まとわぬ姿となってミニチュア都市を一跨ぎした。腰を屈めて、真下を見下ろす。そのミニチュアの街並みを、小さな小さな地球人たちが埋め尽くしていた。
 それでいいの?
いくら種の存続が保証されたからって、あなたたちはそれでほんとうにいいの?
だって、あなたたちは、かつては、しかもついこの前までは、一つの惑星全体の生態系の頂点に君臨していたのよ。惑星全体が、あなたたちの足下にひれ伏していたのよ。それがどう?この有様は・・・アリンコ以下じゃない。頂点どころか、最底辺よ。もう、誰も
あなたたちの思い通りにできる相手はいないのよ。アリンコになって、オモチャにされて、それでも媚びへつらって生きていくの?耐えられるの?そんな状態が?・・・そんな状態で生かしてもらってることが、あなたたちにとってほんとうに「薔薇色の夜明け」なの?
 眼下のこびとたちは、見下ろすクリッチの視線から逃げるわけでもなく、むしろその数を増しているように思われた。おそらく建物から次々と戸外に出てきているのだろう。よく眼を凝らして見ると、皆、上空のクリッチに向かって振っている。歓迎の意志なのだろうか・・・
「・・・ごめんなさい・・・やっぱり、あなたたちは・・・ただの虫けらにしか見えないわ・・・」
クリッチは頭を振って立ち上がった。

*****

「逃げろ!」
巨大な全裸の少女が現れた。高層ビルを遙かに超えて、この街全体を軽く一跨ぎしている。そして、思い詰めた表情で真下の自分たちを見下ろした。何かある。これからきっと何か危険なことが始まるに違いない。なぜならば、自分たちは玩具としてこの巨人たちに弄ばれる目的でクローンされたに過ぎない存在だからだ。きっと酷いことをするに違いない。街に閉じこめられた地球人たちは、安全な場所を求めて狂ったように逃げ回った。
「ほら、君もだ!こんなところで突っ立っていちゃ危険だよ!」
逃げまどう群衆のうちの一人の男が、通りの真ん中でぽつんと佇むアジア系青年の手を引いた。
「さあ、早く!」
「え、ええ・・・」
怖くないことはない。いや、はっきりと怖いのだけれど、それ以上に強く惹きつけられるものがあって、その場を動くことができなかった。
「ほら、何をしてるんだ!」
「え、ええ・・・」
「もう、知らないぞ!!!」
男は、その場を動こうとしない青年を見放して去ってしまった。その後も彼は憑かれたように上空の彼女を見上げる。とてつもない大きさだ。どうせこんな小さな街では、どこへ逃げたところで安全なはずはあるまい。
 それにしても何だろう?この妙に懐かしい気分は?
 僕はついこの間、工場でクローンされたばかりだ。彼女には、今まで出会ったこともない。それではこの甘酸っぱい気分は何だ?クローンされた人間の過去の記憶か?まさか!そんなものが、たかだか体細胞由来のクローンに残っているはずはないじゃないか。そのくらいは地球人レベルの劣悪な知性しかもたない僕にだって理解できるよ。それに、どうしてたかだか地球人のクローンである僕が、白鳥座ε星人の少女に特別な感情なんかを抱くことができるんだ?・・・これはただの既視感だよ。きっとそうだ。そうに違いない。
 そうだ。確かにそのはずだ。ところが、青年はこの少女の栗色の瞳に射すくめられていたのだ。
上空から彼を見つめるその瞳の奥に、妖しい炎が宿り、彼の姿を釘付けにした。
彼はもはや身動きすることもかなわなかった。それは、不快なことでもなかった。
 ふいに、彼女は片足を挙げ、この街の上空に振りかざした。街のあちこちで一斉に絶叫があがった。彼女は無表情なまま、ゆっくりと足を振り下ろしてくる。彼女にとって、確かにゆっくりだ。しかし、街の中の地球人たちにとってはもの凄い速度である。
迫ってくる。
唸りを上げて、巨大な素足が迫ってくる。
とても逃げる間もない。人々は、みな両手で頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。だが、彼だけは身じろぎもせずその足を見上げていた。
・・・
 覚えている。
僕は確かに覚えている。
この少女に、こんなふうに、僕は踏まれたことがあるのだ。
 その足が、その巨大な足が、いま、また彼の目の前にある。
 もはや恐怖は一切覚えなくなっていた。
 巨大な足が更に近づいてくる。
 更に更に近づいてくる。
 その巨大な全貌が、視界いっぱい、いっぱいに、拡がってくる。
 そして、彼の時間は止まった。
 ・・・
 暖かい。
 芳しい
 力強い
 神々しい
 ・・・
 ・・・・・
 ・・・・・
 愛おしい
 ・・・
様々な感情が眩い怒濤のように流れ込み、彼の理性はスパークした。崩壊した。うっすら漂う臭気すらも香しい。この足のもとでならば、命を捧げることすらも惜しいと思わない、いや、この足のもとでこそ、命を捧げるにふさわしい。僕は、この足で踏まれるためにこの世に生まれてきたのだ。彼はかっと目を開き、歓喜に溢れ、そして、狂おしいほどに射精した。
 つかの間の恍惚であった。
どごおおおおおおおおおおおおおん
凄まじい衝撃の後、全ては沈黙の闇に葬り去られた

*****

 意を決して、クリッチはミニチュア都市に片足を踏み入れた。踵から、ゆっくりとつま先にかけて、建物がぐしゃりと足の下で瓦礫にかわっていった。ひと踏みで街の大半はぺちゃんこになった。その足を挙げ、もう一度踏み入れる。更にもう一度踏み入れる。踏んだ足をぐりぐりと動かす。そのたびにわき起こる絶叫は、次第にその音量を減らし、最後には全くの静寂となった。もう、この街に生き残っている地球人はいないだろう。
 だめ押しだ。最後にゆっくりと足を踏み入れ、力を入れて踏みしめて、そしてそっとどけてみた。廃墟と化した街の瓦礫の山に、くっきりと綺麗な足形が残った。
ツトムのクローンが葬り去られたその足形の上に、ぽたぽたと、大粒の雨が降り注いだ。

*****

 突然のクリッチの行動に、フランツは眼を丸くした。
「何をするんだクリッチ!せっかくの玩具が滅茶苦茶じゃないか!」
「・・・こんなもの、いらないわ・・・いらないのよ、フランツ・・・」
クリッチはフランツに背を向けたまま、とぎれそうな声を絞り出した。
「玩具なんか使わないで・・・2人っきりで・・・しましょ・・・」
 溢れ出る涙を隠して、思い切り陽気に声を繕う。
「さあ、フランツ、何してるのよ、早く来て!早く脱いでよ!今晩は、めいっぱい楽しむのよ!」

薔薇色の夜明け 終