この物語は1997年にネットで公開されたお話を2004年風にマイナーリライトしたも
のです。完全な成人主題とも思えませんが、念のため18歳未満の方は読まない方が
無難だと思います。スカトロなので18歳以上のみなさんもお食事前に読むのは控え
た方がいいかもしれません。なお、無断転載はご勘弁下さい。


茶色い巨塔(マクロの決死圏2004)
by JUNKMAN

 「第一内科、野比教授のご回診でーす。」
 婦長さんの号令のもと、毎度おなじみ大名行列の始まりである。教授を先頭に、婦
長、助教授、講師、助手、医員、研修医がずらりと揃い、病室に入ってみると患者はベ
ッドの上に正座して待っていたりして、なんだかもーわけわからない。さすがに最近で
はあんまり流行らなくなったけど、一部ではなおしぶとく生き残っている前世紀の遺物
的光景だ。
「新入院患者です。」
受け持ちを言い渡された若手医員の岩崎が進み出る。
「山内瑠美殿。16歳女性。主訴は腹痛、腹満です。家族歴、既往歴に特記事項はあ
りません。」
「うむ。」
教授はベッド上に横たわる患者を見やった。海老のように背を曲げながら、両手で腹
部をおさえて脂汗たらしている。
「痛そうだね。」
「ええ。」
「診断は?」
「今のところ確定していません。」
「そうか・・・」
 カチャーン。
 教授はいきなり白衣のポケットから銀色のスプーンを取り出して、患者の足元に放り
投げた。
「な、なにをなさるんですか、教授?」
「見てのとおりだよ。」
 ・・・
 沈黙を破って、講師の原が教授の背後から尋ねた。
「教授・・・それはもしかして、『匙を投げた』、という意味ですか?」
 教授はにんまりと笑いながら頷いた。
 ・・・
 おおおおおおおおお
 ずらりと並ぶ医局員たちから感嘆の声が漏れた。太鼓持ちの助教授などはぱちぱち
と手をたたき始める。
「さあっすがは内科学の権威野比教授。この緊迫した臨床の最前線においてもユーモ
アの心を忘れない。そのくらいの余裕がなければ瞬時に冷静な判断なんて下せない、
ってなわけですねえ。いやあ、またまた勉強になりました。しかもギャグの切れ味も一
級品。小道具まで用意してくるなんて憎いですねえ。素晴らしい。素晴らしい。なんて
素晴らしいんでしょう!!」
「んふふ。まあ、君たちも頑張って精進するように。」
教授は満足そうに頷くと、瑠美にくるりと背を向けて立ち去ろうとした。
「せ、先生!」
でもこれでは当の患者である瑠美がおさまるはずはない。
「私の病気は?」
「ん?」
呼び止められた教授は不機嫌そうに振り返った。助教授が慌てて中に割って入る。
「こらこら、君、なにを言ってるんだ。君の番はもう終わったんだよ!」
「で、でも・・・」
教授はゆっくりと口を開いた。
「もう一度だけ説明しよう。」
「はい。」
「原因がわからんから、手の施しようがない。」
「・・・」
瑠美は両手で顔を覆ってわっと泣き出した。それはそうだろう。医者からこんなにきっ
ぱりと見放されたのだから。
「先生、なんとか、なんとかならないんですか?」
「無理だな。」
「そこをなんとか、先生だけが頼りなんです。何か、何か方法は?」
きらり。教授の眼が怪しく輝いた。
「・・・方法は・・・こほん、ないわけでは、こほん、ないが・・・」
「なんですか、先生?何か治る方法があるんですか?」
「それは、うむ・・・い、いや、ダメだ。危険すぎる。忘れてくれたまえ。」
教授は再びくるりと背を向ける。その背に瑠美はすがりついた。
「そんなこと言わないでください!先生!お願いです!私を助けて!」
教授は振り返って瑠美の目を見つめた。
「どんな危険にも、どんな苦しみにも、耐えらるかね?」
「耐えます。耐えてみせます。」
「そうか・・・」
教授の鼻の下がびろーんと伸びた。
「岩崎君。」
「はい。」
「後でこの患者の腹部レントゲン写真を撮って教授室に持ってきたまえ。」
「はい、わかりました。」
「うむ。それと、君。」
「え?僕ですか?」
急に振られた原は、慌てて教授の方に向き直った。
「君も岩崎君と一緒に来てくれたまえ。」
「はあ・・・」

*****

 呼び出された岩崎が教授室の扉を開けると、そこには既に教授と原が待っていた。
「遅くなりまして。」
「いやいや、まあ、そこに掛け給え。」
教授は丸い眼鏡を掛けなおしながら岩崎にソファーを勧めた。
「で、岩崎君、レントゲンは?」
「はい。これです。」
岩崎は携えてきたレントゲン写真を、手早くシャーカステンに貼りつけた。
「原君、どう読むね?」
原は席を立ってレントゲンを近くからしげしげと眺めた。
「腸閉塞ですね。」
「うむ。」
教授は満足そうに頷いた。
「ボクの初見時の暫定診断通りだな。」
「閉塞部は回盲弁周辺です。結腸の最大径は10cm、いや、12cmはあるかな。うーん、
これはかなり厳しい。」
原は教授のたわごとなど気にも留めずにレントゲン読影を続ける。医局には珍しく媚
びない姿勢を貫く男だ。当然、岩崎たち若手医師の人望も厚い。そんな原のことを、
実は教授も高く評価しているようだった。
「早急に手を打たないと穿孔して汎腹膜炎になるでしょう。そうなると予後は悪いです
ね。」
「うむ。だがね、確定診断がつかなきゃ手の施しようもないだろ。」
通常、大腸疾患の確定診断は逆行性ファイバースコープ検査で下される。だが、完全
な腸閉塞で大腸ガスが危険なレベルまで貯留してしまった場合、ファイバースコープ
検査を施行することはできない。その機械的刺激によって大腸を破裂させてしまう恐
れがあるからだ。
「残念ながら確定診断をつける時間的余裕はないでしょう。」
原は教授の方に向き直って言葉を続けた。
「ともかく開腹して、とりあえず外科的に腸閉塞を修復すべきです。」
「ところが、それがダメなんだ。」
教授は両手でお手上げのポーズを取った。
「この患者はまだ16歳の女子高生だ。腹部にメスを入れてキズモノにされるのだけは
勘弁なんだとさ。」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。説得して、是非とも手術を受けさせるべき
です。さもなくば命が危ない。」
野比教授はまたしても首を横に振った。
「いいかね、原君。医療は契約関係だ。クライアントたる患者の希望しない治療を選択
する権利は我々医師にはないんだよ。」
「かといって教授、このまま手をこまねいて見ていても・・・」
「手をこまねいているわけではない。そこで、新しい治療法を試してみようかと考えた
のだ。」
教授は机の引き出しの中から懐中電灯のような物を取りだした。
「これを使う。」
「何ですか、それ?」
教授は嬉しそうに目尻を下げながら説明を始めた。
「これはね、こうやって使うんだよ。」
教授はその懐中電灯のような器具で傍らに立つ人体骨格標本に光を当てた。すると
あら不思議、実物大であった骨格標本はするすると小さくなって高さ1.5センチほどの
ミニチュアになってしまった。
「ははあ、これは珍しいですね。」
「元には戻せないんですか?」
「できるとも。そんなこと簡単だ。」
教授はミニチュアになってしまった骨格標本に再び光を当てた。するとその標本はぐ
んぐん大きくなり始め、たちまち元の大きさに戻った。
「ああ、戻った戻った。」
「はっはっは、元に戻せるだけじゃない。巨大化させることだってできるんだぞ。」
「ふうん、それは便利ですねえ。」
 読者のみなさんは原や岩崎の驚き方が少ないのに不審の念を抱いているかもしれ
ない。説明しよう。野比教授は以前から頭の上でプロペラを廻して空を飛んだり、なに
もない所からドアを開けて出てきたりと奇行の目立つ人物であった。これらの奇行に
は野比教授が少年時代から飼っているという青くて耳のない奇妙な猫の関与が噂さ
れていたが、本人に直接尋ねて確認してみたわけではない。不思議といえば不思議
だが、別に他人に危害が加わるわけでもないので「変わった人だ」という評価で片づ
けられていたのだ。だから今日こんな奇妙なアイテムを見せられても、原や岩崎など
の医局員たちはもう慣れっこになっていて驚きもしなかったのである。
「わかった!」
 岩崎が素っ頓狂な声を出した。
「教授は我々を縮小化して、患者の体内に送り込むおつもりですね?」
岩崎の推測を聞いて原の顔色も変わった。ところが、意外にも教授はまたしても首を
横に振ったのである。
「いやいや、君たちを縮小するなんて、そんな危険な目に逢わせるわけにはいかん
よ。」
 原と岩崎は顔を見合わせてほっとため息をついた。
 甘かった。
 野比教授は満面に笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「そうじゃなくて、患者を巨大化して、で、君たちにその巨大化した患者の体内に入っ
てもらおうと思うのだ。」
「ええ!?」
岩崎ばかりか日頃は冷静な原までが大きな声を出してしまった。
「そ、そんなことしていいんですか?」
「うん。患者はどんな危険を冒してでも我々の治療に賭けてみたいといっておった
よ。」
「ど、どうして巨大化なんですか?」
「治療者を縮小するとなると、いろんな器具やらも一緒に縮小しなければならないか
ら大変だしね。それに人間を縮小するのは倫理的にもどうかと思うしな。」
「巨大化するなら倫理的にいいんですか?」
「だって患者だろ?我々医療者を縮小したり拡大したりするわけじゃないんだよ。」
「で、でも、それじゃ・・・患者の人権は?」
野比教授は呆れかえった。
「・・・いかんなあ岩崎君。医者と患者の人権を同等に考えているようじゃ、ど素人とか
わらんよ。」
「はあ?」
と、首を傾げたのは岩崎ばかりである。
「申し訳ありません、教授。こいつはまだ医者になったばかりで、常識というものがよく
わかっていないのです。」
原が教授に頭を下げた。この件については原でさえ教授と意見が一致しているようだ。
げに怖ろしきは医局の倫理観である。
「もっと新人教育に力を入れなきゃいかんなあ。」
「以後、努力します。」
「ふむ。」
野比教授は口をへの字に曲げた。岩崎にはまだ納得がいかない。
「いずれにせよこの治療方針はもう教授会でも承認されたんだ。」
「特に反対意見とかはなかったんですか?」
「耳鼻科の宇井津教授が反対したよ。逆に患者を縮小すべきだとか言いおって。」
「それじゃかえって治療がしにくいじゃないですか!」
「どうせ産婦人科の豊賀部教授の差し金だろう。」
「ああ、またあのグループか・・・」
野比教授はこくりと頷く。
「それだけじゃないよ。神経内科の日久教授はね、患者の巨大化には賛成してくれた
んだけど、その倍率にこだわっちゃって・・・」
「倍率?」
「そうそう、最低でも1000倍、できればそれよりも大きく、って譲らないんだ。」
「それじゃでかすぎて治療できないじゃないですか。」
「もっと酷いのは整形外科の御堂教授。お胸だけ巨大化はできないものか?だとさ。」
「わがままですねえ。」
「さすがに学部長の慈母井教授の一存で却下されたけどね。」
「そうですか。」
「慈母井学部長にはまだまだリーダーシップを発揮してもらわなきゃいかんよ。まず
はサイトの復活から是非ともお願いしたいところだが・・・」
「教授、教授」
原が慌てて口を挟む。
「横道が少し踏み込みすぎです。」
「そもそもねえ・・・」
野比教授は遠い目をした。
「患者一人の命は地球よりも重いのだ。」
脈絡もない展開だが、これこそが殺し文句である。これを言われちゃ医者として言い
返す言葉はない。この「患者一人の命は地球よりも重いのだ」という言葉と「医者と患
者の人権を同等に考えているようじゃ、ど素人とかわらんよ」という言葉が平気で共存
しちゃって、しかもその矛盾に誰も気付かないところが医局の素晴らしさである。ベル
リンの壁は崩壊しても、白い巨塔は揺らぎもしない。というわけで既に決まってしまっ
た治療方針も覆るはずはないのである。
「原君、岩崎君、患者の命は君たちの双肩にかかっておるのだ。頑張ってくれたま
え。」
2人は観念して頷いた。

*****

 原と岩崎は、支給された宇宙服のような特殊スーツを見にまとい、酸素ボンベの付
いたフルフェイスのヘルメットを被って大学病院の屋上にやってきた。ここで待機する
ようにと言われたのである。手にしているのは特大のレーザーメスである。屋上には、
どうやって上げたのかわからないけど消防車が停まっていた。
「患者と野比教授はどこにいるんだろうな?」
「あ、あそこですよ。」
 病衣を着た山内瑠美は野比教授とともに病院の裏庭に佇んでいた。そう、治療が行
われるのは屋外なのだ。ま、巨大化させるんだから仕方ないよなあ・・・
 野比教授が何やら手を振って合図をしている。そろそろ治療を始めるらしい。
「どのくらいの拡大率でしたっけ?」
「200倍だよ。」
「というと?」
「患者は身長320メートルになるはずだ。」
「そ、そんなに大きいんですか?それにしても身長320メートルって、間近で見るとど
んな感じなんでしょうかね?」
 すぐにわかった。
 遠くに見える野比教授の手もとがきらりと光ると、次の瞬間、瑠美の姿はぐぐぐぐぐぐ
ぐと大きくなって、どんな建物よりも遥かに大きな巨大娘になった。うわあああ、でか
い!しかももちろん、すっぽんぽんである。
「きゃあ!!」
 巨大化した瑠美は、右手で胸を、左手で股間を隠して跪いた。
 ずうううううううん・・・
 大地が激しく振動して、屋上で待機している原と岩崎の2人も思わずひっくり返って
しまった。
 もうもうとした土煙が晴れた頃、スピーカーから野比教授の声が響いてきた。
「よおし、それでは治療を始めよう。原君、岩崎君、消防車の梯子の上に昇ってくれ給
え。」
ああ、そういう意味だったのか。2人はうなだれながら、一段ずつ梯子を登り詰めてい
った。
「よしよし。じゃ、瑠美君」
「はい」
「その梯子の先端に肛門をあてがってくれ給え。」
「・・は、はい」
瑠美の表情に逆らいがたい羞恥というか恥辱というかが浮かび上がる。可哀想に。覚
悟していたとはいえ、辛いよねえ16歳の女の子には。仕方ないのだ。大腸疾患なん
だからアプローチは肛門からに決まっているのだよ。
「さあ、早く。」
「・・・・・はい」
意を決した瑠美は、立ち上がってくるりと背を向けながら大学病院を一跨ぎし、徐々
に腰を深く沈めてきた。
「おおおお」
「も、ものすごい光景ですね。」
「・・・うむ。」
消防車の梯子の上に降臨してくるとんでもなく巨大な臀部を見上げ、原と岩崎は自分
たちの使命の困難さを自覚した。
「行くぞ。」
「はい。」
梯子の先端が巨大な菊の紋所に接したことを確認し、2人はいよいよ未知の世界へ
の冒険に踏み出す・・・つもりだった。
 ところがうまくはいかないものである。特に若い女の子などは、こういう場合こそばゆ
くてついつい肛門括約筋に力が入ってしまうのだ。肛門括約筋の筋力は馬鹿にでき
ない。しかもそれが200倍サイズの巨大娘となれば、大の男が束になってかかっても
びくともしないのだ。
 苦労している2人を見かねて、遠くから野比教授が声をかけてきた。
「おおい、瑠美君」
「はあい」
「もうちょっとお尻の力を抜けんかなあ。」
「はあ・・・」
一瞬、肛門括約筋の緊張が緩んだ。いまだ。原と岩崎の2人は揃ってその隙間に両
手を突っ込んだ。その次の瞬間、再び肛門は岩のような緊張に包まれた。
「あああ、先生、だめですう。くすぐったくて、どうしても力が入ってしまいますう。」
瑠美は野比教授に泣き言をいった。肛門に貼り付いている2人のことは特に気にも留
めていないようである。
「しようがないな。じゃ、君が彼らを入れてやってくれたまえ。」
「はあ?」
「だから、君が指で突っ込むのだよ。」
「・・・」
「ほら、早くしたまえ!」
「・は・・・はい・・・」
 瑠美は少し腰を浮かせた。両手だけが肛門内にくわえ込まれている原と岩崎の2人
は足場を失って宙吊りになった。
「うわあああ!!」
「・・・・・・」
 毒食わば皿まで。瑠美は目をつむり、右手の人差し指を肛門に、えいっ!、と突き
立てた。
 ずぶりっ!
 ・・・・・・
 あっけないほど簡単であった。四苦八苦していた原と岩崎を、巨大な人差し指は
軽々と肛門内部へ押し込んでしまったのである。今思えば、この時点で瑠美はもう相
当自暴自棄になっていたようにも思われる。
 さて、肛門括約筋さえ突破すれば中の直腸腔はそれなりに広くて、もうなんの障壁
もない。とりあえず2人はここで持ち込んだ器具の点検を行った。
「原先生、」
「ん?」
「何だか僕たち座薬になったみたいですね。」
「・・・」
原は不機嫌そうに黙りこくると、ヘルメットの先端につけた明かりを点灯して奧へと這
い進み始めた。

*****

「ようし、それじゃあ瑠美君、四つん這いになってくれたまえ。上体を立てたままの姿
勢では、彼らが大腸の中を進みにくいんだよ。さ、早く。」
野比教授はいつの間にかヘリコプターに乗り込んで、スピーカーを使いながら瑠美に
指示を与えた。
「は、はあい。」
瑠美は言われたとおり、大学病院に覆い被さるような恰好で四つん這いになった。野
比教授はまだ不満そうである。
「うーむ、それではいかんなあ。もう少し、尻を上に突き上げないとな。」
「はあ?」
「彼らは肛門から逆行しているんだよ。だから尻を上にした方が進みやすいだろう。」
「は、はあ・・・」
瑠美はやむなく思いきり尻を上に突き上げた。牝獣が「ちょうだいちょうだい」とおねだ
りするポーズである。
「おうおういいねえ、いいよいいよ、むふむふむふ」
やたら嬉しそうな野比教授を横目で眺め、瑠美にもようやく医療に対する漠然とした
不信感のようなものが芽生えてきたようだ。でも、もう遅すぎるよね。
 ところで、受毛大学医学部付属病院は小高い丘の上にあって、ここからは海岸沿い
に広がる受毛市の中心街が一望のもとにに見渡せる。ということは何を意味するか?
街のどこからでも大学病院はよく見えるということである。素っ裸で四つん這いになっ
て尻を突き上げた身長320メートルの女子高生の痴態は、受毛市民の目前に余すと
ころなくさらけ出されたのであった。
「けけけけけ、医療も進歩しましたなあ。」
「しかも、一般に堂々と公開するするところが立派ですねえ、でへでへでへ。」
「うけけ、『開かれた医療』ですか。」
「結構なことです、ふぁっふぁっふぁ。」
 野比教授の診療方針は、一部の特殊な市民たちにはおおむね好評だったようであ
る。
 しかし・・・
 ああ、しかしである。
 やがて彼らの身に大いなる危機が迫るとは、この時点で誰が予測しえたであろう
か。

*****

 S字結腸を越えると、その先は比較的単純な行程だった。取り立てた異常も認めら
れない下行結腸、横行結腸を無難に踏み越えた原と岩崎の2人は、慎重に上行結腸
を遡っていた。ここを降りきると大腸と小腸の接合部、すなわち問題の回盲弁である。
緊張感が否応なしに高まってきた。
「間もなく回盲部ですね。」
「うむ、そろそろ閉塞部が見えてくるはずだ。」
そのとき、前方にぬらりと光る白い影が現れた。
「何だ?」
岩崎はその影の方向に明かりを向け、絶叫した。
「う、うわあああ、か、怪獣だあああ!!」
あまりの光景に原も息を呑んだ。直径2メートルほどの巨大な白い軟体動物型の怪獣
が、数え切れないほど集まって、回盲部をびっしりとうめながらゆらゆらとひしめきあ
っている。
「は、は、は、原先生、逃げましょう。」
「待て。」
はやる気持ちを抑えて、原はじっとその怪獣の群を見つめた。
「岩崎、これは回虫だ。」
「か、回虫?」
 回虫。うどんのような外見でお馴染みの代表的な消化管寄生虫である。読者のみ
なさんもその懐かしい響きに浸っておられるかもしれない。
 しかし、回虫症は決して過去の疾患ではない。有機農業ブームにともなって、むしろ
昨今は増加中なのである。特にダイエットを目的として生野菜を多量に摂取する若年
女性に著しく増えている。
「この女子高生も、おおかたダイエット目当てに生野菜を食いまくっていたんだろう
な。」
「は、原先生、そんなことはいいですから早く逃げましょう。もし回虫だとしたら、拡大
率から考えて、連中は体長20メートルくらいある化け物ですよ。」
「慌てることはない。良く見てみろ。」
すっかり落ち着きを取り戻した原は、ひしめきあう巨大な回虫の群を指さした。
「連中は増えすぎて、あそこで身動きがとれなくなってるんだ。これが腸閉塞の原因だ
な。」
「はあ、回虫塞栓症ですか。」
そんな馬鹿な!と考えるみなさん、回虫塞栓症という疾患は本当にあるのです!増
えすぎた回虫が小腸と大腸の継ぎ目に挟まり込んで身動きがとれなくなるという、実
に壮絶な病態です、あわわ。
「身動きが取れないんだから俺たちを襲ってくるって心配はないさ。奴等が届かない
距離からレーザーメスで攻撃してやれ。」
確かにそれならばこちらに危険はなさそうである。原と岩崎はそれぞれレーザーメス
を巨大な回虫の群に向けて発射した。
「大腸粘膜を傷つけないように気をつけろよ。」
「はい。」
 ジー、ジュッジュッ
 ジー、ジュッジュッ
 思いのほかたわいもない相手だ。レーザーメスが命中するや否やのたうちまわって
いた巨大な回虫はすぐにぐったりしてしまう。一撃必殺。相手が巨大なだけに結構充
実感もあったりして爽快なハンティングだ。
 ジー、ジュッジュッ
 ジー、ジュッジュッ
 10分ほどレーザーメスを撃ちまくると、もはや動いている回虫の姿はなくなった。
「なあんだ、全然たいしたことない連中でしたね。」
「巨大化したところで、たかが回虫さ。」
「へへへ、人間様の敵ではないってことっすねえ。」
 ジー、ジュッジュッ
岩崎は上機嫌に回盲部を埋め尽くす回虫の屍骸の山に向かってレーザーメスを撃ち
まくった。
 ジー、ジュッジュッ
「どうだ、まいったか、へへへへへ」
 ジー、ジュッジュッ
「お、おい岩崎、気をつけろ。」
「へ?」
遅かった。ふいにどどどという不気味な地鳴りを伴って、巨大な回虫の屍骸の山が2
人に猛然と迫ってきたのだ。

*****

「あ、あああ」
瑠美は急に起きあがって腹部を抑え、悶え始めた。
「どうしたのかね、瑠美君?」
ヘリコプターから野比教授が問いかけた。
「は、はい、きゅ、急に便意が・・・」
そう、岩崎の乱射したレーザーメスが回虫の屍骸の山を切り裂いて、腸閉塞が解除さ
れたのである。

*****

「うわああああ」
迫り来る巨大な回虫の屍骸を背に、原と岩崎はすたこらさっさと結腸から直腸方面へ
走って逃げていた。
「は、原先生、どうしたんでしょう?」
「腸閉塞が解除されたんだ。便塊が回虫の屍骸もろとも肛門に向かって移動し始めた
んだよ。」
「ええ!?」
「急いで肛門から出ないと危険だぞ。」
激しい結腸の蠕動運動に足をとられつつも、ほどなく2人は歯状線を突破し、肛門と
思しき場所にたどり着いた。
「よし、ここだ、なんとしてもこの隙間をくぐり抜けんだ。」
「はい!」
だがそれは無理な注文だった。またしても瑠美のあまりにも強大な肛門括約筋の前
に、2人は文字どおり手も足も出せなかったのである。
「く、くそ、袋のネズミか・・・」
「あ!原先生、あれ!」
 振り返ると、岩崎の指さす方にS字結腸を曲がりきって来た便塊の尖端が・・・
 前門の便塊、後門には文字どおり肛門括約筋。インディ・ジョーンズ先生顔負けの
大活劇も、ついにお約束の絶体絶命だ。

*****

「せ、先生、トイレに、トイレに行かせて下さい!!」
「いやあ、残念ながら、今の君が入れそうなトイレは日本にはないと思うよ。」
「じゃ、じゃあ、早く元の大きさに戻して下さい。お願いです。さもないと、私、私・・・」
瑠美はお腹を抱えながら脂汗を流している。一刻の猶予もないことは一目瞭然だ。
「とはいってもねえ、君の大腸の中には医局員が2人入ったままだからねえ。彼らが帰
還しないうちは、君を元の大きさに戻すわけにはいかないんだよ。」
「じゃ、どうすれば、」
「ちょっとだけ肛門括約筋を緩めてくれんかね?そうすれば彼らも外に出られるはず
なんだが。」
「できませえええん!だ、ダメです。そんなことしたら、も、漏れちゃう・・・」
「そうかね、それでは止むをえんな。じゃ、その辺りにぶちまけておいてくれたまえ、む
ふむふむふ。」
「ええ!?」
またまた無理な注文である。なんてったって花も恥じらう16歳の乙女だ。これだけ大
勢の人前で素っ裸になっているのでさえ堪えきれないほどの辛さなのに、それをあろ
うことか衆人の面前で「うんちしろ」とは酷いよねえ。
「せ、先生、せ、せ、せめて・・・う、海でしちゃいけませんか?」
「おお、海ね、うん、海か・・・凄い環境汚染になるような気もするけど、まあ仕方ない
な。」
「有り難うございます!」
 言うが早いか瑠美はお腹を抱えたまま立ち上がって海の方向へ駆け出した。
 内股でどすんどすんと走り去る瑠美の後姿を見送りながら、野比教授はにたありと
笑みを浮かべた。
「むふむふむふ、海ねえ・・・ま、残念ながら間にあわんと思うぞ。」
 海。その海は大学病院から見て、受毛市の中心街の向こう側である。

*****

 目尻を下げながら素っ裸の巨大女子高生が恥ずかしいポーズを強制される有様の
一部始終を堪能していた受毛市民たちは、突然恐怖のどん底に突き落とされた。地
鳴りを轟かせながら、その巨大女子高生が一直線に迫って来たのだ。街は逃げまどう
人々で阿鼻叫喚の大騒ぎになった。
 巨大女子高生は、前屈みの姿勢で、足元を逃げるこびとなどには目もくれず、ビル
を蹴り倒し、電車や車をずしんずしんと踏み潰しながら、ともかくまっすぐに進んでくる。
逃げまどう群衆が足元からその巨大女子高生の姿を見上げると、その表情は怒り
に・・・あれ?・・・満ちてないなあ。むしろ、なんというか蒼ざめて苦痛に歪んでいるよ
うに見える。 
 無理もない。猛り狂う肛門を前にしては、巨大娘とて全く無力なのである。周囲に気
を使うゆとりなどない。ひたすら海岸を目指す。遠回りしている場合ではないのだ。最
も早く到達できる経路を選ばねばならない。不幸なことに、その経路の中に受毛市の
中心街があったというだけのことなのだ。行く手を阻む物は、線路であろうと、建物で
あろうと、お構いなしで蹴散らしていく。足元に迷い出るこびとがいたとしたら申し訳な
いがためらうことなく踏み潰すであろう。立ち止まることはできないのだ。わずかの時
間のロスが、瑠美から人間としての尊厳を奪い取り、そして街には未曾有の大災害を
招来することになりかねない。
 しかし、ああ、しかし、ついにその時がやってきた。
 ひときわ激しく下腹部がもぎれる。
 耐えきれず、受毛市の繁華街のど真ん中で瑠美は足を止めた。
 もう歩けない。
 ・・・
 大勢の人々が、立ち止まった瑠美の姿を怪訝そうに見上げている。
 固唾をのんで見上げている。
 瑠美はその痛いほどの視線を全身で受け止めながら、内股にして両手で肛門を押
さえる。
 全神経を肛門括約筋に集中するのだ。
 ・・・
 頑張れ!
 頑張るんだ!
 ・・・
 ・・・
 だめだ
 ・・・
 一歩でも踏み出そうものなら、バランスを崩して肛門が破裂するだろう。
 それでもなお容赦なく下腹部が締め上げられる。顔面が蒼白になる。脂汗が滴り落
ちる。どくんどくんと大腸が鼓動する。叫ぶ肛門。吼える菊門。瑠美はついに力尽き、
その軍門に下ったのだった。
「も、もう、だめええええええええ・・・」
 うずくまった・・・
 ・・・
 ・・・
 今まで自分が持っていた物を全て喪失するのだ。
 止めろ、止めろと理性が泣き叫ぶ。
 瑠美は悲しくかぶりを振った。
 ・・・
 いいの・・・
 もう、いいのよ・・・
 私は楽になりたいだけ・・・
 ・・・
 頭の中が真っ白になり、瑠美の自我は崩壊した。
 ・・・
 ・・・さようなら・・・
 ・・・私の美しい青春・・・
 ・・・
 ぶり
 ・・・
 ぶりぶり 
 ぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶりぶり
 大勢の市民たちが遠巻きに見守る中、受毛市の中心街に地獄の底からわき上がる
トロンボーンのような轟音が炸裂した。

*****

「あああああ」
 便塊が肛門に到達するのと、足元の菊門がぱっくりと開いて外界から光が差し込ん
できたのは全く同時だった。原と岩崎は咄嗟に一匹の巨大回虫の屍骸に絡みついた。
そのまま下界に放出される。
 ずううううん。
 しがみついた巨大回虫をクッションにして、地面に激突したときの衝撃をかわした。
奇跡的に2人ともかすり傷一つ負わなかったのだ。
「あああ、助かった」
 岩崎は天を仰いで感謝した。しかし、原の表情はなおも厳しい。
「走れ!」
「え?」
「いいから走れ!振り向くな!走るんだ!!」
 状況が良く把握できないまま走り出した岩崎の背後に、どすうううううんという重い響
きとともに、巨大な固形便が落下した。地面が大きく揺れ、がらがらと建物が崩れた。
「ひゃあ、あ、危ないところだったあ。あの下敷きになるところでした。原先生、有り難う
ございました。」
「立ち止まるな!!これからが本番だ!!来るぞ!!」
「へ?」
 遅かった。蓋の役割をしていた固形便がはずれると、もはやダムの決壊も同然であ
る。ぱっと花開いた大輪の菊門から、膨大な量の半固形便、続いて泥状便が、ナイア
ガラの瀑布よろしく大地に向かって噴きだした。ぶりぶりぶりぶりぶべべべばばばば
ばばばばばばばばばばばばばば
「うわああああああああ」
 2人はあっという間に押し寄せる茶色い激流に呑み込まれてしまった。

*****
 
 原はやっとのことで茶色い泥状の海の底から浮かび上がった。周囲を見回す。すぐ
近くに仰向けになって岩崎が漂っていた。気を失ってはいたが、幸い怪我もなさそう
である。ふう。とりあえず一息ついた。
 あらためて街を見渡す。かつて受毛市の中心街であったところは一面の茶色い泥の
海だ。その中心には、直径30メートル、高さ20メートルくらいのソフトクリーム型のオ
ブジェが、湯気を立てて鎮座ましましている。巨塔だ。茶色い巨塔だ。原の頭の中に
アメイジング・グレイスの甘美な調べが響き渡った。やれやれ、とんでもないことにな
ったが、とりあえず生きてるって素晴らしいなあ・・・

*****

「おおーい、」
事件から一ヶ月ほどたったある日の昼休み、岩崎は大学病院の廊下で原に呼び止め
られた。
「ああ、原先生」
「野比教授がお呼びだ。」
原の苦虫を噛み潰したような表情を見て、岩崎の背筋は凍り付いた。
「も、もしかして、またあれですか?」
原は黙って頷いた。思い出したくもない悪夢が甦った。
「じょ、冗談でしょ?」
「これしか治療法がないんだそうだ。」
「いくらなんでも、あの治療は社会に及ぼす影響が大きすぎますよ。」
それはそうだ。なにしろ瑠美の排泄した巨大なうんこで受毛市の中心部は埋め尽くさ
れてしまったのだ。奇跡的に人的被害がなかったからよかったようなものの、経済的
被害は計り知れない。いくら野比教授だって反省してるはずだ。
 ところが原は悲しそうにかぶりをふるのである。
「教授は全然こたえてないよ。相変わらず『患者一人の命は地球よりも重い』なんてう
そぶいてる。」
 ああ、改めて解説するが医局には民主主義の「み」の字もないのだ。教授の意向は
一般常識や道徳心はおろか、時に国の法律にすら優先するのである。ホントだよ。
「しかもさ、今度の患者ははっきりいって原因不明の疾患なんかじゃない。また女子高
生なんだけどさ、俺はさっき病室で診察してみてすぐわかった。」
「な、なんですかその病名は?」
原は大きく嘆息をついてから、ぼそりと答えた。
「尿道結石の嵌頓だよ。膀胱がぱんぱんに膨らんでる。」
「と、いうことは?」
「あの膀胱圧のまま巨大化したら、治療が成功して閉鎖が解除された瞬間におしっこ
の鉄砲水だ。凄いことになるぜ。間違いなく数百メートルはぶっ放すだろう。」

茶色い巨塔・終