ま、季節ものですよ。ありがちなお話で思いっきりベタな展開ですが、あの伏線をこう回収、という視点でしばらく前に書いた「小学校へ行こう!」と読み比べてお楽しみください。もちろん思いっきり健全でございます。

卒業
by JUNKMAN

「・・・南南東40リリパット・キロメートルの地点に、こちらに向かって進行中の未確認物体を発見!違法侵入者と思われます!」

「よし、ただちに迎撃用意!」

偵察部隊から報告が入る。
塹壕の中で待機していたリリパット国防衛軍兵士たちの顔に緊張が走った。
きゅらきゅらきゅらきゅら
リリパット国防衛軍が誇る10式戦車(ただし1/50スケール・製作は三菱重工ではなくトミカ)部隊の出動する音がする。
戦車部隊まで出動したのか
ならば本格的な戦闘が始まるに違いない。
・・・
・・・
・・・
ずん
・・・
・・・
・・・
ずん
・・・
・・・
ずしん
・・・
ずしいん
・・・
ずしいいいいいいん
・・・
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
ゆっくり
ゆっくり
塹壕に隠れている兵士たちにもはっきりわかるほど重々しい足音が近づいてきた。
侵入者だ
大地がぐらぐらと揺れる
侵入者は巨大だ
間違いない
この巨大さは、きっとブロブディンナグ人だ
・・・
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
・・・
!!!
やはりそうだ
塹壕に身を顰めた兵士たちの上空に、視界いっぱいを占有するかのような超大巨人の姿が現れた。
ショートカットをワンポイントのバレッタで留めた美少女
紺のセーラー服+やたらミニのプリーツスカート+白のニーソックス+黒のローファーという絵に描いたようなJCのいでたち
そしてその桁外れに巨大な身体は間違いなくブロブディンナグ人である。

「撃てえええええええええ!」

どかーん
どかーん
どかーん
リリパット国防衛軍の誇る戦車部隊が一斉に砲撃を開始した。
どかーん
どかーん
どかーん

「撃て撃て撃てえええええええ!」

どかーん
どかーん
どかーん
・・・
・・・
でも全長約10リリパット・メートルの防衛軍戦車って、たった5ブロブディンンナグ・ミリメートルでしかない。
そんな玩具以下のミニチュア戦車がいくら集まったところでフルスケールのブロブディンナグ少女にダメージ与えられると思う?
・・・
・・・
ところが

「・・・まいった、まいった、参りました、降参でええええす!」

侵入してきたブロブディンナグ人女子中学生はあっさり白旗挙げてしまった。
これには防衛軍も拍子抜けである。

「・・・マーナちゃん、もうちょっと真面目にやってよ!」

「いや、もうこれで精一杯です。やられました。本当に降参です。」

セーラー服姿のマーナちゃんは頭を掻きながらぺろりと舌を出す。
もうちょっと真面目に、っていわれたって、どうせ本気は出せないわよ
だってリリパット人より2500倍も大きいわたしが本気出したら、こんなミニミニ戦車部隊なんて瞬殺で壊滅だもん
そんなことできるわけないじゃない

「・・・うーん、だけどもうちょっと抵抗してくれないと演習にならないんだけどなあ・・・」

「いえいえ、もうホントに降参です。参りました。ごめんなさい。」

マーナちゃんは座り込んで土下座する。
これではもう演習を続けることはできない。

「しようがないなあ、じゃ、今日の演習はここまで」

「うわーい、やったあ♡」

「そのかわり明日の日曜日も演習はあるからね。午前10時に会場はここだよ。」

「はいはいわかりました。じゃ、わたしはこれで帰りまーす、皆さんばいばーい♡」

マーナちゃんはどすんどすんと地響きを立てながら去っていく。
だってそれどころじゃないのよ
いくら国防軍の軍事演習への協力がリリパット王宮に勤める女官としての任務とはいえ、進学を控えてわたしは忙しいの
これからみんなで勉強会
遅れる訳にはいかないのよ!
・・・
・・・
心の中であかんべーしながら、マーナちゃんは一路中学校に向かった。

*****

頭をかきかき中学校に到着すると、もうみんなは先に屋上で勉強会を始めていた。

「ごめんごめん、待った?」

「大丈夫よ。さっき始めたばかり。」

ピピちゃんがにっこり笑って返事する。
マーナちゃんも安心して近くの広場に腰を下ろし、持参したカバンから参考書と問題集を取り出した。
・・・
ブロブディンナグからやってきたマーナちゃんが、リリパット王宮に女官として勤めながら学校にも通う二足のわらじ生活を始めて早や4年
ますます可愛く巨大に成長したマーナちゃんは、いまやショートカットの似合うキュートな中学校3年生になった。
どこからでも目立つ超巨大なボディは思春期を迎えて天性の美貌が花開き、しかも利発で快活な性格だから当然のようにみんなの人気者になっていた。
特に幼少時代からその成長を見守り続けてきたおっさんたちはもうメロメロだ。
中学校への登下校の途中、にこやかに笑いながら都の上に聳え立って、足元から遥かに見上げる小さなリリパット人たちに制服のスカートの奥の真っ白いパンツを豪快に見せつけるその雄姿は、いつしかリリパットの都の名物になっていた。
・・・
そんなマーナちゃんも中学校3年生といえば多感なお年頃
気になる男の子なんかいない、といえば嘘になる。
それだけではない。
高校受験が目の前だ。
せっかくならみんなで合格して同じ高校に進学したい。
それはマーナちゃんだけでなくクラスメート全員の願いである。
それでリーダー格のピピちゃんが音頭をとって、土曜日の午後に学校に集まってみんなで勉強会を開いているのだ。
もちろんマーナちゃんも迷うことなく勉強会に参加した。
もっとも、地頭の良いマーナちゃんは学業成績も優秀だ。
数学や社会科なんて学年でもトップを争うくらいである。
ところが、1科目だけ意外な苦手教科があった。
リリパット/ブロブディンナグ/ブレフスキュ連邦では外国語として必須科目の「日本語」である。
上流階級では半ば公用語のように使われている「日本語」は、この連邦ではとても重要な教養科目だ。
幼少時代から王宮経験の長いマーナちゃんは、もちろん日本語がぺらぺらである。
だというのになぜか教科としての「日本語」の成績は上がらないのだ。

「・・・次の問題は穴埋めよ」

司会役のピピちゃんがみんなに問いかける。

「『川を( )いで渡る』。( )の中に入る漢字は何でしょう?」

早速一人が手を挙げて答えた。

「簡単よ。(泳)でしょ?」

「そうよね。『川を(泳)いで渡る』。これはさすがにみんなできたでんじゃない?」

みんな当然という表情で頷く中、マーナちゃんだけが蒼い顔をしている。

「わたし・・・間違えちゃった」

「え?マーナちゃん、なんて書いたの?」

「(跨)」

「???」

「『川を(跨)いで渡る』・・・だと思ったの・・・だって、いつも跨いでるし・・・」

「・・・」

「これって、正解にしてもらえるかしら?」

「難しいかも」

マーナちゃんはがっくりとうな垂れる。
心配そうにピピちゃんが言葉を続けた。

「じゃあマーナちゃん、次の問題はどう答えた?」

「次?」

「そう、『山に( )る』っていう問題。あれはさすがに(登)って書いてくれたわよね?」

マーナちゃんは目を丸くした。

「え?(登)なの?」

「・・・何て書いたの?」

「(座)」

「!」

「・・・『山に(座)る』、かなあ?・・・って」

「・・・」

確かにマーナちゃんは、疲れたときによく都の西側の山を椅子がわりにして座っているわよね・・・って、同意してみようかとも思ったけどこの場合もやっぱり不正解だわな
マーナちゃんはますますがっくりと肩を落とした

*****

頑張ってはみるものの、どうも日本語の試験は良い成績を取れる自信がない。
じゃあ、その分は得意の数学や社会科で頑張るしかないかなあ
なんて考えながら帰宅しようとしてふと傍らの校庭を見やったら、サッカー部が練習してる。
ふうう、下級生たちは呑気でいいわねえ
・・・
なんてちらっと考えたマーナちゃんの目が点になった

「ケ・・・ケントくん!」

最終学年だからもう部活動は引退したはずのケントくんが、下級生たちに交じって元気に練習している。
これにはマーナちゃんも呆れ果てた。

「ケントくん!そんなところで何やってるの?」

呼び止められたケントくんは、練習を中断して答えた。

「・・・何やってるって、見りゃあわかるだろ?サッカーの練習だよ。」

「それは確かにわかるけど・・・そんなことしてる場合なの?」

「してる場合って?」

「勉強よ勉強!受験に落っこちたらわたしたちと一緒に高校に行けないのよ!」

「ふん」

ケントくんはボールをリフティングしながらせせら笑った。

「・・・試験が近づいてから慌てて準備しても見苦しいだけだぞ」

「へーんだ、悪かったわね。でもみんなでお勉強するのは楽しいんですよーだ!」

「だからダメなんだよ」

ケントくんはあさっての方向に向かってぽーんとボールを蹴り上げる。

「サッカーも受験も同じこと。練習は辛く厳しくなきゃダメなんだ。みんなで楽しく、なんて、ただのおままごとさ。」

「随分なもの言いね」

マーナちゃんは口を尖らせる。
ケントくんと話をしているといつもこんな調子だ。
それでも
・・・
なんだか楽しいんだけど

「そもそも練習自体には何の意味もない。大切なのは本番だけだ。本番で練習どおりのことができて、初めて意味があるといえるんだ。」

「?」

「だけどその練習の通りを本番で実行することが難しい。だから長い時間をかけた毎日毎日の本物の練習が必要だ。いいかい?大切なのは本番だけだ。でもその大切な本番を成功させるためには、毎日毎日これでもかと辛い練習を続けなければならない。直前にあわてて始める楽しい練習みたいなものなんて、なんの意味もないのさ。」

「ふうん」

マーナちゃんはまだ首を捻っている。
このケントくんの見解は正論のようで、でも完全には賛成できないような気も・・・

「ならケントくんは勉強の方もサッカーみたいに以前からこつこつと頑張ってきたの?」

「ん?・・・んー」

ケントくんの眼が泳いだ。
ほうら言わんこっちゃない
だから一見正論のように聞こえても完全には賛成できなかったのよ

「よーするに単にサッカーの練習が好きなだけなんでしょ?」

「そんなことはないぞ」

ケントくんはむきになって否定した

「練習は辛いよ。でも辛くて厳しいからこそ意味がある。その分だけ自分を高めてくれるからね。」

「はいはい」

マーナちゃんはうんざりした表情で首をすくめた。

「ねえ、ケントくん、そのサッカーに向けた情熱の半分でもいいから受験勉強にも向けて頑張ってよ。」

「ま、ぼちぼち」

ケントくんも首をすくめる。
マーナちゃんは小刻みに頭を振る。

「そんな気のない返事しないで!ちゃんと頑張ってよ!」

「お・・・おう、でも・・・どうしたんだ、そんなに興奮しちゃって?」

「だ、だって・・・」

すううう
マーナちゃんは深呼吸した。

「・・・だって、同じ高校に進学したいじゃない!」

・・・
あれ?
わたし何言ってるんだろう?
なんでケントくんと同じ高校に行くって言い張っているんだろう?
???
ちょっとどぎまぎする
・・・
場面
・・・
・・・
だったはずだったんだけど

「・・・うーん、それならまずマーナの方が漢字を間違えないようにしなきゃならないんじゃないか?」

「え?」

「聞こえたぞ。さっきの勉強会ですんげー間違いしてたよな?あはははははは」

ぷうううううううう
マーナちゃんは真っ赤になって頬っぺたを膨らませた。

*****

翌日の日曜日の朝
王宮内のマーナちゃんの居室に意外な来客がやってきた。
こつこつこつ

「デレラお姉ちゃま!」

リリパット王宮の元女官であり、いまはブロブディンナグに帰国しているマーナちゃんの実姉・デレラであった。
たったいま、船でブロブディンナグから着いたというのだ。
ロリ顔ナイスバディでファンが多かったデレラも、いまや三十路を迎えた人妻、それどころか二児の母親である。
でも相変わらず経産婦とは思えぬ童顔で、その容姿は全く衰えていない。
マーナちゃんは子供のようにデレラに飛びついた。

「わーい、お姉ちゃまだ、お姉ちゃまだ!」

「んふふ、マーナ、元気そうね」

「お姉ちゃまもね。そうだ、パパはお変わりない?」

「大丈夫。毎日元気に権謀術数してるわ。」

「そうかあ。そういえばお姉ちゃまには赤ちゃんが生まれたのよね?」

「うん」

「赤ちゃん、大きくなったんでしょ?」

「まあね。でもマーナも随分と大きくなったわ。」

デレラは自分の頭の上に手をかざし、マーナちゃんの頭の上に滑らせた。

「・・・もしかしたら、もうマーナの方がわたしより背が高くなったかも。」

「だって、マーナももう15歳だもん」

「そうね・・・そうなのよ」

デレラは真顔になって小さく頷いた。

「・・・今日、わたしがブロブディンナグからやってきたのも、マーナが15歳になったからなのよ。」

*****

デレラお姉ちゃまはいったん席を外してローラ王妃様のもとにご挨拶に行った。
その間、マーナちゃんはずっと気がかりだった。

『・・・今日、わたしがブロブディンナグからやってきたのも、マーナが15歳になったからなのよ』

あの思わせぶりな言葉はなんなのだろう?
・・・
・・・
・・・
何か嫌な予感がする
・・・
その予感は、デレラが戻ってきてすぐに的中した。

「・・・マーナ、今日わたしがこのリリパットにやって来た用件は他でもないわ」

「・・・」

「ブロブディンナグに戻るのよ」

「!!!」

マーナちゃんは驚いて目をまんまるに見開いた。

「・・・も、戻るって・・・誰が?」

「マーナに決まってるでしょ?」

マーナちゃんは身を固くして首を横に振った。

「ダメよ!だって、わ、わたし、みんなと一緒に高校に行くんだから!!!」

「ブロブディンナグの高校に行きなさい。もうパパがちゃんと手続きを進めてくれているわ。」

「そんなの嫌!」

「嫌でも仕方がないでしょ」

「でもわたし、同級生のお友達と一緒に高校に進学するって約束したのよ!」

「我儘いわないの」

「酷い!パパもお姉ちゃま酷すぎるわ!わたしの気持ちも聞かずに勝手に進路を決めるなんて!!!」

「・・・お取込み中のところ申し訳ございませんが・・・」

話をぶった切って鏡台の陰から執事のナボコフが割り込んできた。

「マーナさま、そろそろリリパット国防衛軍との軍事演習のお約束の時間が・・・」

がたん!
マーナちゃんは涙目のまま急に立ち上がった。

「わたし、行ってくる!」

「マーナ、待ちなさい、まだ話は終わっていないのよ」

マーナちゃんは聞く耳持たず、首を大きく左右に振りながら駆け出した。

「・・・お姉ちゃまの・・・お姉ちゃまのバカあああああああっ!!!」

*****

「・・・どうせ今日の演習もすぐ終わるよな」

「ああ、だってマーナちゃんは全くやる気がないからなあ」

リリパット国防衛軍兵士たちは今朝もちんたらと演習の準備を始めている。
まるで緊張感はない。
だって演習の相手であるブロブディンナグ人女官のマーナちゃんが最近はまるっきりやる気ないのだ。
リリパット軍がちょっと発砲しただけですぐ降参しちゃう。
防衛軍の面々が油断するのも無理はなかった。

「・・・西南西120リリパット・キロメートルの地点に、こちらに向かって進行中の未確認物体を発見!違法侵入者と思われます!」

お、来たね
じゃ、ぼちぼち準備でも始めよっか?
なーんて余裕ぶっこいていた兵士たちは、すぐにいつもとの違いに気が付いた。
・・・
ずん
ずしん
ずしいいいん
ずしいいいいいいいいん

「おい、いつもに比べて侵入者の進行速度が妙に速くないか?」

「こ、これじゃ準備が追いつかないよ」

ずしいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいん

「ひゃあ、もうマーナちゃんが到着しちゃったよ」

「こっちはまだ準備ができてないのにさ」

「おおーい、マーナちゃん、早すぎるよ、ちょ、ちょっと待ってくれよ!」

ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
・・・
・・・
悠長に声をかけたリリパット国防衛軍の面々へのマーナちゃんへの返答は、その場での力いっぱいの足踏みだった。
この足踏み一発で現場はマグニチュード9クラスの地震に襲われ、兵士たちは地上5リリパット・メートルほど舞い上がり、ずらりと並んだ戦車はことごとく逆さまにひっくり返った。

「な、何をす・・・」

「これって、国土防衛のための演習なんでしょ?侵入者に『ちょっと待ってくれ』なんて言って通用するはずないじゃない!もっと真面目にやって!」

「・・・」

いつものにこにこ笑顔の可愛いマーナちゃんではない。
なぜか涙目になって怒髪天を衝いている。
しかも言っていることはマーナちゃんの方が正論である。
ぐうの音も出ない兵士たちは這いつくばりながら配置につこうとする。
それでもマーナちゃんは容赦なかった。

「なにやってるの!のろま!のろま!のろま!のろま!のろまのちび!」

ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん
・・・
怒り狂ったマーナちゃんがその場に足を踏み下ろすたびに哀れ兵士たちは空中にふっ飛ばされる。
もう迎撃態勢に入ることもできない。
あああ、ブロブディンナグ娘と本気で戦ったらこうなるのだなあ、と兵士たちは心底思い知ったつもりだったが、ところがこれでもまだマーナちゃんは本気で戦っていたわけではなかった。

「なによあんたたち!やる気がないならこっちから攻撃するわよ!」

ずしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん

「!!!」

なんと、マーナちゃんは掟破りにも本当に戦車部隊の上に足を踏みおろしてしまった。
一気に数十台の戦車がそのローファーの靴底の下に呑み込まれていく。
そのローファーが再び上空に舞い上がると、高々と掲げられた巨大な靴底を見て兵士たちはわが目を疑った。

「ひ、ひえええええええ」

真っ黒な靴裏のところどころに、濃緑色のアルミフォイルの欠片みたいなものがへばりついている。
全部で20~30枚くらいはあるだろうか
まるで靴底の模様のように見えるそのひらひらの欠片は
・・・

「あ、あれがわが軍の戦車のなれの果てか?」

「・・・」

頑強な戦車が完全にぺしゃんこにされた上に、靴裏にへばりついているのだ。
どれだけ平らに引き延ばされたのであろう。
もちろんみんなが配備に就く前だから無人の戦車だったはずだけど、もしも中に人がいたら絶対に助からない。
そして今日のマーナちゃんの謎の怒りっぷりをみたら、本当に人がいても容赦してくれないような気がする。
実際に、マーナちゃんは腰を抜かしている兵士たちの真上に巨大なローファーをかざしてきたのだ。

「みんな軍事演習を舐め過ぎよ!これは本当にこの国に侵入者がやってきたときのための練習でしょ?練習って、辛くて、厳しいのものなのよっ!」

「!」

「覚悟しなさいっ!!!」

完全に自分を見失ったマーナちゃんは受け売りの理屈を言い放ちながら足を振り下ろしてくる。
もう逃げられない
兵士たちは観念して目を瞑った。
頭を抱え込んだり、失禁したりしている者もいる。
絶体絶命!
・・・
・・・
そのとき

「いいかげんにしなさい!」

超巨大なマーナちゃんの身体を、背後からもう一人のナイスバディ超大巨人が羽交い絞めにして止めた。
王宮から急いで追いかけてきたデレラである。

「お姉ちゃま!放してよ!演習中よ!」

「そう、演習よ。八つ当たりしてる場合じゃないでしょ?」

「八つ当たりじゃないわ!演習は真剣に臨むものなの!」

「それで死人やケガ人が出たらお話にならないでしょ!いいからマーナ、落ち着きなさい!」

「嫌よ!お姉ちゃま、放して!」

「帰るわよ!!!」

デレラは嫌がるマーナちゃんの腕を強引に引っ張り、リリパット王宮に向かってずんずんと歩き始めた。
マーナちゃんもしぶしぶこれに従う。
演習場には危機一髪で壊滅を免れたリリパット国防衛軍兵士たちだけが残された。

「ふうう、助かったあ・・・」

兵士たちは、地響きを立てて去っていく二人のブロブディンナグ人女性たちの後ろ姿を見送って、へなへなとその場にへたり込んだ。

*****

デレラはマーナちゃんを引きずるようにして王宮の部屋に連れ帰った。
マーナちゃんはふてくされてそっぽを向いている。
デレラは厳しい表情で言葉を発した。

「・・・お前はもしかして、わたしやパパがお前のリリパットの高校への進学を邪魔しているとでも思っているの?」

マーナちゃんは唇を尖らせる。

「だってそうでしょ?」

「それは大きな間違いだわ」

デレラはマーナちゃんの頭の上にぽんと手を置いた。

「・・・マーナ、お前を迎え入れるために、小学校や中学校がどれだけ特別な準備をしていたかわかってる?」

「え?」

「身体の大きなブロブディンナグ人でも一緒に授業を受けられるように、校舎を特別に作りなおしたり、職員が特別な研修を受けたり、それはそれは大変だったのよ」

「・・・」

「でも小学校や中学校はやり遂げた。それは義務教育だから政府が責任を持って対処してくれたからなのよ。」

「・・・そ、そうだったの」

「ただ、高等学校の場合、話は別」

「!」

「いまリリパットにある高等学校のうち、お前の大きな身体を受け容れてくれるようなところはないの。でも義務教育ではないから、どうしてもブロブディンナグ人を受け容れるように、って、強制することもできないわ。政府や教育大臣にもそんな権限はないし、施設の改修とかにかかる莫大な費用は誰も負担してくれないのよ。」

「・・・と、いうことは」

「そう、お前はもともとリリパットの高校には進学できないのよ」

マーナちゃんは目をかっと見開いてその場に立ちすくんだ
・・・
わたしは
・・・
みんなと同じ高校には進学できないんだ
・・・
・・・
せっかくこっちの暮らしになれたのに
せっかくみんなとお友達になれたのに
せっかくみんなで一緒に進学しようって約束したのに
・・・
それは叶わない夢だったのか
・・・
・・・
・・・
呆然とするマーナちゃんに向かって、デレラはなおも淡々と言葉を続ける。

「・・・それでパパはお前をブロブディンナグに戻して、地元の高校に通わせようと考えたのよ。どう?決して勝手な話じゃないでしょ?」

マーナちゃんはがっくりと肩を落とした。
もうデレラお姉ちゃまやパパへの怒りもない。
ただただ
哀しかった
・・・
・・・
・・・
その様子をじっと窺っていたデレラは、ポケットから黙って小さな粒を取り出した。
直径4ブロブディンナグ・ミリメートルほどの茶色くてこりこりした球体
ブロブディンナグ人には指で摘まめるほどの小さな粒だが、リリパット人から見れば小さな一戸建ての家くらいの大きさはある。

「・・・はい、これ」

「?」

「『忘れ草の実』よ」

「?」

「これをのむと、自分のいちばん大切なものを一つだけ忘れることができるの」

「・・・」

「マーナ、リリパットに、大切なものができたんでしょ?」

「!」

「だから、リリパットを去るのが辛いんでしょ?」

「!!!」

「なら忘れ草の実をのめばいいわ。そうしたらお前はその大切なものを忘れることができる。リリパットを去ることが、いまよりも辛くはなくなるはずだわ。」

デレラはマーナちゃんに忘れ草の実を押し付けると、無理矢理ぎゅっと握りしめさせた。

「・・・この実をのむかのまないかはお前次第。自分でゆっくり考えて決めることね」

*****

鏡台の前で頬杖をつきながら、マーナちゃんはじっと考える。
忘れ草の実
これをのめばみんなのことを忘れられる
・・・
いやいや、そうじゃない
忘れるのは大切なもの一つだけ
だからみんなのことを忘れるんじゃない
忘れるのはただ一人だ
どの一人かといえば
・・・
・・・
・・・
わからないけど
・・・
きっと
そうなんじゃ
ないかな
・・・
・・・
のんだ方が良いのかな?
・・・
いっそ忘れてしまえば、こんなちりちりするほどの胸の痛みを覚えないで済むのかな?
きっちり頭を切り替えて、ブロブディンナグでの新しい生活を始められるのかな?
・・・
のんじゃおうかな?
・・・
・・・
・・・
待って
・・・
デレラお姉ちゃまは知らないだろうけど、実はわたしにはもう一枚の切札がある
ドロシーお姉ちゃまの魔法
これで自分を小さくすれば、みんなと一緒にリリパットの高校に進学できる
大人になるまで、ということで封印していた魔法だけど
もしかして
いまがその封印を解くときなのかな?
・・・
・・・
・・・
忘れ草の実と、自分の右手を、交互にじっと見つめる。
どうしよう?
考えはまとまらない
マーナちゃんは頭を抱え込んだ。
・・・
・・・
・・・
そのとき鏡台の陰から例によって執事のナボコフが現れた。

「・・・マーナさま、お客様でございます」

「誰?」

「・・・よっ!」

片手を挙げてふらりと現れたのはケントくんだった。

*****

「・・・ブロブディンナグに帰るんだってな」

「聞いたの?」

「ああ」

ケントくんは鏡台の壁にもたれかかりながら白々しくあさっての方向を向く。
知らせたのはナボコフあたりだろう
余計なことを・・・

「わたし、みんなと一緒の高校には・・・行けない、かも」

「ふん」

ケントくんはあさっての方向を向いたまま鼻を鳴らす。
マーナちゃんは鏡台に向って身を乗り出した。

「ケ、ケントくんは・・・わたしなんか、同じ高校に行けなくても・・・いいの?」

「ばーか」

ケントくんが初めて振り向いた。

「マーナ、高校で人生が終わるとでも思ってるのか?」

「そ、そんなことないけど・・・」

「じゃ、何を慌ててるんだ?高校生活なんて、ただの大人になるための練習じゃないか。」

「・・・」

高校生活なんて、ただの大人になるための練習?
・・・
そうかな?
・・・
・・・
・・・
それにしても

「・・・ケントくんはドライだね」

「ん?」

「だって、離れ離れになるのは確かじゃない。」

「・・・」

「そんなの嫌だよ!さびしいよ!わたし、みんなと離れたくないよ!ケントくんとお別れしたくないよ!」

「・・・」

「ケントくんは、マーナと違う学校に進学しても・・・平気なの?」

「・・・いや」

ケントくんは小刻みに首を振る。

「そりゃ平気じゃないけど、でも・・・」

「でも?」

「それでいいんだ」

「え?」

「練習だからさ」

「???」

「練習は、辛いほど、厳しいほど、意味がある。」

「!」

「辛いからこそ、乗り越える。乗り越えて、先に進む。僕は今度マーナに会った時に、こいつ凄いなあって思われるような男になる。高校生活は、そのための練習だ。」

マーナちゃんは思わず手の中の忘れ草の実を握りしめた。
・・・
・・・
わたしは何を勘違いしていたのだろう?
・・・
目の前に辛い現実が現れたら、そこから逃げることしか考えなかった。
でも
逃げ回っていたら、いつまでも強くなれない。
大人になんかなれない。
そんなことに気付かなかったわたしは、とてもまだ魔法の封印を解くレベルには達していないお子ちゃまだった。
ケントくんは、その現実を乗り越えようとしている。
わたしのことを大切に思っていてくれるから
わたしとお別れすることを辛いと思ってくれるから
敢えてその現実を受け止めて、乗り越えようとしている。.

わたしよりずっとずっと逞しい。
・・・
眩しいなあ

「・・・ケントくんは・・・もしかして、わたしのこと・・・好き?」

ケントくんはあからさまに眼を泳がせながら吐き捨てた

「・・・か、勘違いすんな、ばーか!これはただの一般論だ!」

「そうよね」

マーナちゃんはにっこり笑って小首を傾げる。

「じゃ、わたしも一般論で答えるわ」

「お、おう」

「わたしもブロブディンナグで頑張って・・・今度会ったときはケントくんがもう絶対にお別れしたくないって思うほど素敵な女の子になってみせる」

「・・・ふっ」

「うふふふふふふふ」

二人はやっと目を見合わせあって笑った。
その間にマーナちゃんは、ケントくんに気づかれないように、忘れ草の実を二本の指でぷちんと潰した。
・・・
こんなもの要らない
忘れることで辛いことから逃げちゃダメ
むしろしっかりと思い出を心に刻みつけて
それを励みにして
わたしも乗り越えなくちゃ
・・・
そう
逃げないよ
・・・
・・・
マーナちゃんは急に真顔になった。

「・・・ねえ、ケントくん」

「なんだよ?」

「ケント君、言ってたわよね・・・練習してきた通りのことを、本番でやらなきゃダメだって」

「あ、ああ。確かに練習には意味がない。練習どおりのことを本番でやって初めて意味がある。」

マーナちゃんは力強く頷いた。

「マーナもね、実はずっと練習してきたことがあるの」

「ん?」

マーナちゃんはいよいよ真剣な表情で身を乗り出す

「・・・じゃあ、本番いくから・・・目を瞑って!」

「?」

・・・
・・・
ナボコフにうっかり奪われちゃってからも
実は毎日こっそり部屋で練習してたんだ。
練習だけでは意味がない
練習どおりのことを本番でしなくちゃダメなのよね
・・・
これが
本番だよ
・・・
・・・
目を瞑ったまま
背中を丸め
首をすくめ
ケントくんが立っている位置に
ゆっくりと
尖らせた唇を近づける。
・・・
吹き飛ばしてしまわないよう
息を潜め
ゆっくり
ゆっくり
慎重に
・・・
・・・
・・・
触れた♡
・・・
こんどこそ間違いなく
ケントくんの身体だ。
わたしの唇に身体を預けている。
・・・
・・・
・・・
ケントくん、ちゃんと目を瞑ってる?
マーナは目を瞑っているよ。
瞑ってるけど
・・・
・・・
その瞑った両目から
涙がぽろぽろ出てきちゃったよ。
・・・
ちゃんと練習どおりに
できてるかなあ?
・・・
・・・
・・・
ねえ
ケントくん
ケントくんの身体
ほんの微かだけど
しょっぱい味がするよ。
・・・
もしかして
もしかして
ケントくんも泣いてるの?
・・・
・・・
・・・
確かめようがないや
だって
練習どおりにするためには
・・・
目を瞑っていなければならないから
・・・
・・・
・・・

*****

なかなか部屋から出てこないマーナちゃんとケントくんの様子を伺って、執事のナボコフはデレラに心配そうに囁きかけた。

「・・・マーナさま、大丈夫でございましょうか?」

「大丈夫なんじゃない」

デレラはそっけない。
もちろんこれではナボコフは安心できない。

「あのデレラさまのお持ちになった『忘れ草の実』は効きましたでしょうか?」

「わけないでしょ」

「へ?」

「だって、あんなもの道端に生えていたただの草の実だから」

「ええっ!」

「マーナも、自分の力で、少しずつ、少しずつ、大人になっていくのよ・・・まやかしの薬の助けなんか借りなくてもね。」

狼狽するナボコフを後目に、デレラは相変わらず表情を変えない。

「・・・助けが必要なときは、きっと大切なお友達が助けてくれるわ」

*****

すっかり元気を取り戻したマーナちゃんが、リリパットを去る日がやってきた。
・・・
・・・
港にはみんなが見送りに来てくれた。
先生がいる
ピピちゃんがいる
クラスメートがいる
あのライバルのサッカーチームの面々もいる
・・・
ケントくんも、いた
隅っこの方で
わざとらしくそっぽを向きながら
・・・
・・・
・・・
セーラー服姿のマーナちゃんは、大事そうに濃緑色の筒を抱え込む。
卒業証書だ。
王立リリパット第一中学校の卒業証書
昨日の卒業式で校長先生からいただいた。
マーナちゃんが、このリリパットの地で、みんなと一緒に暮らした証だ。
・・・
わたしにいろいろな思い出をくれたリリパット
楽しいことも
辛いことも
がっかりしたことも
嬉しかったことも
たくさんあったよ。
その思い出の全てが、わたしにとってかけがえのない宝物
忘れることなんてできない。
心の中にしっかりと刻み付けるわ。
・・・
ありがとう
ありがとうみんな
ありがとうリリパット
でも、そんなに悲しい顔をしないで
だってこれでお終いじゃない
思い出には、必ず、必ず、続きがある
また会えるよ
また帰ってくるよ
大人になって、帰ってくるんだからねっ!
・・・
・・・

「ばいばーい!!!」

元気よく手を振ると、マーナちゃんは潮風を胸いっぱいに吸い込んで、艦上の人になった。

卒業・終