はじめに:この物語は以前に発表済みの拙作「仮面をはずすと前編・中編」の
続編です。これらを先に読んでおかないとストーリーが把握できないと思われ
ます。なお、とってつけたような後編なので一部のロジックが破綻しておりま
すが見逃してやってください。また、前作ともども18歳未満の方はお読みに
ならないで下さい。この物語を無断で転載、改ざん、外国語翻訳したりする行
為も行わないで下さい。ただし、作画、勝手な続編やリレー小説の追加等の二
次制作活動につきまして、筆者はなんら制限を加えるところのものではありま
せん。

仮面をはずすと・後編
by JUNKMAN

「ぎ、擬我子ちゃん・・・あなたは・・・いったい、誰なの?」
茜は絞り出すように尋ねた。
「どえっへっへ、茜ちゃん、あなたはお馬鹿ではないわ。私のことは十分にわ
かっているはずよ。」
擬我子はまともに答えようともせず、鼻先でせせら笑う。
「それにほとんどの読者だって気づいているはずだわ。でも・・・」
「でも?」
「でも・・・まだそれをあなたに告げる時期ではないようね。」
「え?」
擬我子はおサルを肩に乗せると、困惑する茜にくるりと背を向けた。
「茜ちゃん、また会いましょ。どえっへっへ、どえっへっへっへ・・・」
意気揚々と立ち去る擬我子の下品な後姿を見つめながら、茜はその場にぺたり
とへたりこんでしまった。
 ・・・
 まさか・・・
 そんな、まさか・・・
 ・・・
 ・・・

*****

 いま、何時ころなのだろう?
 ・・・
 日時の感覚も、時間の感覚も、曖昧になってしまった。
 このうす暗闇の中で、虚しく時間だけが過ぎていく。
 見まわすと、周囲には仲間たちも所在なげに座り込んでいる。
 男も女も、みんな一糸まとわぬ裸の姿で、膝を抱えて座り込んでいる。
 ・・・
 ・・・
 ・・・
 どん、
 ・・・
 どん、
 どおん、
 どおおおん、
 どおおおおおおおおおん
 ・・・
 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ
 ぴかあああああああああ
 天空から眩い光が差し込んできた。
 今日もまた、一日が始まるのだ。

*****

 その場にどれほど座り込んでいたのだろうか。
 茜はふいに背後から声を掛けられて我に返った。
「おやおや、こんな昼間っから学校にも行かないでいいのかな?」
「!」
慌てて振り返った。見るからにガラの悪そうな男子高校生が6人、にたにた笑
いながら茜を見下ろしてている。絵に描いたような不良たちだ。すぐ背後に立
たれるまで気が付かなかったなんて、よっぽど気が動転していたに違いない。
 髪を金色に染めた少年が、タバコ臭い息を吐きかけてきた。
「いい子は学校さぼっちゃダメだよ。」
「でへへ、ボクたちもサボっちゃってるんだけどね。」
6人がにやにや笑いながらにじり寄ってくる。茜は慌てて立ち上がった。みん
なけっこうなガタイだ。全員が小柄な茜より頭一つは背が高い。
「でもね、お金が足りないんだよ、ボクたち。」
「そうそう、お金がないとね、せっかく学校サボってもつまらなくって・・・」
「それでさ、ちょっとだけ貸してくれないかなあ?」
「いつ返せるかはわからないけどね。」
6人の不良少年たちはどっと笑いころげた。茜はこわばった表情のまま一歩、
二歩と後ずさりする。そこにマスクをかけた少年が素早く歩み寄って、片手で
茜の顎を掴み挙げた。
「逃げちゃダメだよ。だって、ボクたちはお友達だろ?お互いに学校サボって
るんだしさあ。」
再び6人の少年たちは声を上げて笑った。
「・・・でね、この可愛い顔に傷なんかつけたくないわけだ。ボクたちはお友
達なんだから・・・」
茜は目を閉じて顔を背けた。心臓がばくばくしている。もうダメだ。このピン
チを乗り切るにはこの方法しかないわ。茜は左手を高く掲げて小指に意識を集
中した。
「なにふざけたことやってんだよ!」
スキンヘッドの少年が殴りかかるのと、指輪がきらりと輝くのは同時だった。
「きゃ!」
胸のあたりを突き飛ばされて、茜はその場にもんどりうった。まずい。遅かっ
たか。茜は素早く体勢を立て直して身構えた。
「・・・あれ?」
目の前の6人の不良少年たちがうろたえている。いや、6人ではない。うろた
えているのは5人だ。6人目の不良少年、あの茜に殴りかかったスキンヘッド
は・・・身長1センチ弱に縮小されて、茜を呆然と見上げていた。
「うわ、うわあ・・・」
「うわあああああ」
「化け物だあああ!!」
慌てふためいた残りの5人の不良少年たちは、血相変えて逃げ出していった。
「・・・」
気が動転していたのは茜も同じだ。逃げる彼らを追おうともせず、その後ろ姿
が消えていく様をぼんやりながめていた。
「!!!」
 しまった。
 ぼんやりしている場合ではなかった。縮小行為を目撃されてしまったのだ。
 茜はやっと事の重大さに気が付いた。いままで、数え切れないほどの人や建
物などを縮小してきたが、その行為は誰にも気づかれていないはずだった。気
づかれた者は全て完全に処分してきたからだ。だから茜が罪に問われることも
なかったのだ。
 まずい。
 これでは茜に捜査の手が及ぶ。
 どうしよう?
「う、うわ、助けてくれ、助けてくれ!」
 そのとき、茜は小さな声に気づいて足元を見下ろした。黒いローファーの前
で、蟻のように小さくされたスキンヘッドの少年が土下座をして謝っていた。
「助けてくれ!謝る。俺が悪かった。だから命だけは助けてくれ!」
哀れスキンヘッドの少年は茜のローファーを見上げながら涙を流している。こ
のローファーが、蟻のような大きさの彼にとっては家一軒よりも大きく見える
ことだろう。無様なものだ。茜はゆっくり立ち上がると、後ずさりするスキン
ヘッドの頭上に高々と右足を掲げた。
「ふん、虫けらのくせに。踏みつぶしてやるわ!」
「あ・・・うわああああああ!!」
スキンヘッドは全力で走り始めた。しかし悲しいかな、その小さな身体では茜
の長いストライドから逃れられるはずもない。
 ずしん!
 ・・・
 ぐりぐりぐりぐり
 にちゃ・・・
「ふう・・・まあ、まずまずの感触ね。」
 茜が右足を再び上げてみると、その下にいたはずのスキンヘッドの身体は赤
黒い染みへと姿を変えて、アスファルトの地面にこびりついていた。茜は小さ
く頷くと、今度は残りの5人が走り去って行った方向を見据えた。
「残りの5人、か・・・」
 今までは目の前のものしか縮小したことはない。遠く離れたものに対しても
この力が及ぶのか、茜自身にもわからなかった。
 でも、試してみるしかない。
 茜は左手の小指を顔の前に立て、目を瞑って意識を集中した。
「・・・小さくなれ!」

*****

 芽久美は小学校からの帰宅途中だった。いや、厳密にいえば帰宅ではない。
友達の優奈ちゃんの家に遊びに行く途中だ。2人は小学校に入学した当時から
の仲良しだ。6年生になってからは別のクラスになってしまったが、それでも
芽久美は毎日のように優奈ちゃんの家に遊びに行く。だって、2人だけの秘密
があるのだ。とびきり楽しい、秘密の宝物を隠し持っているのだ。今日も早く
あの秘密の宝物で遊びたい。芽久美はほとんど小走りになって優奈の家へ急い
だ。
 どん!
 道の角で出会い頭にぶつかった。小さな芽久美の身体はランドセルごと吹っ
飛ばされた。
「いったあい・・・」
 地面にぶつけた腰をさすりながら、いまぶつかってきた相手を確認した。
「気をつけろ!チビ!」
一言叫んだだけで、振り返りもせず駆けていく。大柄な高校生の男子だ。しか
も5人も連れ立っている。
「・・・な、なによ、自分からぶつかってきたくせに。しかも『チビ!』だな
んて。」
芽久美は駆け去っていく高校生たちの背中を目で追いながら頬を膨らませた。
芽久美は細身だが身長はちょうど150cmある。小学校6年生としては平均以上
なのだ。もちろん、大柄な男子高校生から見たら「チビ!」と呼ばれても仕方
ないのかもしれないが・・・
「・・・あれ?」
 消えた。
 芽久美の前を駆け抜けて行った高校生たちの姿が、15メートルくらい向こう
で突然かき消すように見えなくなってしまったのだ。
 そんな馬鹿な!
 芽久美は信じられない思いで高校生たちが消えてしまった地点に歩み寄った。
「・・・まあ!」
 そこに芽久美が見つけたものは、身長が1センチ未満に縮小されてしまった
さっきの高校生たちだった。
「あらあら、さっきのお兄さんたち、自分たちの方が『チビ!』になっちゃっ
たのね。」
 芽久美はさして驚く様子もなく、5人の前にしゃがみこむと地面に右手を差
し伸べた。
「ほうら、芽久美ちゃんの掌にのりなさい。」
 5人のこびとは地面に横たわったまま動こうとしない。
「あれえ?死んでるのかなあ?」
 芽久美は倒れているこびとたちを1人ずつそっと摘み上げて掌にのせた。
「・・・きっと気絶してるだけよ。」
 5人を乗せた掌をふうわりと握った。決して強く握り締めたりはしない。こ
ぶしの中の空洞から5人が這い出してこれない程度の力の抜き加減だ。芽久美
にとっては文字通り手馴れたことであった
「なにはともあれ、優菜ちゃんへのお土産にしましょ。」
 芽久美は右手の握りこぶしの中に5人を閉じ込めたまま、優菜の家へと急い
だ。
 その途中、下を向きながら何かを探している様子の女子高生とすれ違ったが、
お互いに特に気にかけることもなかった。

*****

「おっ」
「気がつきましたか?」
 5人の少年たちは、目が醒めると冷たいプラスチックの床の上に横たわって
いた。
「ふうう、ここはいったいどこだ?」
その答えを聞く前に、少年たちは周囲を心配そうな表情で取り囲む人々の姿を
見て驚いた。
「あ、あんたたち、服を着てないじゃないか?」
「ええ、着ていませんよ。」
人々の間から1人の男が進み出て、こっくりと頷いた。
「どうしてあんたたちは裸なんだ?」
あはははははは。周囲が一斉に笑い転げた。
「何が可笑しい?」
「あなたたちも裸ですよ。」
「え?」
言われて気が付いた。いつの間にか5人の少年たちも裸にさせられていたのだ。
「ど、どうして俺たちまで・・・」
「おい!なめるな!服、返せよ!」
「あ!!」
そのとき、リーゼントの少年が残りの4人の背後を指さして叫んだ。
「どうした?」
「あ、あれは何だ?」
全員でリーゼントの指さす方を見る。息を呑んだ。
「きょ、巨人だ・・・巨人の女だ!」
いや、違う。人ではない。柔らかい皮膚ではなく、なにかもっと硬い材質でで
きた像だ。女性の形をした巨像だ。派手なピンク色のローヒール。それよりは
やや淡いピンクに白のフリルをあしらったお姫様ドレス。胸には大きなショッ
キングピンクのイミテーションジュエリーを着けている。金色の髪は腰近くま
で伸び、毛先は自然にウエーヴが掛かっている。その立ち姿の身長は50メー
トルほどもありそうだ。近くから見上げると、まるで踏みつぶされてしまうの
ではないかと錯覚してしまうほどの迫力である。
「これはリカちゃんですよ。」
さっき声をかけてきた男が平然と解説を始めた。
「リカちゃん?」
 言われて5人はもう一度見なおしてみる。ちょっと後ずさりしながら足元か
ら腰、胸、そして顔と順々に見上げていく。この角度から見ると、どうやら確
かにリカちゃん人形のようにも思われる。
「そしてここはこのリカちゃんのお家、つまり『リカちゃんハウス』なんです
よ。」
「なに?」
 今度は周囲を見回してみる。広く天井の高い部屋の中には、やたら派手な色
遣いのプラスチックでできた巨大な家具が散在していた。ソファー、ベッド、
テーブル、いずれもも人間が使う家具の12倍くらいの大きさで、ホンモノで
はない。きわめて人工的な偽の居住空間だ。
「・・・リ、リカちゃんっていえば、ガキがおままごとに使うあのリカちゃん
人形だよな?」
「そうですよ。」
「そうですよって、これじゃまるでウルトラマンみたいな大きさだぜ。」
「しかもそれに合わせた『巨人の館』みたいなリカちゃんハウスまであるなん
て・・・」
「それはですねえ・・・」
 男は、隣の部屋を指さした。
「部屋の向こう側に行ってみればわかりますよ。」
 5人はよく事態が飲み込めないまま、男の指示に従ってリカちゃんの立って
いる場所の向こう側へと移動した。
 さっきまで5人が寝ていた部屋の壁際には高い天井もあったが、リカちゃん
の巨像が立っているあたりから向こう側はほとんどオープンスペースになって
いた。もっとも、そのオープンスペースの先には壁がそびえ立っている。先へ
進んでみて、その壁がどうやらこの家の4隅をぐるりと取り囲んでいるらしい
ことがわかった。今までに見たこともないほどの高い壁だ。リカちゃんの巨像
の2倍くらいはありそうなので、ざっと100メートルくらいの高さだろうか。
首が痛くなるが、更にその高い壁の上を見上げてみると・・・
「う、うわあああああ!!!」
 リカちゃんの巨像なんてものではない。更に超巨大な2人の美少女たちが、
その壁の上から覗き込んでいた。2人とも、嬉しくてたまらない、という表情
だった。 

*****

 秋の夕日に照る山紅葉。世の人々が神無月と呼ぶ晩秋11月は、ここ出雲の
国では逆に神有月である。なにしろ全国津々浦々から八百万の神々が集まって
くるのだから大変だ。島根県はこの時期、神様でごった返している。石を投げ
れば神様に当たる状態である。実際に投げて当たったら祟られるからタイヘン
ですね、くわばらくわばら。
 さて、この八百万の神々の会議を取り仕切っているのはご存知アマテラス大
神である。このアマテラス、日ごろから気難しい性格ではあるが、今日は中で
もとびきり機嫌が悪い。さっきから紫色の髪の毛を逆立てて金切り声を上げっ
ぱなしだ。
「なんなのよ?アンタの神社は、今年はどうしてこんなにお賽銭が少ないの
よ?」
「いや、その・・・」
 厳めしい軍服に身を固めた一人の神様が、アマテラスの前に平身低頭して弁
解にこれ努めている
「違憲判決が出ちゃったんですよ。そんなわけで玉串料が・・・」
「なんですって!!」
火に油を注いでしまった。
「あんなの実は原告の敗訴でしょ。被告に控訴する権利の与えられない裁判官
の戯言なんて、公正な判決とはいえないわ!」
「いや、それでも十分に判例として以後の司法判断を拘束する材料になっちゃ
うんですよ。それに、厳密に憲法解釈すれば、やっぱり公職にある者が特定の
宗教である日本神道の神社に参拝するのは憲法20条第3項に抵触していると
いわれて仕方ないかも・・・」
「アンタが自分でそんなに弱気になってどうするのよ。憲法が社会の実態に合
わないっていうならば改正すればいいまでの話でしょ!」
「いやそんな簡単におっしゃいますが、少なくともそれは裁判官の口からはい
えませんよ。当事者の私からもちょっと・・・」
「もーいい!!」
アマテラスは怒鳴った拍子にずり下がった黒縁メガネをかけなおしながら軍服
の神様の言葉を遮った。
「ワラワは日本国憲法やその解釈のことなんか興味ないの。問題はお賽銭!来
年こそは必ず前年度収支を上回ること!」
「そ、それには景気の回復というもう一つ大きな問題が・・・」
「言い訳はなし!」
 アマテラスはぴしゃりと言い放つ。軍服の神様は頭を抱えながら退いていっ
た。今夜は出雲市内のうらぶれた赤提灯で竹内まりやでも聴きながらひとりヤ
ケ酒をあおるに違いない。
「次!」
 かわってアマテラスの面前に呼び出されてきたのは、あの日光・鬼怒川担当・
長身少女大好き神様である。
「・・・!」
 アマテラスは急にそわそわと視線をそらして、周囲に居並ぶ八百万の神様た
ちに大きな声で告げた。
「ああ、全くどいつもこいつもロクな稼ぎをしないわね!ワラワはくたびれた
わ。今日の会議はこれにて散会!!」
「ははあ」
 あーあ、例によってヒ○テリーが始まったよ、こんな奴と家庭で毎日つきあ
ってるんだからJUNKMANも大変だね、6月に結婚なさる方がいるそうで、それ
は本当に心からお祝い申し上げたいんだけど、なんつーかそのお目出度いのも
はじめのうちだけで、実際の結婚生活・家庭生活って苦しいことばっかりって
のはJUNKMANだけなのかなあ?・・・なあんて陰口たたきながら八百万の神様
たちは会議室からゾロゾロ出て行った。その様子を横目で睨みながら、アマテ
ラスは日光・鬼怒川の神様の傍らにそっと歩み寄り、周囲に気づかれぬよう小
声で耳打ちした。
「お前はここに残りなさい。話したいことがあるの。」
 日光・鬼怒川の神様は、硬い表情のまま小さく頷いた。

*****

「私たちはJAS462便で仙台から名古屋に向かっている途中だったんです。私
はその機の副操縦士でした。」
副操縦士と名乗った男は、ぽつりぽつりとこれまでの経過を話し始めた。
「ところが離陸直後から計器がみんなダメになってしまって、遭難してしまい
ました。」
「あ、オレ、それ知ってるよ。」
リーゼントの少年が声を上げた。
「あの仙台の街が消えちまった日だよね。航空機も行方不明になったっていっ
てたよ。オレさ、ほら、ちゃんとニュースとか見てるからさあ。」
「それが私たちです。」
「でも、どうしてこんなところに?」
「ええ、燃料も尽きかけたので、この町にふらふらと不時着したんです。その
とき初めて気が付きました。私たちは機体ごと1/200に縮小されていたんです
ね。これじゃあ計器も狂うはずです。」
あははははは。周囲の人々は明るく笑った。なぜ彼らがそんなことを明るく笑
い飛ばすことができるのか、5人の少年たちにはとても理解することができな
かった。
「そんな私たちを助けてくれたのが優奈ちゃんでした。」
「優奈、ちゃん?」
「はい。あの栗色の癖っ毛の女の子です。」
副操縦士は真上を指さした。
「ね、可愛いでしょ。まだ小学校の6年生なんですよ。あ、あの髪の毛の色ね、
染めてるわけじゃないんです。天然で栗色なんですよ。もちろんパーマだって
かけてるわけじゃありません。でもね、小学校では風紀係の先生に怪しまれて
るってぼやいてましたよ、ふふふ、可笑しいですね。」
副操縦士はどうでもいいことまでべらべらと話し続ける。
「本来ならもうお人形遊びも卒業のはずなのに、私たちのためにいろいろとお
世話をしてくれているんですよ。」
周囲で人々がこっくりと頷いた。
「私たちがいまいる場所は優奈ちゃんの部屋にある玩具箱です。正確にいえば
玩具箱の中にあるリカちゃんハウスの前ですけどね。ちなみに私たちが寝泊ま
りするのはさっき君たちが目を醒ましたあのリカちゃんハウスの中です。あの
大きなリカちゃんが本当の住人で、私たちは居候なんですね。」
あははははは。周囲の人々は一斉に笑った。返す返すも5人にはついていけな
い感覚だ。話を切るようにマスクの少年が尋ねた。
「もう1人のあのでかいガキは、あれはいったい誰なんだ?」
「ああ、あれは芽久美ちゃんです。」
副操縦士は肩甲骨まで伸びた黒いストレートヘアの巨大少女を指さした。
「優奈ちゃんのお友達ですよ。毎日のように遊びにきます。優奈ちゃんに負け
ず劣らず可愛いですねえ。うーん、優奈ちゃんが好奇心旺盛なキャピキャピ娘
なら、芽久美ちゃんは清楚なお嬢様系聖少女かな?そうそう、君たちをここへ
連れてきてくれたのは、あの芽久美ちゃんだったんです。」
「え?」
金髪の少年が口をぽかんと開けた。
「知らないなあ。」
「まあ、気を失っていましたからねえ。」
副操縦士は気にするそぶりもない。
「まあ、その経過はともかく、芽久美ちゃんに拾われたのは幸せでした。」
「どうして?」
「どうしてって、そりゃ芽久美ちゃんに拾われたからこそ安全なここに保護し
てもらうことができたわけでしょ?」
「保護?」
サングラスをかけた少年が声を荒げた。
「俺たちは保護なんかしてほしくないよ。ここから出して自由にしてほしい
よ。」
「そんなこと無理ですよ。」
「出してくれないなら自分たちで出ていくまでだ!」
「できるわけないじゃないですか。」
副操縦士は周囲をぐるりと巡る高い壁を指さした。
「これが玩具箱の縁ですよ。今の私たちにとって、どのくらいの高さになると
思ってるんですか?それにね、この玩具箱から出たって、外の世界はとんでも
ない大巨人の国ですよ。私たちが安全に暮らしていけるはずはない。ここにい
れば、ほら・・・」
副操縦士は今度は傍らに置かれた薄茶色の直方体を指さした。電車一両分くら
いの大きさである。そこには100人あまりの裸の男女が群がっていた。
「ほら、こうやって食料も供給されるんだし。」
「こいつは・・・もしかして?」
剃り込みを入れた少年が尋ねた。
「・・・カロリーメイトかい?」
「そうですよ。栄養のバランスも満点。しかも1本で私たち全員が10年は食
べていける量です。これが1週間に1本も供給されるんだから至れり尽くせり
ですね。」
「・・・ちぇっ」
リーゼントが舌打ちをした。
「そんなもの、食ってられないよ。」
「わがままいってる場合じゃないですよ。」
「ほらほら、ぐずぐずしてると食事の時間が終わってしまいますわ。皆さんと
一緒に食べて食べて。」
割って入ってきたのは後に亜希子と名乗った若い女である。もともとはこの機
のフライトアテンダントだったと言っていた。その方面では評価の高いJASの
スッチーだけあって容姿には恵まれていたが、今は周囲の人々と同様に素っ裸
である。
「さあ、早く・・・」

「もう食べ終わったかな?」

突然、天地を揺るがす大音量が轟いた。5人の少年たちは両耳を押さえて転げ
回る。一方、周囲の人々は平然としたものだ。
「あ、ありゃ、なんだよ?」
「優奈ちゃんが、話しかけてきてくれたんですよ。ね、可愛い声でしょ?」
「可愛い?馬鹿いってるんじゃないよ、オレは鼓膜が張り裂けるかと思った
よ。」
「あはははは、まあ、そのうちに慣れますからご心配なく。それより、早くこ
こから離れないと。」
「離れる?」
そういえば、さっきまでカロリーメイトに群がっていた人々が、皆小走りに駆
けだしている。どうやらリカちゃんハウスの中に戻っていくようだ。
「ど、どうして離れなきゃいけないんだよ?」
「ここはトレイの上です。」
副操縦士は自分たちの立っている格子模様の地面を指さした。
「食事の時間が終わったら片付けられてしまいます。」

「お片づけ、するわよ。」

 もう一度、優奈の声が轟いた。副操縦士と亜希子は5人の背中を押した。
「さ、急ぎましょう。危ないですよ。」
 走りはじめながら、5人は優奈の姿を振り返って腰をぬかした。

「よいしょっと」

 トレイを片付けるために立ち上がったのだ。今まで5人を見下ろしていた巨
大な顔が、更に上へ、上へと上昇していく。そして5人を取り囲んでそびえ立
つ玩具箱の高い壁の、その上に太股が姿を現した。
「うわあ」
急に上半身が落ちてきた。まるで天が真っさかさまに崩れてきたようだ。そし
てテニスコートほどもありそうな手が2つ、彼らの目の前に墜ちてくる。
「ほらほら、急いで!」
副操縦士と亜希子に急かされるままに5人が縁を跳び越えると、両端を巨大な
手でむんずと掴まれたトレイは、その上にカロリーメイトの食べ残しと水を含
んだティッシュペーパーをのせたまま、上空にゆらりと舞い上がっていった。
「ひやあああ。」
「びっくりしたぜ。」
リカちゃんハウスの中でへなへなと膝をつく5人の少年たちを、副操縦士は優
しく諭した。
「こういうこともありますからね、行動は迅速にしてください。それから、慣
れるまでは何事も私の指示に従ってくださいよ。」
「何事も、って、これから何かあるのかよ?」
剃り込みの質問に亜希子は笑って頷いた。
「これからが本番です。」

*****

 八百万の神々が立ち去った後、広い会議室に残っていたのはアマテラスと日
光・鬼怒川の神様の2人きりである。
「さて、今日はお前にいろいろと説明してもらいたいことがあるわ。」
「その前に、まずワシからアンタに質問じゃ。」
アマテラスの言葉を遮って、日光・鬼怒川の神様が先に問いかけた。
「あのサルはアンタの手先じゃな?」
「サル?」
「とぼけてもダメじゃよ。」
日光・鬼怒川の神様は神経質そうに顎の髯を撫でた。
「1年前からワシの祠に出入りするようになったサルじゃ。いろいろとワシの
ことを嗅ぎまわろうとしておったわい。」
「くふふふふ」
アマテラスは愉快そうに含み笑いをした。
「流石ね。あなたの看破したとおりよ、オオクニヌシ。」
アマテラスは紫色の髪をかき上げて、オオクニヌシと呼んだ日光・鬼怒川の神
様の顔に人差し指を突きつけた。
「だから、もうその薄汚い髯面の仮面ははずしてちょうだい。」
「ふふふ」
今度は日光・鬼怒川の神様が含み笑いをする番だった。
「正体がわかっているのなら、こんな仮面を被っている必要はないね。」
そして自慢の顎髯に手をかけると、そこからべりべりと顔の皮を剥がし始めた。
その下から現れたのは黒髪も凛々しい精悍な若者の顔である。
「久しぶりね、オオクニヌシ」
「ああ」
 アマテラスはにっこりと笑いながら黒縁メガネを外した。その面影は茜に生
き写しである。
 2人は歩み寄ると、黙って唇を合わせた。

*****

「なんでもいいですから、近くにあるものにしがみついていてください。揺れ
ますよ。手を放したら危険です。」
副操縦士が警告したときには、既に部屋中のテーブルやベッドの脚は大勢の
人々で鈴なりになっていた。もはや5人の少年たちの潜り込む隙間はない。彼
らは仕方なくハウスの中に横たわっていたリカちゃんの手にしがみついた。
「うーん、それでも掴まらないよりはましですか・・・」
ぐらぐらぐらぐら
副操縦士の言葉が終わらないうちに、リカちゃんハウスは激しい揺れに見舞わ
れた。
「こ、こんどは何が起こるんだよ?」
「手を放しちゃダメです!」
亜希子が甲高い声で叫ぶ。
「このリカちゃんハウスは玩具箱の外に出されるんです。優奈ちゃんがお部屋
の床に置いてくれるんですよ!」
そんな説明を聞くゆとりもなく、5人は必死になってリカちゃんの手にしがみ
ついていた。揺れながら強烈な上方への加速度、続いて下方への加速度が加わ
って、ようやくリカちゃんハウスの揺れは止まった。
「ふうう・・・」
「はい、みなさん、もう手を放しても大丈夫ですよ。」
「あ!!!」
 ため息をつく間もなく、5人は上を見上げて腰を抜かした。
 栗色の癖っ毛の巨大少女が、彼らのいるリカちゃんハウスを跨いでそびえ立
っていた。腰に手を当てて、ちょっと脚を開いて立っている。胸を張りながら、
でも顎を引いて真下にいる彼らを見下ろしている。リカちゃんハウスの屋根は
この少女の膝の高さにも及ばない。5人にとってはまさに『巨人の館』である
リカちゃんハウスも、この超巨大少女の前ではただの『お人形さんの家』だ。
同じ平面上から見上げる彼女の身長はざっと300メートルくらいだろうか。横
浜ランドマークタワーより一回り大きい印象である。真下から見上げているの
で、パンティのミニー・マウス柄まではっきり見える。その子供じみたデザイ
ンと巨大なサイズとのギャップが、強烈な非現実感を煽り立てていた。
「優奈ちゃんですよ。」
「で、でかいな・・・」
「高層ビルみたいにでかい小学生のガキか・・・」
「優奈ちゃんが特別に大きいんじゃありません。」
 すっかり腰が抜けてしまった5人とは対照的に、副操縦士は顔色一つ変えず
説明を続ける。
「そうじゃなくて私たちが蟻みたいに小さいんです。優奈ちゃんは普通の小学
6年生の女の子ですよ。そうですね、ちょっとおませですけどね。」

「新しいこびとはどこ?」

 饒舌な副操縦士の言葉を遮るように、巨大な少女は足元の人々に向かって声
をかけてきた。5人はその音量の凄さに両耳を押さえて蹲ってしまった。
「ひえええ、なんて声だ。」
「耳が痛いよ。」
「何事も慣れです、慣れ。」
 副操縦士はにやにや笑っている。
 巨大少女は再びしゃがみ込んで、彼らに向かって手を差し伸べてきた。彼ら
の目のすぐ前にテニスコートサイズの掌が現れる。その風圧で5人はたちどこ
ろに吹き飛ばされてしまった。そんな彼らに向かって、巨大少女が直接声をか
けてきた。

「さあ、優奈ちゃんの掌にのりなさい。」

副操縦士と亜希子は手分けして素早く5人を助け起こした。
「ほら、優奈ちゃんが掌にのれって言ってますよ。早くあの掌によじ登らなく
ちゃ。」
「い、嫌だよ。」
「なんで俺たち高校生が小学生のガキの掌にのせてもらわなくちゃならないん
だ?」
「怖いんですか?」
「こ、怖かねえよ・・・」
「困りましたねえ。」
副操縦士は苦笑いすると、傍らの亜希子に声をかけた。
「じゃあ亜希子くん、一緒に行ってくれませんか。」
「わかりました。」
亜希子はあっさり了承して、5人の少年たちの手を引いた。
「行きましょう。私もおつきあいしますから。さあ、早く。動いて動いて!」
女が平然としているのに自分たちが尻込みしているわけにもいかない。5人は
顔を見合わせるとしぶしぶ目の前の巨大な掌の上によじ登った。
 ぐううううん。
 全員が登り終わると掌はたちまち急上昇する。強力な重力加速度のため5人
はその場に突っ伏した。
 掌の上りつめた先には映画のスクリーンに映し出されたような巨大な顔があ
った。ぱっちりした目をくりくりさせながら彼らを出迎える。睫毛が長い。そ
の1本1本が彼らの身長と同じくらいの長さである。
 圧倒的に巨大な少女の掌に乗せられて至近距離から見つめられる、というの
はばつが悪いものだ。5人は寄り添い合って決まり悪そうに立っていた。亜希
子だけが掌の上で大げさに手を振って栗色の癖っ毛の少女に挨拶する。彼女も
これに視線で応えていた。 

「この5人が芽久美ちゃんの目の前でこびとになった高校生のお兄さんたちな
の?」

栗色の髪の少女の問いに答えるため、もう1人の巨大少女が掌の上空に姿を現
した。5人をここに連れてきた漆黒のさらさらストレートヘアの美少女だ。黒
髪の少女も至近距離からしげしげと彼らを覗き込む。

「うーん、そうかな?小さくてはっきりとはわからないけど。」

そのころ、5人は急に目眩に見舞われていた。
「う・・・ううう・・・」
「どうしましたか?」
亜希子が心配そうに尋ねてきた。
「・・・」
答える間もなく、5人の視界がぐにゃぐにゃと歪んできた。

*****

「おかしいわね、きっとこのあたりのはずだと思ったんだけど・・・」
 茜は下を向いて右往左往していた。あの少年たちを探しているのだ。縮小さ
れて立ち往生している彼らを見つけたら、口封じのためにすぐ踏みつぶしてし
まおうと思ったのだ。そのためにまだ目に見える程度の大きさにしか縮小しな
かったのだ。
 だが、もう夕暮れ時になったというのに、彼らの姿はまだ発見できない。
 どうしよう?
 薄暗くなってしまった。これ以上探しても見つかりそうにない。
 彼らは身長1cm未満に縮小されたはずだ。そんなに長くは生き延びられない
だろう。もしかしたら、既に猫とか雀とかに食べられてしまったのかもしれな
い。
 ・・・もう、諦めようかな?
 なら、念のため彼らをもっと縮めておこう。いまの1/20くらい、オリジナ
ルサイズの1/4000ならどうかな?ここまで小さくしておけば、もう他人に見
つかることもあるまい。
 よし!
 茜は再び左手の小指を顔の前に立て、目を瞑って意識を集中した。
「・・・もっと小さくなれ!」
 ・・・・・・
 ほんとうにこれで彼らが縮小されたかどうか、確認する手段はない。
 でも、悩んでいても仕方がない。できることはやってみたのだ。 
 そんなことより、問題は擬我子だ。
 擬我子にだけはこの指輪の力が及ばない。だから擬我子を敵に回すことだけ
は避けなければならない。彼女の正体が掴めるまでは、まだまだ行動が慎重で
あるに越したことはないだろう。 
「・・・私の推理が正しければ、擬我子ちゃんは私に敵対しないはずなんだけ
ど・・・」
 茜は心配の種を抱えながら肩を落として帰宅した。
 
*****

「あ、あ、ああああ・・・・」
5人の目の前で亜希子の姿がぐんぐんと大きくなっていく。いや、亜希子が大
きくなっているのではない。亜希子と周囲の比率は変わりがないからだ。
「お、俺たち・・・また縮んでる・・・」
「もっと小さくなっているのか?」
「そんなの嫌だあああ!!」
頭を抱えてしゃがみ込む。そんな5人の様子を見下ろしながら、亜希子はかけ
る言葉もみつからずにおろおろしていた。

「あれえ?5人が消えちゃったよ・・・」

栗色の髪の少女が不思議そうに呟いた。彼女たちは大きすぎるので、ここまで
小さくなってしまった5人のことが見えないのだろう。
「消えたんじゃありませええええん!」
亜希子は振り返ると栗色の髪の巨大少女に向かって大声で叫んだ。
「そうじゃなくてえ、また小さくなっちゃたんでえええす!!」
大げさな身振り手振りで、足元の5人を指さす。巨大少女たちにも少し状況が
掴めてきたようだ。黒髪の巨大少女がランドセルから虫眼鏡を取り出して、彼
らの上空にかざした。

「まあ、優奈ちゃん、ホントだわ。さっきより、もっともっと小っちゃくなっ
てる!」

2人の巨大少女は虫眼鏡ごしに掌の中を覗き込んで目を丸くした。亜希子の足
元に小さな黒い点のように見えたのは、詳細に観察してみると確かにヒトの形
をしていたのだ。これがさっきの5人に間違いないだろう。

「亜希子ちゃん、その5人をここに乗せてみて。」

栗色の髪の少女は、亜希子の足元に左手の小指を突きだしてきた。亜希子は足
元の5人をその爪の上に追い立てる。今度はその爪だけでテニスコートが何面
も取れそうだった。全員その上に転がり込むと、栗色の髪の少女はゆっくりと
指先を自分の目の前に持ち上げた。

「やだあ、5人まとめて小指の爪に乗ったよ。点みたい。小さーい!」

5人は再び間近から栗色の髪の少女に相対した。顔の上半分だけが5人の視界
いっぱいに広がっている。さっきよりも更に大きくなっているのだ。もう嬉し
そうに覗き込むその瞳の径は彼らの身長の何倍もある。見つめられると吸い込
まれてしまいそうだ。睫毛に至っては、もはや巨大になりすぎて5人がそろっ
てその上に跨っても撓みすらしないように思われる。
「な、なんてでかいんだ・・・」
「でかすぎるよ。」
「いや、こいつがでかいんじゃない。俺たちが小さいんだよ・・・」
傍らから、黒髪の少女が可笑しくてたまらないという表情で口を挟んできた。

「この5人ったら、ついさっき私のことを『チビ!』っていったのよ。」

栗色の髪の少女は吹き出した。黒髪の少女も一緒に声を上げて笑い出す。自分
のことを『チビ!』呼ばわりした連中が、砂粒よりも小さくなって小指の爪の
先で震えているのだ。いい気味だった。

「ホントに芽久美ちゃんの方がチビかどうか、背比べしてみたら?」

 栗色の髪の少女が足元にそっと小指をつけて5人を床に放り出す。5人はも
んどりうって床に転がり落ちた。それでもケガ一つない。このくらい小さくな
ってしまうと、質量が小さいので滅多なことではケガをしないのだ。
「あ、あわわわわわ」
 体勢を立て直しながら上空を見上げた。2人の美少女が立っている。真下を
見下ろして笑っている。大きい。本当に大きい。5人のすぐ目の前にある白い
靴下に被われた右足の親指だけでも高層ビルくらいの高さがある。足全体にし
てみたらちょっとした丘くらいだ。そこからむんわりと耐えきれないほどの悪
臭が漂ってくる。いや、この少女たちが不潔だというわけではない。大きすぎ
るのだ。丘ほどもある巨大な足だから、それに比例してそこから放散される足
臭もきついのだ。
 それにしても、足だけでこんなに大きいんだから身体全体ではどれほどの大
巨人なのだろう?見上げてみても比較する対象が思い浮かばない。どこまでも
そそり立つ脚と、その上空に広がるスカート。その上になると距離感覚も掴め
ない。切り立った断崖絶壁のようでもあるが、ここまで高い絶壁は見たことが
ない。なにしろ周囲との縮尺関係で考えれば2人とも身長6000メートルくら
いあるはずなのだ。ともかく大きい。大きな山も一またぎしてしまうほど超越
した大巨人だ。

「うふふ、さあ、どっちがチビかしら?」

 黒髪の少女が小首を傾げながら鼻先で笑った。
「くそ!わざとらしいことを聞いてきやがる。」
「悔しいなあ。こんなにバカにされても何も言い返せないなんて。」
「それにしても、誰がこいつを『チビ!』なんて呼んだんだ?」
「オレ・・・かな?」
マスクをかけた少年が呟いた。
「さっき通りの角で小さなガキにぶつかったんだ。腹が立ったから、『気をつ
けろ!チビ!』って怒鳴ったような気がする。」
「それだ。」
5人は頷きあった。

「こんなゴミみたいなチビのくせに芽久美ちゃんを『チビ!』呼ばわりするな
んて最低ね。踏みつぶしちゃおうかな。」

栗色の髪の少女が、踵を床につけたまま右足のつま先を軽く上げた。強烈な悪
臭を伴う突風が5人を吹き飛ばした。そして床に仰向けになった彼らの視線の
先に長さ900メートル幅400メートルにも及ぶ広大な足裏が振りかざされた。
白いソックスの底が足裏の形をトレースしてきれいに薄汚れている。
「う、うわあああああ!!!」
全速力で走って逃げ出す。しかしそんな広大な足裏から瞬時に逃げ出すことは
不可能だ。絶望的な逃走を企てる彼らの前に、今度は黒髪の少女が靴下を脱い
だ素足を突きだした。

「優奈ちゃん、踏みつぶさないで。もっとゆっくりなぶって遊びましょうよ。」

5人は立ち止まって黒髪の少女の足指を見上げた。まるでオフィス街に立ち並
ぶビル群のように連なっている。今度は靴下で被われていない分、その悪臭は
いっそう強烈だった。
「なんてこった。足の指がビルみたいに大きいぜ。」
「でかいなあ・・」
「こいつさあ、さっきまでオレの胸くらいまでしかなかったんだぜ。オレにぶ
つかったら吹っ飛んでいった小さなガキだったんだぜ。それがこんな目も眩む
ほど巨大になりやがって・・・」
マスクの少年が唇を噛んだ。
「だから、こいつがでかくなったんじゃなくて、俺たちが小さくなったんだ
よ。」
5人は悔しそうに圧倒的に巨大な黒髪の少女を見上げた。黒髪の少女はこの様
子を知ってか知らずか、5人を見下ろして勝ち誇ったように笑った。

「いいこと思いついちゃった。」

 栗色の髪の少女が急にしゃがみ込んで亜希子を床に降ろした。亜希子はすぐ
に5人の近くに走り寄る。すると栗色の髪の少女は次にリカちゃん人形を右手
を前に差し出す形にしてその掌を亜希子に突きつけた。

「亜希子ちゃん、そのチビたちと一緒にリカちゃんの掌に乗りなさい。」

「はあい。」
亜希子は素直に頷いた。続いて足元の5人にも同意を求める。しかし、彼らは
その場でぶるぶると震えるのみであった。やむをえず亜希子もしゃがみ込んで
彼らの前に両手を突きだした。
「はい。」
「はい、って、なんだよ?」
「私の掌に乗って。」
「え?」
「優奈ちゃんの命令は絶対なのよ。さ!」
なおも尻込みする彼らを亜希子は1人ずつ掴みあげていった。立ち上がる。亜
希子の片手の上に5人は寄り添って立っていた。これでよし。そのまま亜希子
はリカちゃんの右掌に乗り移って、上空の栗色の髪の少女に向かって大きく左
手を振った。
「優奈ちゃああん、いいですよおおお!」
栗色の髪の少女は満足そうに頷くと、リカちゃん人形を掴んだままやおら立ち
上がった。

「えへへ、優奈ちゃんが持ってるこの小さなお人形の、その掌に乗った小さな
こびとの、そのまた掌に乗せられた気分はどう?」

栗色の髪の少女は、むんずと掴んだリカちゃん人形を目の前に掲げて胸を張っ
た。黒髪の少女も5人に息の掛かるほどの近くまで顔を寄せ、彼らに向かって
せせら笑った。

「惨めね。うふふ、今度はこっちからいくらでも言ってやるわ。チビ!チビ!
チビ!チビ!」

 5人は自分たちの20倍の大きさの巨人である亜希子の掌中で頭を抱え込ん
でいた。その亜希子はリカちゃん人形の掌の上に立っている。いまやリカちゃ
ん人形ですら5人にとっては身長1000メートルの大巨像なのだ。そしてその
リカちゃんの巨像は栗色の癖っ毛の少女に片手で掴まれている。この少女たち
は、自分たちから見て巨人の巨人のそのまた大巨人なのだ。5人は絶望的な大
きさの違いを思い知らされていた。

「こんなに小さいとエッチの相手は無理ね。そうそう、そういえば芽久美ちゃ
ん、今日こそはやってみるんだったっけ?」

 黒髪の少女は、この栗色の髪の少女の言葉を聞くと、急に頬をぽっと紅く染
めて頷いた。

*****

 水に放たれた魚のように、2人は愛し合った。
「ふうう、オオクニヌシ、最高だわ。」
「君もさ、アマテラス。」
「・・・たくさん遊んでたんでしょ?」
「まさか!」
オオクニヌシは慌てて首を振った。
「あんな山奥に尋ねてくるのはサルやシカくらいさ。」
「くふふ、冗談よ。そんなに慌てなくたっていいわ。」
アマテラスはようやくオオクニヌシから身体を離すと、小首を傾げながら尋ね
た。
「ねえ、オオクニヌシ、どうして日光の山奥なんかに隠れていたの?」
「・・・」
 アマテラスがこの国を譲り受けると、譲り渡したオオクニヌシの姿は公の舞
台から消えてしまった。出雲はおろか、国中を探してもその行方はしれない。
流石に表立って言上げする者もいなかったが、影では皆がアマテラスを疑って
いた。アマテラスが、邪魔になった前支配者を殺害したのではないかと。
 しかし、そんなことがあろうはずはなかった。アマテラスとオオクニヌシは
愛し合っていたのだ。心から愛し合っていたのだ。だからたとえ国はアマテラ
スに譲っても、オオクニヌシはアマテラスの許に残り、彼女を支え、ともに国
を統べていくことになるはずだった。少なくともアマテラスはそう信じていた。
だからこそアマテラスはオオクニヌシから国を譲り受けたのだ。
「わかってるわよ。」
アマテラスは苦笑しながら続けた。
「私に国は譲っても、あのお宝は譲りたくなかったんでしょ。」
「・・・ああ」
オオクニヌシはあっさりと認めた。
「だから僕は君に国を譲った後、3つのお宝を持って日光の奥に姿を消したの
さ。君に残した鏡・玉・剣はただの装飾品だ。」
「私に力を持たせたくなかったのね。」
「そうだ。」
オオクニヌシは頷いた。
「飾り物の三種の神器とは違って、この3つのお宝を手にした者は、時を超え、
空間を超えて、支配する力が与えられる。その力を君に移譲しなかったから、
君は名ばかりの神になった。はっきり言って、八百万の烏合の衆を束ねるだけ
の存在になったんだ。」
「とても困ったわよ。」
アマテラスは口を尖らせる。
「それで君はあのお宝を手に入れようと画策していたんだね。」
「そうよ、そして・・・」
アマテラスはもう一度オオクニヌシの手を取って瞳をじっと見つめた。
「そのお宝と一緒にいるはずのあなたを探していたの。」

*****

 5人は言葉もなくその光景を見ていた。
 いや、見せつけられていた。
 黒髪の方の巨大美少女が、全裸になって、反っくり返りながら大きく股を広
げて床に腰をおろしている。その広げた股間の真ん中、うっすらと生えた陰毛
の下の膣口にリカちゃん人形が両手をずっぽりと差し込んでいる。そしてその
リカちゃん人形の足元からお姫様ドレスを伝って両手の先、すなわち巨大美少
女の膣口に殺到しているのがさっきまでここに並んでいた人々だ。彼らは群が
って巨大美少女の性器にへばりついていた。
 5人は亜希子の差し出した掌の上からこの様子を見ていた。亜希子はリカち
ゃん人形のすぐ隣、お姫様ドレスの裾のあたりに立っている。人々は勇敢にも
巨大なリカちゃん人形をよじ登ってばっくり開いた女性器へと挑んでいくのだ
 
「あ・・ああああ・・・ああああああああああん」

 黒髪の巨大少女は耐えきれずに大音量であえぎ声を漏らした。ひくひく、ひ
くひくと、小刻みに揺れている。むわあん、と、鼻の曲がるような淫臭が漂う。
酸味の強い果実系の香りと濃厚な発酵臭の混じり合った特異な臭気だ。その身
体中にじんわりと汗が滲み、膣口からもじゅるりと液体が漏れてきた。汁に洗
い流されないよう、性器にへばりついていた人々は素早く移動を開始する。も
う手慣れたものだ。
「実は芽久美ちゃんがあの人たちと一緒にエッチするのは今日が初めてなんで
す。」
亜希子が解説を始めた。
「いつもはあっちの優奈ちゃんがやっているのを見ていただけなんです。」
5人が背後に視線を向けると、黒髪の美少女と向き合って栗色の髪の美少女が
大股広げて腰をおろしている。その股間にもやはり大勢の人々が群れていた。
陰毛は頭髪よりも薄い茶色だ。産毛からしっかりした陰毛へと変貌をとげたば
かりという印象である。もうリカちゃん人形は抜き取ってしまった。我を忘れ
てしまっている黒髪の少女とは違って、こちらは余裕綽々。薄笑いを浮かべな
がら自分の股間を見下ろしていた。
「優奈ちゃんはもう遊び方にも慣れてきたんですけどね。やっぱり初めてだと
戸惑うんでしょうか。うーん、いつも清楚な芽久美ちゃんとは思えない乱れぶ
りです。」
 そのとき、栗色の髪の少女は何かいわくありげな笑みを浮かべると、自分の
股間に手を伸ばして茶色い陰毛をぷつりと一本抜いた。そして身を乗り出しな
がら亜希子の上にその陰毛をかざす。ふりかざされた陰毛の長さは亜希子の身
長の数倍もある。

「亜希子ちゃん、そのチビたちをご招待よ。」

 亜希子は頷くと、目の前に垂らされた陰毛の先端に5人をのせた。5人は落
とされないように慌ててしがみつく。その太さは彼らがちょうど一抱えにする
くらいであった。5人がしっかりしがみついたことを確認すると、栗色の髪の
少女はその陰毛を自分の股間の前にぶら下げてみせた。

「みんなが頑張ってるのよ。よく見てね。」

 巨大な陰毛にしがみつきながら、5人は栗色の髪の少女の股間を至近距離か
ら観察させられた。差し渡しが200メートル近くある巨大な少女の女性器だ。
30人くらいの男たちがそこに群がっている。膨らみを抱きかかえたり、襞の中
に挟み込まれたりしている。要となるクリトリスを全身で愛撫しているのはあ
の副操縦士だ。更に一部の人々は、その固く閉じた蕾をかいくぐって膣内へも
侵入しているらしい。
 そしてこの至近距離で観察して初めて実感できたことがあった。こうして虫
のように性器にへばりついていたこびとたちの1人1人は、実は亜希子と同じ
大きさ、自分たちと比べれば20倍の大巨人なのだ。

「うふふ、いい気持ち。」

再び亜希子の許に返してもらったときには、5人はもううんざりしていた。そ
んな雰囲気を読むこともなく、亜希子はいたって明るく話し続ける。
「如何でしたか?近くでみたら迫力あったでしょ?優奈ちゃんのエッチなお遊
び。」
「・・・」
「みんなも練習して、上手に優奈ちゃんを悦ばすことができるようになったん
ですよ。だからもう優奈ちゃんは自分の指を使わなくてもよくなったんです。
凄いでしょ?」
「・・・あ、あんたは行かなくていいのか?」
剃り込みがおずおずと亜希子に尋ねた。
「いいんですよ。あれは男の人の仕事なんです。」
亜希子はにっこり笑って答えた。
「私たちはいつもこうやって間近から彼らと優奈ちゃんたちの頑張っていると
ころを見守るだけです。」
「・・・」
 いつのまにか亜希子の周囲に同じような年格好の女が4人集まっていた。
「ねえ、亜希子さん、その小さい男の人たちを見せてくださいよ。」
 4人は亜希子の元同僚。やはりこの機のフライトアテンダントだった女たち
だ。亜希子同様、独特のそれらしい雰囲気を漂わせている。4人のフライトア
テンダントたちはそれぞれ1人ずつの少年を掴みあげ、自分の掌中に入れた。
亜希子の許には金髪の少年1人が残された。
「可愛いわねえ。」
1人の女がリーゼントの少年をを自分の鼻先にぶら下げながらうっとりした声
を出す。
「ねえ、私たちも、優奈ちゃんたちみたいな遊びをしてみませんこと?」
「あ、それ楽しそうですわ。」
「どうせいつも見てるだけで退屈でしたしね。」
「・・・そうね。そういたしましょうか。」
意外なことに亜希子までがあっさりその提案に賛成した。
「な、なにしようっていうんだよ?」
金髪はぎょっとして亜希子の顔を見た。亜希子はいつも通り柔和な笑みを浮か
べたままである。
「あなたたちは小さすぎて優奈ちゃんや芽久美ちゃんのオナニーの相手はでき
ません。でも、私たちの相手なら立派に務められますよ。うーん、ディルドと
してはちょっと小さめだけど。」
亜希子は2本の指で金髪の胸の当たりをしっかり摘むと、腰を落とし、そして
自分の股間に向かって金髪の身体を逆手に構えた。
「今日は初めてだから、脚を先にしますね。」
「お、おい、ちょっと待て、待てよ!」
「慣れてきたら頭から入れるようになってください。その方が形としては自然
ですから。じゃ、いきますよ。」
「や、やめろ!やめろ!!やめろおおおおおおおおおおおお!!!」
 
*****

「でもあなたがあのお宝を人間の手に渡そうとしたのには驚いたわ。」
「うん」
オオクニヌシは真剣な表情で説明した。
「このお宝の力は3つ合わせて初めて神の力となる。僕の手の許に3つの力が
集中しているのは危険だった。まとめて奪われてしまっては元も子もないから
ね。実際、君の手先の怪しいおサルなんかも徘徊していたし。」
「それで3つのお宝を分散させようとしたの?」
「そうだ。」
「くくくくく」
「何が可笑しいんだい?」
「だって・・・それ、ウソでしょ?」
アマテラスはオオクニヌシの顔を上目遣いに覗き込んだ。
「そのお宝を譲渡しようとした条件が『私にそっくりな女の子』だったなんて、
あまりにも話ができすぎだわ。」
「ふふふ」
今度はオオクニヌシが含み笑いをした。
「わざとらしかったかな?」
「あなたが私を誘い出そうとしていたのはすぐにわかったわ。でもね、敢えて
それに引っかかってみることにしたの。」
「君が君の化身であるあの少女を送り込んできたことだね?」
「そうよ。もっとも本人はまだはっきりとは覚醒していないけど。」
アマテラスはオオクニヌシにウインクしてみせた。
「でも、どうしてわざわざお宝をくれようとしたの?国譲りのときには渡して
くれなかったのに・・・」
「渡そうとしたわけじゃない。様子を窺ったのさ。」
オオクニヌシは明解に答えた。
「お宝は3つ揃って初めて本当の力を発揮する。君の化身が腕輪や指輪を選ん
でも、こっちに首輪が残れば時間を遡って取り返してくることができる。一方、
君は過去にこのお宝を所有したことがない。だから君の化身が首輪を選んで時
間遡行してもお宝を確保することはできない。腕輪を使って空間移動し、現在
の首輪を君から取り戻してしまえばそれでおしまいだ。つまり、君の化身にお
宝を1つだけ渡してもそれはすぐに取り戻すことができるんだ。」
「おおかたそんな筋書きだろうと思ったわ。」
オオクニヌシは肩をすくめてみせた。
「で、様子を窺った結果はどう?」
「君の意図がよくわかったよ。」
オオクニヌシは、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「あの娘の暴れっぷりを見て確信した。ただの人間なら力を与えられてもそれ
を存分に発揮することなんかできない。あの娘の背後には力を覚醒させるよう
にし向ける何らかの力が働いていたとしか思えなかった。それはきっと君の意
図だろう。君が、力を得ようとする強い意図を感じたよ。」
「でも、あなたはたとえ私に対しても権力を集中させたくはなかったんでし
ょ。」
「ああ」
オオクニヌシは頷いた。
「僕は・・・権力の横暴によって流される無駄な血や涙が大嫌いだ。」
「あなたらしいわね、オオクニヌシ。」
アマテラスは首を振る。
「だけど実際の人間たちときたら、権力の横暴によって流されるよりもよほど
多くの血や涙を、権力を奪い合う過程で流すのよ。それはどんな権力に対して
も逆らって自滅する人々はいるわ。でもそういう愚か者たちが淘汰された後は、
集中された権力の下にこそ、平和な世界が広がるのよ。」
 人間たちに任せてきたこの数千年の世の中について、改めて思い返す。どれ
だけ大勢の人間が権力争いの中で死んでいったことだろう。唯一の存在が揺る
ぎのない力を握り続けていたら、彼らは無駄に命を落とすこともなかったはず
だ。人間の裁量に任せたことは明らかに間違いだった。
「人間たちは形ばかり私を敬ってみせるけど、でも本心では神を畏れず好き勝
手をして暮らしてきたわ。その結果があの体たらくよ。」
「ああ。」
「そんな腐敗しきった人間の世の中に、神である私が介入することはできなか
ったわ。だって、力がなかったんだもん。『神は死んだ』なんてマジメに提唱
されちゃったくらいなんだから。」
アマテラスはもう一度オオクニヌシに向き直ってその目を見つめた。
「だから私は力がほしかったの。それは形の上では最高神であり続けた私にと
って、切実な問題だったわ。」
「それは・・・君のいうとおりだ。」
「あら、あっさり認めるのね。」
「だって、君のいうことは全く正論だからね。」
オオクニヌシは苦しそうに溜息をついた。
「確かに正論はそうだ。が、君はそれでもいいのか?」
「え?」
「力でこの世界を統べていく覚悟はできているのか?」
「ええ・・・」
オオクニヌシの意図するところがいまひとつわからない。でも、アマテラスに
覚悟があることは確かだった。それはこの数千年間、人間たちの世界を見つめ
続けてきた結果下された結論だったからだ。
「もちろんそれが大変な仕事であることはわかるわ。でも、世界のために私は
そうしなければならないの。そのために、ある程度の犠牲を払う覚悟はできて
いるつもりよ。」
「そうか・・・」
オオクニヌシは大きく頷くと、意を決して懐から首輪と腕輪を取り出した。
「じゃ、これは君に渡すよ、アマテラス。」
「え?」
戸惑うアマテラスに、オオクニヌシは首輪と腕輪を押し付けた。
「そこまで君が世界のことを考えているのならば、この2つは必須のアイテム
だ。世界を支配するためには時間と空間を超えなくてはならないからね。」
「で、でも・・・いいの?」
「ああ」
オオクニヌシはうつむき加減に答えた。
「ほんとうに君のいうとおりだ。いま、この瞬間にも地球上の大勢の人々が苦
しんでいるのは、『人間たちの裁量に委ねる』という僕の判断が間違っていた
からだ。世界は神の降臨を待ちわびている。そしてその神は力を思う存分発揮
できるカリスマでなければダメだ。君ならそのカリスマになれるだろう。」

*****

 芽久美はとっくに帰宅し、優奈ももう床についたようだ。おもちゃ箱の中の
リカちゃんハウスにも、やっと平穏な夜が訪れた。
「・・・俺たちは・・・もうダメだ・・・」
床にしゃがみ込んだまま、金髪の少年が頭を抱えて呟いた。
「こんなに小さくなっちまって・・・もう虫けら以下だ。今の俺たちにとって
は、蟻一匹だって恐竜よりも大きいんだ・・・生きてる価値なんてない。」
「まあまあまあ、落ち込まないでください。」
この様子を覗き込んでいた副操縦士が声をかけた。
「くよくよしないで早く寝た方がいいですよ。明朝も明るくなったらまた忙し
いんでから、体力を回復させておかないとばててしまいます。」
「あんたたちは、さあ・・・」
金髪はうんざりした表情で尋ねた。
「あんたたちは、どうしてあの小娘たちの言いなりになるんだ?」
「どうしてって・・・そんなの見ればわかるじゃないですか。」
 副操縦士は亜希子に目配せした。亜希子は小さく頷くと、いきなり片手で5
人をなぎ払った。
「いてえ!」
「いててて」
5人はそれぞれ床に打ち付けた肩や腰などをさすりながら声を荒げた。
「何するんだよ!」
そんな5人を悠々と見下ろしながら、亜希子はにっこりと笑って挑発した。
「どうかいたしましたか?」
「な、なんだと?」
「なめるんじゃないぞ!」
「おお!!」
5人は揃って亜希子の脚に殴りかかった。どかどかどか。5人が力を合わせて
殴っても蹴っても亜希子は微動だにしない。しばらくその様子を眺めていた亜
希子は、やおらしゃがみ込んで片手で5人の脚を鷲づかみにすると、再び立ち
上がって彼らを目の高さで逆さにぶら下げてしまった。
「うわああああ」
「何をするんだよお!」
「うふふ、もうお終いですか?」
「くそお!」
「放せ!放せ!」
「どうですか?よくわかりましたか?」
逆さづりにされた5人の目の前に副操縦士が顔を出した。
「君、もういいですよ。彼らを放してあげて。」
「はい。」
亜希子はにっこりと笑って5人を自分の足元に放した。彼らの上に屈み込みな
がら、副操縦士は話を続けた。
「ね、みなさん5人が束になってもこの亜希子くんに手も足も出なかったでし
ょ。ところがね、優奈ちゃんも芽久美ちゃんもまだ小学校の6年生ですけど、
でも亜希子くんよりずううっと大きいんですよ。亜希子くんを指先にのせちゃ
うくらいの超大巨人ですよ。私たちオトナが束になってかかっても、小指1本
で弾き返されちゃうでしょう。みなさんなら、そうですねえ、まとめて鼻毛で
潰されちゃうかな?」
あはははははは。周囲のオトナたちはさも愉快そうに笑い転げた。
「ま、だからみなさんは優奈ちゃんたちの相手はしなくても結構です。今日み
たいに、うちの女の子たちの性欲処理のお手伝いをしていただければ有り難い
です。ほんとはそれだって私たちの義務だったんですよ。でも優奈ちゃんたち
のお相手をするだけで疲労困憊してしまって、亜希子くんたちにまで手が回り
ませんでした。彼女たちには申し訳なかったと思っています。でももう安心。
みなさんがいますからね。明日からも、亜希子くんたちを宜しくお願いしま
す。」
「そんなのは嫌だ!」
「ワガママいっちゃいけません。」
「お、俺たちに、このまま一生オトナのオモチャになってろ、っていうのか?」
「それだってみんなの役に立つ立派なお仕事です。それにあなたたちはまだマ
シですよ。オトナのオモチャなんですからね。私たちなんかコドモのオモチャ
です。」
あははははは。周囲のオトナたちはのたうち回って笑い転げた。
「あんたたちは悔しくないのか!」
マスクをかけた少年がいたたまれなくなって叫んだ。
「あんな子供によお、裸にひん剥かれてママゴト遊びの相手をさせられてるん
だぜ。陰毛も生えそろわないマンコに向かってさあ、オナニーの手伝いまでさ
せられてるんだぜ。あんたたちにはさあ、『人間の誇り』ってものがないのか
よ?」
「『人間の誇り』、ねえ・・・」
副操縦士は首を傾げた。
「私たちは人間ですから、『人間の誇り』はもちろん持ってますよ。」
「じゃ、どうしてあんなでかいだけの小娘のいいなりになるんだ?」
「でもね・・・私たちは蟻のように小さな人間です。あんなに巨大な女の子た
ちと同等の誇りなんかありませんよ。あっちゃおかしいでしょ?」
副操縦士は、なお納得できない表情のマスクの肩をポンと指で叩いた。
「君たちもね、もう少したってオトナになればわかるようになります。」
あはははははは。周囲のオトナたちは、またまた愉快そうに笑い転げた。その
とき、リーゼントの少年が思い詰めたように尋ねた。
「そういえばさ・・・あんたは副操縦士だっていったね。」
「ええ、そうですよ。」
「・・・機長さんはいないのかい?」
「機長・・・ですか。」
副操縦士の表情から、すっと、笑みが消えた。
「機長は、いましたよ。はじめはね・・・」
そして目を見開き、虚空を見つめると、やがて再び満面に笑みをたたえはじめ
た。
「・・・でも、機長は、オトナになれなかったんです・・・ええ、機長だけで
なく、何人かの男たちもオトナになれませんでした。だからもう、私たちの仲
間じゃないんです。私たちの仲間になれなかったんです。だから、みなさんも
早くオトナにならなきゃいけませんよ。オトナの社会は平和で楽しいですよ。
身体は小さくたって楽しいですよ。争いもなく見栄を張ることもなく肩はこら
ず平穏であくせくすることもなく毎日毎日毎日毎日楽しいですよ。世界がみん
な、こんなに幸せになれればいいんですけどね。あは、あははは、あはははは
は、あはははははははははははははははははははは・・・」

*****

 その後数日の間、茜は擬我子への疑念を抱き続けていた。考えても、考えて
も、同じ結論にしかたどり着けない。もうこれ以上考えても無駄だ。やはり本
人に問いただすしかない。ある日の放課後、茜は思い立って擬我子を校舎の屋
上に呼び出した。
「どえっへっへ、茜ちゃん、今日は何の用かしら?」
 既に太陽は西に傾き、擬我子の武骨な身体と茜の上気した頬を更に紅く染め
ている。
「まあ、わざわざあたしを呼び出すんだから用事は一つしかないわね、どえっ
へっへっへ、どえっへっへっへ。」
擬我子は分厚い唇を捻じ曲げて下品に笑う。一方の茜の表情は真剣そのものだ。
「ぎ、擬我子ちゃん・・・あなたは・・・」
擬我子に真っ直ぐ指を差す。
「あなたは、私でしょ?」
擬我子の口元から笑いが消えた。
「・・・どうしてあたしがあなただと思うの?」
「だって・・・」
茜は左手の指輪を見やりながらぽつりと言った。
「だって、この指輪の力が及ばないのは私自身だけのはずよ。なら、指輪が効
かないあなたは・・・私であるはずだわ。」
擬我子は腹を抱えて笑い出した。
「どえっへっへっへ、流石は茜ちゃんね。」
擬我子は片手を自分の下顎にのばすと、顔の皮を力任せに引き剥いだ。
びりりりりりり
「きゃあああああ」
悲鳴を上げた茜の前に現れた擬我子の新しい顔は・・・やはり茜の面影に生き
写しであった。
「くくくくく、これが私の本当の姿よ。」
「あ、あなたの名前も『織田茜』なの?」
「名前、ねえ・・・」
仮面をはずした擬我子は笑って小首を傾げた。
「名前なんてあるのかなあ・・・?」
「?」
「ま、どうしても名前が必要なら擬我子のままでもいいわ。それよりも、大切
なことは役割よ。」
「役割?」
「そう。」
擬我子はウインクしてみせた。
「茜ちゃん、私はあなたに『意志を伝える者』なのよ。」
「意思を伝える者・・・」
そういえば、茜が指輪の力を行使したのも、擬我子に煽られたからに他ならな
い。何者かが茜の力の目覚めを企図し、それを擬我子に遂行させたというのか。
「私に力を使わせるようにし向けたのは、その『意志』だったの?」
「そうよ。」
「じゃあ、その意思を持った人は誰なの?」
擬我子はすぐには答えなかった。
「『誰の意思か?』という問いには後で答えるとして、『どんな意思か?』は推
測できる?」
茜はしばらく考えた後、ゆっくりと答えた。
「私に・・・その力を使って・・・この世界を・・・思いのままに統治しろ、
という意思かしら?」
「大正解。」
擬我子はにっこりと笑った。
「でも・・・私にそんなことができるの?」
「もちろんよ。あなたはもう無敵の力を持っているわ。」
擬我子は茜の両肩に手をかけた。
「警察だって、軍隊だって、誰も茜ちゃんに刃向かうことはできないわ。」
「でも、もしみんなが一度に攻めてきたら?」
「くくくくく、その時はみんなまとめて小さくするまでのことだわ。警察なん
か指先でひねり潰してやればいいのよ。軍隊なんか基地ごと一足で踏みつぶし
てやればいいのよ。世界中の人間をまとめて小さくして、その中で茜ちゃんだ
けが山のような巨人になればいいのよ。」
「そうだけど・・・」
「そしてこれがあなたの力を補完する大事なアイテムよ。茜ちゃんが意思を遂
行するためにはきっと役立つわ。」
擬我子は茜に古ぼけたネックレスとブレスレットを渡した。茜はそれらの意味
をすぐに理解した。
「茜ちゃん、あなたはこの意思を示した『彼女』に会うことはできないわ。で
も、あなたと、『彼女』と、『彼女』の意思をあなたに伝える私は、3人で1つ
の存在なの。だからさっきの『誰の意思か?』という問いの答えは、『彼女』
の意思でもあり、私の意志でもあり、そしてあなたの意思でもあるのよ。」
 茜は擬我子の説明を了解した。これは理屈ではない。身体で受け止めて納得
すべき真実なのだ。
「擬我子ちゃん、それでは『彼女』に伝えていただけるかしら?」
「なあに?」
「私は、『彼女』の意思を、いや、私の意思を、しっかりと遂行するわ。」
「・・・くくく」
擬我子は満面に笑みを浮かべた。
「上出来よ、茜ちゃん。私も十分に役割を果たせたようだわ。」
擬我子は屋上の柵の上にひらりと跳び乗った。夕陽を背にして、茜の眼に映る
その姿はもはやシルエットのみである。
「じゃあ、茜ちゃん、後は頑張ってちょうだい。また、いつか会えるかしらね、
くくくくく・・・」
「さようなら、擬我子ちゃん・・・」
 目を細めて擬我子のシルエットを見送る。
 力強い約束の言葉とは裏腹に、茜の胸の中にはいつものような不安感が湧き
起こってきた。
「確かに意志と力は受け取ったわ・・・でも・・・世界を思うままに統治する
事なんて、そんなこと私なんかにできるのかしら?・・・そんな勇気が私にあ
るのかしら?」
 1人では生きていくことのできない人間が、たった1人で世界を統治する。
それはどれほどに難しい課題でろう。茜には及びもつかなかった。
 そんな茜の不安に答えることもなく、擬我子のシルエットは消えていく。
 その笑いの余韻だけ残して、ふうわりと消えていく。
 そしてその影が夕陽にすっかり呑み込まれてしまった時、まさにその時、そ
れはいきなり飛び込んできた。
「!!!」
 擬我子からの最後のメッセージだ。
 重大なメッセージだ。
 具体的な言葉ではなく、漠然としたイメージとして茜の心の中に送り込まれ
てきたのだ。

*****

 アマテラスはオオクニヌシの頬を撫でながら尋ねた。
「・・・これからは、ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
「・・・」
オオクニヌシは寂しそうに首を振った。
「・・・それはできない。」
「どうして?」
意外な言葉にアマテラスは寝台から跳ね起きた。
「あなたはもう私から姿を隠す必要がないわ。ねえ、一緒に暮らしましょ。そ
して私と一緒に世界を統治して!」
「それができないんだ。」
オオクニヌシは苦しそうに下を向いた。
「いいかい、アマテラス。君は力を持つことによって、世界で唯一の絶対神と
なる道を選んだんだ。絶対神である君は、君の意志だけで世界を統べていくべ
きだ。」
「だって・・・」
「絶対神の意志は評価や批判の対象になりえないんだよ。周囲の助けやアドバ
イスなんてあってはいけないんだ。むしろ、そんなことが起こりそうな状況は、
君が君を神たらしめることの妨げになる。だから僕は君のそばにいるべきでは
ないんだよ。」
「そんな・・・」
アマテラスは叫ぶ。
「そんなのは嫌。何千年も探していたのに、何千年も待っていたのに・・・そ
うしてやっと逢えたあなたと、こんなに早く別れてしまわなければならないな
んて・・・」
「アマテラス・・・」
オオクニヌシは胸元で泣きじゃくるアマテラスの髪を撫でながら諭した。
「君は力を持って唯一の絶対神となる道を選んだ。その選択は僕も正しいと思
う。世界が君を待っているんだ。君の責務でもある。」
「・・・」
「こうして君と永遠の別れをしなければならないことは悲しい。僕だって悲し
い。でも、僕や君の個人的感傷にとらわれて世界を見殺しにすることは、もは
や僕たちには許されないことなんだ。」
「・・・」
「さあ、顔を上げて、涙を拭くんだ。力を持つということは、力を揮うという
ことは、孤独と戦うことなんだよ。」
「・・・あなたは、わかっていたのね?」
「え?」
「国譲りのとき、私に力を集中させるのが危険だからお宝を渡さなかったなん
てウソ。そうじゃなくて、私を孤独にさせたくなかったからお宝を渡さなかっ
たんでしょ?」
「・・・ああ・・・そうだ。」
 アマテラスは悟った。オオクニヌシはアマテラスの心から自分の記憶を消し
去るつもりだ。絶対神として力を揮う妨げになるかもしれない自分の記憶を、
完全に消し去るつもりなのだ。いくら何千年も日光の山奥に隠遁していたとは
いえ、オオクニヌシほどの神ならばその程度のことは朝飯前のはずだ。そして、
アマテラスにそれを防ぐ手段はない。潤んだ瞳にオオクニヌシの姿を精一杯焼
き付ける。もう、そのくらいしかできることはないのだ。
「・・・あなたのことを・・・忘れてしまうのね・・・」
「・・・君だって、もう『アマテラス』ではなくなるんだ。唯一の神に名前な
んていらないからね。」
「あなたはこれからどうするの、オオクニヌシ?」
「・・・僕はまたこの仮面を被るよ。」
オオクニヌシは、アマテラスに白い髯面の仮面を見せた。
「そして日光の山奥で名もない老神として静かに暮らしながら、君が、そして
君の化身が、世界を統治していく様子を見守ることにするよ。」
「待って!」
アマテラスは眼にいっぱいの涙を溜めてオオクニヌシに懇願した。
「一つだけお願いがあるの。」
「なんだい?」
「私がたとえあなたを忘れてしまっても・・・」
「・・・」
「でも、あなたには私を愛し続けてほしいの。」
「・・・」
「私はたとえあなたを、オオクニヌシという男を忘れてしまっても・・・愛さ
れているという事実だけは忘れないわ。絶対に、絶対に忘れない。私は・・・
それを支えに孤独と戦っていきたいの!」
「・・・」
「だからお願い・・・約束して・・・」
オオクニヌシはゆっくりと頷いた。
「・・・約束するよ。どんなことがあっても、僕は君を愛し続ける。」
「オオクニヌシ・・・」
「・・・アマテラス」
「・・・」
「・・・」
 2人は抱きしめあった。
 いつまでも、いつまでも、抱きしめあった。
 オオクニヌシという名の男の最後の夜を。
 アマテラスという名の女の最後の夜を。
 いつまでも、いつまでも、抱きしめあった。

*****

 擬我子の去った校舎の屋上に、茜は一人きりで立っていた。既に陽は落ちて、
その姿はとっぷりと夕闇に包まれている。
 ・・・
 いま、私の手には力がある。
 時間を超え、空間を超えて、世界を支配する力がある。
 この力は、偶然に手に入ったものではない。
 私の意思だ。
 私が、私の意思で、手にした力だ。
 ・・・
 でも、わかる。
 私にはわかる。
 誰かが私を支えてくれている。
 この世界のどこかで、未だに出逢ったことのない誰かが、遠くから私を暖か
く見守ってくれている。
 その人物を、私は知らない。
 これからも知ることはないだろう。 
 でも、この支えがあるからこそ、私は強くなれる。
 その強さがあるからこそ、私は、私の意志を、私の力を、思う存分世界に揮
うことができる。
 その勇気を持てる。
 私はもう、世の中に気兼ねしてばかりいる気弱な少女ではないのだ。 
 ・・・
 今だ。
 今こそ、この仮面をはずすのだ。
 素顔を露わにして、この世界の人々の前に、私の姿を見せるのだ。
 私の意志を示すのだ。
 私が何者であるかを知らしめるのだ。
 そして、その上に君臨するのだ。
 ・・・
 ・・・
 茜は眼を閉じた。
 瞼の裏に、来るべき未来の姿が広がった。
 ・・・
 ふう・・・・
 じんわり
 ワインレッドに揺らめく最高級の陶酔が、茜の全身を淫らにくるみ込んだ。
 ・・・
 ・・・うふ・・・
 ・うふ・うふ・うふ・
 ・・うふふふふふふふふふ
 あはははははははははははははははははははははははははははは
 狂おしいほどの歓喜に身を委ね、茜は、左手の小指にそっと口づけをした。
 ・・・
 ピカリ
 夕闇に指環がきらめいた。
 ・・・
 ・・・
 瞼を開けた茜を中心にして、世界が身震いをはじめた。

仮面をはずすと・終