北郎少年の冒険(サブタイトル:妙な数日間)・その2

by JUNKMAN


「あれえ?おにいちゃん、部屋にいると思ったんだけどなあ。」

志都美は部屋の中をきょろきょろと見回した。僕はペンケースの陰からその様子をうかがった。
僕より一つだけ年下の志都美は、今、僕の尺度では身長が77~78メートルくらいの巨人になっていた。泣きたい気分だった。こんな情けない姿を見せるわけにはいかない。兄としての沽券に関わる。
僕は志都美がよそ見をしている隙に、こっそりとペンケースの中に忍び込んだ。
ここに隠れてやり過ごそう。そして志都美がいなくなったら、なんとか方法を考えて机の下に降り、ランプの近くに行ってだいあなを呼び出すんだ。それで僕は元に戻れるはずだ。
ペンケースの外では、志都美の声が轟いていた。

「ひどいなあ、おにいちゃんったら。今日は私と一緒に映画を見に行こうっていってたのに。」

ん?
そうか、今日は11月10日だったな。そういえばそんな約束をしてたっけ。
それにしても、いつまでも僕にまとわりついてないで、ボーイフレンドでもみつけろよ。

「いっけなあい。もう6時になっちゃったわ。」

志都美は時計を見て素っ頓狂な声を上げた。

「ふん、いいもん。杏奈ちゃんを誘っていっちゃうもん。」

どすんどすんという足音が遠ざかって行った。やれやれ、見つからずにすんだ。とりあえず僕はほっと一息ついた。
ペンケースから首を出そうとしたら、やおら部屋の扉が開いて、志都美が戻ってきた。
まずい!
僕は首を引っ込めて、ペンケースの中で小さくなって震えていた。

「あー!やっぱり、このペンケース、私のだ!」

え?
そうだったけ?
そういえばこの間借りたまま返してなかったっけ。
と、いうことは・・まずい!
飛びだそうとしたが遅かった。ペンケースが外側から強く締め付けられると同時に、ぐいっと重力加速度がかかった。逆さまにひっくり返りながら僕は状況を把握した。志都美が掴み上げたんだ。

「もー、ひどいなあ、おにいちゃんったら。帰ってきたら文句いわなくっちゃ。」

どさん。僕はペンケースごと、志都美のポシェットの中に放り込まれた。

*****

志都美のポシェットは乗り心地がいいなんてものじゃない。
ひっきりなしにぐらんぐらんと揺れて、船酔いをしてしまいそうだ。
せめて新鮮な空気くらい吸わないと。
僕は暗闇の中でもがきながら、やっとの思いでペンケースから這い出して、ポシェットのチャックの隙間から顔を出した。
そのとき、ちょうど志都美は待ち合わせ場所に着いたようだった。

「杏奈ちゃん、ごめん、待ったあ?」
「ううん、志都美ちゃん、私も今ついたばっかりよ。」  

志都美のいう「杏奈ちゃん」というのは、どうやら一級下の小泉杏奈のことだったらしい。
もちろん彼女のことは知っている。
なにしろ学校でも評判の美少女だ。
しかもどうしたことか、このところ僕のことを先輩、先輩と呼んでまとわりついてきていたのだ。美形の女の子にまとわりつかれるのは気持ちのいいものだ。
でも、志都美と友達だってことは知らなかったなあ。

「今日、お兄さんは?」
「ふん。いいのよあんな奴。どこをほっつき歩いていることやら。」

志都美はぷうっと頬を膨らませた。杏奈の笑い声が聞こえた。

「あんな奴のことが気になるの?」
「うん。だって、北郎先輩って、ちょっとかっこいいんだもん。」

おお!小泉!お前、僕のことをそんなふうに思っていたのか?偉いぞ!元の大きさに戻ったらすぐにデートに誘ってやるからな!
評判の美少女・小泉杏奈の意外な告白を聞いて、僕の心は舞い上がった。

「やだあ、杏奈ちゃんたら、お兄ちゃんのこと何にもわかってないのね。」

あ、あ、あ、志都美!せっかくいい感じなんだから、ぶち壊しにするようなことだけは言わないでくれよ!

「お兄ちゃんたら、独りで部屋にいるとき、何してると思う?」

こ、こら、だから余計なこというな!

「何だか変なイラストを見ながらねえ、ごそごそと・・・」
「こらあああああ!!!」

僕は思わず大きな声を出してしまった。
志都美と杏奈がさすがに気づいて辺りをきょろきょろ見回す。
僕は慌ててポシェットの中に首を引っ込めた。

「いま、北郎先輩の声がしなかった?」
「うん。私にもお兄ちゃんの声に聞こえたわ。でも、誰もいないわね。」
「そのポシェットの中から聞こえたような・・」
「きゃはは、そんなわけないじゃない。きっと空耳だったのよ。」
「そうかしら?」
「そうそう。さ、もう入りましょ。映画が始まっちゃうわ。」

いやいや、我が妹が脳天気な性格で助かったよ。
なおも納得がいかない表情の杏奈を後目に、志都美はすたすたと歩き出してしまった。やれやれ。

*****

ポシェットの外側では映画が始まったようだ。
どうせくだらないアニメ映画だ。つきあわされなくって良かったぜ、って結局は一緒に映画館に来ているんだけどね。
とは言っても今の僕の状況は映画どころじゃない。このままポシェットの中に入っていたら志都美の部屋に戻されてしまう。そうしたらだいあなのランプにたどり着くのは容易なことではないぞ。
どうしようかな? 
そうだ、ここから出て志都美のソックスにでもへばりついていよう。そうしてあいつが僕の部屋の前を通るとき廊下に飛び降りればいいんだ。今の僕の大きさなら扉の隙間からでも部屋の中に潜り込めるだろう。今度は床の高さだから、簡単にだいあなのランプに到達できるはずだ。
うーん、我ながら完璧な計画。
そうと決まれば実行だ。
うまい具合に映画館の中が暗くなっているぞ。今なら志都美に気づかれずポシェットからソックスに移動できるだろう。僕はこっそりとポシェットから外に降り立った。
ところが、思ったほどに簡単ではなかった。
志都美はポシェットを座席の脇に置いていた。だからすぐに太股へ飛び移れるだろうと算段したのだが、その間の隙間が4メートルくらいある。助走なしでは飛び越えられない距離だ。
仕方ない。一旦座席のレベルにまで降りて、そこから太股の上に登ろう。
ポシェットの側面を伝い降りる。
今度は目の前にとてつもなくでかい臀部がそびえ立っていた。タイトなミニスカートがはちきれそう。こんなのがちょっとでも揺れたら、僕なんかいちころでぷちりと潰されてしまうだろうな。凄い威圧感だ。これが自分の妹なんだから情けなくなってしまうよ。
愚痴を言っても始まらないので、巨大なタイトスカートの壁を登り始める。
なにしろぴちぴちで手がかりがないから何度やっても途中で滑り落ちてしまう。
まずい。
無為に時間が過ぎていく。
このままでは映画が終わってしまうぞ。
気が焦るとなおさらうまくいかない。
落ちつけ!
落ちつけ!
十数回の失敗の後、ようやく僕は志都美の太股の上に到達した。
ふう、くたびれた。
でもここまでくれば後はもう脚に沿って滑り降りるだけさ。一服するか。僕はその場に腰を下ろしてスクリーンをみた。

「FIN!?」

しまった!エンディングテーマが流れ始めた。最後までゆっくり声優の名前と
か見ていればいいのに、こんなとき志都美はせっかちなのである。すぐさま立ち上がってしまった。

「わああああああ」

僕はひとたまりもなくポシェットの向こう側まで弾き飛ばされてしまった。今までの苦労は水の泡だ。

「さあ、終わったわ。杏奈ちゃん、帰りましょ。」
「え?うん、でも、エンディングは」
「いいのいいの。出口が混んじゃ嫌でしょ。」

まずいぞまずいぞ!
これじゃ志都美のソックスどころかポシェットにも戻れない。最悪の場合、この場で見つかってしまうってことにもなりかねないぞ。
そんなの嫌だ。恥ずかしい。
とりあえずどこかに隠れよう。
僕は手近に見えた布の内側に潜り込んだ。

「じゃ。帰ろうか・・・」

次の瞬間、その布が急に上空に持ち上がった。

「!」

僕は振り落とされないよう、必死で布にしがみついた。
今度は布が横方向に動き出す。ものすごい揺れだ。ポシェットの中なんてもんじゃない。いったいどうなっちゃったんだ?
ふいにうす明るくなった。
周囲は僕の掴まっているカーテンのような布で囲まれていて良くわからない。上を見る。天井は水玉模様だ。
下を見る。地面は40メートルくらい下にある。目が眩みそうだ。そしてその地面から水玉模様の天井まで2本の巨大な柱がそびえ立っている。え?

「じゃ、杏奈ちゃん、また明日ね!」
「ばいばあい!」

2本の柱が歩き始めた。
これは脚だ。
やっと状況を把握した。僕は小泉杏奈のスカートの内側にぶら下がっていたのだ。

*****

「ただいまあ。」

はあ、やっと着いた。
これが小泉杏奈の家か。広いなあ・・・って僕が小さいんだから当たり前か。そもそも下しか見えないんだから良くわからないんだけどね。どうでもいいけど早くこのスカートを脱いでくれないかなあ。ぶら下がりっぱなしで、腕が棒みたいになっちゃったよ。このスカートから脱出できたら、その次のことはその次に考えよう。
と思っていたら、いきなり凄い大揺れがかかって、巨大な脚が2本続いて上方にぬけていくと、僕はスカートごと更に高い位置に吊し上げられた。
しまった、いま、スカートを脱いだんだな。タイミングを逃しちゃった。
スカートの内側に閉じこめられているんで、むふふな巨大小泉杏奈の姿は見えない。
残念・・・なんて考えている場合じゃない。ばたん、という音がして辺りが真っ暗になってしまった。
おそらくこれは衣装棚だ。
・・・脱出不可能だな。
何よりも、もう腕が痺れてきちゃった。
手を放したら軽く50メートルくらいは落下しそうだ。とてもただでは済まないな。
絶望だ。
・・・
でも、もういいや。
僕は観念して、スカートにぶら下がっていた手を放した。
・・・
ひゅー、どすん。
落ちた先は、予想外にもふかふかの布だった。
ハンガーからずり落ちていた服の上に飛び降りたらしい。痛くもかゆくもない。
やったあ!
まだまだ運に見放されたわけじゃなさそうだ。
それじゃ、今後の作戦を考えよう。
とにかく僕の家に帰らなきゃだめだ。そうしてランプのそばにたどりついてだ
いあなを呼び出さなくては元の大きさに戻れない。そのためには、悔しいけど志都美だ。やっぱりこっそりと志都美にくっついていくのがいちばん現実的だろう。どうやら小泉杏奈と志都美は友達らしい。明日も学校で会うに違いない。その時がチャンスだ。だから、とりあえず明日の朝は小泉杏奈の制服の中に隠れて学校に行こう。よし、決めた。
そうとなったら今日はもう休息をとろう。
明日はまたひと頑張りしなきゃいけないみたいだからな。
幸い寝心地のよさそうな環境だ。
おやすみなさあい!
こうして奇妙な数日間の第一日目、11月10日は終わったのである。 

*****

ばたん!、という大きな音がして、急に光がさしてきた。
慌てて見上げる。
下着姿の巨大な杏奈が制服を取り出しているところだ。
うへえ、寝過ごした。
僕は飛び起きると、こっそりと衣装棚から這い出して、杏奈の背後にまわった。
目の前に、ダンプカーよりも巨大な足が、ソックスに包まれて2つ鎮座している。そこから上にむかって2本のすらりとした脚がそびえ立っているんだけど、目が回りそうだからそれより上は見ないでおこう。
これじゃソックスにへばりつくしかない。それ以上の高さは無理だ。こんなに巨大な脚を登っていく自信はないからなあ・・・
ということで杏奈の右足に背後から近づいた。

「うわっ」

近寄った足が急に踵から上昇していった。
僕はぎょっとしてあとずさりした。
そうか、スカートをはこうとしているんだから足を上げるのは当然だ。
頭上を見上げる。

「うわああああ」

今、上がっていった右足が、スカートをくぐって僕の頭上に降りてきた。まるで天井が落ちてくるようだ。
危ない!
僕は慌てて逃げ出した。どすうううううん。
間一髪、踏み潰されはしなかったけど、ものすごい衝撃でひっくり返ってしまった。
ひゃあ、危なかった。ソックスに近づくってのは、思ったより危険なことなんだな。
そうこうしているうちに制服に着替え終わった杏奈は、衣装棚の前から歩き出
しはじめた。
まずいぞ、これじゃおいていかれる。
急いで後を追う。
だめだ。
全力で走ったけど普通に歩く杏奈に追いつけない。歩幅がとんでもなく大股なのだ。
杏奈は結局僕には気づきもせず、部屋から出ていってしまった。あーあ、これじゃあ今日は志都美には逢えないや。残された僕は落胆してその場にへたり込んでしまった。
しようがない。下手に動きまわると誰かに見つかっちゃうかもしれないから、今日は一日この部屋に隠れていよう。

*****

僕はそのまま杏奈の部屋の片隅に隠れてぽつんとしていた。
でも、予定というのはなかなかその通りにはいかないものである。
おなかが空いて喉がかわいてしまったのだ。
ずっと我慢していたけど、午後の3時を過ぎた頃にはもう限界だった。ごきぶりみたいで情けないけれど、台所にでも行けば食べ物があるかも。
僕は意を決して部屋の扉の隙間をくぐり抜けた。さあて、台所はどっちかな?廊下の先の方じゃないかな?単なるカンだけどね。僕は幅70メートル、長さおよそ300メートルはあろうかという広大な廊下をとぼとぼと歩き始めた。

*****

ちょうど真ん中あたりにさしかかったころだろうか、廊下の突き当たりにいきなり巨人が現れた。
僕は意表を突かれて金縛りにあってしまった。
巨人の姿を見上げる。
女の子だ。
でも杏奈じゃない。ずっと小さい。
いや、大きさの話じゃないよ、年齢のことだ。10歳くらいかな。身長は65メートル程度だろう。
杏奈の妹かな?面影が杏奈に似ていてとても可愛い。特に目元なんか・・・

「!」

目と目が合ってしまった。

「あれえ?何かしら?」

まずい!
気づかれた。心臓が凍り付いた。もう止まっている場合ではない。隠れよう。辺りを見回す。だが広い廊下の真ん中だ。周囲には身を隠すものはない。
では逃げよう。僕は全力で駆け出した。

「何だろうなあ?動くからやっぱり虫かしら?」

どおん、どおおん、どおおおん
背後から重い足音が追ってくる。凄いスピードだ。とても逃げ切れない。

「やあねえ。踏み潰しちゃおうかな。」

どおおおおん。どおおおおおおおん
僕は、今朝、着替え中の杏奈に踏み潰されそうになったことを思い出して、恐怖で頭が破裂しそうになった。

「追いついちゃった。さあて、踏み潰そうかな。」

周囲が暗くなって振り返った。
頭上から巨大なスリッパの底が音もなく降りてくる・・・

「やめてくれえええええ!!」

ついに僕は大きな声を出してしまった。
地面に向かっていたスリッパの底の動きがピタリと止まった。

「??」

上空からスリッパが消え、その替わりに巨大な女の子の顔が現れた。

「あ!こびとさんだあ!」

あああ、ついに見つかってしまった。
こんな小学生の女の子に見つかってしまった。
でも、踏み潰されるよりはましだ。
観念してその場に立ちすくんだ僕を、2本の巨大な指がつまみ上げた。

「うわああ!」

腹の辺りを締め付けられて、僕は痛みで気が遠くなりそうだった。でも、巨大な女の子は僕の苦しさなんかちっともわからないようだった。

「とっても可愛い。」
「あああ、やめろおお!」

僕は苦しくって思いきり手足をばたばたさせた。女の子はにこにこ笑っているだけだ。

「うふふ、元気がいいのね、」
「違うよお!苦しいんだよお!力を緩めてくれよお!」
「あらあらちびちゃん、お願いするのにそんな言い方はだめよ。」

痛くって苦しくって遠のきそうな意識がふっと鮮明になった。
ちびちゃん?
こんな小さな女の子が僕のことをちびちゃん呼ばわりするのか?

「ち、ちびちゃんはないだろ。君こそ年上に対してはちゃんとした言葉遣いをしろよ!」
「年上?」

腰の辺りを締め付けていた巨大な指の圧力が緩み、僕は女の子の手のひらの上に落とされた。僕の目の前で巨大な瞳がきらきらと光っている。

「嘘ね。年上ってはずはないわ。だってこんなに小っちゃいじゃない。」
「そんなことはないぞ。僕は15歳。中学校3年生だ。」

あはははははは
女の子が鼓膜の張り裂けそうな声で笑い立てたので、僕は両耳を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。

「あははははは、ああ面白い。こんなおちびの中学生がいるわけないじゃない。
あははははは」
「嘘じゃないぞ!ほんとうだぞ!君は小学生だろ?もっと礼儀正しくしろよ!」
「あははははは、はいはい、わかったわ。じゃ、もう『ちびちゃん』って呼ぶのは止めるわね。そのかわり『ちびお兄ちゃん』って呼んであげる。いいわね、ちびお兄ちゃん?」

巨大な女の子は含み笑いをしながら僕をみつめた。
年上に対する尊敬の念なんて微塵も感じられない。
この状況では、そんなこと言っても無駄だったようだ。

「わたしのことは『優奈ちゃん』って呼んでいいわよ。」
「き、君は優奈ちゃんっていうのか?」
「そうよ。今日からちびお兄ちゃんの持ち主よ。」
「持ち主?どうして持ち主なんだい?」
「うふふ、だってちびお兄ちゃんは、わたしの玩具だもん。」
「え!?」

優奈と名のった少女は、当然という顔つきで手のひらの上の僕を見下ろした。
僕は気圧されながらも猛然と抗議した。

「そんなこと、勝手に決めるな!」
「あら、だってわたしが見つけたこびとなんだから、わたしの玩具でしょ?」
「ふざけるな!」
「いうことききなさい。」
「いいかげんにしろ!」
「いうこときかないと『め』よ!」

やおら僕の胸の前後を巨大な親指と人差し指が挟みつけてきた。2本の指は僕を挟みつけたまま優奈ちゃんの目の前まで上昇すると、そこでいきなり圧力が強まった。

「ぐわあああああ」

優奈ちゃんの巨大な目がきらりと光った。

「ぐあ、ぐあ、ぐあ、ぐあ」
「あらあら、まだ優奈ちゃんはほとんど力入れてないよ。」
「ぐ、ぐ、ぐるしいいいい」
「だめよ、もうちょっとくらい頑張らなくっちゃ。」
「頼む、頼む、やめ、やめ、ぐわあああ」
「あはははは、赤くなっちゃった。てんで弱いなあ、ちびお兄ちゃん。」

優奈ちゃんはやっと指の力を緩めてくれた。

「はあ、はあ、はあ、はあ、」

僕は手のひらの上で這い蹲って荒い息をついた。
死ぬかと思った。
だめだ。圧倒的な力の差だ。こんな幼い女の子なのに、手も足も出ない。

「うふふ、ちびお兄ちゃん、わかったかな?優奈ちゃんの言うことをきかなきゃだめよ。」

上空で巨大な笑い顔が僕に向かって諭しかけてきた。
悔しいけどそのとおりだ。逆らうなんてことはできっこない。

「じゃ、『僕は優奈ちゃんの玩具です』っていいなさい」
「はあ、はあ、はあ、はあ」

涙が出そうになった。
でも、今はこの巨大ないたずら娘のいいなりになるしかなかった。

「はあ、はあ、ぼ、僕は、はあ、はあ、優奈ちゃんの、はあ、玩具です、はあ、はあ」

優奈ちゃんの表情がぱあっと明るくなった。

「はい、良くできました。じゃ、お部屋に入って遊びましょ、ちびお兄ちゃん!」

もうだめだ・・・
僕はこの巨大な優奈ちゃんの玩具になるんだ。
どんなことをされるんだろう?
今までの感じからして、優しく気遣ってくれるようなことはなさそうだ。残酷な遊びをされるぞ。恐怖が全身を貫いた。失禁しそうになった。

「優奈ちゃん、お、お願いがあるんだ。」
「なあに?」
「部屋に帰る前に、ト、トイレに連れていってもらえないかなあ」

こんな状況になって、空腹感の方はどこかへ吹き飛んでしまった。
そのかわり、尿意はますます強まった。恐怖感。緊張感とも相まって、今にも漏らしてしまいそうだ。

「うふふふ、おトイレ?あらあら、ちびお兄ちゃんは独りで行けないのね。しょうがない。いいわ。連れていってあげる。お部屋でお漏らしされちゃったらわたしもちょっと困っちゃうもんね。」

優奈ちゃんは侮蔑の笑みを浮かべながら、僕をぶら下げてトイレに向かった。

トイレに入るなり、優奈ちゃんは僕のズボンを指先で引きずり降ろして、ちょっと前屈みになりながら僕を便器の真上にぶら下げた。

「さ、ちびお兄ちゃん、しーしーしなさい。」

僕は胸の辺りを2本の指で掴まれたままである。足場はない。約30メートル真下にはプールのような便器が広がっている。何よりも、目の前で優奈ちゃんに一部始終を観察されているのだ。こんな状況ではおしっこなんてできないよ。

「ゆ、優奈ちゃん。ちょっと、よそを向いててくれないか?」
「だあめ」

優奈ちゃんは笑いながらかぶりを振った。

「お兄ちゃんはちびすぎて心配なの。もし、ここに落っこちちゃったらどうする?」

胸を支える指が離れ始めた。

「うわああ、危ない!」

僕はあわてて人差し指の第一関節あたりにしがみついた。

「うふふふふ、ね?危ないでしょ?だから目を離せないのよ。さ、早くしーしーしなさい。」

さっきより、一層状況は悪くなった。
でもここでクレームをつけるともっと酷い状況にされるだろう。
それにもう膀胱が破裂しそうだ。
僕は諦めて、優奈ちゃんの人差し指にぶら下がったままおしっこを始めた。
ちょろちょろちょろちょろ・・・

「あははははは、おしっこだ、おしっこ。しー、こいこい、なんてね」

2つの巨大な幼い瞳が僕の股間を見つめて笑っていた。
僕は惚けたように脱力し、それに伴って膀胱が自然と収縮していった。
・・・
嘘だ。
こんなの嘘だ。
屈辱感が胸がいっぱいに広がっていった。

「うふふ、お漏らししなくて良かったわね、ちびお兄ちゃん。でも、ほんとに独りじゃなあんにもできないってわかったでしょ?」
「う・・・」
「心配しなくても大丈夫よ。わたしの玩具になっていれば、わたしが毎日面倒を見てあげるわ。良かったわねえ。ふふ」

優奈ちゃんは僕を鼻先にぶら下げて勝ち誇ったようにせせら笑った。
僕は、巨大な幼い少女の笑顔の前で、抗弁する気力もなかった。

「さ、そうしたら次はどんな遊びをしようかな?そうだ、遥香ちゃんと芽久美
ちゃんも呼んでこよう。」

優奈ちゃんは僕にズボンをはかせると、トイレを出て廊下を部屋へと向かった。
朦朧とする意識の中で、優奈ちゃんの言葉を反芻した。
友達を呼んでくる?
ということは巨大少女が数人がかりで僕をなぶりものにするのか?
だめだ。そんなことされたら死んじゃうよ!

「やめろお!やめろお!やめてくれええ!」

精一杯暴れてみたが、僕を締め付ける巨大な指はびくともしない。

「やめろお!やめろお!」
「こらこら、ちびお兄ちゃん、静かになさい。そうしないと、また『め』よ!」
「やめてくれええ!」

そのとき、急に玄関から声が聞こえた。

「騒々しいわねえ。優奈、なに独り言いってるの?」

小泉杏奈だ!
学校から帰ってきたんだ!
やった!
こんな姿を見られるのは恥ずかしいけれど、この状況よりは遥かにましだ。僕は全力をふりしぼって大声を出した。

「小泉いいいい!!助けてくれええええ!!」

杏奈は僕の声には気づかなかったかもしれない。
でも、幸いなことに、ずんずんとこっちに向かって歩いてきた。

「優奈、なにそれ?」
「ん?なんでもないよ。」

優奈ちゃんは杏奈から僕を隠そうとした。ごまかされてはいけない。僕は更に大きな声を張り上げた。

「小泉!僕だよ!東九条北郎だよ!助けてくれえ!」

杏奈はぎょっとしたようだった。
急いで優奈の背後にまわり、後ろ手に隠された僕の姿を見つけた。

「・・・き、北郎先輩?」
「そうだよ!僕だよ!助けてくれ!君の妹が僕を玩具にして遊ぼうとするんだよ!」

杏奈はおそるおそる顔を近づけてきた。僕は思いきり両手をばたばたと振った。

「わかるかい?小泉。僕だよ。わかるだろ?」
「え、ええ」

なおも信じられないという表情のまま、杏奈は優奈ちゃんの方に向き直った。

「優奈、このお兄さんを私に渡しなさい。」
「ええ?」

優奈ちゃんは目を丸くした。僕はその指に摘まれたまま、事態の成りゆきをはらはらしながら見守った。

「このお兄さんで遊んではいけません。」
「どうして?わたしの玩具だよ。だから、わたしが好きに遊んでいいんだよ!」

優奈ちゃんはうるうるになりながら僕を振り回し始めた。目が回る。頼むよ小泉、なんとかしてくれ!

「違います。こら!優奈、やめなさい。」
「嫌よ!だってこの小っちゃなおにいちゃんは、わたしが見つけたんだよ!自分でも『僕は優奈ちゃんの玩具です』って言ったんだよ!」
「いけません。ほら、渡しなさい。」

杏奈は僕を掴んでいる優奈ちゃんの手を捻りあげた。
優奈ちゃんは僕を取り落とした。
僕は50メートル下の地面に向かってまっ逆さま・・・かと思ったらその前に柔
らかなものに受けとめられた。杏奈のもう片方の手のひらだった。

「ひどおい!杏奈おねえちゃん!わたしのちびお兄ちゃんを返して!!」
「だめよ!優奈のような子供が、いくら小さくてもお兄さんを玩具にして遊ん
じゃいけません!もう、あっちに行きなさい!」
「うわああああん」

優奈ちゃんは泣きながら立ち去ってしまった。
今後の仕返しがちょっと怖いけど、とりあえずこの場は助かった。

「もう大丈夫ですよ、先輩」
「有り難う、小泉。」

僕は手のひらの上から、杏奈の大きな姿を見上げた。
下級生の女の子の手のひらに載せられるってのは恥ずかしいことだけど、今はそれよりも助けてもらった感謝の気持ちの方が勝っていた。

「先輩、どうしてこんなに小さくなっちゃったんですか?」
「ううん、それはねえ、」

世界征服をしようと思ってランプにおなにいしたら皮を剥いてもらえて、それでもってもみもみ、ぺろぺろ、ぱふぱふまでしてもらったらこびとにされちゃった・・・なんていう説明をしても信じてもらえないだろうなあ。

「ちょっとね。」
「あ、いいんです。無理にはお尋ねしません。」

杏奈はにっこり笑った。笑顔がどきっとするほど可愛かった。
いい娘だな。
妹とは大違いだ。

「それより、お怪我はありませんか?」
「うん大丈夫だよ。だけどひどいめにあった。君の妹は僕を玩具にしようとするんだよ。ひどいだろ?君が『玩具にするのはやめろ』といってくれて助かったよ。僕だって、それは小さくはなっちゃったけど、君の妹よりはずっと年上なんだぜ。玩具にされちゃたまらないよ。」

杏奈は今度はにたりと笑った。
さっきとは違う。
僕が今まで見たことのない表情だ。

「先輩、何か勘違いしていらっしゃいません?」
「え?」

杏奈はおかしさをこらえきれないという表情で僕を見下ろした。

「私は、優奈のような子供が先輩を玩具にしちゃいけないって言ったんです。」
「!」

杏奈は得意そうに笑いながら、僕をつまみ上げて鼻先にぶらさげた。

「先輩、小さいですねえ。」

僕は丸太のような指先で小突かれた。

「こんなに小さいんだから、やっぱり先輩は玩具ですよ。」
「こ、小泉!」

僕は自分の耳を疑った。杏奈はいよいよおかしくてたまらないという顔をした。

「優奈みたいな子供の玩具にしておいたらもったいないじゃないですか。先輩は私の玩具になるんです。」

呆然とする僕を胸元に放り込みながら、杏奈は呟いた。

「くっくっく、今晩がとっても楽しみだわ。」


北郎少年の冒険・続く