魔法パニック♡(3)
by JUNKMAN

いくら賢くて大人びているといっても、マーナちゃんはまだ9歳の女の子。
だからお外で遊ぶのが大好き。
特に他のブロブディンナグ人女官のお姉さんたちに伴われず一人でリリパット島内を歩くのが大好き。
だって、一人のブロブディンナグ人として歩くリリパットの国土は、何もかもが極小なのだ。
大きな山も一跨ぎ、大きな川も一跨ぎ、人の作った建物なんてみんな踝の下、ましてやリリパット人たちなんてゴマ粒未満。
すっごくいい気分。
しかもマーナちゃんは視力が人並み外れて優れているから、そのゴマ粒未満のこびとたちの表情までしっかり観察できる。
これが痛快。
ブロブディンナグ人を見慣れていない人たちは本気で驚いて本気で怖がってくれる。
こんな子供を怖がっちゃって、情けないなあ。
じゃ、ブロブディンナグ人を見慣れている人たちはどうかというと、逆に必要以上に馴れ馴れしく接してくる。
でも決してマーナちゃんの機嫌を損ねるような言動はしない。
本当は怖いのに、虚勢を張って、でも結局はおべっか使っちゃうんだ。
惨めだなあ、小さいって。
・・・つーか、笑っちゃうね。
そんな哀れな大人たちの気持ちも汲み取れるところが堪えられない。
だから一人でリリパットの島内を歩くのは最高。
一人で、誰も及ばない高みから、足元を這いずり回るこびとたちを見下ろすの。
なんだか女神さまになった気分。
あーあ、世界中の人たちが、みんなリリパット人みたいに小さくなっちゃえばいいのになあ・・・
・・・
・・・
こんなマーナちゃんの密かな喜びをかなえてくれるのが例のバスツアー業務終了後の歴史保存地区への定期巡回だ。
公務の名目で堂々と一人っきりでリリパット人の街を訪問できる。
もちろん、行動範囲はブロブディンナグ人専用回廊に限定されちゃうけど、それでもマーナちゃんには十分嬉しかった。
だからいつも気合が入っている。
バスツアー勤務時のコスチュームは例のどんくさい紺色のスクール水着に規定されていたが、その後の定期巡回にその縛りはない。
毎日、一所懸命にファッションを考える。
そのコンセプトは「子供らしい可愛らしさ」の一点張りだ。
大きさとか力強さとかを主張する気は一切ない。
おじさんたちが思わず目じりを下げていい子いい子したくなっちゃうようなそんな可愛らしい見た目の女の子が、実は目の前に立つと圧倒的に超巨大である、というシュールな雰囲気作りが狙い。
これであのおじさんたちの驚いた表情が、怖がった表情が、へつらった表情が、そして悔しそうな表情が、何倍にも増幅される。
うふふ、いい気味。
その悔しさや惨めさを更に増強させるため、パンツも洗い立てではなくわざわざ前日に穿いていたものを身につけてくる。
もちろんスカートはいつもぎりぎりのミニなので、その薄汚れたパンツをまる見せだ。
臭いも感じちゃうかもね、だって、あの人たち、嗅覚に関しては敏感だし。
もんわりとおしっこ臭いにおいがするパンツを見上げながら、でもそこは遥か上空だからは手も届かなくて、「まる見えだよ」とも「はしたないよ」とも注意できなくて、仕方なくえへらえへらとお追従笑いしてる。
ああ気分いい。
わたしだけが超巨大で、あとはゴミみたいなこびとばかり、というシチュエーションこそ最高!
・・・
・・・
というわけで大好きな定期巡回のお仕事なんだけど、でも今日のマーナちゃんにはちょっとウキウキ度が足りない。
気がかりなことがあるからだ。
そう、昨日失踪してしまったドロシーの件である。
捜索のためにシェビッキが王宮からこの歴史保存地区に向かった。
一晩過ぎても何の連絡もない。
そのシェビッキから捜索についての途中経過報告を受ける、というのが今日のマーナちゃんに課せられた追加業務だった。

*****

ミーティングのためにアルバイトさんたちを載せたヘリコプターに、見慣れた人物が乗り込んでいた。
シェビッキである。
マーナちゃんはいつものミーティングもそこそこに済ませ、小指の上にシェビッキを乗せてそこまでの状況について話し込んだ。

「まだ、みつからないの?」

「・・・」
シェビッキは憔悴しきった表情で首を横に振る。

「何か手がかりは?」

「・・・昨日の昼間、ドロシーさまと行動を共にしていた男の情報を掴むことはできました。」

「すごいじゃない。じゃ、後はその男の人に聞いてみれば良いだけでしょ?」

シェビッキは再び首を横に振る。
「今朝、その男の家を訪ねてみましたが、もぬけの空でした。」

「え?」

「また2人でこの歴史保存地区に現れるのではないかと探し回ったのですが、その行方はさっぱりわかりません・・・」
シェビッキはマーナちゃんの小指の上でがっくりと膝をついた。眼のあたりが真っ赤である。おそらく一睡もしていないのであろう。

「・・・シェ、シェビッキさん、ちょっとお休みになられた方がいいわ。このままでは身体を壊してしまいそう。王宮に頼んで、交代要員を派遣してもらいましょうよ。」

「いや、それには及びません。」
シェビッキは軽く首を振るとすっくと立ち上がった。
「ドロシーさまをお救いするまでは、このシェビッキ、王宮には決して戻らないと申し上げたはずです。ましてや休んでいる場合などではありません。こうしている間にもドロシーさまの身に危険が迫っている可能性がある。なんとしても私がお救いいたします。マーナさま、どうぞ、私を行かせてください!」

「・・・」

マーナちゃんは、いつにないシェビッキの力強い言動に声もなくたじろいだ。
心の中で、ちょっとシェビッキを見直していた。

*****

一艘の船が北部海岸沖に停泊していた。
海賊船である。
あのサトミが18年の時を過ごした海賊船が、見た目ちょっとだけ綺麗になってまたこのリリパット沖に戻ってきたのだ。事情が良くわからない人は「わたしのほしかったもの・序章」を読み返してみよう。
「船長の読みはどんぴしゃりでしたね。」
海賊たちは野卑な声をあげながら船室で夜通し酒を酌み交わしている。
酒瓶やマグカップなどが雑然と置かれているテーブルの中心には、一辺が20センチメートルほどの小さな鉄の檻。
その檻の中には身長4センチメートル弱の若い男女のこびとが閉じ込められている。
それがカミオとドロシーだった。
「ぬふふふふ、あのお宝を嗅ぎつけて、きっと地元の住民がやってくると思ったのだ。あの罠を仕掛けておいて大正解だっただろ?」
「わたしのほしかったもの・序章」以来久々の登場となった海賊船長は、髭をなでながら悪役丸出しのバリトンボイスで嘯いた。その周囲で手下どもは手をすり足をすりしてやんややんやと誉めそやす。
「さあっすが船長!」
「読みが鋭いっすね!」
あの洞窟の中にあった莫大な財宝。あれはこの海賊たちのものでもなかった。
この海賊たちはブロブディンナグ人の怖さを良く知っている。だから敢えてリリパット島に上陸しようなどという無謀なことは考えない。今回はたまたまリリパット島の近くを航海しなければならないことになってしまったが、もちろん上陸の予定などはなかった。
ところが、想定外の出来ごとが起こった。
このリリパット島の北部海岸沖で、海賊船が暗礁に軽く衝突してしまったのである。
幸い座礁には至らず、船の破損も軽微で、そのままの位置で10日くらい修理を行えばその後は速やかに航行も再開できる見込みだった。
ただ、その10日の間にブロブディンナグ人に見つかってしまったら厄介である。
そこで船長は決断した。
船の修理に必要な最低限の人数だけを海賊船に残し、残りは小舟でリリパット島に上陸することにしたのだ。
遮るもののない大海原にポツンと残された母船より、小舟と共に岩陰に潜んでいた方が目立たないと考えたからである。
結果的にいえばこの北部海岸には訪れる人もいないため、わざわざそんな面倒臭いことをするまでもなかったのだが、ところがこの仕方なしの上陸作戦は意外な副産物を呼んだ。
お宝の発見である。
洞窟の中に、明らかにリリパット島外由来と思われる金銀財宝が隠されていたのだ。
海賊船長は流石にプロである。速やかにそのお宝を鑑定した。
いずれもかなり古い時代の財宝だった。少なくとも1000年以上前からこの洞窟内に隠されていたに違いない。
ここから先は推定である。
これはおそらく1000年以上前に当時の海賊が世界中からかっさらってきた財宝だ。
世界の誰もがその存在を知らなかったリリパット島は、財宝を隠すにはうってつけの場所だった。
ところが、その海賊たちは、いつしかこの島に姿を現さなくなった。
他の海賊や、あるいは政府の海軍などと戦って滅ぼされてしまったのかもしれない。
こうしてその財宝はいつしか誰にもその存在を知られなくなったのだ。
いや、おそらく一時はリリパットの地元民たちに発見され、金や銀の一部が持ち出されたに違いない。
それがこの地に伝わる伝統的工業である金細工のスタートラインになったのだろう。
しかし、この北部海岸の地はリリパット人たちにとって危険がいっぱいである。
崖から落ちたり、波にさらわれたり、巨大魚に丸呑みにされたりして、命を落としたものが相次いだのだろう。
いつしかリリパット人たちはこの危険な洞窟から財宝を持ち出すことを諦めた。
そしてこの地にお宝が眠っていることは忘れ去られ、「北部海岸は呪われているから立ち寄ってはいけない」という言い伝えだけが残ったのである。
・・・
・・・
話は現代のこの海賊たちに戻る。
予想外のお宝を見つけ出した彼らは大喜びだった。
勇んで小舟に金銀財宝を積みこんで海賊船へ持って帰る、ことにしたかったのだが、生憎その母船が破損して修理中である。
そんなところに重い金銀財宝を持ち込むわけにもいかない。
そこで船長は再び方針を変換し、全員をまず海賊船に戻して、全速力で修理にあたることにした。
そして修理が完成したら、今度は全員総出でこのお宝を船に積み込んで、晴れてこの忌々しいリリパット島からおさらばしようという算段だ。
この作戦もうまくいっていた。実際に修理ははかどって、今日の日の暮れるまでには海賊船が航行可能な状態にまで復旧したので、それで今晩はみんなでゆっくりと酒盛りをしているのだ。
明日の朝からはいよいよお宝の積み込みだ。酒盛りが盛り上がるのも道理である。
ただ、この母船の修理を優先させる作戦を遂行するにあたって、船長には一つの危惧があった。
海賊たちが修理作業のために洞窟から離れている間、誰か他者にこのお宝を見つけられてしまうのではないか?
「長い間、誰にも見つからなかったお宝が、わずか数日の間に見つかってしまうことなどあるものか」と手下たちは笑い飛ばしていたが、それでも慎重な船長は万が一を考えてお宝のすぐ近くに罠を仕掛けておいた。
そしてその罠にまんまとはまってしまったのがドロシーとカミオの二人組だったのだ。
「出せ!僕たちをここから出せ!」
檻の鉄格子に両手をかけ、カミオが叫ぶ。
その叫び声も、海賊たちの野卑な笑い声にかき消されて誰の耳にも入らない。
いや、耳に入ったところで、だからといって誰かが本当にこの檻から出してくれるはずもない。
では自力で何ができるかといえば、非力なリリパット人のパワーでこの鋼鉄の檻を破ることなど全く不可能であった。
「く、くそお・・・」
「・・・」
落胆するカミオの傍らで、ドロシーは自分の両手を見つめている。
確かに情勢は悪いけど、もしかしたらこの方法を使えば・・・
ドロシーは意を決して檻の鉄格子の前に両掌を向けた。
「ドロシーちゃん、どうしたの?」
「・・・カミオくん、危ないから後ろに下がっていて。」
精神を集中する。
極限まで集中して、集中して、集中して・・・そして放出した。
「φ~)(‘&θ$#”!`?ºª•¶§∞υ¢£™¡æ…¬˚∆˙©σƒ∂ß圡™Γºª•¶§∞æ«`÷≥≤Πµ˜Ω≈ç√˜å°‡›‹€⁄××!!!」
ぼわああああああああああああん
・・・
・・・
と、出てくるはずの白い煙が、出てこない。
・・・
・・・
「・・・ダメかあ・・・」
あれは身体の大きなブロブディンナグ人ならではの魔法だったのだ。
こんなに小さな身体では、集中しても溜められるエネルギー量がきっと足りないのだ。
・・・
残念
繰り返し試してみても無駄だろう。
これは単純に身体の大きさに伴うエネルギーの問題だから、鍛錬してレベルを上げても無理。
ホルモンの進化に期待することもできないし、ましてや会長さんに頼んでみることもできない。
そもそも作者もお話も違うし・・・
・・・
・・・
ドロシーががっくり膝をついて項垂れていると、その姿がゆらありと巨大な影に覆われた。
慌てて顔を上げる。
巨大な海賊船長が、檻の中の二人をにやにや笑いながら見下ろしていた。
たじろぐドロシーを後目に、カミオが鉄格子を両手で掴みながら大声を上げる。
「お願いだ!僕はどうなってもいい!煮ても焼いても好きにしてもらっていい!だから、だから、このドロシーちゃんには何もせず逃がしてやってくれ!」
「・・・カ、カミオくん・・・」
相変わらず船長はにやにや笑いながら檻を見下ろしている。ドロシーも負けじと大声を張り上げた。
「わ、わたしこそどうなってもいいわ!だからお願い!カミオくんを無事に逃がしてあげて!」
「それはダメだよドロシーちゃん!僕はどうなってもいい!でも君だけは無事でいてくれないと!」
「そんなわけにはいかないわ!カミオくんこそ助かって!」
「いやいやドロシーちゃんこそ・・・」
「いやカミオくんは・・・」
「・・・こんなところで言い争いしても始まらないだろ。」
船長は呆れて口を挟んだ。確かにそれはその通りである。
「でも、お前たちがそこまで言うなら、望みは叶えてやらんこともない。」
「え?」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。」
にんまり
船長が何とも言えない笑みを浮かべる。
「・・・お前たちの望みは聞いてやらんこともないが、ただ・・・見返りなしというわけにはいかん。」
ごくり
ドロシーとカミオは生唾を呑み込んだ。
「望みをかなえてもらうためには・・・何でもする覚悟はあるか?」
・・・
・・・
二人はゆっくりと頷いた。
その様子を見た船長は再びにんまり笑うと、やおらズボンのチャックを下ろした。
もそもそ
べろりん
どさん
「・・・ほうら、こいつだ。」
「きゃ!」
檻の真ん前にそれは唐突に曝け出された。
長さ8リリパット・メートル、太さも2リリパット・メートル近くある巨大な肉棒。
鼻の曲がりそうな男臭い悪臭をもわもわと放出している。
その根元には両脇にそれぞれ羊一頭くらい収めていそうなふぐりをぶら下げ、その更に上面はリリパット人の身長くらいの長さの陰毛がもさもさと生い茂っている。
吐き気を催すその光景こそ、ドロシーが初めて目にした男性器であった。
カミオが慌ててドロシーの前に立つ。ドロシーはその背中に顔を埋めて、この汚らしい光景から目を背けた。
「レ、レディに向かってなんてものを見せるんだ!」
船長はカミオの抗議を無視する。
「お前たち・・・さっき『望みをかなえてもらうためには、何でもする覚悟がある』と言ったよな。」
檻の中の2人はおずおずと頷いた。
「ふむ・・・じゃあ、俺様のこいつに、ご奉仕するんだ。」
「ご奉仕?」
げらげらげら
意味が分からず怪訝な表情をするカミオの周りで、手下たちが下卑た声で笑い始めた。
「ご、ご奉仕って・・・どういう意味だ?」
「・・・こういう意味だ」
いうなり海賊船長は檻の中に手を突っ込んで、ドロシーとカミオを二人まとめてをむんずと握りしめると、取り出して自分のふにゃりとした陰茎の上にぱらぱらと落とした。
「きゃああああああああ」
「何をする!」
「・・・早くはじめろ。」
「?」
「お前たちの跨っているそいつ、それがこれからお前たちのご主人様だ。ご主人様がきもーち良くなるよう、さっさとご奉仕しはじめないかっ!!!」

*****

マーナちゃんの前で啖呵は切ってみたものの、でも新たな手がかりが掴めたわけではない。
一日必死になって歴史保存地区を探し回ったが、ドロシーの姿はどこにも見当たらなかった。
・・・
そうこうしているうちに日が暮れた。
ドロシーが失踪してから二回目の晩である。
少なくとも昨日の日中は行動を共にしていたはずの男の自宅前に張りこむ。
今日も行動を共にしているならば、このねぐらに戻ってくるだろう。
ドロシーさまを伴って・・・
・・・
・・・
しかし
・・・
待てど暮らせどその男の姿は現れず、家は真っ暗のままだった。
・・・
・・・
時計を見る。
もう明け方の3時だ。
今日はもうこの家に帰ってこないのか。
では、明朝出直すか・・・
・・・
いや
・・・
こんな張り込みに本当に意味があるのだろうか?
もしかしたら、ドロシーさまは今頃別の場所でピンチに陥っているのではないだろうか?
俺の助けを待っているのではないだろうか?
だとしたら、俺はこんなところで油を売っていていいのだろうか?
・・・
・・・
暗闇の中で、シェビッキは両手で頭を抱えて蹲った。
・・・
その背後から、聴いたことのある声がした。
「・・・カミオ・フリップ・レンテス、20歳、リリパット大学第二学年に在学中。」
「!」
慌てて振り返る。声の主はお構いなしに話し続ける。
「・・・ここまではお前にも調べられただろう。だが、これから後はどうだ?カミオ・フリップ・レンテスの専攻は地質鉱物学。趣味はフィールドワーク。オフロードバイクに乗ってリリパット島内各地の地質調査を行っている。最近は特に北部海岸地方に出かけることが多い。」
「・・・」
「そして昨日の早朝、そのカミオ・フリップ・レンテスがバイクで北へ向かってところが目撃されている。しかもそのバイクは2人乗り。後方座席には若い女が乗っていたそうだ。」
「!」
シェビッキは電撃に撃たれたように立ち上がり、ふらふらとその声の主の方に歩み寄った。
「す・・・凄いな、どうやって調べたんだ?・・・デュース」
「ふふふ」
デュースは懐からタバコを取り出してシュポっと火をつけた。
「・・・舐めるなよ。俺は新しいアイドル候補をスカウトするために、このリリパット島内に緻密な情報収集網を張り巡らしているのだ。俺に知られず行動しようったって、それは無理な話さ・・・」
シェビッキの表情が一瞬だけ明るくなった、が、しかし、すぐに再び暗くなる。
「それじゃあドロシーさまは北部海岸にいる可能性が高いとして・・・でも、どうやってそこに行けばいいんだ?北部海岸にはろくな道路も通っていない。今すぐに駆け付けたいけれど、でも、その交通手段がないじゃないか!」
「・・・こいつじゃ不足かな?」
闇の中からまた別の声がした。
「このランドクルーザーで行けなかったところなんて、このリリパット島にはないんだけどな。」
振り返ると見覚えのある小柄な男が自慢のランドクルーザーにもたれかかってにやにや笑っている。
「キンツリー!」
「・・・俺はこのリリパット島の新しい観光名所を見つけるために、こいつで島中をくまなく巡ったんだ。山を越え、谷を越え、急な坂でも、岩場でも、水辺でも、こいつならわけなく踏破しちまうぜ。」
「・・・」
シェビッキは言葉もなく天を仰いだ。下を向くと、両眼からだらしなく涙がこぼれ出てしまうからだ。
そんなシェビッキの両肩を、二人の男達は荒々しく揺さぶる。
「一人で悩んでいるなんて、みずくさいぞシェビッキ!」
「・・・」
「共に国家転覆と革命を目指す仲じゃないか!」
「・・・」
「お前の大切な、あの娘を守りたいんだろ?」
「・・・」
「じゃあ、まず俺たちに声をかけろよ!」
「・・・」
「死ぬまで、付き合ってやるぜ!」
「・・・」
「そうさ、だって俺たちは『同志』だからな!」
・・・
・・・
・・・
「・・・そ、そうだったな」
・・・
やっとのことで、シェビッキは言葉を絞り出した。
あれほど我慢していたのに、両眼からぼろぼろと涙がこぼれ落ちて、止まらなかった。

*****

「・・・わ、わたし、嫌よ!」
ドロシーは眼をつぶって身を固くする。それは当然だ。ブロブディンナグ人社会で上流階級のお嬢様として育ったドロシーにとって、こんな屈辱が受け容れられるはずはない。
「ふん、もう俺様の逸物の上に乗せられている立場で嫌も何もないと思うが・・・まあ、それでも嫌だというなら、お前たちの望みは聞けない、ということになるな。」
げらげらげら
周囲で手下の海賊たちが腹を抱えて笑い転げる。
ドロシーは涙を流しながら唇を噛みしめる。
一方、カミオは深く思いつめた表情だった。
「・・・この性器にご奉仕すれば・・・僕の望みを聞いてくれるんだな?」
「おうよ、俺様はウソが大っ嫌いだぜ。」
げらげらげら
またしても周囲で手下たちが大笑いするが、カミオはなお真剣そのものである。
「じゃあ、僕はどうなってもいいが、ドロシーちゃんを無事に解放してくれるんだな?」
「男に二言はない。」
「・・・わかった。」
カミオは大きく息をつくと、手早く衣服を脱ぎ始めた。
「カミオくん、何をするの?」
カミオはドロシーに目を合わせないようにしながら答えた。
「・・・やむをえない。ご奉仕を始める。」
「え!」
ドロシーが目を丸くする。
「カ、カミオくんって・・・そういう趣味だったの?」
シリアスな場面に似合わないドロシーのツッコミを軽くスルーして、カミオは腹這いになり、両手両脚を広げて全身を男臭い陰茎に密着させた。
げらげらげら
またまた周囲の手下たちは大笑いである。
ドロシーは金切り声をあげた。
「カミオくん、やめて!やめて!」
「ほう、やめていいのか?」
海賊船長がにたにた笑いながらドロシーを見下ろした。
「・・・お前の彼氏はお前の命を救おうとして頑張ってご奉仕始めたんだぜ。そんな彼氏の努力をお前は無にしろと?」
「え?」
ドロシーはカミオの方に向き直る。
カミオは思いつめた表情のまま両手両脚を動かしている。
歯を食いしばって全身を巨大な陰茎に貼りつかせている。
・・・
ドロシーを守るため、この屈辱に耐えているのだ。
・・・
・・・
「カミオくん・・・」
ドロシーは黙って立ち上がり、衣服を脱ぎ始めた。
「ド、ドロシーちゃん、何をするんだ?」
「・・・わたしも・・・ご奉仕する」
「え?やめろ!やめるんだ!」
「・・・」
ドロシーは黙って全裸の身体を巨大な亀頭に絡みつけた。
「ドロシーちゃん、や、やめろ!やめるんだ!!!」
「・・・」
カミオの絶叫から全力で耳を塞ぐ。
だって仕方ないんだ。
カミオくんを守るためには仕方ないんだ。
息を止めながら、この臭い、生暖かい、ぬるぬるした、気味の悪い肉の塊を・・・舐める。
・・・
どうしてこんな恥辱を味わらなければならないの?
こんなやつ、ほんとうはわたしの小指より小さなこびとなのに!
その気になれば簡単に踏み潰してしまえる無力なこびとなのに!
こんな性器は、ほんとうはわたしが目を細めなければ見えないくらい小さいのに!
・・・
でも、いまわたしはその性器にご奉仕させられている。
陰茎の上にちょこんと乗せられて、わたしの身体よりも大きな亀頭を舐めさせられている。
下品な享楽の道具にさせられている。
どうしてこんなに恥ずかしい思いをしなければならないの?
どうしてこんなに悔しい思いをしなければならないの?
・・・
・・・
そうよ
それはわたしが望んだからよ。
わたしが自分からそうしたいと願ったからよ。
カミオくんを、守るために
・・・
・・・
「は!」
ドロシーの足元の肉棒が、徐々に熱く、固くなってきた。
「きゃあ!」
持ち上げられる。
ドロシーの身体が宙に持ち上げられる。
陰茎が暴れ馬のようにいきり立ってドロシーを持ち上げたのだ。
落ちないよう、あわてて亀頭にしがみ付こうとするが・・・その亀頭も別の物体に変貌していた。
固く、赤黒く、てらてらと光沢を放ち、そして更に巨大になる。
ドロシーはまるで自分が更に縮小させられたような嫌な感覚にとらわれた。
「・・・ん、ん、ん、いいぞ、お前ら、なかなかいいぞ」
ドロシーとカミオのこびと2人に性器のご奉仕をさせている海賊船長は上機嫌である。
もうすぐイってしまいそうだ。
もちろん、手下たちも相変わらず下品にげらげらと笑い転げている。
カミオは一所懸命に身体を動かしながら、船長に確認をとった。
「はあ、はあ、これだけご奉仕しているんだから、はあ、はあ、もちろん約束は果たしてくれるんだろうな?」
「約束?おお、勿論だ。お前の望みは『お前はどうなってもいいのでこの娘を助けてほしい』だったな?」
「はあ、はあ、その通りだ、はあ、はあ」
「・・・ところがな、この娘の望みは『この娘はどうなってもいいのでお前を助けてほしい』なんだ。」
「!」
「困ったな、同時に反対のお願いされちゃったんだから、どちらかのいうことを聞くだけだと不公平になっちゃうな。」
「?」
「というわけで、お前たち二人の望みを公平に半分ずつ叶えてやることにした。すなわち、お前も、この娘も、どっちも煮るなり焼くなり好きにしちゃう、ということだ、ぐあはははははははははは」
「!!!」
げらげらげらげらげらげら
ここぞとばかりに周囲の手下たちの野卑な笑い声が最高潮に達する。
そうだ、初めから騙されていたのだ。
「お宝の在り処を嗅ぎつけたネズミどもを生かして返すわけがないだろう!せめてお前ら最後の思い出に、俺様のチンチンに心行くまでご奉仕するんだな。ほうら、もうちょっと、もうちょっとでご奉仕も完遂だぞ、ぐあっはっはっはっは」
「・・・ひ、酷い」
ドロシーは流石に切れた。
「騙したのね・・・こ、こんなんもの・・・こうしてやるわ!」
かぷ!
ドロシーは目の前のパンパンに膨張しきった亀頭の表面を思いっきり噛み千切った。
「痛っ!!!」
船長は痛さのあまりに飛び上がった。
そのはずみでドロシーとカミオは陰茎からテーブルの上に滑り落ちる。
「い、いてててててて、こいつ、なんてことをしやがる!」
「船長、船長!」
「ん?ああ!」
亀頭からぴゅうぴゅうと血が噴き出している。
それはそうだ。
イク一歩手前のパンパンに勃起した亀頭に画鋲か何かでプチンと孔をあけてしまった状態を想像してみたまえ。
あれは悲惨だよねえ・・・
そんなわけで船長は蹲って股間を押えながら怒りに溢れた声で命令した。
「こ、こいつらを檻に戻せ!絶対に許さん!夜が明けたらすぐに処刑だ!」

*****

東の空がうっすらと明るくなってくる。
もうすぐ夜が明けるのだ。
シェビッキ、デュース、キンツリーの3人を乗せたランドクルーザーは一路北へと向かう。
「・・・ドロシーさま、ドロシーさま、いま参ります。もう少しの辛抱です。この不肖シェビッキが、必ずやお助けに参ります。」
助手席でぶつぶつと独り言をいうシェビッキに向かって、ハンドルを握るキンツリーが声をかけた。
「おい」
「・・・あ、どうした?」
「海だ。」
キンツリーの指さす彼方に水平線が現れた。
目指す北部海岸まであとわずかである。

*****

夜明けも近いころ、海賊船から2艘のボートが漕ぎ出した。
行く先は、あの財宝が隠された洞窟のある入り江から数キロメートル東方にある別の入り江だ。
「どうしてわざわざこんな手の込んだ真似をするんすか?」
ボートを漕ぐ手下が船長に訊ねる。その足元には例の鋼鉄製の檻。もちろん、そこにはドロシーとカミオが閉じ込められている。ちなみに二人とも再び衣服を着ることは許されていた。
「こいつらを生きて返すわけにはいかない。処刑しなきゃならんからな。」
船長がまだちょっと股間をさすりながら答える。手下は納得できない。
「処刑するんだったらこのまま檻をぽちゃんと海に沈めればいいだけじゃないですか。いや、そんなことすら不要だ。こんなちびどもなんか、普通に踏み潰したり握り潰してやったりすれば済むことじゃないですか。」
「だからお前たちは考えが浅いんだ。」
船長は手下に思いっきりダメだしする。
「考えてもみろ。こいつらが行方不明になってからもうまる一日だ。捜索隊が派遣された可能性がある。」
「まあそうですね。」
「こいつらがあの洞窟にたどり着いた行程の手がかりを残しているとすれば、その捜索隊も早晩洞窟を発見してしまうだろう。下手をすれば今朝のうちにもそいつらは姿を現すかもしれん。」
「確かにそうかもしれませんが、それならまたこいつらみたいに捕まえて処刑しちゃえばいいじゃないですか。」
「こいつらと捜索隊を一緒にするな。捜索隊ならまず間違いなく通信手段を持っている。ブロブディンナグ人に連絡を取られてしまったらどうする?連中は巨大だから連絡があればあっという間にここに到着しちまうぞ。そしたら洞窟はお宝ごと奪還されてしまうし、あの母船すら危ない。」
「あ・・・そりゃあ確かにまずいっすねえ。」
「そこでこういう策を練ってみたのだ。」
例の洞窟のある入り江から数キロメートル離れた別の入り江にボートを浮かべ、そのボートに処刑されるこびとたち2人を入れた檻を載せる。目立つように旗でも立てておくのもいいかもしれない。そして朝が来たらそのボートを時限爆弾で派手に爆発させる。
「・・・当然、捜索隊はその爆発に気をとられ、洞窟から数キロメートル離れた爆発現場に向かう。数キロメートルといってもリリパット人のこびとどもにしてみれば200キロメートル以上離れた遠隔地だ。奴らがちんたらとその爆発現場の検証を行っているうちに、俺様たちは洞窟の財宝を運び出す。そして検証が終わってこの2人の遺体を回収したころには、俺たちはもう母船に乗っておさらば、ということだ。」
「なあるほど。さすが船長、頭いいっすねえ!」
「ぬふふふふふ」
そうこうしているうちに2艘のボートは目的とする入り江に着いた。
到着すると海賊船の乗組員たちは素早くそのうちの一艘に移動し、一路海賊船へと帰還する。
もう一艘には漕ぎ手も残らないため、その場に取り残される。
そこにはドロシーとカミオを閉じ込めた檻が載せられている。
更に目立つようにドクロの旗を立てて・・・そしてもちろん時限爆弾をセットして・・・
・・・
「・・・間もなくド派手な花火ショーだな。」
海賊船長は入り江に残されたボートを遠く振り返った。
「じゃ、ぎゅうたろうさんの手料理を肴に一杯やりますか?」
「タイムリーすぎる時事ネタだが、そんなことしている場合ではない。」
爆発を確認したら速やかに洞窟からお宝を運び出す作業を開始しなければならない。時間との勝負だ。
「まずは急いで母船に帰るぞ!」

*****

「お・・・こんなところにバイクが乗り捨ててある。」
シェビッキ、デュース、キンツリーの3人を乗せたランドクルーザーは朝を迎えた北部海岸の崖の上に到達していた。そして遥か眼下に海岸線を望みながら崖の上を走っているうちに、カミオが乗り捨てたオフロードバイクを発見したのだ。
ランドクルーザーを止める。
バイクに駆け寄ったデュースが至近距離からじろじろと観察し、大きく頷いた。
「・・・間違いない。カミオ・フリップ・レンテスが昨日の朝に乗っていたバイクの目撃情報と一致する。」
「ということは・・・」
「この近くだな。」
3人は崖に立って真下の海岸線を覗き込んだ。
「この下か・・・」
「降りてみるか。」
「そうだな。」
崖を降りようとするデュースとキンツリーをシェビッキが押し止めた。
「おい、待て!」
「ん?」
「・・・何か、気配がしないか?」
シェビッキは訝しげに東の方向を指さした。

*****

ドロシーとカミオだけがだだっ広いボートの中に残されていた。
二人の眼から見る光景は殺風景である。
ボートの全長は5メートルくらい、しかしそれは現在のドロシーとカミオの視点では250リリパット・メートルの巨艦である。
真ん中に翩翻と翻るドクロマークの旗。
その根元にドロシーとカミオの閉じ込められた檻と、カチカチと不気味な音を立てる巨大な時計。
それしかない。
檻の中の2人にとってはがらんとした印象しかなかった。
・・・
・・・
がらんとした船の中で、唯一の器材らしい器材がこの時計だ。
檻とほぼ同じ大きさくらいの巨大な時計は、その檻のすぐ隣に置いてある。
檻の中から手を伸ばせば届きそうで、でも微妙に届かない絶妙の距離。
もちろん、実はそれは時計ではない。
時限爆弾だ。
檻の中のドロシーとカミオに向けてこれ見よがしに表記している数字とは、現在の時刻ではなく、爆発までの残り時間である。
既に残り5分を切っていた。
・・・
・・・
・・・
カミオは最後の瞬間になるまで諦めずあらゆる可能性を模索していた。
この檻から脱出する方法はないか?
あの時限爆弾を止める方法はないか?
外部に助けを求める方法はないか?
・・・
しかし海賊も馬鹿ではない。
そのような逃げ道が一切ないように、この状況を設定したのである。
爆発は時間の問題だ。
そして至近距離にあるこの巨大な爆弾が爆発すれば、檻の中の2人が助かる可能性は0である。
・・・
・・・
・・・
「・・・カミオくん、もう、いいわ」
必死になって生存の可能性を探り続けるカミオに、ドロシーは背後から声をかけた。
「でもドロシーちゃん、僕はどうなっても仕方がないけど、でも、でも、どうしてドロシーちゃんを助けなければ・・・」
「もう、いいの。」
ドロシーは首を横に振る。
「それよりもカミオくん・・・そばに来て。」
「え?」
「一緒にいて、お願い。」
横目で時限爆弾の表示を見る。もう残り1分もない。
「・・・ばらばらはいやよ。一緒にいて、ほしいの・・・」
「・・・」
カミオもここで観念した。
確かに残り1分未満でこの状況を打破することは難しい。
それよりも、怖がっているドロシーちゃんの傍にいて、気持ちを落ち着けてあげよう。
そうだ、それもドロシーちゃんを守ることなんだ。
・・・
カミオは黙ってドロシーの傍らに歩み寄ると、おもむろにその身体を抱きしめた。
ひょろひょろと背が伸びたドロシーも、抱きすくめれば子猫のようにふうわりと柔らかく暖かい。
その身体を、カミオは力いっぱい抱きしめた。
・・・
・・・
・・・
カミオの細身の、しかしドロシーに比べたらはるかにがっちりした筋肉質の胸の中で、ドロシーはそっと瞳を閉じる。
そしてそのまま、夢とも現とも知れぬ世界に身を躍らせる。
二人で、手をつないだままで、羽ばたき、大空に舞い上がるのだ。
眩いばかりの陽光を浴びて、眼下に、広い、広い、世界が広がる。
この広い世界が全て二人のものだ。
いつまでも、二人だけのものだ。
・・・
・・・
ドロシーは眼を開いた
わかっている。
いまはそんな妄想に逃げ込んでいる場合ではない。
ほんとうは絶体絶命のピンチなのだ。
残り時間は
・・・
もう10秒もない
・・・
・・・
でも、なぜだろう?
怖くない。
悲しくもない。
・・・
・・・
むしろ嬉しい。
・・・
・・・
ドロシーが、その18年間の人生の中で、一度も手にしたことがなかったものがそこにはあった。
・・・
もしかしたら
・・・
わたしは、本当はこれが欲しかったかな?
素敵なお洋服を着て、街を散歩することじゃなくて
ウインドーショッピングしたり、お洒落なカフェに行ったりすることじゃなくて
ただ・・・
・・・
好きな男の人と、一緒にいること。
それが欲しかったのかな?
・・・
・・・
うん
わたしは、カミオくんが、好きなんだ。
・・・
・・・
・・・
だから悔いはない。
もう、何の悔いもない・・・よね
・・・
・・・
「カミオくん・・・」
「・・・ドロシーちゃん」
・・・
ドロシーは再び瞳を閉じる。
その身体が、今までよりも更にぐっと抱き寄せられる。
カミオくんも、きっと同じことを考えているんだ。
・・・
感じる
カミオくんの息吹を感じる。
わたしたち、いま、一つになろうとしている。
・・・
・・・
唇に、温かいものが触れた。
カミオくんの唇だ。
ドロシーも夢中になってカミオの唇に自分の唇を吸い寄せる。
二人は確かに一つになった。
・・・
・・・
これが
・・・
キスか・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
そして、ドロシーの脳髄に電撃が走った。

*****

どっかああああああああああああああああああああん!!!

*****

「あ!あれを見ろ」
シェビッキの指さす遥か東の入り江で水煙があがった。
「何が起こったんだ?」
「爆発か?」
「いや・・・」
シェビッキは力強く首を横に振った。
「違う・・・あれは、爆発ではない。」

*****

ふいに唇からカミオ君の感触が消えた。
あのどかああああああああんという衝撃が走った直後からだ。
ということは
・・・
わたし、爆弾に吹っ飛ばされて死んじゃったんだ。
・・・
・・・
それは仕方がないとして
死んじゃってもカミオくんと一緒にいられると思ってた。
でも、少なくともキスしたままってわけにはいかなかったみたいね。
ちょっと残念
・・・
・・・
は!
それどころじゃないわ!
見失ったら大変じゃないの!
一緒に天国に行こうと思ったのに、三途の川あたりで生き別れになったら大変じゃない!(←JUNKMAN注:それは生き別れとはいいません)
カミオくん!
カミオくんを見つけなくちゃ!
ドロシーはぱっと目を開けた。
・・・
・・・
「?」
ドロシーは水辺に立っていた。
やっぱりここは三途の川か?
・・・
そうではない。
海岸だ。
・・・
ということは?
さっきと同じ場所?
???
・・・
全然違う。
あの切り立った断崖絶壁はどこにも見当たらない。
見えるのはドロシーなら一歩で踏み越えられてしまう低い段差だけ。
・・・
・・・
・・・
え?
・・・
まさか
・・・
ドロシーは慌てて足元に注目する
その素足を軽く浸す程度の浅い海の底に・・・
「あった!」
長さ10ブロブディンナグ・センチメートルほどの小さなボートが沈んでいる。
ドロシーは慌ててしゃがみ込みそのボートを拾い上げた。
中央に小さなドクロマークの旗が立っている。
手の中で、そのボートを慎重に、慎重に傾けて、たまった海水を捨てる
「!」
ボートの中に一片が4ブロブディンナグ・ミリメートルほどのひしゃげた金属の破片が確認できた。
・・・
間違いない。
これはわたしが閉じ込められていた檻だ。
ということは
・・・
・・・
わたしは元のブロブディンナグ人のフルサイズに戻ったのだ。
急に巨大化して、あの檻を突き破ったのだ。
そのあおりでボートは沈んでしまい、で浸水してしまったために時限爆弾は爆発しなかったのだ。
・・・
ならば
・・・
この檻の残骸の中にカミオくんは残っているのかな?
目を凝らして覗き込む。
視力をトレーニングしたドロシーなら、そのくらいの見極めはできるはずだ。
でも
・・・
気が動転してなかなか良くわからない。
そもそもここにカミオくんがいたって、わたしはどうすれば良いのかしら?
怪我しているかもしれない。
溺れているかもしれない。
でも、わたしはこんな大きさに戻っちゃったから何もすることができない。
・・・
・・・
「・・・ドロシーさま!」
・・・
そのとき、かすかにドロシーを呼ぶ声が聞こえた。
ドロシーはその声の方向を凝視する。
・・・
「ドロシーさま!」
・・・
崖の上を西の方向から一台の小さなランドクルーザーが巨大なドロシーを目指してとろとろと走り寄ってくる。
その助手席からハンドマイク片手にドロシーの声を呼び続けるのは・・・
「・・・シェビッキね」
ドロシーは絶壁を踏み越えて断崖の上に上がると、わずか2~3歩でそのランドクルーザーの真ん前に歩み寄った。

「シェビッキ!」

「ドロシーさま!お怪我は、お怪我はございませんか?ご無事でございましたか?」

「わたしは大丈夫。それよりカミオくんはどうかしら?」

「カミオくん?」
シェビッキの表情がさっと曇る。

「わたしと一緒に海賊に檻の中に閉じ込められたの。わたし間一髪のところで元の大きさに戻ったから助かったけど、カミオくんはまだこの中にいるかしら?」

「・・・」
ドロシーはボートの中から檻の残骸を慎重に摘み出し、足元のクルーザーの前に置いた。
デュースとキンツリーが速やかに駆け寄る。
「あ、いるいる。若い男がいるぞ!」
ドロシーはその様子を真上から見下ろしながら心配そうに訊ねた。

「無事なの?・・・カミオくんは無事なの?」

キンツリーが落ち着いた声で答える。
「気を失っていますが・・・息はありますよ。見たところ大きな怪我もないし、脈も十分に力強い。念のため病院に連れて行くことをお勧めしますが、まあ、大したことはないでしょう。」

ふう
ドロシーは安堵の溜息をついた。

「じゃあ、カミオくんの介抱と、病院への移送をお願いしても良い?」

「・・・わかりました。それではその仕事はこの2人に任せましょう。」
シェビッキはデュースとキンツリーの二人に目配せする。二人はこっくりと頷いた。
「了解だ。任せておけ。」
「で、シェビッキ、お前はどうするんだ?」
「決まってるじゃないか。」
シェビッキはドロシーの方に向き直った。
「・・・ドロシーさま、この若い男の件はこれで一安心でございます。が、ドロシーさまはそれだけでご満足ですか?」

「え?」

「お二人を酷い目に遭わせたその海賊とやらには、お礼をしに参らなくてもよろしいのですか?」

「・・・も、もちろん」

ドロシーは鼻息荒く頷いた。

「やられたらやり返す。倍返しよ!」

シェビッキも満足そうににやりと笑う。
「はい。ならばこのシェビッキ、お供させていただきます。」

差し出されたドロシーの小指の爪の上に、シェビッキはひらりと飛び乗った。

*****

北部海岸沖の海賊船の中はパニックになっていた。
数キロメートルほど離れた入り江の出来事だが、それでもブロブディンナグ人のフルサイズに戻ったドロシーの姿は丸見えだ。
それはもちろん、あの巨大化したドロシーからこの海賊船が丸見えだということを意味している。
しかもまずいことに、このあたりの海の深さはブロブディンナグ人サイズの人間なら簡単に背が立ってしまうレベルだ。
「ど、ど、ど、ど、どうしましょう?あの小娘、急にでかくなってしまいましたぜ!」
「こんなことがあるんでしょうか?」
「あるんでしょうか?って、実際にあったんだからしょうがないだろ。」
「でも、仕返しにきますよ!」
手下たちの危惧した通りだった。
海岸から崖の上に上がって何かごそごそと作業していた巨大娘は、不意にこちらを向くと、再び海に踏み込んで海賊船めざしざぶざぶと一直線に進んでくるではないか。
「船長!逃げましょう!」
「いや、もう間に合わないでしょ?」
「じゃ、大砲撃ちますか?」
「無理っしょ?こびとが大砲で巨大娘を倒した事例なんて世界のGTS小説の中でも皆無ですから!」
「うわあ、もうだめだ!」
「捕まえられる!」
「助けてくれええ!!!」
「・・・うろたえるな」
広い操舵室に集まって阿鼻叫喚の手下たちの中で、船長だけが妙に冷静だった。
「でも船長、これが落ち着いていられるはずが・・・」
「ちゃんと対策は打ってある。」

*****

一歩、また一歩、海の中をざぶざぶと海賊船に向かって歩みを進める。
沖に出て、水深も深くなったと思ったのに、まだ海水面は膝下だ。
あのとてつもない巨艦と思われた海賊船を、いまドロシーは余裕で見下ろす立場にある。
その艦の長さですらドロシーの今の身長とどっこいどっこい。
甲板で小指の先ほどのこびとたちが慌てふためいている。
わたしの姿を怖がって、我先にと操舵室に逃げ込んでいく。
あの情けないこびとたちは、さっきまでわたしとカミオくんを酷い目に合わせていた巨人たちだったのだ。
それがいまやこの有様・・・
・・・
わたしは大きくなったんだ。
わたしは巨人に戻ったんだ。
・・・
ドロシーはあらためて全身に力が漲ってきた。

*****

手下たちが不安そうに見つめる中、船長がおもむろにコックピットのパネルを操作すると、秘密の隠しスイッチが現れた。
「・・・俺様たちはこの科学の進んだ時代に海賊として生きている。こんな時のためにと、この船は人知れず大改造を進めていたのだ。」
「え?俺たち乗組員に気づかれることもなく、ですか?」
「ふふふ、そうだ。いま、その秘密を見せてやろう。トランスフォーメーション!スイッチ・オン!」
船長が隠しスイッチを押す。
ういいいいいいいいいいいいいいいいいん
船内に警報サイレンが鳴り響き、続いていきなり操舵室の床が下からがつんと持ち上げられた。
うわああああああああああああ
パニック状態の手下たちにはお構いなしに、その後も操舵室は上昇を続け、同時にがちゃんがちゃんというけたたましい機械音と共に海賊船の各所が変形していく。
手下たちが呆気にとられているうちに、いつの間にか海賊船は変形工程を終え、なんと巨大な人型ロボットになってしまったではないか!
「うわはははは、見たか、これが俺様たちの最終兵器、グレートブラックパイレーツロボΣだ!」
「・・・せ、船長」
「おう、どうだ?感動したか?」
「海賊船が変形して巨大ロボになった・・・って、ことですか?」
「そうだ。みろ、あのでか娘と大きさはほぼ変わらない。大きさが同じなら、生身の人間と全身超合金のこのグレートブラックパイレーツロボΣの戦力差は明らかだな。」
「でも、それって・・・あまりにも荒唐無稽というか、ご都合主義というか・・・一言で言ってリアリティなさすぎません?」
「リアリティ?」
船長は蔑む目つきで手下をじろりと睨んだ。
「じゃあ何か?お前はこの普通に巨人と小人が共存している島の中という前提でその巨人が自分の魔法で小さくなってしまうというここまでのストーリー展開に、何かリアリティみたいのものを求めていたのか?」
「いや、それ言っちゃうともう身も蓋も・・・」
「つべこべ言わずにお前たちも配備につけ!あの巨大娘をぶちのめしてやるぞ。なあに、心配するな。このグレートブラックパイレーツロボΣが同じ大きさの生身の人間に負けるはずはない、ぐあっはっはっはっは・・・」
・・・
・・・
手下たちは憂鬱だった。
だって彼らは知っていた。
大砲だけではない、巨大ロボだって、巨大娘を打ち負かした先例はないのだ。
しかもご丁寧に「同じ大きさの生身の人間に負けるはずはない」なんて言いきっちゃってるし・・・
・・・
・・・
これって、どう考えてもフラッグだよね。

*****

勇んで海賊船に歩み寄っていたドロシーも、流石に意表を突かれた。
だって、目の前の海賊船が急にがちゃんがちゃんという大きな音を立てながら変形を始めちゃったからである。
この変形工程中は全く無防備であるような気もするが、でもこの間に攻撃してはならないのはなんというかお約束で、ドロシーもそのトランスフォーメーションが完了するまでじっと我慢して見ていた。
このあたり、流石は大人になって空気の読めるようになったドロシーである。
やがてこの間延びした変形工程も終了し、何と海賊船は巨大な人型ロボットの姿になった。
身長はドロシーとほぼ同じくらい。横幅はドロシーの倍くらいあって、しかもそれが超合金でできているわけだから体重は遥かに重いだろう。力勝負になったら勝ち目はない。ちなみにそれでは今までこの海賊船も超合金製の船だったのか?そんな船がなんで暗礁に軽く衝突しただけで破損するの?などの質問は禁止。ついでに言えばこの巨大ロボは全身真っ黒なコーティングで胸には赤くドクロのマーク、胸から肩からごつごつと無骨なビスが打ちっぱなしで関節は中途半端な蛇腹仕立て、という身体全体で潔くも目いっぱい悪役全開のデザインである。
そんなグレートブラックパイレーツロボΣは、吊り上った目をギラリと光らせながら、一歩、また一歩とドロシーににじり寄ってくる。
一難去ってまた一難。
ドロシー危うし!
・・・
でもドロシーには余裕があった。

「・・・大丈夫、こんな相手、敵ではないわ。」

わたしも元の大きさに戻ったし、さっきの彼らの会話がフラッグなら、今度こそ効くはずよ・・・
ドロシーは冷静な眼差しをグレートブラックパイレーツロボΣに向け、一歩退くと、ゆっくりとポーズをとった。
「φ~)(‘&θ$#”!`?ºª•¶§∞υ¢£™¡æ…¬˚∆˙©σƒ∂ß圡™Γºª•¶§∞æ«`÷≥≤Πµ˜Ω≈ç√˜å°‡›‹€⁄××!!!」
ぼわああああああああああああん
ドロシーの両手から噴出した白い煙が、今まさに襲いかかろうとしたグレートブラックパイレーツロボΣの姿を包み込む。
しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる
グレートブラックパイレーツロボΣのコックピット内の海賊たちは大パニックである。
「・・・な、何が起こったんだ?」
「煙にまかれました!」
「そのくらいならたいしたことない。あの小娘を逃がすな!」
「・・・せ、船長」
「どうした?」
「・・・あの小娘・・・さ、さ、更に・・・」
「更に?」
「きょ、巨大化してませんか?」
「なにい!!!?」
煙が晴れてきたので、船長は身を乗り出して目の前のドロシーを見つめた。
さっきまではこのグレートブラックパイレーツロボΣの頭頂部にあたるコックピット、つまり海賊船の操舵室だった部分の高さはドロシーの眼の高さより高く、船長たちは相手を見下ろす位置にあった。
ところが確かに今はその高さが逆転して、船長がドロシーの怒りに溢れた眼を見上げる形になっている。
「・・・ま、まずい」
そうこうしている間にもドロシーは巨大化を続ける。
むくむくむくむくむくむくむくむくむくむく
船長の視点の高さはドロシーの顎から首、胸、腹、股間、膝とどんどん下がっていく。
「やばいぞ」
「に、逃げろ!」
「逃げろって、どうやって逃げればいいんですか?」
「飛べよ!」
「飛べませんよ。」
「巨大ロボのくせに飛べんのか?」
「無理言わないでください。」
むくむくむくむくむくむくむくむく
ドロシーの巨大化にばかり気を取られていて気付かなかった。
「せ、船長、周囲の海の水位が上がっています!」
「なに?」
あわてて確認しようとしたとき、グレートブラックパイレーツロボΣのコックピット部に周囲から海水がなだれ込んできた。
「うわああああああああああああああああああああ」
どうしたことだ?
どうしてこんなに急に水かさが増してきたんだ?
もがき苦しむがそこは超合金製巨大ロボの悲しさ、水の底から浮かび上がれるはずもない。
巨大な岩塊で埋め尽くされた海底に取り残される。
ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ
このまま全員が溺れ死んでしまうのか?
ごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼごぼ
・・・
・・・
と思ったら、今度はグレートブラックパイレーツロボΣの沈んだ海底が周囲の岩塊ごと急に隆起してきた
上昇する
上昇する
上昇する
あっという間にグレートブラックパイレーツロボΣは再び水面に姿を現した。
しかしそこでも止まらない。
上昇する
上昇する
上昇する
まだ上昇する
隆起を続ける海底ごとどんどん上空に昇っていく。
???
よくわからないけれど、どうやら溺れて死ぬことはなく助かったらしい。
ふうう
・・・
・・・
ちょっとゆとりが出たので周囲を改めて見渡してみる。
かつて海底だったこの広い台地は、一面がグレートブラックパイレーツロボΣの腰くらいに達する巨大な岩塊で埋め尽くされている。
操縦している海賊たちにしてみたら、その岩塊の一つ一つがちょっとした岩山くらいの大きさだ。
荒涼とした、なかなかシュールな光景である。
その光景をざっと見た限り・・・さっき再び巨大化しはじめたあの小娘の姿はない。
うまく撒くことに成功したようだ。
ふうう、災い転じて福となしたか。
・・・
・・・
安心したのもつかの間だった。
岩陰から突如一人の男が現れて、コックピットの正面に立ちはだかった。
この巨大なグレートブラックパイレーツロボΣに勝るとも劣らない体格の巨人である。
「お前たち、潔く観念しろ!」
巨大な男はグレートブラックパイレーツロボΣを指さして言い放った。
「く、くそう、今度はブロブディンナグの男を助っ人に呼んできたか・・・」
海賊船の船長は悔しそうに唇を噛みしめる。
「だが、相手が男に代わったところで、生身の人間なら条件は変わらない。強烈なグレートブラックパイレーツロボΣパンチをお見舞いしてやるぜ!」
片腕を捲り上げるポーズをしながら男に歩み寄る。
ところが男は少しも慌てず、いきり立つグレートブラックパイレーツロボΣを片手で制した。
「やめろ・・・俺はブロブディンナグ人なんかじゃない。シェビッキという名のブレフスキュ人だ。」
「なに?ブ・・・ブレフスキュ人?ブレフスキュ人が、なんでそんなに巨大なのだ?」
「別に俺は巨大化したわけじゃない。」
「?」
「お前たちが散々嬲りものにしていたあのこびとのブレフスキュ人だ。」
「???」
海賊たちはパニックである。何が何だかわけがわからない。
「ど、どういうことだ?」
「・・・お前たちが小さくなったんだ。」
「!」
「お前たちは俺のようなブレフスキュ人が巨人に見えるほど小さな小さなこびとにされてしまったんだ!!」
「・・・う、嘘をいうな!」
「嘘ではない。あえてブロブディンナグの度量単位で説明しよう。今のお前たちは身長が15ブロブディンナグ・ミクロン未満の極小こびとだ。ブロブディンナグ人のフルサイズに戻られたドロシーさまにしたら顕微鏡で観察しなければならない細菌レベルの微生物だ。」
「そんなバカな!」
「信じられないなら上を見てみろ。」
シェビッキは上空を指さした。海賊たちはコックピットからは盲点となっていた真上の方角を、窓から身を乗り出して観察した。
「・・・あ」
「うわ!」
「うわあああああああああああああああああ」
そこに巨大な見覚えのある顔があった。
上空30キロメートルほどであろうか、想像もできない高さにあると思われるのに、手を伸ばせば届くのでは?と思うほどの臨場感。
それほどまでに巨大なのである。
透き通るような白い肌
碧の眼
ショッキングピンクの唇
肩甲骨まで伸びる金髪
それらのパーツの一つ一つを目で追いかけるのがやっとで、その配置までは及びもつかない。
しかし、それは間違いなく先日罠で捕まえたリリパット人のこびと娘の顔だった。
下品な遊びの道具にしてなぶりものにしてやったこびと娘の顔だった。
檻の中に閉じ込めたままボートの中で爆殺してやろうとしていたこびと娘の顔だった。
その後なぜか急にブロブディンナグ人サイズに巨大化した娘の顔だった。
そして、そして・・・その後再び巨大化を始めた娘の顔だった。
・・・
ありえない!
この巨大さはなんなんだ!!!
「・・・ブロブディンナグ人であるドロシーさまのお身体が大きいのは当たり前。でも、ここまで巨大に見えるのは、お前たちが縮小したからだ。」
動揺を隠せない海賊たちに向かってシェビッキは遠慮なくたたみ掛ける。
「そもそもここはドロシーさまの掌の上だ。感謝しろ。小さくなって海底に沈んでしまったお前たちを救いだしてくださったのだぞ。」
「・・・」
「この周囲を埋め尽くすごつごつした岩塊は、きっとロボットの中にいるお前たちにとっては一つ一つが岩山みたいに見えていることだろう。ところがドロシーさまにしてみれば超微粒の砂つぶだ。」
「・・・」
「もうドロシーさまには逆らわない方がいいぞ。お前たちはもちろん、こんなロボットも指一本で瞬殺されてしまうぞ。」
「・・・」
「もちろんお前たちでは歯が立つはずもないか、万が一、まかり間違ってドロシーさまにかすり傷でも負わせてしまったらもっと大変だ。ドロシーさまの白血球は今のお前たちより二回りくらい大きいからな。血液に触れたらたちまちお前たちは好中球に貪食されてどろどろに溶かされてしまうぞ。」
「・・・」
・・・
もう十分だ。
海賊たちは完全に戦意喪失し、その場にへなへなとへたり込んだ。

*****

降参したグレートブラックパイレーツロボΣをシェビッキと一緒に掌に乗せたまま、ドロシーは一目散に王宮に戻った。
「ただいま!モモ!帰ったわよ!」
荒々しく扉を開けて部屋に戻る。モモさんはびっくりである。
「ま、まあ、ドロシーさま!ご無事で!いままでどこにお出でになったのですか?」
「説明は後!」
ぴしゃりと言い残し、グレートブラックパイレーツロボΣとシェビッキを鏡台の前に降ろすと、ドロシーは書斎に駆け込んだ。魔法書の物体縮小術の章を読み返すためである。
・・・
読み進み、
読み進み、
まだ読んでいなかった最後の一行まで行きついて、
・・・
愕然とした
・・・
・・・
「・・・そ、そんな・・・そんなことって!」

魔法パニック♡ 続く

予告編:いま明かされるマコバン家の魔術の秘密。ドロシーの決断は?そしてドロシーの長い物語は大団円を迎える。次回最終回・魔法パニック♡(4)・ドロシー四部作のグランドフィナーレをお楽しみに