魔法パニック♡(4)
by JUNKMAN

物体縮小術の章の最後の一文は、当然ながら、この術をリバースする方法についての記載だった。
「この術を被りし者、その一生添い遂げん者と口吸すればたちどころに術は破れん」
・・・
・・・
口吸いって
・・・
キスのことよね?
・・・
・・・
確かに、わたしはあの術が破れる直前にキスしたわ
カミオくんと・・・
・・・
・・・
ってことはなに?
カミオくんは、わたしが一生添い遂げる相手
・・・
そういう運命、なの?
・・・
・・・

*****

「・・・は!」
王立病院の一室で目を醒ましたカミオは、慌ててベッドから身体を起こした。
「いたたたた・・・」
「ほらほら、まだ無理はできないよ。」
「そんなこと言ってる場合じゃない!ドロシーちゃんは?ドロシーちゃんはどこだ?無事なのか?」
いきり立つカミオを品の良い中年の大男が制した。
「心配するな。ドロシーさんの身は無事だ。いま別室で安全に身を休めている。」
「これが心配せずにいられるか!放せ!ドロシーちゃんに逢いに行く!」
「まあ落ち着け。」
カミオは渡されたメガネをかけて、初めてこの大男の顔をまじまじと見た。
「・・・あ、あなたは、プレル首相!!!」
「わかるかね?」
「わかるもなにも、現職のリリパット国首相の顔を知らない国民なんかいませんよ!」
「あっはっは」
プレル首相は鷹揚に笑いながら話を続けた。
「カミオ君、このたびの君の活躍は素晴らしかった。おめでとう。君はもう大金持ちだよ。」
「え?」
カミオは首を捻った。
「おっしゃる意味が、良くわからないのですが・・・」
「あの金銀財宝のことだよ。」
カミオとドロシーが洞窟で発見した財宝だ。金の重量だけでもリリパットの度量系では表しきれないほどである。時価おいくらになることか見当もつかない。
「君、一日にしてこのリリパット随一の億万長者だね。」
「とんでもない!」
カミオは勢いよく首を横に振った。
「あれは当然リリパット政府が接収すべきものです。ええ、国民が等しく豊かになるように使わなければなりません。」
「ほお・・・」
プレル首相は眼を細めた。
「君、いいのかい?聞くところによるとそんなに豊かな暮らしはしていないようだが。」
「いえいえ、だからといって、リリパット国民の財産となるべきものを横取りはできません。」
横取りということはない。厳密にリリパット国の法解釈をすれば、あのお宝はカミオの所有物になるのが当然であるからだ。
ところがその本人がまるで受け取ろうとしない。
プレル首相は苦笑した。
「そうか。それでは有難く君の申し入れは受けることにしよう。」
「はい。」
「でもカミオ君、君は苦学生だと聞いている。リリパット大学の総長にかけあって、学費を免除するよう働きかけさせてはくれんか。」
「いえ、それには及びません。僕はちゃんとアルバイトしながら学生が続けられます。」
「では奨学金をたっぷりはずもう」
「それにも及びません。特別扱いしてもらうつもりはありません。」
カミオもむきになって頬を膨らます。
呆れてプレル首相が両手を挙げた。
「やれやれ、それでは政府が君に何かしてあげられることはないのかい?」
カミオは天井を向いて少し考えると、ぽつりと呟いた。
「僕には別に何もいりません。でも・・・」
「でも?」
「リリパットの各地に、もっと図書館を充実させてほしいです。いまは僕もリリパット大学で好きなだけ本が読める。でも大学に入るまではなかなか読めませんでした。いまも全国には、大学に入る前の僕のように、読みたくても本が読めない子供たちが大勢いると思います。その子たちのために、政府がもっと各地に図書館を立ててくれたらいいなあ、と思って・・・」
「それが君の希望かい?」
「おかしいでしょうか?」
「おかしいなあ。」
プレル首相は含み笑いした。
「でも、それが君の望みとあれば政府はただちにその方向で動こう。」
「ありがとうございます!」
カミオは深々と礼をする。
「ただし、ただというわけにはいかない。こちらからも君に依頼したいことがある。」
「なんでしょう?」
きょとんとした表情のカミオの肩に、プレル首相はぽんと手を置いた。
「カミオ君、君が二年前に応募したリリパット国の政策提言コンテストの内容は、よく覚えているよ。」
「は?」
「実によくできた提言だった。しかし、まさかこんな若者がその提案者だったとはな。」
「は、はあ」
「で、そのレアメタルの鉱脈は見つかったのか?」
「!」
カミオはしどろもどろになった。
「い、今までの調査の結果から、あ、あの北部海岸に、間違いなくタングステンやモリブデンの鉱脈があるはずだと、思うのですが・・・」
「ほう。それで発見したのかね?」
「え・・・い、いや、まだ・・・」
「だめじゃないか。」
「も、申し訳ありません。」
「一人でちまちまとフィールドワークをしていても限界がある。」
急に大柄なプレル首相が身を乗り出してきた。気おされて、カミオはベッドの上に座ったまま少し後ずさりする。
「政府で予算をつけよう。」
「は?」
「レアメタル探査の国家プロジェクトを起こすのだ。カミオくん、君はそのプロジェクトリーダーだ。チームを率いて探査作業を続けてくれたまえ。」
「!」
急な申し入れにカミオはたじろぐ。でもプレル首相は大まじめだ・
「・・・あ、ありがとうございます」
「それで終わりではないぞ。」
プレル首相はなおも身を乗り出したまま言葉を続ける。
「君の政策提言は、レアメタル鉱脈を見つけるまでで終わりではなかったはずだ。」
「・・・」
「見つけたレアメタル鉱脈から、まずは鉱業を充実させ、次いで環境に優しい工業を育て、興した産業でこの国の全ての人々が豊かに幸せに暮らせるようにする。そこまでが君の政策提言だったはずだ。そうだね?」
「は、はい、そうです。」
「ならばあと二年間、君がリリパット大学を卒業するまで、あと二年間待とう。」
「?」
「二年たったら、政府で、いや、俺の下で働いてくれ。」
「・・・」
「このリリパットの国がもっと栄えるために、このリリパットの国民がもっと幸せになるために、俺の右腕として、思う存分、働いてくれたまえ。」
カミオの頬がみるみる紅潮してきた。
「・・・身、身に余る光栄です。」
プレル首相とカミオはがっちりと手を握り合う。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むぞ!」
・・・
・・・
こほん
・・・
この咳払いを聞いて、カミオはプレル首相の背後にもう一人小柄な男が立っていることに初めて気づいた。
どこかで見覚えのあるような気もしたが、はっきりとは思い出せない。
「・・・こちらの方は?」
「ああ、彼が君をあの現場から救出してくれたんだ。」
「そうでしたか」
カミオはその男の方に向き直ってぺこりと頭を下げた。
「ほんとうに有難うございました。」
「いや、礼には及ばないよ。」
「ということは、あなたがドロシーちゃんも助け出してくださったのですね。」
「あ、いや、まあ、そ、それは・・・」
狼狽し始めた男をかばってプレル首相が助け船を出した。
「カミオくん、お邪魔したな。君はまだちょっと安静にしていなければならない。私たちはこれでもう失礼するよ。」
「そうですか。」
病室から立ち去ろうとプレル首相は一礼する。カミオは慌てて訊ねた。
「ドロシーちゃんは?ドロシーちゃんにはいつ会えますか?」
「もう少し待ちなさい。」
プレル首相は少し厳しい顔をして首を横に振った。
「ドロシーさんの身の安全はリリパット政府が保証する。」
「で、僕はいつ会えるんですか?」
「・・・いずれ、連絡がある。」

*****

プレル首相はカミオの病室を出て後も上機嫌だった。
「なかなか爽やかな青年だったな。」
「・・・」
「しかも優秀で、実に前途有望だ。話をしていて、こっちまでわくわくしてきたぞ。」
「・・・」
「・・・おい」
「・・・」
「おい、どうした?普段賑やかな君らしくないな。どうしてさっきから黙りこくっているんだ?」
「・・・」
あのカミオという男、目を醒ましたら開口一番でドロシーさまの安否を訊ねてきた。
真剣に、誰よりも、なによりも、ドロシーさまのことを大切に思っているのだな・・・
・・・
・・・
「・・・」
「なんだなんだ、そんなに思いつめた表情をして」
「・・・い、いえ、なんでもありません。どうぞお気遣いございませんよう。」
シェビッキは慌てて一礼すると、国会議事堂に向かうプレル首相とは別れ、一人王宮に向かった。

*****

ドロシーから物体縮小術をくらってしまった約50人の海賊たちは、国外退去を禁じられ、その後はリリパット国内に居住することになった。
居住するからには働かなければならない。勤労はここリリパットでも国民の義務とされているのだ。
そこで彼らは、リリパットの都のど真ん中にあるあの歴史保存地区で新しいアトラクションを担当することになった。
それは一辺が10リリパット・メートルほどの正方形をしたジオラマである。
海賊たちは身長が4リリパット・センチメートルもない極小こびととして、昼間の時間帯はこのジオラマの中の住人として過ごすことになった。
ジオラマは高さ50リリパット・センチメートルくらいの台に乗せられている。これに加えて高さ10リリパット・センチメートルの囲いがぐるりと巡っているが、それにしても平均的なリリパット人にしてみれば腰を屈めて覗き込むような高さだ。もちろん、子供にだって簡単に覗き込むことができる。
しかしこの50+10=60リリパット・センチメートルの段差とは、極小こびとたちにとって体感的に30メートルくらいの高さである。とても逃げることはできなかった。
このジオラマの中には、池があり、小高い丘があり、そして港と港町がある。
海賊たち極小こびとは街歩きをしたり、丘に登ったり、船を操作したりして、巨大なリリパット人たちの見世物になっていた。
もちろん、リリパット人たちは自分たちより小さなこびとなど見たことがない。このアトラクションは大当たりだった。
タテマエ上、極小こびとを含むジオラマ内の陳列物に手を触れてはいけないことになっていた。
でも、子供たちがそんな決まりを守るはずはない。
幼いリリパットの子供たちが、きゃっきゃっと歓声をあげながら極小こびとを追いかける。
中にはジオラマ内に踏み込んで彼らを捕まえたり、踏み潰そうとしたりする子供もいた。
大人たちも、そんな無邪気な子供たちのいたずらを鷹揚にやり過ごしていた。
自分たちがこびとであることに慣れているリリパット人は、身体が小さければ所詮そういう扱いをされてしまうのだという現実を良く知っていたのである。
だから子供が極小こびとを虐めるのは仕方がない、いや、当たり前だと割り切っていた。
子供ばかりでなく時には若い女などもこの極小こびと虐めを楽しんでいたが、それも同様に見て見ぬふり、いや、むしろ積極的に笑いものにしていた。考えようによってはけっこう残酷である。
もちろん、このジオラマを楽しむのは地元のリリパット人ばかりではない。
ジオラマの天井は巨大なレンズに覆われていて、外国人観光客はここからジオラマ内の拡大画像を覗き込むことができた。
だって一片が10リリパット・メートルのジオラマは世界標準では1辺20センチメートルであり、そこに点在する極小こびとたちに至っては身長が0.8ミリメートル未満である。外国人観光客が肉眼で観察するのは困難だ。
外国人観光客たち入れ代わり立ち代わり、このジオラマをレンズ越しに覗き込む。
他では経験できない貴重なミクロ環境観察だ。
もちろん極小こびとのあまりの小ささにも驚かされたが、それよりも新鮮だったのはそれまでこびとだと認識していたリリパット人たちが極小こびとの前では巨人として偉そうに振る舞っていることであった。
逆に、海賊たちは、レンズ越しに覗く外国人観光客の姿に絶望させられていた。
ジオラマの中から仰ぎ見る外国人観光客の姿は、ちょうどリリパット人がブロブディンナグ人を見る時と同様に、体感的にはキロメートル単位の超絶的な巨大さだ。それがレンズでさらに拡大されて見えるのである。
彼ら外国人観光客たちはリリパット人の子供たちのように直接の身体的脅威ではない。ただ、レンズ越しに覗きこんでくるだけである。
しかし、直接的なコンタクトがない分だけ、別の次元に生きていることを思い知らされた。
次元が変わるほど小さくさせられた自分たちは、もう普通の人間と同じ世界には棲めないのだ。
虫眼鏡で観察されるような微生物になってしまったのだ。

*****

そんな極小こびとたちも、夜になれば宿舎に戻る。
宿舎は王宮内だ。
そして王宮内でそのお世話を命じられたのは、皆さんの予想通り、最年少女官のマーナちゃんである。
ところが、マーナちゃんはこのお仕事にはあまり乗り気ではなかった。
だって、極小こびとは小さすぎる。
鬼視力のマーナちゃんをもってしても、さすがに彼らの表情を肉眼で窺い知ることはできない。
こびとを虐めて楽しいのは、彼らが怖がったり、悔しがったり、恥ずかしがったりするからだ。
それがその場でわからなければつまんない。
だから最近は極小こびとの世話なんかシェビッキやナボコフたちにほとんど丸投げしている。
・・・
・・・
それでも極小こびとに全く興味がなかったわけでもない。
このおじさんたちは、実は初めからこんなに小さかったわけじゃなく、もともとはむしろリリパット人やブレフスキュ人より大きかったんだって。
それをドロシーおねえちゃまが魔法で縮めてこんな極小サイズにしてしまったのだとか。
・・・
いいなあ
そんなことができたらいいなあ
・・・
・・・
マーナちゃんの頭の中は物体縮小術についての興味でいっぱいになっていた。

*****

その日はいつもとなんだか雰囲気が違ってた。
・・・
でも、マーナにはいつもと変わったことをするつもりなんてなかったの。
いつも通り、できるだけ可愛らしいファッションで王宮からリリパットの都に向かってた。
今日は肩パットの入ったピンク色のとびきり短いワンピース。
髪にはやはりピンク色の大きなリボンをつけた。
いつもと違うといえば、素足にサンダルではなく、今日は白いソックスに革のパンプスであることくらい。
ミニのワンピースの下には、くまさんの刺繍の付いた勝負パンツを穿いちゃった。
これで万全。
今日もリリパットのおじさんたちを悩殺しちゃうぞ♡
・・・
・・・
と、思ったら、いきなり途中の道で呼び止められた。
「こら!チビ!お前このごろ生意気だぞ!」
振り返ったら怖い顔をした大きなおじさんが睨み付けている。
え?
この島にマーナと同じ大きさのおじさんなんかいたの?
びっくりして見回したら、他にもいかついおじさんたちが数人いる。
あれ?
気が付いたら大きな木や、建物まである。
って、ことは
・・・
・・・
わたし、リリパット人と同じ大きさになっちゃったの?
・・・
「ほら、こっちにこい!」
おじさんが毛むくじゃらの太い腕を差し出す。
「きゃあ!」
わたしは怖くなって逃げ出した。
「待てえええええ!」
野太い声をあげておじさんたちが追いかけてくる。
わたしは精一杯走っているけど、でも大人のおじさんたちの方が足は速そう。
このままでは捕まっちゃう。
捕まったら、酷い目にあわされるかも・・・
「きゃあ!」
捕まっちゃった。
太い腕が、わたしの首根っこを摑まえる。
「放してよお!」
「ダメだ。お前はチビなんだから、素直に言うことを聞け!」
「イヤよ!放して!」
わたしは手足をじたばた動かすけど、首根っこを摑まえたおじさんはびくともしない。
いつの間にか、わたしの周囲には怖いおじさんがずらりと勢揃いしていた。
「さあて、このチビ、どうしてくれよう?」
「調子に乗ってるガキは痛い目に合わせてやらなきゃならんな。」
「やめて!やめて!」
わたしは涙目になる。
でも大勢のおじさんたちに囲まれちゃったら、ただの9歳の女の子のわたしには何にもできない。
こんなのイヤ!
・・・
ああ
大きくなれたらいいのに
・・・
・・・
むく
・・・
・・・
あれ?
・・・
むくむくむく
・・・
あ!
わたし、身体が大きくなってきた
・・・
むくむくむくむくむくむく
・・・
わたしの首根っこを掴んでいたおじさんが手を放した。
だって、もうマーナの方が大きくなっちゃったから。
で、まだまだ大きくなり続けている。
・・・
むくむくむくむくむくむくむくむくむくむく
むくむくむくむくむくむくむくむくむくむく
むくむくむくむくむくむく
むくむくむく
むく
・・・
巨大化が止まった。
足元を見る。
「!」
さっきまで見上げていたあの大きなおじさんたちが、もうわたしの小指ほどもない。
わたしはそのくらい巨大になったんだ。
あのおじさんたちから見たら、身長は60メートル以上かな?
怪獣サイズね。
おじさんたち目を真んまるにして驚いてるわ。

「・・・さっきはよくもやってくれたわね。」

おじさんたちの方に一歩踏み出す。
それだけで地面が揺れたらしく、何人かのおじさんたちはひっくり返っちゃった。
うふふ、なさけないわねえ。

「どうせチビのガキですよ。でも、今のおじさんたちはもっとチビでしょ?」

わたしは腰を抜かしているおじさんたちの頭上に足を振り上げた。
おじさんたちは頭を抱えて蹲る。
うふふ、いい気味
・・・
そのとき、声が聞こえた。
「無駄な抵抗はやめろ!」

「?」

片足を振り上げたまま慌てて周りを見回した。

「!」

こびとの兵隊の大軍だ!
あたり一面ずらりと並んでいる。
いつの間に集まってたの?
大砲もある。
戦車も数えきれないほどいる。
それらがみんなマーナに砲口を向けてる。
小指くらいの大きさの兵隊さんの一人が、プロレスラーのおじさんみたいにマイクパフォーマンスしてきた。
「・・・マーナ・ダシア・トゥヌガート、お前は包囲されている。無駄な抵抗はやめて、ただちに我々に投降せよ。」
・・・
投降せよ?
・・・
難しい言葉だから良くわかんないけど、雰囲気から判断して、『この軍隊に降参しろ』っていう意味?
・・・
・・・
むかっ!
なによ、いきなり現れて降参しろ!って。
そんなの失礼すぎるじゃない、こびとの軍隊のくせに。
ぷんぷん!

「あっかんべえ。降参なんか、しませんよーだ!」

どかああああああああん

「きゃっ!」

なんと一門の大砲がマーナに向かってほんとうに撃ってきた。
あわててよけたから良かったけど、あんなのが当たったらとても痛そう。
いや、痛いだけじゃすまない、きっと怪我しちゃう。
しかも、大砲はこの一門だけじゃない。
他に戦車もある。
それが一斉にわたしに向かって撃ってきたら、こんどはもう逃げられないかも・・・
「・・・もう一度警告する、マーナ・ダシア・トゥヌガート、ただちに投降せよ。さもないと、我々は総攻撃を開始する。」
マイクパフォーマンスのおじさんは容赦ない。
このままでは本当に総攻撃してきそう。
降参するしかないの?
わたしはまた涙目になった。
悔しい!
小指みたいなこびとたちに降参しなきゃならないなんて・・・
わたしがもっともっと大きくなれれば、こんな攻撃なんかへっちゃらになるのに。
あーあ、もっともっと大きくなりたいよお・・・
・・・
ぐぐ
・・・
あ!
・・・
ぐぐぐぐぐ
・・・
やったあ!わたし、また身体が大きくなってきた
・・・
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ
・・・
さっきよりも勢いよく身体が大きくなっていく。
よーし、この調子!
・・・
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっぐぐぐぐぐ
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっぐぐぐぐぐ
ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ
ぐぐぐぐぐ
ぐぐ

・・・
・・・
巨大化が完了した時、わたしはフルスケールのブロブディンナグ人サイズに戻っていた。
この小っちゃな兵隊さんたちから見たら身長3000メートル以上の大巨人。
ほら、腰のあたりにうっすら雲がかかっている。
周囲の山も膝下くらいになっちゃった。
兵隊さんたちなんてアリさん以下。
これならもう大砲だって怖くないわよ。
えっへん
わたしは両脚を開いて、両手を腰に当て、ゆったりと兵隊さんたちを見下ろした。

「うふふ、これならどう?」

兵隊さんたちは流石にたじろいでいる。例のマイクパフォーマーのおじさんは必死だ。
「撃て!撃て!撃てええええええええ!」
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ
ずだーん、ずだーん、ずだーん、ずだーん、ずだーん
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ
どっかあああん、どっかあああん、どっかあああん
ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ
総攻撃が始まった。
って・・・
・・・
・・・
ぷっ
・・・
全然効いてない。

「ほらほら、おじさんたち、その程度じゃマーナのお靴にも傷をつけられないよ。」

マーナのお靴、今は薄いところでも厚みは8リリパット・メートルくらいあるんだよ。
撃ち抜けるかなあ?
そもそも、そこにも届かないよね。
だって、おじさんたちの住んでる街の建物は、ほとんどマーナのお靴の底の厚みにも届かないんだよ。
お靴の底は硬いから、そんな小さな大砲じゃ撃っても跳ね返されちゃうと思うけどなあ・・・

「おじさんたち、小っちゃすぎだよ。」

蹲って、両膝の上に両肘をのせて頬杖をつく。
お靴の周りで精一杯頑張ってるちびちび軍隊を高みの見物だ。
でもこの姿勢だと、スカート短いし、兵隊さんたちには近くからパンツ丸見えね。
あ!みんな見てる見てる。
エッチねえ
じゃ、大サービス。
お股をもっとエッチな兵隊のおじさんたちに近づけてやれ。
ほうら、これならどう?
今日のマーナのパンツ、カワイイでしょ?
お気に入りなんだよ、このくまさんの刺繍。
だけど、このくまさんの刺繍だって、小っちゃな小っちゃなおじさんたちに比べたら怪獣みたいに大きいね。
やだあ、おじさんたちったら、パンツの刺繍に見下されてんの。
そんな軍隊ってあり?
うふふふふ
でも近くでパンツ見られるから嬉しいでしょ?
それとも臭いかな?
てへ
・・・
とか思いながらニヤニヤ見てたら、ちびちび戦車くんたちが動きだした。
「パンツァー・フォー!」
「パンツァー・フォー!」
「パンツァー・フォー!」
勇ましい掛け声とともに前進してくる。
・・・
・・・
って・・・
パンツ阿呆?
・・・
・・・
ひっどおおい!
ひとがせっかく親切にも可愛いパンツを見せてあげたのに、その言いぐさは失礼すぎない?

「ふん!」

わたしは立ち上がって、ワンピースのスカートをたくし上げ、するするとパンツを脱いじゃった。
ノーパンなんて、エッチすぎかな?
今日のスカートの丈はあり得ないほど短いので、ちょっと前傾姿勢になるだけでお尻がぷるんと出ちゃう。
ま、このこびとたちは足元にいるんだから関係ないか。

「パンツ、脱いじゃったわよ。これなら文句ないでしょ?」

さすがに足元のちびちび戦車くんたちの動きも止まったみたい。
モロ見えでびっくりしてるんでしょうけど、いいわよ、こんなこびとたちになんかエッチなとこ見られてもマーナはへっちゃら。
むしろ見せつけてやるわ、どうせ小さすぎて何もできやしないんだし。
両脚を軽く開いて、胸を張って、右手にはいま脱いだばかりのほかほかのパンツを摘まんで、足元のちびちび戦車くんたちにひらひらと振って見せる。

「はい、それでこれがそのマーナのパンツ。脱ぎたて。大きいわよ。どのくらい大きいと思う?」

手を放す。
ひらひらひら
ふぁさ
ずううううううううううん
「うわああああああああ」
・・・
うふふふ
マーナのパンツを地面に落とした風圧でちびちび戦車くんたちが吹っ飛ばされてる。
やだあ、子供のパンツに負けちゃうの?
戦車のくせに、パンツより弱いんだ。
惨めだなあ。
よし、いいこと思いついた。
わたしはついでにお靴もソックスも脱ぎ捨てた。
これでスカートの下はすっぽんぽん。涼しくてとってもいい気持ち。
で、そのお靴とソックスを地面に落としたパンツの後ろに隙間なく並べて、はい、バリケードのできあがり。
さあ、これで逃げ道はないよ。

「それじゃあ失礼なちびくんたちはマーナが踏み潰してあげます!」

わたしはおもむろに裸足になった片足のつま先だけをちょっと上げてみた。
あ、逃げてる逃げてる。
慌てて逃げてる。
しめしめ。
今度はわたしは反対の足の爪先を上げた。
するとちびくんたちは退路を変換する。
また反対の足を上げると退路変換。
また反対の足を上げると退路変換。
また反対の足を上げると退路変換。
これを繰り返しているうちにちびちび戦車くんたちはみんな置き捨てにされたマーナのパンツの上に追い込まれちゃった。
だって後ろはお靴とソックスに阻まれてそれ以上向こうには逃げられないもんね。
これでよし、と。

「おじさんたち、『パンツ阿呆』とか言ったくせに、ホントはマーナのパンツが大好きなんだね。変態だね。」

わたしはもう一度蹲った。
今度はパンツを脱いでいるので、兵隊さんたちのすぐそばにマーナのエッチなところがもろ出し。
でも恥ずかしくなんかないよ。
おじさんたちなんか虫より小さなこびとだもん。
わたしはちびちび戦車くんたちがこぼれ落ちないよう両手で慎重にパンツを拾い上げると、そのまま手の中でくしゃくしゃっと丸めちゃった。

「はあい、みなさん仲良くマーナのパンツの中に閉じ込められちゃいましたあ。おしっこ臭いかなあ?昨日一日穿いてたからね。でもおじさんたちは変態だから、その方が嬉しいんでしょ?」

手の中でくしゃくしゃに丸めたパンツの更にその中で、戦車に乗った小さな小さな兵隊のおじさんたちが慌ててる。
すごくいい気味。
こびとのくせにマーナのことをバカにした罰よ。
わたしはにたにた笑いながら立ち上がった。

「どうしようかなあ?このパンツ、また穿いちゃおうかなあ?」

わたしはパンツをふうわりと握った手をお股の前のエッチなところにあてがった。
こびとのおじさんたちはきゃあきゃあ悲鳴をあげてる。
でもパンツの中に閉じ込められてるんだから、せっかくエッチなところにあてがってあげたのに何も見えなかったかな?かわいそう。
あ、でも匂いくらいは嗅げたんじゃない?興奮してちょっとお汁が出てきたんで拭いつけといてあげたから。わたしって親切だなあ。

「・・・でも親切もここまでよ。マーナのことをバカにした生意気なこびとはお仕置きです!」

きゅっ
わたしはちびちび戦車くんたちをパンツごと片手で握りしめちゃった。
・・・
え?
残酷?
そんなことないよ。
このおじさんたちの方が酷いのよ。
だってこの人たちは大砲撃ってきたんだから、か弱い女の子に向かって。

「だから残りのおじさんたちはホントに踏み潰します!」

ずしいいいいいいいいいいいいん
うふふ
踏み込んだだけで周りの兵隊さんたちまで吹っ飛んじゃったわ。
ほらほら、もっと真面目に逃げなさいよ。
ずしいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいん
ああ、気持ちいい
パンツ穿いてないから気分は開放的だし、もうとことんまでやる気になっちゃった。
ずしいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいん
うふふふふふ
逃げ回る兵隊さんたちを楽しく踏み潰しているうちに、いつの間にか街に出た。
あれ?
なんだかいつものリリパットの街と違うみたい。
大きさは同じくらいなんだけど・・・
まあいいわ。
この街も踏み潰しちゃお!
ずしいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいん
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
賑やかな市場も
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
広い公園も
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
そしてこの立派な宮殿も
ずしいいいいいいいいいいいいん
・・・
ふうう、楽しいけどワンパターンかな?
じゃ、こんなのはどう?
後ろを向いて、お尻をぷりっと突き出してみる。
まず横にぷるぷる振り回して足元のちびどもに可愛さをアピール。

「どう?マーナのおしり、カワイイでしょ?でもね、カワイイだけじゃなくて、大きいんだよ。ほら」

どしいいいいいいいいいいいいいいいいん
勢いよく座り込んじゃった!
あらら、なんだかクレーターみたいなのができたわ。
街の破壊具合はハンパないし。
うーん、マーナって圧倒的!
あ・・・
逃げてる逃げてる!
みんな真っ青になって逃げてる!
なさけないなあ
女の子にこんな恥ずかしい攻撃されても、なんの反撃もできず、ただ逃げるしかないって・・・
こびとってマジ哀れ。
ってか、マジ惨め。
ってか、マジ恥ずかしい。
こびとって・・・やっぱり人間じゃないわ。
ただの玩具
・・・
いや
・・・
玩具以下のゴミだわ。
・・・
・・・
ぱたぱたぱたぱたぱたぱた
そのとき鼻先に小さなヘリコプターが飛んできた。
なんだろう?
・・・
あ!
白旗掲げてる。
・・・
ふん、やっとマーナに降参する気になったのね。
余裕たっぷりにふんぞり返って右手を差し出すと、ヘリコプターは素直に掌の真ん中に着陸した。
中から大きな白旗を持った男の人が現れる。
「降参します!降参します!」
男の人は土下座する。
あたりまえよ。
こびとのくせに、身の程を弁えなさい。
お小言の一つ二つでも言ってやろうと思って、掌の上で白い旗を掲げて土下座しているこびとのおじさんを睨み付けた。
・・・
え?

「・・・パ、パパ?」

掌の真ん中でかしこまっているこびと、それは小さいけれど間違いなくパパだった。
・・・
まずい。
公衆の面前でおおっぴらにパンツ脱いじゃったりしてるとこ、パパに見られちゃった。
叱られる、かも・・・
・・・
「本日はブロブディンナグ政府の全権大使としてまいりました。」
パパは土下座したまま口上を続ける。
全権大使?
それは確かにパパはブロブディンナグの現職総理大臣だから全権大使になっても不思議じゃないけど・・・
でも・・・

「・・・パパ、パパはブロブディンナグ人なのに、どうしてそんなに小さいの?」
ようやく頭を上げたパパは大声で答えてきた。

「いやいや、小さいのはわたしだけではありません。もはや全てのブロブディンナグ人がこんなに小さくなりました。」

「え?」

「いまやマーナさまこそが世界で唯一の大巨人でございます。」

「じゃあ、ここは?」

「もちろんブロブディンナグです。さっき畏れ多くもマーナさまを攻撃したのはブロブディンナグ軍でした。」
パパは這いつくばって答える。まるで従順なものだ。
これなら叱られそうな感じもしないなあ・・・

「で・・・全権大使のパパは、マーナに降参してどうするつもり?」

わたしはわざと怖そうな顔をして掌の上のパパを睨み付けた。
「も、もちろん降参したら、家来になります!」

「家来に、なる?」

「そうです。全ブロブディンナグ国民は、いや、ブロブディンナグだけでなく、全世界の人々は、今日からみんなマーナさまの家来です。偉大なるマーナさまの足元にひれ伏して、その命令には全て従います!」

「・・・世界中の人々が、みんなマーナの命令に従うの?」

あ、ほんとうだ。
掌の中のパパだけじゃなく、足元の兵隊さんや市民のみなさんたちもみんな土下座している。
みんな、マーナの足元で額を地面に擦り付けて、米つきバッタみたいにひれ伏している。
・・・
そうか
わたしは世界でいちばん偉くなったんだ。
・・・
そうよね
・・・
だって、わたしだけがこんな超大巨人で、あとのみんなはみじめなこびとなんだもん。
・・・
気分最っ高!
・・・
・・・
うふふ
あはははははは
あはははははははははははははは
あはははははははははははははははははははははははははははははは
あははははははははははははははははは
あはははははははははは
あははははは
あはは
・・・
・・・
・・・
「・・・」
「・・・マーナさま」
「・・・」
「・・・マーナさま!」
「・・・むにゃむにゃ」
「マーナさま!!!朝ですよ!!!もう起きてください!!!」
「は!!!」
いっけない!寝過ごした!
モモさんが声を荒げている。
「はいはい、早く起きて、そしてお顔を洗ってください。はい、お着替えはここですよ。朝ご飯はもうできていますからね。」
「はあああい」
・・・
はわわわわわ
あれ、夢だったのか
夢オチなんてなさけない
まあ、確かにGTSストーリーとしてはあまりにもベタな流れ過ぎたけど・・・
・・・
・・・
でも
気持ちのいい夢だったなあ
妙にリアリティあったし
・・・
妙に
リアリティが
・・・


*****

ドロシーは日常の生活に戻っていた。
・・・
テーブルにつくと、三食モモさんがごちそうを持ってきてくれる。
お洗濯も、お掃除も、みんなモモさんがしてくれる。
ドロシーは何もしなくても良い。
ドロシーがすることといえば、歩いてすぐのローラ王妃さまの執務室にでかけ、そのお仕事のお手伝いをすることくらいだ。
お手伝いといっても、そんなに難しい仕事ではない。
余った時間は書斎で古文書のお勉強。
思い悩むことといえば、今日はどんなお洋服を着ていこうか?ということくらい。
そんな毎日だ。
・・・
危険な思いをすることもない。
リリパット人に比べて圧倒的に巨大な体躯を持つブロブディンナグ人の女の子に戻ったのだ。
誰もそんなドロシーを脅かすことなどできない。
あの海賊船で体験したような、あの身体が小さいゆえの恥辱を、思い出したくもない屈辱を、もはや味わうこともない。
たとえリリパット国防軍が全力あげて攻撃してきても、片手であしらうことができる。
あの魔法すら使う必要はない。
・・・
・・・
平穏だ。
安心だ。
何も心配することはない。
身体の大きなブロブディンナグ人の、経済的に恵まれた上流階級の、しかも高級女官というしっかりした身分を保証された生活には、何も不足するものなどない。
加えて、ドロシーは誰もが羨む美貌の持ち主だ。
天が二物も三物もそれ以上の物も同時に与えている。
全て用意されている。
全てが準備されている。
ドロシーはそれを享受するだけ。
・・・
この生活に何の不満があるの?
不満など感じてはならないではないの?
・・・
そう、思い込もうとしていた。
・・・
・・・
・・・
このドロシーの人知れない葛藤に、他ならぬシェビッキが気づかぬはずはなかった。

*****

ある日、いつものように鏡台の前に一人で現れたシェビッキは、唐突に切り出した。
「・・・ドロシーさま」

「ん?なあに?」

「・・・お暇をいただきとうございます。」

「え?」

意外な申し出に、ドロシーは耳を疑う。しかしシェビッキはそんなドロシーと視線を合わそうとせず、俯いたまま言葉を続けた。
「ドロシーさまの下でのお勤めを辞め、王宮を出ようと思います。」

「な・・・なんですって?」

そんなこと全く想定していなかった。
何か待遇に不満でもあるというのだろうか?
ドロシーは勢い込んで訊ねる。

「どうして?どうしてなの?」

シェビッキはようやく顔を上げて、きっぱりと言い切る。
「世界征服の夢をあきらめ、堕落しきったドロシーさまになど・・・な、なんの未練がございましょうか・・・」

「・・・」

確かに今のドロシーにはもはや世界征服の野望などない。
しかし、正直に言えばなにもそれは今に始まったわけではない。
それはシェビッキにだってわかっていたはずだ。
だというのに、なぜ?
なぜ、今、このタイミングで、シェビッキは立ち去ろうというの?
だって、ブレフスキュ/リリパット島の暮らしでずっと一途に仕えてくれたシェビッキは、ドロシーにとって事実上の執事だ。
そのシェビッキを失うことは、日常の生活を送る上でも計り知れない損失である。

「困るわ。お前がいなくなったらここの生活はたちどころに滞ってしまうじゃない。お前なしで、いったいわたしはどうすればいいというの?」

シェビッキは、大きく息を吸い込むと、噛みしめるように、答えた。
「・・・勝手に・・・お幸せになってしまえば、よろしいかと・・・」

「!」

ドロシーは言葉を失った。
・・・
勝手に
幸せになる
・・・
・・・
それが今のこの生活ではないことは、ドロシーもよくわかっていた。
「・・・そのようなわけで、私の辞職をお認めいただきたいと・・・」

「・・・それには及ばないわ。」

ようやくドロシーは言葉を絞り出し、シェビッキの説明を遮った。

「お前なんか・・・クビよ!」

ドロシーは立ち上がるとぷいとそっぽを向いた。

「じ、自分の意志で辞めようなんて、な、な、生意気よ!お前みたいな役立たずは、わ、わ、わたしが・・・クビにしてやるわっ!!!」

ドロシーはシェビッキに目を合わせないまま言い放つ。
・・・
「・・・承りました。」
シェビッキはドロシーに深々とお辞儀をすると、とぼとぼと鏡台脇のリリパット/ブレフスキュ人用出入り口に向かった。
扉に手をかけたところで、シェビッキは立ち止まり、振り返る。
「ドロシーさま・・・」

「なによ?まだ何かいうことがあるの?」

シェビッキは穏やかな笑顔を浮かべている。
「・・・ドロシーさま、お元気で・・・そして、お幸せに。」

「ふん!」

相変わらずそっぽを向いたままのドロシーは、去りゆくシェビッキの後ろ姿を見送ろうともしない。
いや、見送ることができなかった。
だって、その後ろ姿を見下ろしたら、みっともない顔を曝け出してしまうからだ。

「・・・シェビッキ・・・ありがとう。わたし、頑張るから・・・」

ドロシーは、そのみっともない顔を見せないようにそっぽを向いたまま、ぽつりと呟いた。

*****

「どうしたんですか、シェビッキさん?」
鏡台前から戻ってきたシェビッキは眼を真っ赤にはらしていた。
「・・・ナボコフ、俺は今日クビになった。」
「え?」
「クビになったのだから、もうここで働くことはできない。王宮を出る。」
「・・・」
「今日から俺に代わってお前がこの軍団の司令官だ。頼むぞ。」
シェビッキはナボコフの手をがっちりと握った。
よくわからないが、何か深い事情があったに違いない。
ナボコフも漢だ。根掘り葉掘り訊ねたりはしない。
「・・・わかりました。それでは本日からこの不肖ナボコフがブレフスキュ解放人民戦線を率い、誠心誠意、ドロシーさまにお仕えいたします。」
「いや・・・」
シェビッキが首を横に振る。
「お前たちが仕えるのはドロシーさまではない。マーナさまだ。」
「え?」
シェビッキは怪訝な表情を浮かべるナボコフの肩をぽんと叩いた。
「・・・すぐにわかる。」

*****

大きく息をつく。
・・・
大丈夫ね。
・・・
自分に言い聞かせてから、ドロシーはローラ王妃さまに申し出た。
「・・・王妃さま」
「なんでしょう?」
「わたしに、お暇をください。」
ローラ王妃さまは、まるでドロシーの申し出を予知していたかのように、顔色一つかえない。
「ふむ。ドロシー、ここでのお勤めをやめて、どするのですか?」
「はい・・・」
ドロシーはもう一呼吸おいてから、意を決して告白した。
「わたし・・・リリパット人になって、一人のリリパット人として生きていこうと思うのです。」
「あらあら」
ここでもまだローラ王妃さまは冷静である。
ドロシーが間違って物体縮小術を自分自身にかけてしまい、リリパット人と同じ大きさになって、大冒険して戻ってきたことは、もちろんもうローラ王妃さまのお耳にも入っている。
だから、ドロシーの「リリパット人になりたい」という希望が荒唐無稽な願いごとではないこともよく理解していた。
ただ、どうしてわざわざ自分の大きな身体を捨てて小さなこびとのリリパット人になろうと思い立ったのだろうか?
「それは・・・」
「うふふ、無理に説明しなくてもいいのよ。」
ローラ王妃さまは優しく首を横に振った。
「『一人のリリパット人として生きていく』のではなく、『リリパット人として二人で生きていく』のでしょ?」
「え?」
「プレルから報告を聞いています。あのカミオという若い男の子、見どころがあるみたいね。」
「!」
お見通しだったのか・・・
ドロシーは耳たぶまで真っ赤になった。
ローラ王妃は愉快そうに笑った。
「うふふ、ドロシー、わたしはお前がうらやましいよ。」
「?」
「わたしも、愛するピロポさんと同じ大きさだったらどれほど良かったことだろうかと、ずっと思っていました。」
「・・・」
「・・・でも、わたしたちはダメよ。この多民族国家であるリリパット・ブレフスキュ。ブロブディンナグ連邦統合の象徴がわたしたち。わたしたち夫婦は、身体の大きさの違いという壁を乗り越えようとする姿を国民に見せることで、この国の人たちに勇気を与え続ける役割があるの。わかる?」
「はい」
「ドロシーはそんな片意地を張らなくてもいいわ。好きな人と一緒に暮らす。素晴らしことです。ローラは応援しますよ。」
「お、王妃さま・・・ありがとうございます。」
思ったよりもあっさりとローラ王妃さまは認めてくださった。
それでもまだドロシーは浮かない表情である。
その理由も、もちろんローラ王妃さまにはお見通しだった。
「・・・心配することはありません。マコバンと、モモには、このローラからきっちり説明します。」

*****

「そんなことが許されるはずがないではありませんか!!!」
ローラ王妃さまの前でモモさんが激高している。
「リリパット人なんかになって、ドロシーさまが幸せになるはずがございません!」
「まあまあモモ、落ち着きなさい。」
珍しく冷静さを失っているモモさんをローラ王妃は必死でなだめる。
「ドロシーはもう18歳よ、自分のことは自分で決めるです。」
「そんなことをおっしゃっても!」
「ここはリリパット王国よ。」
ローラ王妃さまは少し厳しい眼差しをモモさんに向けた。
「『リリパット人になることが幸せではない』と決めつけられたら、王妃であるローラの立場はないわ。」
「!」
この切り返しには流石にモモさんもたじたじである。
「そ、そんなつもりで申し上げたわけでは・・・」
「いいやモモ、お前はそう言っているわ。」
「・・・」
ついにモモさんは口をつぐむ。大勢はこれで決した。
「・・・モモ」
「はい、王妃さま」
「お前はいくつになりました?」
「わたしですか?・・・30歳でございます。」
「なるほど・・・で、マコバンは?」
「は?旦那様でございますか?」
「そうよ。マコバンはいくつになったの?」
「48歳でございますが・・・でも、なぜわたしや旦那様の年齢を?」
「ふむ」
ローラ王妃様さまはモモさんを意味ありげに横目で見る。モモさんにはなんのことだかさっぱりわからない。
「・・・お前も、マコバンも、不器用でいけません。」
「?」
「もっと素直に、自分の幸せを求める年齢になった、ということですよ。」
「・・・王妃さま、お言葉ですが、何のことかさっぱりわからないのですが・・・」
ローラ王妃さまは真剣な表情である。
「モモ」
「はい」
「お前は口を開けばドロシー、ドロシーと、その話題ばかりです。」
「は?」
「マコバンもそうよ。マコバン家、マコバン家とバカの一つ覚えみたい。」
「はあ・・・」
「わたしにはわかるですよ。お前たちは逃げている。二人とも逃げている。自分たちの幸せや、安らぎを得る道を知っているのに、まるでもっと大切なことがあるかのように自分に言い聞かせて、そこから逃げ回っている。まるで子供です。」
「王妃さま・・・」
「お前たち二人は本当に不器用だから、思っていることがよくわかるの。で、その思いを表せないことまでも。」
「・・・」
「だからモモ、ブロブディンナグに帰りなさい。帰って、こんどこそマコバンと二人で暮らすのです。」
「!」
モモさんはその場で電撃に撃たれたように立ち尽くした。
「お、お、王妃さま!滅相もございません!・・・正直に申します。確かにわたくしは旦那様を陰ながらお慕い申しておりました・・・」
「・・・」
「しかし、わたくしのような平民上がりの者にとってあまりにも畏れ多いことでございます!許されるはずがございません!」
「身分などつまらないことです。マコバンは本当はそんなつまらないことを気にする男ではありません。それはモモが一番よく知っているでしょ?」
「し、しかし、それは亡き奥様への裏切り行為にもなるかと・・・」
「18年です。マコバンはもう十分に誠を尽くしましたよ。もう48歳ですが、まだ48歳。これから先の人生は長い。お前は、今後もマコバンが自分の幸せを求めるべきではないというのですか?」
「そ・・・それは・・・」
モモさんは言葉に詰まって下を向く。
「マコバンを幸せにできるのは、モモ、お前だけですよ。そしてモモ、それはお前自身が幸せを掴む道でもあります。」
「・・・し、しかし・・・」
モモさんはなお下を向いたまま頬を紅潮させている。
「・・・しかし、それでは、それでは・・・ドロシーさまのお気持ちが・・・」
「ドロシーの気持ち、ねえ・・・」
ローラ王妃さまはにこりと笑って首を傾げた。

*****

ドロシーはキッチンでお料理の練習をしていた。
もうこれからはカミオくんにあんな無様な料理を出すわけにはいかない。
だから練習あるのみ!
もちろん、先生役はモモさんである。
「・・・はい、ではそこで一度火を止めて、で、味見してみましょう・・・」
モモさんの説明は、どことなく気が抜けている。
なんだか心ここにあらずだ。
どうしてかな?
・・・
・・・
ドロシーは言いつけどおりに味見をした後、お鍋をかき混ぜながら、振り返りもせず、背後のモモさんに問いかけた。
「・・・モモ」
「はい」
「ブロブディンナグの・・・お屋敷に帰るのよね?」
「・・・はい」
「じゃ、パパと一緒に暮らすんだ。」
「・・・はい」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
ドロシーは相変わらずお鍋をかき混ぜ続ける。その手先を、モモさんは背中越しにじっと見つめていた。
「・・・モモ」
「はい」
「・・・モモは、ずっとわたしのお世話をしてくれた。」
「・・・」
「わたしにとって、モモはお母さんも同然・・・いや、お母さんそのものだったわ。」
「・・・」
「だから、わたしは、モモが本当にお義母さんになっても・・・全然おかしいとは思わないよ。」
「!」
背後のモモさんが明らかに動揺する気配がする。
「・・・お、王妃さまに、何かお聞きになったのですか?」
ドロシーは背中を向いたまま首を横に振る。
「何も聞いてはいないわ。」
「・・・」
「聞かなくても、わたしはわかっていたの。モモの気持ちも、パパの気持ちも・・・」
「・・・」
「わたしがリリパット人になっちゃうと、もうブロブディンナグには帰れない・・・」
「・・・」
「パパは一人ぼっちになっちゃう。」
「・・・」
「だから誰かが、パパの心を癒してあげないと・・・」
「・・・」
「モモ・・・パパを、パパをよろしくね。」
「・・・」
モモさんは黙って、背後から、ドロシーを抱きしめた。
ドロシーが生まれた時も、
ドロシーが歩き出した時も、
ドロシーが初めて王宮に参内した時も、
ドロシーが初めてリリパットにやってきた時も、
ずっとそうしてきたように、
頬ずりしながら、涙を浮かべて、ぎゅっと、強く、愛おしく、抱きしめた。

*****

翌朝、ドロシーは再び物体縮小術で自分の身体をリリパット人サイズに縮め、地下鉄王宮線に乗って歴史保存地区に向かった。

*****

「・・・ドロシーおねえちゃまって、どうして世界征服をやめちゃったのかしら?」

「さあ、どうしてでございましょうかね?」
シェビッキに代わってこのブレフスキュ解放戦線の荒くれ男達の司令官となったナボコフが、新たな部屋の主となったマーナちゃんに応対する。

「何でも小さくできる魔法を手にしたんだから、世界征服なんて簡単にできたんじゃないの?」

「さようでございますねえ・・・」
ナボコフにもよくわからない。
なぜ、ドロシーは実力的には可能であったはずの世界征服に興味を失ってしまったのか?
その事情はわからない。
ただ、ナボコフにわかることは、シェビッキがそのドロシーの心変わりをよく理解し、そして最終的にそれを支持した、いや、おそらくは後押ししたという事実だ。
ドロシーに対するシェビッキの揺るがない忠誠は、部下のナボコフの眼にも眩しく映った。
自分もあのような信念を持ってマーナさまに仕えていこう、と、ナボコフは決意を新たにした。

「ドロシーおねえちゃまにその気がないんだったら・・・じゃ、代わりにマーナがその魔法を使って世界征服しちゃおうかなあ・・・」

突然マーナちゃんが物騒なことを言いだす。
ナボコフは苦笑いを浮かべながらマーナちゃんを諭した。
「いや、マーナさま、あの魔法は魔術書をしっかりお勉強しないと身につかないものなのですよ。難しい古文書ですから、9歳のマーナさまには、読んでもまだご理解いただけないと思います。しかも古文書はマコバン家の家宝でございますから、いつまでもここに置いておくわけにもまいりません。近日中にブロブディンナグへお帰りになるモモさんと一緒にマコバン家へ送り返されることになるかと・・・」

「じゃ、マーナがあの魔法をお勉強することはできない、ってこと?」

「さようでございますね。」

「ふうん、そう・・・ま、いっか。」

残念な展開のはずなのに、なぜかマーナちゃんはさして落胆したようにも見えない。
いや、むしろ得意そうににこにこ笑ってる。
ナボコフがなんともいえない不安を感じると、マーナちゃんはテーブルの上のコップを指さした。

「・・・あのコップ、」

「はあ、何でございましょう?」

「よく見てて」

マーナちゃんは両掌を突き出して集中のポーズをとった。

「φ~)(‘&θ$#”!`?ºª•¶§∞υ¢£™¡æ…¬˚∆˙©σƒ∂ß圡™Γºª•¶§∞æ«`÷≥≤Πµ˜Ω≈ç√˜å°‡›‹€⁄××!!!」

ぼわああああああああああああん
マーナちゃんの両掌から白い煙が噴き出して、テーブルの上のコップを包み込んだ。
しゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅるしゅる
・・・
ブロブディンナグ人サイズ、すなわちナボコフにしてみれば超高層ビルクラスの巨大物体だったコップは、たちまちブレフスキュ人の手にも収まってしまうくらいに小さくなってしまった。

「・・・はい、小さくできちゃいました。」

マーナちゃんはえっへんと胸を張る。
ナボコフは腰を抜かした。
「マ、マ、マ、マーナさま!いつの間にマコバン家の魔術をマスターしておられ・・・」

「マスターなんかしてないわ。できるのはこれだけ。」

「え?で、では、いつの間にそんなお勉強を?」

「お勉強もしてないわよ。だって、魔術書って難しいからマーナみたいな子供が読んでもわからないんでしょ?」

「は、はあ・・・」
確かにその通りだ。熱心に勉強していたあのドロシーですら習得に何年もかかった魔術である。たった9歳のマーナちゃんがちょこちょこっと読んだところで理解できるわけがない。
ではどうしてマーナちゃんがこの魔法を・・・?

「・・・さっき、ドロシーおねえちゃまがリリパット人になろうとして自分に縮小魔法をかけてるところを物陰から見てたの。難しいことはわかんないけど、やり方だけならその時に覚えちゃった。」

「!」
なんということだ。
全然勉強しなくても、修行もしなくても、見よう見まねで覚えちゃうって・・・
そんなのあり?
・・・
待てよ。
本家本元のドロシーはいまやリリパット人サイズに縮小しているのでこの魔法が使えない。
ということは、現時点でこの魔法が使えるのは世界中でマーナちゃん一人だけ。
つまり
・・・
・・・
まさかのマーナちゃん無双状態?

「わーい、これでブロブディンナグのみんなを小さくしちゃえばマーナだけが唯一の大巨人!簡単に世界征服できちゃうわ♡」

マーナちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねて無邪気に大喜びである。
ナボコフは焦った。
「マ、マ、マーナさま、それはちょっといけませんよ!」

「ええ?どうして?」

マーナちゃんはぶすっと口をへの字に曲げる。

「魔法を使うのはマーナの勝手でしょ?文句あるの?なんならナボコフなんかもっと小さくしちゃうよ。」

「ひええええ、それだけはご勘弁を!」
ナボコフは震え上がる。
でも黙っていうことを聞いているわけにもいかない。
だってこのままマーナちゃんの思い通りに振る舞われてしまったら世界は大混乱である。
「・・・マーナさま、マーナさまは先ほど『ドロシーさまが魔法で世界征服をしようとしなかった理由がわからない』とおっしゃいましたよね?」

「言ったわよ。」

「し、しかしながら、確かにドロシーさまは世界征服をしようとはなさらなかった。そこには何らかの理由があるはずです。」

「それはそうね。」

「いま、強引に世界征服なさったら、ドロシーさまが大人になって気づいた『世界征服しない方がよい理由』のために、マーナさまは大切なものを失ってしまうかもしれませんよ!」

「・・・」

ふうん、確かに。
ナボコフのいうことにも一理ある。

「・・・それって、つまり、マーナが大人になるまで待った方が良い、ってこと?」

「は、はい、左様でございます!」

「・・・」

マーナちゃんは自分の両手を見つめて考え込む。
この魔法が使えるんだから、わたしはいつだって世界を征服できる。
ほら、今朝の妙にリアリティのある夢。
あんなことが本当にできたら嬉しいな。
いや、今すぐにもできるんだ、その気になれば。
・・・
でも、慌てる必要もないのかな?
ドロシーおねえちゃまの気持ちがわかる大人になるまで、封印しておいた方がいいのかな?
・・・

大人になるって
どういうこと?
・・・
・・・

「わかんなあい♡」

マーナちゃんは無邪気ににっこり笑いながら小首を傾げるのであった。

*****

地下鉄王宮線の終点・歴史保存地区駅から歩いて30分。
ドロシーはあの懐かしいカミオの家の扉を叩いた。
とんとんとん
「・・・カミオくん」
「ドロシーちゃん!無事だったんだ・・・」
ドロシーは声もなくカミオの胸の中に飛び込む。カミオはその肩をしっかりと抱き寄せた。
「よく、帰ってきてくれたね。」
「うん。」
カミオの胸の中に顔を埋めたまま、ドロシーは思い切って訊ねた。
「ねえ、カミオくん・・・」
「なんだい?」
「・・・わたし、ここで一緒に暮らしていい?」
「いいよ。」
カミオは意外なほどあっさり答えた。
「君がそう言ってくれることを・・・僕も待っていたよ。」
「嬉しい!」
二人はしっかりと抱き締めあった。
・・・
ドロシーがあれほど毛嫌いしていた平民、しかも貧乏、更にあろうことかこびとのリリパット人。
そんなありえない3つの条件を兼ね備えてしまったカミオに、ドロシーは一生を捧げることにした。
自ら望んで一生を捧げることにした。
・・・
これからどんな人生になるのだろう?
ドロシーには見当もつかない。
ただ、子供のころのドロシーが夢に思い描いていたような薔薇色の毎日ではないだろう。
決して楽なことはないと思う。
いや、辛いこと、苦しいことが、次々と襲ってくるはずだ。
・・・
・・・
でも、何なのだろう、この胸のわくわく感は?
・・・
・・・
幸せを掴める予感がする。
辛ければ辛いほど、それを乗り越えた先に、もっと大きな幸せが掴める予感がする。
そして、カミオくんと一緒なら、どんな辛いことも乗り越えられる確信がある。
わたしはカミオくんのために、カミオくんはわたしのために、頑張っていける自信がある。
実際に、そうやってわたしたち2人は、あの海賊船での苦境だって乗り越えたのだ。
幸せは、用意してもらうものではない。
幸せは、自分で手を伸ばして掴むものだ。
2人ならほんものの幸せを掴める。
しっかりと、自分たちの幸せを掴める。
そうに違いない。
だから、わたしは、この道を選んだのだ。
・・・
・・・
そうだ
わたしが本当にほしかったものは
・・・
これだったのだ。
・・・
・・・
・・・
「・・・ドロシーちゃん」
「!」
カミオの呼びかけでドロシーは我に返った。
「な、なあに?」
「愛してるよ」
「・・・ありがとう」
「キス・・・していいかい?」
「!」
ドロシーの顔色が変わった。
「ねえ、いいだろ?別に初めてってわけでもないんだし。」
「だ、ダメよ。」
「どうしてだい?僕は君のことを愛しているんだ。君は僕のことが嫌いなのか?」
「そんなことないわ!わたしもカミオ君のことが大好きよ!」
「じゃあ、キスくらいいいじゃないか。」
「え?あ、やめて、やめて」
「どうして?」
「ここはまずいわ。」
「誰も見ていないよ。」
「そういう問題じゃないのよ。だからやめて!」
「やめない」
カミオはドロシーを抱きしめる。
そしてドロシーのぷっくりした唇に顔を寄せた。
「・・・キス、するよ!」
「あ、カミオくん、やめて!やめて!ちょ、ちょっと待って!やめてよ!やめて!あ、あ、あ、きゃあああああ!誰かあ、助けてええええええええええええええええええええええ♡」

魔法パニック♡・終