このお話は「わたしのほしかったもの」の続きです。登場人物の多くは前作から引き継いでおりますので、まだお読みになっていない方はまずそちらから読まれることをお勧めします。

渚のひみつ・前編
By JUNKAMAN

ここはブロブディンナグの都から南東に約10ブロブディンナグ・キロメートルほど離れた閑静な高級住宅地。
広大なマコバン家の邸宅に半ば幽閉状態にされているドロシーは、今日もすることがなく居室のカウチに寝っ転がってポテチをパリパリと齧りながらTVを見ていた。
ニュースでは日本からの外電が報じられていた。先日、衆議院議員選挙が行われたというのだ。
ドロシーはその結果を見て愕然とした。
「・・・まるでお話にならないじゃない・・・」
今回は保守政党が3年ぶりに政権を奪回したのだそうな。政権を追われる身になった前職の総理大臣はがっくりと肩を落とし、カメラはサディスティックにその憔悴した姿をなめまわしている。
でも、そんなことはどうでもよい。
ドロシーにとって衝撃的だったのは日本共産党の獲得議席だ。
「・・・8議席・・・って、どういうこと?」
ポテトチップスを持つ手が怒りでぶるぶると震える。いたたまれずにテーブルの上のシェビッキが口を挟んだ。
「に、に、日本共産党は・・・選挙戦略に失敗したようですね。」
「戦略とかの問題じゃないでしょ!これじゃまるで泡沫政党じゃない!」
凄い剣幕だ。
「・・・ねえシェビッキ、もしかして、マルクス・レーニン主義とかって、もう時代遅れなんじゃないの?」
「そ、そんな滅相もない!」
今度はシェビッキが顔色を変える。
「せ、世界中の人民は全てプロレタリア革命を待ち望んでいます。日本人は民度が低いんですよ。」
「そうかしらね?」
ドロシーはもう完全に懐疑モードだ。
これはまずい。
このままではシェビッキの存在基盤が崩れてしまう。
「か、革命には指導者のカリスマ性が必要なんですよ。おそらく日本共産党は旗頭にすべき党首のカリスマ性が足りなかったんですよ。」
「そんなこといったら志位さん怒るわよ。」
「いやいやいや大丈夫ですよ。志位さんはいくら選挙に負けても責任を問われませんから、ははははは。それよりドロシーさま、もうニュースもつまらないから別の局にしちゃいましょうよ。」
シェビッキは強引に話題を切り替えるとテレビのチャンネルまで変えてしまった。こんどはアホっぽいアイドルたちがきゃわきゃわやってるだけの白痴的バラエティである。
ドロシーはたちまち眉をひそめる。
「わたし、こーいうくだらない番組だいっきらい!」
ぷい、と横を向く。
またニュースに戻されてはたいへんだ。シェビッキは慌てて取り繕う。
「で、で、でも、イケメンも沢山出てるじゃないですか。どーですか、このグループのセンターの彼?いま街では人気沸騰中のアイドルですよ。」
「ふん!アイドルなんてバカバカしいわ!いくらイケメンっていってもどーせ平民でしょ?権力もお金もないんでしょ?」
さすがはドロシーのぶれなさである。
でもシェビッキも引き下がるわけにはいかない。
「ええ、でも人気があるってことは、カリスマ性がある、ということにはなりますね。」
ピコーン!
カリスマという言葉にドロシーが反応した。
「・・・ねえシェビッキ」
「はい」
「革命には指導者のカリスマ性が必要、って言ったわよね?」
「はい、確かに」
「で、このアイドルグループのイケメンにもカリスマ性がある、って言ったわよね?」
「はい、確かに」
「ふーん」
ドロシーの顔に例の謎の微笑が浮かんだ。
「・・・革命の指導者にはカリスマ性が必要。で、アイドルにはカリスマ性が身に着く・・・ということは・・・」
「ということは?」
「・・・わたしが革命を成功させるためには、まずさしあたってアイドルになっておくべきなんじゃないかしら?」
傍らで聞き耳を立てていたおもちゃタウンの荒くれ男たちはこの一言で一斉にずっこけた。またしよーもないことを・・・と、思ったら、なんとシェビッキは大まじめな表情で頷いている。
「ドロシーさま、それはまさに名案でございます。」
「でしょでしょ。わたしのスーパーキュートなルックスならアイドルにだってなれるでしょ?」
「楽勝です。ドロシーさまの可愛らしさはもはやありえないレベルでございますから、たちまちスーパーアイドルになってしまうでしょうねえ。」
「んふふふふ、シェビッキ、よくわかってるじゃない。」
ドロシーの機嫌がすっかりなおった。おそらくその胸の内には野望と謀略がむらむらと湧き上がってきたに違いない。
と、なれば善(かなあ?)は急げである。
「じゃ、さっそくデビューに向けてパパに相談してくるわ!」
「あ!ド、ドロシーさまっ!!」
慌てて呼び止めるシェビッキには目もくれず、ドロシーはうきうきと部屋から飛び出していってしまった。
シェビッキは舌打ちしながらその後ろ姿を見送る。
「・・・お父さまに相談するのはまずいと思うけどなあ・・・」
おもちゃタウンの男たちは別の理由で首を捻っている。
「ねえ、シェビッキさん・・・」
「ん?」
「ドロシーさまはついさっきまで『アイドルなんてバカバカしいわ!』っておっしゃってましたよね?」
「ああ、そうだったな。」
「それがホントに舌の根も乾かないうちに『アイドルになる!』って、いったいどういう風の吹き回しなんすか?」
「ふふ」
シェビッキは勝ち誇った上から目線で男たちを眺めまわした。
「お前たちはまだドロシーさまのことがわかっていない。」
「え?」
「ドロシーさまはな、目の前にニンジンがぶら下がればどんなことでもできるお方なんだ。」
「!」
「いいか、どんなことでもだぞ。どんなことでもだぞ。どんなことでもだぞ!すごく大事なことだから3回もいっちゃった。だから前言撤回なんてわけもないのさ。」
「ふうん・・・」
男たちはドロシーという人間の奥の深さというか、むしろ浅さというかに、改めて感じ入るのであった。

*****

「・・・」
無言でドロシーが部屋に戻ってきた。
うっすらと目に涙を溜めている。
あ!片手でお尻のあたりをさすっている・・・ということは・・・
「また折檻されちゃいましたね?」
シェビッキの予想通りだ。
可愛い娘がなんでもありの芸能界にデビューするなんて、あのマコバン・パパが許すはずがない。
それでもドロシーが自分の意を曲げなければ・・・そりゃ当然またおしりぺんぺんされちゃうよなあ・・・
「予想してたんなら何で止めないのよ!!!」
激怒したドロシーのツインテールが逆立っている。慌ててシェビッキが弁解を始めた。
「いや、お止めしようとしたんですよ!」
「でも結局止めなかったじゃない!」
「そりゃドロシーさまが聞く耳もたなかったからでしょ。」
「そもそもなんで止めなきゃならないようなことを唆したりするのよ!」
「お父さまを頼ろうとなさるからいけないんですよ。別ルートでデビューすればいいじゃないですか。」
「そんなの無理よ!ブロブディンナグのマスコミも広告代理店も芸能プロダクションも、みーんな裏ではマコバンコンツェルンが糸引いているんだから、パパの意向を無視して芸能界デビューなんて無理に決まってるわ!無理無理無理無理かたつむりよ!!!」
「確かにブロブディンナグではそうですね」
「そうよブロブディンナグでは・・・って・・・シェビッキ、それどういう意味?」
「確かにブロブディンナグではお父さまのご意向に逆らって芸能界デビューなんて無理でしょう。でも・・・」
「でも?」
「リリパットではどうでしょうかね?」
「!」
ドロシーの眼が真ん丸になった。
「リ、リリパットでアイドルデビューするの?わたしが?」
「はい」
シェビッキはこっくりと頷いた。
「リリパットへ行ってローラ王妃様公認のもとで芸能界デビューすればいいんですよ。ローラ王妃様のお墨付きがあれば、お父さまも表立っては反対しづらくなりますよね。」
「まあ、それはそうね。」
「あとはこの不詳シェビッキがなんとかしてみます。リリパットのマスコミにも、広告代理店にも、芸能プロダクションにも、みーんなかつての同志の革命分子が潜入しています。」
「それって何気にすごい話じゃない?」
「いやいや、そんなのどこの国でもやっていることです。日本でもそうですよ。」
シェビッキは涼しい顔だ。
「彼らの力を頼ってみます。そしてリリパットでアイドルデビューを目指しましょう。」
「んふふふふ」
シェビッキの表情が曇った。急にドロシーが鼻の穴を広げて例の謎の笑みを浮かべ始めたからだ。
「リリパットでデビューしたら、当然わたしはすぐにスーパーアイドルになるわよね?」
「はあ・・・」
「そしたら次はブレフスキュへ進出。ブレフスキュではもともとわたしの知名度が高いから、ここでもトップアイドルになるのは楽勝でしょ?」
「はあ・・・」
「そして本丸のブロブディンナグの芸能界へ殴り込み。ローラ王妃様のお墨付きに加えてリリパットとブレフスキュでの実績があればもうパパも邪魔できないわ。」
「はあ・・・」
「で、わたしの底知れないキュートさでブロブディンナグ男子たちもたちまちメロメロ。その結果スーパーアイドルとしてカリスマ性を身に着けたわたしは満を持して革命に着手。カリスマのわたしが率いる革命軍は人民の圧倒的な支持を得ちゃうからあっさり王政は打倒され革命は大成功!そうなればこのわたしは晴れてブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュの三国を統治する新しい指導者になっちゃうわ!そうでしょ、シェビッキ?」
「はあ・・・」
「素晴らしいわ!」
ドロシーの両眼が星の形にキラキラと煌いた。
「素晴らしいわ、素晴らしいわよ、シェビッキ!もうこの三国はわたしの手に入ったも同然よ!」
「はあ・・・」
呆気にとられているおもちゃタウンの男たちを後目に、ドロシーのテンションは上がりまくる。
「んふふふふ、でもね、そこで油断してはいけないわ。」
ドロシーは人差し指を立ててシェビッキを牽制する。
「三国だけの革命ではいずれ外国の反動勢力に反撃されてしまうでしょ?」
「はあ・・・」
「ならば攻撃は最大の防御よ。逆に革命を世界に広げてやるわ。」
「へ?・・・ということは、その革命が世界的に成功すると・・・」
「わたしが世界を征服する、ということよ、おーっほっほっほっほ!」
かくしてドロシーの目の前にとびきり大きなニンジンがぶら下がってしまった。もはや誰も彼女を止めることなどできない
「それじゃあ、リリパットに行くわよ!」

*****

ドロシーのリリパット行きはあっけないほど簡単に決まってしまった。
ドロシーが「お行儀見習いのため、もう一度ローラ王妃様のもとにお仕えしたい」と申し出たのだ。
さすがのマコバン・パパもわが娘がいつまでも自室のカウチに寝っ転がってポテチ齧りながらTV三昧ではマズイと思っていたのだろう。すぐに承諾が出た。
ただし、今回もモモさんの見張り付きである。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。こんどはモモがスパイだってのは初めからわかっているんだから、情報を漏らさないように制御すればいいだけ。」
「いや、そうではなくて・・・」
シェビッキは首を横に振る。
「首尾よくリリパットに渡航できても、ローラ王妃様から芸能界デビューのお許しがいただけるでしょうかね?」
「んふふふ、シェビッキ、わたしを誰だと思ってるの?」
ドロシーは鼻の穴を膨らませて謎の笑みを浮かべる。
「大人の操縦なんてちょろいものよ。誰でもみんなわたしの思い通りに動かせてみせるわ。」
そんなこといってもあんたいつもパパの操縦に失敗してるじゃないか!・・・と突っ込まないあたり、シェビッキももうドロシーとの付き合い方をマスターしたといえよう。
そんなわけでドロシー、モモさん、シェビッキほかのブレフスキュ人荒くれ男たち一行は、あたふたとリリパット行きの船に乗り込んだのであった。

*****

「王妃様、お久しゅうございます。」
「おお、ドロシー、元気でしたですか。」
恭しくお辞儀をするドロシーに向かって、ローラ王妃様は嬉しそうに声をかけた。
「ドロシーのいない王宮はさびしかたですよ。」
「まあ、王妃様ったら。ドロシーも王妃様にお会いできず毎日悲しい思いをしておりましたわ。」
ドロシーはわざとらしく両掌を顎に当てながら小首を傾げる。その胸元に収納されたコンテナの中で、シェビッキたちブレフスキュ男たちは改めてドロシーの豹変ぶりに感心していた。
「これがさ、いわゆる猫撫で声、ってやつだね。」
「胸のすくようなぶりっ子だな。」
「凄い。偉い人の前に出ると、かちっ、とモードを切り替えちゃうんだもんなあ。」
「そのプロ意識には凄味を感じるよ・・・」
「・・・お前たち、わかってないな。」
シェビッキが人差し指をたててちっちっちのポーズをする。
「ドロシーさまは『偉い人』の前だからモードを切り替えたんじゃない。」
「え?」
「そうじゃなくて、『自分の役に立つ人』の前だからモードを切り替えたんだ。」
「!」
「・・・そうかあ」
「なるほどな。」
「逆にそのぶれなさが流石ドロシーさまというか、プロフェッショナルだな。」
なんだかんだいってもこの男たちのドロシーへの忠誠心は揺るぎない。ドロシーがいかに我儘で自己中心主義で傍若無人でダブルスタンダードで野望に満ち溢れていても、それでもそんなドロシーへの忠誠心がぶれないあたりこの男たちも実に大したものではある。
とまあそんなわけでドロシーは営業スマイル全開でローラ王妃にトラップを仕掛け始めた。
「さて、王妃様、早速ですがドロシーから王妃様にお願いごとがございます。」
「何ですか?遠慮なく、いてみなさい。」
きたきたきた。胸元のコンテナの中では男たちがドロシーのお手並み拝見とばかりに色めきたった。
「ここ、リリパットは、リリパット人とブロブディンナグ人が共に仲良く暮らす国でございます。」
「ええ、そですよ。」
「・・・本当に、そうなっているでしょうか?」
「え?」
ドロシーはローラ王妃に憂いを帯びた眼差しを向ける。今にも泣きだしそうだ。見る人が見れば、飛ばしに飛ばしまくっていることがわかる。
「ここ、リリパットではリリパット人の居住区とブロブディンナグ人の居住区がはっきりと分かれております。」
「それは仕方ないです。一緒にくらせば、事故の元になるです。」
「ええ。でも、交流の場が少なすぎます。だからこの国は完全に一つになれないのです。」
「そですかねえ?」
ここぞとばかりにドロシーはローラ王妃ににじり寄る。
「ドロシーは、この国のため、敬愛する王妃様のために、ブロブディンナグ人とリリパット人の心の懸け橋になりたいのですう!」
「ど、どやってですか?」
「はい」
にやり・・・という笑みはローラ王妃には見せない。
「王宮に勤めながら、この国の芸能界にデビューして、そうしてリリパット人のみなさんと仲良く交流していこうと考えたのです。」
「・・・素晴らしい!素晴らしですよ、ドロシー!」
ローラ王妃は眼をキラキラ輝かせながらドロシーの両手を取った。
「ドロシーの心がけ、とても立派です。わたしは感動したです。」
「では王妃様、わたしの芸能界デビューを許していただけますか?」
「もちろんです。もちろんですよ、ドロシー!」
ローラ王妃とドロシーはしっかり抱き合って涙を流した。涙を流しつつ、ドロシーは王妃様から顔をそむけてぺろりと舌を出す。愛と好意と善意の結晶であるローラ王妃など所詮ドロシーの敵ではない。目論見通りの完勝である。

*****

王宮内の居室に戻ると、ドロシーは胸元からブレフスキュ男たちが潜んでいたコンテナを取り出して鏡台の前に置いた。
「どう?鮮やかなものでしょ?んふふふふ」
「感服いたしました。」
半ばホンネでシェビッキが答える。
そこに背後からモモさんが声をかけてきた。
「ドロシーお嬢様、おかえりなさいませ。今日は王妃様とのご面談でございましたね?」
きたきたきた、もう一人の難敵だ。コンテナの中の男たちは固唾をのむ。
でもドロシーは余裕綽綽だ。
「モモ、困ったことになったわ。」
「どういたしました?」
「ローラ王妃様がね、わたしにリリパットで芸能界にデビューしろ、っておっしゃるの。」
「まあ!」
「もちろんお断りしたわ。でも王妃様はリリパットの国のため、そして王妃様のため、どうしてもわたしにデビューしろって譲らないの。わたし、どうしたら良いのかしら?」
「それは・・・そこまで王妃様が仰せになるなら、お断りはできませんわね。」
「そう・・・モモがそういうんだったら仕方ないわね。モモのいうとおり(←ここ強調)、わたし、リリパットで芸能界にデビューすることにするわ。」
「それで宜しいかと存じます。ブロブディンナグの旦那様にもその旨を申し伝えておきます。」
ドロシーは黙ってコンテナの男たちに向かって横ピースした。切れ切れのドロシー、難敵を撃破である。
「・・・じゃ、次は俺の出番だな。」
シェビッキはこくりと頷いた。

*****

シェビッキはリリパットの都の中心にオフィスを構える芸能プロダクション・リリックプロモーションを訪ねていた。
「やあ、シェビッキ、久しぶりだね。」
出迎えたのはシェビッキの旧友であり、共にプロレタリア革命を目指し地道に活動してきたデュースである。いまはここリリパットの芸能プロダクションに潜入しておばかタレントを次々と発掘してはマスコミに送り込んでいる。
「デュース、活躍しているようだな。」
「ああ、もうすっかり芸能界の人間になってしまったよ。」
とはいいながらもデュースは革命の志を忘れたわけではない。
「おばかタレントをTVに送り込んでレベルの低い電波をお茶の間に垂れ流し、国民が全て白痴にしてやるんだ。そうすればその後の革命がスムーズに進行するだろう、ふふふふふ。」
「うーん、東映の戦隊ものの悪役が思いつきそうな作戦だが、でも着々と成功してるところが怖いな。」
「いや、日本の同志には敵わないよ。」
デュースは両手を挙げて首を横に振った。
「凄いぜ日本のTVは。おばかタレントしか出てこないんだぞ。番組によってはそいつらがずらりと雛壇に並んでインテリジェンスのかけらもない戯言を喚き放題だ。」
「信じられん!普通の精神状態では視聴不可能だろ?」
「ところが日本人はこれを嬉々として見てるんだな。」
「・・・ってことは?」
「そうだよ、もう国民の総白痴化が完了したんだよ。」
シェビッキは胸が熱くなった。東方の島国日本でも同志たちは頑張っている。よーし、俺も頑張ろう!
「・・・デュース」
「ん?」
「今日は、君に頼みがあるんだ。」
シェビッキはもう一度周囲を見渡してから、こっそり用件を切り出した。
「実は・・・一人の女の子をアイドルとして売り出してほしいんだ。」
「ふうむ。」
いきなりデュースは渋い表情になった。
「それは難しいな。」
「ええ?」
シェビッキは慌てて聞き返した。
「デュース、君は以前『アイドルのゴリ押しなんて簡単』って言ってたじゃないか。」
「ああ。だけど自薦他薦が多すぎてその全てに対応できるわけじゃない。」
「ルックスはいいんだよ。抜群に可愛い。」
「ルックス?」
デュースは含み笑いをすると、懐から1枚の写真を取り出してシェビッキの前に置いた。シェビッキは首を傾げながらその写真を拾い上げる。
「どうだい?その娘は日本のトップアイドル、アヤメ・ゴーリキ嬢だぜ。」
「トップアイドル?」
写真を見つめるシェビッキの眼が点になった。デュースは更にもう一枚写真を追加する。
「日本のアイドルグループを卒業したスーパーアイドル、アツコ・マエダ嬢だ。」
「!!!」
シェビッキは後頭部を棍棒で殴られたような衝撃を覚えた。
「・・・アイドルが・・・アイドルと呼ばれる女の子が・・・こんな普通以下のルックス、つーか、もっと端的にいってブ○でいいのか?」
「いいよ。全然問題ない。」
シェビッキは信じられない!という表情で首を振る。
「でもアイドルがブ○じゃ人気が出ないだろ?」
「人気が出ない?」
デュースは鼻先でせせら笑った。
「アイドルの人気は勝手に出たり出なかったりするものじゃない。俺たちが『出す』ものなのさ。」
「え?」
「だからルックスなんて全然関係なし。アヤメ・ゴーリキ嬢にだってアツコ・マエダ嬢にだって立派にトップアイドルが務まるんだぜ。」
「そうなのかあ・・・」
シェビッキは腕組みした。
「・・・ドロシーさま、ルックスだけはガチなのになあ・・・」
「ルックスは関係ない。アイドルになるために重要なのは性格だ。どうだ、その娘、性格はいいのか?」
「!」
あちゃー、いちばん痛いところ突かれちまったよ。『性格はいいよ。ただ我儘で自己中心的で傍若無人でダブルスタンダードで野望に満ち溢れているだけさ』って答えても・・・納得してくれないよなあ。
「どうなんだ?」
「ええとお・・・」
「性格は?」
「だからあ・・・」
「はっきり答えてくれよ。目標を達成するためならどんなことでもやる、という根性はあるのかい?」
「え?」
シェビッキは再び目が点になった。
「だから何かをやり遂げるためにならどんなことでもやってしまう根性はあるのか?と訊ねているんだ!」
「・・・あるよ。」
「あるってことは、示された目標に到達するためになら恥も外聞も全く関係なく自分のプライドやポリシーを捨て去ってまで何でもやってみせてしまえるといえるのか?」
「まさにその通りの性格だよ。驚いたな、まるで本人の描写をしているかのようだ。彼女には自分の役に立つと思うことなら恥も外聞もポリシーも、もちろん他人の迷惑も、一切顧みずに突き進もうとするパワーが満ち満ちているよ。」
「素晴らしい・・・」
こんどはデュースが身を乗り出してきた。
「素晴らしい性格じゃないか!その娘はまるでアイドルになるために生まれてきたようだ。それならうちのプロダクションで売り出してみよう。」
シェビッキは目が回ってきた。芸能界。そこは一般社会の常識が全く通用しない世界らしい。
しかし、確かにドロシーさまの行動規範とはばっちり噛み合っている。
ということは、ドロシーさまが「アイドルになるために生まれてきた」というのも、あながち誇張といえないかもしれない。
でもシェビッキにはなお不安材料があった。
「・・・問題がある。」
「なんだい?」
シェビッキはおずおずと切り出した。
「実はその女の子・・・ブロブディンナグ人なんだ。」
「いいじゃないか」
デュースの反応はまたしてもシェビッキの予想を裏切った。
「それはいい。売り物になる。」
「おい、いいのか?ブロブディンナグ人の女の子だぞ。大巨人だぞ。こんな都、一跨ぎにできちゃうくらいにでっかいんだぞ!」
「キャラは立ってる方がいい。超巨大でルックスのいい女の子が足元にたかるミクロサイズの男たちを踏み潰さないよう気を配りながらにっこり笑って甘ったるい声で歌う。これは誰にも真似できない。うける。売れる。絶対にすぐ売れる。」
「そうかあ?」
「俺を信じろ。早速リリパットでデビューだ!」
話を持ち込まれたデュースはノリノリだ。
その一方、持ち込んだ側のシェビッキはなお今一つ浮かない表情である。
「よし、じゃあ早速レコーディングのスケジュールを考えよう。」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、デュース・・・」
シェビッキは席を立とうとするデュースを引きとめた。
「じ、実は・・・」
「まだあるのか?」
「その女の子・・・どうも・・・その・・・」
「ん?」
「声はかわいいんだけどね・・・音程が、いまひとつ、らしいんだ。」
「なあんだ、そんなことか。」
デュースは平然と言い切った。
「そんなもの一切関係ない。」
「え?でもレコーディング、ってことは、歌をうたわせるつもりなんだろ?」
「そりゃあな。いくら可愛くてもブロブディンナグ人の女の子をドラマでリリパット人と共演させることは難しいからな。」
「不安だなあ・・・」
「不安なものか。アイドルにとって歌の上手さは必須条件ではない。むしろ時には足を引っ張ったりもする。」
「ほんとかよ?」
「うーん・・・じゃ、Berryz工房で説明しよう。」
「お、来たね」
「このところ面白キャラでブレーク中の嗣永プロだが、実は単なるバラエティ芸人じゃなくて歌唱力も抜群なことは良く知られているよね。」
「確かにアイドル界では屈指の実力だね。何気に芸歴10年を超えるベテランだし。」
「だけどゆるーくアイドルウォッチングするだけだったら、ももちの素晴らしい歌声より熊井ちゃんの微妙な音程の方が楽しめたりもするだろ?」
「う、うん」
「もちろんビジュアル的には熊井ちゃんが文字通り頭一つ抜けているわけだが、それだけじゃなくトークも天然で面白いし、もっさりした切れのないダンスや不安定な歌も素晴らしいチャームポイントだよね。」
「なるほど。それ、この界隈の特殊な嗜好を持つ好事家たちには何を今更的な意見だろうけど、何気に『アイドルとは何か?』いう一般論に繋がる深―い話でもあるねえ。」
「歴史を鑑みれば、最近はすっかり風采の上がらないおばさん役が板についちゃった女優の浅田美代子さんが昔アイドル歌手やってた頃の歌は、今の熊井ちゃんが裸足で逃げ出すほど破壊力抜群だったよ。」
「でも『赤いふうせん』はヒットしたなあ。」
「そうだろ。更に伝説の能勢慶子さんというお方までおいでになってなあ。このお方の『アテンションプリーズ』なんて現代なら放送禁止レベルの音の大量破壊兵器だぜ。だけどそれすらヒットしたんだから、奥が深いだろ?」
「そうか、じゃ、ドロシーさまもなんとかなるかな。」
「少なくとも歌唱力のレベルが問題なることはありえないね。」
デュースはきっぱりと言い切った。

*****

ドロシーを舐めてはいけなかった。
新曲のお披露目ということで、リリパット王宮内に特設セットが設置された。
デュース、シェビッキはもちろん、噂を聞きつけたローラ王妃や女官たちも特設観客席に集まっている。
聴衆も揃ったところで、ステージの上にフリフリの衣装を着て上機嫌のドロシーが現れた。
「ドロシーですう、こんばんわあ!」
まばらに拍手が起こる。するとセット内にイントロが鳴り響いた。
新曲『渚のひみつ』の始まりである。
チャーンチャチャチャチャチャーンチャチャチャチャー
♪あー、しろおいーなあみとー、あかあいーぱあらそるー、ふたーりーだけえのー、なぎさのー、ひみいつうううう・・・
・・・
流石のデュースも顔面蒼白になった。
「・・・こ、これは確かに、まずいかもな・・・」
シェビッキが「だからいわんこっちゃない」という表情で頷き返す。
「今日は観衆がブロブディンナグ人のローラ王妃様や女官たちだからまだいいけど、これ、繊細なリリパット人たちに聞かせるつもりなら国家安全保障上の問題になるよ。」
デュースは肚をくくった。
「よし、口パクでいこう。」
「口パク?」
「そうだ。今日の撮影は映像だけ使用する。歌の部分は誰か他の売れない歌手にでもアテレコさせる。なあに、時々使う手だよ。」
かくして無事(?)に収録は終了し、その様子はTVで放映されることになったのである。

*****

リリパットの都の郊外に建つ小さな家。
高校1年生のカミオは居間でぼんやりとTVを見ていた。
「・・・さあ、それでは次に、デビューほやほやのニューアイドルの女の子を紹介しましょう!ドロシーちゃんです、どーぞー!」
「ドロシーですう、こんばんわあ!」
画面が新人歌手の女の子に切り替わった。
ツインテールにまとめた金髪。
ぱっちりした碧眼。
白い肌にショッキングピンクのぷりっとした唇。
北欧系の顔立ちだ。
細身の身体はピンク色の胸のえぐれたフリフリドレスに包まれ、そこからちらりと伺える胸の膨らみ加減は控えめでコンパクト。
足元はキラキラの真っ赤なローヒールパンプス。
典型的なアイドルの出で立ちである。
「それでは早速ドロシーちゃんに歌っていただきましょう。デビュー曲『渚のひみつ』です。どーぞー!」
チャーンチャチャチャチャチャーンチャチャチャチャー
軽快なイントロに乗ってツインテールの女の子が歌い始めた。
「・・・♪あー、しろおいーなあみとー、あかあいーぱあらそるー、ふたーりーだけえのー、なぎさのー、ひみいつうううう・・・」
・・・
・・・
いつのまにか、カミオはTVにくぎ付けになっていた。
・・・
そこに天使がいた。
・・・
天使がいっぱいの笑みを浮かべながら歌をうたっていた。
テレビの前のカミオに向かって、ウインクをして、投げキッスまでしてくれた。
・・・
カミオの心臓は鷲掴みにされた。
・・・
番組で「ドロシー」の出番が終わったら、カミオは急いで自分の部屋に戻り、ネットで「ドロシー」を検索した。
・・・あった。
ドロシー:タレント、歌手。リリック・プロモーション所属。14歳。特技・物真似。好きなもの・ポテトチップス
「・・・14歳か・・・」
ならカミオより2つ下。おそらく中学校2年生だろう。
カミオは目を閉じた。
・・・
いつものように高校に登校したら、校門の前に中学校の制服を着た金髪ツインテールの色白な女の子が立っていた。
どうやらカミオのことを待っていたらしい。
ツインテールの女の子が小走りに駆け寄る。
身長は172リリパット・センチメートルあるカミオの眼の高さくらい。
華奢な身体つきだ。
「カミオ先輩・・・」
ツインテールの女の子がカミオに身を摺り寄せて上目づかいに覗き込む。
「な、なんだい?」
「わたし、ドロシーっていいます。」
「あ、ああ」
「こんどの日曜日、一緒に海に行きません?」
「え?」
「ふたりだけの渚のひみつを・・・作りたいんですう」
・・・
・・・は!
あまりにもベタな妄想からカミオは急に我に返った。
「ドロシーちゃんか・・・」
ネットを更に検索したら、再来週の日曜日に握手会のイベントが開催されることがわかった。
「・・・ふたりだけの・・・渚のひみつ・・・」
・・・
カミオは握手会に参加しようと決意した。

渚のひみつ・前編 終