慣れないショートショートを書いてみました。いつものお笑いとはさすがに少し違うかもしれない。警告少ないのは仕様なので勘弁してください。

約束
by JUNKMAN

「・・・あんたさあ、わたしの言うことが聞けないの?こびとのくせに生意気だよ。懲らしめてほしいの?」

僕の頭上に家よりも大きな握り拳が振りかざされる。
これが振り下ろされたら僕はぺしゃんこだ。
逃げなきゃ
逃げなきゃ死んでしまう
逃げなきゃ!
・・・
逃げなきゃ
・・・
逃げなきゃ
・・・
・・・
でも、逃げなかった
僕はその場にじっと立ちすくんで、振り下ろされそうとする巨大な拳をきっと睨み付けていた。
だって、逃げ切れないことはわかっている。
だって、ここはその拳を振り上げている巨大な女の子が通う学校の、その机の上だからだ。
僕にとって体育館よりも広いこの平面は、しかしこの意地悪な女の子にとっては両手をそんなに広げることもなく抱えこめてしまえるほどの狭い空間。
そんなところを逃げ回ったところでどうなるというものでもない。
・・・
もちろんそれも理由だ。
でも、僕が敢えて逃げなかった理由は他にもある。
わかっている。
この意地悪娘は僕を本当に潰そうなんて思ってはいない。
潰すぞ!と脅して僕がびびるところを見たいだけなんだ。
そうやって小さな僕が情けなく逃げ回ったり命乞いをしたりするところが見たいんだ。
そう、これはあの巨大な意地悪娘にとってはただの遊びなんだ。
僕のことをただの玩具だと思っているんだ。
そんなことが許容できるはずないじゃないか!
誰がこんな奴の思い通りに振る舞ったりするもんか!
僕は恐ろしさを堪えてその場に立ち、僕を嬲りものにする巨大な意地悪娘の顔を睨み付けた。

*****

僕がこの意地悪娘に捕まってしまったのは昨日のことだ。
もともと僕たちの種族はこの街の近くの里山に棲んでいる。
里山の奥の、森の中の、目立たない岩山の隙間に、集落を作って暮らしている。
砂を樹脂で塗り固めた建物の壁は堅牢で、昆虫などはまず侵入して来れない。
巨大な岩が入口を塞いでいるので、集落に鳥や野鼠などが襲ってくることもない。
安全は保障されている。
食料も豊富だ。
集団で木の実を採取したり、昆虫を狩猟したり、茸を栽培したりしているので飢えの心配は全くない。
文明だってそれなりに発達している。
暗闇に灯す明かり、寒さを凌ぐ暖房、毎日の渇きを癒す水道なども自前で備えている。
そう、僕たちは、この里山の森の中という環境で、誰に邪魔されることもなく、誰を邪魔することもなく、平和に暮らしていたのだ。
・・・
・・・
村の長老の話では、かつて僕たちの種族はこの里山いっぱいに繁栄していたということだ。
そんな僕たちも、いつか森の奥のこの小さな集落に押し込められて、ひっそりと暮らすはめになってしまった。
理由は明白だ。
この山の周辺に僕らよりも200倍も大きな巨人たちが現れたからだ。
そんな巨人たちに僕たちが太刀打ちできるはずがない。
僕たちの種族は手当たり次第に捕まってしまったらしい。
そんな中、生き残ったわずかの者がこの森の奥の岩山の陰に秘密の集落を作って、細々と命を繋いできたのだ。
さすがにこの森の奥の岩山の陰にまで巨人が現れることなどない。
実際のところ、僕はこの森の中で暮らしてきた18年の人生の中で一度も巨人を見たことがなかった。
いま、この集落に棲む僕たちの種族は約3000人。
この3000人が身を寄せ合って暮らす集落だけが、僕にとっての社会だった。
居心地は決して悪くない。
お父さんもお母さんも、弟も妹もいる。
気の合う仲間も大勢いる。
そして、恋人もできた。
僕は、ここで、いつまでも、いつまでも、静かに、平和に、幸せに、暮らしていくことができる。
・・・
・・・
そんなのは嫌だ。
・・・
・・・
もっと広い世界が見たい!
この森の外の世界が見たい!
かつて僕たちのご先祖様が制覇していたこの里山全体
そして更にその向こうに広がる広大な平野
そこに棲んでいるという、僕たちをこの小さな集落に押し込んだ巨人たち
みんな、この自分の眼で見てみたい!
僕は憧れが昂じて自分を押しとどめられなくなった。
・・・
そんな僕の様子を恋人は心配して、長老に告げ口した。
こっぴどく叱られた。
この森の外に出たら巨人に捕まってしまう。
捕まったら死ぬほど酷い目にあわされる。
逃げ出すことも不可能だ。
だから絶対にこの森を出てはならない!
・・・
・・・
言われれば言われるほど、森を抜け出したくなった。
いつの時代にも年寄りは若者を押さえつけようとする。
そこから飛び出した若者が新しい時代を切り開いていくのさ。
なーに、いくら巨人が強くたって、見つからなければ捕まることはない。
僕たちは森の中でも鳥や野鼠に見つからないよう身を隠して行動する訓練ができているじゃないか。
心配するほどのものじゃないよ。
僕はそう自分に言い聞かせ、こっそりと一人で森を抜け出した。
・・・
・・・
でも、長老の言ったことは本当だった。
僕は森を抜け、里山に降り、巨人たちの棲む街にたどり着くことはできた。
そこでいきなり、僕は生まれて初めて巨人を目の当たりにした。
・・・
腰が抜けた。
想像を遥かに絶する巨大さだった。
・・・
今までにも森の中で野鼠のような巨大生物に出くわしたことはあった。
そのたびに、僕は顎が外れるほど驚いた。
野鼠といえば僕たちの集落に棲む3000人が力を合わせて戦っても簡単に蹴散らされてしまうような驚異の超巨大生物である。
とても力では抵抗できないので、僕たちは野鼠に見つからないよう草の下や落ち葉の裏などをこそこそと逃げ回ってきたのだ。
・・・
ところが、目の前に現れた巨人の大きさは、その野鼠なんてものではない。
あの足元に履いている靴の一つがそれだけで野鼠よりも巨大だ。
ということは
この巨人は、その気になればあの超巨大生物野鼠をも一足で踏み潰してしまえるのだ。
・・・
なんという大きさだ
・・・
僕は、気が遠くなりかけて、その場にへなへなとへたり込んだ。
・・・
・・・
それがいけなかった。

「あ!こびと!」

あっさり見つかってしまった。
当たり前だ、身を隠す草なども生えていない舗装道路の上で、無防備にも動きを止めてしまったのだ。
・・・
僕はこの意地悪な女の子に摘みあげられ、あえなく囚われの身になってしまった。
長老の言葉どおり、昨日の晩はこの女の子の部屋で言葉に尽くせないほど恥ずかしい悪戯をされた。
人間の尊厳とは無縁の凄惨な虐めを受けた。
その疲れも癒えないまま、今朝、僕はこの女の子に学校まで連れてこられたのである。

*****

「・・・志都美ちゃん、可哀想でしょ・・・怖がってるわよ。」

僕を捕まえた意地悪娘の友達らしいロングヘアの女の子が横から口を挟んできた。
志都美と呼ばれた意地悪娘は口を尖らせる。

「そんなことないわよ杏奈ちゃん。こいつね、ちびのくせに人間のいうことを聞かないの。生意気でしょ?」

「言葉がわからないんじゃないの?」

「それがそうでもないらしいのよ。しゃべらないけど、こっちの言ってることはわかってるみたい。」

いや僕は話せないわけじゃない。
でも巨人に聞かせられるほど大きな声が出せないだけなんだ。
それに、そもそもこんな意地悪娘と話をしたいとは思わないしね。

「だったらなおさら可哀想でしょ?小さくたって立派な人間なんだから、人間らしく対応してあげなければいけないじゃない」

「あーあ、杏奈ちゃんは甘いわねえ。」

志都美という名の意地悪娘は巨大な胸をぷりぷり揺らしながら首を振った。

「こびとはこびと。私たち人間とは違うわ。」

「そんなあ・・・」

「かつてあの里山ではたくさんこびとが獲れたんだって。お祖母ちゃんがいってたわ。でも最近では激レア。ペットショップに持っていったら凄い高値で売れると思うわ。」

「ペットショップ?」

ロングヘアの女の子が目を丸くする。

「し、志都美ちゃん!まさか、この人をペットショップに売りつけるつもりなの?」

「そうよ。だってわたしの言うことをきかないから自分で飼ってても面白くないんだもん。それだったらお小遣いにしちゃった方がましだわ。」

「で、でも、その人には何の罪もないのよ。お家ではお父さんやお母さんも待っているかもしれないというのに・・・」

「・・・ねえ杏奈ちゃん、なにこびとのことを人間扱いしてるのよ?こびとはこびと。ペットにされるのは当たり前でしょ?」

「で、でも・・・」

ロングヘアの女の子が涙目になっている。
???
なぜかわからないが、この杏奈ちゃんという名前の巨人は僕のことを擁護してくれているようだ。
僕は杏奈ちゃんをしげしげと眺め上げた。
前髪を垂らした肩甲骨に届くくらいの真っ黒のストレートヘア。
僕を捕まえた意地悪娘に比べると一回り細身の体型だ。
色白で、目はやや切れ長。
物静かで大人しそうな印象。
とんでもなく巨大なんだけど、でも、今まで見たことないくらい綺麗な女の子だ。
実は容姿だけなら僕を捕まえた意地悪娘も決して悪くはない。
悔しいけれど、どっちも僕が集落に残してきた同い年の恋人よりずっと可愛い。
僕の恋人だって、集落の中では器量よしで有名だったんだけど
でも、やっぱり世界は広かったんだなあ・・・
・・・
・・・
あれ?
・・・
気が付いた。
僕を見つめる杏奈ちゃんの目が、何か訴えかけている。
何かを僕に告げようとしている。
いわゆるアイコンタクトだ。
・・・
なんだろう?
・・・
・・・
よくわからないけれど、僕にはこの女の子が何か僕に伝えたいことがあることはわかった。
それで、僕もこの女の子の目を見つめながら頷いた。

杏奈ちゃんは、小さく、でもはっきりと僕に頷き返した。
・・・
何かある。
これからきっと何かが起こる。
そう考えていたら、いきなりその杏奈ちゃんが素っ頓狂な声をあげた。

「あ!いっけなあい!」

ごろごろごろ
机の遥か下を家一軒分くらいありそうな消しゴムが転がっていく。
杏奈ちゃんが志都美に見つからないようこっそり放り投げたのだ。

「・・・消しゴム落としちゃったあ!ほら、志都美ちゃんの後ろの方に転がっていくわ!ねえ、お願い!志都美ちゃん、拾って!(←棒読み)」

あまりにもわざとらしい演技で僕は呆れてしまったが、さらに呆れたことに志都美はあっさりとこれにひっかかってしまったのだ。

「あーあ、仕方ないわねえ。はいはい、いま拾いますよ。」

志都美は椅子から立って、机に背を向けながらしゃがみ込む。
その瞬間、杏奈ちゃんが素早く一枚のティッシュペーパーを僕の傍らに投げてよこした。
大広間くらいの広さはありそうだが、さすがに小さな僕でも簡単に乗ってしまえるほどの薄さしかない。
・・・
え?
簡単に乗ってしまえる?
・・・
僕は振り返って杏奈ちゃんの目を確かめた。
・・・
杏奈ちゃんは改めて小さく頷いている
・・・
よし
僕は広いティッシュペーパーの上に乗って、そこで突っ伏した。
素早くティッシュペーパーが畳み込まれると、僕は一緒にどこか暗い所に放り込まれた。
おそらく杏奈ちゃんのブレザーのポケットの中だろう。
間髪を入れずに志都美がけたたましい声をあげながら机に戻っていた。

「・・・はい、これ、杏奈ちゃんの消しゴムよ。」

「あ、ああ、どうも有難う・・」

「どういたしまし・・・あれ?ああ!こびとがいない!!」

「え?・・・あ、あら、ホントだわ(←棒読み)」

「あーん、どこに行っちゃったのかしら?杏奈ちゃん、見てなかったの?」

「ああ、ご、ごめん・・・わたしも落とした消しゴムばっかり見てたから(←棒読み)」

「そうなの?じゃあ仕方ないわね。いったいどこに逃げちゃったのかしら?」

「そ、そうね・・・あ、き、きっと床よ。このあたりの床をよーく探して見ましょ(←棒読み)」

「そうかあ、そうよね、よーし、絶対にみつけてやるぞお!」

二人の巨大少女が這いつくばって僕を探し回っている間、僕は杏奈ちゃんのポケットの中のティッシュに包まれたまま息を潜めていた。

*****

「・・・手荒なまねをしてごめんなさい。」

巨大なティッシュペーパーの牢獄から解放されたら、目の前で杏奈ちゃんがぺこりと頭を下げていた。
その巨大な姿に気圧されながら、注意深く周囲を見渡す。
どうやらここも机の上らしい。
でも学校の教室ではない。
おそらく杏奈ちゃんの自宅、それも自室の勉強部屋だろう。
どうやら僕はお持ち帰りされてしまったらしい。

「志都美ちゃんはわたしの大切なお友達なの。本当は悪い子じゃないのよ。お願いだから許してあげて・・・」

いや、あの意地悪娘はどう考えても悪い子だろう。
許す気にはなれなかったが、でもこの杏奈ちゃんが機転を利かせてくれたから僕は命拾いできた。
ここはこの娘に免じて許してあげることにするか。
僕は全身を使って大きく頷いた。

「あ・・・やっぱり」

杏奈ちゃんが小さな驚きの声をあげる。

「志都美ちゃんの言った通り、わたしの言葉がわかってくれるのね。」

あれ?
まずかったかな?
わからないふりをしていた方がよかったかな?
優しそうに見えるけど、この娘だって巨人だ。
まだ完全に気を許すわけにはいかないぞ。
身構える僕にはお構いなしに、杏奈ちゃんはさっきとは打って変わった明るい笑顔で話し始めた。

「・・・それでは遅れましたが自己紹介します。わたしの名前は小泉杏奈。16歳の高校2年生です。あなたは・・・もしかしてわたしより、お兄さん?」

確かに僕は18歳だ。
この娘より2歳年上のお兄さんではある。
わざわざ誤魔化す必要もないよね。
僕はもう一度全身を使って大きく頷いた。
覗き込む杏奈ちゃんの表情がまたいっそう明るくなった。

「そうなの?嬉しい!・・・わたし、姉と妹はいるけど、お兄ちゃんはいないんです。だから前からずーっとお兄ちゃんが欲しかった・・・あのう、これからあなたのこと『お兄ちゃん』って呼んでも、いいですか?」

はあ?
何だか予想外の展開に僕はずっこけてしまいそうだ。
僕よりも200倍も大きな大巨人の女の子が僕のことを『お兄ちゃん』だって?
どうして?
・・・
でも杏奈ちゃんは大まじめ。
真剣なまなざしで机の上の僕を見つめている。
僕は致し方なくまたまた全身を使って大きく頷いた。

「わーい嬉しい!お兄ちゃん有難うございます!はい!」

僕の目の前に電車のようなサイズの人差し指が差し出される。

「・・・乗って、お兄ちゃん・・・」

*****

僕を乗せた電車のような人差し指の行き先は、杏奈ちゃんの鼻先だった。

「・・・お兄ちゃんって、あの里山の奥からやって来たんでしょ?」

僕は曖昧に頷く。
杏奈ちゃんはその答えには特に興味もなさそうだった。

「凄いですね。たった一人で危険を乗り越えてやってくるなんて、勇気があるんですね。しかも、このあたりはお兄ちゃんから見たらすっごく大きな巨人ばかりが住んでいるわけでしょ?杏奈だったら恐ろしくて腰を抜かしちゃうかも・・・」

いや本当は僕だってはじめて志都美に会ったときは恐ろしくて腰を抜かしたんだよ。

「凄いなあ。杏奈、お兄ちゃんのこと尊敬しちゃいます。勇気のある男の人ってカッコイイ。」

杏奈ちゃんはぽっと頬を紅く染めた。
ますます意外な展開だが、僕にとって気分の悪いものではない。
巨大だけど、でもこんなに可愛い女の子に『尊敬しちゃいます』とか『カッコイイ』なんて言われるのは、うん、そりゃ悪い気はしないよ。
・・・
けど、杏奈ちゃんが頬を染めていたのには他にも理由があったらしい。

「お・・・お兄ちゃん、もしかして・・・お洋服着てないの?」

杏奈ちゃんはどうやら僕を至近距離で見つめてはじめてわかったらしい。
そうだ
僕は全裸だった
故郷の集落を出てきた時はもちろん服を着ていた。
でも、昨日志都美に捕まって剥ぎ取られてしまったのだ。
それからまるまる一日裸で暮らしている。
もちろん僕だって可愛い女の子の前で全裸でいるのは恥ずかしかったけど、でも仕方がない。
この巨人の街で僕のサイズにフィットする着替えなんかあるはずないからだ。
気づかれては仕方がない。
指の上で杏奈ちゃんにじっと見つめられた僕は、とりあえずそっと両手で股間を隠した。
杏奈ちゃんの眉間に困ったような縦筋が入った。

「お・・・お兄ちゃんだけが裸ん坊だと・・・ふ、不公平よね」

呆気にとられる僕を人差し指の上に乗せたまま、杏奈ちゃんはもう片方の手だけで器用にするすると衣服を脱ぎ始めた。

*****

「こ・・・これで、こ、公平ですか?」

・・・
僕は声もなくその光景に魅せられていた
一糸も纏わない杏奈ちゃんの裸体
眩しくて目がくらみそうだ
光り輝くような白い肌
僕よりも200倍も大きいのに肌はすべすべのぷりっぷり
そして僕の周辺全体を包み込む女の子らしい甘い香り
これがみんな杏奈ちゃんの身体なんだ
・・・
・・・
実は女の子の裸を見ることは初めてじゃない。
恋人とはエッチもしている。
・・・
でも
いまこの目の前に広がる杏奈ちゃんの身体は、貧弱な恋人の姿など一発で忘れさせてしまうほどにゴージャスだった。

「恥ずかしい・・・わたし、おっぱい小さいし・・・」

そんなことはない
そんなことは全然ないよ
僕の身体の大きさから比べれば、杏奈ちゃんのおっぱいが小さいなんてとても思えない。
そもそも杏奈ちゃんは細身だけれど、くびれとのコントラストが大きいからむしろ出ているところが出て見える
僕は思いっきり頭を横に振った。
杏奈ちゃんに自信を持ってほしかったんだ。
そんな僕の様子を見て杏奈ちゃんは恥ずかしそうに微笑みながら、ベッドに横たわった。

「じゃお兄ちゃん・・・登って」

僕は杏奈ちゃんの前胸部、つんと屹立する乳房の谷間近くにそっと降ろされた。
杏奈ちゃんが求めている。
僕はその意図を汲んで、すぐに片方の乳房に昇り始めた。
・・・
・・・
正直に告白しよう
実は昨晩もあの志都美という名前の意地悪少女の乳房に登らされていた。
しかも志都美は杏奈ちゃんとは比べものにならないほど巨大な乳房の持ち主だ。
その上まだ若いので、その巨大な乳房山は垂れもせず、ぱんぱんに張って聳え立っている。
その巨大な双子山の山麓から、僕は僕を潰そうとする指に追い立てられて、必死になって乳房山に登山した。
その山頂に鎮座する乳首だけでも僕の背より高かった。
この最後の難関をフリークライミングで登りきったところで、僕はガッツポーズを強要され、そしてその姿をスマホで撮られた。
志都美はこの画像に「こびとくんおっぱい山に登ってガッツポーズ」というキャプションを付けて悦に入っていた。
耐えきれないほどの屈辱だった。
・・・
・・・
今日も似たようなことをさせられているのに、どうしてこんなに気分が違うのだろう?
いま、杏奈ちゃんの乳房を登り切り、その頂点に僕は立っている。
杏奈ちゃんの乳首は志都美に比べて小ぶりだったので、難易度はたいしたことがなかった。
でも、到達感がある。
ここから遥か遠くに恥ずかしそうな表情で目を瞑っている杏奈ちゃんの顔を望む。
僕はなんともいえない感動に身が震えてきた。
綺麗だ。
とても綺麗だ。
いや、見た目だけなら昨日の志都美だってなかなか愛らしい顔立ちをしてはいた。
でも、視線が違う。
志都美は僕をまるで人間として扱ってくれなかった。
虫以下の玩具としか見てくれなかった。
杏奈ちゃんは違う。
僕をちゃんと一人の人間として扱ってくれている。
一人の人格として尊重してくれている。
その優しい心根が、清らかな人格が、杏奈ちゃんの美しさを何十倍にも何百倍にも増幅している。
そしていま、目を瞑って、唇を少し噛みしめている杏奈ちゃんは、間違いなく僕のことを感じている。
乳首の上に立つ、この小さな僕を思い、感じて、身を固くしているんだ。
なんて愛おしいんだろう。
僕は杏奈ちゃんの乳首の上でむりむりと勃起した。
思わずその場に跪き、這いつくばって、杏奈ちゃんの乳首に下半身を擦り付ける。
・・・
あった
乳腺だ
僕は自分のいきり立つ陰茎を杏奈ちゃんの乳腺の開口部に挿入した
・・・
・・・
客観的に見たらこの構図はどうなのだろう?
こびとの男が自分の妹のような女の子の乳首に貼り付いて、その乳腺に陰茎を挿入している
僕が巨人の少女に性具として屈辱的な扱いを受けているように見えるのではないだろうか?
でもそんなことはない。
僕は杏奈ちゃんが愛おしくて、杏奈ちゃんを愛したくて、それでこんなことをしているんだ。
僕の身体をいっぱいに使って、この感情を表現しているんだ。
ほら、杏奈ちゃんだって感じている。
僕たちの心は一つだ。
・・・
・・・
・・・
そう、心は一つだから
・・・
だから、本当は、セックスがしたかったんだ。
・・・
・・・
でも、無理だ。
僕と杏奈ちゃんでは身体の大きさが違い過ぎる。
僕は自分の下半身の疼きを杏奈ちゃんの乳腺にぶつけられるけれど、杏奈ちゃんにはそれができない。僕の小さな身体では杏奈ちゃんの下半身を満足させることなんてできないし、そもそも危険すぎる。
それは杏奈ちゃん自身も良くわかっているようだ。
だから、僕を乳首の上に乗せたまま、片手で自分の股間を弄り始めた。
あの電車のように巨大な指を、トンネルの中にくちゃくちゃと出し入れし始めた。
杏奈ちゃんは目を閉じながら、少しずつ息が荒くなっていく。
頬も見る見る火照ってきた。
・・・
僕は我慢できず、杏奈ちゃんの乳首から飛び降りて、そのまま乳房を駆け下り、広い腹部を縦断して、そして下腹部到達した。
杏奈ちゃんは驚いて、思わず身を起こした。

「・・・お兄ちゃん」

僕は杏奈ちゃんの差し出した指が導くままに、杏奈ちゃんがぐぱっと大開脚した股間の真ん前に降ろされた。
見上げると、目の前に女の子のいちばん大切なところが聳え立っている。
てらてらと光ってとても綺麗だ。
こんな至近距離なのに、しかも杏奈ちゃんはお尻をつけて座っているというのに、僕は背を伸ばしても手を伸ばしてもあの高嶺の花には届かない。
二人の身体の大きさの違いは残酷だった。

「・・・見て、お兄ちゃん」

杏奈ちゃんが恥ずかしそうに目を瞑りながら言葉を絞り出す。

「・・・杏奈の恥ずかしいところ、しっかり見て・・・そして、一緒に行こうよ♡」

そうか、それなら大きさは違っても一緒にできるな。
僕は大きく頷いて、そして右手で陰茎を猛烈にしごきはじめた。
目の前では杏奈ちゃんがばっくり開いた膣の中に、電車サイズの指をせわしなく出し入れしている。
まるでプロジェクションマッピングの大迫力画面で女の子のオナニーを見ているようだ。
でもこれは実像だ。
むんむんとむせ返るような淫臭が僕の身体を包み込む。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
しこしこしこしこしこしこしこ
杏奈ちゃんという実在の女の子が、僕のことを考えて、僕のためにオナニーしてくれているんだ。
その前にいる僕が、杏奈ちゃんのことを考えながらオナニーしているように。
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
しこしこしこしこしこしこしこ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
しこしこしこしこしこしこしこ

「あ・・・あ・・・あ、あ、あ、あああああああああああああああああ!」

目の前の洞窟から大量のマン汁を溢れ出てきたのは、僕が射精したのとほぼ同じタイミングだった。

*****

「・・・お兄ちゃんとこんな遊びをしちゃって、杏奈はいけない女の子ね・・・」

僕を掌の上に乗せながら、杏奈ちゃんはまたぺこぺこ頭を下げている。
本当に謝るのが好きな女の子だ。

「いけないことだとはわかっていたんだけど、でも、杏奈、とても嬉しかった。はじめてお兄ちゃんができたから。前からずっとほしかったお兄ちゃんができたから・・・いつまでも、こうやってお兄ちゃんと一緒にいられたら、どれほど楽しいだろうな、って・・・」

頬を真っ赤に染めながら下を向く。
なんて可愛いんだ。
僕よりも200倍も大きな巨人なのに、確かに2つ年下の可愛い妹みたいだ。
そうだ
僕だってこんな可愛い妹といつまでも一緒に暮らしていられたら嬉しい。
いや、妹じゃなくて、恋人になったって
・・・
・・・

「・・・でも、ダメですよね」

杏奈ちゃんは俯いたまま絞り出すように言葉を続ける。

「だって、お兄ちゃんには帰るお家も、待っているお父さんやお母さんもいるんだから。それに、もしかしたら故郷には、素敵なガールフレンドだっているかもしれないし・・・」

俯く杏奈ちゃんの目からぽたりと涙が落ちる。

「・・・杏奈のわがままで、お兄ちゃんを、お兄ちゃんを・・・ここに引き留めておくことなんて、できないよね・・・」

反対側の手で顔を覆う杏奈ちゃんを、掌の上から僕は言葉もなく見上げていた。
・・・
・・・
そうだ、確かに僕は帰らなきゃならない。
集落ではみんなが僕のことを心配して待っている。
一刻も早く帰らなきゃ。
・・・
あれ?
どうして僕まで帰るのが辛いような気分になっているんだ?
どうしてここに居残りたいような気分になっているんだ?
・・・
・・・
このまま杏奈ちゃんと暮らしたい
けど
それはやっぱりダメだ
僕は帰らなきゃ
みんなにこれ以上心配をかけるわけにはいかない
・・・
杏奈ちゃんの言うとおりだ
・・・
・・・
・・・
この娘は
本当に天使だなあ

*****

次の日のお昼過ぎ、僕は杏奈ちゃんの掌に乗せられて、あの里山の森に帰ってきた。
勝手知ったる故郷の森である。
こんな高い位置から見渡すのは初めての経験だったけど、それでも位置関係は正確に把握していた。
掌の上で、僕は思いっきり大きなジャスチャーをしながら進行方向を指示する。
杏奈ちゃんは優しそうに微笑みながら僕の指示に従って森の奥深くに踏み込んでいった。
草や灌木が生い茂る道なき道なので、足を保護するように茶色い革のブーツを履いていた。

*****

集落の入口のある岩山の前で、僕は地面に降ろしてもらった。
ここでお別れだ。
杏奈ちゃんにもそれはわかったらしい。
しゃがみ込んで、地面に降り立った僕を見下ろしながら、杏奈ちゃんは両目に大粒の涙を浮かべた。
ここは巨人の杏奈ちゃんにとっても深い深い森の奥。
帰り道に迷わないようところどころで木の枝に目印をつけながら進んできたけれど、暗くなってしまえばそれも役に立たない。
もう、杏奈ちゃんには時間がない。
帰らなくてはならないのだ。

「・・・お兄ちゃん、ここで、お別れね」

僕は思いっきり背伸びをして杏奈ちゃんに手を振った。
声の限りに叫びかけた。
それでも僕の小さな身体では、思いを杏奈ちゃんに届けることはできなかった。
杏奈ちゃんはそんな僕の姿を潤んだ瞳で見つめながら、じっとその場に佇んでいた。
・・・
・・・
いつまでもこうしていたい。
いつまでもこうやって、杏奈ちゃんと見つめあっていたい。
・・・
でも、そうしているうちに日が暮れてしまう。
日が暮れたら杏奈ちゃんは森の中で道に迷ってしまう。
それでは僕が杏奈ちゃんを危険な目にあわせてしまうことになる。
・・・
そんなことはできない
・・・
・・・
僕は意を決して杏奈ちゃんに背を向け、そして集落の入り口である岩山の隙間に向かって歩き始めた。
こぼれ出る涙を拭きもせず、風景がぐにゃぐにゃに歪む中、自分の背中に鞭を打って歩き続けた。
その背後をじっと見詰める杏奈ちゃんの視線を感じながら、歩き続けた。
・・・
・・・
集落の入口に到達して、ようやく僕は振り返った。
杏奈ちゃんは、やはり僕の姿を食い入るようにじっと見つめていてくれた。

「・・・お兄ちゃん、さよなら。また、逢えたらいいね・・・」

小さな声で呟く杏奈ちゃんに、僕は心の中で呼びかけた。
杏奈ちゃん、ありがとう。
君に逢えて、僕は本当に幸せだった。
いや、これで終わりなんかにしたくない。
そうだね、杏奈ちゃん、もう一度会いたいね。
うん
会おう
いつかまた会おう
必ず会おう
・・・
これは
約束だ
・・・
・・・
・・・
杏奈ちゃんも、小さく頷いてくれたように見えた
・・・
僕は杏奈ちゃんにくるりと背を向け、岩山の隙間に滑り込んで懐かしい故郷の集落に帰還した。

*****

集落に帰った僕を、みんなは驚きながら、でも温かく迎えてくれた。
長老には叱られたけど、お父さんも、お母さんも、弟も妹も、そして恋人も、みんな涙を流して喜んでくれた。
もちろん僕も嬉しかった。
故郷はやっぱり安心できる。
みんなで楽しい夕食を摂った後、僕は満ち足りた気分で慣れ親しんだ自分のベッドの中にもぐりこんだ。

*****

床に就いてから、ぼんやりとこの2日間の冒険を思い出す。
恐ろしかった
巨人の街なんて、もう二度と行きたくない
殺されるかと思った。
巨人は恐ろしい
本当に恐ろしい
・・・
・・・
でも、そんな巨人の中にも、優しい女の子はいた
・・・
杏奈ちゃん
僕の生命の恩人だ
・・・
ああ、杏奈ちゃんは、いい娘だったなあ
優しいし
可愛いし
・・・
思い出すだけでドキドキしてくる
杏奈ちゃんと過ごした一夜
杏奈ちゃんの笑顔
杏奈ちゃんの匂い
杏奈ちゃんの言葉
そして
・・・
杏奈ちゃんの身体
・・・
・・・
ああ、もう一度、杏奈ちゃんに逢いたいなあ
・・・
いや、会うんだ。
どうしてもう一度会うんだ。
だって、それが約束だからだ。
・・・
・・・
もういちど逢えたら、そのときは会話を交わしてみたいなあ
ああ、杏奈ちゃんが巨人ではなくて、僕と同じ大きさの人間だったらなあ
そうすれば、お話ができるだけじゃなく、僕が杏奈ちゃんを抱きしめてあげることもできるのになあ
杏奈ちゃんとセックスすることや
結婚することだって
・・・
できたかもしれないのになあ
・・・
・・・
僕はこの集落にいる恋人の存在すらも忘れ、ひたすら杏奈ちゃんを夢想していた。
もちろん、眠りについた後は夢に見た。
僕と同じ大きさになった杏奈ちゃんを、抱きしめ、キスをした。
・・・
・・・
しっかりと夢精した。

*****

・・・
・・・
寝過ごした。
この岩陰の集落は日の出が遅い。
もう明るくなっているということは、もはや午前10時を過ぎてしまったということだ。
でも明るくなったから目覚めたのではない。
ぐらぐらと集落を揺り動かす地震で目が覚めたのだ。

ぐらぐら揺れるだけではない。
集落の大人たちが慌ただしく駆け回っている。
どうしたんだろう?
なんだか尋常ではない雰囲気だ。

「巨人だ!」

「巨人が襲ってきたぞ!」

大人たちが口々に叫んでいる。
・・・
そうか、この集落の近くを巨人が通りかかったのか。
確かにそれは珍しい。
あのおじさんたちも実際の巨人を見たことはなかったんだな。
じゃああんな風にパニックになっても不思議はないな。
だって、巨人は巨大だからなあ。
でも、僕はもう驚いたりはしないよ。
だって、昨日までその巨人たちと一緒に暮らしていたんだからね。
巨人は大きくて恐ろしいけれど、でも悪い人ばかりでもないんだ。
それにそもそもこの岩山の陰に隠れていれば見つかることはない。
だからそんなに慌てることはないんだよ。
みんな、もっと落ち着いた方がいいよ。
・・・
そんなふうに考えていたのだ。
次の声を聞くまでは。

「・・・その石の陰よ。間違いないわ。」

!!!
轟き渡る声
その圧倒的な音量
どう考えてもこの集落の村人の声ではない。
明らかに巨人の、しかも女の子の声だ。
しかも
・・・
その声には確かに聞き覚えがあった
・・・
・・・
まさか
・・・

「OK。じゃ、どかすわよ、よいしょ!っと」

ピカッ
集落が未だかつて差し込んだことのない眩しい陽光に曝された。
入り口を固めていたあの巨大な岩山が除けられたのだ。
そしてその岩山を両手で抱え込んで、雲を突くような大巨人が集落を興味深そうに覗き込んできた。

「うわあ、あったわ。本当にあったわよ、こびとの巣が。」

「でしょ。で、こびとは大勢いる?」

「うじゃうじゃいるわ。ラッキー♡」

集落の住民たちは呆然としてこの巨人たちを見上げていた。
これが伝説の巨人か・・・
そのうちの一人は野鼠のような超巨大生物が襲来してもびくともしなかったあの岩山を軽々と抱え上げている。
ありえない怪力だ。
いや、ありえないのは怪力ではなく、普通にその力が出せる身体の巨大さだ。
しかも、どうやらこの巨人たちは女であるようだ。
それも十代半ばくらいの若い女
・・・
そうだよ
それで間違いない
だって僕は知っている。
岩山を抱え上げているやたら胸の大きなショートヘアの娘は僕を捕まえて嬲りものにした志都美という名前の意地悪少女
そしてもう一人の茶色い革ブーツを履いているロングヘアの女の子は
・・・
僕を助けてくれた優しい杏奈ちゃん
・・・
・・・
二人とも高校二年生だ。
・・・
どうしてこの二人が揃ってこの集落に現れたのだろう?
・・・
・・・
僕のこの疑問は、二人の巨大少女たちの会話の中で徐々に明らかになっていった。

「・・・さすが杏奈ちゃん、頭がいいわ。こびとを1匹ペットショップに売るより、巣を見つけてたくさん捕まえた方が大儲けできるもんね。」

「ふふん、志都美ちゃん、頭は使いようよ」

「でも、どうやってあのこびとに巣のありかを白状させたの?あのこびと、強情そうで脅しても言うこと聞かないように見えたけど・・・」

「そこは作戦どおりよ。志都美ちゃんは『こびとが強情でいうことを聞かない』って言ってたでしょ。」

「そうそう、それで困って杏奈ちゃんに電話で相談したの。」

「そういうタイプを転がすのはむしろ簡単。ちょっと優しいふりをしてやればいいのよ。案の定イチコロだったわ。自分の方から進んでこの巣の場所まで案内してくれたのよ。こびとって、やっぱバカよねえ。」

「・・・それだけ?」

「ん・・・んー、ちょっと、エッチな誘惑もしてやったかな?」

「もー、この小悪魔ったら、こびとまで誘惑するって、どこまで性悪なの?」

「そんなこというけど、志都美ちゃんだってどーせこびとでエッチな遊びをしたんでしょ?」

「まーね」

「じゃ、同じことよ」

・・・
・・・
僕は、いま耳にした言葉が信じられなかった。
・・・
嘘だ
嘘だと言ってくれ!
あの志都美とかいう胸デカ巨大女の言葉はどうでもいい。
杏奈ちゃん!
僕の大好きな杏奈ちゃん!
天使のような杏奈ちゃん!
杏奈ちゃんだけは、それが嘘だと言ってくれ!!!

「はいはい、そんなことよりさっさとこびとを採取しましょ。1匹でも多く捕まえた方がお小遣い増えるんだからね。」

「おっとっと、そうでした。はい!頑張りまーす!」

志都美が抱え上げた巨大な岩山を傍らに放り投げる。
その衝撃をまるでスタートの号砲にしたかのように、集落の住民たちは半狂乱になって散り散りの方向へ駆け出した。
・・・
でも
僕は逃げ出す気にはなれなかった。
・・・
杏奈ちゃん
君はそんな女の子じゃない
君は優しい女の子のはずだ
わかっている
僕にはわかっている
さあ、あの優しい笑顔を見せてくれ
これは冗談だって、僕に笑いかけてくれ
さあ
お願いだよ
さあ!!!
・・・
逃げ出す人々の波に抗って、僕は夢遊病者のようにふらふらと杏奈ちゃんの足元に向かって歩き始めていた。

「志都美ちゃん、なにやってるの?」

頭上で怒気を含んだ杏奈ちゃんの声が響き渡る。

「あれほど逃がしたらダメだって言ったでしょ?」

「だって、ほら見てよ。四方にわらわらと逃げていって収拾がつかないわ。」

「逃げるな!って命令するのよ。このちびたちはわたしたち人間の言葉がわかるのよ!」

・・・
もう僕には杏奈ちゃんの言葉が耳に入らない
いや、耳には入るけれど、頭には入ってこない
その言葉は、もはや僕には意味を持たない
遠い世界の、遥かな虚構でしかない

「・・・でも、命令したくらいじゃ逃げるのやめないでしょ?」

「命令に従わない者は踏み潰す、って言えばいいのよ。」

「え?杏奈ちゃん、踏み潰すの?」

「そう、言葉がわかっているんだからね。言うだけじゃダメよ。実際に誰かを見せしめに踏み潰してみせた方がいいわ。」

・・・
踏み潰す
見せしめ
・・・
虚ろな言葉が、とぼとぼと杏奈ちゃんの足元に歩み寄る僕の頭にこだまする
・・・
踏み潰す
見せしめ
・・・
踏み潰す
見せしめ
・・・

「ちょうどいいわ。いま、わたしの足元近くに逃げてきたちびがいる。これを見せしめにしちゃいましょ。」

・・・
踏み潰す
見せしめ
足元近くに逃げてきたちび
・・・
踏み潰す
見せしめ
足元近くに逃げてきたちび
・・・
・・・
・・・

我に返った。
足を止めて、恐る恐る周囲を見回す。
・・・
近くには誰もいない。
目の前には高くそびえる杏奈ちゃんの茶色い革ブーツのみ。
あとは、僕、一人きりだ
・・・
・・・
そう
僕だ
僕のことだ
「足元近くに逃げてきたちび」とは、僕のことを指しているとしか思えない。
目を上げると、前に聳え立っていた巨大な革ブーツが、音もなく上空に舞い上がった。

「・・・さあ、ちびども、よーく見るのよ。わたしたち人間の命令を無視すると、容赦なくこうするからね。」

上空に舞い上がった革ブーツが、今度は真っ黒な靴底を見せながら、呻りを上げて下降してくる。
その靴底が、巨大になって、巨大になって、更に巨大になって、僕に襲いかかってくる。
僕は身じろぎもせずその靴底を見上げていた。
・・・
・・・
杏奈ちゃん
・・・
また、会えたんだね
約束は
果たせたんだね
・・・
・・・
・・・
悲しいような、悔しいような、でも、どこか納得できるような、様々な感情や思いが募り渦を巻き波をうって高鳴り弾け堰を切って迸り止まることを・・・
・・・
ぷち
・・・
・・・
・・・
モニターの電源が切られたように、そこで僕の思考は永遠に停止した。

約束・終