この物語は「わたしのほしかったもの」「渚のひみつ」に続く一連のシリーズの一環です。登場人物の多くは前作及びそれ以前に完結した「王女さまシリーズ」から引き継いでおります。ご了解いただいたうえでお読み進みください。ちなみに登場する人物・団体は実在する人物・団体とは全く関係がないことをあらかじめ申し述べておきます。

リリパット旅行社・その1
by JUNKMAN

「この提言をリリパット政府は正式に採用することにいたします。」
リリパット国総理大臣のプレルが発表すると、会場の中ほどに座っていた小柄な眼鏡の男が弾かれたように立ち上がった。提案した旅行業者のキンツリーである。
拍手に押されたキンツリーは満面の笑みで壇上に駆け上ると、会衆に向かって何度も何度もお辞儀をした。
「リリパットのインフラを整備して、世界中から観光客を呼び込み、観光立国として外貨を集めようというプランですね。」
「はい、その通りです。リリパットには素晴らしい観光資源があります。これを生かさない手はありません。そしてそれを活かすも殺すも、何よりも大切なのは『おもてなしの心』です。『おもてなしの心』でこのリリパットを世界に冠たる国へと育てていきましょう!」
キンツリーは紅潮した面持ちで会場に向けて抱負を述べた。リリパット国の財政を改善するための政策コンテストで見事に1位に輝き、実際に国策として採用してもらえることになったのである。これほどの栄誉はない。キンツリーが有頂天になるのも無理はなかった。
確かにキンツリーの政策はその具体性、実現の見込みにおいて他を圧倒していた。1位に選ばれたのも当然である。選んだプレル首相にも異存はなかった。
ただ、口にこそ出しはしなかったが、プレル首相にはもう一つ気になる政策提案があった。
リリパット島の地質的特異性を活かしてレアメタル・レアアースの鉱山開発を行い、そしてそこから産出された鉱業産物をそのまま輸出するのではなく、リリパットのお家芸である細かな加工技術を施したうえで工業製品として輸出するというプランである。これならば確かにリリパットに多くの産業と雇用を同時に生み出すことができるだろうし、景気の動向にも左右されにくい。
確かに魅力はあるのだが、鉱山をこれから開発するという非確実性が大きなネックとなって採用には至らなかった。
尤もこの提案者はその鉱山開発についてもかなり自信があるようで、もしかしたら既に何らかの目途はたっているのかもしれない。
「それにしても良くできた政策提案書だな。誰がこれを書いたんだろう?大学教授かな?それとも企業の研究者か?・・・」
カミオ・フリップ・レンテス
プレル首相が初めて聞いたその名の持ち主が、この段階でまだ18歳の高校生であったとは誰が想像したであろうか。

*****

「しかし君がいま旅行業を営んでいるとは知らなかったよ。」
王宮に懐かしい旧友を迎えてシェビッキが相好を崩す。
「もう革命から足を洗っていたのは残念だが、何にせよ提言した政策がちゃんと国策として取り上げられたことは素晴らしい。おめでとう、キンツリー!」
「いやいや」
キンツリーは照れくさそうに笑った。なんとこのキンツリーもかつて革命を目指してシェビッキと共に研鑽の日々を過ごした同志なのである。
「しかし革命から旅行とは大胆な方針転換だな。」
「・・・シェビッキ、何か勘違いしていないかい?」
「へ?」
キンツリーの眼鏡の奥が怪しくも凄味に溢れてキラリと輝く。
「・・・俺は、まだ革命を諦めてなんかいない。いや、革命を成功させるために、日々努力しているんだぜ。」
「なに?」
シェビッキは眼を瞠った。一介の旅行業者になり下がったと思われたこのキンツリーが、何と未だに現役の革命戦士であったとは・・・
「き、君の革命プランとは・・・いったい何なんだい?」
「ふふふふふ、聞いて驚くな。俺には必殺の武器がある。」
「・・・」
「それは・・・」
「・・・(ごくり)」
「『おもてなしの心』だ。」
ずる!
聞いて確かに驚きはしなかったが、その代わりにシェビッキは派手にずっこけた。だって革命のための必殺の武器が『おもてなしの心』って・・・
「どういうことだよ?」
「海外からの客人を思いっきりおもてなしするのさ。」
「で?」
「まずこの国の国民は外国からのお客様ばかり優遇されて嫌になる。その不満は政府に向けられるだろう。」
「・・・」
「その上海外からの観光客も、滞在中は良い思いばかりしていたのに、自国に帰れば厳しい現実の日々だ。そのストレスはやはり自国の政府への不満に繋がる。」
「・・・」
「結局、お客様を迎えた方も訪れた方もどちらも自国の政府への信頼を失い、やがて来る日の世界同時革命に繋がるというわけさ・・・」
「キ、キンツリー・・・お前、策士だなあ」
「どうだ、恐れ入ったか。」

「なーに2人だけで盛り上がってるのよ?」

業を煮やしてドロシーが会話に割り込んできた。
慌ててシェビッキが振り返る。
「ド、ドロシーさま、そこにお出でになったんですか?」

「お出でになったも何もあなたたちはわたしの部屋の鏡台の前にいるのよ。気が付かない方が不自然すぎるでしょ?そもそもこんなに長く主人公を無視して話し込むってどーよ?」

「いやいや、誠に失礼いたしました。はじめまして、私はリリパット旅行社のキンツリーと申します。」
急に丁寧に挨拶されたのでドロシーも慌ててぺこりと頭を下げた。
「いやあ、なかなか美しいお嬢様でいらっしゃいますな。おいくつになられました?」

「じゅ、16歳・・・だけど」

「うーん、16歳、よろしいですなあ。」
キンツリーはシェビッキに向かって満足そうにウインクしてみせた。
「このお嬢様なら不肖キンツリーのプランにぴったりです。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

ドロシーが口を尖らせる。

「何を勝手に『不肖キンツリーのプランにぴったり』とか言ってるの?どうしてわたしがあなたなんかのプランに協力してあげなきゃならないの?」

「まあまあまあまあ」
シェビッキが不満そうなドロシーをなだめる。
「キンツリー君のプランはこのリリパットの国策として認められたのです。それに従うのは国家公務員である女官の義務でしょ?」

「でも・・・」

「それにドロシーさま、」
シェビッキはにたりと笑った。
「これは世界征服に向けての大きなチャンスでもありますよ。」
・・・
世界征服
・・・
ちぇっ
その大義の前ではドロシーもこの胡散臭いいプランに乗るしかない。
しぶしぶ頷いた。

*****

太平洋に浮かぶ南海の楽園、リリパット。
常夏の島はサンゴ由来の純白なビーチに囲まれ、更にその外周を異常に透明度の高い海と色とりどりのサンゴ礁が二重にぐるりと巡っている。
実はこの二重に取り巻くサンゴ礁こそリリパット・ブレフスキュ両島に特殊な生態系が発達した原動力である。
内側のサンゴ礁の内海は深さ数センチときわめて浅く、そこには諸外国に見られるものの約50分の1サイズのミニチュア熱帯魚が棲息している。このサンゴ礁の内海はリリパット・ブレフスキュの両島の周囲をそれぞれ巡っていて、漁師たちはここで漁業を営んでいる。
外側のサンゴ礁はリリパット・ブレフスキュの両島を含む広い海域をひとまとめにしてぐるりと巡っている。この内側と外側のサンゴ礁の中海は深いところで水深10メートル近くに達するこの島の住人達にとっては深海であり、世界中のサンゴ礁で見られる小型の熱帯魚がそのままのサイズで棲息している。もちろん、リリパット・ブレフスキュ両島の住民にとっては小型の熱帯魚といっても危険な生物であり、したがって漁民がここで漁を行うことは滅多にない。ただし、大型の客船や軍事用艦船がこの海域を通過することはある。かのレミュエル・ガリヴァー氏がブレフスキュ船籍の軍艦を多数引っ張って渡った海域はここである。かつては大型船の港は内側のサンゴ礁に外付けするように作られていたが、近年はこのサンゴ礁に引き続く人工海堤の建設によって生態系を守りながら島へ大型船が直接着岸することも可能になった。
外側のサンゴ礁の外は外洋である。サメやクジラなども棲息しており日本人にとっても安全とはいえない。とはいえもちろんここもブロブディンナグ人にとってはなんということもない領域ではある。
そんなわけで、リリパット島の周囲の海は全く平和である。嵌ってしまうような深みも危険な生物もいない。少し歩いて中海まで行けばそこでは心行くまでダイブすることだってできる。
浜辺に視線を戻せば、ビーチはあり得ないほどきめ細かな文字通りのパウダーサンドで覆われ、傍らには高さ20㎝ほどの盆栽のような椰子の木が生い茂っている。寝そべれば耳元にその葉のざわめきが心地よい。
内陸の大半はリリパット・ブレフスキュ人の居住地である。色彩鮮やかな玩具のような街並みが視界いっぱいに広がる。そしてその遥か向こうには、この島の背骨ともいえる山岳地帯をも余裕で見下ろす巨大建築物が建っている。ローラ王妃様などのブロブディンナグ人も住んでいるリリパット王宮である。
実に不思議でアトラクティブな光景だ。
誰でも一度は見てみたいと思うだろう。たとえば、ほら、こんなお馬鹿小説を読んでいる君、君だって実際に見てみたいだろ?行ってみたいだろ?
となれば、外貨を稼ぎたいリリパット政府が手をこまねいているはずもない。キンツリーの提言に則って観光に力を入れることになった。
まずリリパット島南西沖の外洋に海上空港を設置し、そこから島まで橋を渡した。そしてその橋のたもと近くのビーチを外国人向けの特別区域に指定して、ホテルを次々に建設した。
ホテル内やビーチなどでは、観光客と体格の変わらない外国人スタッフに交じって、リリパット人従業員たちも観光客をおもてなしする。
それだけでも十分に物珍しいが、加えて観光客たちは「指定された専用の道だけを通る」という制限付きながら、島南東部に広がるリリパット人居住地を訪ねることも許可されていた。
小人の国の街並みを巨人として散歩するのは実に爽快だ。
これが当たらないはずがない。
そんなわけで、いまやリリパット島は観光地として人気爆発中なのだ。キンツリー大勝利である。
流行に敏感な女子高生である東九条志都美と小泉杏奈の毎度おなじみ脇役2人組が、夏休みを利用してリリパット島を訪れたのも、まあ当然といえば当然だった。

*****

「すっごーい!、ねえ、杏奈ちゃん、私たちってば、この国では巨人なのね!」
時差をものともせず朝早くからリリパット人居住区を訪ねた志都美は大はしゃぎである。その後ろに続く杏奈はちょっとげんなりしていた。
「・・・ほうら、小人さんったら、踏みつぶしちゃうぞ!ほろほら、なーんてね、きゃっ、きゃっ、楽しいいいい!」
「志都美ちゃん、おやめなさいよ。印象悪くなるわよ。」
「ふふふ」
志都美は薄笑いを浮かべながら振り返って杏奈に横目で視線を送った。
「そーいう杏奈ちゃんは『北郎少年の冒険』が再アップされたので、読者のみなさまにはすっかり悪役イメージが染みついちゃったわよねえ・・・」
杏奈が唇を尖らせる。
「心外だわ!それ以外の作品ではちゃんと志都美ちゃんが『元気だけが取り柄のアホ娘』、わたしは『理知的で冷静な美少女』っていう真実の姿で描写されているっていうのに!」
「何が真実の姿よ!」
志都美はほっぺたをぷうっと膨らましてずんずん歩いていく。その背後を小走りに追いかけながら、杏奈は慌てて声をかけた。
「・・・ねえ、志都美ちゃん、小人の街はもういいからさあ、ビーチにでも行かない?」
志都美はほっぺたを膨らましたまま振り返った。確かに『元気だけが取り柄のアホ娘』丸出しである。
「何をいうの!小人の国なんてめったに来られないのよ!ビーチだったら江ノ島だって葛西臨海公園だってスパリゾートハワイアンズだってみんな同じようなものだわ!」
「いや、少なくともスパリゾートハワイアンズは違うと思うけど…」
完全には同意できないものの、でも志都美のいうことにも一理はある。海外旅行に来たのだからその国なりの珍しいものを見聞するのは当然だ。
「・・・それじゃあさあ、バスツアーに参加してみない?」
「バスツアー?」
「そうよ。大人気で予約をとるのが大変なくらいだから、きっと面白いんだと思うわ。」
そこまでいわれるのなら仕方がない。志都美もしぶしぶバスツアーに参加することにした。

*****

バスツアーの集合場所に行ってみたら、なんだか嫌な予感がした。
「・・・」
「ね、ねえ、杏奈ちゃん、なんだか、そのお・・・」
「・・・客筋が最悪ね」
言い出しっぺの杏奈も後悔していた。
ツアー参加客は全員が日本人の、なぜか貧相な男ばかり。皆むさくるしい風体で、うつむき加減の暗い表情である。とても南の島の楽園へバカンスを楽しみにやってきたとは思えない、胡散臭いことこの上ない連中である。
「・・・でも、あっちのバスよりはまだマシかも・・・」
杏奈が指差す先には別のバスで同じツアーに参加する団体さんがいた。
こちらは対照的にやけに陽気なアメリカ人の集団である。全員が短パン、タンクトップにグラサン、タトゥーのムキムキお兄さん。白人も黒人もいるけれど、みんな毛深いくせに髪は短く刈り込んで、風呂上がりのような清潔感に満ちている。グラサンを外してみると眼差しは妙に優しかったりして。「・・・どーしよ?やめとこうか?」
「とりあえず私たちに危害が加わることはなさそうだけど・・・」
なんだか踏ん切りがつかないうちにバスが発車してしまった。
もう後戻りできない。

*****

バスは南国の凸凹道をひたすら走る。
この間、車中は水を打ったような静けさだ。後ろからついてくるもう一台のバスで、ムキムキお兄さんたちが理解不能なアメリカンジョークで盛り上がっているのとは好対照である。
重苦しい雰囲気に耐えきれなくなって志都美が隣の席の杏奈に耳打ちしてきた。
「ねえねえ、どうなってるのよ?この人たち、まるで生気がないじゃない」
「・・・そ、そんなことないわ」
杏奈は怯えきった表情で答えた。
「・・・こ、こ、この人たちは生気がないんじゃない・・・そうじゃなくて・・・も、もの凄いエネルギーを貯め込んでいるのよ!」
言われて志都美も気がついた。
バスの中に形容しがたいほど張りつめた緊張感が充満している。
これは・・・
・・・そう、殺気だ。
黙りこくった貧相な男たちが、背中からゆらゆらと殺気を放散させているのだ。
そういえば、彼らの表情は確かに暗いが、眼は死んでいない。
いや、むしろらんらんと怪しく輝いている。
・・・
あわわ、これはとんでもないツアーに参加してしまったらしい。
・・・
そのとき、快調に走っていたバスが急停車した。
すると胡散臭い男たちは一斉に身を乗り出して、手に手に携帯やデジカメを握りしめつつ窓の外を凝視した。
つられて志都美と杏奈も窓の外を見る。
そして、ぽかんと口を開けた。
「・・・お、大きい・・・」
窓の外に見えたものは、バスとほぼ同じ大きさの素足である。しかもバスの両側にそれぞれ一つずつ見える。
ということは・・・このバスは今、この巨大な2つの足の持ち主に跨がれている状態なのだ。
「きゃああああ!!」
今度はバスの両脇に巨大な手が絡み付くと、そのままバスは空中に浮かび上がった。バスがこの巨人に両手で持ち上げられたのだ。
「きゃあ!きゃあ!きゃあ!」
突然のことに動転した志都美と杏奈が叫ぶ。
一方、残りの男たちは慌てず騒がず冷静に写真をバシャバシャ撮りまくる。
どうやらこのバスをつかみあげた巨人は水着の女性のようだ。ま、南の島なんだから、水着姿自体は驚くことでもないんだけどね。
そして、空中高く持ち上げられたバスのフロントガラスの前に、ついに巨人の顔が現れた。
「!」
現れたのは金髪をツインテールにまとめた少女。
年のころは志都美や杏奈より少し年下か?というくらいだ。
くりくりしたグリーンの瞳がバスの中の団体客を見つめてニヤリと笑う。
車中は男たちがたくフラッシュの嵐。
もはや男たちにさっきまでの殺伐とした雰囲気はない。眼はとろんと惚けて半開きの口からは涎が垂れ、なんというか、達成感に満ちているというか、達したというか、まあ昇天ですな。
「あ、杏奈ちゃん、このツアーはなんなのよ?」
「こ、これはこの国のロイヤルファミリーのプライベートビーチを訪問する、というツアーだったはず、なんだけど・・・」
ま、ツアーの謳い文句と内容がかけ離れていることなんて日常茶飯事ですから。
ちなみにもう一台のバスを掴み上げていたのは、やはりというか、案の定というか、ブリーフ一丁の巨大な逞しいお兄さんでした。本場サンフラシスコあたりからお出でになったと思われる皆様も大満足。アメリカンジョークも益々冴え渡っていたようで・・・え?誰だよ?そっちのバスツアーの方がいい!とか言ってる奴は・・・

*****

ホテルに戻ってからも、志都美はまだご機嫌斜めだ。
「もう!ひっどいツアーだったわ、ぷんぷん!」
「そうかなあ、あれはあれで珍しい体験だったじゃない。」
はじめにバスをつかみあげた女の子に続いて、巨大なビキニ姿のブロブディンナグ人女官たちが何人も現れて、ツアー客を手のひらにのせたり、素足で踏みつけようとしたりするパフォーマンス。
まあ、お約束のサービスということはわかっていても、身長80メートルクラスの女の子たちに弄ばれるのはスリル満点だ。
胡散臭い男たちは大興奮。
その後、バスごとビーチサイドのテーブルに載せられ、そこでローラ妃殿下と一緒に素敵なランチタイム。最後はもったいなくも妃殿下の手のひらに載せていただいて記念写真撮影。
いやいや、至れり尽くせりだ。
「ランチは美味しかったし、妃殿下は素敵だったし。一緒に行った男の人たちなんて、もう涙流して感動してたわよ。」
「あんな変態どもと一緒にしないで!!!」
変態かどうかはともかくとして、このツアーに人気があるのはわかるような気もするのだが読者諸氏は如何であろうか?
でも、健全な女子高生である志都美には納得できなかったようだ。

*****

「今日のバスツアーもメチャメチャ好評でしたよ。みんな大満足してます。」
リリパット旅行社では社員が責任者のキンツリーにアンケートの回収結果を報告している。
「やっぱあのドロシーさんが突然姿を現すところがいいみたいですね。」
「あ、ああ・・・」
キンツリーは曖昧に頷く。
もちろんドロシーをスカウトしたのはキンツリー自身だ。
このくらいやってくれるのは計算のうちだった。
だが・・・
キンツリーは浮かない表情のまま腕を組んで黙りこくった。

*****

一仕事終えたドロシーは王宮の自室に戻った。
さっそくシェビッキが出迎える。
「おかえりなさいませドロシーさま。今日もお仕事お疲れさまでした。」

「ま、お疲れってほどの仕事でもないけどね。でもホントにあれが世界征服の役に立つの?」

ドロシーはうんざりした表情で答える。あまりこの仕事が気に入っていないようだ。これはまずい。へそを曲げられたら困る。
「まあまあまあまあ、大望は内に秘め、今は地道に目の前の一歩一歩を大切にすべきかと。」
こつこつこつ
そのとき誰かがドアをノックした。
慌ててドロシーが駆け寄ってドアを開く。
そこに立っていたのは同じブロブディンナグ人女官のデレラであった。
「・・・こんにちわ」
無口なデレラは日頃からドロシーと気軽に会話するような仲ではない。しかし不器用で無口というだけで決して威張っているわけでも意地悪でもなく、それどころか裏表のないさっぱりした性格の持ち主であるデレラのことがドロシーは嫌いではなかった。
「どうなさいました?」
「・・・わたし、リリパット王宮からお暇をいただくことにしたの。」
「え?」
相変わらず口数は少ないが、衝撃的な告白をしたわりにデレラの表情は暗くない。どうやらこれは悪い話ではなさそうだ。
「デレラさん・・・それって、もしかして、寿退職?」
デレラは黙ってこくりと頷いた。
「おめでとうございます!!!」
お祝いの声をかけられて、はじめてデレラは少しだけ照れくさそうに笑った。
女官のデレラがリリパット王宮唯一のブロブディンナグ人男性である宮廷絵師ロッペと恋仲であることは誰でも良く知っている。結婚も時間の問題だった。そういう意味では驚くべきニュースでもない。
「・・・結婚したら、赤ちゃんができちゃうかもしれないし、そうしたらこの島でブロブディンナグ人が子育てするのは大変だし、どうしようかな?と思ってたら、ローラ様が『ブロブディンナグへ帰りなさい』とおっしゃって・・・」
「そうでしたか」
実はドロシーがデレラにシンパシーを抱く理由がもう一つあった。
名門マコバン家出身のドロシーに対して、デレラの出身のトゥヌガート家もマコバン家ほどではないがブロブディンナグ屈指の名家である。その父親は現職のブロブディンナグ総理大臣だ。
すなわち、ドロシーとデレラの二人はリリパット王宮に勤務する女官の中では飛び抜けて出身家の家格が高いお嬢様同士なのである。
ところが、この事実に対する両者のスタンスは対照的だった。
ドロシーは名家のお嬢様枠で女官になった。お行儀見習いと肩書きづくりがその目的だ。王宮には自分専属の侍女であるモモさんを連れてきている。それは自慢することでも隠し立てすることでもない、ドロシーにとってごく当たり前のことだった。
一方、デレラは使おうと思えばいくらでも使えたはずのお嬢様枠を無視し、わざわざ厳しい試験をパスして一般枠で女官になった。デレラにとっての女官とは実務官僚である。当然、自分用の侍女を連れていたりはしない。
ドロシーにはこのデレラの考え方が理解できなかった。
批判的だったのではない、純粋に理解不能だったのだ。
良い機会だ。
ドロシーは以前から抱いてきた疑問をデレラに率直にぶつけてみることにした。
「今回のロッペさんとの結婚の件ですが・・・」
「?」
「トゥヌガート伯爵さまには賛成していただけたのですか?」
「パパ?」
デレラは少しだけ眉をひそめた。
「もちろん反対されたわ。だってロッペは平民上がりだし、トゥヌガート家とは釣り合わないって。」
そりゃそうよね。ドロシーにはこのトゥヌガート伯爵の反応こそが当然であると思われた。
「でもパパの反対なんか無視しちゃった。父娘の縁を切っても構わない、って言ったら、流石にパパも折れてくれたわ。」
デレラはこともなげに言ってのける。ドロシーにはますます理解できない。
「そのお・・・デレラさんが王族とか、貴族とか、政府の偉い人とか、あるいはお金持ちとかにお嫁にいかないと、トゥヌガート家は困ったりしないんですか?」
「結婚するのはわたしよ。トゥヌガート家ではないわ。」
「・・・」
「だからわたしの相手も家柄とか関係ないし、興味もない。大切なのはその人間の中身だけ。」
「・・・ということは、ロッペさんの中身がそれほど素晴らしかった、というわけですね?」
「ロッペ?」
デレラが急に早口になった。
「あんな奴、最低よ。すっごくバカだし、鈍感だし、不器用だし、空気読まないし、もうバカでバカで全然ダメ。しかも気がきかなくてデリカシーが・・・」
・・・
日頃のデレラは口数が少ない。
そんなデレラが、口先では貶しているようで、ロッペのことになると急に人が変わったように饒舌になる。
・・・
・・・
好きなんだな、ロッペさんのことが・・・
・・・
だから家柄とか、権力とか、お金とか、そんなことが何も目に入らないんだ。
相変わらずドロシーには理解できないが、でもそんなデレラが、ちょっと眩しく見えた。
・・・
・・・
男の人を好きになる、って、どんなことなのだろう?
もしかして、すっごく素晴らしいことなのかしら?
・・・
ドロシーはまだ男の人を好きになったことがない。
あ、でもそういえばアイドルをやっていた頃、リリパット人のファンの男の人から「大好きだ!」と言われたことはあった。
そんなことを思い出したら、心の奥が少しくすぐったくなった。
・・・
ふふ
・・・
「・・・」
「・・・ドロシーちゃん」
「・・・」
「ドロシーちゃん!」
「あ、はい!」
我に返った。いかんいかん、妄想モードに入っていたらしい。デレラの用件はまだ済んでいなかったのだ。
「実はドロシーちゃんとモモさんにお願いがあるの。」
「何でしょう?」
デレラは後ろを向いて声をかけた。
「マーナ、ご挨拶なさい。」
「はあい!」

*****

それまで全く気付かなかったのだが、実はデレラは背後に幼い女の子を連れていたのだ。
デレラに促されて、その女の子がドロシーの前にちょこちょこと歩み出る。
「妹のマーナよ。」
「マーナ・ダシア・トゥヌガートです。よろしくお願いします。」
歳のころは6~7歳。23歳になったデレラとはちょっと離れているが、しかし面影は確かにそっくりだ。栗色の巻き毛、くりくりした碧眼、ぷっくりした唇。お人形のような可愛らしさで、この頃めっきり大人っぽくなったドロシーがリリパット島にやって来たころの容貌にも似ているかもしれない。
「よくデレラさんに似ていらっしゃいますね。」
「見た目はね。性格は・・・」
デレラは言いかけようとして途中でやめ、話題を切り替えた。
「実は、このマーナのことなんだけど・・・」
デレラとロッペがブロブディンナグに帰国するとなると、王宮スタッフには欠員が生じる。
ロッペの枠はすぐにうまった。ちなみに絵師枠ではない。その道の観光客を相手にするお兄さんの枠である。
残りのデレラ枠は、本来ならばリリパット・ブレフスキュ語の通訳がその任務であった。
しかし、ブロブディンナグ人スタッフもリリパット島滞在歴が長くなり、今ではもう誰も日常会話に苦労していない。したがってもう仕事らしい仕事はなくなってしまったのだ。
「それでパパがお行儀見習いをさせようと、わたしの代わりに妹をリリパット王宮に派遣することにしたの。」
「なるほど」
それは全く道理にかなっている。ドロシーにはデレラの父親であるトゥヌガート伯爵の考えや行動パターンがいちいち納得できた。肝心なトゥヌガート父娘間では衝突が絶えないようだが。
「・・・でもね、そこで困ったことが起きたの。」
デレラは自前の侍女を持っていない。
それはデレラの望むところではないし、そもそも自立できるから不要だった。
ただ、まだ幼いマーナちゃんに身の回りのことを一人でやらせるのは無理である。しかし、リリパット王宮のキャパシティーではこれ以上ブロブディンナグ人スタッフを増やすわけにもいかない。
「それでね、この王宮内の唯一の女官付き侍女であるモモさんに、マーナの面倒もみてもらえないかなあ、と思って。」
デレラが深々と頭を下げた。
ドロシーは即答する。
「ええ、お安い御用ですよ。」
「ありがとうドロシーちゃん。ほら、マーナ、お前もお礼をいいなさい」
デレラから促されてマーナちゃんが上目づかいにドロシーに笑いかけながらぺこりと頭を下げる。
「よろしくお願いします、ドロシーお姉ちゃま!」
「!」
・・・
ドロシーお姉ちゃま?
・・・
家庭でも職場でも末っ子の味噌っかす扱いばかりされてきたドロシーに「お姉ちゃま」の一言は効いた。
「マ、マーナちゃん、どう?よかったらお部屋もここを使って良くってよ。ばらばらじゃなくて一緒に暮らした方が、ほら、モモも仕事しやすいでしょ?」
「え?ホントですか?わーい、嬉しいなあ!」
マーナちゃんは無邪気にぴょんぴょんと跳ね回る。ドロシーは眼が♡になった。
「じゃ、マーナもこちらにお引越しさせてください!」
「どうぞどうぞ。それじゃ立ち話もナニだから、ほら、中に入って。モモ!モモ!お客様よ!こんどこちらのお部屋に引っ越してくるマーナちゃんよ!」
「モモでございます。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします、モモさん・・・それと、えーと、あちらのおじさんのお名前は?」
「あちらのおじさん?」
ドロシーはマーナちゃんの指さす方を振り返る。鏡台の前には誰もいない・・・いや、厳密にはそうでもないのだが・・・
「もしかして・・・シェビッキのこと?」
「シェビッキさんとおっしゃるんですかあ?マーナです、よろしくお願いしまあす!」
ドロシーは驚愕した。
マーナちゃんの立っている部屋の入口からシェビッキのいる鏡台の前までの距離は4ブロブディンナグ・メートルくらい。そしてシェビッキの身長は1ブロブディンナグ・ミリメートルもない。そんな対象はブロブディンナグ人にはまず認識できない。
ところがマーナちゃんはそんなシェビッキをちゃんと認識しただけでなく、大人の男性であることまで識別してみせたのだ。
「マーナはよく気が付く子なの。ま、小さい子だから感覚が鋭いのはあたりまえなんだけど。」
デレラは平然としている。そんなものなのだろうか?ドロシーはちょっと納得できなかった。
それよりも、シェビッキは、自分を見つけた時にマーナちゃんの碧い眼がキラリと輝いて、口元が少しほころんだことの方が気に掛かっていた。

*****

その晩のうちにデレラとロッペはブロブディンナグへ帰国し、ドロシー、マーナちゃん、モモさん、そしてシェビッキ率いるブレフスキュ解放戦線の男達による共同生活が始まった。
王宮の中のドロシーのプライベートスペースは広い。居室というよりまるでお屋敷である。応接間、居間、食堂、書斎の他に寝室が3つもある。マーナちゃん一人加わったところで何の不都合もない。
「マーナちゃんって、ブレフスキュ人やリリパット人が見えるの?」
「はい。だいたいお顔の感じもわかります。」
「すっごい視力ね。」
ドロシーは感心するというより呆れていた。
「じゃ、このシェビッキがどんな顔をしているのかもわかるの?」
ドロシーはテーブルの上のシェビッキを指さす。
マーナちゃんはこっくり頷いた。
「へえ。わたしはもう結構付き合いも長くなるけど、考えてみたらまだシェビッキの顔も知らないのよ。まあ、なんとなくイケメンではないような気はするけど。」
「はい、ドロシーお姉ちゃまのおっしゃる通りです。シェビッキさんは個性的なお顔ですが、確かに全然かっこよくありません。」
「大きなお世話だ!」
容姿を勝手に想像されたり酷評されたりしてシェビッキがブチ切れた。
これを聞きつけてすぐにマーナちゃんが謝った。
「あ!ごめんなさい、シェビッキおじさん、悪気があったんじゃないんです!」
ドロシーも、シェビッキも、ついでにお料理を運んできたモモさんも、一斉に腰を抜かした。
「マ、マーナちゃん・・・いまシェビッキが言ったことが聞こえたの?」
「はい」
マーナちゃんは当然という表情で頷く。
「小さいものを見たり、小さな音を聞いたりするのは得意なんです。」
「・・・」
それにしても敏感などというレベルではない。おそるべき能力である。
しかしながら、これは超能力ではない。
遠くの天体を観察するために巨大なパラボラが必要になることを想起してほしい。巨大な眼や巨大な耳を持つブロブディンナグ人は、実は元から集光能力や集音能力がきわめて優れているのである。
ところが、これら感覚器から送り込まれる情報量が多すぎるために脳内でこれを処理しきれず、無意識のうちに情報の「間引き」を行って日常生活に必要なレベルまでを認識するようにしているのだ。これは神経生理学的にはありふれたアジャストメント反応である。
そんなわけでブロブディンナグ人はきわめて小さいものを見たり小さな音を聞いたりすることがポテンシャルとしては可能なのである。情報が溢れてしまわないよう、対象の1点に集中させるコツさえつかめば良いのだ。特異な才能のある人物がこの能力を発揮しても決して不思議なことではない。それどころか、トレーニングすれば誰でもマーナちゃんのような視覚・聴覚のブラッシュアップができるようになるだろう。
とはいえそんなトレーニングなど積んだことがなく、ましてや神経生理学的分析なんてちんぷんかんぷんなドロシーにとってマーナちゃんの鋭い視覚や聴覚は超能力も同然である。
「わたしたちはこの装置がないとリリパット人やブレフスキュ人とは会話ができないのよ。」
ドロシーは自分のインカムセットを外してマーナに手渡した。
マーナちゃんはそれを興味深そうに弄りまわしながらドロシーに問い返す。
「これがないとドロシーお姉ちゃまはシェビッキおじさんたちとお話ができないんですね?」
「そうよ」
「ふうん」
頷きながら、またマーナちゃんの口元が少しほころんだことを、シェビッキは見逃さなかった。

*****

「・・・うーん、どうも気に掛かるなあ・・・」
首を捻っているシェビッキにナボコフが声をかけた。
「シェビッキさん、何をそんなに悩んでいらっしゃるんですか?」
「うーん、どうも新しく来たあの女の子が・・・なんというか・・・怪しいと思うのだが・・・」
「ええ?そうですか?僕はそう思わないけどなあ。」
ナボコフはこのブレフスキュ解放戦線上がりの男達の中で、いまはシェビッキに次ぐ副官クラスの立場にある。シェビッキより少し年上で、ひょろりとした長身。眼鏡をかけ、顔中がもじゃもじゃの髭に覆われている。
「なんといってもメチャメチャ可愛いじゃないですか。地上に舞い降りた天使ですよ!」
「そうかあ?」
シェビッキは眉を顰める。
「ルックスでいったらドロシーさまの方が上だろ?」
「まあ、確かにドロシーさまは相変わらずお綺麗ではありますけど・・・でも劣化しちゃいましたね。」
シェビッキの顔色が変わった。
「劣化?なんてことを言うんだ!!」
「だってもう16歳ですよ。まいんちゃん見てなかったんですか?14歳になって『なめこのうた』を踊ってる姿はもう痛々しかったじゃないですか。」
「そりゃそうだが、でもドロシーさまは16歳になったら16歳なりのお美しさも出てきただろ?」
「そこですよ、そこ」
ナボコフはたたみ掛ける。
「背が伸びたのは許せるとしても、このところバストが明らかに膨らんできちゃったじゃないですか。B・・・いや、下手すればCカップあるかもしれないなあ・・・あれは明らかに減点材料でしょ?昔のあのぺったんこ時代が懐かしいなあ・・・」
「お、おまえ!」
「それにちょっと性格も大人びてしまいましたよね。前みたいに理不尽に我儘じゃなくなってきたし、世界征服への自分勝手な情熱も醒めてしまって、僕たちのことももう虐めてくれないじゃないですか。」
「・・・」
この最後の言葉はシェビッキ自身も感じているところだった。
もちろん、ドロシーは未だにシェビッキなどブレフスキュ男達に対して威張った口調で命令ばかりしている。
でも、苛めたり無理難題を言うことはなくなった。
妙に物わかりがよくなって、眼差しが優しかったりする。
そこにはシェビッキも一抹の寂しさを覚えていた。
「あーあ、ドロシーさまが腑抜けになっちゃったから、替わりにマーナさまが僕達を虐めてくれないかなあ?」
「なんてこというんだ、こら、ナボコフ!」
叱りつけながらも、シェビッキにはこのナボコフの言葉があながち単なる妄想でもないような予感がしていた。

*****

ナボコフが嘆いたように、この頃のドロシーはもうブレフキュ解放戦線の男達を使ってエッチな遊びをすることもなくなった。
夕食が終わって、お風呂に入ると、そのまま書斎に籠る。
お勉強タイムだ。
マコバン家に伝わる魔術の古文書を読むのだ。
もちろん、だからといって魔術が操れるようになるとは思っていない。魔術なんて、そんな都合のいいものがあるわけないじゃない。
そうじゃなくて、これはマコバン家の一員として身に着けておかねばならない教養なのだ。
古い伝統的な言い回しとか、昔の掟とか、戒めとか、風習とか、古文書にはいろいろと興味深いことが書いてある。
はじめはモモさんに促されて嫌々始めた古文書のお勉強だったけど、最近ではすっかりはまってしまった。
公務が終わると寸暇を惜しんで古文書を読む。だからもうブレフスキュの男達なんかを虐めて遊んでる暇はないのだ。
でも、ブレフスキュ人やリリパット人を虐めなくなった理由はそれだけではない。
リリパットの王宮暮らしを続けているうちに、リリパット人やブレフスキュ人の中にも尊敬すべき立派な人たちが大勢いることがわかってきた。そうしたら、身体が小さいからといって無闇にリリパット人やブレフスキュ人を虐めて玩具にするのは失礼だと思うようになった。
例えばピロポ国王さま。
ピロポ国王さまはあんなにお身体が小さいのに、その優れたお人柄と聡明な判断力で誰からも敬愛されている。ローラ王妃さまをはじめとするブロブディンナグ人女官たちもみな心からピロポ国王さまを慕い、それどころか頼りにしている。
ドロシーにもやっとそれが理解できるようになってきた。
見てくれではない。人間は中身なのだ。
・・・
・・・
あれ?
この理屈、なんだか最近聞いたことあるような・・・
・・・
ま、いいわ。
そんなことよりお勉強、お勉強!

*****

そんなわけでブレフスキュ男達もドロシーさまとの夕食のお相手が終わるともうお役御免だ。
さっさとおもちゃタウンに帰って、シェビッキの指示のもとに自分たちの仕事を始める。
サトミが日本に帰ってからはこのおもちゃタウンのメンテは全て自分たちで行うしかなくなった。それはそれで大変な仕事なのである。
今晩も消灯時間までの間、全員がもうおもちゃタウンに帰っていたのだが・・・そこに予期せぬ訪問者があった。

「ふふん、これがおじさんたちの住んでる街なの?」

おもちゃタウンの上空にぬうっと顔を出したのは今晩からここの同居人になったばかりのマーナちゃんである。どうやらお風呂上りであるらしく、栗色の髪は濡れ、バスタオルを胸にまいただけの軽装だ。石鹸のいい匂いがぷんぷんと漂っている。

「・・・おじさんたちって、ほんっとに小さいね。」

おもちゃタウンの載せられているテーブルの上に身を乗り出して、両肘で頬杖突きながら眼下のブレフスキュ男達を悠々と見下ろす。その笑顔はドロシーやモモさんたちと一緒の時に見せたあの天真爛漫な笑顔とは少し違う。子供らしからぬ、傲慢さが滲み出た笑顔だ。

「ブロブディンナグではリリパット人なんか見たことなかったわ。」

おもちゃタウンの中央広場で、シェビッキが上空を見上げながら大声を上げた。
「わたしたちはリリパット人じゃありませえん!ブレフスキュ人でえす!」

どおおおおおおおおおん

衝撃でシェビッキなど中央広場に集まっていたブレフスキュ男達はその場に尻餅をついた。
マーナちゃんがテーブルを軽く握りこぶしで叩いたのだ。

「そんなどーでもいいことで大きな声ださないで!」

マーナちゃんは上体を起こすと、おもちゃタウンの両端についている取っ手を握ってぐいっと持ち上げた。
「うわああああああああああ」
ぐろぐら揺れながらおもちゃタウンが空に浮かび上がる。
もともとこのおもちゃタウンはブロブディンナグ人が持ち運びできるように作られたものではあるが、まだ慣れない小さな子供であるマーナちゃんが持つとその揺れはいつもの比ではない。
ブレフスキュ男達はその場に這いつくばったり柱や街路樹にしがみ付いたりして揺れに耐えていた。
その様子を上空から見下ろしてマーナちゃんはにたにた笑った。

「ほうら、地震よ!」

おもちゃタウンをわざと両手で揺すり始める。ブレフスキュ男達はもんどりうって倒れたり虚空に抛り上げられたり大騒ぎである。マーナちゃんはいよいよ満面の笑みである。

「あははははは、ああ面白い。それにしてもデレラお姉ちゃまやドロシーお姉ちゃまがこんな虫以下のちびたちを人間扱いしてるなんて、マーナには信じられないわ!」

*****

散々に揺すぶられた後、街の揺れがぴたりと止まった。マーナちゃんがおもちゃタウンを床に置いたのである。
シェビッキやナボコフなどブレフスキュ解放戦線の男達は、その場に這いつくばったまま恐る恐る顔を上げた。
彼らの居住するおもちゃタウンの両脇に、ピンク色に上気した小山のような肉塊が鎮座している。石鹸の匂いと共にほのかに湯気も上がっている。お風呂から上がったばかりのマーナちゃんの素足だ。
もちろんそこから更に上空へと視線を上げればマーナちゃんの脚、腰、胸、首、そして頭と繋がるはずなのだが、残念ながら小さなブレフスキュ人の視点ではその全体像を視覚的に把握することは難しい。それでもブロブディンナグ人との生活に慣れた彼らには、その巨大な素足の持ち主が、軽く両脚を開いて、腰を両手に当てて、胸を張り、いわゆる仁王立ちの巨人ポーズをしながらこのおもちゃタウンを見下ろしている様子がカンで理解できた。

「うふふ、こんな街、一跨ぎよ。どう?マーナちゃん、大きいでしょ?怪獣みたいな大巨人でしょ?」

マーナちゃんのいかにも「嬉しくてたまらない」といわんばかりの声が、おもちゃタウンに轟きわたった。
ブレフスキュ男達にとって、床に置かれたこの街がドロシーに跨がれてしまうのは日常茶飯事だった。それほどにブロブディンナグ人が巨大であることは良く知っている。ブレフスキュ人である彼らにとってそれは十分に受け容れたはずの現実であった。
ただ、今日こうやって彼らを遥かに見下ろしているのはまだ6歳の幼女だ。
ドロシーなんてものではない、小学校1年生に相当する子供である。
彼らにもし娘がいたとすれば、ちょうどこのくらいの年齢だったであろう。力も、知識も、経験もなく、大人の自分に頼りきりになっているはずだ。
そんな取るに足らない幼い子供が、自分たちの頭上に無敵の圧倒的に巨大な存在として聳え立っているのである。この未だ経験したことのなかった現実は、彼らの劣等感や無力感を今更ながら強く掻き立てた。

*****

未知の感覚という点ではマーナちゃんにとっても同じである。
ブロブディンナグ人が他国人よりも身体の大きいことは知識として知っていた。でも、実際にリリパット人/ブレフスキュ人に会ってみたら、その違いは想像以上だった。
この人たちにとって、いまの自分はどんな風に見えるのだろう?
怪獣?
それどころではないわ。もっともっと巨大な、大巨人のはずよ。
・・・
嬉しい
・・・
自分が巨人であるということが、こんなに気分いいとは思わなかった。
だって、この足元のゴミみたいな小人たちって、実はいい年をした立派なおじさんたちなのよ。
小さな子供のわたしを叱ってばかりいる、大きくて強くて怖い大人のはずなのよ。
そんな大きくて強くて怖いはずの大人が、わたしに比べたらこんなに小さくて、お話にならないくらい弱くて、足元に這いつくばって、で、恐々とちょー巨大なわたしを見上げてるのよ。
どうやってもかなわない、って、絶望感丸出しにして見上げてるのよ。
ちょー気持ちいい!
すっごい優越感!
・・・
ブロブディンナグ人用のお部屋の中でこのおじさんたちを見下ろしているだけでこんなに気分がいいんだから、実際にリリパット人たちが住んでいる街に行ってみたらどんな気分かしら?
勝手に行っちゃダメ、とは言われているけど、何か用事は作れないかなあ?
だってこんなに小さなリリパット人の街なら、いちばん高い建物でもわたしの膝に届かないはず。
大巨人のわたしは仁王立ちして堂々と小人の街並みを見渡すの。
リリパットの大人たちはみんなびっくりするんだろうなあ
・・・
想像するだけで更にどんどん嬉しくなってきた。

「おじさんたち、女の子を真下から見上げるって、どんな気分?」

にんまり笑いながら足元のおもちゃタウンを見下ろした。
マーナちゃんを見上げるブレフスキュ男達と視線が重なる。
するとマーナちゃんの表情から笑みが消え、頬がみるみる紅潮してきた。

*****

「やだあ!おじさんたちマーナのエッチなとこ見てる!!」

マーナちゃんが素っ頓狂な声をあげた。その声だけでブレフスキュ男達は再びその場に倒れこむ。
でもそれは本当はマーナちゃんの責任だ。なにしろお風呂上りで胸にバスタオルを巻いただけの姿なのだ。この格好でおもちゃタウンを跨げば、足元のブレフスキュ男達はどうしてもその下半身を覗き上げることになる。エッチなところも当然丸見えだ。
だというのにマーナちゃんは理不尽に腹を立てている。

「酷い!マーナだけ裸んぼなのは不公平よ!おじさんたちも服を脱いで!・・・脱がないと、踏み潰すよ!」

片足立ちになって、おもちゃタウンの上空に長径18ブロブディンナグ・センチメートルの小さな可愛い足をひらひらと掲げてみせる。しかしそれは同時に長径450メートルの超巨大素足でもあるので、ブレフスキュ男達への威嚇効果は十分だ。
「ど、どうしましょ?シェビッキさん!」
「ううむ」
上空を覆いつくすピンク色の足裏を見上げてシェビッキは腕組みをした。
力も知識も経験もない6歳の子供・・・ということは、まだ分別もないはずだ。ドロシーの場合とは違っておふざけだけでは済まない可能性もある。逆らってあの足が振り下ろされたらブレフスキュ解放同盟は壊滅する。
「やむをえない。ここは言われたとおりに脱ぐしかないな。」
震え上がったブレフスキュ男達は、シェビッキの指令を聞いていそいそと衣服を脱ぎ棄てた。
もっともナボコフはシェビッキの指令が下る前にもう自ら嬉々として全裸になっていたのだが。

「うふふ、それでいいのよ。小人は小人らしく素直に大きなおねえさんの言うことをきかなくっちゃね。」

・・・大きなおねえさん?
そりゃ確かに身体は巨大だけれど、まだ6歳のあんたは俺たち大人から見て「おねえさん」じゃあないだろ?
・・・
などと突っ込みを入れられるはずもない。
何しろ相手は地獄耳だ。
余計なことが耳に入って怒らせたら、今度こそ本当に命がないかもしれない。
ブレフスキュ男達はドロシーとのお約束プレイでは味わったことのない本当の恐怖感でガチガチに硬直していた。
・・・
そんなブレフスキュ男達の緊張はもちろんマーナちゃんにも伝わっている。
大人たちが自分に恐怖して打ち震えている様は、マーナちゃんの優越感を更に煽り立てる。
胸に巻いていたバスタオルを上機嫌に取り去ると、すっぽんぽんの姿でおもちゃタウンに跨り、膝立ちになってゆっくりと腰を下ろした。

「素直な小人にはご褒美をあげるわ。ほら、これが女の子のおまんこ。ドロシーお姉ちゃまは見せてくれなかったでしょ?」

ブレフスキュ男達の上空、建物の屋上に触れようかというほどの低空まで、マーナちゃんはおっぴろげた股間を摺り寄せてきた。しかもどこで覚えてきたのか卑猥な放送禁止用語を無邪気に口走りながらである。こんな無防備な姿勢で挑発しても平気なのは、大人といっても極小のブレフスキュ人では巨大な自分にどうせ何もすることができないことがよくわかっているからなのだろう。心の底から馬鹿にしているのである。
恐怖と共に今度は屈辱感で胸がいっぱいになりながら、それでも目を背けることはできない。
眼前に大迫力で迫る小ぶりで未熟な女性器のサイズは長径ざっと70リリパット・メートル。この街のどんな建物でも呑み込んでしまえそうだ。彼ら自身の姿をそこに投影してみたら、ゴマの一粒にも劣るだろう。侵入を試みたところで、痛みとか快感とかを与えるどころか、気づいてももらえまい。視野一杯に広がる女性器の陰毛すら生えていない未成熟さと、そのバカバカしいほどの巨大さが作り出す強烈なギャップ。禁欲生活を送る男達にとって刺激が強すぎた。
もちろん、そんな彼らの失態を見逃すマーナちゃんではない。

「・・・やだあ!おちんちん勃ててる!最低!」

もちろん挑発したのはマーナちゃん本人なのであるが、とはいえ6歳の幼女に劣情を掻き立ててしまった大人の自分たちにも後ろめたいところはある。そこを敏感に嗅ぎつけてマーナちゃんは容赦なく責め立ててきた。

「いけないんだあ。大人のくせに、マーナみたいな子供を見てエッチなこと考えちゃうんだあ。変態!変態!どチビの変態!ほらほら、変態だったら変態らしく何かしてごらんよ!マーナにエッチなことでもしてごらんよ。できないの?ほらほら!」

マーナちゃんは自分の幼い女性器を2本の指でぱっくり開いて至近距離からブレフスキュ男達に見せつけた。
確かにそれはマーナちゃんにとって3~4ブロブディンナグ・センチメートルという触れそうなほどの至近距離だ。しかし、ブレフスキュ男達にとっては75~100リリパット・メートルという距離である。手を伸ばしたところで届くはずもない。
悔しいけれど何もできない。
幼女にこれだけ愚弄されて、抵抗するどころか言葉一つ返せない。
だってお人形さんのような愛らしい容姿をした幼女とはいえ、身長2800リリパット・メートルもある大巨人なのだ。機嫌を損ねたらあの可愛らしい指一本でもここにいる全員が一瞬で潰されてしまう。この子はまだ幼いから自分のそんな力の抑え方を知らない。いや、むしろ喜んで自分の力を見せつけようとするかもしれない。
危険すぎる。
彼らはじっと黙って上空の巨大女性器を見つめるしかなかった。
この彼らの沈黙は、しかしマーナちゃんの暴走を更に加速させた。

「変態のくせに何にもできない意気地なし!チビはとことん惨めね!何にもしないんだったらマーナがおじさんたちの変態を手伝ってあげるわ。」

マーナちゃんはブレフスキュ男達の頭上に腰を沈めたまま右手の人差し指を自分の膣口に第一関節くらいまで思い切って突っ込んだ。
ぬぷり
・・・
ゆっくりと引き抜く。
引き抜かれた指先にてらりと粘液が糸を引く。
その指先を自分の鼻先に近づける。

「・・・くさあい。変な臭い・・・でもど変態のおじさんたちは、この臭いが好きなんでしょ?」

指を鼻先から離すと、眼下のブレフスキュ男達に近づける。
ぬらぬら光る指先から甘ったるく、酸っぱく、そして少し生臭い、小児の、しかしはっきり女性のものとわかる淫臭が男達に降り注いだ。
「!」
その淫靡な臭いに気を取られて出足が遅れた。
マーナちゃんの人差し指は男達の上空にかざされただけではない。
一気に間合いを詰めて襲いかかってきたのだ。
「うわあああああああ!」
慌てて絶叫を上げながら逃げ出したがもう遅い。長さ6ブロブディンナグ・センチメートルほどの小ぶりで可愛らしい、しかし同時に150リリパット・メートルに及ぶ巨大で凶暴な人差し指が男達の頭上にのしかかる。
押し潰される!
・・・
かと思ったらそうでもない。
その表面を覆った厚さ2リリパット・メートルにも及ぶ粘液層が彼らに触れただけで、それ以上に巨大な指が押し付けられることはなかった。
そのかわり、分厚く稠度の高い粘液に捉われて、彼らは完全に身体の自由を失った。
このおてんば巨大幼女の人差し指に貼り付けられてしまったのだ。
そのまま彼らの身体が急に上空に舞い上がる。
マーナちゃんがブレフスキュ男達を貼り付けた指を、今度は自分の眼の真ん前にまで引き上げたのだ。

「あはは、貼り付いちゃった!マーナのエッチなねばねばで、おじさんたちみんな指に貼り付いちゃった!どう?大人なのに子供のいたずらの相手にされて悔しい?それともエッチな臭いが嗅げて嬉しい?」

嬉しいかどうかはともかく、ブレフスキュ男達が淫靡な臭いをこれでもかと嗅がされていたことは確かであった。
なにしろ膣からほじくり出した粘液層の厚みは2リリパット・メートルである。彼らは全身をその中に閉じ込められ、首だけ出して呼吸をするのが精いっぱいだ。膣粘液からほわほわと立ち昇る湯気をたっぷりと含んだ外気をである。さっきまで漂っていたお風呂上りの気持ちの良い石鹸の香りはもう吹き飛んでしまった。

「うふふ、ど変態のおじさんたちったら、やっぱり喜んでるみたいね。ならもっと嬉しくなるように・・・入れてあげよっか?・・・マーナのおまんこに・・・」

マーナちゃんは有頂天だ。
大の大人が1000人も指先に貼り付けられている。
悪ふざけしてる自分を叱るどころか、口ごたえ一つできずにもぞもぞと蠢いている。
とても同じ人間とは思えない。
人間に対する尊厳とかは一切抱く気になれない。
もっともっと酷いことして虐めてやろう。
男達の貼り付いた人差し指をもう一度自分の股間の近くに降ろす。
そして反対の手の2本の指でぱっくりと膣口を開くとそこにブレフスキュ男達ごと人差し指を突き刺そうとした。

「入れちゃうよ!」

それまでも十分に恐怖感を味わってはいたが、流石にこれは無理だ。
指に絡め取られただけでも身動きできないというのに、もっと粘液が豊富なあの洞窟内に押し込められたらとても生きては出て来られない。
もう我慢も限界だ。
ブレフスキュ男達は皆口々に大声で叫び始めた。
「やめてくださあああい!」
「そんなことはしないでくださあい!」
「お願いです!そこには入れないでください!」
もちろん地獄耳のマーナちゃんである。彼らの叫び声を聞きつけて手がぴたりと止まった。

「ええ?入りたくないの?・・・大人のくせに意気地なしねえ。」

実はこれもマーナちゃんの計算通りである。
わけのわからない小人を自分の大事なおまんこに入れようなんて、はじめっから思っていない。
だって、うじゃうじゃといるだけで気持ち悪いじゃない。
そうじゃなくて、怖がらせようとしただけだ。
大成功!
それまでは黙りこくっていたチビどもが、いまは声を枯らして嘆願している。
必死になって泣き叫んでる。
うふふ
すっごく愉快。
十分に笑わせてもらったわ。

「じゃ、意気地なしのちびにはお仕置き。もっとくっさい臭いを嗅がせてあげる。」

大声で叫びたてているブレフスキュ男達が絡みついた人差し指を、股間のもう少し後方にあてがう。
男達の視野に巾着をきゅっと引き絞ったような肛門が大迫力で飛び込んできた。
ただし、これだけ至近距離でもちっとも臭くはない。
子供のマーナちゃんはもともと体臭がきつくないし、そもそもお風呂上りなのである。
なあんだ、たいしたことないや、と思っていたら・・・その目の前の菊門がゆっくりと盛り上がり・・・そしてぱっと開いた。

ぷぅぅぅぅぅぅぅ

*****

ぼわああああああああああああああ

重低音の轟きにのって生暖かい爆風が直撃した。
「う!」
「うがあ!」
「げほげほげほ・・・」
酸素が完全にメタンに置換された危険なガス塊である。直撃を受けたブレフスキュ男達はたちまち呼吸困難に陥った。
しかし、それはわずか一瞬のことである。
メタン分圧の高い危険なガスは速やかに拡散され、呼吸可能な大気が補充されると、文字通り一息ついた彼らはゆっくりと深呼吸した。
ところが苦しいのはそれからだった。
「・・・!」
「うげ!」
「ぐあ!」
「ぐわああああああああ!」
鼻どころか頭が捻じ切れるほどの悪臭である。
視覚や聴覚と違って、嗅覚は感覚器の間口の広さに依存しない。臭いのもととなる化学物質を覚知する受容体があれば鋭敏に感知可能である。
そして大気中への化学物質拡散によって減弱する臭いの刺激効果は、全身がその化学物質に容易に包み込まれてしまう身体の小さなリリパット/ブレフスキュ人には現れにくい。
すなわち、嗅覚の強さと持続は身体の大きさに反比例するのである。
至近距離から放屁の直撃を受けたブレフスキュ男達のダメージは甚大であった。
再び指先を股間から眼の近くに持ち上げる。
ゴマ粒より小さく哀れな小人たちが指先に絡め取られたままぐったりしている。
マーナちゃんは声も高らかに嘲笑した。

「あはははははは、マーナのおなら、臭かった?でもくっさい臭いが好きなんでしょ?だっておじさんたちは変態だもんね!」

そのとき扉がバタンと開いて誰かが入室してきた。
モモさんだ。
マーナちゃんはブレフスキュ男達が貼りついた人差し指をもう片方の手でさっと隠して何食わぬ顔で応対した。
「・・・あら、モモさん」
「おやおや、マーナさま、お風呂上りにいつまでも裸ん坊ではお風邪をひきますよ。」
「大丈夫ですよ。リリパットは暖かいし。」
「いえいえ、これから立派なレディになろうというお方がいつまでもそれでははしたのうございます。わたくしがトゥヌガートの旦那様にお叱りを受けてしまいますわ。」
モモさんはきれいにたたんだ下着とネグリジェを手渡した。
「はい、それではお着替えは置いておきますからね。今晩はもうお休みなさいませ。」
「ありがとうございます、モモさん。」
にっこり笑うとモモさんは退室していった。

*****

モモさんは去ったけど、これ以上裸のままでいることはできない。
だって、また戻ってきたときにマーナちゃんが裸ん坊のままだったらどう考えても不自然だ。
マーナちゃんは仕方なく人差し指に絡みついたエッチなねばねばをブレフスキュ男達もろともティッシュペーパーに拭いつけ、モモさんが持ってきたネグリジェに着替えた。
結局、モモさんの乱入が疲労困憊状態にあったブレフスキュ男達を救う結果になったのである。
ブレフスキュ男達はくしゃくしゃのティッシュペーパーの上で疲れ切って倒れこんでいる。
でも、このままではダメだ。
リーダーとしての責任感がシェビッキを奮い立たせ、余力と勇気を振り絞ってマーナちゃんに抗議した。
「・・・マーナさま、これはいけません。わたしたちブレフスキュ解放戦線の男達は、皆ドロシーさまの使用人です。このようなご無体がドロシーさまに知れるようなことがあれば・・・」
会話を遮って素早くマーナちゃんが反応した。

「ドロシーお姉ちゃまに知れる・・・って、どうやって?」

マーナは傍らから何やら機械を取り出してブレフスキュ男達に見せた。

「これ、なんだかわかる?」

わざとらしく小首を傾げて見せる。
わかるもなにも、それはシェビッキたちにとって毎度見慣れたブロブディンナグ人用の通信用インカム装置だ。

「うふふ、これね、ドロシーお姉ちゃまのものなの。でね、ここをこんな風にいじったらどうなっちゃうかしら?」

マーナちゃんはインカム装置に登録されていたシェビッキの周波数の数値を書き換えた。
「!」
この様子を見上げていたシェビッキたちブレフスキュ男達は思わずざわめきの声を挙げる。

「あーあ、これでドロシーお姉ちゃまがおじさんたちと直接お話しすることはできなくなっちゃったわ。困ったわね、どうすればドロシーお姉ちゃまはおじさんたちの言うことがわかるかしら?」

マーナは思わせぶりに笑いながら横目でシェビッキたちを見下ろす。

「・・・心配しなくても大丈夫よ。マーナにはおじさんたちの声が聞こえるものね。だから、ぜーんぶ、わたしが通訳してあげるから、うふふふふふふ」

そこまで言うと、急にマーナの表情が険しくなった。

「・・・そんなわけで、マーナに都合の悪いことがドロシーお姉ちゃまの知るところになるなんてありえないのよ!ざーんねんでした!今日からみんなはこのマーナちゃんのオモチャ。毎日毎日、とことんまで苛めて遊んであげるわ、うふふふふふふふふふ・・・」

リリパット旅行社・続く