もう書かないとか言っといて、いけしゃあしゃあとまた王女様シリーズの続きみたいなものを書いてしまいました。登場人物・環境等はドロシー四部作の設定をそのまま引き継いでおります。「魔法パニック♡」の3年後とお考えください。いつものように警告は全てさぼっておりますが、そもそも警告に値するような危うい描写は一切なく、本当に小学生にもお出しできる健全な内容となっておりますのでご安心ください。
小学校へ行こう!(1)
by JUNKMAN
宮殿の最上階のバルコニーに立ち、ピロポ国王陛下は広く豊かなリリパットの国土を眺めておられた。
国民はみな平和で豊かに暮らしている。
それもみな全てこのピロポ国王陛下の指導力と、その傍らに立つ腹心の部下プレル首相の手腕あってのものだ。
そんなわけで国民はこの上なく幸せに暮らしているんだからいいじゃないか、と思うのだけれど、そこで満足しないのが為政者というものである。今日も二人は額を寄せ合ってこの国の行く末に関わる重大な問題について協議していた。
教育問題である。
リリパットも、連邦を形成するパートナーであるブロブディンナグも、今や国際社会の一員だ。その経済は貿易や観光などもはや他国とのやり取りなしでは考えられない。
と、なれば、次代を担う若者には国際的センスが不可欠になる。
「・・・ところが、リリパット・ブロブディンナグ・ブレフスキュの三国とも伝統的な教育システムに縛られていて、きちんと国際人を育成できる状況にあるか甚だこころもとありませんでした。」
「うむ。確かに次代の国際人を育成するシステムの確立はわが国の急務だね。」
「はい」
「それで学制改革を断行したのか。」
「左様でございます。」
「効果はどうだい?」
「上々です。このリリパット国内における義務教育の就学率は100%に達しました。そこで外国語や地理歴史、政治経済の基本となる社会科などの教育に力を入れた結果、卒業生の国際情勢理解は飛躍的に改善したという調査結果が報告されております。」
「そうか、それは素晴らしい。それなら将来のわがリリパット国民は、誰もが立派な国際人となりうる素養を備えているはずだな。」
「仰せのとおりで」
「・・・そかしら?」
あれ?
ピロポ国王陛下とプレル首相の二人だけで会話していたと思ったら、誰か別の人物が割り込んできた。
誰だろう?
宮殿のバルコニーにこの二人以外の人物は見当たらないのだが・・・
「プレル、このリリパトの義務教育の就学率は、100%ではありませんよ。」
ピロポ国王陛下とプレル首相はバルコニーの上空を見上げる。そこにはちょっと困った顔をしたローラ王妃様のバストアップのお姿があった。
?
・・・
ここで視点をもう少し広く取って見よう。
さっきから記述しているように、ピロポ国王陛下とプレル首相は壮麗な宮殿の最上階のバルコニーに立っている。
ではその宮殿はどこに建っているかというと、どこにも建っていない。ローラ王妃様の胸の前に置かれた両掌の上にちょこんと載っているのである。
そう、リリパット王室名物「手のり宮殿」である。
そしてローラ王妃様が見晴らしの良い高台に立たれて、つーか、この国にローラ王妃様の身長より高い山なんて存在しないのだからどこに立たれても見晴らしは当たり前に良いのだが、で、そこから二人は遥かリリパットの国土を眺め渡していたのだった。
というわけでバルコニーの向こう側は確かに見渡す限りの眺望が広がるが、その反対方向を見返すと直近にローラ王妃様のバストがどっかーんである。ティーンエイジャーのころから美乳の誉れ高かったローラ王妃様であるが、人妻となられた今は更にお色気が暴力的にバージョンアップして、もう許しがたくもけしからんオーラがむんむんと炸裂しておられる。それが宮殿自体を軽く凌駕するサイズで背後からこれでもかとばかりに圧力をかけてくるのだから常人にはとても耐えられませんわな。
しかしこの2人はローラ王妃様との長い長い夜の戦闘歴を誇る強者なので、こんな環境でも平然と会話を続けることができるのだ。
・・・
さて、話をこの日の相談に戻そう。
「王妃様、お言葉ではございますが、ここリリパットに在住する就学年齢児は、一人の例外もなくみんな小学校に通っておりますよ。」
プレル首相が真上を見上げながら口を尖らす。ピロポ国王陛下も彼を弁護した。
「ローラ、こういう仕事でプレルに手抜かりはないはずだ。」
「いいえ・・・」
それでもローラ王妃は首を横に振る。
「残念ながら、100%には達していません。わたしは、学校に通てない子を、知てます。」
「学校に通っていない子?」
「そんな子がまだリリパットにいるのですか?」
「はい」
ローラ王妃様は俯き気味に、傍らをチラリと見た。
付き従うブロブディンナグ人女官たちがみな恭しくお辞儀する。
そのうちの一人を見つめながら、ローラ王妃は言葉を続けた。
「・・・学校に通てないのは、マーナです。」
*****
マーナちゃんは12歳になった。
リリパット王宮で働き始めてから早や6年。
ベテランであるともいえるが、それでも未だにこのリリパット王宮では最年少の女官だ。
とはいえ、ちょうど姉のデレラもそうであったように、幼女の頃とあまりかわらない童顔なのに身体だけは妙に大人っぽくなった。今や身長は大人のブロブディンナグ人と並んでも見劣りしない168ブロブディンナグ・センチメートルもあるし、細身だけれど出るところはしっかり出てきた。頭の中身だけ小生意気でも身体はまるで子供だったドロシーの12歳当時とは比べものにならないほどの成熟ぶりである。
でも12歳は12歳。
かつての古き良きブロブディンナグならともかく、近代国家を目指すリリパットでは小学校に通わなければならない年齢だ。
例外は認められない。
・・・
・・・
けれども、このリリパット島に就学年齢のブロブディンナグ人はマーナちゃん一人だ。その一人のためにどうやって学校教育を行えばよいのだろう?
現在リリパット滞在中のブロブディンナグ女官の中に教員免許を持っている者は一人もいない。
かといって、この限られた居住空間に新たにマーナちゃんのためのブロブディンナグ人教員を呼び寄せられる余裕はなかった。
・・・
・・・
「・・・というわけで、マーナ・ダシア・トゥヌガートさんには一般のリリパット人児童と一緒に王立リリパット第一小学校に通っていただくことになりました。」
貧相な風体の教育大臣は、メガネをかけ直しながら持参した資料を事務的に棒読みした。
ピロポ国王陛下とローラ王妃様は同時にずっこける。
「マ、マーナを、一般のリリパット人が通う小学校に通わせるのか?」
「はい、そうです。」
なんということだ。典型的な杓子定規の役人風対応ではないか。マーナちゃんの特殊事情をまるで考慮していない。
ピロポ国王陛下とローラ王妃様はお二人で揃って心配そうにプレル首相を見やるが、しかし当のプレル首相は平気の平左である。
不安を拭えず、ローラ王妃様がおずおずと訊ねた。
「・・・それって、ホントに問題ないですか?」
「そうですね・・・問題といえば保護者となる父兄の登録が必要なことくらいですが、それは国王陛下と王妃様が代行ということでよろしかったでしょうか?」
いやいや、問題って、そういうことを訊いたんじゃないんだけど、でもとりあえず保護者の代わりを務めることに異存はないので二人はこっくり頷いた。
そうしたら「それで問題は解決した」という扱いにされちゃって、あれよあれよという間にマーナちゃんの王立リリパット第一小学校6年1組への編入は本決まりになってしまったのである。
そんなバカな!
もちろんローラ王妃さまは心配でたまらない。
「・・・ねえ、本当にわかているのですか?マーナはブロブディンナグ人よ。リリパト人とは大きさが違うよ。」
「存じ上げております。」
「リリパト人と同じ学校ではきっと問題が起こるです。」
「ご安心ください。クラス担任の教師はわたしも良く知っている有能な男です。」
「でも、マーナはこの王宮でお勉強していた方が・・・」
ローラ王妃さまの心配そうなお言葉を聞いても教育大臣は全く動じない。相変わらず貧相な身体を少し猫背気味に折り曲げて、棒読みするように返答した。
「・・・王妃さま、お言葉ではございますが、学校は教科書で学習するための場所ではありません。」
「?」
「学校には、学校でなければ得られないものがございます。だからトゥヌガートさんも学校に通わなければなりません。リリパットの小学校は、必ずやトゥヌガートさんのために大切なものを与えてくれるはずです。わたくしは、この国の教育の責任者として、はっきりとお約束申し上げます。」
「!」
教育大臣は、見かけや口調の情けなさとは裏腹に、きっぱりと言ってのけた。
ピロポ国王陛下とローラ王妃さまがまだ今ひとつ不安を隠せない表情でいる傍らで、プレル首相だけがその姿を頼もしそうに眺めていた。
*****
明日から小学校に通うという晩
マーナちゃんはブロブディンナグ本国から届いた特注のランドセルに教科書やら筆記用具らを詰めたりして準備万端である。
正式に執事となっていたブレフスキュ人のナボコフは心配でたまらない。
「・・・よろしいですかマーナ様、もう一度確かめますよ。はい、学校に行って注意することは?」
もう100万回くらい繰り返されてうんざりしたけど、マーナちゃんは仕方なしに付き合った。
「はいはい、先生のいうことは聞く。お友達とは喧嘩をしない。給食は残さず食べる・・・」
「それだけですか?」
「あと・・・やたらに校舎や近くの建物を踏み潰さない。脱いだパンツや靴下はできるだけを校舎や近くの建物の上に置かない。先生やお友達を無闇にえっちなところに入れたり登らせたりして遊ばない。おしっこは可能なら学校のトイレを使わず王宮で済ませる。あと・・・なんだったっけ?」
「その『やたらに』『できるだけ』『無闇に』『可能なら』とかっていう副詞がとても気になるのですが、まあ大筋はそれで良いでしょう。ああ、そうそう、大声を出すのもダメですよ。ブロブディンナグ人の本気の大声は、リリパット人に対しては大量破壊兵器なみの威力なんですからね。」
「はいはいわかりました・・・で、話は変わるけど、この黄色い帽子はどうしても被らなきゃならないの?派手すぎて、お洋服とのコーディネートがイマイチなんだけど・・・」
「被らなければなりません。それが決まりだからです。」
「どうして?どうしてこんな目立つ帽子を被らなければならないの?」
「自動車に引かれたりしないためです。だから目立つ方がよいのです。」
「マーナがリリパットで車に引かれると思う?」
「・・・め、目立つ帽子を被らないと、マーナ様の頭に飛行機がぶつかるかもしれないじゃないですか!」
「そうかあ・・・じゃ、しようがないか。」
「はいはい、おしゃべりはこのくらいにして、明朝は早いですからもう寝ましょう。」
「はーい♡」
明日から学校に通える。
小さな小さなリリパット人の先生や児童しかいない小学校に、唯一の大巨人として君臨するんだ。
どんなことが起こるかな?
何でも思い通りになるんだろうな。
先生も他の児童は、みんなわたしの言うことをきくしかないんだろうな。
わくわくして、マーナちゃんはベッドに入った後もしばらく寝付くことができなかった。
*****
「今日、転校生が来るらしいよ。」
「へえ、新しいお友達が増えるのね。」
「男子かな?女子かな?」
「楽しみだね。」
始業前
ここ6年1組の教室では、児童たちがざわざわと新しい転校生の噂話をしていた。
キンコーン
チャイムと同時に担任の先生が入って来た。児童たちは慌ただしく席に着き、先生の姿に注目する。
その後ろには・・・誰も連れていない。
え?
失望した児童の一人が質問した。
「先生、今日は転校生が来るんじゃなかったんですか?」
「お、知ってたか?でも惜しいな。転校生じゃなくて編入生だ。」
最近ではもう経験しないものの、近代的学制が敷かれたばかりのここリリパットではつい最近までごく稀に初めて小学校に通い始める「編入生」を迎え入れることがあった。児童たちもよく理解していて、それ自体は驚くようなことでもない。
でも、この先生の返答は児童の失望を解消させるものでもなかった。
「・・・編入生って、連れてきてないじゃないですか。」
「一緒に連れては来なかったが、編入生は確かにいるぞ。」
担任の先生は窓の外を指差した。
「ほら、あの娘が今日からこの6年1組の新しいメンバーになるマーナ・ダシア・トゥヌガートさんだ。」
児童たちは一斉に窓の外を見た。
一人の女の子がにこにこ笑いながら手を振っていた。
そうか、編入生は女子だったのか。
しかもとびきり可愛い女の子。
おおおおおおおお
主に男子たちが歓声を上げた。
紅色のリボンをアクセントにした眩しい純白の半袖ブラウスの上にネイビーのサスペンダースカートを穿いて、やはり白とネイビーの縞模様のハイソックスにおしゃれな紅色のワンスストラップおでこ靴。ちょこんと被った黄色いポーラーハットのリボンと背中に背負ったランドセルもやはり紅色でしっかりコーディネートされている。
典型的な小学生のお嬢様スタイル
なんだけど
・・・
でも、なんだか違和感があるなあ
・・・
・・・
そうだ、わかったぞ。
ちょっと発育が良すぎるのだ。
かなり背が高いので、サスペンダースカートはすっかりミニスカートと化している。しかも確実に膝上20センチ以上はあるマイクロミニスカート状態だ。そこからにゅっと伸びている健康的な両脚は身体の半分以上の長さを占めている。
背が高い分、ランドセルは不自然に小さく見える。しかも背中からその窮屈なランドセルの肩ひもが締め上げるから胸の膨らみがパンパンに強調されちゃってる。
だからまるで大人が小学生のコスプレしているみたいなのだが、でもその顔だちは妙に幼く可愛らしくて、このクラスに入っても全然違和感ない、というか、平均よりあどけないくらいだ。
・・・
そうか、この身体つきの大人っぽさと顔つきの子供っぽさのアンバランスが違和感の理由だったのかな?
・・・
・・・
違う
違うよ
そんな問題じゃない
この編入生の全貌はこうやって細部までよくわかるけど、でも教室の中にいるわけじゃない。
教室の外、それもかなーり遠いところに立っているように見える。
だというのにこんなにはっきりと見える、ということは
・・・
・・・
「あ!」
誰かが叫んだ。
「わたし、あの子見たことある!」
言われてみんなも気がついた。
あの子は確かに見覚えがある。
というか、毎日このリリパットの都に一人でやって来ている。
バスツアーの巨大な外国人旅行客たちを、手のひらの上にまとめて何人も載せながら
・・・
・・・
「・・・今度の編入生って・・・あのブロブディンナグ人の女の子だったんだ!」
ざわめく児童たちを片手で制しながら、先生は窓の外に向かって手招きした。
「ではトゥヌガートさん、もうちょっと近くに来て。」
「はーい♡」
ブロブディンナグ人少女の編入生は、元気よく返事をすると学校に向かって歩き出した。
ずううん
ずううううううん
ずうううううううううううん
ずうううううううううううううううううううん
ずうううううううううううううううううううううううううううううううん
・・・
もの凄い地響きを立てながら編入生の女子が近づいてくる。
生徒たちは机にかじりついて激しい揺れに耐えた。
やがて窓から見える視界一面が編入生の紅色のストラップシューズで埋め尽くされ、揺れが止まった。
・・・
次の瞬間
・・・
今度は強烈なGが校舎全体を襲った。
*****
みんな、驚いているんだろうな。
普通に可愛い転校生がやってくると思ってたら、実はこんなに超巨大だったんだからね。
一緒に教室の中で勉強するどころか、校舎自体を片手で掴みあげちゃったんだよ。
ほーら、どんな気分?
みんなはいま学校ごと一人の女の子の手に握られているの。
へへへ、わたし、すごいでしょ?
怖い?
うふふ
大丈夫
いま降ろしてあげるから
・・・
地面にじゃあないけどね。
*****
突き上げるような激しいGが一段落し、校舎は平穏を取り戻した。
でも、教室から見える景色が一変している。
今までの街中のごちゃごちゃした風景ではない。
都はおろか、広い平野の全体から遠く海岸部まで見通せる。
王立リリパット第一小学校の建っていた周囲に、こんな見渡しのいいところってあったっけ?
事の成り行きがわからずぽかんとしている6年1組の児童たちに向かって、担任の先生は平然と指示した。
「・・・というわけで、今日からうちのクラスは屋上で授業することになった。みんな早く移動しなさい。」
*****
「うわあ♡」
屋上に登ってみたら、状況が初めて把握できた。
ここは高い高い、そして広い台地の上。都のどんな建物よりも、いやそれどころか周囲の丘よりも遥かに高い高原だ。眺めが良いはずである。
そして広さもざっと1リリパット・キロメートル×1.5リリパット・キロメートルほどある。
校舎はその真ん中にポツンと建っていた。
・・・
こんな地形見たことない。
でも児童たちはすぐその状況を理解した。
「・・・みんな、気が付いたかと思うが、ここは編入生のトゥヌガートさんの机の上だ。トゥヌガートさんはブロブディンナグ出身なので身体がとても大きい。とても校舎に入ってもらうわけにはいかないので、逆に校舎をトゥヌガートさんの机の上に置いてもらうことにした。」
「先生!この机、今までどこにあったんですか?」
「どこにって、今朝からここに置いてあったぞ。」
「ええ?こんなに大きいのに、どうして気がつかなかったんだろう?」
「それはお前たちの注意力が散漫だったからだろうな。」
「そうですかあ?」
「細かいことは気にするな。で、この6年1組の授業もこれからはこの机の上に置かれた校舎の、その屋上で行うことになった。トゥヌガートさんはとても視力や聴力がいいので、わたしたちと普通に会話はできるし、黒板の文字も読めるということだ。」
「すっごーい!」
「みんな仲良くするように。クラスに慣れていないからといって、トゥヌガートさんを虐めたりしちゃダメだぞ。」
「はああああい!」
6年1組の児童たちは元気よく返事する。
釣られて薄笑いしながらペコリと頭を下げたけど、マーナちゃんには違和感ありありだった。
・・・
どうして怖がらないの?
・・・
・・・
だって、みんなの学校は、わたしの机の上に玩具みたいにちょこんと置かれちゃったのよ。
その気になれば、わたしは片手でこの学校をぐしゃりと握り潰すことだってできるのよ。
あんたたちなんて
あんたたちなんて
・・・
アリンコより小さい惨めなこびとじゃないの!
*****
お昼休み
6年1組のクラスメートたちは校舎の屋上で楽しい給食タイム。
配膳をしながら、給食係の女子が上空から覗き込むマーナちゃんに向かって心配そうに訊ねた。
「・・・えーと、トゥヌガートさんの分はどこに配ればいいの?」
「あ、大丈夫。」
マーナちゃんは校舎の横を指差した。
「わたしの分はもうあそこに用意されてるから。」
クラスメートたちは一斉にマーナちゃんの指差す彼方を見る。そこには校舎なんかとは比べものにならない巨大なサイズの直方体建造物が鎮座していた。
みんなから促されてマーナちゃんはその巨大直方体建造物の「蓋」をとって中身を取り出す
直径が6ブロブディンナグ・センチメートルくらいの小さなロールパンが出てきた。
でもそれは同時に直径150リリパット・メートルもあるのだから、並べてみれば校舎とほぼ同じ大きさだ。
うふふ
この小さなパンって、リリパット人たちにしてみたらびっくりするほどの大きさなんでしょ?
じゃ、驚かせてやれ。
マーナちゃんはクラスメートたちの上空で口をあーんと大きく開けて、巨大なロールパンをその口の中にぽいと放り込むと、これ見よがしに一口で食べて見せた。
ほむほむほむ
ごっくん
・・・
・・・
へへへ
驚いてる驚いてる
あの給食係の女の子なんか涙目になってる。
そりゃそうよねえ、あなたたちリリパット人にしてみたら建物みたいに大きなパンを、このわたしは一口でぱくりなんだから。その気になればこの学校だって簡単に丸呑みできちゃうってことよ。
えっへん
どう?
とてもかなわない、って思ったでしょ?
もう降参するしかない、って思ったでしょ?
・・・
・・・
ところが、給食係の女の子が涙目になった理由はそうではなかった。
「・・・トゥヌガートさん、ごめんなさい」
「え?」
給食係の女の子は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。
「・・・ごめんなさい。今日のおかずはカレーなの。みんなの大好物なんだけど、量がこれだけしかないからトゥヌガートさんには足りないだろうし、それに、たとえ足りたとしても、主食がパンだと・・・カレーには合わないわよね・・・」
給食係の女の子はべそをかきはじめた。
「ひっく、ひっく、ひっく・・・わたしのせいだわ。先月の献立会議の時に何も意見を言わなかったわたしのせいだわ。トゥ、トゥ、トゥヌガートさんが可哀想・・・うわああああああああん!」
いや、どう考えてもこの子のせいではないと思われるのだが、責任感が強い給食係の女の子はついにその場に泣き崩れてしまった。
「うわああああああああああん」
「・・・あ、あ、あ、そんなことないから、気にしないで」
マーナちゃんが狼狽しているうちに、クラスメートたちが素早く駆け寄って給食係の女の子を慰めはじめた。給食係の女の子は促されてようやく立ち上がると、自分の席に戻ってべそをかきながら問題のカレーライスを食べ始めた。
・・・
・・・
どういうこと?
どうして自分のことをまず考えないの?
・・・
自分が中心じゃなくて
くだらない他人のことを気遣っている
しかもごくごく自然に
・・・
どうして?
・・・
・・・
マーナちゃんは神妙な面持ちでロールパンをこくりと呑み込んだ。
*****
お昼を食べ終わると、クラスメートのリリパット人女子たちは、あっという間にマーナちゃんと打ち解けていった。
「ねえねえ」
「なあに?」
「これからは『トゥヌガートさん』じゃなくて『マーナちゃん』って呼んでもいい?」
「え?」
「ねえ、『マーナちゃん』って呼ばせてよ。」
「そうそう、わたしたちクラスメートなんだから、堅苦しいのはよくないわ!」
「ありがとう。じゃ、そう呼んで。」
みんな屈託ないなあ。
わたしの身体の大きさに気圧されて卑屈な態度をとってる大人たちとは全然違うなあ。
ちょっと今まで味わったことのない気分
・・・
・・・
「それにしてもマーナちゃんって、ホントにおっきいよね!」
「ねえねえ、身長どのくらいあるの?」
「えーとね、いま168ブロブディンナグ・センチくらいかなあ・・・」
「168ブロブディンナグ・センチ?」
「168リリパット・センチだって、このクラスの女子の中ならいちばんなのに。」
「168ブロブディンナグ・センチなら・・・4200リリパット・メートルってこと?」
「すっごーい!このリリパット島のどんな山よりも高いのね!」
「うふふ、この2年間は1年に12ブロブディンナグ・センチずつ伸びてるの♡」
「え?じゃあ、2年間で600リリパット・メートルも伸びたの?」
「うん、成長期だからね。」
「すっごーい!すごすぎる!」
「ねえねえ、やっぱ身体が大きいといいことある?」
「うん、まあね。見晴らしはいいし、山とか川とか普通に跨ぎこせるし。」
「困ることは?」
「そうねえ、気が付かないうちに誰かのお家を踏みつぶしちゃった時は、申し訳ないなあ、って思うこともあるわ・・・」
「あははは」
「この前は『リリパット防衛軍の演習のお手伝いをしろ』って国王陛下がおっしゃるので行ってきたの。流石に訓練された兵隊さんたちはみんな素早く動くのね。翻弄されちゃって、危うく全軍まとめて踏み潰してしまうところだったわ。」
「え?リリパット軍を踏みつぶしちゃったの?」
「大丈夫。戦車だけよ。兵隊さんはプロだから、ちゃんと逃げてくれたみたい。」
「あはは、面白—い!」
「マーナちゃんって、ドジっ娘さんなのね♡」
「きゃはははははは」
「・・・」
無邪気に笑い転げるクラスメートたちを見て、マーナちゃんはふと黙りこくってしまった。
・・・
「翻弄されちゃって、危うく全軍まとめて踏み潰してしまうところだった」なんて、実はウソ。
本当は、大人の軍隊に自分の力を見せつけたくて、わざと踏みつぶしてみせたのだ。
プロの兵隊さんたちが束になって攻めてきても全然かなわないくらいにわたしは超巨大。
それを思い知らせてやりたくて、わざとらしく、ゆっくり、みんなに逃げる時間を与えながら、余裕綽々に踏みつぶしてみせたのだ。
だって、すっごく優越感味わえるし。
血相変えて足下を逃げて行く大人たちを見るのは楽しかったし。
やっとこ逃げ出した大人たちが、わたしを見上げてへらへらおべっか使うのは情けなくていい気味だったし
そうやって「自分の方が上なんだ」と再確認するのが嬉しかったし
・・・
・・・
でも、このクラスメートのみんなは違う。
わたしを怖がる訳でもないし、避ける訳でもないし、疑いもしない。
上とか下とか、優れているとか劣っているとかじゃなく、同一平面上ですんなり受け止めてくれる。
だからわたしも自分を特別に見せる必要がない。
これが
・・・
クラスメート?
・・・
・・・
まさか
そんなはずはないわ
マーナちゃんは率直に訊ねてみることにした。
「ねえ、みんな・・・ちょっと訊いてもいい?」
「なあに?」
「・・・わたし、こんなに身体が大きいじゃない。」
「うん。」
「怖くは・・・ないの?」
「え?」
クラスメートたちは虚をつかれてぽかんと口を開けた。マーナちゃんはたたみ掛ける。
「ねえ、怖いでしょ?ホントは怖いんでしょ?だって、わたしこんなに大きいんだよ。ほら・・・」
マーナちゃんは椅子を引くと、その場ですっくと立ち上がってみせた。
座ったままでもあんなに巨大だったマーナちゃんの姿が、更にもう一回り大きくなった。
賑やかなクラスメートたちも息をのむ。
いま、この校舎は巨大な机の上に置かれている。この机はリリパット人たちにとって巨大すぎて家具どころか高層建築のイメージすらも超越しており、ギアナ高原みたいなテーブルマウンテンも同然の存在感だった。
ところが、マーナちゃんが立ち上がると、膝小僧がその巨大机の上にぬっと姿を現したのだ。
身長168ブロブディンナグ・センチメートルと大人にも遜色ない体格に育ったマーナちゃんにとって、ブロブディンナグの小学生用の机と椅子はもはや窮屈になっていた。リリパット人たちにしてみれば人智を超えた大自然レベルの巨大机が、マーナちゃんにしてみれば膝下にも収まる程度の小人サイズなのだ。
マーナちゃんは立ち上がると、両手を腰に当て、ちょっと腰だけ前に屈めて、机の上にちょこんと置かれた校舎の上に覆いかぶさるような姿勢で真下を見おろした。巨人慣れしたマーナちゃんがリリパット人たちに自分の身体の大きさを見せつけるときの定番ポーズだ。「山とか川とか普通に跨ぎこせるし」と、さっき自ら発した言葉を裏付けるデモンストレーションだった。
「・・・どう? わたしはみんななんかまとめて一歩で踏み潰しちゃえるくらいの大巨人よ。怖いでしょ?」
「怖くないよ」
女の子の一人があっけらかんと答えた。
まわりの子供たちも当然のように頷いている。
マーナちゃんは納得できない。
「怖くないって・・・どうして?みんな、踏み潰されたらどうするの?」
「そんなことしないでしょ?」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「だって・・・クラスメートだから。」
「うん、クラスメートにそんな酷いことするわけないし。」
「そうよねえ」
「!」
マーナちゃんは言葉を失った。
この子たちは「クラスメートだから」っていうよくわからない理屈で、わたしのことを全面的に信頼しているんだ。
本当に、恐れも、疑いも、避けもしないんだ。
・・・
・・・
どうしてなの?
だってわたしたちこんなに違うのに
こんなに違うから、どっちの方が優っているかをはっきりさせなきゃいけないのに
はっきりと優っている者に、はっきりと劣っている者は従わなきゃならないのに
どうしてそんな大切なことを忘れてしまっているの?
・・・
・・・
こんなの変!
絶対に変!
・・・
だけど
・・・
居心地はいい
・・・
・・・
なんだかまるで安心した気持ち
背伸びせずそのままでいればいいから
普通にみんなといればいいから
お互いを信じていればいいから
・・・
こんな居心地のいい場所
はじめて見つけたなあ
・・・
・・・
・・・
マーナちゃんが突っ立った姿勢のままうっとり夢見心地になっていると、一人のちょっとカッコイイ男子が空々しく呟いた。
「・・・いまどき水玉模様かよ」
「?」
女子たちがさっと顔色を変える。
マーナちゃんにはなんのことかわからない。
当の男子はやれやれという表情でマーナちゃんのスカートの下を指さした。
「トゥヌガート、パンツが丸見えだぞ!」
マーナちゃんは慌てて両手で股間を隠すと、見る見る顔を紅潮させ、椅子に腰を下ろし、俯いて黙りこくった。
クラスメートの女子たちが一斉にこの男子を取り囲んで抗議する。
「ねえ、ちょっと、女の子に対してデリカシーないんじゃない?」
「だってトゥヌガートのパンツが丸見えなのは事実だろ?」
「仕方ないじゃない。マーナちゃんはあんなに大きいんだから。」
「それにしても水玉模様だぞ。他にあんな派手なパンツを穿いてるやつはいるのか?」
「そういう問題じゃないでしょ!」
キンコーン
そこでチャイムがなった。
クラスメートたちの言い争いも一時休戦。
担任の先生が現れると、真っ赤になって俯いているマーナちゃんをそのままに、みんなあたふたと座席に戻った。
*****
「・・・ただいまあ」
夕方、マーナちゃんは王宮内の自室に帰宅した。
執事のナボコフが鏡台の前に現れて出迎える。
「おかえりなさいませ。」
「うん」
「学校は、如何でございましたか?」
「・・・ん、うん・・・楽しかったよ」
それはウソではなかった。
いや、予想していたよりもとても楽しかったのは事実だ。
ただ
・・・
・・・
妙に心に引っ掛かる出来事もあった。
・・・
・・・
「それはようございました。明日の準備ももう整ってございます。」
「そう、ありが・・・」
無造作に言いかけながら、マーナちゃんは急に真剣な表情になった。
「ナボコフ、み、水玉はダメよ!」
「はあ?」
「もう、ぜーったいに学校には水玉模様のパンツを穿いていかないから!!!」
マーナちゃんは頬っぺたを膨らませて言い切った。
小学校へ行こう!・つづく