Giantess cityあたりでは、最近minussさんという方がやはりリリパット人とブロブディンナグ人の共存する世界を描いてなかなか良い感じです。この世界観はやっぱりありみたいですね。というわけで、以前に完結したローラ王女さまのお話の続編ということだけではなく、こんな物語を書いてみました。minussさんの描く世界とシンクロしていると考えていただいてもJUNKMANは結構です。なお、この世界の中ではリリパット/ブレフスキュ人:日本人など一般人:ブロブディンナグ人のサイズ比率が1:50:2500であるとさせていただいております。それぞれの国で用いられている度量単位は
長さ: 25リリパット・メートル=50センチメートル=1ブロブディンナグ・センチメートル
重さ: 15625リリパット・トン=125キログラム=1ブロブディンナグ・グラム
という関係になっています。文中でもわかりやすいよう何回もしつこく換算しておりますがご参考まで。

わたしのほしかったもの
by JUNKMAN

序章 それぞれのはじまり

 サトミはもう10年もこの船に乗っている。いつの間にか、人生の半分以上をこの船の上で過ごしていた。
 この船で暮らすことになる前、サトミには両親がいた。家は裕福だった。父親は交易関係の仕事をしていた。その関係で、サトミとその両親の3人家族は各国を転々と行き交う生活をしていた。愛に溢れた、幸せな家庭だった。
 サトミが7歳になったある日、サトミの家族は帰国することになった。サトミの未だ見ぬ故国、日本である。
 サトミと家族との思い出はここで終了する。
 サトミの家族が乗っていた船は海賊船に襲われた。父と母がその後どうなってしまったのかわからない。わかることは、それからずっとサトミが暮らしているこの船がその海賊船であるという事実だけだ。
 この船の中でサトミは飯炊き女として働かされている。他に女手はない。それなりに貴重な仕事だ。朝から晩まで船内で働き続ける。その間、男たちは他の船を襲う。もちろん、戦利品の女たちは慰みものにされる。ところが、そんな荒くれ男たちも、年頃になり妙に胸も膨らんだりして女性の魅力が現れ始めたはずのサトミには、なぜか手を出さなかった。
 サトミは淡々と生きていた。夢も、希望も、欲望もない。あるがままに生きるしかない。こうあるのが運命だったのだ。海賊、という彼らの仕事すら、今は許容できる。
 そんなサトミにも未だに許容できないことがある。彼らが無抵抗な相手を殺害することだ。積荷の全てを奪い取っても、乗務員に手を出してはならない。「弱いもの虐めはいけない」のだ。サトミはいつも身ぐるみ剥いですっからかんにした乗務員たちを、最低限の食料を与えたうえで元の船に乗せて解放することを強硬に主張する。あまりにもサトミの主張が激しいので、このごろはそれがこの海賊船のいつものパターンと化してしまった。サトミ自身は気づいていないが、それが幼い心に刻み付けられたトラウマの現れであった。

*****

「びっくりしたよ。その島に住んでる連中はさ、みんな小指くらいに小っちゃな小人なんだぜ。」
近くの島に水を汲みに行って来た水夫が興奮した声でまくしたてている。
「何いってるんだこいつ?」
「暑くていかれちまったか?」
「いや、ホントだよ。ホントだったんだよ!」
「わけねえだろ」
「ホントだって!」
「やれやれ」
「・・・いや、本当かもな」
さっきから黙りこくっていた船長が、髭を撫でながらぽつりと口を挟んだ。
「本当に、それは小人の島かもしれん。」
「そんなあ!」
「船長、そんな島が本当にあるとでもいうのですか?」
「ある。」
船長は確信を持って頷いた。
「ブレフスキュ島だ。」
「あ!」
水夫たちもそういう島が存在することはマスコミ報道等で把握していた。ただ、その位置については安全保障上の問題からトップシークレットであり、もちろん彼らの海図にも載せられてはいなかったのである。
「ブレフスキュ島か。」
「こんなところにあったとは・・・」
「しめた!」
そのうちの一人が手を打った。
「小人の島なんて、略奪し放題ですよね。」
「ほとんど無抵抗でしょ。」
「じゃ、お宝ごっそり奪い取ってきましょう。」
そうだ!そうだ!そうだ!そうだ!水夫たちは浮かれ始めた。
「待て!」
そこで船長が勇み立つ水夫たちを制した。
「その小人の島がブレフスキュ島なら問題ない。だが、同じ小人の島でもリリパット島ならたいへんなことになる。」
「どうしてですか、船長?」
「リリパット島にはブロブディンナグ人も居住しているのだ。」
それも水夫たちは朧げに聞き及んでいた。巨大なブロブディンナグ人のお姫様が、わざわざ小人の島にお輿入れになったとのこと。それがリリパット島だ。おそらく、お姫様だけではなくその使用人を含めて何人ものブロブディンナグ人がリリパット島には居住しているに違いない。
「もしブロブディンナグ人に見つかったりしたら、逆に俺たちの方が摘まみ上げられたり踏みつぶされたりしてしまうぞ。」
「ひえええ、そりゃたいへんだ。」
「船長、逃げましょう。」
「だから慌てるな!」
船長は一喝した。
「ブレフスキュ島ならそんな心配はない。ゆっくり調査して、ブレフスキュ島であること、リリパット島ではないことをきちんと確認するんだ。島を襲うのはそれからでも遅くない。」
「へい!」

*****

「あいてててて!」
「ほらほら、じっとしていてください。いま、治療の真っ最中なんですから。」
ブレフスキュ国家警察の若き警察官であるコップルは満身創痍の状態で警察病院に担ぎ込まれていた。彼は外国人不法侵入者の取り締まりにあたっていた。しかし、先週現れた侵入者はいつものリリパット人盗賊たちではない。巨大な海賊だった。同僚たちはみなその巨大な姿を見て逃げ出してしまった。そんな中、コップルはただ一人踏みとどまって巨人と敢然と戦ったのだが、食い止めることなどできるはずもなく、虚しく傷を負うばかりであった。勇敢、ともいえるかもしれないが、明らかに無謀であった。
「はい、じゃ次はここを消毒しますよ。」
「・・・ん、あいた!痛いよ、痛い!」
「静かに!」
「あたた!でも痛いったら痛い!」
「だからじっとして!」
「たいへんだ!!」
そこに飛び込んできたのは別の若い警察官である。
「ま、また巨人が現れた!」
「なに?」
情けない声を上げていたコップルがやおら厳しい表情で向き直った。
「どこに現れたんだ?」
「西部海岸だよ。しかも今度は大勢だ。もう上陸して海辺でやりたい放題だ。」
「西海岸か・・・近いな。で、警察隊は?」
「もう向かっている。」
「・・・」
コップルは少し考え込むと、やおら包帯を振りほどいて立ち上がった。
「な、何をするんだ?」
「決まってるさ。西部海岸に行くんだ。」
「無茶だ!歯が立たないよ。それにあんたは先週大けがをして担ぎ込まれたばかりだ。まだ全身傷だらけなんだぞ。」
「でも仕方ない。本官はブレフスキュの治安が脅かされているのを黙って見ていられないのだ!」
「おい待て、待てよ!!」
追いすがる警察病院医師の手を振り払い、コップルは駆け出した。

*****

ざばああああああああああああ
ずしん、ずしん、ずしん
沖合に停泊した海賊船から漕ぎ出した小舟に乗って、荒くれ男たちが次々と西部海岸に上陸してきた。巨大な海賊たちは、にやにや笑いながら海岸の丘陵に広がる牧草地へと踏み進んだ。
「おお、こりゃ面白いなあ。」
「まずはこいつらからいただくか・・・」
海賊たちはずしんずしんと地響きを立てて牧場を歩きながら、放牧中の牛や羊を片っ端からつまみあげて腰にぶら下げた袋の中に放り込んだ。
「珍しいミニチュアサイズの家畜たちだ。ペットとして高く売れるぞ。」
「面倒だな、ここはひとつこの畜舎ごといただいていくか」
「うへへ、俺達って無敵の巨人だな。」
「うはははははは、そりゃあいいや!」
男たちの後についてサトミも島に上陸していた。本当に久しぶりの陸地だ。日頃はサトミがこのような略奪行為に加わることはない。女子供は戦闘の足手まといなので、船室の奥で彼らの帰りを待っている。だが、今日は特別だ。なにしろ相手は小指よりも小さな小人たち。サトミでも簡単に圧倒できる。ならば一緒についてきて、奪ったお宝を運び出す手伝いをしてもらおう。そんなわけで、気が進まなかったのは事実だが、サトミも言われるがままに大きな麻袋を担いでブレフスキュ島にやってきたのだ。
「よーし、じゃミニチュア動物はこのくらいにしておくか。」
「次はもっと金目のものがほしいな。」
「それじゃあもっと賑やかな町を襲おうぜ。」
「お、待ってました!」
巨大海賊たちがにやにや笑いながら内陸部へと足を進めようとすると、異常事態の通報を受けたブレフスキュ人警官たちが駆けつけた。
「こら!窃盗行為はやめろ!やめないと撃つぞ!」
警官たちは巨人たちの足元から上に向かって銃を構える。それでも巨大海賊たちは意にも介しない。
「あらら、足元でちっこい連中が何か囀ってますぜ。」
「うーん、ま、俺たちは平和を愛してるからな、事を荒立てるのは好きじゃないな・・・」
「どわははははは、そりゃあいいや、船長!」
巨大海賊たちは足元の警官たちなどお構いなしに内陸部へ歩き出した。このまま連中が都市に到達したらたいへんなことになるだろう。止むをえず警官たちは銃撃を開始した。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
残念ながらこの程度の火力では巨大海賊たちにダメージを与えることなどできない。だというのに、発砲したことには気づかれてしまった。
「ありゃ、船長、こいつら撃ってきましたぜ」
「ふーむ、俺さまは平和を愛するんだけどなあ・・・でも、降りかかった火の粉は、払わなきゃならないよなあ・・・」
巨大海賊の船長が足元の警官たちに向かって足をふりあげる。
「おらああ、ちびども、踏み潰してやるぞ!」
「うわああああ」
踏みつぶされては大変だ。警官たちは銃撃をやめて逃げ出した。
「あはははは、逃げていきやがった。」
「気分いいですね、船長!」
「俺たちに逆らうとどんな目に合うか、一人くらい見せしめに踏み潰してみたかったんだけどな」
「どはははははは」
「あは・・・あれ?」
「どうした?」
野卑に笑い転げていた水夫たちの一人が、ふいに船長の足元を指さして首をかしげた。
「一匹だけ逃げずに残ってる小人がいますぜ。」
「なに?」
船長は足元を見降ろした。たしかに、警察官の服装をした小人が一人、逃げもせずその場に立ちはだかっている。
「おうおうおう、小さすぎて気が付かなかったぜ。どうしたんだ、ちび?腰が抜けて動けなくなったか?」

*****

 やはり巨人たちにはまるで歯が立たない。仲間たちはみんな逃げ出していった。だが、コップルは一人その場に残って戦い続けていた。当たり前だ。ここで逃げ出してしまうくらいなら、わざわざ病院を抜け出してきたりはしない。
「こらあ、犯罪行為はやめろ!やめないと撃つぞ!」
どうやら海賊団の船長と思われる男の足元で、コップルは声を張り上げた。男はにやにや笑いながら屈みこむと、コップルを右手の親指と人差し指でひょいと摘みあげた。
「こ、こらあ!何をする?」
巨大な海賊船長はにやつきながらコップルを目の前にぶら下げ、じたばたと動くその姿をしげしげと観察し始めた。コップルの警告を聞く気などはまるでなさそうである。明らかな公務執行妨害だ。
「・・・やむをえないな」
コップルはぶら下げられた至近距離から、船長の鼻に向かって拳銃を発射した。

*****

パーン!
「痛た!」
船長は急に摘みあげていた小人を取り落すと、両手で鼻を抑えた・
「どうしたんですか、船長?」
「どうしたもこうしたも・・・」
船長は手下たちに自分の鼻の頭を見せる。一筋の血がたらりと垂れていた。
「こいつ、拳銃を発射しやがった。」
船長は足元に取り落されて動けなくなっている小人の姿を顎で示した。
「生意気な小人だ。生かしちゃおけねえな。」
船長は小人を憎々しげに睨み付けると、やおら足を振り上げた。
「やめて!」
そのとき、男たちの背中越しにその様子を伺っていたサトミが飛び出してきた。
「やめて!その人を踏むのをやめて!」
「なんだサトミか、どうしたんだ血相を変えて?」
「だからやめて!その人を踏んだら、その人は本当に死んじゃうわ!」
船長はまだ片足を振り上げたままの姿勢で今度はサトミを睨み付けた。
「でもこの小人野郎は俺様の鼻に向かって至近距離から拳銃を撃ちこんできたんだぜ。」
「だからといってこんな小さい人を踏みつけちゃいけないわ!弱いものイジメはいけないのよ!!」
船長は周囲の男たちの様子を伺った。みんなうんざりした表情で首を横に振っている。船長の肚は決まった。
「サトミ・・・お前はいつもそうだ。だがな、海賊ってのは時に非情にならなきゃならないんだ。変に情けをかけて相手に舐められると、いつか手痛いしっぺ返しを食うことになる。」
周囲の男たちは一斉に頷いた。
「だからな、こんな風に俺たちに逆らったやつは、見せしめのためにも殺しておかなきゃならないんだよ。」
「やめて!」
サトミは船長の足元に倒れこんで、ぐったりした小人の上に全身で覆いかぶさる。
「サトミ、どけ!」
「どかない!私はどかない!」
「そうか、どかないならこうだ!」
ガツン!
船長は小人の上に覆いかぶさって丸めたサトミの背中を思い切り蹴り飛ばした。
「きゃあ!」
「痛いか?痛ければどけ!」
「・・・どかない!」
「ならばこうだ!」
ガツン!
船長はサトミの背中を思い切り蹴り続ける。サトミはその痛さで意識が飛んでしまいそうになりながらも、小人が潰されてしまわないよう必死に脇を締めて耐え続けた。
「どけ!そこをどけ!」
ガツン!
「・・・」
「どけ!」
ガツン!
「・・・」
この繰り返しがいつまでも、いつまでも、いつまでも続くかと思われたころ、周囲を取り巻いて様子を見ていた水夫の一人がふいに素っ頓狂な声を上げた。
「あ・・・あ・・・あああああああ!!!」
男たちは一斉にその指さす方向を見る。
「うわあああああああ」
「うわあああああああ」
「逃げろおおおお!」
みんな急に顔色を変えて渚の小舟に走り寄り、必死の形相で沖合の海賊船に漕ぎ出した。
後に残されたのはサトミ一人である。もう、蹴りつけられることはない。安心したとたんにサトミの意識は遠のいた。
午後の太陽にぎらぎらと照りつけられながら、サトミはうつぶせに倒れこんでいた。ややあって、その姿が、ふいに日差しから遮られた。

*****

話は3日前に遡る。
ここは太平洋に浮かぶ南海の楽園、リリパット島。
 そこに広がる光景は、ブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュ連邦という極端に体格の異なる2つの民族で構成される国家の姿を象徴している。
 島の平野部には、旧リリパット国の住人たちが住んでいる。肥沃な田園地帯に恵まれ、都市部の賑わいもなかなかのものである。一方、内陸部にはブロブディンナグからお輿入れされたローラ妃殿下のお住まいになる王宮がある。ここには妃殿下のみならずそのお付きのブロブディンナグ人が何人も住んでいる。このようにリリパット島内では旧リリパット人とブロブディンナグ人が一応住み分けられているが、そこは小さな島ということで折りに触れ交流がないわけでもない。そもそもローラ妃殿下の王宮にはピロポ国王陛下はじめ大勢のリリパット/ブレフスキュ人も暮らしているのである。
しかしながら、このようにブロブディンナグ人とリリパット/ブレフスキュ人の居住空間が隣接しているのは連邦内でもリリパット島だけである。ブロブディンナグ半島にリリパット/ブレフスキュ人が定住することは難しい。小動物や鳥、虫などに襲われる危険が高いからである。一方、リリパット島から航路で約2時間の距離にあるブレフスキュ島には逆にブロブディンナグ人の立ち入りが基本的に禁止されている。彼らを迎え入れるインフラが整っていないからである。
さて、ローラ王妃のお輿入れ先はブレフスキュ王室から独立してリリパットに新たに興された王室である。一方、これとは別にブロブディンナグ半島にはブロブディンナグ王室が、ブレフスキュ島にはブレフスキュ王室がそれぞれ残されていた。こうしてブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュ連邦には3つの王家が鼎立する体制が出来上がった。そしてその中でローラ王妃のお輿入れ先である新リリパット王室は、多民族による連邦国家統合の象徴たる実質的な上位王室であると認められていたのである。
ただ、ここで問題が起こった。ブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュ連邦が国際社会にデビューしたことによって、それぞれの国の存在が世界中に認知されることになった。そうなると外国から犯罪者たちが密航してくる可能性が生じる。とはいえ、ブロブディンナグ半島で悪事を働こうなどと考える命知らずはいない。リリパット島にもブロブディンナグ人が居住しているのでなかなか近づくことはできまい。危惧されたのはブレフスキュ島の治安維持である。小人しか住んでいないブレフスキュ島の警察力には限界がある。位置を公表しないという姑息的な対策はいつか破綻するだろう。
そしてこの危惧は、海賊の襲来という形で現実化してしまったのである。

*****

「・・・警察力の強化が必要ようですね。」
うんざりしながらローラ王妃がつぶやいた。
「はい。しかし、いくら火力を強化しても、このままでは近いうちに我が国の警察官に犠牲者が出るでしょう。」
海賊らしき男がブレフスキュ島の海岸に現れたことを受け、ブレフスキュ国内務大臣のポッチスと警察庁長官のタクラムはリリパット島内を急ぎ訪問していた。近日中に本格的な海賊の襲撃があると予測したからである。
「友邦の日本に警察官の派遣を依頼してみたらどうだい?」
リリパット国王ピロポ陛下の提案にタクラム警察庁長官が首を振る。
「それでは独立国家として失格です。我々に自治能力がないことを世界中に曝け出してしまうことになります。」
「ふーむ、困ったね。」
腕を組んで考え込むピロポ国王にタクラム警察庁長官が提案した。
「どうでしょう、ブロブディンナグ人をどなたか一人、ブレフスキュ島に派遣してはいただけませんか?」
「何をいうか!」
ポッチス内務大臣が気色ばんだ。
「ブレフスキュ島にはブロブディンナグ人が生活できるようなインフラの基盤はない。」
「いや、一人くらいならなんとかなるでしょう。」
「そもそもそんなことをわがブレフスキュ国王陛下はお認めになっておらん。」
「でもそのくらいしか問題を解決する方法は思いつきません。」
「とはいうが・・・」
「まあまあまあ」
言い争うポッチスとタクラムの2人のブレフスキュ人をローラ王妃が軽く小指で制した。
「ブレフスキュの方々がこんなところで言い争いをするはおかしです。」
「・・・申し訳ありません」
2人のブレフスキュ人高官は我に返ってローラ王妃の面前に深々とお辞儀をした。
「しかしタクラムの言うことも確かにその通りだな。」
ピロポ国王はまだ腕組みをしたままである。
「ただ、リリパット島に在住しているブロブディンナグ人の数も多くはないのだよ。しかも彼らはみんなリリパット島内に仕事を持っているし・・・」
「わたしなら行けますよ!」
金髪を肩甲骨の下までなびかせたブロブディンナグ人の少女が、翠色の瞳をくるくる輝かせながら会話に割り込んできた。リリパット王宮付きの女官の中では最年少12歳のドロシーである。確かに現在、この王宮の中でドロシーにしか勤まらない仕事があるわけでもない。むしろ暇をもてあましているというのが実情だ。
「だからブレフスキュに行っても迷惑にはならないと・・・」
「ドロシー、君はまだ子供だ。小さすぎる。危険な仕事は任せられないよ。」
ピロポ国王は頭を振った。ドロシーは露骨に不満そうだ。
「陛下、わたしって、そんなに小さいですか?」
「!」
ピロポ国王はローラ王妃の執務室のテーブルの上に載せられた一辺が25リリパット・メートルほどの正方形をした国王執務室にいる。ブロブディンナグ出身のローラ王妃などとも会話しなければならないので、この国王執務室に天井はない。この広い国王執務室にピロポ国王がポッチス、タクラムの2人のブレフスキュ人来客を迎えても、まだガランとしてスペースを持て余している印象である。ところがこの一辺25リリパット・メートルという部屋のサイズは1辺が1ブロブディナング・センチメートルの正方形に相当するので、ブロブディナング人の子供であるドロシーにとってはキャラメル1個くらいの大きさだ。ドロシーはしゃがみ込んで顔だけを国王執務室の上に近づける。生温かい吐息が国王執務室に降り注ぐ。至近距離で見上げるその目、鼻、口が、それぞれ広大な執務室スペースよりも大きい。
「ねえ、陛下、どうですか?」
「うーむ・・・」
「ねえ」
「これ!ドロシー、やめるです!」
「はっはははは」
最後に笑ったのはタクラム警察庁長官である。
「たしかにこちらのお嬢さまでもブレフスキュ島の治安維持には貢献できますな。」
「でしょでしょ」
「どうですか国王陛下、こちらのお嬢さんを我がブレフスキュ島へ派遣していただけませんか?ええ、もちろんそれなりの待遇はいたします。国家公安委員長扱いでいかがでしょう?」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」
狼狽するポッチス内務大臣を制して、ピロポ国王はドロシーに問いかけた。
「ドロシー、一国の国防や治安維持はたいへんな仕事だぞ。大丈夫か?」
「はい、大丈夫です陛下、お任せ下さい」
「・・・うむ」
「ちょっと、あなた、本当にドロシーをブレフスキュ島に派遣するですか?」
今度は驚いたローラ王妃が応接室の上空に顔を突きだす。
「他に方法はないだろ。ドロシーも、このところは大人になったように思えるし・・・」
実は国家公安委員長扱いというブレフスキュからの好意の申し出が更に選択肢を狭めていた。旧態依然なブロブディンナグ・ブレフスキュ社会では、政府要人につくためにはそれなりの家格が必要になる。ブロブディンナグでも屈指の名家であるマコバン家出身のドロシーはその条件を満たす数少ない一人であった。
「それにしても・・・」
「うーむ」
ローラ王妃とピロポ国王が不安そうに相談しあう傍らで、ドロシーは既にやる気十分だ。
「タクラムさん、ポッチスさん、よろしくおねがいしまーす!」
こんな風にドロシーのブレフスキュ派遣はあれよあれよという間に決定してしまった。結果に満足したタクラム国家公安委員長は満面の笑みである。一方、ポッチス内務大臣の表情は冴えなかった。

*****

 ドロシーはリリパット王宮内の自室に戻った。扉をバタンと閉める。ふーっと、大きく一息。営業用の子供らしくあどけないスマイルはそこでお仕舞いだ。
 12歳になったばかりのドロシーはリリパット王宮に勤務するブロブディンナグ人女官の中では最年少である。かつてブロブディンナグ王宮に勤務していた時は、リリパット人たちが自治区からローラ王女様のお部屋に出勤するまでの介助に携わっていた。この任務は代々いちばん幼い女官が担当する慣例となっている。この経験がもたらしたリリパット人扱いの上手さを買われ、若くしてリリパット王宮勤務に抜擢されたのである。
 ブロブディンナグ社会における女官には侍女のようなイメージは薄く、むしろお行儀見習いを兼ねた女性官僚の意味合いが強い。なので、いいところのお嬢様が嫁入り前の修行を兼ねて着任することが多い。女官として参内するにあたって自分専用の侍女を連れてくることも珍しくはなかった。一方、中には厳しい選抜試験を潜り抜けた一般家庭の出身者もおり、そのような女官には行政職への道も開かれている。女官といっても一つにはくくり難い多様性があった。
上流階級出身のドロシーはそんな厳しい選抜試験など無縁であった。自分専用の侍女も持っている。なにしろドロシーの実家であるマコバン家はブロブディンナグの前王朝から続く家柄だ。ある意味、王家よりも由緒正しいと言えよう。父親はブロブディンナグ国ナンバーワンの財閥であるマコバンコンツェルンの総帥であり、しかも現職の石油大臣である。ドロシーの二人の姉たちもかつては王宮で女官を務めた。その二人はいまや上流貴族の若奥様である。この国では貴族の子女が深窓の令嬢のままお輿入れする、という習慣がない。女官という肩書は嫁入り道具としても重要なのだ。当然、ドロシーもいずれはそれなりの良い家柄の男を見つけてセレブな奥様になるつもりでいた。そのための王宮勤務であったといっても過言ではない。
ただ、この頃は、それでは物足りない、と思うようになってきた。ドロシーは既に貴族の令嬢である。貴族の奥様になることはただの現状維持に過ぎないではないか。自分は容姿に優れ、頭も切れる。ならばもっと上を目指せるはずだ。上流貴族の、そのまた一つ上。それが現在のドロシーの目標とすべき到達点になっていた。
 そんなドロシーにとって、いくら抜擢されたとはいえ、リリパット王宮勤務は面白いものではなかった。ブロブディンナグ王宮にいたころは毎日のようにリリパット人を虐めて遊んでいた。爽快だった。ところが皮肉なことに、ブロブディンナグ王宮に勤務していた頃に比較して、ここリリパット王宮ではリリパット人と接する機会が激減してしまったのである。ブロブディンナグ王宮の中とは違ってここではリリパット人が自立して生活しているため、ブロブディンナグ人女官が介在する必要性が乏しいのだ。そんなわけで、ドロシーは特技であるリリパット人扱いの上手さを生かすこともできず、事実上の失業状態になった。そうなれば単なる最年少の女官、いちばん下っ端の女官、みんなから顎であしらわれるただの小娘、という惨めな境遇である。あー面白くない。
 このままではいけない。このままではのし上がれない。そんな焦燥の中で舞い込んできたのが今回のブレフスキュ派遣の話だ。これを生かさない手はない。
 ドロシーはじっと鏡を覗き込む。
忘れないでね。わたしのほしいものは、上流貴族の、そのまた一つ上。それ以下では妥協できない。大丈夫。このチャンス、必ずものにしてみせる。ドロシーは鏡の中の自分に向かって鼻息荒く頷いた。
 ドロシーが実際にブレフスキュ島に着任したのはその3日後、まさに海賊たちが島を襲ったその日であったのだ。

*****

「いたたたたたた!」
目を覚ました途端にまた全身が痛む。これじゃあ振り出しに戻ったも同然だ。全身ぐるぐる巻きの包帯を見ながら、そこでコップルは気が付いた。
「・・・ということは、助かったんだ・・・」
満身創痍になって動けなくなり、そこで巨大な海賊がブーツを振り上げた。踏み潰される!そう思った時点で記憶がなくなった。あの絶体絶命のピンチから、どうやって自分は生還できたのだろう?
「おお、目を醒ましたか。」
ベッドサイドに立つその姿を見て、コップルは慌てて身を起こし敬礼しようとした。
「いたたたたた」
「こらこら、無理をするな。お前はまだ絶対安静なんだぞ。」
「し、し、しかし、タクラム警察庁長官閣下の前で寝そべっていることなど私には・・・」
「いいから寝ていろ。これは命令だ。」
「は、はい」
コップルはきまり悪そうにベッドに横になった。ここは都のブレフスキュ警察病院だという。身体中に骨折やら挫創やらがあって大変だったが、取りあえず命に別状はないとのことであった。
「そ、それにしても、私はどうしてあの窮地を逃れることができたのですか?」
「うん」
タクラム警察庁長官の話によると、コップルは2人の巨人女性によって救われたとのことだった。
「一人目は海賊の一味の女だ。海賊たちと同じサイズの巨人だ。どうしてかわからないが、お前をかばって海賊船長からこっぴどく暴力を受けていたらしい。」
「そうですか。で、もう一人は?」
「もう一人はこのたびわがブレフスキュ国の国家公安院長に就任されたばかりのドロシー・ママレード・マコバン様だ。まだ12歳とお若くしていらっしゃるのだが、この方がたったお一人で海賊たちを追い払ってしまわれたのだ。」
「たった一人で?」
コップルは信じられないという顔をした。
「なんで12歳の女の子なんかがあんな巨大な男たちをまとめて追い払えるんですか?」
「それはな、ドロシーさまがブロブディンナグ人だからだ。」
「ブロブディンナグ人!」
それならば納得だ。コップルも3年前に一度だけブレフスキュを訪問したブロブディンナグ人女官を遠くから見たことがある。当時都の郊外に住んでいたコップルだが、その都の旧市街を一跨ぎにしてしまう圧倒的な巨大さを見て開いた口がふさがらなかった。
「海賊たちもドロシー様の姿を一目見て、尻尾を巻いて逃げだしてしまったのだ。」
「なるほど」
「一人だけお前を守って海岸に取り残された海賊一味の女巨人は、ドロシーさまがお預かりになるということで処罰が保留になっている。」
「そうですか・・・ではお2人にお礼を言いにいかないと。」
「慌てるな」
再び起き上がろうとするコップルをタクラム長官は片手で制した。
「今の君に一番必要なことは早く傷を治してベストコンディションで職務に復帰することだ。」
「はあ・・・」
うなだれるコップルの肩をタクラム長官はぽんぽんと叩く。
「コップル君、と言ったね。」
「・・・はい」
「実に勇敢で職務に忠実な青年だ。」
タクラム長官はニヤリと笑った。

*****

「サトミさん、お食事の支度ができましたよ。」
「ハアイ」
サトミは平和な朝を迎えた。目が覚めて、顔を洗って、パジャマから着替えると、朝ご飯ができている。まるでホテルに宿泊しているかのように快適だ。だが、ここはホテルではない。ドールハウスである。
 海賊のキャプテンからしこたま背中を蹴られ、気を失い、目覚めたらこのドールハウスにいた。ドールハウスは巨大な女の子の部屋のテーブルの上に置かれている。ブレフスキュ国国家公安委員長であるドロシー・ママレード・マコバン嬢の居室だ。後で知ったことだが、この部屋は厳密に言えば船室である。ブレフスキュ島を取り巻くサンゴ礁の外側に横付けするように停泊している船の中なのだ。ブレフスキュ人ならここからブレフスキュ本島に行くには船を乗り換えなければならない。しかし巨大なブロブディンナグ人ならば靴を履きかえることもなく浅瀬をぱちゃぱちゃと歩いてブレフスキュ本土まで行くことができるらしい。
そう、サトミにとって、そんなブロブディンナグ人を見るのは初めての出来事だった。もちろん驚いた。恐怖感も覚えた。けれど恐れはすぐになくなった。サトミの身柄を預かる12歳のブロブディンナグ人少女は、つんけんして決して愛想が良いわけではないが、しかしサトミに危害を加えるつもりのないことはすぐに理解できた。海賊船の中でいつも暴力におびえてびくびくと暮らしてきたサトミはこの手のカンが鋭いのだ。そしてその少女に仕えるこのメイドのブロブディンナグ人女性、モモさんは、いつも柔和な笑みを浮かべながら優しく身の回りの世話をしてくれる。サトミは長らく感じたことのない安らぎを覚えていた。
「モモサンッテ、料理ガオ上手ナンデスネ。」
サトミはパンケーキを頬張りながら、練習中のブレフスキュ語でたどたどしくモモに話しかける。ちなみにメニューはこのパンケーキの他、ハムステーキ、スクランブルエッグ、パセリのサラダ、グレープフルーツジュースである。いずれもブロブディンナグから輸入された食材を使って日本人サイズのプレートに乗せられるような料理に仕上げてみせるのだから、その器用さは驚異的である。
「うふふ、もう12年もこんなお仕事ばかりしてきましたからね。」
「コンナオ仕事?」
「ドロシーお嬢様はお人形遊びがお好きでいらしたのですよ。お食事の時もどうしてもお気に入りのお人形さんと一緒でなければ嫌だとおっしゃいまして、それでわたしはいつもお嬢様と同じメニューをお人形さんにもご用意することになったのです。」
「オ人形サン?」
「あら、ごめんなさい。別にサトミさんをお人形さん扱いするというわけではないのですよ。ただ、わたしは今までお人形さん相手で練習してきたというだけで・・・」
「気ニシナイデクダサイ。怒ッテハイマセン。」
2人は顔を見合わせてにっこりと笑った。
「わたしがマコバン家にご奉公を始めたのはドロシーお嬢様がお生まれになる一か月前のことでした。それからずーっと、ドロシーお嬢様のお世話ばかりをしてまいったのですよ。ドロシー様に付き従ってリリパット島にやってまいりましたが、このたびはお嬢様がご栄転ということでこのブレフスキュにお供することになりました。気が付いたら、もうお嬢様の年齢はわたしがマコバン家に参った時の年齢と同じになっていたんですよ。」
「ドロシー様一筋ダッタノデスネ?」
「そうです。」
モモさんはにっこりと笑った。
「ドロシーお嬢様のおむつを替えて差し上げたのも私です。だからお嬢様は、わたしにちょっと頭が上がらないところもおありなのですよ。」
「マア、ウフフフフフ」
「おほほほほ」
12年。サトミは考えた。12年といえばサトミが海賊船に乗っていた期間よりも長い。でもモモさんはその長い期間を楽しげに誇らしげに振り返っている。わたしはその間、何をしてきたのだろう?

*****
 
 サトミの平穏な日々は続いた。3食昼寝付き。そしてブレフスキュ語の練習を兼ねたモモさんとのたわいないお喋り。それだけがサトミの日課だった。ちなみにサトミのブレフスキュ語の上達は目覚ましく、今ではもうその発音も現地人と区別がつかないほどである。聡明でありながらこのあたりのセンスが妙に欠けているローラ王妃とは対照的だった。
そんなある日、サトミのドールハウスに来客があった。警察官のコップルである。怪我が癒え、公務に復帰したコップルは、タクラム警察庁長官の計らいでドロシーの船の警備担当に配置換えされていた。ドロシー国家公安委員長という要人警備が名目ではあるが、実際には忍び込んでくるブレフスキュ人のコソ泥対策くらいしかすることがない。しかし好き好んでブロブディンナグ人の船に乗り込んで来ようとする命知らずもまあいないだろう。病み上がりの身体を思ったタクラム長官の配慮であった。
「おはようございます。本官はブレフスキュ国家警察のコップルであります。」
コップルは備え付けられているリリパット/ブレフスキュ人用階段を駆け上がりドールハウスのテーブルの上にたどり着くと大声で自己紹介した。その声に気が付いてサトミが振り向いた。
「あら、お客様でしたね。はじめまして、わたしはドロシーさまに預かりの身分のサトミと申します。」
「初めてではありませんよ。」
コップルは大きく身振り手振りを加えながら否定した。
「本官は、海賊船長に殺されそうになって、あなたに命を救われたあの警官であります。」
「まあ、あのときの!」
サトミは思わず大きく開けた口を押えた。
「お元気に、なられたのですね。」
「ええ、本官は怪我には強いのであります。」
コップルはわざとらしく両手をぐるぐると回して見せた。その様子を見てサトミは口を押えたままころころと笑い転げる。
「今日はどうしてもあなたにお礼が申しあげたくてやってまいりました。」
「そんなこと気になさらなくても良いのに。」
「大変でもないのです。今日から本官はこの船の警備にあたっているのですから。」
「そうでしたか。」
そこで、コップルが少し困った顔をした。
「サトミさん、もっと近くでお話がしたい。大声を張り上げるので疲れてしまいました。」
「あら、ごめんなさい。」
サトミはちょっと考えた後、テーブルの上におずおずと両手を差し出した。
「・・・お、お乗りになります?」
「お願いします。」
差し出されたサトミの掌の上に、躊躇なくコップルが飛び乗った。ふわり。思ったよりもずっと軽い。ゆっくり、ゆっくり、丁重に、目の高さまで持ち上げる。掌の上に立つコップルは、若く、逞しく、そして端正な容貌の青年だ。だがそれ以上に、小さく、繊細である。ちょっと扱いを間違ったら壊れてしまいそう。先日、サトミ自身もモモさんの掌に載せてもらった。モモさんにはサトミもこんな感じの弱く小さな生き物に見えるのだろうか。それならば、モモさんの眼にはコップルはどう映るのだろう?
「・・・きっと、小さすぎて見えないわね。」
サトミが微笑むと、ばたん、と音を立てて背後の扉が開いた。
慌てて振り向くと、ドロシーがいつもの仏頂面でずかずかと部屋に入ってきた。

*****

ドロシーが声を張り上げる。
「サトミ!いるわね!?」
ドールハウスを覗き込むと、ドロシーはやおら右手を差し出して親指と人差し指だけでその身体を摘みあげてしまった。
サトミは当惑していた。サトミが来客に対応していたことをドロシーは知らない。しかもブレフスキュ人とはいえ若い男性である。若い女性であるサトミと2人きりでいたことを弁解することはなかなか厄介だ。その上このシチュエーションになってしまうと、もはや弁解の口火を切ることも難しい。
「どうせ、ドロシーさまには見えないはずよ。」
サトミはコップルが下に落ちないよう両手を胸にギュッと添えながら、その場を黙ってやり過ごすことに決めた。
困ったのはコップルである。コップルはサトミの大きな掌の上に乗せられていた。ところが、そのサトミがドロシーには指2本きりで摘みあげられてしまったのだ。コップルはサトミの胸に全身を押し当てられる。服を通してもはっきりと感じ取られる、温かくて、柔らかで、ふうわりと女の子の香りがする肉の壁に埋め込められてしまった。振り返ってサトミの指の狭間からドロシーの姿を伺う。ブレフスキュ人の規格ならテニスコートでも設置できそうな大きさの翠色に輝く瞳がサトミとコップルをしげしげと観察している。コップルにとって3年ぶりに見るブロブディンナグ人だ。ただし、これほどの至近距離から見たのは初めてだったが。
12歳の女の子という情報を聞いたとき、コップルには思い当たる人物がいた。ついこの間14歳になった年下の従妹である。妹のいないコップルは彼女を小さいころから自分の妹のように可愛がってきた。12歳のころも覚えている。子供のくせに大人になろうとして妙に背伸びし始めたころ。そんな生意気ぶりを微笑ましい思いで眺めていた。赴任してきた新しい国家公安委員長もそんな女の子ではないかと考えていた。ところが、実際に目の当たりにしてみると、そのパーツの一つ一つが巨大すぎて全体像が掴めない。
 急にエレベーターが停止した時のような下方から突き上げる衝撃を覚えた。2本の指でぶら下げられていたサトミが掌の上に載せられたのだ。サトミはドロシーの掌の上に立ち、ドロシーの顔を見上げる。コップルはそのサトミの掌の中にいる。コップルの姿は小さすぎてドロシーには気づかれていない。ドロシーはコップルのことなどお構いなしに、サトミの横に小さな布の塊をぽいと放り投げてきた。
「おまえの服よ。ブロブディンナグ本国に特注していたのがやっと届いたの。」
「?」
怪訝そうに見上げるサトミに対して、ドロシーは面倒臭そうに説明した。
「おまえもいつまでもお客さんというわけにはいかないわ。使用人扱いにしてあげるから。」
言われてその布の塊を見返してみる。メイド服だ。小さくてサトミにジャストフィットのサイズではあるが、モモさんが着ているのとデザインは全く同じメイド服だ。ご丁寧に、小さいながらもマコバン家の紋章までが刺繍されている。
「モモさんと一緒なんですね?」
「そうよ、だってモモも使用人なんだから。不満?」
「いいえ、全然!」
これは本当だった。モモさんと同じ服を着る、ということは、モモさんと同様にこの部屋の中に居続ける権利が与えられたということだ。少なくともサトミにはそう思えた。嬉しかった。
「じゃ、すぐに着替えて。」
「はい」
と、嬉しそうに答えてからサトミは困ったことに気が付いた。コップルだ。コップルを掌の上に乗せているので両手が使えない。これでは着替えることはできない。
「・・・ええと」
「どうしたの?早く着替えなさい。」
「はい・・・で、でも・・・」
「恥ずかしいの?」
「あ、い、いや・・・」
「仕方ないわね。じゃ、ちょっと横向いててあげる。」
ドロシーが掌の上のサトミから視線を切った。チャンスだ。今しかない。
「コップルさん、ご、ごめんなさい!」
サトミは小さく叫ぶとコップルを摘みあげて素早く自分のブラジャーの中に突っ込んだ。
「うわあ」
急に自分の身体よりもふたまわりも大きな2本の指に捕まったと思ったら、あっという間に頭を下にして柔らかな肉塊の隙間に突っ込まれてしまった。両脇の肉塊、それは一つ一つが直径10リリパット・メートルもありそうなほど豊かな乳房だ。実はコップルは、もちろん口に出してはいなかったが、サトミを一目見たときからその胸が気になって仕方なかった。コップルにとって超ウルトラマンサイズの巨人であるサトミは、もちろんその身体の全てのパーツが大きい。ところが、それを考慮するにしても乳房は更に飛びぬけたサイズだった。身体全体が細身の分だけ胸が突出して強調されている。貧乳派のJUNKMANにはあまりお勧めできない体型である。だというのに、その巨乳を収めているブラジャーは少しサイズがきつめで、乳房は無理やりぎゅうぎゅうに押し込められているのだ。だからその隙間に突っ込まれたコップルも下に滑り落ちるという恐怖は覚えなかったが、逆に両脇から暴力的な押しくら饅頭を受け、頭を下にした逆さまの体勢を立て直すことが難しい。さっきまでは服を隔てて感じ取れた女の子のくすぐったいような良い香りが、今度はダイレクトにむんむんとコップルの全身に襲いかかったことも苦戦した大きな理由だ。初心なコップルには刺激が強すぎる。こんな状況なのに、迂闊にも勃起してしまったのだ。これでは身体が、特に下半身が、ひっかかって自由に動かせない。男とは悲しい生き物である。
 そうこうしているうちにサトミは与えられたメイド服に着替え終わり、横を向いていたドロシーが向き直ってその姿を満足そうに見下ろした。
「サトミ、似合うわよ。ほうら、見てごらん。」、
ドロシーはサトミを掌の上に乗せたまま大きな姿見の前に立った。サトミは一面に広がる姿見を覗き込む。小さな自分が、モモさんと同じメイド服を着て、ドロシーの掌の上にまるで可愛いペットかお人形さんのようにちょこんと立っている。
「どう?」
「嬉しいです!」
「そう。ふふふ、サトミって可愛いわね。」
自分より6歳も年下の少女に可愛いお人形さん扱いをされた。でも、サトミは悔しくなかった。鏡に移る2人の姿は、素直にそれを認めてさせてしまうほど見事な対比だったのだ。自分はこれからこの巨大なお嬢様のお人形さんとして暮らしていくことになるのかな?そんなことをサトミは特に悲壮感もなく考えたりもした。
 ところが、この姿見に映っていたのは2人だけではなかった。サトミのブラジャーに突っ込まれていたコップルは、ようやくもぞもぞと体勢を反転してその胸元から顔を出すことに成功し、やはりこの姿見を見つめていたのだ。
 コップルは自分の眼にしているものが信じられなかった。こうして高い位置に上って、鏡に映した像を見たことで、初めてこの部屋の全体像が把握できた。コップルには巨人の館としか見えなかったサトミの居住する大建造物は、実はもっともっと巨大なテーブルの上に置いてあるドールハウスに過ぎなかった。さっきコップルが汗をかきながらリリパット/ブレフスキュ人用階段を昇りつめてたどりついた高台は、その小さなドールハウスの居間にある玩具のテーブルだった。頭がくらくらしてきた。超巨大なテーブルの周囲には、それに見合うサイズの超巨大な椅子があった。そう、このとてつもなく広大な空間はとてつもなく巨大なブレフスキュ人少女の居住空間だった。ここに到達するまで、コップルはリリパット/ブレフスキュ人用のトンネルやエレベーターを経由してきた。だから全く外の景色を把握できなかったのだ。そしてたどりついたこの部屋でも、コップルはそのごくごく一部であるテーブルの上のドールハウスのその居間にある玩具のテーブルにフォーカスを当てて拡大視することしかできなかった。もちろんコップルも、実はこれがブレフスキュ人少女の居室であることは頭では知っていた。ただ、実感として理解することができなかったのだ。上空を飛行しなければナスカの地上絵が理解できないように、ただただ全体像を把握するにはこの部屋のスケールが大きすぎたのだ。
 そしてその巨大な部屋に君臨する主であるドロシーの全身像も今はじめて把握できた。やはりあの年下の従妹が12歳だったころに似ている。肩甲骨の下まである金髪。ぱっちりした翠色の瞳。色白で、文句なしの美少女である。身体つきは華奢で、小柄で、面影も幼い。見た目はまるで子供なのに、でも何か大人に挑戦してやりたい、大人をまいったといわせてやりたいという、小生意気なパッションがぴりぴりと溢れてくる。この世代の女の子って、確かにこんな感じである。それにしてもこの娘は気が強そうだが、
 と、そこまで考えて大きな間違いに気づいた。
全然小柄ではない。
なにしろドロシーの掌の上でメイド服を着て嬉しそうに立っているのはサトミなのだ。サトミといえばブレフスキュ国家警察を蹴散らした巨大海賊たちと同じ大きさの大巨人。コップルにとってはゴジラ級の大巨人。実際にいまコップルはその胸の谷間に閉じ込められている。そんな怪獣のように巨大なサトミが、いまドロシーの手の中で可愛らしいペットかお人形さんかのように見える。実際にサトミの全身よりもドロシーの小指の方がまだ一回り大きそうだ。
 ならばコップルはどうだ?コップルは体格に恵まれた屈強な若い警察官だ。ブレフスキュ国内では格闘や捕り物など得意中の得意の偉丈夫だ。それがいまはこの18歳のサトミという巨大女に摘みあげられて、その豊かな乳房の谷間に押し込められている。虫けらのような扱いだ。それだけでも屈辱なのに、ドロシーはその巨大女をこともなげに掌の上に乗せている超巨大少女である。ならばそのドロシーの前でコップルはいったい何なのだろう?視力2.0のコップルがサトミの胸の谷間に目を凝らしてみても、自分の姿を鏡の中に確認することは難しい。ドロシーの全身像に縮尺を合わせるとコップルの身体は小さすぎて見えないのだ。ペットやお人形さんどころではない。ゴミ屑のような小人?いや、見えないし気づいてももらえないのだからゴミ以下だ。リリパット人やブレフスキュ人は、ドロシーの前ではゴミ屑以下の惨めな微生物だ。
いやいやいや、それは今、自分がブロブディンナグ人のスケールに合わせた調度の部屋にいるからそう思えてくるだけだ。僕らブレフスキュ人だって立派な人格や人権を持っている。自分たちの街に帰れば人間らしい営みを送れているではないか。
それならば逆にドロシーがブレフスキュの街に現れたならどうなるのであろうか?コップルはこのあどけない少女がブレフスキュの都で自分の圧倒的に巨大な体躯を群衆に見せつけて高笑いする姿を想像した。
そのドロシーの都への訪問、すなわちブレフスキュ国王陛下への謁見は、翌日に予定されていたのである。

*****

 ドロシーがサトミをドールハウスに戻して部屋から立ち去ると、サトミは急いでコップルを胸から取り出してテーブルの上に置いた。
「ご・・・ごめんなさい、急だったもので、あんなところしか・・・」
「あ、い、いや、じゃ、これで本官は失礼いたします。」
真剣に謝るサトミに軽く敬礼すると、コップルはそそくさと立ち去って行った。気が動転してそれ以上の会話ができなかったのだ。その後ろ姿をサトミはしょんぼりと見送った。

*****

「コップルくん、どうした?まだ元気が戻らないかね?」
その日の夕方、視察に来たタクラム警察庁長官は、顔を赤らめて蹲っているコップルに目を止めた。
「い、いえ、体調はもう、完全に戻っております。」
コップルは慌てて立ち上がって敬礼する。確かに体調は問題ない。しかし心は乱れに乱れベストコンディションであるとはいえなくなっていた。タクラム長官にそこまで推察することはできない。
「そうか、それならよかった。」
タクラム長官はここで少し険しい表情になると、周囲を伺って誰もいないことを確認した。
「さて、コップル君。明日、ドロシー・ママレード・マコバン国家公安委員長はブレフスキュの都に出張される。」
「伺っております。」
「このたびの巨大海賊退治に対して国王陛下自らが恩賞をくださるとのことだ。」
「それは名誉なことですね。」
「うむ、全くだ。我々警察関係者もみな一様に誇らしい気持ちで一杯だ。」
コップルも頷いた。その気持ちには全く賛同できる。
「というわけで、明日ドロシー・ママレード・マコバン国家公安委員長はこの船内にいらっしゃらない。だから君もこの船の中にとどまる必要はない。君も都へ行ってくれ。」
「わかりました。」
そこでタクラム長官はもう一度周囲を確かめると、コップルの耳元に口を寄せて囁いた。
「そこでコップル君、君には一つ遂行してほしい任務があるのだ・・・」

わたしのほしかったもの・続く続く

予告編
都を訪問したドロシーが国王陛下から賜った前代未聞の恩賞とは?次回わたしのほしかったもの・第二章「国王陛下の名のもとに」お楽しみに