わたしのほしかったもの
By JUNKAMAN

第四章 手を伸ばせば

ドクロ山から連れてこられた10000人の元反政府ゲリラは、自主的に投降したしたことが認められ、その身柄は国家公安委員長預りとなった。ドロシーは彼らをモモさんやサトミなどと同様に使用人として扱うことで船内での共同生活を許可したのである。
この元反政府ゲリラの荒くれ男たちのためにブロブディンナグから特注の居住スペースが届いた。あのブロブディンナグ王宮に据えられていたリリパット人自治区の一部を改造した本格的な街並みである。縦750リリパット・メートル、横1000リリパット・メートルの長方形をした土台の上に10階建ての住宅が整然と立ち並び、中央にはサトミも訪問できるように直径250リリパット・メートルにも及ぶ広大な円形の広場が配置された。残念ながら、ここに彼らの主人であるドロシーが立ち降りることはできない。直径250リリパット・メートルの広場とは、たかだか直径10ブロブディンナグ・センチメートルの円にしか過ぎない。ドロシーには指を突っ込むことができるくらいだ。
それでもドロシーは構わない。そもそもこの街が立つ短辺750リリパット・メートル、長辺1000リリパット・メートルの土台とは、縦30ブロブディンナグ・センチメートル、横40ブロブディンナグ・センチメートルのトレイなのだ。もちろん持ち運び可能である。ドロシーなら片手でも持つことができるが、でも折角その両脇に取っ手もついているので普通は両手でしっかり持って運ぶ。この元反政府ゲリラの荒くれ男たちが居住する持ち運び可能な街を、ドロシーは「おもちゃタウン」と呼んだ。「おもちゃタウン」に棲む「おもちゃの小人」。それがドロシーの使用人となったこの男たちの立ち位置だった。
おもちゃタウンの定位置は居間のテーブルの上、サトミの住むドールハウスの隣だ。おもちゃタウンの面積はわずかにドールハウスを凌駕しているものの、高さは完敗だ。ドールハウスの2階の屋根の高さは20ブロブディンナグ・センチメートル。一方、おもちゃタウンで最も高層な建築物でもその高さは2ブロブディンナグ・センチメートル程度だ。それでもその住人達にしてみれば高さが50リリパット・メートル、12階建てのビル相当である。
サトミはおもちゃタウンのお世話係に任命された。物資の運送、清掃、故障個所の修理など毎日てんてこ舞いだ。この頃は一日の大半をおもちゃタウンの中で過ごしているほどである。この街の建物はサトミの腰くらいしかないなので、どこにいても一目瞭然である。もっとも、その存在感はふんわりほんわかしたもので、かつてブレフスキュ国に君臨したレイコ駐在官のような威圧感はない。
おもちゃタウンの住人たちの代表はシェビッキだ。いちはやく転向して、この荒くれ男たちが無駄に命を落とすことなく全員投降する道筋を開いたことが評価されたのだ。ただ、シェビッキは単にさっさと白旗を上げたお調子者というだけでもない。くるくるとよく頭が回ってそつなく物事を処理する能力に長けており、そのうえドロシーへの忠誠心はピカイチだ。そんなシェビッキの才能に目をつけたタクラム警察庁長官は、なんと彼に警察官の肩書を与えた。表向きは「おもちゃタウンの自治運営のため」という理由であったが、何か別の意味があるのでは?と勘繰る声も少なくはなかった。

*****

コップルはドロシーの船内パトロールの途中、サトミのドールハウスで一休みしていた。サトミはドールハウスの居間のテーブルの上にコップルのための更に小さなテーブルと椅子を用意して、その上の小さな茶碗にティーポットから紅茶を注ぐ。そして自分のティーカップにも紅茶を注げば、すっかりリラックスしたティータイムの始まりだ。
いつものようにたわいないお喋りが続いた後、急にサトミが真面目な表情になった。
「・・・どうかしましたか?」
「シェビッキさんから聞きました。」
サトミがぽつりと答える。
「あのドクロ山で、大砲に撃たれそうになった私を助けてくれたって。自分の身の危険も顧みず、超人的な頑張りで私を救ってくれたのはコップルさんだったって・・・」
「あ、いやあ・・・」
「どうして黙っていたんですか?」
「どうしてって・・・」
今度はコップルが照れくさそうにうつむく。
「そんな偉そうに自慢するような話でもありません。それに、そもそも本官は以前にサトミさんから命を救われていますし。」
「いや、あれは・・・」
「でも、自分でも不思議なんです。」
「?」
コップルはサトミに目配せした。サトミはすぐにその意を理解してコップルの前に両手を差し出す。コップルが素早くその上に飛び乗ると、サトミは掌を自分の顔に近づけた。2人が小さな声で話すときのポジションだ。
「あのゲリラたちに縛られているとき、サトミさんのことが頭に浮かんだのです。」
「・・・」
「そうしたら、何だかいてもたってもいられなくなって、それで・・・自分でもわからないほどの力が出たのです。」
「まあ」
「ほんとに不思議ですよね。でもそのおかげでなんとかサトミさんを守ることができました。」
「・・・ありがとうございます」
サトミはコップルを乗せた掌を更に自分の顔に近づけ、そして彼の小さな顔に唇を押し当てた。コップルはこれを避けることもなく、両腕でその唇を抱き寄せ、ゆったりと身を委ねた。

*****

ドロシーがおもちゃタウンをテーブルの上に置くのは、その方が手に取りやすいこともあるが、もちろん主な理由は誤って踏み潰してしまったりしないためだ。でも夕食後の自由時間にはわざわざこれを床に置く。そして住人たちを中央広場に集合させると、そのおもちゃタウンの真ん前で仁王立ちしてみせるのだ。使用人にとっては大事なお仕事の時間、ドロシーにとってはお遊びタイムの始まりである。
こんなとき、リラックスしたドロシーは軍服を脱いで下着一枚の姿である。足元のブレフスキュ人たちの視線など特に恥ずかしいとも思わない。一方、そのブレフスキュ人たちにとって同じ平面に立って見上げる下着一丁のドロシーは言葉に尽くし難いほど巨大だ。毎日見ていたら大きさに慣れる、というレベルのものではない。我々が毎日富士山を眺めても、そのたびにその雄大さに感嘆してしまうようなものである。
ドロシーは毎日いろいろ趣向を変えておもちゃタウンの住人たちとおふざけをする。まず、自分の脱いだコンバットブーツをおもちゃタウンの両脇に並べて、その巨大さを見せつける。これはかつてブロブディンナグの政府特使がブレフスキュ王室を威嚇しようとして用いた手段と同様だ。ただ、単なるお遊びであるドロシーの場合はブーツを置いてみせるだけではない。住人たちはブーツの隣に整列してその大きさを比べさせられるのだ。彼らにとっては靴底に刻まれた溝ですら遥かに見上げるほどの高さである。ましてやコンバットブーツの本体は山も同然の巨大さだ。それを十分見せつけたうえで、ドロシーがそのブーツを履いてみせるのである。山から更に上に向かってもっと巨大な脚がぐぐーんと伸び、その上空にはじめてドロシーの身体が出現する。おもちゃタウンを悠然と跨いで得意そうに真下を見下ろすドロシーは、彼らにとってもはや生きている次元が違うほどの巨大さだ。ショックを受けたおもちゃタウンの住人たちは以後のドロシーの悪戯に一切逆らうことができなくなり、なすがままにされるようになるのである。
例えば再び脱いだブーツを逆さまにしておもちゃタウンの真上にぶら下げられると、住人たちは降り注ぐその悪臭に転げまわる。おもちゃタウンに股間を摺りつけられたり、あるいはコンバットブーツの下に履いていた汗臭いソックスをおもちゃタウンに被せられたりしたこともある。ドロシーは清潔好きで、もともと体臭も強くない。でも流石にこれだけ身体が大きいと敏感なブレフスキュ人たちには刺激が強すぎる。コンバットブーツを脱いだばかりの生足をあてがわれた時には卒倒する男たちが相次いだ。普通、このおふざけタイムはお風呂・夕食の後なのだが、このインパクトが強かったことに味をしめたドロシーは、その後わざわざお風呂をパスしておふざけタイムまでコンバットブーツを脱がずに我慢することもあった。でもやりすぎるとモモさんに叱られるのでごくたまにだが。
悪ふざけは何もおもちゃタウンを使ったものばかりではない。住人たちはしばしばおもちゃタウンから出て直接ドロシーの掌の上に乗ることを強要された。彼らがドロシーの掌の上に乗るためには消防車も顔負けの長い梯子を使って床からの段差をクリアしなければならない。それだけでもかなりの時間と労苦を要し、待っているドロシーも楽ではないのだが、でも彼らの小ささを身をもって思い知らせてやるのだから気分は悪くない。こうしてブレフスキュ人の荒くれ男たちが10000人集まってもドロシーの広大な掌の真ん中当たりにごちゃごちゃと収まってしまう。重さすら感じられなかった。
掌を使う臭い責めはもっと過激である。彼らを載せた掌を対側の腋下や陰部に直接あてがうのだ。ぴったり隙間なくあてがうのでその臭いの強烈さは格別である。ちなみに股間にあてがう場合でもドロシーはパンツを脱いでくれない。たかが使用人であるおもちゃの小人にそこまでは許す気はないのだ。そんなわけでパンツを介して陰部の臭いを嗅がせるだけなのだが、それでもぴったり隙間なくあてがうのでむせ返るほどのアンモニア臭である。
しかし何といっても掌に乗せられた男たちへの定番のいじめは言葉責めであろう。
「ちび!ちび!お前たちはちびよ!虫眼鏡でなきゃ見えないようなどちびよ!大人のくせに、みんなまとめて子供の掌に乗せられちゃうようなどちびよ!」
「ねえねえ、アリさんより小さいってどんな気持ち?ゴマ粒より小さいってどんな気持ち?微生物っていわれるのはどんな気持ち?」
彼らを乗せた掌を両目の真ん前に置いてこれらの挑発的な言葉をぽんぽんと浴びせかける。絶え間なく罵詈雑言を浴びせかける。それがいつもの悪ふざけだということがわかっていても、悔しくて泣き出してしまう男たちも多かった。その一部始終を直径30リリパット・メートル以上もあるぱっちりした2つの碧眼が至近距離から見つめている。侮蔑と嘲りに満ちた視線が容赦なく注がれる。悔しくて、恥ずかしくても、掌の上の彼らには逃げ隠れする場所もない。
そして最後は行進である。掌の上、指の上、あるいは肩の上、膝の上など、ドロシーの身体の各所を10列縦隊になって行進させられる。酷い時はソックスの中やブーツの中へも行進させられることがある。大の男たちが10000人も集まって大真面目に号令かけながら女の子の小指の上を行進し、その様子を真上から見下ろされて高らかに笑いとばされるのだ。
幼かったころ、ブロブディンナグ王宮内のリリパット自治区の住民たちによく悪戯をしていた。あのころは子供だったから見境なくみんなに悪ふざけをしていた。楽しかった。でも今は違う。一般のブレフスキュ人にはちゃんと礼儀正しく振る舞っている。この人たちはわたしの使用人であるおもちゃの小人だから自由にいじめているだけよ。だってこの人たちはわたしにいじめられるのがお仕事なんだから、大人の尊厳を否定されるような屈辱にだって耐えられなきゃおかしいわ。
しかし、この様子をときどきテーブルの上のドールハウスから眺めているサトミの見解は違った。
これはいじめではない。
ブレフスキュ人たちは、圧倒的に小さな自分たちと、圧倒的に大きなドロシーとの、そのギャップを肌で味わって堪能している。恐怖に震え、屈辱に涙しながら、それが不思議な喜びに変わっている。12歳の非力なはずの少女に、理不尽なほどサイズとパワーで圧倒され、手も足も出ず、虫けら以下の屈辱的な扱いを受ける。その残酷なほどの大きさの差、力の差を見せつけられるほどにドロシーへの思慕は深まり、またその思慕が深まるほどに更なる大きさの差、力の差の体感を求めている。これはドロシーと彼らとの間の不思議な相思相愛関係だ。
毎日毎日、ドロシーから屈辱的な悪ふざけを受け、その分だけドロシーへの忠誠心が高まる。いつの間にか、シェビッキばかりでなく元反政府ゲリラの荒くれ男たちは一人残らずドロシーの熱狂的な信奉者になっていた。

*****

ドロシー、サトミ、コップル、シェビッキの4人組は、今日も北部海岸へ凶悪犯を捕縛しにやってきた、はずだった。
「・・・ただのエッチなおじさんですか?」
サトミが虫かごの中に身柄を拘束した凶悪犯を指さして聞き返す。その胸ポケットでコップルはこくりと頷いた。
「この3か月間で147回の痴漢行為を働いた凶悪犯です。手口はいつも同じ。人込みに何食わぬ顔で現れるとすれ違いざまに被害者のスカートを勢いよくめくりあげマッハの速度でパンツの写真をパチリ。その次の瞬間には再び人込みの中に消え去って一切の証拠を残さない。それでいて写真がピントを外していたことは一度たりとてありません。もはや達人と呼ぶべきプロ中のプロです。しかも被害者は12歳0か月から17歳11か月に限定され、犯行の1週間以内にネガを添えたお礼の手紙が届くという職人気質。ブレフスキュ警察では敬意を込めて『幻のカメラ小僧先生』と呼んでいました。」
「それのどこが凶悪犯なのか理解できませんし、敬意を込めて先生と呼んじゃうブレフスキュ警察もわけわかりません!」
気分を害したサトミは虫かごの中の凶悪犯を睨み付ける。虫かごに豊かな胸がぎゅうぎゅうと押し付けられているというのに、幻のカメラ小僧先生はまるで意に介していない。大きな胸には興味がないうえサトミはもう18歳なのではじめから対象外なのだ。流石はブレフスキュ警察も一目置くその道のプロである。
「そもそもこのおじさんは女の子のパンツを覗き見して写真を撮っただけなのでしょ?それを捕まえにきたドロシー様はあれだけ大勢の人たちに堂々とパンツを見せびらかしているっていうのに・・・」
「あら、一緒にしないでよ」
サトミのボヤキを聞きつけてドロシーが会話に割って入ってきた。
「わたしは国王陛下から、このブレフスキュ国において、いついかなる時にも、どこであっても、誰に対しても、そのパンツを見せてもよいというお許しをいただいているのよ。そのおじさんはそういうお許しをいただいていない女の子たちのパンツを無理矢理覗いたのだから、これは国王陛下のご命令に敢然と背く凶悪犯だわ。だから国家公安委員長であるわたしが直接赴いてでもその身柄を拘束しなければならなかったのよ。」
うんうん、そのとおり、とサトミの胸ポケットの中でシェビッキが頷いている。なんだかよくわからないけどこの論争には勝てる気がしないのでサトミは黙ってしまった。
帰路には例によってドロシーが中小の都市にわざわざ立ち寄り挨拶して回る。実に地道でまめな営業活動だ。初めはドロシーのことを恐れていたこれら中小の都市の市民たちも、最終的にはみなその不思議な魅力の虜になって「ドロシーさま!ドロシーさま!・・・」のコールの連続である。今日の北部海岸だけではない。このところ東部海岸、南部平野、北西盆地など、都を取り巻いてブレフスキュ全国を行脚しては同様の行為の繰り返しである。もはやブレフスキュ全土でドロシーの人気は沸騰だ。ドロシーが最終的に何を企んでいるのかはわからないが、少なくとも見事に国中の人心を掌握したとは言えそうである。
その一方で、実はそのドロシー自身には軽い焦燥があった。
これはマンネリだ。
初めて見せる市民にパンツのインパクトは十分。だけど2回目以降も市民の心を繋ぎとめることができるだろうか?たとえば都。都の民にはもうパンツを見せている。もう一度都へ出向く機会があったとき、同じようなパフォーマンスに終始していればあっという間に人心は離れて行ってしまうかもしれない。民の心はうつろいやすい。ドロシーは、その野望のためにどうしても人民の心を掴んでおく必要があった。
「・・・パンツに次ぐ、武器が必要ね・・・」
ドロシーは眉をひそめた。

*****

ぽちゃーん
ドロシーは今日もお風呂の中でサトミを掌に乗せ、そのおっぱいを指でいじって遊んでいる。近頃はおもちゃタウンの住人達の世話で忙しいサトミにとっても、ドロシーと一緒のお風呂は貴重なリラックスタイムだ。
「いいな、サトミのおっぱいは大きくて」
「またまたドロシーさまったら、」
「これだけ大きいんだから、ブレフスキュの大砲なんかで胸を狙撃されてたってホントは大丈夫だったんじゃないの?」
「まあドロシーさまくらいぺったんこだと危険だったかもしれませんが。」
「あ!ぺったんこって言った!」
「あら、ごめんあそばせ。」
「もーこうしてやる、こうしてやる・・・」
「きゃあ、くすぐったいですドロシー様!」
ドロシーが掌の中のサトミを指でくちょくちょとくすぐる。サトミは身をよじりながらも特に逃げようとするわけでもない。じゃれあいである。
「でもモモさんがおっしゃっておられましたわ。おっぱいは大きいだけじゃだめなんだって。」
「え?」
ドロシーはサトミから指を離して聞き返した。
「それ、どういうこと?」
「なんでも、遠慮なくどかーんと大きなおっぱいは、それだけでかえって男の人たちを引かせてしまうことがあるのだそうです(JUNKMAN注:同意します)。」
「そんなこというけどモモのおっぱいだって相当大きいじゃない。」
「確かにそう思いますけど、でもそこを敢えて初めは見えないように隠しておいて、そうしておいて何かの機会に胸の谷間がちらりと見えちゃう、あるいは胸の谷間をちらりと見せちゃう、って方が、実はよっぽど効果的なのだとか。」
「効果的って・・・ああ見えてモモもけっこう悪女なのね。」
「ですよね。」
二人は顔を見合わせて頷きあった。
「・・・ということは、わたしも隠しておいた胸の谷間をちらりと見せれば効果的・・・ってこと?」
「隠しておけるような谷間があれば、ですけどね。ぺったんこでは無理です。」
サトミにきっぱり言い切られてドロシーは肩を落とした。目の前にこのサトミの立派なおっぱいを見せつけられては言い返すこともできない。悔しいから話題を変えよう。
「ところでさ、あのコップルっていう警官はなかなかのものね。」
今度はサトミが狼狽した。
「大人なんかみんな我儘で、自分勝手で、それでいて計算高くて、野心の塊だと思ってたの。」
誰に対する評論?と突っ込むこともできず、サトミは硬直しながら小さく頷く。
「だけどコップルは違ったわ。小さな打算で動かない。男らしくて感心しちゃった。あ!そういえばコップルって、確か中央山岳地帯でサトミの命を救ったんでしょ?」
「あ・・・はい・・・」
サトミは下を向いて頷いた。
「シェビッキが言ってたけど、かなり危険な状況だったのに身を投げ出してサトミを助けたんですってね。」
「え、は、はい・・・」
「どうしてそんな勇気あることができたのかしら?」
「は・・・はあ・・・」
「・・・サトミ、どうしたの?」
ドロシーは掌を自分の胸のすぐ近くまで寄せ、サトミを真上から見下ろした。真っ赤になったサトミはうつむいて視線を合わせようとしない。
「ねえ、サトミ、サトミったらあ・・・」
困った。コップルとのことになるとどうしても恥ずかしくてうまく会話ができない。だけどこのまま黙っていても妙に勘繰られるだけだ。何か、何か、この場をごまかせる話題はないか?何でもいい。嘘でもいい。でまかせでいい・・・えい!
「あ!」
急にサトミが素っ頓狂な声を上げた。
「ドロシーお嬢様のおっぱいが、ふ、膨らんできています!」
「え?」
思わずドロシーは自分の胸元に視線を移す。別にいつもと変わったようには見えない。
「そうかなあ・・・?」
「明らかに大きくなってきましたよ。」
「・・・サトミ、ごまかそうとしてるんじゃない?」
「そんなことありません。ほら、触ってみますよ。さわさわ」
「きゃ!くすぐったい!」
「間違いありません。やっぱりぷっくりむっくりです、さわさわ」
「きゃあ!やめて!サトミ、やめてよ!」
「やめません、さわさわ」
「きゃあああ!」
「こらああああ!」
最後に浴室の外から大声を張り上げたのはモモさんである。
「2人ともいつまでお風呂で遊んでいるんですか!もう夕食の時間です!早く出ていらっしゃい!」
「・・・はあーい」
ドロシーとサトミは顔を見合わせて首をすくめた。

*****

おもちゃタウンの他にも、元反政府ゲリラたちには食事スペースとして利用可能な広場が与えられていた。直径300リリパット・メートルほどの広大な円形広場である。床面はつるつるした陶器製である。10000人のブレフスキュ人たちが一同に会しても十分に余裕ある広さだ。この広場はもともとドロシーのおかずの1品を盛る直径たった12ブロブディンナグ・センチメートル小皿だったのだが、特別に彼らに下げ渡されたのだ。
食事の時間、おもちゃタウンの住人たちはドロシーのお相伴をすることになる。これも使用人としてのお勤めだ。モモさん手作りの豪華な料理がずらりと並べられる中、まるでその中の1品であるかのように彼らの食事会場であるプレートもドロシーの面前にちょこんと置かれる。そこにお給仕するのはサトミの仕事だ。超絶テクニシャンのモモさんをしても流石にブレフスキュ人サイズの調理はお手上げだ。そこでまずモモさんにパンや肉、野菜などを適当に大きさに切り分けてもらって、それをまたサトミがブレフスキュ人数十人分くらいの小さな塊に切り分ける。この小さな塊から今度はブレフスキュ人たちが自分の食べる分だけ切り取って食べていくのである。サトミにとってはなかなかの重労働だ。
しかしおもちゃタウンの住人たちの方がある意味それよりもっと重労働だったといえるかもしれない。なにしろ彼らは自分たちの食事をしながら同時にドロシーの食事姿を間近で見届けなければならないのだ。ドロシーの子供用スプーン1すくいに載せられる食べ物の量はざっとブレフスキュの街の1ブロック分くらいの体積。もちろん、それは一口でその可愛い口の中へと消えていく。もう一口。もう一口。もう一口。ドロシーはブレフスキュ人の大人のざっと150億人分くらいの量を一人できれいに平らげてしまう。身体つきに似ず健啖家のドロシーは、これに加えておかわりをすることだってある。どんどん食べて、もりもり食べて、もっともっと成長するのだ。そんな様子を見せつけられるのだから、おもちゃタウンのブレフスキュ人たちは更にいっそう身体が縮こまる思いである。
ところが、どうしたことか今日に限ってドロシーの食が今一つ進まない。なんだか思い悩んでいるようにも見える。何がドロシーの心をとらえているのだろうか?

*****

夕食を終え、モモさんとサトミはその後片付けで大忙しだ。ドロシーとおもちゃタウンの小人たちはお待ちかねのおふざけタイム。今日もドロシーはSっ気満々に笑みを浮かべながらおもちゃタウンを悠然と見下ろして・・・というはずが・・・あれ?やはり今日はなんだか硬い表情だ。
「お、お前たち!」
絞り出す声も裏返っている。
「・・・きょ、今日は特別に、す、す、すんごいモノを見せてやるわ!」
「?」
おもちゃタウンの小人たちが状況を把握できずに首を捻っていると、ドロシーは意を決してブラのホックを外し、エイッとばかりに脱ぎ捨てた。
「おおおおおおおおおおおおおおお」
勢いでどよめいてはみたのだが、予想されたものとは逆の意味でインパクトが強烈だった。
「・・・」
「おっぱい・・・なのか?」
「そりゃあブラを脱いで出てきたんだから、そーなんだろ?」
「周囲よりは、いくらか盛り上がっていると思うぞ。」
「そーかあ?」
「そんなことないかなあ」
おもちゃタウンの住人たちの評価はあまりに率直かつ世知辛い。漠然とした危機感を抱いたシェビッキはドロシーの意図を忖度しながら事態を収拾する作戦に出た。
「ドロシーさま、いやはやすんごいモノを拝見させていただきまして・・・」
「・・・ホントにすごいと思う?」
ドロシーの表情は訝しげだ。ははあ、あの乳(?)に自信がないんだな。当たり前だけどな。なら、ここは褒めてやるか、うん。シェビッキの肚は決まった。
「ええ、ホントにすんごいです。いつの間にそんなご立派なものを・・・」
「そう?」
ドロシーの表情がぱっと明るくなった。半ば信用していなかったんだけど、でもサトミの言ってたことは本当だったらしい。
「そ、そんなに立派かしらね、うふふ」
「はい、それはそれはもう」
「んふふふふふ」
いつもの自信満々な雰囲気に戻ったドロシーは上機嫌で言葉を続ける。
「じゃあ、今日は特別の特別よ。お前たちをわたしのおっぱいに乗せてあげる。」
「へ?」
「だからあ、お前たち全員をこの『立派なもの』の上にご招待してあげる、っていうことよ!」

*****

おもちゃタウンの住人たちは血相変えてシェビッキに詰め寄った。
「おい!どうするつもりだ?」
「無理だよ、無理無理!」
「あんな断崖絶壁にへばりつくなんて、いくら俺たちでもできっこないよ!」
「うーん」
シェビッキは腕組みをして考え込んだ。みんなのいうことはもっともである。あのぺったんこにへばりつくことは物理的に困難だ。せいぜい乳首の上くらいにしか立つことができない。しかしいくらブロブディンナグ人とはいえまだ子供のドロシーの乳首はせいぜい直径12リリパット・メートルくらい。10000人の男たちの足場にするには狭すぎる。あぶれた男たちはあの垂直に切り立った絶壁から真っ逆さまに墜ちていくしかない。かといって、ドロシーさまに「あんたの胸は実はぺったんこですよ」といまさら告げちゃうこともできないしなあ・・・
こんなシェビッキの葛藤もつゆ知らず、ドロシーはうきうきしながらおもちゃタウンの荒くれ男たちを載せた掌を胸の前にあてがった。
「ほらお前たち、早く乗り移りなさい。」
・・・絶体絶命である。

*****

「ほらほら、何をやってるの?早くわたしのおっぱいの上に移動して!」
仕方がない。シェビッキはイチかバチかの賭けに出た。
「・・・ドロシーさま、お願いがございます?」
「何よ?」
「わたしどもに『男のロマン』をかなえさせていただきたい、と」
「男のロマン?」
「はい」
しめた。乗ってきた。おもちゃタウンの住人たちは、みな固唾をのんでシェビッキの交渉を見守る。
「われら男の究極のロマンは『おっぱい登山』であります。はじめから乗せられるだけでは残念でなりません。是非ともドロシーさまのおっぱい山に、麓から登らせてください。」
「ふーん」
ドロシーも満更でもない表情である。おっぱい「山」なんて言われちゃったんだもんな、言う方も言う方だが。
「いいわよ。で、わたしはどうすればいいの?」
「はい、おっぱいがちゃんと山の形になってわたしたちが麓から登ることができるよう、ドロシーさまにはその場で仰向けに寝転んでいただきたいのです。」
おおおおおおおおおおおおお
そういう作戦だったのか。シェビッキの交渉術の巧みさに、荒くれ男たちは感嘆のどよめきを上げた。そんな成り行きとは知らぬドロシーは、彼らのどよめきを勝手に期待の声であると理解した。
「んふふ、お前たちったらほんとにエッチなんだから。」
上機嫌ににんまり笑うと、ドロシーはその場にゆっくり横になる。そしておもちゃタウンの住人たちを自分の2つのおっぱいの間にさらさらと落とした。
「ほら、じゃお前たちの男のロマンとやらをかなえさせてあげるわ。せいぜい頑張って『おっぱい山』登山をしてごらん。」
おお!
荒くれ男たちは勇んで頂をめざす。辛い登りも頑張るぞ!
・・・
ってことは全然なかったですよ、当たり前だけど。
「これ、楽勝だね。」
「普通に平地だろ?」
「なんかスキップしながら進めちゃうよな。」
「こらこら!」
シェビッキが慌てて小声で注意する。
「ドロシーさまが気づいちゃったらたいへんだろ!もう少し苦しそうなふりをしろ!」
「お前たち、『おっぱい山』に登山してる気分はどう?」
ちょうどそのときドロシーが訊ねてきた。シェビッキはすぐにインカムのスイッチを入れ、荒々しく息をつく。
「はー、はー、はー、苦しいです。傾斜がきつくてホンモノの山のようです!」
「そう。じゃ、せいぜい頑張ってね。」
ドロシーは満面の笑みである。一方、遠足気分でおっぱい(?)らしき平原の上を進むおもちゃタウンの住人たちは、みな一様に笑いをかみ殺していた。

*****

「これは由々しき問題です!」
内務大臣のポッチスは声を荒げて両手を机に叩きつけた。
「国民のドロシー・ママレード・マコバン防衛大臣兼国家公安委員長への傾倒ぶりは異常だ!」
「それはあれだけ目覚ましいお働きをされているのだから当然でしょ。」
タクラム警察庁長官は涼しい顔で反論する。
「しかしいくらなんでもこれはないだろう!」
ポッチス内務大臣は用意してきた映像をスクリーンに映す。群衆が「ドロシーさま!ドロシーさま!」と高らかにコールを繰り返す様子や、軍服を着たドロシーのポスターが飛ぶように売れている様子などが次々に映し出された。
「これは危険だ。国民の支持を王家から切り離そうというのか?」
「そんなことはございません。ドロシー様はことあるごとに国民に国王陛下への忠節を呼びかけておられます。むしろ王家へ反旗を翻す声を抑え込んでいるといえましょう。」
「いや、このままでは国民の心は王家からあの娘へと移ってしまう。ブレフスキュ国王家の危機だ!」
「まあまあポッチス、落ち着け。」
ブレフスキュ国王陛下がいきり立つポッチス内務大臣を制する。
「タクラムのいうように、ドロシーが朕への忠誠をことあるごとに強調しておるのは確かじゃ。そのドロシーを責めるわけにもいくまい。」
「しかし国王陛下!」
「・・・妙案がございます。」
あくまでも冷静に、タクラム長官が上奏する。
「ドロシーさまへのあの圧倒的な国民の支持を王室への信頼向上へと繋げる妙案がございます。」
「なんじゃ、述べてみよ。」
「はい」
タクラム長官は横目でポッチス内務大臣を睨み、にやりと笑った。
「ドロシーさまを国王陛下のご養女として縁組みなさればよろしいかと。」
「なに?」
驚く国王陛下の前でタクラム長官は至って冷静である。
「ドロシーさまに王室入りしていただければ、その個人的人気を全て王室のものにしてしまうことができます。すなわち、現状のまま王室がますます国民の支持を不動のものにするということで・・・」
血相を変えたのはポッチス内務大臣である。
「そ、それではこのブレフスキュの王室がブロブディンナグ人に乗っ取られてしまうではないか!」
「そんなことはございません。」
タクラム長官は澄ました顔で首を横に振る。
「国王陛下にはご立派な皇太子殿下がおられます。ドロシーさまをご養女になさっても王位継承権が移るわけではありません。ですから国を乗っ取るというわけには・・・」
「黙れ!」
それでもポッチス内務大臣は納得しない。
「ブレフスキュ王室はブレフスキュ民族のものだ。他民族に支配される可能性は、たとえわずかであるにせよ、常に排除しておかなければならぬ。国王陛下、なりません。この者の言葉に迷わされて、国を売りかねない愚挙を犯してはなりません!」
必死に演説を続けるポッチス内務大臣を横目で見ながら、タクラム警察庁長官は顔をゆがめて密かに小さく舌打ちをした。

*****

「例の計画だが」
「はい」
「今晩実行しろ」
「・・・その前に、確認したいことがあります。」
「何だ?」
「これは、ドロシー様のためになることなのでしょうか?」
「もちろんだ。あくまでもドロシー様のお役に立てるための計画だ。」
「本当ですね?」
「本当だ。」
「・・・承知しました」
シェビッキは無表情のまま小さく礼をしてタクラム警察庁長官の執務室を後にした。

*****

深夜零時。一人で就眠中のポッチス内務大臣の寝室に警官隊が突然侵入した。
「な、何だ?こんな時間に何なんだ君たちは?」
警官隊の中から進み出たシェビッキは、ポッチスの前に令状を差し出した。
「前内務大臣ラスカー・プリロット・ポッチス、国家反逆罪の容疑で逮捕する。」
「何?誰の差し金でそのようなことを?」
「差し金ではない。正規の手続きに従っている。」
「間違いだ!何かの間違いだ!」
「弁解は取調室で聞く。さあ、みんな、この男の身柄を確保しろ!」
抵抗するポッチスを警察官が数人がかりで取り押さえ、手錠をかけた。

*****

一夜明け、ブレフスキュの都は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。ポッチス内務大臣が莫大な額の賄賂を貯めこんでいた上に、その財力を利用して国家転覆を企んでいることが判明したというのだ。政府はただちに彼の全ての任を解いた。警察はその身柄を拘束し、彼はすみやかに収監された。この間、公正な裁判が執り行われた気配はない。
ポッチスの後に内務大臣の任についたのはタクラム前警察庁長官である。タクラム新内務大臣はポッチス前内務大臣系と思われる全ての政治家・官僚を「汚職に関与した」と見なして政府から追放した。そして空きが生じたポストにはことごとくタクラム新内務大臣の息のかかった人物が充てられた。政府内におけるタクラム新内務大臣の地盤は一夜にして盤石になったのだ。なお、この一連の人事異動で新たに警察庁長官に就任したのがシェビッキである。噂ではタクラム内務大臣はコップルにも政府高官のポストを用意したというが、彼はこれを丁重に辞退したらしい。
このようにポッチス派一掃を目的とした解任の嵐の中で、一つだけ異色な解任劇があった。防衛大臣兼国家公安委員長ドロシー・ママレード・マコバン嬢の解任である。多くの国民にとって意外と受け取られたこの人事にはもちろん裏の事情がある。これはドロシー・ママレード・マコバン嬢を国王陛下の養女、すなわち王室の一員とするための前段階であったのだ。

*****

ブロブディンナグ本国に発注する新しいドレスの寸法を決めるため、ドロシーはモモさんに身体測定されていた。
「あらあらドロシー様、身長が伸びていらっしゃいますわ。」
モモさんは身長計の目盛を見て大きな声をあげた。
「148ブロブディンナグ・センチメートル。この半年で8ブロブディンナグ・センチメートルもお伸びになりました。このままいけば、近いうちにこのモモの身長を抜いてしまうかもしれませんね。」
モモさんは身長が173ブロブディンナグ・センチメートルもある。ブロブディンナグ人女性としても大柄な部類だ。しかしドロシーがそのモモさんの身長を抜く、というのもあながちあり得ない話ではない。なにしろマコバン家の娘たちは晩熟なのだ。子供のころ小柄だった2人の姉も今は180ブロブディンナグ・センチメートルを超える大女である。このまま半年に8ブロブディンナグ・センチメートルのペースで背が伸びていけばドロシーが身長180ブロブディンナグ・センチメートルに達するのもそんなに遠い話ではない。なお、半年で8ブロブディンナグ・センチメートルの成長とは、半年で200リリパット・メートルの身長の伸びということになる。
「ええと、半年で200リリパット・メートル身長が伸びたってことは・・・やだあ、一日1リリパット・メートル以上背が伸びてる、ってことお?」
ドロシーはおもちゃタウンのブレフスキュ人たちに聞こえるようにわざわざ大声で聞き返した。
「どうしよう?わたし、まだまだどーんどん大きくなっちゃうわあ!」
にんまり笑いながら横目でおもちゃタウンの様子を伺う。あのちびちびブレフスキュ人どもはきっと動揺しているだろうな。
「はいはい身長はもうそれで良いので、次は胸囲を測りますよ。」
モモさんは容赦なくてきぱきと作業を進める。ドロシーは優越感の余韻に浸る間もなく上着を脱がされ両手を挙げた。
「胸囲・・・ななじゅう・・・に・ブロブディンナグ・センチメートル」

*****

ドロシーは急いで自室に戻ると、背中でドアをバタンと閉めた。
ふう、っと大きく息をつく。
胸囲72ブロブディンナグ・センチメートル・・・
・・・はっきりいって期待していたほどの数字ではなかった。
それでも去年の測定値(非公開)を上回ってはいる。
「胸囲が膨らんできたことは確かだわ・・・」
状況を整理する。サトミはお風呂で確かに「ドロシーお嬢様のおっぱいが膨らんできています!」と言っていた。シェビッキはわたしのおっぱい山に昇りながら「傾斜がきつくてホンモノの山のようです!」と言っていた・・・そうよ、わたしは乗り越えたのよ。数字だけ見れば大したことないように見えるけど、このわずかな一歩で「ぺったんこ」と「乳」との間を厳然と隔てる壁を乗り越えたに違いないわ!
「・・・これは、使える。」
悔しいけどまだ大きさはサトミやモモに敵わない。でも、そのモモは「おっぱいは大きいだけじゃだめなんだ」って言ってたんでしょ。そうよ。ぺったんこでさえなければ、後はむしろ「効果的に胸の谷間を見せる」シチュエーションの方が大事。サトミやシェビッキがああいうのだから、わたしのおっぱいはもうその域に達しているに違いないわ。そう、胸囲72ブロブディンナグ・センチメートルは既に十分な武器なのよ。
それならばシチュエーションを考えよう。胸の谷間って、普通は上から覗き込むものでしょ?足元でうろちょろしてるブレフスキュ人たちに覗かせるのは難しいわね。かといって下乳のぞかせるような下品な服は着る気にならないし・・・
「・・・そうだわ!」
ついにドロシーは具体的な作戦を思いついた。これならいける。自然に、何気なく、胸の谷間をちらりとみんなに見せることができる。
「いつまでもパンツだけでは心もとないと思っていたのよ。これにおっぱいが加われば、もう怖いものはないわ、んふふふふふ」

*****

パンパカパーン!
軍楽隊が高らかにファンファーレを吹き鳴すと、タクラム新内務大臣が開会を宣言した。
「それでは只今から偉大なるブレフスキュ国王陛下とドロシー・ママレード・マコバン嬢との養子縁組の儀を開始いたします。」
都に集まった群衆は一斉に西部丘陵の方角を望む。本日の主役ドロシーの登場だ。
おおおおおお
軽いどよめきが起こる。いつもの軍服ではなく、ブロブディンナグ本国から届いたばかりの純白のドレスを着たドロシーが現れた。スカートの裾を摘まみながら、お上品にひょいと西部丘陵を跨ぎ越す。そのいでたちは、帽子は被らずお団子型のシニョンをきっちりと後頭部に盛って、上肢は肘上までのシルクオーガンジーグローブ。ストッキングも白で、足元は透き通ったフランス風プレーン・パンプス。シンデレラを意識したファッションかな。それにしてもヒールが高い。12ブロブディンナグ・センチメートルもありそうだ。いつもよりもドロシーの背が高く、脚が長く見える。そして問題のドレスだ。丈の短いカクテルドレスであることはブロブディンナグ出身者として致し方ない。だが肩を露出させたうえに、胸元が大胆にえぐれているのだ。日頃の子供っぽい可愛らしさを強調したドロシーのファッションセンスとは一線を画し、妙に艶めかしい。これはどうしたことだろうか?

*****

前回の国王陛下表敬訪問時と同様に、今日も都にはドロシーの姿を仰ぎ見ようと大勢の群衆が集まっていた。いや、しかし前回と同様でない点もある。前回は大勢の群衆が王宮正面の王宮前広場に集結していた。縦横500リリパット・メートルに及ぶ広大かつ壮麗な広場だ。ところが、今日はそこには誰一人としていない。立ち入りが禁止されているのだ。そこで群衆は都に立ち並ぶいろいろな建物の屋上に分散してドロシーの登場を待っていた。

*****

都の旧市街の城壁に到達すると、ドロシーはそのまま突っ立ってにこやかにほほ笑みながら足元の都を見下ろした。既にパンツ見せ放題状態であるが、確かにこの芸風は少しマンネリ気味かもしれない。
「ドロシー・ママレード・マコバン!」
いつの間にか王宮のテラスに現れた国王陛下が重々しく呼びかけた。これを聞いてドロシーは慌ててその場に片膝立てになって深く礼をした。国王陛下はその様子を見て満足そうに頷くと、高らかに宣言した。
「・・・そなたをわが養女として、偉大なるブレフスキュ王室の一員に迎える。」
おおおおおおおおおおおおおおおお
「たいへん光栄にございます、陛下。」
群衆たちがどよめくなか、ドロシーはもう一度深く礼をした。
「陛下、いや、お義父さま、もう少しおそばに寄ってもよろしゅうございましょうか?」
「うむ、苦しゅうない。近う寄れ。」
「はい。」
にっこり笑ってドロシーが立ち上がる。この会話を聞いていた群衆たちは「もっとおそばに寄っても」という意味が今一つわからない。まさかドロシーはこの人口密集地帯である都の旧市街に踏み込もうというのか?
不安に思う群衆たちにお構いなしに、ドロシーは右足を振り上げると、都のど真ん中に大股で踏み込んできた。
ずしいいいいいいいいいいいいいん
もうもうと舞い上がった土煙が晴れると、王宮の真ん前に超巨大なハイヒール・パンプスが出現していた。ドロシーのパンプスはそのつま先の部分だけであの広大な王宮前広場をほとんど占有している。いや、収まりきらず、踵は後ろに大きくはみ出している。ということは、王宮前広場を挟んで王宮に向かい合う王立美術館はこの超巨大なパンプスに踏み潰されてしまったのか?
いやいや、そんなことはなかった。パンプスのヒールは王立美術館の本館を跨ぎ越してその背面にある中庭に着地していたのだ。直径1ブロブディンナグ・センチメートルにも満たない細いヒールだが、それでも直径20リリパット・メートルを超えるのだから中庭の大半は占拠されたであろう。そこからそそり立つ今日のドロシーのヒールの高さは300リリパット・メートル。こんな高さに届く建物はブレフスキュの都広しといえど一つもない。だから中庭に着地したパンプスのヒールと王宮前広場に着地したパンプスのつま先部分が作り出す雄大なアーチの下で王立美術館は全く無傷のままであった。もっともその靴底で跨がれてしまった王立美術館の職員や来客たちは生きた心地がしなかっただろうが。
おおおおおおおおおお
群衆は都の中心部に足を踏み入れたドロシーに向かって感嘆の声をあげる。きっとこれは予定通りの行動だ。実際に、目の前に超巨大なパンプスを突き付けられても王宮では特に慌てる様子も見られない。王宮前広場が立ち入り禁止になっていた理由もこれで理解できる。なによりも、ここまでピンポイントに踏み入れるためにはドロシーもかなり練習してこなければならないはずだ。ほら、うまくいったせいかあんなに嬉しそうな顔をしている。
ドロシーは左足を旧市街の城壁の外に残したまま王宮前広場に着地した右足に重心を移動し、腰を沈め、鋭角に曲げた右膝の上から真下に王宮を見下ろした。前後方向に大きく股を開いているので下界のブレフスキュ人群衆にはこれ以上ないくらいパンツがまる見えである。でもそんなことより直近で向かい合うドロシーと王宮との比較が衝撃的だった。都で最も壮麗かつ雄大な建築物である王宮がドロシーのパンプスのつま先部分よりも一回り、いや、二回りも小さい。パンプスと比べて、ではない。そのつま先部分と比べて、である。ましてやパンプス全体、そこに踏み入れている脚、そして身体全体となると、もはや比べるのがバカバカしくなるほどの差だ。身を乗り出したドロシーはその哀れな王宮を真上から見下ろしている。可愛い小動物でも見るような眼差しで、にこにこと微笑みながら見下ろしている。都の遥か遠くから眺めると、足元にじゃれついている小さな雀の子かネズミの子を女の子がしゃがみ込んで愛おしんでいるように見えたかもしれない。この国の誇り、ブレフスキュ人の誇りである王宮は、ブロブディンナグの少女の前では小っぽけな玩具に過ぎないのだ。
もちろん、ブレフスキュ人そのものとの比較はもっと壮絶だ。王宮前広場の周囲には警備のために護衛兵がずらりと集結していた。いま、その護衛兵たちは広場のほとんどを占拠するドロシーのパンプスのつま先部分を取り囲んでいる。パンプスの圧倒的な巨大さの前ではゴマ粒も同然だ。もちろん彼らは警備をしているつもりなのだろうが、ゴマ粒ごときに何ができるというのだろうか?ちなみにパンプスの素材が半ばシースルーなのでストッキングに覆われたドロシーの足指の1本1本も生々しく観察できる。高さ30リリパット・メートル、長さ100リリパット・メートルほどもあろうか。親指はそれよりも大きい。その1本1本がブレフスキュ人護衛兵士にしてみれば怪獣のような大きさ。逆にこの足指と比べるだけでもブレフスキュ人の護衛兵士はアリのような小ささだ。おそらく全兵力が集中して戦ってもあの足指1本倒すことはできまい。12歳の女の子の足指1本に総力挙げて立ち向かっても完敗してしまう護衛兵団に存在意義はあるのだろうか?
「お義父さま、おそばにお呼びいただきまして、ありがとうございます。」
本当に真上からドロシーの嬉しそうな声が響き渡る。眼前には護衛兵をまるで相手にしない超巨大なパンプス。ちょっと視線を上げれば都の空のほとんどを埋め尽くす超巨体。そして降り注ぐ可愛い大音声。国王陛下はドロシーを王宮近くまで招き入れたことを少し後悔していた。タクラム新内務大臣から強く勧められたのでその通りにしてみたのだが、これは思ったよりもストレスフルだ。こんな式典、早く終わりにしてしまおう。
と思っていたら、ドロシーから予想外の申し出があった。
「ドロシーはお義父さまにお礼がしとうございます。お受けしていただけますでしょうか?」
・・・え?・・・聞いてないよ・・・

*****

よーし、ここまでは計算通り。ブレフスキュ国王陛下の養女の座はゲットしたし、群衆たちの反応もまずまず。直近でパンプス見せつけてやったのはちょっと良かったかもね。これで九割方今日の目的は達したけど、念には念を入れて、いよいよ本日の必殺スペシャルをお見舞いしてやるわ、んふふふふ・・・

*****

ドロシーは眼下の王宮に向かって懇請した。
「お義父さま、ドロシーが接吻することをお許しください。」
「なんと!」
国王陛下は目を丸くした。あの巨大な唇で、この王宮をまるっと一呑みにしてしまえるほど超巨大な唇で、せ、接吻とは・・・流石に不安になって背後のタクラム内務大臣の顔色を伺う。タクラムは眉毛ひとつ動かしていない。ひええ、家来が落ち着いているのに朕がへたれた姿は見せられないよ。国王陛下は意を決し、半ば泣き出しそうになりながら鷹揚に頷いた。
「・・・よ、よろしい・・・ドロシーの接吻を、許す。」
「ありがとうございます、お義父さま!」
ドロシーはぱっと咲いた大輪の花のような笑みを浮かべた。次に上体を起こし、重心を城壁外に残した左足に移動して、そして立ち上がりながら王宮前広場に踏み込んでいた右足を引いて城壁外に戻した。要するに都の旧市街から外に出たのである。これで国王陛下も一安心、と、思ったら、今度は両脚を左右に大きく開いて都を跨ぎながらじりじりと前方ににじり寄ってきた。まだ子供体型のドロシーであるが、今日は高いヒールを履いているのでこんな超脚長ブロブディンナグ娘専用の芸当も可能なのだ。
王宮前広場を見下ろす位置の手前まで進むと、ドロシーはそこで前進を止め、そして腰を屈めて両手を重ねながら王宮前広場に置いた。変則的な四つん這いだ。徐々にその両肘を曲げていく。両脚をおっぴろげたままお尻は高く突き上げて、肩が落ち、地面に向かって顔が徐々に下降していく。
「お義父さま、ドロシーの接吻をお受け取りくださいませ。」
天空から降臨してきたドロシーの顔が王宮の上空全体を埋め尽くす。眼を閉じて、唇を尖らせて、まだまだ近くに迫ってくる。視野はどんどん拡大され、やがて一面が真っ赤な唇に置き換わった。テラスの国王陛下は思わず後ずさりしながら手すりを強く握りしめる。なおも上空から迫ってくる唇はもはやそれだけで王宮に匹敵する巨大さだ。呑み込まれるのか?吸い込まれるのか?上空を見上げる王宮のスタッフは観念して目を閉じた。
ぶちゅ!
心地よい唾液臭が王宮を包み込むと、壮麗な建物の王宮前広場に面した一面がほとんど全て真っ赤に彩られた。キスマークだ。国王陛下の立っておられたテラスは下唇の真ん中あたりであろうか。辛うじてルージュに絡め取られなかった陛下は、頬を上気させうっとりとした目つきで王宮を見下ろすドロシーに労いの言葉をかけた。
「・・・ド、ドロシーよ、わが愛しの娘よ、朕は嬉しいぞ。」
「ありがとうございます、お義父さま」
再び肘を曲げ、王宮に向かってぺこりと頭を下げる。腰を突き上げて頭部を下げる姿勢だ。なんだかさかりのついた雌犬みたい。しかしブレフスキュみたいな小人の国では巨大なブロブディンナグ人が窮屈な姿勢を取らざるを得ないってのもわからんではないけど、それにしても上流階級出身のお嬢様が、しかもこれから一国の王室の一員になろうというお嬢様が、公衆の面前で次から次へとお下劣な姿勢を見せつけすぎだよなあ・・・特に今のこの姿勢は上半身だけ半ば逆立ち。つまり地表から見上げるブレフスキュ人たちにはまず近くに肩と胸が見えちゃってその向こうに腰がある。上空から飛行機に乗って見下ろしでもしない限りお目にかかれない変な角度なんだけど・・・
・・・
あれ?
これって、確か「足元でうろちょろしてるブレフスキュ人たちに覗かせるのは難しい」って言ってたアングルそのものじゃない?
そういえばドロシーはさっきからこの不自然な姿勢を保ったまま動かない。しかもその眼が怪しく光っている。

*****

よし
仕掛けは上々
自然の流れでこの不自然な体勢に持ち込むことができたわ
充分にみんなに見せつけておいて
後はタイミングだけ
・・・
大きく息を整えて・・・
・・・
・・・
いまだ!

*****

「きゃああ」
急にドロシーが間の抜けた声をあげて、都中の群衆はその場に尻餅をついた。
「・・・見えちゃったああ・・・」
棒読みでドロシーが悲鳴を上げる。その割に動きは緩慢だ。そのままの姿勢を十分につづけた後、頃合いを見計らってよっこらしょと上体を起こし、両手を地面から放すと大股開きで都を跨ぎ越した姿勢のまま背中を丸めて両手でわざとらしく胸元のあたりを隠す。
「見えちゃったああ・・・」
・・・
・・・
何が起こったのだろうか?
・・・
群衆たちは呆気にとられ、都は水を打ったような静けさに包まれた。

*****

あれ?
予想に反してリアクションがないなあ・・・
みんな、どうしちゃったのかしら?あんなに完璧なタイミングで「胸の谷間チラリ」してあげたのに・・・
・・・
そうか、みんな心の準備ができてなかったので胸ドキンで声も出ないのね。
それって・・・つまり大成功!ってことじゃない!
そうよ、そうに違いないわ。

*****

立ち上がったドロシーは、わざとらしく頬を紅らめると、二三歩退いてから都の中心に向かってぺこりと一礼した。
「・・・こ、これで、失礼いたします。」
くるりと都を背にする。一歩、二歩、三歩、四歩、で、西部丘陵を跨ぎ超える。
これで営業用の表情はおしまい。
ふふふふふ
ダメ押しのダメ押しのダメ押しまで成功。これでブレフスキュ国民のわたしへの支持は盤石。みんなわたしの計算通り、ってことね。
ドロシーはほくそ笑みながら意気揚々と引き揚げた。

*****

王宮内に残ったブレフスキュ国王陛下とタクラム内務大臣は首を捻っていた。わからない。どうしてもわからない。
「・・・タクラム」
「はい、国王陛下」
「あいかわらずドロシーの迫力はたいしたものだな。」
「はい。しかしそのドロシーさまがブレフスキュ王室の一員となられた今は、国王陛下のご威光もますます盤石かと。」
「・・・それにしてもわからんのだ。」
「は?」
「ドロシーが王宮に接吻した後、確か『きゃあ、見えちゃった!』みたいなことを言っておったよな・・・」
「わたくしにもそのように聞こえました。」
「あれは、何が見えたのだ?」
「・・・申し訳ございません。あのシーンはしっかりと見届けておったつもりではありましたが、実はそこだけが理解できませんでした。」
「うむ、お前もそうか・・・あれはいったい何が『見えちゃった』のじゃろうかなあ?」
「・・・」
二人は腕を組んで首を捻る。考える。じっと考える。ややあって、タクラム内務大臣がおずおずと口を開いた。
「・・・あれは、もしかして」
「もしかして?」
「・・・『胸の谷間が見えちゃった!』と、おっしゃりたかったのでは、ない、か、と・・・」
「胸の谷間?」
・・・

・・・
ぷふふ
ぶふふふふふふ
ぶはははははははは
ぶわあっはっはっはっはっはっはっははははははは!!!
二人は腹を抱えて笑い出した。
「んなわけないじゃろ!」
「そーおですよねえ陛下!あっれを胸の谷間とは・・・」
「いわんじゃろ!いうわけないじゃろ!」
「そーおですよねえ、陛下!あれで胸の谷間ちらり、なーんて・・・」
「詐欺もいいところじゃろ!隙間もなーんもありゃあせんじゃろ!」
「そーおですよねえ、陛下!」
ぶわあっはっはっはっはっはっはっははははははは!!!
「腹いてえええ!」
二人はその場にのた打ち回って、手を床に叩きつけ、涙を流しながら笑い転げ続けた。哀れ、このドロシーの作戦は完全に空振りだった。

*****

「ただいまー!」
「おかえりなさいませ」
上機嫌で帰宅したドロシーをモモさんが出迎えた。
「如何でございました、今日の式典は?」
「モモ、どうもありがと!」
ドロシーは艶っぽく首をそり返しながらモモさんにウインクした。
「言うとおりにやって、みんなを『悩殺♡』してやったわ。」
「・・・はい?」
「んふふふふふふふふ」
ドロシーは自信満々に謎の笑みを浮かべながら自室に戻っていく。かくして最後までドロシーの一人相撲であり、謀略は悲劇的結末を迎えたわけだが、でもまあ本人は幸せそうなんだからそれはそれでいいか。

*****

ドロシーは一人で自室に戻って鏡の前で髪のセットを振りほどいていた。
今日の出来はまずまずね。これで国民のわたしへの支持はゆるぎないはず。そして何よりも、国王陛下に養女にしていただいて正式にブレフスキュ王室の一員となれたという既成事実が大きいわ。
ここまでタクラムは役に立ったわね。うん、あいつの計略に乗ったふりをして随分とことをうまく運べたもの。おおかたあいつは国民的人気の高いわたしを傀儡の王位に就けて、それで自分が宰相か何かになって権勢を振るおうとか考えてるんでしょ?なら次はきっと国王陛下と皇太子殿下を引き摺り下ろす算段をしてくるはず。それはまずいわ。そうなる前にシェビッキにタクラムを始末させましょ。なあに、理由なんかいくらでもでっち上げられるわ。
で、タクラムが失脚したらすぐにポッチスが復権するわね。ポッチスは国民に人気のあるわたしのことを警戒しているから、きっとわたしをブレフスキュの国外へ追放しようと画策するでしょ。んふふ、しめしめ。
え?それでいいのか、って?・・・もしかして、みんな、わたしがブレフスキュの王位を狙っているとでも思っていたの?
残念でした。ハズレです。わたしはブレフスキュの王位「を」欲しいなんて思っちゃいません。ま、ブレフスキュの王位「も」欲しいとは思うけどね。そのために「いま」はブレフスキュに手を出しちゃいけないの。
じゃあ何を狙っているの、って?
・・・
ふふふ
リリパットよ。
わたしはブレフスキュの国民に圧倒的に支持されている。だからポッチスはわたしを何としても国外に追放したい。でもわたしはもう王族の一員。追い出すためにはそれなりの大義名分が必要。そこで渡りに舟がリリパットなのよ。考えてもごらん。ブレフスキュ人のピロポ国王とブロブディンナグ人のローラ王妃との間に子供ができるわけないでしょ。だからリリパット王室は間違いなくこの代で断絶。誰か後継者を連れてこなければならないの。ブレフスキュ王家の一員であるわたしはその後継者として充分な格よね。必ずポッチスはわたしをリリパット王室へ送り込むはずだわ。もちろん難色を示すわたしや国民を懐柔するために「次期女帝」としての地位を確約した上でね。
でも実際にわたしが女帝になるのは自然な流れでもあるわ。だってブロブディンナグの王家には皇太子のマーカス殿下しかいらっしゃらないんだから、リリパットに送り込めるのはせいぜい傍流の誰かよ。ブレフスキュ国王陛下の娘であるわたしの方が間違いなく格上だわ。そして大事なことは、わたしが「ブレフスキュ王家を代表して」リリパット王室に入るということ。この意味わかる?わたしの国籍はブレフスキュだけど、民族的にはブロブディンナグ人。だからブロブディンナグからわたしのパートナーとして送られてくるブロブディンナグ人との間に子供を作ることができるのよ(JUNKMAN注:ドロシーはまだ12歳なので具体的な子供の作り方は教わっていません)。そんなことのできるブレフスキュ人はわたしだけ。つまり、わたしだけがリリパットに継続可能な王朝を築ける能力を持った人間なのよ!
そんなわけでわたしは、自分の意志ではなく、周囲のせいで、泣く泣く大好きなブレフスキュを追われて、リリパットへ送り込まれる悲劇のヒロインになるの。そう、そのために頑張って国民に媚を売って、人気取りして、ポッチスの不安を煽ってきたんだものね。そしてその悲劇のヒロインは、一切の野心を見せることもなく、自然の流れとして、リリパットの王位に就くの。そうよ、ブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュ連邦の上位王室であるリリパット王室の女帝の位に、このわたしが、就・く・の・よ。小さいころのわたしを知っているリリパットの国民はみんなわたしのことを嫌っているけど、そんなの知ったこっちゃないわ。逆らったら圧政でぎりぎり締め上げちゃうだけのこと。またあの頃みたいにみんなを虐めるのもいいわ。だってわたしが女帝になるってことは国民=使用人ってことでしょ?
で、上位王室であるリリパットを掌握したら、もう静かにしている必要はないわ。三王国の統一よ。手始めにブレフスキュ。これは簡単ね。ブレフスキュの王権を「ブレフスキュ王室出身(←ここ重要)の上位王室の女帝に献上する」という名目でかっさらうの。大丈夫、悲劇のヒロインであるわたしには圧倒的な国民の支持があるし、そもそも公安もわたしの思うように動くから反対者はみんな捕まえちゃえばいいし。もしかしたら申し訳ないけど国王陛下や皇太子殿下もしばらく幽閉させていただくことになるかもね、てへ。
最後はいよいよ本丸のブロブディンナグ。ここはブレフスキュほど簡単ではないから事前に入念な国内工作が必要だわ。マコバンコンツェルンの総帥であるパパに派手にお金をばらまいてもらって、国内に三王国統一の大義を説き、その気運を高めてもらいましょ。情報工作の要であるマスコミはお金でどーにでもなるし、パパはわたしにメロメロだからいくらでも出してくれるはずよ・・・
ドロシーは鏡に向かって片手を伸ばした。
「・・・そこよ。すぐそこ。」
手を伸ばせばすぐ掴み取れそうな未来に、わたしのほしいものがある。
うん、でも慌てる必要はない。
慎重に、慎重に、慎重に、無理なく、自然な流れで、権力を、徐々に、徐々に、掌握し、熟した柿が落ちるように、最後には必ず、ブロブディンナグ・リリパット・ブレフスキュの三国全てを手に入れるのよ。
そしてわたしは永遠に続くマコバン王朝の初代女帝として人々の上に君臨するの。
うっとりと目を閉じた。
・・・
うふふふ
おほほほほほほほ
あははははははははははははははははははははははははははははははははは
・・・
まさにその時、この部屋のドアノブに手をかけた人物がいたことにドロシーは気づいていなかった。
・・・がちゃり

わたしのほしかったもの・続く

予告編
事態は風雲急を告げ急転直下で大団円へ。誰が、何を、手に入れたのか?次回わたしのほしかったもの・最終章「わたしのほしかったもの」お楽しみに