この話はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
「夜明け前のオフィスにて」
作 モア 1999/06/28 Ver2.2
紫色だった空が徐々に朝焼け空に変わっていく。今日も俺は職場で徹夜をしてしまった。昼間は騒がしい営業課も、今は規則正しく並んだ机があるだけのひっそりした部屋だ。
…ふぅ。やっつけ仕事が長引いてしまったが、もう少しで完了、始業時間まで仮眠できるぞ。
俺は、プリントアウトした書類を取りに行くため、3時間ぶりに椅子から立ちあがろうとした。しかし、疲労のためその動きは鈍い。その時、うっかりと眠気覚ましのスティックを下に落としてしまった。
ぽとん ころころ…
それは、勢いよく机から落ちると、隣の机の下に入りこんで、あっというまに見えなくなった。
「ちっ、」
おもわず、舌打ちをして己のミスを責めたあと、仕方なくのろのろと前かがみになってスティックを探すことにした。
「よいしょっと」
机の下は余り掃除されていないらしく、うっすらと埃が堆積しており、誰かが落としたまま忘れ去られた小物が散らばっている。
「みつからねぇな」
しばらくすると、疲労で軋んだ体に前かがみの姿勢は大変苦痛になってくる。そこで、俺は思い切って床へうつぶせになって探すことにした。
「どっこいしょっと」
…うーん、床は固いけど背骨が伸びて気持ちがいい。
しばらくの間は、その姿勢のまま落し物探しを続けていたのだが…
そのとき、俺はふと何かに気が付き、うつぶせのまま並んだ机をゆっくりと眺めはじめた。
「…」
こんな低い位置から部屋を見たのは初めてである。しかし、何か妙に懐かしい。以前もこんな景色を眺めたような気がする。
思いだした。昔の特撮番組で見た町並だ。
色彩の統一された事務机の列から、白っぽい造りの特撮のビル群を連想したのだ。
その瞬間、俺の眼前に広がる規則正しい机の列はビル街に、椅子の並ぶ灰色の通路はアスファルトの道路、そしてやわらかな曲線を描く配線カバーは歩道や中央分離帯などにに変わっていくように感じた。
その時の俺は、よほど疲れていたようだ。落し物を探すのを忘れて、目の前に広がる空想世界に夢中になったからだ。………ビルよりも高いところから怪獣が現れて、この町を玩具のように壊してしまうのかな。
…いや、怪獣じゃなくて巨大化した人間が暴れても面白いぞ。あれ、なんだったかな。小学生の頃、午後5時から再放送していた特撮番組。たしか、女性隊員が巨大化して町を壊すような話があったっけ。うーん思い出せない
…何か眠いや………まぁ………いいか…… (-_-)Z・ (-o-)ZZ… (-_-)ZZZ… (-o-)ZZZZ… (-_-)ZZZZZ…。
どうも、そのまま寝てしまったらしい。
そして、どのくらい時間が経ったのだろう。ふと、規則正しい振動を肌で感じたのだった。
ずしん。ずしん。
…何だこの音は?
思わず、俺はうっすらと目をあけた。すると、目の前に途轍もなく大きなものが存在することに気づいてしまう。
「!」
それは、巨大なハイヒールだったのだ。
「…」
それを見たとき、一瞬声にならぬ声を上げてしまった。
…一体何が起きたんだ?…怪獣のいる町?・…
まだ夢の中なのだろうか。必死に考えようとするが、寝不足で回転の鈍い頭はなかなか動き出さない。
…本当に巨人が現れたのだろうか。なんかそんな記憶があるな。しかし、どちらにせよここにいては危険だ。あんな大きなハイヒールに踏み潰されたら、ひとたまりも無いぞ。一刻も早くここから逃げなければ。
すると、ハイヒールは俺の心を見透かしたかのようにゆっくりと動きはじめた。徐々に、つま先がこちらを向くのがわかる。
…しまった、見つかったか!あぁ踏み潰されるんだ・・・。
「きゃぁああああ!」
頭上で金切り声が上がったので。思わず天を見上げるとはっとした。そこには、巨大な女性が立ちはだかり俺を見下ろしていたのだ。
…うわあああ!巨人だ!
「…あれ?」
しかし、何か見覚えのある顔である。
「そうだ…!」
…あれは、営業2課の山根美紀子さんじゃないか。一体どうして巨人になったんだろう?
「ひ、人が倒れてるううううう!!」
引きつった彼女の顔を見て、俺はやっとすべてを悟った。
…あっ! 俺はうつぶせのまま寝てしまったんだ!そして、早出した山根さんがそれを見て、死体と勘違いしたんだ!
誤解を解くべく、すぐに立ちあがろうとした。
ごつん!
その時、机の端に頭を思いっきりぶつけ、再び目の前が真っ暗になった。彼女が駆け出しながら警備員を呼ぶの声をかすかに聞いたような気がするが、やがて意識を失ってしまった。
-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
今でもこの出来事を思い出すと、恥ずかしさと微かな高揚感が甦って思わず苦笑してしまう。うん、現実世界でGTSの世界を実感することなんて、そうざらに無いことだからな…。
終