この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


 小さな冒険 その2

            作 モア

     「玩具列車で行こう!」 1999/09/10 Ver1.3

「お義父様、思ったよりお元気で良かったわね」
「親父は、少々のことじゃ死なないよ」
 今日は、父の見舞を兼ねて久々の里帰りである。まぁ、車で1時間ほどの距離だからいつでも帰れるのだが、何かと忙しくて最近ご無沙汰だったのだ。
しかし美紀子よ、たまには俺にも運転させてくれよ。
「だーめ。もし運転している時に小さくなったらどうするのよ」
 俺が魔法にかかって以来、車の運転は御法度なのである。たしかにそうだけど、やっぱり助手席は退屈である。
「自分で運転したければ、早く魔法を解いてもらいなさい。…ところで後部座席に置いてある大きな荷物、あれは何?」
「ん?…それは帰ってからのお楽しみ」
「ふーん。何だろ?」

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「わー!何よ、このガラクタ!」
「ガラクタとは何だ!俺の宝物だぞ」
 大きなダンボール一杯に詰められたもの。それは、子どもの頃夢中になっていた模型鉄道のレールと汽車だった。模型とはいっても、「プ■レール」とよばれる玩具だが、あのころはリアルに感じて夢中になっていたものだった。
 実家で母が、捨てたいけど必要なら持って行ってほしい、と言われて慌てて回収したのである。よーし、久々に部屋一杯にレールを広げて遊ぼうかな。
 すると、いきなり美紀子が声を張り上げて反対する。
「あなたは家を物置にする気なの! コンピュータに、コミックに、プラモデルに、アウトドア! あなたの趣味に付き合っていたら、私達の寝る場所が無くなってしまうのよ!」
 ちょっと大げさだなぁ。じゃあ、プラモデルをどこかへ片付けるから何とかしてくれよ。
「いけません」
 …じゃ、1週間だけ置いてもいいだろ?
「捨ててきなさい」
 うやむやにして居座る作戦もダメか…。うーん残念だけど万事休す。じゃ、今日一日だけ運転させてくれ。
「・・…」
 美紀子は、長ーいため息をついた後、仕方ないという表情をして俺を見つめた。
「・…今日だけならいいわ。絶対に約束よ!」
 わーい!
 早速、居間にあるものをすべて脇に寄せ、ダンボールの箱を開けてレールを取りだすと、レールの組み立てを開始した。限られたスペースで、満足いくレイアウトを考えるのは案外難しいものである。しかし美紀子は、駅のホームや立体交差の設置場所を真剣に考える姿を見て、あきれた顔をしている。
「まったく圭ちゃんって…、そんなもののどこが面白いの?」
 こればかりは君にもわからないだろう。汽車を走らせる楽しみは、レイアウトにあるということを。
 するとその時、結婚指輪が熱くなったかとおもうと、たちまち体が縮んでしまったのだった…
・…こんな時にかよ…
 
突然の出来事に、オレは思わず座り込んでしまった。全く運が悪いもので、この体ではレールを敷くことができない。すると急に周囲が薄暗くなって、頭上に美紀子の巨体がぬっと現れた。その顔には皮肉な表情がうかんでいる。
「小さくなってしまったから、これでは遊べないわね。じゃ、片付けて捨てちゃいましょうか」
「ま・待ってくれよ! 今日一日は遊んでいいって言う約束だろ。」
「…わかりました。勝手にどうぞ」
 美紀子はそう言うと、隣室へ地響き上げて行ってしまった。
 こうして線路工事は再開したのだが、レールの運搬が重くて大変である。このままでは線路の完成に一週間かかってしまうと考えると、やむを得ずキッチンにいる美紀子に向かって大声を上げた。
「美紀ぃ!たのむからちょっと来てくれ!」
 すると再び畳が揺れて、美紀子がこっちへやってくる。
「なによ、夕食の支度しているのに」
「悪いけど、レール広げるの手伝ってくれ」
「だーめ、忙しいんだから」
 うーむ、仕方がない…。こっちも意地だからな、痛いけど切り札を使おう
「…手伝ってくれたら、夕飯をおごろう。何でも食っていいぞ」
すると、突然彼女の目が輝く。
「本当!ならば夕食作らなくていいから手伝ってあげる」
…もしかしたら、それを狙っていたんじゃないか?美紀子のヤツ。

ー・-・-・-・-・-・・-・・-・-・-・・-・-・-・-・-・-

「うん、そのレールだ。…違う、違う!立体交差はもう少し手前。そこだとポイントが置けないじゃないか」
 俺は駅のホームに陣取って、工事現場の監督よろしく美紀子に向かって指示をする。彼女はぶつぶつ言ってたけど、ご飯をおごるんだから言うとおりに働いてくれなきゃ困る。
…しかし、小人になって玩具のホーム越しから彼女の働く姿を眺める、というのもオツなものだなぁ。
 美紀子は向こうを向き、四つ這いになってレールを組んでいるのだが、今日は綿の短パン姿なので、くっきりと浮びあがった下半身の曲線を仰ぎ見ることができるのだ。
「どこみてるのよ」
 やはり視線に気づくのか、美紀子の顔が振り向いてじろりとにらむ。
…まあいいじゃないか、これも食事代のうちだよ。
「よし、今度はこっちの複線レールをつないでくれ!」
「はいはい」
 美紀子はそう言うと、レールを取りにこっちへやってきた。2つの白いソックスが交互にどんどん迫ってくる。
…!え?、歩幅がちょっと変だぞ、おい、踏み潰す気か!ああっ!。
 いきなり俺のすぐそばに、白い大きな物が大きな音をたてて落下したため、風圧でホームから転がり落ち、しこたま尻を打ちつけてしまった。彼女は、ホームぎりぎりに左足を着地させると、そのまま駅を跨いで行ったのだ。
…いてて、さっきのお返しかよ。

 30分ほどで、ようやくレールが完成した。次はいよいよ汽車を走らせる番である。美紀子に頼んで箱から出してもらった車両は、「C-12」と書かれたタンク式蒸気機関車と貨車である。彼女は、指示に従って汽車に電池を入れ、貨車を連結してホーム脇の線路に並べてくれた。
 俺は、ホームを歩きながら得意になってそれを眺める。「■ラレール」だからディティールなんぞあったものじゃないが、汽車の大きさが俺のスケールにまずまず合っているので、まるで遊園地の列車みたいである。
…遊園地の汽車か、こりゃいいぞ。
 そのとき、ふと面白いことを思いついて、列車に連結された無蓋車に乗り込み美紀子へ声をかけた。
「汽車のスイッチを入れてくれ」
「えっ。乗っちゃうの」
「うん、せっかく小さくなったんだ。車窓を楽しみたいよ」
「そりゃいいけど…気をつけてね」
 美紀子の大きな手が汽車に触れたかと思うと、慎重な手つきでスイッチを入れてくれた。たちまちモータのうなる音がして汽車が進みはじめる。
 その瞬間、俺は思わず叫んでしまった。
「出発進行ゥ!」
 15年以上も動かしていない機関車なのに、走りは快調。たちまち駅を後にして、踏み切りを越えカーブを過ぎると長い直線を走り始めた。
…うーん良い気持ち。美紀子はこの姿見てるかな…。 
 すると美紀子は、線路の脇で寝そべって、片肘ついて膝を曲げ、微笑みながらこっちを眺めている。
 汽車はその横をゆっくりと進んで行くので、俺は彼女の流れるような体の曲線をじっくりと眺めることができた。やがて、美紀子の顔に近づいたので大きく手を振って挨拶をすると、彼女も片手を振ってそれに答えてくれた。
 そのあと汽車は、単線の駅を通過してカーブを曲がり、複線に合流して再び駅に戻ってくる。しばらくの間は同じルートを走っていたが、ちょっと景色に飽きてきたな。
「美紀!ポイントを変えてくれ」
「はあい」
 たちまち大きな人差し指がレールに伸びて、黄色いポイントを押しやった。すると、汽車は路線を変更して高架線を渡りはじめる。高架の高さは、寝そべった美紀子の目線より少し下くらいなので、汽車が彼女の近くまでやってくると俺に話しかけてきた。
「圭ちゃん、気分はどう?」
「うん、最高。しかし…」
「しかし?」
「踏みきりも高架もあるのに、トンネルだけ無いのは残念だな」
「ふうん」
たちまち、彼女の表情がいたずらっぽく変わっていく。
「じゃ、私が山になってトンネルを作ってあげましょう」
 そう言って、美紀子は起き上がったかと思うと、その先のレールの上でうずくまるような四つ這いになり、即席の「人間山」トンネルを作り上げたのだった。
「さあ、どうぞ」
 すると、頭上に大きな美紀子の顔が迫ってくる。まるで彼女の体に吸い込まれるような錯覚をおぼえながら、汽車は「人間山」のトンネルをくぐり始めた。薄暗い中を汽車は進みつづけ、俺はじっと天を見上げて間近に迫る彼女の体を眺めたのだった。やがて視界が明るくなって、おもむろに背後を見つめると、彼女の大きな臀部が視界より去って行く。
 列車が通過したことを確認した美紀子は、今度は列車に並走して、四つ這いの姿勢で進みながら汽車をながめはじめた。
…何だ、美紀子も結構楽しんでいるじゃないか。
 そこで、ひとつ質問をしてみる。
「美紀どうだい? 汽車あそびは」
「うーん。始めてみたら悪くないかな…」
「うんうん、いいだろ?また遊んでみたいか?」
「良いかもしれないけど、今日でおしまいだから無理じゃない?」
…ちぇっ、約束をおぼえてやがる。でもいいか、最後になって自分で作った鉄道模型に乗車できたんだから…。
 こうして1時間くらい汽車に乗って楽しんだあと、駅のホームで列車を止めるよう美紀子に指示した。彼女がホームの隅にあるボタンを押すと、列車は突然停車する。俺は、ひょいとホームに降りて再び美紀子に向かって声を上げた。
「おーい。手のひらにのせてくれー」
「うん、わかった」
 彼女は、駅のそばにやってきて片膝ついて右手をおろしてくれたので、その上によじ登って立ち上がるように促した。すると、たちまち宙に上ったので、下界を見下ろすために彼女の手のひらで匍匐全身をはじめた。
 美紀子は、俺の行動に危険を感じたのか手のひらをやや窪めたようである。
「圭ちゃん、危ないから気をつけて」
 やがて、中指の先端まで進んで慎重に顔を出すと、眼下に「プラ■ール」の線路全体を俯瞰することができる。俺は、その姿勢でしばらくの間ぼんやりと景色を眺めていた。
…小学生の時以来、ずいぶん楽しませてもらったな。それも今日でお別れか…。
 そう思うと、ちょっと感傷的なってしまい、ぽつりとつぶやいてしまった。

「さようなら、僕の鉄道・…」

 突然手のひらがピクリと振動する。びっくりして見上げると、少し真面目な表情をした美紀子の顔が、俺をじっと見つめていたのだった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

翌日の夜半…
 俺は重い動作で靴を脱ぎ、夕飯を作っている美紀子に帰宅の挨拶をしたあと、着替えるため居間に入った。そして何気なく家具の上にある棚を見つめる。
 するとそこには、「C-12」と数両の貨車が飾られているではないか。
「!」
 意外な出来事に、びっくりしてキッチンに駆け込むと、美紀子にその訳を尋ねた。
「レールは邪魔になるから捨てたけど、汽車ぐらい置いてもいいかな、って思って残したの。子どもが生まれて大きくなったらレールを買い足してまた走らせましょ」
「…ありがと」
「…さあて、ご飯にしましょ。圭ちゃん、早く着替えてよ」
 思わぬ出来事に、嬉しさ一杯で汽車を眺めながら着替えはじめる。再びあれを走らすことができるんだ。しかし、どういう風の吹きまわしなのだろうか、あれほど捨てると言ってたくせに…

そうか、あの時…
 君の手のひらが震えたのは、俺の小さなつぶやきが聞こえたんだな。
…昔の思い出を残してくれて、本当にありがとう。
 俺は箸を取りながら、ちらりと美紀子を見つめて目線でそう話しかけたのだった。
 おいしそうにご飯を頬張っている彼女だが、その目礼に気づいてくれただろうか…。

                            第2話 おしまい



   ―おまけ―
 
 書いているうちに季節はずれの内容になってしまったので、おまけとして入れました。
 この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

小さな冒険 

            作 モア

     「閑中水泳」

 
 俺は、入念な準備体操を終えた後、体をなじませるようにゆっくりと水に入りはじめた。さっきまで大汗をかいていたのに、水に入ると身を切るような寒さに襲われる。なぜなら、水面には大きな氷がいくつも浮いているからだ。しかし、歯を食いしばって水に浸かると、氷の浮ぶプールで遊泳を開始した。秋とは言え真夏のような天気だが、水に入るとまるで寒中水泳である。
 しばらく泳ぐと体が火照ってきて少し気持ちが良くなってきたようだ。そこで、得意の平泳ぎで水の上を縦横無尽に泳ぎはじめる。あまり広いプールじゃないからすぐに岸に着いてしまうが、だんだんハイになってきて、美紀子に向かい自慢の声をあげた。
「美紀ぃ、どうだ?俺の泳ぎっぷりは」
「うん、いいわね」
 美紀子は他の事に夢中らしく上の空で返事をしている。その声に少しむっとしたが、まあ仕方がない。すぐに気を取りなおして泳ぎつづけた。
 その時である、足に縄が絡み付き、水中に引っ張られたかと思うと大量の水を飲み込んでしまった。突然の事態に、むせながら絡みついたものを解こうとしたが、寒さで体が痺れたのか手が言うことを聞かない。このままでは溺れ死ぬ、と思った俺はとっさに叫び声をあげた。
「た・助けてくれー」
 その直後、天から2本の棒が降りてきて俺をひょいと摘みあげたのだった…。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「だから、素麺の器で泳ぐな、っていったのよ」
 箸で摘みあげた美紀子は、ぐったりとする俺に向かって呆れ顔でそう言った。
「うるさーい。せっかくのお昼時に小さくなってしまったんだ!食べられなきゃ泳ぐ以外何ができる!…ううっ寒い」
 やせ我慢でそう怒鳴ったものの、体温がだいぶ奪われたようで、奥歯がガチガチとなり鳥肌が立っている。
…真夏に凍死だなんて、冗談にもならないぞ。
 それを見た美紀子はつぶやいた。
「仕方ないわね、ここで暖まってなさい」
 美紀子は左手で俺を箸からはずすと、胸元をくつろがせてそっと入れてくれた。彼女の暖かい肌が冷えきった体を柔らかくつつんでくれる。こうして、俺はようやく人心地ついた気持ちになった。そのあと彼女は立ちあがり、箸を交換するためにキッチンへと歩きだした。
「圭ちゃんの素麺、あとで責任持って食べてよ」
「わかってるよ。水を切ってお好み焼きの具にするから」
 彼女は、箸を交換して再び素麺を食べはじめた。俺のいる位置からそれを見ていると、まるで白糸の滝が逆流しているように見えるし、麺をすする音まで滝壷の音みたいだ。
…何気ない食べ姿も、小さくなって見るとずいぶん迫力があって見ごたえがあるんだな…。
 しばらくその姿に見とれていたが、やがて腹がくぅと鳴りはじめる。何だかこっちまで腹が減ってきたので、思いきって美紀子にねだってみた。
「おーい、おなか空いたよー、少し食べさせてくれよ-」
 突然、滝の逆流が止まったかと思うと、彼女は滝壷…麺ツユの器…をちゃぶ台に置き、何やらごそごそと細工をはじめたようである。
「はいどうぞ」
 すると、目の前に爪楊枝に突き刺された素麺の切れ端がやってきた。とは言っても、それは太いハムを数本合わせた程の長さがある。
「ありがと」
 俺は礼を言うと、両手でそれを抱えてかぶりつく。味は麺ツユのダシそのままで、まるで安い蒲鉾か魚肉ソーセージみたいなぷりぷりした歯ごたえだった。ふと気が付くと、上では再び滝の逆流が始まっている。それを眺めながら、黙々と食事を続けたのだった。
 ひととおり食べ終えて、お腹がくちくなると満ち足りた気分になってきた。美紀子の肌もさらさらして気持ちがいいし、極楽気分である。小さくなって何だか得した気分だなぁ…

 するとその時である、結婚指輪が急に熱くなりはじめたのだ。
「しまった!」
 例の合図に気づいて、急いでそこから脱出しようとするが、美紀子の胸が柔らかすぎて思うように動けない。それでも俺は、必死になって胸元から飛びだした。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「うわあ」

 びりびり

「きゃぁ」

 がちゃん!ばりばり

 叫び声と、ものが割れる音が同時に響く。脱出の途中で元に戻ったので、美紀子のブラやシャツは破けてしまい、俺はその姿勢でちゃぶ台に投げ出されたものだから、その上のものをすべてひっくり返してしまったのだった。
「何するのよ!突然元に戻って」
美紀子は、胸元を押さえながら大声をあげる。
「…ごめんなさい」
麺ツユの匂いが染み込んだ服を気にしながら、俺は情けない気持ちになってあやまった。
「あーぁ!素麺まで滅茶苦茶にして。圭ちゃんが責任持って片付けなさいよ!」
「はあぃ…」
何も反論できないので、悄然としながら後片付けをはじめた。それでも怒りが収まらない美紀子は、駄目押しにこう言い放つ。
「それが終わったら、破けたシャツの弁償として買い物に出かけましょ。無論倍返しだからね!」
「トホホ…」
 さきほどの充足感はどこへやら、まさに踏んだり蹴ったりの有り様である。
…しばらくは彼女の胸元なんか入るもんか。
 俺は後片付けをしながら、そう心に誓ったのだった。

                    おしまい