この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

 小さな冒険 その4 

            作 モア

     「普段着のヒロイン」 1999/10/10 Ver1.1

 
 俺の愛機は、駐機場で機体を震わせながら出撃を待っている。心地よい風にふかれながらコックピット前方を望むと、快調に回転するプロペラの向こうに青く澄んだ空が広がっていた。
 すがすがしい景色を見て嬉しくなってきたので、愛馬をなでるように右手で胴体を軽く叩く。
「よーし、このまま飛びたって、空中散歩としゃれ込もうか」
 すると、俺の願いが通じたのか愛機はいきなり宙に浮いた…

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「圭ちゃん、そろそろ洗濯物干すから、そこを退いてくれない?」
…あーあ、せっかく人が楽しんでいるのに、途中で割り込むとはなぁ。
 美紀子は、飛行機をひょいと摘んだらしく、大きな顔を風防近くまで寄せて俺に話しかけたのだった。さきほどまでの気分は台無しだけど、家事なら仕方がない。
「そりゃいいけど、俺の「紫電」壊すなよ。脚がデリケートなんだからな」
「はいはい。…プラモデルなんかに乗り込んで何が楽しいのやら…」
 美紀子は、珍獣でも見るような表情をしてつぶやいたあと、愛機をソファ横のテーブルに置いて部屋を出ていった。
 コックピットから「着陸」を確認した俺は、実機と同様の手順で地上に降り立つと、尾翼から局地戦闘機「紫電」をじっくりと眺めたのだった。
ずんぐりとした中翼機の美しさに、思わず顔がほころんでしまう。
 体が伸縮するようになって何が嬉しかったかといえば、長年作りつづけた1/48スケールの飛行機に乗れるようになったことだ。
 自分で作ったプラモデルに搭乗できるなんて、世界広しといえども俺くらいだろう。
だから、天気の良い日に小さくなった時は、美紀子に頼んで窓際に愛機を置いてもらい、コクピットへ乗り込んでは一人で悦に入っているのだ。そよ風でプロペラが回った時などは、もう最高の気分である。
…しかし、毎回飛行機ばかり乗っていても芸が無い。たまには別の遊びでもしようか…。
 そう思案すると、梯子伝いに(我が家の家具には、ホッチキスの針で作った梯子が植え込んである)畳へ降り、大声あげて美紀子を呼んだ。
 するとたちまち地面が揺れて、目の前に巨大な2つのソックスが現れる。
「圭ちゃんどうしたの?」
「展示ケースから『74式戦車』と書いてあるプラモデルを畳へ下ろしてくれ」
 ところが、美紀子は両手を腰に当て、ふくれた顔で俺をにらみおろす。
「あのね、私は家事で忙しいの。クレーン代わりにされてはこまるのよ」
「立ってるものは巨人でも使え、さ」
「…はいはい」
 これ以上付き合いきれないと思ったのだろう。彼女はぞんざいにケースを開けて戦車をわしづかみにして取りだし、無造作に畳へ下ろしたかと思うと、地響きをあげて隣室へ戻ってしまった。
 俺は、彼女の態度にむっとしたが、気をとりなおして戦車へと近づく。これは、静岡の有名なプラモデルメーカーが1/48シリーズで売り出したモータライズ戦車の1つである。
 今回は、ほぼ同スケールに縮んでいるから、塗装のまずさと細部の拙さ(いくら精巧を誇るメーカの商品でも小人の目から見れば荒いのだ)を除くと、目の前に鎮座する戦車は「本物」に見えるわけだ。
 この模型は、ストレートに組み上げた訳ではなく、走り装置を交換し、車体前方に小さな穴を開けてそこにセンサーを内蔵する小改造をほどこしている。たとえば、戦車の前に人差し指をおいて動かすと、戦車はその後を追尾するようにしたのだ。
 だから、小さくなった体でもセンサーを使って操縦できるだろう、と考えたのである。
 電池は入れ替えたばかりだから、スイッチを入れるだけで動き出す。そこで、車体の下にもぐりこみ、プラスチックのスイッチを「ON」に向かって力いっぱい押すと、ギアのうなる音が聞こえた。
 そのあと、すばやく駆け出して戦車を追い越し、センサーの前へ体をさらすと、体を感知したらしく徐々に俺めがけて進んでくる。
「しめしめ、おもったとおりだぞ」
 ところがその時、俺は大誤算に気が付いたのだった。

 確かに大きい戦車だけど所詮はプラモデルさ…とタカをくくっていたのだが、「実物大」の戦車が迫ってくるのを見て、急に恐怖感が襲ってきたのである。
 下手に同スケールなので、美紀子の巨体よりも恐ろしく感じてしまう。
 俺は、たまらなくなって戦車の進行方向から脇へそれようとした。すると戦車は、センサーが働いたのか進路を変更しながらこちらへ迫ってくるのだ。
 びっくりした俺は、たちまち畳の上を走って逃げ出した。
 しばらく走ってから、戦車に飛びつくなり、うずくまってやり過ごすなりして逃げればよかった、と気づいたが、戦車に対する恐怖感で一杯なので、怖くてとても実行できない。
 そんな俺にお構いなく、戦車は確実に追いかけてくる。
 畳の上に障害物でもあれば戦車の動きも鈍くなるのだが、不運にも掃除の後だから、目の前にはイグサの漣が見渡す限りに広がるばかりである。
「美紀!…美紀子ぉ!」
 乾いた喉を震わせながら助けを連呼するが、聞こえないらしく反応は全く無し。やがて、肺が焼けてきて息切れがはじまり、次第に足の動きも鈍くなってきた。そして、とうとう足がもつれて畳の上へ転んでしまった。
 ようやく顔を上げたが、戦車のゴムキャタピラがにこちらへ迫っているのに、体は金縛りにあったように動かない。
「…!…」
 するとそのとき、洗濯カゴを持った美紀子が、スリッパを脱いで部屋に入ってきたのだ。
…やったー、騎兵隊だ!
 俺は、声を限りにして彼女の名を呼ぶ。
「美紀子!助けてくれ!」 
 すると、ようやく気づいたのか、彼女の叫び声が部屋中に響き渡った。
「圭ちゃん!」
 しかし、戦車はすぐそばまで迫っていて、どんなに急いで手を伸ばしてもプラモデルには届かない。
…あぁ、万事休す…。
 俺は観念して目をつぶり、頭を抱えてうずくまった。
 
その直後…
 突然頭が回転し、何やら振りまわされたような気持ちになったあと、記憶がふつりと途切れてしまった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 しばらくの間、頭がくらくらとしてしていたが、やがて事態を思い出し、はっと目を開けた。
…どうやら助かったらしいな。でも戦車はどうなったのだろう?
 不思議に思った俺は、おそるおそる頭を上げて戦車の方向を眺めると、眼前に広がる光景に思わず目を見張ってしまった。

 先ほどまで執拗に追いかけていた戦車は半ばが潰れ、その上には巨大な純白のソックスがのしかかっていたのである。

 慌てて天を仰ぐと、肩で息をした美紀子が必死の表情でこちらを見下ろしている。やがて彼女は、俺の無事を確認したのか、その顔が徐々にほころんでいくのがわかった。
 その姿を見て、彼女が咄嗟に戦車を踏み潰してくれたことに気づいたのだった。
 まさに危機一髪を救われて、感動のあまりに胸が熱くなり、彼女の姿が涙でぼやけて見える。今まで何度か小さくなって大きな美紀子を見てきたが、恐怖感やら嬉しい気持ちを抱いたことはあっても「頼もしさ」を感じたのは今回が初めてであった。
…見た目は普段着姿で野暮な感じだけど、「巨大ヒロイン」に助けられた場合はこんな心境になるのだろうか。
 ふとそう思いながらぼんやりしていると、いきなり彼女のうめき声が上空より聞こえてくる。
「いてて…」
 よく見るとソックスが赤くにじんでいるではないか。俺はびっくりして足下に駆け寄り、大声で叫ぶ。
「おい!怪我をしてるじゃないか」
「オモチャとはいえ、やっぱり戦車だわ。まあ、裸足で踏むよりマシだけど」
 傷ついた足の裏を見つめて、苦笑いを浮かべつつ答える彼女。
「と・とにかく座れ!ちょっと診てやる」
 美紀子は無言でうなづくと、その場で足を伸ばして座りはじめる。するとたちまち目の前に、赤くにじんだ白い壁がそそり立った。つぶれた戦車を足場にして患部を調べると、砲塔や機銃の破片がソックスを突き破って土踏まずに刺さり、粘った血がその周りを覆っている。
 俺は急いで食いこんだ破片を引っ張りぬいたが、傷口が開いたのか白い布がさらに赤く染まっていった。
…俺がプラモデルを畳に下さなければ、こんなことにはならなかったのだ…
 どす黒い血を見た俺は深い後悔に襲われたが、美紀子は以外に元気なもの。
「ちょっと退いて。傷口を消毒するから」
 そう言いながら、彼女は手早くソックスを脱ぐと救急箱を手元に寄せ、消毒薬と絆創膏を出して患部を治しはじめたのだった。その間の俺は、ただ、おろおろと見ているしかなかった。
 ようやく治療が終わると、美紀子の膝の上で謝ろうと考えた俺は、腰のあたりまで歩み寄りジーンズの皺に手をかけてよじ登るが、彼女は小首をかしげてその様子を眺めているばかり。
 ようやく、意図を悟った彼女は、俺をそっとつまみあげると両手の中に座らせて胸元まで持ち上げてくれたのだった。
…こんなに顔の近くじゃ、言い出しにくいな。
「…美紀子…俺の勝手で怪我までさせて…本当にごめん」
 そして、ぺこりと頭を下げた。
 たちまちお説教が始まる、と思いきや、以外にも彼女は神妙な表情である。
「…こっちこそごめんなさい、大切なプラモデルを壊してしまって」
「何だ、そんなこと気にしていたのか。こっちは危うく死ぬところだったんだ。命を助けてくれたのだがら、そんなこと全然構わないよ。何ならもう10台ほど踏み潰してみる?」
 俺がおどけてそう言うと、ようやく彼女の表情に笑顔が戻る。
「もうたくさんよ」
 そう答えたあと、彼女の顔は不思議そうな表情に変わった。
「ところで圭ちゃん。私がプラモデルを潰した時の喜びようはどうしたの?」
「実はね…」
と、俺は彼女に「ヒロイン」の話をすると、たちまち口元がへの字になっていく。
「野暮だけ余計よ」
 でも、目は笑って見つめているので、その表情をみた俺は、思わず笑い声を上げてしまった。すると、彼女もつられて笑い出す。
 しかし…
 笑いながらも、今回は彼女に悪い事をしたな、迷惑をかける「プラモデル遊び」はちょいと控えよう…と思ったのだった。
                           
                            第4話 おしまい



   ―おまけ― 

この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

 小さな冒険 番外編2

            作 モア

          「コスモス」

 さわやかな秋晴れが広がる休日のことである。
 俺達は、マンションの向かい側にある河川敷へ、連れだって散歩に出かけることにした。うーん、天高く美紀肥ゆる秋か…
「今、何か言った!?」
「んん!何でもないよ…。おやコスモスが満開だ!すごいな」
 見ると、誰かが植えたのだろうか、河川敷の一隅にコスモスが咲き乱れている。俺達は、引きこまれるようにしてその花園に近づくと、護岸の斜面に腰を下してしばらく景色を楽しむことにした。やがて俺は花園にそっと入りこむ
 すると、突然コスモスが急成長し、たちまち俺の体を隠してしまう…いや、どうもこっちが小さくなったようだ。
「おやおや、圭ちゃん大丈夫?」
 コスモスの合間から美紀子の巨体が現れて、俺の居場所がわかるように花を掻き分けて拾い上げてくれたが、これではせっかくの散歩が台無しである。
「ごめんね美紀…」
「まあ、仕方ないわ。散歩は次の機会にして、ここの花でも見て帰りましょ」
 そう言うと、彼女は膝にハンカチを広げ、その上に俺をそっと乗せてくれた。やむなくそこで足を投げ出し、ぼんやりと花を見るばかりである。
 やがて、ちょっとした出来心が湧いてきたので、思いきって美紀子に頼んでみた。
「ねぇ、美紀?俺を花の上に乗せてくれないかな」
「えっ!?でも、こんなひょろりとした花では…重さで折れないかしら?」
「多分大丈夫だろ…ためしてくれよ」
「わかった。やってみるわ」
 そう言うと、背丈の短そうな花を選び、俺を摘み上げてゆっくりとコスモスに乗せてくれた。少したわんだようだが、幸いにも茎は俺の体重を支えてくれたようだ。
 しかし、その姿をまじまじと見た美紀子は、ポツリと呟く。
「野郎が花の上に乗るっていうのは、絵にならないわね」
「…」
 ま、何とでも言ってください。
…でもコスモスの香りってあったんだな。今まであまり気がつかなかったけど…
 そんなことを思いながら周りの景色を見ていると、傍らの花に何か大きな物がやってきて花に着地したようだ。
「ほう…蝶じゃないか」
 何という種類かわからないが、俺の背丈ほどもある蝶があらわれて、のんびりと蜜を吸い始めたのだ。
 最初は、何気なく見ているに過ぎなかったが、いつまにかすぐ横の花にやってきて、俺に構うことなく再び蜜を吸い始めると、急に興味が湧いてきて、じっくりと眺めることにしたのだった。
…蝶の顔がこっちを向いているので、花の座布団に座ってお見合いをしているみたいだな。
 よく見ると、瞳の無い大きな複眼に鞭のような触覚や口、そして体は針のような体毛が一面に伸びているのでちょっとグロテスクだが、時折ゆっくりと羽根を動かして蜜を吸う様はとても優美である。
「胡蝶の夢…か」
 そう思いながら、飽くことなく蝶を眺めていたそんな時…
 蝶の上に黒い影が忍び寄ったかと思うと、いきなり巨大な手が襲いかかり、羽根を掴み始めたのだ。
 突然の事に、蝶は羽根をばたつかせて逃げようとあがきはじめる。しかし、二本の指が、万力のように羽根を締め付けているためにどうにもならない。必死だが、はかない抵抗をする度に、鱗粉が剥がれて指に纏わり付く様は非常に気味悪いものだった。蝶は、体を震わせ6本の足を踏ん張って最後の意地を示すが、やはり圧倒的な力には敵わない。
 巨大な手は蝶を易々と花から引き離し、上空高く持ち上げてしまったのである。
 俺は、呆然としてその光景を見つめるばかりだった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「やった、つかまえた!」
 その声に、ふと我に返って天を見上げると、美紀子が笑みを浮かべて手にした蝶を見ているではないか。そして、俺の近くに獲物を寄せて自慢げに話し始める。
「ねぇ、圭ちゃん。綺麗な蝶でしょ?」
 蝶は、まだ胴を震わせて必死の抵抗を続けている。
 美紀子の微笑と、その指先から必死で逃げようとする蝶…俺はその光景をみて急に恐ろしくなってきた。彼女は稚気ともいえる気分で蝶を捕まえただけだが、小さくなった視線で一部始終を見たからだろうか。美紀子がとても残酷な巨人と感じてしまう。
 でも、彼女はそんなこと思っていないだろうし、あからさまには言えないな。せめて俺にできることといえば…
「美紀子・…悪いけど蝶を放してくれないか」
「え?どうして」
「うん…蝶はやっぱり空を舞っている姿の方が綺麗だからね」
「ふーん」
 美紀子は、しばらく不思議そうな顔をして獲物と俺を交互に見ていたが、やがてぱっと手を離したのだった。すると、よろよろと空を舞いはじめた蝶は、なぜか俺の周りを2・3周した後何処へか去ってしまった。
 それを見た美紀子がちょっとぼやく。
「あの蝶、なんか圭ちゃんにまとわりついていたわね」
「おいおい、蝶に嫉妬か?」
 すると、彼女は少し怒ったのか、俺をいきなり掴んだかと思うと胸ポケットに放りこんでしまったのである。
「いてて。乱暴だな、美紀子さんは」
服についた鱗粉を落としながら文句を言うと、以外と彼女は不機嫌である。
「蝶の方がさぞかし優しいでしょうよ!」
「ごめんごめん、ちょっと言いすぎた」
 素直に謝ると、彼女もばつが悪かったのか、俺を見て少し照れたように笑う。

「さて、帰ろうか」
「そうね」
 美紀子はゆっくりと立ちあがると、胸に一輪のコスモスを差して家路へとつきはじめた。
…調和、か。
 俺は、コスモスの花言葉を思い出すと、先ほどの一件を思い出して、花越しに彼女の顔を見上げたのだった。

                   おしまい