この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


 小さな冒険 その6

            作 モア

     「自家用車」                 1999/11/12 Ver1.2

 「さぁて、できたっと」
 ドライバーを工具箱に入れ、完成した4駆の模型を畳の上において眺めていると、俺は思わずにんまりと笑ってしまった。
…これでここ数ヶ月の不満が解消されるぞ。
 俺の不満…それは、伸縮するようになって以来、車の運転が一切許されなくなってしまったことだった。
美紀子に言わせれば…
『運転中に小さくなったらどうするの?そんなことで、圭ちゃんと心中なんて嫌だからね!』
 全くもっともな意見なのだが、やっぱり自分で車を運転したい。
 そこで、体に合った車を自作することにしたのだが、これがなかなか難儀なのである。縮小のスケールはその時によってまちまちだし、あまりに小さく作るとちょっとした障害で動かなくなってしまうのだ。
 思考錯誤のあげく、大型4駆のように車高を高くして多少デフォルメした結果、ようやく完成の運びとなったわけである。
…あとは走行テストだけなのだが、ま、これは小さくなってからの調整だな…。
 すると、都合のよいことに指輪が熱を帯びて、一気に小さくなってしまった。
 早速、車に歩み寄ってその姿を眺める。
…味もそっけもない車体だが…まぁいいか。
 スケールより走行重視のタイプなので、やはり体に比して大きく感じる。だから、よじ登るようにして運転室に乗り込み、座席におさまった。
「よっこらしょ」
予想通りというべきか、ハンドルやペダルも多少大きく踏み込みや遊びも大味だが、まぁ仕方が無い。座席からみた眺めは、まるで大型トラックに乗ったような気分である。
…すこし大きかったかな…。
 でも、すぐに気をとりなおして、ミッションの位置に設置した電源スイッチを「前進」にセットし、静かにアクセルを踏んでみた。
すると、車はするすると動き出す。
「ようし、成功!」
 手作りの模型にしては動きは快調である。ハンドルも、パワーステアリングに慣れた俺にとっては、多少効きが重いものの不便と言うほどではない。
 試験運転を続けるにつれて徐々に車にも慣れたのか、思いきったハンドルさばきもできるようになってきた。
…うんうん、いいぞ!
 気分は上々である。
たちまちフルスロットルにして疾走を開始した。4駆は、畳の上をまるで無人の荒野を突っ切るように走りつづける。両脇に聳え立つ家具が少々うるさいが、慣れてくるとまたオツな情景である。
 こうして、ちゃぶ台のトンネルをくぐり抜けたときである。突如として目の前に巨大なものが出現し、行く手を阻もうとしはじめた。
「!」
 一瞬ひるんだものの、たちまちいたずら心が湧いてきて、腕試しに障害物をすり抜けようと決心する。やがて、黒い影が車を覆いはじめるが、冷静にアクセルを踏み込みゆっくりとハンドルを切った。

「きゃあ!」

 覆い被さる影を即座にすり抜けると、Uターンして車を止め、天を仰いでおもわずにやりと笑ってしまった。そこには巨大な美紀子の後姿と、驚いた表情で振返った顔がある。
 そう、俺は彼女の股くぐりをしたのだ。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「圭ちゃん、危ないじゃないの!」
 我に帰った彼女は、口を尖らせて怒りはじめた。まぁ、彼女にすれば突然の事で驚くのも無理はない。
「ごめん、ごめん」
 ちょいとやりすぎたと思い、窓から上半身を突き出して美紀子に向かって謝った。
「でもいいだろ、この車。これでやっと好きなように運転できると言うわけだ」
 またたくまに、美紀子は胡散臭そうな表情に変わって俺を見下ろす。
「また、何か良からぬことをたくらんでいるのね」
「そんなことないよ、この車をつかって公園を散歩しようと思っているだけだから」
 すると彼女はしゃがみこみ、額に手を当てると盛大にため息をついたのだった。
「…どうして、あなたは私を困らせるようなことばかり考えるの?」
「そんなことないよ」
「小さな体じゃ外は危険だっていうこと、まだわからないの? 捕まったり、踏み潰されてからでは遅いのよ!」
…そういえば、昔読んだネコ型ロボットのでる漫画で、そのような話があったな…。
 でも俺は、あの主人公ほどドジじゃない。そう考えると、彼女の心配が何やら鬱陶しく思えてきた。
 
「じゃ、この車捕まえてみるかい?」
 俺の挑発的な発言に、彼女はすぐさま反応したようである。
「!?…言ったわね!」
 そう言うや否や、たちまち大きな手で車をつかみあげようとした。しかし、俺は少しも慌てずアクセルを踏み、その手をするりと抜けてかがんだ彼女の股を再びくぐり、反対側へ脱出したのだった。
 それを知った美紀子は、悔しそうな表情で俺をにらみつける。
…やーい、ざまーみろ。
 業をにやした彼女は、すぐさま立ちあがり、右足を大きく上げて、車の行く手を阻むべく踏み下してきた。
 しかし、そんな行動は先刻承知である。
 じっと頃合を見はからい、いきなり車を後退させて、上空で驚き慌てる美紀子の脚間を三度くぐってしまったのだった。
…いや、愉快、痛快!
「・…圭一!」
遂に、美紀子は頭にきたのか、短く叫ぶと、いきなり畳の上で地団太を踏み始めたのである。
 突如として発生した激震に、俺は車の中で激しく揺さぶられる。
「おい!そんなことしたら下の階の人が迷惑するじゃないか!」
「迷惑かけているのはどっちよ!」
 彼女は、俺が車内で戸惑っている隙を突き、さっさと車に歩みよると、ボンネットからフロントガラスめがけて足をゆっくりとのせはじめた。
 あっというまに、前方の視界が遮られてソックスの粗い布地が車窓に圧着し、体温の影響かそれが白く曇ってきた。
 やがて、布越しに美紀子の声が伝わってくる。
「どうしてもこれで外出したいと言うのなら…」
 車に体重をかけたのか、ボンネットがみしりと悲鳴をあげる。
「…悪いけど、模型を動けないようにするしかないわね。さあ、どうする?」
…おい!これじゃ脅迫じゃないか!
 一瞬そう思ったが、苦労して作り上げた「自家用車」を潰されるのは惜しい。急いで車外に飛び出して、彼女に向かい大声で叫んだ
「わかった、わかった!言うことを聞くよ。」
「よかった」
 安心したのか、彼女の表情がとても柔和になる。どうも真剣に俺のことを心配していたらしい。
…ちょっと悪いことしたかな。
 ところが、である。
 美紀子は、さっと手を伸ばして車をがっちり掴み、上空高く持ち上げてしまったのだ。
「しばらくこれは預かります。圭ちゃん、悪く思わないでね」
「あーっ!ズルイぞ」
 悔しくてタタラを踏んだがもう遅い。彼女は、俺を見下ろして少し意地悪く微笑むと、のしのしと部屋から出ていってしまったのだった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「美紀子のヤツ、一体どこへ隠したのやら…」
 もうこれで2週間。あいつが留守の日を狙って、隠しそうなところを必死で探しているのだが、いっこうに車は見つからない。
…まさか、捨てたんじゃないだろうな。
 そう思うと、いい加減嫌になって居間に戻り、ソファーにどっかと腰を下して何気なく部屋を見つめた。
 ふと「プ■レール」が目に入る。
…あーあ、美紀のヤツ、こいつの時は気をきかせてくれたのに(第2話参照)、何で今回は意地を張るのかな…。
 しばらく汽車を見つめていたが、もう少しよく見てやろうとソファから立ちあがって家具に近寄った。
「!」
 すると、汽車の後に4駆が鎮座しているではないか。
…うーん、灯台下暗しってやつか…美紀子め、うまい隠し場所考えやがったな。しかし、今のウチにいただきだ。
 俺は車を引っつかむと急いで屋外に出かけた。


 マンションの近くには、ちょっとした広さの公園がある。以前、ここに秘密基地を作ろうとして失敗した(第3話参照)場所である。今回は人気の無い所で車を地面に置き、そのそばで心を静めて目をつぶった。
 たちまちのうちに体が小さくなる。
…うん、最近は制御できる確率が高くなったな…
 そして、嬉々として運転席に乗り込み、アクセルをふかせて公園を走り始めたのだった。公園にいる人々も、誰かがラジコンカーを走らせているくらいにしか思っていないだろうし、最近の公園は小学生なんかほとんどいないので、誰にも邪魔されず運転を堪能することができた。
 こうして、爽快な気分で運転を楽しんでいたのだが・…

「あ、あったあった!あれよ!」

 その声に思わず振り向いて見上げると、巨大な女子高生が2人、こちらへずんずんやってくるではないか。
…何だ!どういうことだ!
 あまりにも突然のことで訳もわからなかったが、急いでアクセルを踏み、一撃離脱を試みる。
 彼女たちは、突然手前にやってきた小さな車に驚いたのか、その場で立ち止まり、怪訝な表情で見下ろしている。
 俺は、この時とばかりに少女が作り上げた「凱旋門」にねらいを定め、最高速度で突っ込んだ。そしてくぐり抜ける瞬間、行きがけの駄賃とばかりに、ちらりと天を仰ぐ。
「♪~」
「きゃっ!」
 かわいい叫び声を背中で聞くと、そのまま一直線に公園隅のブッシュへと突き進んだのだった。

 ところが、これがいけなかったようだ。
 しばしの間、内股になってうつむいていた彼女が、突然こちらを振りいたようで、唸り声ともつかない恐ろしい声が響いてきたのである。
「畜生!逃がすもんか」
 どうも、彼女達を怒らせてしまったらしい。諦めるどころか、背後から声をあげてずしずしと追いかけてきたのだ。 
…しまった!
 俺は胸が締め付けられる恐怖を感じながら、必死で彼女達から逃れようと、アクセルを踏みつづけた。
 ちらりと、バックミラー越しに背後をみつめると、すらりと伸びた脚が大地を踏みしめながら迫ってくる。しかも、数日間雨が降らないものだから、靴が着地するたびに砂塵が舞っている。
「…」
 額に浮かぶ脂汗を拭いながら、目線をバックミラーから前方に移したとき、いきなり砂塵で前が見えなくなった。

 ずずん

「!」
 なんと、目の前に巨大な靴が降ってきて、行く手を阻もうとしているのだ。
…もう一人が先回りしたか!
 しかし、今更気付いてももう遅い。
 砂塵が晴れると、フロントガラスいっぱいに、黒い巨隗が飛び込んでくる。俺は慌ててブレーキを踏むが、車は急に止まれない。
「!ま…間に合わん!」

 こつん

 車体に衝撃が走り、そのショックで胸がハンドルに激突して息苦しくなる。が、苦悶しているヒマはない。
 前を見ると、靴の脇腹に衝突してしまったようだ。しかし、さいわいにもショックは軽く、俺も車も無事である。
「止まったかな?」
 上空から声が響きわたり、たちまち周囲が薄暗くなってきた。見上げると、天から大きな手が降りてくるのだ。
「(!。!)」
 俺は、急いでスイッチを逆転し、踏み抜かんばかりにアクセルをふかした。
 たちまち車は後ろ向きに急発進をはじめる。
 その直後、一抱えもあるような太さの指がボンネットに触れてから地面に激突したのだった。

 ごくり

 思わず息を飲んでしまう。
 幸いにも、間一髪で逃れたようで、目の前には車を握り損ねた少女の手がさまよっている。 
…ほっ。 
 こうして、バックで彼女たちの攻撃をかわすと、再度逆転してアクセルを踏み、2人の間をすりぬけたのだった。
「あっ!まてー」
 女子高生達は即座に立ち上がったらしく、車窓前方の地面にぬっと彼女たちの長い影がのびてきて、背後から再び地響きが聞こえてきた。
…まだ、追いまわすのかよ!?
 2組の巨大な脚は、小さな車を捕まえんと執拗に追いかけてくる。幸いにもこっちの方が軽快な運動をしているので大丈夫だが、車内にモータの焼ける匂いが徐々にこもってきた。
…これ以上走りつづけるとバッテリーが上がってしまうぞ、もし止まってしまったら…
 と考えると生きた心地もしなかった。
 一瞬考えこんだので注意を怠ったのだろう。気が付くと、前方に女子高生がしゃがみこみ、両手を地面に広げて待ち構えているではないか!
 俺は咄嗟にハンドルを右に切って避けようとしたが、とたんに片輪が浮き上がったのだ。
 「うわぁ!」
 この車は、模型だから駆動輪にデファレンシャルギアー(左右輪の回転数を変えてカーブを曲がりやすくするギア)などあるわけが無く、遠心力と合まってたちまち車が横転したのである。

 がしゃっ ころころ…

 横転と同時に、車内で思いきり体を叩きつけられたのか、突然視界が真っ暗になってしまった。


 しばらくして気がつくと、横転したままの車体が振り子状に振動していることがわかった。苦労して車外の様子を見てみると、制服らしい灰色の布地と車を鷲づかみにしている巨大な指が数本見える。
 どうも彼女達に捕まってしまったらしい。
 この期に及んでだが、美紀子の忠告をふと思い出し、後悔の念がわき起こってきた。
 しかし、その気持ちはすぐに消え、これから先のことを考えると、恐ろしさで体が震えてくる。
 なぜなら、このテの話に出てくる女子高生だから、いずれ俺を見つけて車から引きずり出し、アアしてコウして、そしてナニしたあげく無造作に潰してしまうに違いないからだ。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・・-

 しばらくして、揺れが止まった。
…いよいよか。ううっ!怖いよー
 しかし、何事も起こらない。
 どうも、彼女達は誰かと会話をしているようである。
 そして車が再び揺れ動いたかと思うと、話相手に手渡したらしく、急に周りの視界が広がった。
「ええっと、これでよかったの?」
「ええ、ありがとう。あのラジコンカー、公園で勝手に走り回るものだから、あぶなくて困っていたのよ。助かったわ」
…!、そ、その声は…
 慌てて車外を見ると、上空には太陽を背にした美紀子の姿があったのだ。
…畜生!これは彼女が仕組んだ策だったのか。
 そんなことにお構いなく、巨大な女性たちは会話を続けている。
「でも、おもしろかった。まるで怪獣になったみたい」
 ころころと笑う彼女たち。
 すると、美紀子はいみじくも、こう言ったのだ。
「そうでしょう。もし、この車に小人さんでも乗っていたら、きっと生きた心地がしなかったと思うわ」
 そして、高校生にお礼を渡すと、美紀子は車の運転席を見つめて、にたりと笑ったのである。
 彼女の表情から、この後おきる事を想像した俺は、思わず頬が引きつってしまった。

帰宅後…
 美紀子は顔の高さまで車を持ち上げ、正面からじっと見つめている。
「一度は警告を与えたよね? 圭ちゃん」
フロントガラス越しにそう言われても返答できない俺。
「だから、今回はゆるさないわ。…覚悟しなさい」
 といいながら、バッテリーを抜きとり、車体を粘着テープでぐるぐる巻きにして居間の真中に置いたらしい。彼女は、立ち上がって少しの間車を見下ろしていたが、やがてどこかへ行ってしまった。
 彼女の姿が消えるや否や、急いでドアを開けようとするが、テープが邪魔をしてびくともしない。
…おいっ!このまま俺を閉じ込める気か!?
 すると、運が悪い事に指輪が熱くなってきた。
…ああ、もう間に合わない。

 ばりん

 気が付くと、俺は畳の上に座り込んでおり、周りには模型の破片が散らばっている。車内にいたまま魔法が解けたので、車はたちまち吹き飛ばされてしまったのだ。
…あーあ、せっかく作った車がばらばらだぁ…。
 変わり果てた愛車にがっかりすると、がっくりと肩を落としたのだった。

                        第6話 おしまい




-おまけ-

この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。

 小さな冒険 

            作 モア

        「明日に向かって跳べ!」

…とほほ、こんなことなら賭けなんかするんじゃなかった。
 久方のリーグ優勝で、日本シリーズも絶対勝つ、と揚言する某球団ファンの圭一に、美紀子は賭けを提案した。
 結果といえば、
…もう思い出したくもない。
 と、いうことらしい。
そのペナルティーが、

 バンジージャンプに挑戦する事

 だったのだ。
「何してるの!?。もう、そこに立ったまま10分よ」
 背後で美紀子のじれた声が聞こえてくる。
…そりゃ、お前は好きで何度も経験しているけど、俺は初めてなんだぞ。
「じれったいなー。バンジージャンプは勢いよ。こういうふうに」
と、言うや否や、彼女はどんと背中を押したのである。
「うわぁ!」
 思わぬ衝撃に姿勢を崩した彼は、落下直前に足を踏ん張り、飛びこみ台へ赤子のようにしがみ付いてしまった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「もう、勇気無いんだから」
 まるで、コアラのごとく中指にしがみついた姿を見た美紀子は、あきれた声をあげる。あまりの恥ずかしさに、圭一、もはや何も言い返す言葉も無い。
「圭ちゃんが、予行練習したいって言うから協力してるのよ。いやならお終いにしましょ」
「あわわ、待ってくれ。今度こそやるから」
 急いで立ちあがると、彼女の手のひらを歩いて中指の先で立ち止まった。
「…」
 そーっと眼下をうかがうと、救助網代りのスカートが、おいでおいでと呼んでいる。
 そう、彼女は脚を投げ出して座りこみ、手のひらに圭一を乗せて即席のバンジージャンプ台を作ってくれたのだ。
「コツは、思い切りよ!」
陽気に励ます美紀子の声が、なにやら遠くから聞こえるみたいだ。
…遊園地行きまであと3日、本番どころか予行練習も満足にできないのに、それでもやれって言うのかよ!
 足に結び付られた糸ゴムを握り締め、難しい顔をしながら再び立ちつくす圭一だった。

                     おしまい