この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


 小さな冒険 その9

            作 モア

        「初 詣」               2000/01/15 Ver1.0

 俺は、本殿を前にして立ち止まると、背筋を伸ばしてじっと目をつぶった。
…普段は神さんなんて信じないが、来た以上は礼式どおりやってやろう。
 まず、ゆっくりと二礼。
 そして手を合わせ本殿の奥を見つめたあと、二度拍手(かしわで)を打った。

 ぱん ぱん

 しばらくの間、正面をじっと見つめるが何も起こらない。
…ちっ、やっぱりだめか。
 しかたなく、一礼したが、その途端、慌ててポケットに手を突っ込んだ。礼式ばかり気にしたのでお賽銭を入れるのを忘れてしまったのだ。しかし、中にはハンカチしか入っていない。
…財布わすれたか。仕方ないな、美紀子に貸してもらおう。

「おーい、美紀ぃ。100円玉を賽銭箱に入れてくれ」
「はあーい」

 すると、いきなり上空から巨大な金属の塊が落ちてきたので、俺はびっくりして尻餅をついてしまったのだった。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「あ・危ないじゃないか!もし当たったらどうする!」
 ようやく我に返って怒鳴るが、すぐそばでしゃがみこんでいる大きな彼女は、にやにやと笑っているばかり。
「大丈夫。当てないように落としたんだから」
「からかっているのか!?」
「だって、そんなお社で真面目に祈っているんですもの、おかしいわ」
「や・やかましい!せっかくの初詣に行けなくなったから、代りにお参りしているんだ!」
 怒りの止まない俺は、彼女の足元で再び抗議しようと歩きだしたのだが…
 100円玉につまづいて、ころりと転倒してしまったのだ。
「あはは!おもしろーい」
 手を叩いて笑い出す美紀子。
 ようやくのことで、苦虫を噛み潰しながらおきあがったが…
 その時である。
 突然、本殿からモーターの音が響いたかと思うと、戸が開いて中からご神体がゆっくりと顔を出したのだった。
 おもわず、それをじっと見つめて、そのあと美紀子の顔を見上げる。
…もう我慢できないや
 ついに腹を抱えて笑い出してしまった。すると、彼女も気づいて大笑い。
…俺の拍手でなく、美紀子の手で音センサーが反応するとはなぁ。まいったよ。

センサーで反応するオモチャの神棚を前にして、勢いよくはじけた今年の初笑いだった。

                         第9話 おしまい




-おまけ-

この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


 小さな冒険 

            作 モア

         「冬銀河」 2000/01/15 Ver1.0

 美紀子は、小さくなった圭一と一緒にベランダへ出て空を眺めている。2人が住むマンションは、街外れに建っているので、空をさえぎるものは一切無い。
 だから、空気の澄んだ夜には、すばらしい天体ショーを観賞することができるのだった。
 彼女は、ベランダの手すりに持たれかけて星を眺めており、圭一は、美紀子の中指に手をかけて身を乗り出しながら上天を仰いでいた。
 そのとき、突如として夜空に一筋の光芒が現れる。
「あ、流れ星」
 しかし、それはあっと言う間に消えてしまった。

「見たかい?」
「うん…見た」

 ほんの少しの沈黙をおいて、美紀子は圭一に尋ねる。
「圭ちゃんは、何かお願いしたの?」
「ん?…あぁ。『いつまでも美紀子とこうしていられますように』ってね」
「ふふふ、よいしょね」
「違うよ!…じゃ、美紀は何を願ったのだい?」
 美紀子は、ちょっと首をかしげて圭一を見つめたあと、空を見上げて星に話しかけるように呟く。
「圭ちゃんの魔法がはやく解けますように…ってお願いしたの」
「…」
 暗くて顔は見えないが、その沈黙から圭一の表情を悟った美紀子は、両手を顔近くまで寄せて、話しかける。
「でもね、こういう雰囲気は大好きよ。日常も、こんなふうに大人しくしてくれたら、ちっちゃな圭ちゃんでもいいのにね…」
 たちまち暗闇から、ふくれた声が返ってきた。 
「まるで、俺がやんちゃ小僧みたいな言い方だな」
 すると、からかうように美紀子は答えたのである。
「小さな子供より始末が悪いわよ…」
「うへー」

 そのやり取りから、何かを思ったのだろうか。瞬く星を見上げながら、美紀子はささやくような声で歌いはじめたのだ。
 たしか、それは飛行機事故でなくなった歌手の歌のようだった。意外な美紀子の選曲に、圭一ちょっとビックリする。
「ずいぶん大昔の歌、知っているんだな」
「…ふふ。星を見ていたら、何となく口ずさんでしまった… でも、そんな雰囲気でしょ」
「…うん…そうだな」
 そしてゆっくりと夜空を見つめた圭一は、ぽつりと呟く。
「そう、『二人ならば…苦しくなんか 無い』、だね」
「うん…」
 そう答えると、美紀子は圭一を見つめ、そっと頬寄せたのだった。
彼も頬を彼女の肌に当てて目を閉じる。
 やがて、手を元に戻した美紀子は、はにかむ表情で圭一を見つめると、再び空を仰ぎ見た。
 暗闇になれた彼も、ゆっくりと天を見上げる。
「『小さな…名もない星』、か」
 それは冬銀河とでも呼べばよいだろうか。有象無象、まさしく無数の星が密集して瞬いている。
…俺達が星になったとしたら、きっと、かすかに光るちっちゃな星にすぎないのだろうな。
 ふと、そう思う圭一。
 暫しの間、2人は吸い込まれそうな夜空に瞬く星を、飽くことなく眺めつづけたのだった。

                              おしまい