この話はフィクションです。実在する人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


 小さな冒険  最終回

            作 モア  

      「新たなる冒険」 2011/05/20 Ver1.0

「おいおい、ゆっくりしてろ。お腹の子にさわるぞ」
「だいじょうぶよ、よっこいしょ」
 出産予定日を間近に控えて美紀子は産休に入ったが、あいかわらず家で仕事をこなしている。しかし、そういう彼女が心配で、思わず問いかけてしまう。
「落ち着かないなら、実家でゆっくりするか?それとも、そろそろ産婦人科へ入院しようか?」
 しかし美紀子は、俺を一瞥して決然と言いのけた。
「私は、ぎりぎりまでここにいます。第一、私が留守している間に圭ちゃんが小さくなってしまったことを考えると、落ち着くこともできないわ」
…それを言われると面目ないが、最近は魔法も発動しないことだし、大丈夫だと思うがなァ。まぁ言い出したら聞かない美紀子だから仕方ないか。

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 しばらくは、平穏な日々が続いた…
 その日は、スーパで買い物をしてから帰宅すると、部屋の雰囲気が何やら変である。何気なく居間に入ったら、美紀子がお腹を抱えて苦しんでいるではないか!
「お・お・おい、み・美紀子!大丈夫か!」
 彼女の意識はしっかりしているらしく、苦悶の表情をしながらもはっきりと答えた。
「う…生まれそう。車を呼んで…おねがい」
 俺はベコ馬のようにうなづいたが、気が動転しているために何をしてよいかわからない。ともかく119に電話して救急車をよぶと、美紀子の脇に寄り添うしか方法がなかった。

ところがその時、久々に魔法が発動してしまったのだ。

…ううっ!このバカ!こんな大事な時に小さくなるなんて…でも仕方がない、美紀子は大丈夫だろうか。
 そう思って彼女の巨体を見上げると、美紀子は額に脂汗をうかべて必死に耐えているようだ。
「おおい!美紀子!もうすぐ救急車が来るぞ!」
 すると、彼女も俺に気づいたらしく、うっすらと目をあけてこちらを見て、かすかに笑ったようだった。
…ほっ・・大丈夫か。
 と、一安心したのもつかのまである。いきなり彼女の左手が動き出し、そのまま俺の頭上に覆い被さって、手の中に閉じこめてしまったのだ。
 あまりにも不可解な行動に、汗ばんだ彼女の指に拳骨を打ち付けて、声を限りにして叫びつづける。
「何をするんだ!早く出せ!」
 するとくぐもった声が聞こえてきた。
「いっしょに病院まで来て…そして私のそばにいて…」
…おい、出産に立ち会えというのかよ…
 そう思う間もなく、外が騒がしくなる。どうも救急隊員が部屋に入ってきたらしい。そして、彼女を担架に乗せると、たちまち家を後にしたのだった。


 ようやく美紀子の手のひらが緩んだので、おれはこっそりと外へ出た。すると手は瞬く間に視界から消えてしまう。どうも、俺は彼女の太股の近くにいるようだ。やがて、俺たちは分娩室に入れられた後人がやってきたので、あわてて彼女の体に身を隠した。
 だれかが美紀子に何か話しかけている。すると体が突如として震え始め、規則的な呼吸と苦しそうな声が遠くから聞こえてきた。
 おれは、そっと顔を出すと、なんと既にお産が始まっていたのだった。
 彼女が苦悶を上げる度に、肌は地震のように振動するので、俺は彼女の肌に寄り添い、名前を連呼しながらさすってやる。徐々に皮膚から汗が染み出て俺もびしょ濡れになったが、そんなことに文句を言ってる閑はない。
 小さくてささやかだけど、彼女にできることはこのくらいしかないのだ。
…美紀子がんばれ、美紀子ガンバレ、美紀子…
 やがて、規則正しい息遣いが荒くなり、体の震えと声は徐々に大きくなっていく。
 どのくらい時間が経ったのだろうか…

 甲高い鳴き声が2・3度響き渡ったかと思うと、彼女の震えと声は徐々に静かになったのだ。

…生まれたか!
 そう思った瞬間、俺の体中を歓喜が電流のように駆け巡り、感情は涙腺を激しく刺激しはじめた。
 ついに、感情が自制心を押し切ってしまったので、声で気づかれないよう咄嗟に口へ手を当てるが、目は俺のなすがままにさせている。やがて、彼女の肌に顔を埋め、嗚咽が漏れないようにして喜びを発露したのである。
…でかした、よく耐えた、おめでとう!…
 すると、まもなくして大きな手が俺を覆い、そっと掴んだかと思うと外に引き出されてしまう。気が付くと、そこには汗ばんだ美紀子の顔が視界一杯に見えたのだった。汗でほつれた髪と疲れきった表情が、大仕事を成し遂げた証として無言のうちに物語っている。

「美紀…」
 
 感極まって話しかけるが、彼女は唇に指を当て、少し微笑むと俺をそっと胸元に入れたのだった。
「おや?何を持っているのですか」
 看護婦が彼女に問いかけたらしい。すると、衣服越しに彼女の明るい声が聞こえてきた。
「安産のお守りなんです。私だけの特製ですけど」

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

その翌日…
 俺は、花束とデジタルカメラを手にして美紀子の部屋を訪れた。そこには看護婦と彼女、そして生まれたばかりの我が子がいる。
「お父さんは昨日どうしていたの!?奥さんを一人にして!」
 すこし咎めるような声で看護婦に問いかけられたが、おれは曖昧に返事をしてごまかすしかなかった。やがて彼女は、家族の邪魔にならないようにそっと部屋を去っていく。
 いすを引き寄せてベットの傍に腰掛けると、昼過ぎには親父と母がくることを美紀子に伝えた。そして、あらためて我が子を見つめる。
「あなた、女の子よ」
 美紀子は微笑んで、抱いた赤ん坊を見せてくれた。うーん、まだ実感が湧かないな。…そうだった!今日来たのはね、
「今のうちに写真を撮ろう」
「えー!この格好で」
「うん、ちょっと訳があるんだ」
 そう言って、俺はテキパキと準備してタイマーをセットする。そして彼女の脇に座ると、目をつぶって念じたのだった。
「圭ちゃん!」
「はやくはやく!俺を乗せてくれ」
 小さくなった俺は、急いで彼女の手のひらに乗り、赤ん坊の脇に置くよう促すと、中指に両手をかけ身を乗り出すようにしてカメラを見つめた。
 しばらくしてフラッシュが光る。 
…よし撮れた。
 俺は、にこやかに彼女を見上げたが、美紀子はちょっと不安そうな顔で見下ろしている。
「圭ちゃん、実は今日こそ言わなければならないことがあるの」
「わかってる、魔法のことだろ。これが俺にとって「収めの儀式」さ…」
「?」
「今日の晩にあの路地裏に行ってみるよ」
「…でも、会えないかもしれないわよ」
「大丈夫」
 俺は美紀子にむかって、おだやかに、しかしハッキリと答えた。
「今日なら、何か会えるような気がするんだ…魔法をかけてくれたあのお婆さんに」

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 予想通り、俺はあの古風な館を見つけて玄関先に立った。そして、1回深呼吸をすると軽くノックをする。
 しばらくして、ドアのきしむ音がしたかと思うと、あの人懐っこい表情をした老婆の顔がひょっこりとあわられた。
「おや、あの時の青年ではないか。久しぶりじゃのう。まあ入りなさい」
 老婆に促されて俺は静かに部屋へ入った。

「そうか、そうか。ヤヤが生まれたか。それはめでたいことじゃ」
 老婆は、まるで我が事のように喜んでいる。しかし、あの独特の笑みは相変わらずだな。
…さて、本題を話さなくてはならない。
「そこでお婆さん、お願いがあるのですが…」
「うむ?話してみなさい」
「魔法を解いてほしいのです」
「ほう、もう堪能したのかい?」
「ええ…まぁ、それよりも…」
「?」
「もっと大きな冒険が見つかったのです」
「ほう、それは?」
「まぁ…、『子育て』でしょうか…」
 老婆は、ちょっとビックリしたような顔をしていたが、すぐに破顔の表情にかわる。
「そうか、まぁ婆に経験はないが、それもたしかに冒険じゃ。わかった、解いてやろう」
「あ・ありがとうございます」
 俺は、思わずペコリと頭を下げた。
「ただし」
 老婆は俺に歩み寄り、指輪の上に手をかざして静かにささやく
「その前に、わしの話をきいてほしいのじゃよ」
 すると、突然指輪が熱を帯びてきた。魔法が発動をはじめたのである。
…や・約束が違うぞ!
 そう思ったがもう遅い、俺はたちまち小さくなってしまった。


 気が付くと、俺は古くて大きいテーブルの上にいた。畜生、あの婆さん、やっぱり俺を生かして返さないつもりだ。
…なんてことだ!せっかく子どもが生まれたというのに、美紀子はたった一人で子育てかよ…死にたくないよー
 突然、俺の周囲が薄暗くなる。誰かがテーブルに近づいたらしいが、ちょっと変だな。
「何を泣いているの?話をするだけなのに」
…あれ?この若い女性の声は誰だ?
 そう思って、ふと声の元をたどって見上げる。

 すると、そこには大きな美紀子が微笑んで立っていたのだ!

「お・おい!美紀子!これはどういうことだ!?今まで、正体を隠して俺をからかっていたのか!」
 俺は驚きのあまり、立て続けにまくし立てたが、彼女は不思議そうな顔をしている。
「ミ・キ・コ?・…あぁ!ひいひいお婆さんの名前ね」
「え?…」
 ???一体何を言ってるんだ?…でもよく見たら、よく似ているけど美紀子じゃない。いたずらっぽい目元は同じだが、この女性のほうが若いな…それに、襟元には小さな金色のスプーンをつけているぞ…おっといけない、理由だ、理由
 俺はどっかと座りこみ、啖呵を切るような口調で彼女に問いただした。
「さあ、教えてくれ。これはどういうことだ。君は何者なんだ」
 すると、彼女は少し微笑んで椅子に座り、俺の周りに壁を作るようにして両手を置いたのだった。
「わたしの名前は『トミタ・ミフカ』 あなたから数えて5代後の一族にあたるわ」
・・?…何がなんだかさっぱりわからない。
 すると彼女は胸ポケットから名刺入れのような黒いシートを出して、俺の前に提示する
「これを見て」
「あ!」
 それはホログラムというのだろうか。映像がいきなり空間に浮びあがる。しかもそこに映し出されたものは、ついさっき産婦人科でこっそり写した、小さな俺と家族のデジタル画像なのだ。
「旧家を整理していたら、古いコンピュータと一緒にデータブロックが出てきたの。磁気ディスクという原始的な保存装置だったから、解撤に苦労したけど、復元したらこの画像が表れたというわけ」
「…」
 なんとなく状況がわかってきた。
 信じられないことだが、彼女は俺の子孫なのだ。…でも、先ほど写した画像が遥かな時を隔てて後世に伝わったとは…そう思うと、なにやら目頭が熱くなってくる。
 説明によると、この画像を見て驚いた彼女は「時空保安庁」に問い合わせて、この時代に「『パルサー星電磁線』による伸縮システム」が未発見であることを確認すると、俺の一生を調査したあと当局の許可を得て「歴史が歪まない程度の修正をするために」やってきた…と言うのだ。魔法使いの老婆という隠れ蓑をつかって…。
「これは、ある程度自分で伸縮を制御することができるの。だから…」
 と、理解できない用語を使って彼女は講釈をはじめた。
「そうだったのか…」
 と答えても、彼女の言うことの半分も理解できなかったが、魔法でないことはわかった。だからこそ、ある程度都合よく伸縮できたわけだ。
…でも、こんな秘密を知ってしまったから俺を生かして返さない、と言うんじゃないだろうな。
 おそるおそる尋ねると、彼女はころころと笑いだす。
「そんなことするもんですか。第一、私の言ったことをいくら話しても、この時代の人たちが信用するはずないでしょ」
…たしかにそのとおりだな。縮小やら時航やら、ヨタ話くらいでかたづけられるのがオチだ…
「さて、これで話はおしまい。私の役目も済んだし、では、もとに戻りましょうか、ひいひいおじいちゃん」
「ちょ、ちょっとまってくれ!最後に・・・」
「最後に?」
「君の手に乗せてほしい」
「…そりゃ、いいけど」
 俺は、手に乗って彼女の胸元まで持ち上げてもらうと、じっくりと彼女を見つめたのだった。相手は興味深そうに俺を見下ろしているが、その表情が美紀子のまなざしそっくりなのには驚いた。

…うん、遥かに時は隔てても、美紀の面影がよく残っている。この子は本当に俺の子孫なんだな。

 信じられない出来事だが、俺の心にそよ風が吹き抜けたような気持ちが広がっていく。
 こうして、ようやく得心すると、ゆっくり立ちあがり周囲をみまわす。
…この光景も見納めか…
「もういいよ。下して元に戻してくれ」
「うん、わかった」

ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

 元に戻って、ようやく縮小システムを解いてもらった。そしてミフカに礼を言い、家を辞すために玄関を出てドアを閉める瞬間、俺はちらりと室内を覗く。
 するとそこには、にこやかに手を振る彼女の姿があった。
…よく考えれば、不思議な体験をしたわりに、あまり緊張感がなかったな…。
でも…
 おそらく、2度とこの家や彼女に会うことはあるまい。そう思うと何やら感慨深い気持が湧いてきたので、ミフカをみつめてニコリと会釈をすると、ノブをゆっくりと押し、心をこめてドアを閉める。

 ぱたん

 そのとたんにめまいを覚え、すーっと目の前が白くなった。


 しばらくして気が付くと、いつの間にか初めて老婆と出会ったあの十字路に立っている。
「…終わったな」
 思わずぽつりと呟いて、そこでぼんやりしていたが、やがて家へ帰ろうとしたとき…
「…あ・・・」
 ふと空を見上げれば、きれいな朧月が浮かんでいる。しかも、路地の脇にはお誂えのように菜の花を植えたプランターが置いてあった。
…もう春だなぁ
 朧月夜に菜の花とは月並みだが、たしかに春の風物である。そう思いながら景色を見つめていた時…
「…そうだ!」
 出産時からずっと考えていた、我が子の「名前」がひらめいたのだ。
…春と菜の花…うん、娘の名は「春菜」にしよう!美紀子…いやお母さんも気に入るだろうな。
 よし、とりあえず病院へ帰ろう。そして名前を披露した後、たった今経験した「不思議なお話」でも彼女にしてやろうか。きっと驚くぞ。
 そう決めると、俺は病院に向かってぼちぼちと歩きはじめた。「春菜」のイメージにあわせて、昔むかしの唱歌を口ずさみながら…

…菜の花畠に入日薄れ、見渡す山の端、霞深し…

                       最終回 おしまい






































 最後まで読んでくださった読者の皆様へ。ささやかですが、お礼をこめた最後のおまけです。
                                 作者 敬白
おまけ

小さな冒険
  
      「エピローグ」

「…春菜ちゃんも元気でね」
「どうもありがとうございました」

 今日は、待ちにまった退院の日である。恥ずかしい話だが、昨夜は嬉しくて眠ることもできなかったのだ。

 お母さんは春菜を抱き、俺は手荷物をもって病院を後にした。入り口には、丁寧にもお世話になった看護婦さんが見送りをしてくれる。俺達は何度も振り返っては礼をしていたが、やがて駐車場まで一緒に歩く愚を悟って、お母さんに声をかける。
「先に行って車を出してくるよ。ここで待っていてくれ」
「うん。でも、運転は久しぶりだから気をつけてね」
「大丈夫だよ、ここまで来たんだから」
と、いってくるりと背を向けたときである。
…あ!
 ふっ、とめまいがして空が見えたかと思うと、一瞬目の前が真っ暗になってしまった。

 しかし、すぐに目がさめる。
…やれやれ、嬉しくて昨日はほとんど寝ていないからな。
 そして、ゆっくりと立ち上がろうとしたとき。
「!」
 上空に、俺を見下ろす美紀子の姿が目に飛び込んできたのだ。
…また小さくなったのか?そんな馬鹿な、縮小システムは解除してくれたはずなのに。
 でも、まさかということもある。そこでしばらく様子を見ることにした。
 しかし、大きな美紀子は、怪訝そうな顔をしてじっと見下ろしているばかり。俺は徐々に不安になって、つい呼びかけてしまった。
「おい、何しているんだ。拾ってくれよ」
 すると、彼女もやっと気付いたのか、かがみこんで手を伸ばしはじめる。
…とにかく、周りの人からばれないように回収してくれなくちゃ。
 彼女の手は徐々にこちらへ迫ってくる。でも、何か変だぞ。

 ぎゅっ

「痛ててて!」

 頬に走る激痛でようやく我に返る。彼女はかがむと、いきなり俺の頬をつねったのだ。
「こら、仰向けに転んだだけだぞ。早く起きなさい」
 美紀子は、いたずらっぽく笑いながら叱ったのだった。それを聞いて、気まずい思いで胸いっぱいになりながら、身を起こして頭を掻く。
 どうも彼女を仰ぎ見ると、縮小したころのイメージが抜けきれないようだ。
「…ごめん。まだ昔のくせが残っているみたいだな」
「うふふ、早く元にもどってね。お父さん」
 まだ聞きなれない「お父さん」の言葉で気恥ずかしくなった俺は、苦笑して立ち上がり、一目散に車へ駆けて運転席に乗り込んだ。
 そして、スターターの鈎をひねって軽くアクセルを踏む。すると、始動音とともにエンジンの振動がハンドル越しに伝わってきた。往路で体験したとはいえ、実に久しぶりの感触である。
…これだ、これ。やっぱりいいなー。

「さ、乗って。出発するよ」
 後部座席に二人を乗せて静かにドアを閉めて、一路我が家に向かって軽ろやかな出発である。やがて、2つめの交差点を曲がって、カーブした陸橋を渡った。
 弧を描いて立ち上がる両側の防音壁を見ていると、まるでタイムトンネルを走っているような気分を覚えてしまう。
「あ・・・」

 それに誘発されたのだろうか。たちまち脳裏に、過去の出来事が走馬灯のごとく蘇ってきたのだ。

「…」
 一瞬見た白昼夢に心を奪われた俺だが、急いで平常心にもどると前方を注視する。
…だめだめ、思い出に耽るのはまだ早いぞ。大変なのはこれからなんだから。
 とはいえ、つい数日前までの不思議な体験が、もはや、遠い過去の出来事のように感じてくるとは不思議である。 
「小さな、冒険、か」
 俺は、後部座席に聞こえないように小さく呟くと、フロントミラーに映るお母さんと我が子の姿をちらりと見る。
「…」
 そして、感傷的になった気分を振り払うために、すこしだけアクセルを吹かしたのだった。
                    
                       これで おしまい(完結)