ある地方の港湾都市、といってもあまりパッとしたところのない街である。
普段は人気もまばらなこの街はある日だけ、一大観光地と化す。
街へ到着する列車はどれも満員で、増結増発され、大量の観光客がこの街に到着した。
しかし、人々は市街へは向かわず、駅前に整然と並べられたバスに乗り込むとどこかへ去ってしまった。
それどころか街の住人たちも市街を離れ、それから数十分としないうちに街には立ち入り規制が布かれ、さながらゴーストタウンのようになってしまった。

住人や観光客たちは街のはずれにある広大な空き地に設けられたライブ会場のような所に集められていた。
歓声があがる。観客たちの前の大型モニターにある艦娘の顔が映し出された。

軽巡艦娘<那珂>、彼女は文化活動にひときわ熱心であり、自らをアイドルと称して様々な活動を行ってきた。それが功を奏し、今では多くのアイドル活動業務を得ている。

そんな彼女が居るのは立ち入り規制が布かれているはずの街の中心部である。
「みんなーおっはよー!」TVカメラを抱えた重巡艦娘青葉を小さくしたような妖精さんに向かって那珂は元気に挨拶した。
もちろんその瞳はレンズの向こうの観客を見据えている。

いくらかの挨拶・雑談を終えた那珂は高らかに宣言した。
「那珂ちゃんクラッシュライブ、ばっつびょー!」
会場は大きな歓声に包まれる。
それとともに、那珂は大きくジャンプし、その瞬間、那珂の体は一気に100倍近い大きさに巨大化した。

ズッドォォォーン!
そして着地と轟音と衝撃波が足元を中心に発生し、道路を陥没させ、周辺に建っていた民家数件は粉々に倒壊してしまった。
観客の一部になった民家の住人たちは悲しんだり怒ったりするどころか歓喜に沸いていた。

一瞬の間ののち、会場のスピーカーと那珂の耳元で音楽が流れ出すと那珂の足のリズムと共に街が揺れはじめ、そのダンスが始まるとその足は凶器と化した。
その一歩を踏み出せば、その場所にあった物は全て破壊された。鉄筋コンクリート造の商店は蹴りによって粉砕され、止めてあった車は真上から踏み潰されて押し花のように舗装と同化した。
しかし那珂はそんなことには気も留めなかった。むしろこの破壊劇を楽しんでいた。観客も同様である。

街を蹂躙しながら1曲目を終えた那珂は本人の予定通り街で一番大きいビルの前に立っていた。ここにもカメラ妖精は居た。それどころか街中の至る所にカメラ妖精はおり、様々なアングルから那珂を捉えていた。上空からはもちろん、ほぼ真下からもである。
それはともかく、ビルの前に立った那珂はビルを壊してしまわぬようにゆっくりそれに腰掛けた。
パキッ、ピシッ、パリン
しかし、何トンあるか考えたくもない那珂の体重によってビルの各所はゆがみ、一部の窓は割れてしまった。
「あれ~、こんなんじゃ那珂ちゃんのイスは勤まらないよ~」
次第に掛ける体重を増していくとついに最上階が潰れ、その勢いで一気にビルをお尻で押しつぶしてしまった。

ガラガラガラ…
何事も無かったように那珂は立ち上がるとお尻に付いたコンクリート片を払いながら「もう!脆いんだからぁ」とわざとらしくふくれっ面になった後、すぐ笑顔になって2曲目を始めた。

2曲目、3曲目…と進んでいくごとに街の荒廃はいよいよ進んでいった。
民家はもちろんのこと、少々高さのあったビルはダンスの回し蹴りでなぎ払われ、バスターミナルにあったバスたちは一台ずつ狙いすまされ、那珂の足裏へと消えていった。
しかし、街の駅と線路はいつまでも無事であった。
そして、那珂が何曲目かを終えたところで立ち入り規制がされているはずの街に列車が入ってきた。
これも予定のうちで、列車が駅に到着したのを確認すると、列車が走ってきた線路を踏み潰しながら駅へと向かった。
そして駅を両足で囲むように女の子座りをすると、先頭車をわしづかみにした。
そして列車は上空へ拉致される。連結器が外れ、先頭車以外は地面へ落ちてしまった。列車は運転士が居る以外は無人であった。
先頭車の運転台を顔の高さまで持ってくると、「いまここは立ち入り禁止なんだよ~」と運転席に向かって那珂が注意する。その運転士も自らのこれからの職務はよくわかっているので彼女の台詞をよそに車両を降りる準備を進め、那珂とウインクの合図を交わしたと思えば那珂の巨大な手に掴まり那珂も素早い手つきで運転士を安全な専用のポケットに格納した。
「じゃあ悪い列車は私のマイクになってもらおう!」というと衣装の襟を引くと胸に挟むように車両を差し込み、先頭部分がちょっと顔を出すだけとなってしまった。那珂は平静を装いつつも、汗で蒸れだしていた胸部に現れたひんやりと冷たい物体に快感を得ていた。
「あと、残りの列車はこうだ!」とそれまで開いていた女の子座りの三角地帯を一気に閉じると右足のふとももで駅舎は倒壊し、左足のふとももは列車を押し寄せ、両足が閉じるとともに列車も駅舎の残骸も一気に圧縮され、とどめにふとももをすり合せると、原型を失った金属と石の塊が造られた。

胸に車両を挟んだまま、ライブは続けられ、ついに街に原型を保った建物は無くなってしまった。
すると那珂は多くの観客が居る空き地に向かい、大型スクリーンに正対するかたちで観客たちの前にしゃがみ込んだ。長時間の運動で多くの汗をかいた那珂からはくらくらしそうになるほどの熱気と湿気とフェロモンが放たれていた。
「今日はこれでおしまいっ!今日はみんな来てくれてありがとー!」
熱気ほかでのぼせたようになっている観客たちに対してそう挨拶すると
「じゃあコレも返すねー」と胸から那珂の体温でぬくぬくになった車両を引き抜き、観客のそばに置き、観客以上にクラクラになっている運転士を降ろすとそのまま海上経由で那珂は去っていった。


(後記)
那珂が去った後の街は筆舌に尽くしがたい破壊の跡になっていた。
しかし住人たちは動じないどころか先ほどの那珂のぬくもりの残る車両に群がったり、ライブDVDの購入手続きをするなど随分暢気なものであった。
それは全て計画通りであったからである。
どこからともなく旧軍の爆撃機のような飛行機が飛んできたと思えば大量の液体を投下していった。すると街は凄まじい量の蒸気を立て、それが晴れる頃には街は完全に元の姿を取り戻していた。そう、これは鎮守府が企画し、町が誘致した<高速修復剤を用いた都市の再建>大規模訓練で、実のところ那珂の破壊劇は前座であったのである。しかし、この前座が大きな人気を博し、町の経済は大きく潤っていた。街を壊されて住人たちが喜ぶカラクリは以上の通りであった。
余談ではあるが、<高速修復剤を用いた都市の再建>技術はいまでは専ら艦娘が街を壊すイベント用に使われ、国民を楽しませるというややズレた役目ながら盛んに用いられているという。