深い、深い、森の中。ある冒険者がいた。
年の頃合いは。20も行かないであろう少女だ。
胸は小さく、背もそこまで高いわけではない。名をクランという
とある町で依頼を受けたのだ、この森に向かったものが誰一人として帰ってこない。
故に調査に出てほしいと。
彼女はこのあたりでも有名な運のないことでしられていた。

故に彼女のあだ名は死神のクラン。
彼女と組んでいるものの生還率は0%だった。
つまり、この依頼を持ってこられたのは厄介払いのため、ともいえる。

まだ幼い妹がいる彼女は、今ここで依頼を拒めばその街での依頼はしばらくは・・・きっとない。
ゆえに、彼女には、受ける以外の選択肢はなかった。

彼女は森に入る前に、森に入る前に近くの村で、補給をしようとした。
しかし・・・・・・

「・・・・・人の気配が、しない?」

今はまだ昼の頃合い。
畑も手がついていない・・・・・・。
幸い獣に荒らされたりしているわけではないが、しかし、どうにもおかしい。

「・・・・・・なんだか不気味だなぁ、このあたりに魔物が出たせいでみんな避難しちゃったのかなぁ?」

ゴブリンやオークに襲われたとき近隣の村の人間が別のところに避難する、ということはたまにある。

「・・・・・補給物資だけでも、適当にもらっていこっかな。お金、置いておけば怒られないよね?」

村の中のお店に向かおうとしたとき、ぐちゃり、と変な感触が足元でする。

「・・・・・・うわぁ・・・・なにこれぇ・・・」

靴の裏に赤い気持ちの悪いどろどろした液体がついている。

「虫かなぁ・・・気持ち悪い・・・」

ぐしぐしと足を地面に擦り付け液体をふき取る。

「さっさと抜けちゃお・・・」

そして、村のお店からお金を置いて補給物資をもらって森の奥へと入る。
森の中にも、獣の声や小鳥のさえずりなど、本来あるはずのものが一つのこらず消えていた。

「うぅ・・・早まるんじゃなかった・・・」

しばらく、そうやって憂鬱になりながら歩いていると誰もいないこの森の中には似合わぬ、小さな小屋・・・
いや、小さくとも立派になりは、屋敷といってもいいだろう。

「こんなところに、屋敷?…誰もすんでないよね?」

こん、こん、こん。と、呼び鈴のない扉を軽くノックしてみる。
しかし、返事もなく、かえってくるのはただ、沈黙だけ。

「お、おじゃまします・・・!」

意を決してゆっくりと扉を開くと、赤黒いカーペットがしかれたエントランスだった。
甘い香りは、花だろうか?心なしか、空気も少しひんやりとした心地のよい…。よいのだが。
しかし、それでいて不気味な雰囲気がする。

「おや、いらっしゃい、こんなところになにか用かい?」

上から声をかけられる。声は透き通るような、惚れ込んでしまいそうになるきれいな声だ。
誰もいないものとおもっていた、クランはとっさに飛びのいて、謝罪をする。

「ご、ごめんなさい!ちょ、ちょっと調査してて、珍しい家だなぁって思って、勝手に入っちゃって」

「なに、いいよ。返事を返さなかったボクも悪いからね」

ゆっくりとその女性は階段を下りてきた。
相手は、かなり、背の高い女性だ。190cmは超えているだろうか・・・・・・。
少し離れているが、間違いなく、クランを見下ろせる大きさだろう。
黒く長いきれいな髪は、腰より、少し上。服装はゆったりとしたローブ。
胸は大きく、そのローブを、思い切り押し上げている。
男性なら、思わず手を出してしまいそうだ。

しかし、その女性らしい見た目に反して、口調は少年のようであった。

そして、彼女の外見で何より目を引くのは、竜のような角だ。
とても固そうな角が二対、頭部から髪に沿うように生えていた。

竜人種だろうか。

「ほら、そんなところで、立ち話もなんだし、こっちにおいで?」

その女性は、近くのソファに座るとやさしくクランに手招きをする。

「それじゃあ、ちょっとだけ」

いってはならない。冒険者のカンだろうか?クランのなかでなぜかそう、訴えてくる。
しかし、そう、まるで、親に呼ばれた幼子のように足はふらふらとその女性のもとに向かう。
向かってしまう。
ぽふり、と、彼女の胸に飛び込むまで、クランは歩みを止めなかった。

「あ、そ、その、」

「ふふ、いいさ。でもこっちじゃなくて、ほら、そっちに座って?クランちゃん」

「は、はい!」

体に触れた途端。
何か違和感を感じたが、すぐにわからなくなってしまう。

「さて、ボクは、ノア。ここの主だよ。君は、何の調査に来たのかな?」

「え、えっと、この辺りで行方不明の人が多くなって、原因を排除してほしいって・・・・・・」

簡単に口に出してしまう。
普段なら依頼の内容なんて口にしないのに。

あれ?そういえば、さっきから、何かおかしい。
そう、そうだ・・・。

「え、えっと、ノアさん。なんで、私の名前を、それに・・・・・・なんで、そんなに、体が冷たかったんですか・・・?」

ノアは笑顔を崩さない。
まるで、もう答えは出ているだろう、と、問いかけるように、クランを見ている。

「も、もしかして、魔物・・・なんですか・・・!」

その答えを聞いたとき、彼女の笑みは優しげなものから、もっと幼く、楽しげな笑みへと変わる。

「あはは。正解だよ。うん、まぁ、魔物とは、ちょっと違うけれど。ちゃんとわかってくれたようで何より。・・・・・・改めて自己紹介だよ。
ボクはノア。魔王だよ、元々はノスフェラトゥだから、まぁ、魔物でも間違ってはいないんだけど。今は違うね」

やさしく頭を撫でられる。
それだけで逆らえない。

「魔王、なんて、おとぎ話じゃなかったの・・・」

「ふふ、違うよ。だって、ここにいるから」

赤黒い瞳が、クランを見下ろす。
頭は逃げろ逃げろと警鐘を鳴らすのに、体は指一本動かすことはできない。

「さい、きんの、失踪も・・・あなたの仕業・・・なの?」

がたがたと体を震わせながら、クランは声を絞り出す。

「くく・・・、失踪かぁ・・・・ううん。僕は失踪はさせていないよ?」

少し考えた様子を見せて、笑いながらノアはいう。

「僕はね、小さくしただけなんだよ。あぁ、ただ僕はそこに泊まっただけだよ?
そうしたら、勝手に小さく惨めに矮小に縮んでいっただけだよ。たかが、ボクの無意識で流している魔力ごときでねぇ?
まぁ、それでも、無意識だしねぇ。せいぜい虫くらいの大きさじゃあないかな?」

虫くらい、と聞いて、ぞくり、とする。

「あ、ぁ!?ま、まさかぁ」

「ふふ、あ~あ。君もあの村に行ったんだねぇ。そして、君も踏んじゃったんだねぇ
生きた人間を、何もしてない何の罪もない村人を。ムシケラみたいに踏みにじったんだねぇ」

逃げないと、いけない…でも、体は一ミリも動かない。
冒険をしてきたのに、蛇に睨まれたように・・・・・・動かない・・・!

そのまま彼女はクランの後ろに回り込んでゆっくりと抱きしめる。
冷たい体に、クランは振りほどこうとようやく動くようになった体を必死に動かす。
しかし、魔法使いのような服装のノアの腕を戦士のクランは全く振りほどけない。

「あぁ、僕はね、魔力は大きいけど魔法使いよりは、むしろ君たちみたいな戦士なんだ。素手のね?」

「ぐぅ////くぅ…」

鎧の上からミシミシと体が締め上げられる。このままされると、鎧ごとへしゃげてしまいそうだ。
胸が、顔に当たり、より苦しくなっていく。

そうして、少し時間がたつと、違和感に気が付く。
最初は確かに踏ん張っていた足に力がだんだん入らなくなっていく。
しかし・・・・・・、さっきまでのことを考えると・・・・

「ま、まさか」

「ふふ、君だけは特別、何て、思ったのかな?ほら、振りほどかないとどんどん小さくなっちゃうよ?」

思った通り、体が小さくなっている。
じたばたとあがくクランのことをノアは嘲笑う。

しかし、クランも、冒険者だ。やられてばかりはいられない。
余裕ぶっているノアの乳首を思いきり吸う。

「ん///な、にしてるのさぁ」

ローブ越しだというのに、ビクリっと体がとまる。
感覚は人間と同じなのだろうか、腕が緩んだ間に、抜け出し走り始める。

「はぁ、はぁ、ドアが…遠い!」

小さくなったせいで、靴はぶかぶか、鎧も重い。そして扉の前でずしゃ!っところんでしまう

「ふふ、ざぁんねん。逃げられなかったねぇ?クランちゃん」

楽しそうに言葉を投げかけられながら。小さくなった背中をを大きな足でずん、っと踏まれる。
体がさらに、ゆっくりと、自分が小さくなっているのを、感じる。
ぐり、ぐり、とゆっくり体重をかけられ、つぶされる。

このまま足の裏で踏みつぶされて殺される、と思ったとき、足がどけられる。

「ふふ、でも、そうだね。せっかく訪れてくれたんだから。ゲームで勝ったら、おうちに帰してあげよう」

「ほ、ほんと!?」

助かる、と、思い、言葉に喜びが混じる。

「な、なんのゲーム?!」

「ただのトランプゲームだよ。ブラックジャック。10回やる。けれど、一回負けるごとに君の体は半分の大きさになるんだ。トランプが持てる大きさなら、君の勝ちでいいよ。もちろん、ゲームだからね。ずるはしないさ」

運が悪いといわれている、彼女にはもう、これ以外に生き残る手段がない。

「・・・・・・わかったわよ!」

「ふふ、じゃあ、これに座るといいよ」

彼女の前に用意されたのはおもちゃの、人形が座らせられるような椅子に座らせられる。
隣にはもともと、それに座っていたであろう人形が立たされている。
今のクランでは、それこそ見上げなければならない大きさだ。

そして、どう用意したのか、クランにあわせられたトランプも用意された。
魔力も、感じられない。不正はないようだ。

「さて、最初はボクだ。J…11だね」

ぴらり、とクランも同じようにめくる、

「…5です」

「じゃあ。もう一度。・・・・おっと、Jが二回連続なんて、ついてないね」

ブレイクして、そのままノアの負けになる。
そのように、続けて、連続で三回も勝つことができた。

しかし、四回目、ゲームは動き始める。

「残念だったね。ブラックジャックだよクランちゃん」

「ま、まだ負けじゃ・・・・・う・・・・・」

その瞬間、クランの体がガクン、っと一気に縮む。
落下するような感覚とともに、椅子に深く腰掛ける。
足はもう、つかなくなる。

今度は、椅子もトランプも大きさを変えてくれない。
クランは仕方なく、机の上に下りる。

もう一度なってしまえば、椅子から降りれなくなるかもしれなかった。

「つ、次の勝負よ」

「くく、あぁ、もちろん、ボクは大歓迎だよ」

ノアも、クランも、小さな数字をめくっていく。

しかし、引き際を間違え、クランがブレイクしてしまう。
二度目の急激な縮小。

トランプ一枚が掌よりも大きくなる。

「あぁ、だいぶんかわいらしい姿になったねぇ?クランちゃん」

クランが見下ろしながら、笑みを浮かべるノアの姿は、彼女が言う通り、魔王としかいいようがない。
もしくは、悪魔、だろうか。

なんにせよ、クランにとっては絶望の象徴だ。

「まだ、まけて・・・!」

トランプが重い。
戦士として剣を振るっていた彼女であるが、今運ぶのに苦戦しているのは、たかがトランプ一枚。
それを、上から見下ろして、自分を押しつぶしてしまえそうな巨大なトランプを楽し気にめくる魔王。

いや、違う。彼女のめくっているトランプこそ、普通の大きさなのだ。
そのトランプは、今のクランには、見上げなければならない巨大さだ。さっきの人形など、もはや腕を動かすこともクランにはできないだろう。

その、トランプと対峙しながら、次のゲームに挑む。

あぁ、しかし、現実は非情である。
7回目の勝負が終わるころには、クランは、トランプをめくることすらできない、虫けらになってしまった。

「くく、ボク、いったよねぇ?めくれなければ、ゲームは、終わりだよ?」

黒い壁が、クランの目の前に降りてくる。

いいや、違う。これは壁ではなく、ノアの長い黒髪だ。
垂れた黒髪と、巨大な胸が、クランを囲む。
小さな冒険者は、逃げ場所を一瞬で、ノアも意識していないだろう、見下ろすという行動だけで、閉ざされてしまったのだ。

「げ、ゲームを」

「ダメ、もう、終わりだよ」

トランプが彼女の吐息に吹き飛ばされて、手の届かないところに消える。
もはや、挑む方法もない…
つまり、私の人生が、確定してしまったということだ。終わりが確定してしまった。
(いやだ、いやだ!認めたくない!こ、こんな!むしけらみたいな!)

ふ、と、自分が立ち寄った、途中の村の虫、いや、
この魔王に縮められた人間の終わりを、私の靴の下でふみつぶされたにんげんをおもいだす

クランはあの時、思った。
赤く、汚いただの染み。
だが、彼らは虫だと思うほどの大きさがあった、靴をしっかり、赤く、その血で汚してた。
しかし、今の自分は、・・・・・どうだ?
最初は、160cmはあった。もう届かないはるかな高みだ。
でも、そのあと、子供くらいの大きさにされた。やっぱり高みだ。
人形くらいの大きさに、された16cmほどだ。それでも、まだ、高みだ。
そして、トランプで、4回まけた。
1/16、もう、1cm、しか、ない。

ムシケラは、果たしてどっちなのだろうか・・・・・。

そう、絶望する彼女に、魔王は優しく語り掛ける。
「そんなに帰りたい?」

上を見上げると優しく微笑む、魔王の姿が。先ほどまでの意地の悪い笑いではない。
あぁ、だけれど、今は魔王でなく、女神に見える。

「帰りたい!おうちに!帰して!」

「ふふ、しょうがないなぁ、いいよ、おもちゃにしようかと思ったけど、すぐつぶしてしまいそうだからね?お家に帰してあげるよ」

優しくそう言う。

「ほら…じゃあ、その魔方陣にのって」

心がおれたクランはふらふらと、しかし、すぐにその魔方陣に駆け込む。
早くこの現実から逃れたかった。
そして、彼女が入り少しすると、彼女は魔方陣の上から消える。

「あぁ・・・・・くく、バカな子だったなぁ。でも、楽しかった」


「ぁ…!ぁぁ!」

そうして、転移した先で、彼女は、絶望した。
彼女は確かに、自分の家に帰ることはできた。しかし、そう。その、虫けらのような、小さく、惨めな姿のまま。
巨大な部屋は見覚えがある、六つ年下の、クランの妹の部屋。
そして、がちゃり、と、扉が開き‥

「くく、勇敢で運の悪い少女は数mmまで小さくされて、妹の部屋の床に転移されて、足の裏で赤い染みに‥いや、それすらならなかったかも‥ね?」
魔王は静かに笑う。
次の獲物が来るのを待って。

「・・・・・おねえちゃん帰ってこないかなぁ」

少女は願う。自ら気が付かずにつぶした姉がかえって来ることを。