とある都市の、それなりに発展した山に囲われた住宅街。
そこを歩いていたのは、黒髪を腰ほどまで伸ばした女性。
年頃は20代を、少し超えたくらいだろう。
その美しさは、それこそ、グラビアアイドルの雑誌に載ってなお、表現しきれないほどの美しさをしている。
故に彼女は、目を引いた。
だが、彼女に目を奪われた理由は、その美しさ、だけではない。
「ふぅ、やっぱり、住宅街は眺めがいいなぁ、視界の邪魔になるものが少なくて」
……。そう、彼女が目を引いたのは、美しさからではない。
そのけた外れの大きさ。
490㎝はあろう身長は、町中、いや、そうでなくても目を引いただろう。
「でもちょっと休憩。ちょぉっと、家の壁、借りるねぇ・・・・?」
そういうと、彼女は、近くにあった民家へとゆっくりと体を預ける。
高さでいえば、二階建ての建物であれば、彼女の身長よりも高く大きい。
だが、それはあくまで大きさの話である。
「よいしょっと、うわ!?脆過ぎないかい?」
しかし、それが、強度につながるか、といえばそうではない。
彼女の体重は、1トンを、凌駕する。
そのような彼女が、たかが、一般民家の壁へと体重をかけていたのだ。
あっさりと、壁を砕いた彼女の大きなお尻は、中の家具と、居間でお茶を飲んでいた家族をぐしゃり、と、すりつぶす。
「あぁ、ごめんね?ただ、壁に寄り掛かったつもりだったんだけれど、思ったより痛かったみたいだね?」
そういいながら、彼女はゆっくりと、その家族団らんの残骸を、さらに尻ですりつぶす。
ぐちゅり、ぐちゅりと、音を響かせながら、その蒼いデニムに汚れを残す。
「よし、ちゃんと、家族みんな一緒にしてあげたよ。まぁ、ボクのお尻に張り付いてるだけだけれど」
ここで、ようやく現実に戻った辺りの人間は悲鳴を上げる。
目の前の惨状にようやく理解が追い付いたのだ。
これが現実であると。
「まったく、現実を見つめるのが遅いねぇ人間は。でも、確かに、この大きさのままだと、全員追うのは面倒だなァ・・・・・っと!」
とん、っと、彼女は、その場で一つ、軽くジャンプをする。
次の瞬間。その場所に振ってくるのは先ほどの10倍の靴。
6mを超える靴が、足の裏にすっぽりと、先ほど崩した家を捕えた。
「うん、まぁ、このくらいでいいかな?」
身長50m近くなった彼女はゆっくりと、小さくなった街並みを眺める。
まさに、視界を遮るものが何一つなくなってしまう。
そして、その大きさになれば、当然、周囲から確実に見えるようになってしまう。
しかし、逆にその規模の小ささから、山には隠れて、外からはまだ、見えないといったような、大きさ。
「ふふ、ようやく街の皆からも見えたかな?初めまして。ボクはノア、ちょっと大きな魔王様だよ?まぁ、まだちっちゃくなってるくらいなんだけれどね」
そういって笑いながら、数歩、前進する。
其の数歩の間に、自分から逃げようとしていた人間をぐちゃり、ぐちゃりとあっさりと潰しながら。
「ほら、見てごらん?ちょっとボクが歩いただけで、こんなに真赤になっちゃった。
なんだと思う?ふふ、これね、みーんな、君たちと同じ人間だったんだよ?」
そういいながら、靴底を見せつけ、指を添わせて、肉塊を靴底から引きはがす。
どろどろとした赤い液体が彼女の指先を汚すのを、町中の人間が見ていた。
「さて、……次は君たちの番だよ?」
そういうと、街の中央にあった高さ40mのマンションを、ぎゅうっと、抱き締める。
すると、ただそれだけでマンションは悲鳴を上げ、ぎしぎしと圧縮され、そして、一分もたたないうちに砕け散り、半分ほどの高さを残し上部分はボロボロと中の人間ごと落下していく。
「早く逃げないと……」
ゆっくりと足を高く持ち上げ、半分になったマンションの上にかざし踏み下ろす。
そこにはかつてあったマンションはなくただ、魔王のすらりとした足だけが存在していた。
「こんなふうに、踏み潰しちゃうよ」
今度こそ、悲鳴は最高潮に達した。
一斉に町が動き出した。かつての震災でさえ、これほどまでの騒ぎにはならなかっただろう。
当然だ。彼女は、人間からすれば、意志のある災害。
悪意ある災厄。
台風や地震などといったものなど、比べるべくもない。
何故なら、次は自分だということが、明白に自覚できてしまうからだ。
「ふふ、ちゃんと逃げて、偉いなぁ。言われたことをできる子はボク、好きだよ?まぁ。生き残れるか、なんていうと別だけれど」
彼らは逃げる。車も、原付も、その足も限界まで酷使して。
建物に逃げるのは無駄だと先ほど見せつけられたからだ。
そんな中で彼らは考える。どうしたら、生き残れるかと。
その結果。人間たちは、四つ手に分かれた。
バラバラに逃げたほうが安全ではないかという、ごく普通の考えからだ。
ただ自分たちのほうに来ないことを願いながら、走り続けた。信号など、もはや意味をなさない。事故が多発する。
そんな光景を眺めながら、彼女はまず、東に歩みを進めた。
「ほらほら、後ろからおっきな魔王様が迫ってきてるよ?逃げきれるかなぁ?」
そんなこと、言われなくても決まっている。
逃げられるはずがない。
そう、単純に、もしも、単純に、人口の四分の1ずつが、一斉にバラバラに逃げたとしよう。
では。彼らはどこを走るだろうか?
……。そう、道だ。すべてのものが、陸に縛られた地上に置いて、人間は道を行くということは、どの移動方法でも変わりはない。
人口の4分の1。おおよそ、2000ほどの人間が一斉に動き始めた。
そう、2000だ。
そんな人間が、一斉に動き出して、交通路がパンクしないわけがなかったのだ。
「まぁ、無理だよね?群体ならまだしもここの集まりでしかない人間に、自分以外を優先して逃がす選択を続けるなんて」
そういいながら、彼女はゆっくり、彼らの逃げる後ろから、じっくりと踏み潰していく。
彼らはただ、迫る巨大な足から逃げるために必死で走る。
だが、その努力など無駄でしかない。
ぐちゃりぐちゃりと、最後尾からミンチへと変わっていき、数分もたたないうちに車も含め、東に逃げたものはすべて、道にこびり付くミンチへと姿を変えた。
「はい、こっちは終わり、んー。この大きさで、そっちまで行くのは面倒だなー。えい」
とん、っと、もう一度体を浮かす。
つぎの瞬間、彼女が降りてきたときにはもはや道に収まらない靴。
その大きさは、500m。
最初の100倍の大きさまで巨大化していた。
「うんうん、これくらいだと、壊しやすいよねぇ。よいっしょっと」
そういうと、彼女はその大きな胸を地面へとつけるように、身体を横たえる。
ただ、うつぶせになっただけ。そういってしまえば、ただの日常だ。
だが、彼女の大きさはその日常とは桁を超えている。
なんせ、胸の胸囲だけで数百メートルあるのだ。
その胸が住宅街の中に落ちたらどうなるだろうか?
答えはとうに出ている。
「あーあ。ただ、胸を載せただけで壊れて。もう少し頑張ってくれないと」
そういいながら、そのまま、ゆっくりと、西に向かって匍匐前進。
そう、500mの巨体がゆっくりと、胸を地面に押し付けながら、移動してくるのだ。
今まさに潰されそうになった西の人間たちには、巨大なブルドーザーか、あるいは津波としか思えない。
そんな移動が、ゆっくり、ゆっくりと、しかし、先ほどの東をせん滅した速度とは比べ物にならない速度で迫ってくるのだ。
逃げおおせるはず等、どこにもない。
「もう、西側も終わっちゃったよ?さて、次は……北かなぁ?南かなぁ?」
そう、町全体に聞かせるように、いいながら、とん、っと、また飛び上がる。
あぁ、また大きくなるのか、頼むから自分たちには来ないでくれ。
どちらもそう思い、しかし、どちらの願いも、かなえられることはなかった。
ずがああああああああああああああああああああんん!!!
そう、巨大な音と質量と振動とともに、街はその周りの山ごと、叩き潰される。
「正解は、どっちとも、まとめてボクのお尻でつぶす、だよ。残念だったね?」
その大きさは、さらに100倍。
10kmの範囲が一瞬にしてその巨大なお尻に、敷きつぶされる。
あとに残るのは魔王の尻の跡だけだ。
そこで営まれていた生活の跡などひとかけらも残らず蹂躙された。
そして、ようやくこのころになって日本中が彼女の存在に気が付いた。
だが、既に遅かった。
「ふふ、ほら、ちょっと、準備運動しようかなぁ?せっかく、座ったんだし」
そういいながら、彼女は大きく足を広げて、大地に足を下ろす。
それだけで、大陸全体が大きな振動に襲われる。
当然。彼女のかかとを落とされた市街は、衝撃と重量の破壊力に一瞬で蹂躙される。
それが2か所も。
「んんん……」
ぐぅっと、体を折り曲げ、その巨大な胸元のタンクを大地につけ、ズズズズズと、先ほど町をなぞったのとは比較にもならない規模と迫力で、大地をえぐる。
先ほどのように、狙っているのではなく、ただ、準備運動の柔軟をするだけで、国も、人も潰されていく。
「ふぅ、準備運動終わり。じゃあ、本番、いこっか?あくまで、君たちにとっては、だけれど」
そういうと、大きな掌を大地につけ、腕をばねにして飛び上がる。
そう、今までと同じように、飛んだ。
……。次の瞬間、星を揺るがしたのは、先ほどとはくらべものにならない、硬い壁であった。
「さぁて、……100万倍。さっきよりも、更に大きくなったけど。君たちはまだ、抵抗できるかい?」
できるはずはない。
できる力はない。
だが、それでも、抗う意思は人間たちにはあった。
全ての軍が、今唯一行動できる、空軍を総動員させ、彼女の体へと迫った。
そう、迫ろうとしたのだ。
「ん・・・・・こないし、もういくよ♪」
だが、その行動はあまりにも遅すぎた。
彼らにとっては、目の前で、すぐ近くにあるように見えても、それは、その巨大さゆえのモノ。
実際の距離は、数十分かかるほど、遠いものであった。
そんなものを彼女が待つわけがない。
彼女はゆっくりと体を前に倒し、星を抱きしめるようにする。
発進した空軍も、同時に放ったミサイルもその瞬間まとめて彼女の服の下に押さえつけられ僅かにともった反撃の灯すらかき消した。
そして、その体をゆっくり、ゆっくりと、大きくしていく。
もはや、彼女を止めるものなどいない。
彼女は抱きしめたまま、美しい星を、バランスボールから、スイカ、砲丸のような大きさになるほど大きくなる。
「……このくらいでいいかな?」
くすり、っと、笑う彼女の前にある、小さな星。
それは、彼女の巨大な、それこそ、太陽よりも巨大な胸の前では、チリに等しかった。
「さて、人類の皆。これで終わりだ。怖がらせて悪かったね?それじゃあ。バイバイ♪」
そういうと、彼女は胸を軽く揺らした。
彼女の胸が通った後に、そこに美しい惑星があったなど、だれも分からぬほどのデブリだけが漂っていた。