魔王軍が、この世界に現れて、早四日。

そう、たった、四日の話。

別に、初めから手が回っていた、などということは一切ない。
人類に間者がいた、などということもない。

ただ、魔王ノアと名乗る、黒髪の胸の大きな女が世界中の空を覆いつくし、そのわずか数分後に侵攻作戦が発令、言い渡された。

たったそれだけだ。
たったそれだけの間に、この世界は彼女たちのおもちゃへとなり下がった。

元々、冒険者が食い扶持としていた魔物の種は、あっという間に魔王軍に消された。
勿論、知恵のある魔物たちは取り入ろうとした、男も女もだ。

だが、それすらも受け入れず、……いやそんな生易しいものではない。
見向きもされずに踏みつぶされた。

しかし、人間側から見ても、それはある種当然であった。
それは、勿論、彼らと戦える程度の、大きさ。精々200m程度が最大の大きさしかない彼らなど、文字通り目に入らなかったのだ。

なにせ、彼女たちの大きさは、我々人類とは比べ物にならない……。
山をまたぎ越すほどの大きさであったのだから。


それでも、人類に、……いや、この星に生きる全生命体にとって幸運であったのは、彼等は侵略に対して本気ではなかったことだ。

そう、四日しか戦線を維持できなかったくせに何をいう、とさえ思うかもしれない。
だが、それでも、彼女たちが本気でなかったのは確かだ。

なにせ、彼女たちは、武装もしていなければ、魔法さえも使っていない。
することといえば、指先で、街の周りをなぞったり、うっかりと踏みつぶしたり。
なんなら、そのあとで、回復さえもされて、街が無傷、元通りという場合さえあった。

しかし、それ故に、人類は、戦いの舞台に上がることなく、敗北したのだ。

その、敵のあまりの強大さに、自分たちの存在を、彼女たちに敵うはずのない、虫けらと定義して。


「けど!そんなので俺たちがあきらめていいわけねぇだろ!?」

バン!っと、冒険者のリーダーは机をたたき、集まった勇者たちに、現状を説く。
彼等は皆、名をはせた冒険者、その数は、冒険王の管理する中庭を埋め尽くさんばかり、いや、実際に埋め尽くしてもまだ、外にあふれる。
万を超える、冒険者たちがこの城に、集っていた。

そう、冒険心の塊である彼らが、たかが、超巨大で、あきらめていいはずがなかった。

この中には、いや、実際にリーダー自身も、踏み殺され、甦らされた。
間違いなく死んだ、そういう認識がある。実感もあった。

だが、そう、たかが一度敗れた、たかがそれだけであった。
ゆえに、彼等に、あきらめる理由はなかった。

幸いにも、魔王と名乗った彼女は、自分たちの居場所を、おおっぴらに晒している。
いや、それどころか、やつらが出した城の見取り図からしてみれば、わざわざ俺たち用の入り口さえも用意していた。
勿論、罠の可能性もあったが、今の彼らに、それを疑う余裕など、ない。

むしろ誘いに乗ってやると、意気揚々と、拳を掲げる。
やつらがせっかく整えてくれた舞台だ。やるしかないだろう。

「やつらの城までは、三日!神が世界を作ったという七日で勝負が決まる!俺たちで!魔王を打ち取るぞ!」

おぉ!!!っと、轟音のような雄たけびが響き渡る。
この士気を、維持していけばいける。

そう、彼等は、確信した。

実際に城を目前にする、その時までは。

「……なんだ、これは……」

目の前にあるのは、城だ。
……間違いなく、それこそ、どこの王国のものと、比較しても、まだ足りないほどの、剛健さと絢爛さを兼ね備えた、一種の芸術品とさえいえるものだ。
だが、問題は、そこではない。

その前。当然城から比べれば、小さな門がある。
だが、そこじゃない。
問題は、その、門の正面にある、わずかに盛り上がった土くれ。

……そう、魔王城と比較すれば、土くれでしかないあれは……。

「あの、手前にあるの、天空山、だよな?」

「・・・・・えぇ、残念ながら」

「ふざけるなよ!?あの山は!あのでけぇやつらよりもでけぇはずだぞ!?」

そう、少なくとも今まで侵攻してきた少女たちは、あの山よりは小さかったはずだ。

【やぁ、やっと動いてきたんだね?勇者たち】

そう、彼らが思いを巡らせた矢先、ぐらぐら、と、世界が揺れる。
比喩表現などではない。まるで、星が怯えるように、巨大な地響きを立てた。

おそらく、まだ、動いておらず、声を発しただけだっていうのに。

その声は、人類すべてが、脳裏に刻んでいた。
魔王だ。

あの時、人類を滅ぼすといった魔王が、たった一言、声を発したのだ。

その結果は、凄惨たるものだ。

万はいたはずの冒険者たちは、わずか、数人を残し、消し飛んだ。
本当に、まるで、そこには何もいなかったとでもいうように、彼等の死体も、装備も、何一つ残らず、塵よりはるかにこまごまとした存在へと変えられてしまった。

もはや、笑いすら起きない、圧倒的な差。
残った数名は確かに高名な冒険者ではあったが、それでも、それでも、なぜ生き残ったのか、首をかしげている。

【あぁ、決まってるだろう?残らないと、つまらないだろう?】

くすくす、と、小さく、笑い声が、人類を襲い、この、大地すらも、砕いていく。

【ほら、早くしないと、人類が、全滅してしまうよ?】

そういうと、彼らの、脳内に、わずかに浮かび上がる数字。
片方は、おそらくこの世界の、総人口。
そして、もう片方は。……今もなお、急速に減り続けている。

【ほら、ボクが呼吸するだけで、瞬きをするだけでこの星の環境は激変するよ?さぁ、早くおいで?】

そう言っている間にも、数字は100万単位で減っていく。
自分の冒険心がこんなことになるなんて、そう、後悔をしながら、彼らは走り出す。

……そう、走り出してはいた。
だが、……。

【……あぁ、そうだったね。君たちにとって城までの距離は、数日単位か。このままじゃ、何もせずに滅んじゃうし、仕方ない】

パチンっとはじける音がすると、彼らは、どこかに転移していた。

どうやら、室内へと飛ばされたのだけは、何とか認識する、冒険者たち。
だが、その代償として、人類は、半数になるまで激減していた。

【あまりに遅かったから、ワープさせてもらったよ?ほら、どう。ボクの机の上は】

机の、上?

そう言われて彼等は辺りを見渡してみれば、地平線まで広がった大地の上に、巨大な白い塔のように見える、カップ。
柱が一つ、黒い台座の上に乗っている。……ただの羽ペン。

そして地平線のかなたには、……魔王ノアの姿があった。

【いらっしゃい、勇者たち……さぁ、君たちの計画通り、ボクに敵うかな?】

無理だ。

城を出たときの、あの威勢は、もはや彼らにはどこにもなかった。
相手の大きさは、本当に、どれほど巨大か、わからない。

もしかしたら、星よりも、大きいかもしれない。
そんな錯覚さえ、彼らの脳は覚えてしまう。

【さぁて、誰からつぶそうか】

ごぉ……と、巨大な音を立て、空を裂きながら、指が迫る。
机の上に散らばった微生物のような大きさの冒険者たちの一人を、ゆっくり、的確に、その巨大な、国ほどの指先を乗せていく。

かろうじて生き残った彼らは懸命に、ノアの指先を攻撃する。
だが、彼らに抗うすべなど、ない。

いや、彼らを責めるのは間違いというものであろう。
一体、だれが、星を傷つけれるというのだろうか、誰が、世界に攻撃できるというのだろうか。

そうしているうちに、ゆっくりと、彼らは数を減らしていく。
どれだけ高名な冒険者であろうと、結局は、彼女にとって、玩具以下の存在でしかないのに、変わりはなかった。

そして、……1分。
わずか一分、それが、彼らの済む世界の、滅びまでの時間であった。

【はぁ、期待外れだったな……まぁ、住人の大きさ的にわかっていたけれど】

パチン、と再度、指をはじけば、ノアの体は星の外、宇宙に浮かんでいた。

その大きさは、【たった、この惑星の100倍程度】の小ささであった。

【あー……ん……はぁ、おいしくもないし、期待外れだったな】

それじゃあね。と、そう言って彼女は、元の世界に戻っていった。