「ねぇ、ノア。弱くなっているわよ?」
「へ?」
それは、本当に唐突な話だった。
くすくすと、メイシアが、ボクを見て笑っている。
うん、これは、いつものこと。
でも、弱くなってる。
というのは、おかしい。
体の感覚も、振るえる力の量も、全く変わっていない。
……いや、むしろ、何もしなくても成長できる、その部分だけで、前に起きていた時よりもかなり強いはずだ。
だから、メイシアが、言っていることは嘘。
……でも、嘘をつく意味が分からない。
「あぁ、そうね、ちょっと間違っていたわ」
不思議そうに体を動かすボクに、ちょっと納得したような顔をして、すぐに間違いを認めるメイシア。
「私たちが強くなりすぎたの」
「……?どういう、こと?そんなに変わってるように見えないけれど」
強くなりすぎた、という割に、そこまで大きく変わったようには見えない。
いつも通りの大きさだし、いつも通りの魔力量。
いつも通りに、世界は二人きり。
世界が二人を中心に回っている。
それは文字通り、世界の中央にボクたちがいるというわけではなく、小さな小さな無数の世界が浮かぶ中に、超巨大なボクたちが、屋敷の映像を投射して暮らしている。
それこそ、世界は、屋敷の埃のように。
ねぇ、違う?
そう、問いかけようとして、ふいに気が付く。
メイシアのアクセサリーが増えている。
彼女は、確かに着飾り屋だ。
コスプレとか、大好きだし、けれど、それとは違う。
おしゃれではなく、実用品。
よくある、拘束系、魔力を封じるタイプの、それだ。
たしかに、メイシアはちょっと魔力コントロールは苦手だ。
だから、それを使うことは別におかしくない。
感情が高ぶったりする日はそれをしておいた方が都合がいい。
けれど、それを、いくつもしていた。
たまにしてる日はあったけれど、それは、あくまで一つ。
ボクお手製のだから、一つあれば十分に封じれるはず。
でも、今日のは違った。
なんで、その力を封じるアクセサリーを、複数、……違う、いたるところにつけているのに、いつも通りかという点。
そして、……ボクはそれを腕輪一つしか作っていないということだ。
なのに、メイシアが付けているのはそれだけじゃない。
腕輪、指輪、アンクレット。
普段の女王の姿で、自然につけれるすべてのアクセサリーに、同じ効力がある。
唯一違うのは、薬指の結婚指輪だけ。
それ以外、体につけている、数十個のアクセサリーすべてが、メイシアの行動を縛る拘束具。
よく見れば、ドレスにも、そういう機能がついているみたい、だけど。
「なんで、その状態で、魔力が分かるレベルなの?」
いや、違う。
「何で、その大きさが維持できてるの!」
「くすっわかってるでしょ?ノア。拘束具を付けたままでも、そのままの力ができる……。つまり、ね?」
封印して、ようやくこの大きさで済むのよ。
そういうと、親指の指輪に、手をかけ、外し、無造作にボクの後ろに放り投げられる。
メリっ…っと、音を立てて、世界にめり込む。
ボクや、メイシアが、立っていても、びくともしない程度には強化された、それが、だ。
触ってみれば、びくともしない。
はめようと思えば、ボクでもはめれる程度の。
指先に乗る程度の大きさしかないのに。
『あら、どこを見ているの?』
そう指輪に近寄っていたら、後ろからメイシアが、私を見ろ、と声をかけてくる。
けれど、さっきまでの声じゃない。
響く、響く声だ。
けれど、その響き方は、違う。
トンネルなんかの反響とは、また違う。
特殊な音の響き方だ。
声がした後に、遅れて、もう一つ、さらに、もう一つ。
そう、何度も何度も聞こえてくる。
声が発するエネルギーが、この異常なまでに広く作った空間を、何周してもなお、残り続ける。
ボクの耳に届いているのは、五つほどしか聞こえないが、最初のエネルギーが、高すぎて聞こえないのか、あるいは、世界を回り続けて、弱くなったエネルギーが残留したエネルギーに打ち消されているのか。
そして、その膨大なエネルギーは、ボクの体をたやすく引き裂く。
明らかに、ただ、声をかけた、攻撃ですらない、声のはずなのに。
耳は何とか耐えれているのに、体はぼろぼろ。
『あ、ごめんなさいね?ノア。声は小さく小さく絞っていて、耳の方にも防護魔法をかけたのだけれど、体の方が持たなかったのね』
ふわり、と、体が、魔力により浮かべられる。
と、同時に、体を強制的に治癒される、けれど。
「ごほ!?」
治癒の力が強すぎる。
あまりの治癒力に、全身が悲鳴を上げている。
『?なんで、ノア、けがを……。あぁ、ごめんなさい、私の魔力がかかってしまったのね』
「かい、ふくまほうでも、かけたの?」
けほ、けほ、と、せき込みながら、自分の魔力で体を治していく。
『いえ?私は何もしていないわ?ただ、えぇ、そう、ただ、呼吸に含まれる魔力でノアが勝手に回復し始めただけよ』
し、指向性もない、魔力で?
たしかに、リジェネレートは、体が勝手に発動できるけれど、それにしたって。
吐息に含まれる量なんて、全体の魔力からすれば、ゼロに等しい。
そして、さっきのレベルの回復に必要な魔力は、そこそこ膨大だ。
ボクも、ゼロからの復活には、そこそこ魔力を食う。というのにだ、呼吸。
それだけでボクの体をなおして、あまりあるという。
暴力的、といっても足りないほどの魔力だ。
そして……。
『ずいぶん小さくなっちゃったわね?ノア』
目の前には、メイシアの巨大な瞳。
それこそ、ボク一人を飲み込む、なんて、たやすすぎるほど。
いや、そんなのには、役不足すぎるほどに。
それこそ、比較対象にするには、巨大すぎる。
けれど、ボクと比較できるのはそれくらい。
なにせ、今、目の前にある、メイシアのかわいらしいはずのまつげの、先端でさえ、はるかかなたに続く、大地に見えるほど。
「でも、巨大化してまで差を見せつけたいの?」
『あら?巨大化?何を言っているの?……今の私は、魔王妃状態ですらないわよ?』
「へ?」
だって、さっきまで、魔王妃の、同じ大きさで会話していたんだから、魔王妃モードでいたはず。
『気が付いてなかったの?私、ずっと、ただのメイシアの状態でいたのよ?』
くすくすと、ボクを嘲笑うメイシア。
巨大なその顔は、美しく、妖艶に笑みを浮かべている。
「……それは、すっごくくやしい、けれど、でも、メイシアが強くなっただけでしょ?」
『くす・・・・・。本当に、そうおもってる?まぁいいわ。一緒に、見てみましょう?ちょうどみんな集まったころよ』
みんな?
一体……。