ぱち、ぱち、と、意識がようやく戻る。

たしか、……。リザの胸の中に。

『ぐっすりじゃったのぉ。主様。そんなに、わらわの胸の中は心地よかったかのぉ?』

「リザ……」

『まぁ、わらわにとっての一日は、主様にとっては長ーいながーい一日であったじゃろうが』

生物の体感時間は、大きさによって変化する。
億や、兆……などという数値はとっくの昔に飛び越えたリザとの差を考えれば、下手をすれば、年単位ほど、さまよっていたのかもしれない。
甘い、甘い空間は、頭の中の情報すら、それだけで埋め尽くして、もはや触れてるだけで、甘いもの、と誘惑するほどに。

『さて、そろそろ来る頃じゃの?』

「来るって?」

そう思った矢先。
脳にしびれるような轟音……。実際はただのノックが、部屋に響き渡る。

『失礼します。ノア様を引き取りに来ましたよ、リザ。……おや、その姿だったのですか?長らく見せておりませんでしたが』

扉の奥から現れたのは、機械の四天王、マキ。
四天王の中でも、主な役割はバックアップと、機械を用いた装備によるサポート。
……及び、メイドたちのとりまとめ役。そのせいか、見た目はごく普通、といっていいのだろうか?
正装をモノクロのメイド服としている。

『なぁに、主様には、わらわの中をたっぷり、味わってほしかったからの?』

そういうと、リザはボクのことを、ほれ、っと、軽く、マキの胸元に投げ込む。
魔王軍幹部は、リザを除けば全員巨乳。
もしも、同サイズであれば、胸に埋もれて、うれしいと笑える、しかし。

『ふむ……何も感じませんね?ノア様はどうです?』

こっちだって、何も感じない。
いや、正確には、ひんやりとした、無機質なおっぱいの感触をわずかに感じるのだが、おっぱいに対して、というよりも、皮膚に関して、という感じだ。
なにせ、今のボクは、彼女らの細胞一つにすら劣る。
……アンドロイドである、マキであるなら、細胞というよりは、パーツ、というべきだろうか?

『人工皮膚ですので、皮膚でも問題はありません。さて、それでは、行きましょう。では、リザ、また今度』

『うむ、まぁ、楽しむがよい』

手を振る、リザを後ろに、マキは、すたすたと部屋を後にした。

『では、ノア様。……私の部屋に向かいましょう』

「うん…あれ?マキは、指輪、付けてないの?」

『指輪・・・・・あぁ、力制御用のあれですか?私はアンドロイドですよ?力は、私の思うまま、です。……もっとも、さすがにノア様に合わせた力にするのは一日では足りないのでお許しを。
私も、リザと同じように、ノア様と遊べる時間は、一日しかありませんので』

・・・・・。
やっぱり、四天王の子たちとも、ずいぶんと差がついてるみたいだ。
リザだって、この前までは指先で頭を撫でてやれたというのに、今では、ボクが指先に乗って……。
いや、それどころか、指先の指紋の細胞の隙間に落とされて、尚、足りないほどの大きさだ。

それこそ、リザの助けがなければ遺伝子の隙間に落ちていただろう。

今回の、マキの場合は……。
そう、そういう、隙間がない。
どういうことか、わからないが、完全に、一枚の皮膚だ。
ともすれば、のっぺりとさえ、感じかねないはずの、それは、しかし、マキの端正な顔つきを、そのまま、残している。
……ゆえに、ボクが落ちる、隙間すらない。

ボクと彼女らには、天文学的な数値というのも生易しいほどのサイズ差がある。
だというのに、その、ボクが入る隙間すらない、というのは、恐ろしい精度だ。

『ノア様。……じっくりとみられると、少し恥ずかしいです』

「・・・・・よくわかるね?」

『万能レンズですので。……ノア様の表情も、心の方まで読んでしまうかもしれません』

くすくす、と、少し笑い、そのまま、部屋へと入る。

マキの部屋は、まさに、工房。
その言葉がふさわしい。

『では、ノア様、しばらくお寛ぎを』

そういって、ボクを、超広大、などでは収まらない床へと降ろされる。

改めて、あたりを探知の魔法で探ってみる。
さすが、というべきか、無駄なものがなく、部屋の中央には、ベッドを、兼任するであろう自分で操作できるタイプの修理用ドック。
その横には、記録データを保存するであろう、巨大なユニットは、しばらく使われていないのか、埃さえかぶっている。
いや、というよりも、ドックと比べてかなり小さい。数はあれど、大きさで行ってしまえば、マキに対して、1㎝程しかないだろう。

『あぁ。……もうすでに、記録データのバックアップなどは必要のない領域に私が達していますので、使わなくなったのです。
それに、容量が小さすぎて、入らないのです。いっそ、壊してしまいましょう』

そう、疑問に思っている、ボクにいうと、さっきは小さいといったが、それはあくまで、マキから見れば、の話だ。

ボクからすれば、それこそ、宇宙そのものと見間違えかねない大きさを、ただ、淡々と、メリメリと、その、黒いハイヒールのつま先で踏みつぶしてしまう。

『くす・・・・・どうですか?ノア様からすれば、ずいぶんと、巨大でしたよね?』

グリグリ、と、足下では、記録媒体が、呆気なく。
それこそ、あの頑強そうな見た目からは想像つかないほどに、簡単に、それこそ、プラスチックのおもちゃに、大人が軽く、体重をかけるような気やすさで、砕けていく。

勿論、耳に轟くように響くこの音は、明らかに、金属。
おそらく、今のボクが何年攻撃しようとも、おそらく傷一つつかないであろう、それは、数秒。
たった数秒彼女が力を込めただけで砕け散る。

『ふふ……昔であったなら、ノア様が見せてくれていた光景ですよ?
指先で、星を砕き、吐息で世界を創造し、女性器でそれをすりつぶす・・・・・。
えぇ、わたくしたちから見ても、圧巻としか言えませんでした』

まさに、うっとり、その言葉がふさわしい顔をして、マキは思い返す。
おそらく、彼女の記憶データから、様々なシーンが、浮かんでいるのだろう。
けれど、それを楽しみ終えたのか、その表情は、悲しげなものへと変わる

『えぇ、……ですが、それも、今のノア様では望めません。
勿論、ノア様が、弱くなっているのではない、というのはわかります。
あなた様は今でも、簡単に先のようなことができるのでしょう。』

「当然でしょ……?」

そう、別にボクが弱くなっているわけではない。
今でも、神を生み出し、世界を生み出し、ただ、おもちゃとして消費するボクの力は変わっていない。

『ですが、今のノア様ではたりないのです。私からすれば、目にも見えない、それこそ、チリ未満の、星を砕き、吐息で、私の呼気に含まれる水滴未満の世界を作り、私の指先一つはいらない小さな点のような女性器で、世界をすりつぶす……。
そんなものでは、私は満たされません……。メイシア様から事の真相を聞いた時、どれほどショックだったか、想像つきますか?
もはや、強いノア様がみられない……。えぇ、目の前が真っ暗になるかと思いました。一時は、機能すべてをシャットダウンしようかと思ったほどです。
……しかし、考えを変えました。えぇ、与えられる側になれないのであれば、与える側になればいい、と』

与える側……?一体。

そう思っていると、目の前に、ズガン!っと、それでも、はるかかなたに、マキの足が降ってくる。

『えぇ、そうです。これまでは、ノア様が強さを見せて、私たちを守って、色々なものを与えてくださいました。
立場も、名前も、命さえ・・・・・。ですから、これからは、私たちが、与える側なのです。』

その声は、機械仕掛けの神では、言い合わらせないほど。いうなれば機械仕掛けの聖母、とでも、言うかのように、慈愛に満ち溢れた

『もはや、ノア様は強くなる必要はありません。ただ、私たちに、守ってもらえばいいのです・・・・・』

「いや、でも……」

それでも、ボクにとっては、彼女たちは、娘で、部下である。
守るべきはボク。

それは、変わってはいけないはずだ。

そう、ボクがおもっているのは、彼女には伝わっているのだろう。メイドとしては、ふさわしい力だ。
だが、それは、必ずしも、主を肯定するものとは限らない。

『えぇ、わかっておりました。ノア様であれば、必ず否定してくれると……ですが、現実を理解してもらう必要がありますね?』

ぱちん、と。
指をはじく。そうすれば、いつの間にやら、どこかの惑星。

『えぇ、現実、とは、このように。リザは、ただ甘やかすだけでしたでしょうから』

悲鳴を上げながら逃げ回る人間と、はるか、そう、はるかかなた。
この星を回っているであろう、衛星と、恒星、どちらよりも、はるかのかなたに、それこそ、霞むほどの、距離であるはずなのに、くっきりと見える、マキの姿。

『どうですか?わかりますよね?これでも、まだ、戦力差は、加減されていると、まだ、私と、ノア様の間としては、少なすぎると』

そう、これでも、なお、表現が足りない。
ゆえに、ボクの体は、縮んでいく、逃げ惑う、人間たちの大きさを下回り、その足元で蹴り飛ばされる、小石すら下回り、その小石に付着する、わずかな微生物さえも、……下回る。

やがて、その、石の原子すらも下回ったころに、ようやく、止まる。
もはや、存在しないといっても過言ではないレベルまで、縮小した。

『えぇ、ですが、まだ、足りません』

しかし、これでもなお、足りない。
当然だ、とも分かってはいるが、心の中では否定したい。
なにせ、見せられる光景は絶望以外の何物でもない。

しかし、目をふさごうと、耳をふさごうと、マキは、脳内に、自分の巨大化を、見せつけてくる。

『まずは、……銀河』

単位としての、まず、としては、おかしい。
普通は星じゃないだろうか、と、思う暇もなく、彼女のスケールは、あがる。

『次に、……銀河団』

ゆっくり、ゆっくりと

『そして、……』

一つずつ、単位を上げていく。
そして、宇宙すらも、まだ、足りない。
そのまま、世界、世界を包む世界。

『最後に、ノア様……くす……まだ、足りませんが、今はこれで……どうです?今の、私たちの差はこのように……』

守られるべきは、だれか、わかるでしょう?

くすくすという、笑い声は、ボクのいる星を滅ぼした。


『……あら。気絶してしまいましたか……。さすがに今のノア様には、すべての感覚を支配して、縮小巨大化を見せつける力を投影するには耐えきれませんね』

『ですが……ふふ、待っていてくださいね?ノアさま。これから、皆で可愛がってあげますから』