ここが、あの、呉鎮守府。

私は今日からここで、提督として活動することになった。

・・・・・・といっても、私の仕事は、デスクワークと作戦指揮。
前線に立つこともなければ乗船することもない。

そう、なぜなら。

「待たせたわね、司令官。神風型駆逐艦、一番艦、神風。推参です!」

・・・・・・。
私の船は、この、駆逐艦を称する、1mほどの少女一人なのだから。

「提督は、艦隊の指揮官。と聞いたんだけどな」

「だったら、深海棲艦を全滅させないとね」

私の夢は、提督になることだった。

今ではない。かつての船たち。

雄々しく、波を超え、海を駆け抜けたかつての船。
だが、深海棲艦が生まれ始めて、世界は変わった。

嘗ての船は、船乗りがいなくなった間に、一隻。また一隻と、人の姿に変わっていった。

今の艦娘と呼ばれる少女たちの起こりである。

彼女たちが、どういうものかは知らない。
だが、少なくとも、今の世界に、船はなく。代わりに彼女たちがいるのは確かだ。
漁船娘なんて言うのもいるらしいが、彼女たちは、人を乗せないが、しっかりと仕事をしている。
そのまま受け入れられてしまった。

そして、艦娘たちも同じように、受け入れられてしまった。
むしろ喜ばれたのだ。

艦娘が深海棲艦を倒すことで、新たな艦娘が生まれる。
艦娘の食事は人間と同じもので済む。艤装の修理も、船の何百分の一以下の資材で、何百分の一の時間で、ほんの数人の手で行える。

そのうえで、威力は軍艦だったことを超えている。
・・・・・・いや、それ以上に、深海棲艦に太刀打ちできる。
それだけで価値のある存在といえた。

実際に戦争になった場合でも、船よりも彼女たちのほうが利点が多いだろう。
人格はある点はともかくとして、一人で、かつての船と同じことができる。
しかも、人間に全体的に友好的だ。数人のサボりや反乱で、動きが取れなくなる船に比べれば、なんと扱いやすいことか。

「司令官。顔に出てるわよ」

呆れ顔で私を見上げる神風が、少しため息をつく。

「まぁ、しょうがないわよね、あなたの夢だったのよね。でも、これから一緒にこの鎮守府で過ごすんだから!よろしくね?」

「あぁ、そうだな。よろしく」

小さな手のひらを私の手のひらが包む。
こんな小さな少女が戦うとなると、少し心配してしまう。

そんな私の心を読んだのか、神風は、挑発的に笑みを浮かべ、私に言う。

「大丈夫よ、司令官。すぐに、司令官よりも頼りがいのある姿になるから、まぁ、司令官ちっちゃいしね」

くすくすと笑われる。
・・・・・・バカにされてるような気がする。

「さて、それじゃ、出撃しましょっか!司令官」

「あぁ、私はどうしていればいい」

「とりあえず、出撃のために書類と判をおねがい。勝手な出撃は重罪だからね」

まぁ、今の私たちの仕事は、書類だと言われている。

「あとは資材の管理や、艦の修理の指示なんかも仕事。司令官の仕事は判断。私たちの命預けるわよ」

コツン、と、神風の小さな拳が、私の胸に充てる

「出撃の用意をしてくるわ。書類お願いね♪」

そういって、部屋を出て行ってしまう。

・・・・・・信頼、してくれようとしているのか。

「・・・・・・・私も、グチグチといってる場合じゃないな」

大きく少しぶかつく提督帽をかぶり直し、書類を書き始める。
あぁ、意地を張って、少し大きめの服なんてものを用意しなければよかった。

「司令官。準備、終わったわよ」

書類に判を押したところで、神風は、扉をくぐる。

「・・・・・・少し大きめの銃器のようだな」

「まぁ、人間大の大きさで主砲なんて持てるわけないからね。あ、馬力はそれくらい出るのよ?でも、バランスは取れないもの」

口角をにぃっと上げて笑う少女は、とてもかわいらしかった。

書類を彼女に手渡す。

「うん!不備なしね。さすが、って言っていいのかしら?とにかくこれで海に出れるわ」

「私がだしに行かなくていいのか?」

「んー。まぁ、私がだしに行くわ。そのほうが手っ取り早いもの。提督の判も押してあるし」

そういうと彼女は、鎮守府近海の海へと飛び出していった。


実のところ、海は危険だ。
深海棲艦が、どこにいる、と言われれば海、と答えるが、しかし、民はしっかりとそれを認識していない。

深海棲艦は水辺であればどこであろうと出現する可能性がある。

彼らは亡き船の魂。つまり、船が沈む可能性があればどこへだって現れる。
・・・・・・ボートくらいでだって。
ただ、それらは圧倒的に少なく、また、駆逐艦娘一人で圧倒できるものゆえ無視される。

さて、では、鎮守府近海の海、これがどれほど危険か。

・・・・・・実のところこれも、ただの水辺と変わらないのだ。
何故かといえばすでに掃討された後だから。

しかし、いったい、どうやって駆逐したのだろうか。
私の知る限り、駆逐艦であっても、数百メートル。
それが大量に海を埋め尽くしたのを知っている。

いくら、艦娘が、優れた兵器として運用されていたとしても、多勢に無勢ではないだろうか。

そう、ちょっとだけ思っていたのだ。

「ただいま、司令官」

海域に出る前の、3倍の大きさになった神風の姿を見るまでは。