「ふぅ・・・よかったぁ」

手のひらの中で寝てしまった司令官を見ながら、小さく、安堵のため息をつく。
シャン、としてはいた。
かっこいい司令官ではあった。

けど。

「・・・・・司令官ちっちゃいね」

そう、司令官はちっちゃな、女の人だった。
ずっと冷静に話していたから気にしていなかった。
帰ってきて執務室にいなくて、肝が冷えた。

いなくなったか、もしくは、怖がってるんじゃないかって。

「・・・・・・ところで、司令官に教えてなかったの?たてものの大きくなるのがどれほどのかって」

今回の成長で、3mほどまで大きくなった皐月は、私を少し睨むように見上げてくる。

「・・・・・・ハイ、オシエテマセンデシタ」

「もう!抜けすぎだよ。神風は。今だからまだいいものの、もしこれが、もっと上のレベルの時だったらどうするつもりだったの」

皐月の怒りは、もっともで、胸が痛い。
本当に、そうだ。
もしも、これが、私が30くらいのレベルになった時だったら。

司令部のレベルが、もし、30になっていたら。

私は、もしかしたら、司令官の体を踏み潰すことになっていたかもしれない。
そして、そのことにも気が付けなかったかもしれない。

それが、あり得る話だったのに。
私は。

「まぁ、お説教はしないよ。ボクも、気が付けなかったしね。それに」

君は本来、初期艦に着くはずがないんだから。

その言葉に、体の奥が冷える。
手を思わずきゅっと握ろうとして、司令官がいるのを思い出して、それすらもできない。

「・・・・・・」

「別に、ボクは言うつもりはないよ。ただ、気を付けてね?ほかの子もそうだとは限らないよ」

「・・・・・・わかって、るわよ」

私は初期艦では、ありえない。
軍では使いやすい子たちを、最初に用意する、のに。

「ほら、とりあえず、お風呂に行こ?司令官も起こして、さ?」

「・・・・・えぇ」

私の心は、少し、暗く落ち込んだ。




「司令官、おはよ」

目が覚めると、何か視界がぼやける。
靄がかかっているように、目の前にいるはずの、神風の姿が上手く見えない。


「・・・・・・いや、これ、かかってるようにじゃないな」

普通に、靄が、いや、この暖かさは、湯気か……?

「おはよー、司令官。寝顔かわいかったよ」

上から皐月の声。
ふい、と見上げてみるが、

「は、裸じゃないか?!」

「あはは!そりゃあそうだよ、司令官。ここ、お風呂だよ?」

お、お風呂?あぁ、そういえば、私の体も、お湯につかって、服も脱がされている。
・・・・・・子供のような胸は駆逐艦たちと大して変わらない。
だから、あまりほかの人と入りたくないんだが。

「あ、でも、司令官が入ってるのはお風呂じゃないよ?」

「どういう」

ふちに手をかけると、木の感触。
そして、ぐらり、と私が浸かっている風呂自体が前に、傾く。

「危ないわよ司令官」

それを、神風の大きな手が、くいっとバランスをとってくれる。

そしてようやく理解する。

「・・・・・・・これ、風呂桶なのか?」

「そーだよ、びっくりした?」

「・・・・・・あぁ、驚いた」

鎮守府の最後の姿を考えれば、おおよそ、4~5倍になったはずだ。
今の神風で、快適に過ごせて、皐月だと少し過ごしにくいだろうか。
そして、私であれば、まともに過ごすことができない。

今、私の体が入ってしまってる風呂桶を見れば、明らかだ。
足を延ばして入るには、少々きついが、しかし、足を折り曲げれば、すっぽりと入ってしまう。
こんなものをお湯を入れた状態で持ち上げるなど、不可能だろう。

「ごめんなさい。司令官を湯船に漬けるのは、ちょっと、危なくって…」

「いや、いいんだ。・・・・・私一人で入ればよかったが、そもそもこの状況だと鎮守府でまともにいられるところもないだろうしな」

5倍と仮定すれば、執務室に入ることも出ることも、神風か皐月の力を借りねば、ほぼ不可能だ。
そもそも、ドアノブに手が届かない。常に半開きであればできなくはないが、鎮守府でそれをするわけにはいかないだろう。
そして、入ったところで、私は、五倍の椅子に座ることもできず、椅子に乗せられても机が見れないという、間抜けな姿をさらすだけだろう。

ならば、執務は机の上に載って行うしかないが、それもまた、困難だ。
筆記用具が5倍になっているとすれば、指先で握るのはこんなんだろうし、10cmほどのペンですら50cm。
小学生の大書初めにも似たようなことでもやれというのか。

「となると、鎮守府備え付けの者は殆ど使えないな」

「そうね、悪いけど、次の休みの時に買ってきて?」

「あ、司令官、書類をだせば、一応、鎮守府に、指令の部屋を作れるよ、鎮守府の巨大化と別の加工がされるから、巨大化しないのが」

「・・・・・・執務室とは別に?」

「別だよ!」

ニコニコという皐月。
大きくなっても、彼女の笑顔のまぶしさは変わらない。
神風は後ろで少し顔を赤くしているが。

精神的に、神風が大人という感じなのだろうか。

「・・・・・・そうだな、二人の寝相に巻き込まれたら、・・・・・・・大けがで仕事にもならん。申請しておくか」

「うん、ちなみに、将来的に、秘書艦が、指令の部屋を持ち歩くことになるよ」

「・・・・・・どういうことだ」

秘書艦が、持ち歩く・・・・・・?

「えっと、司令官の部屋は、大きさが変わらないから、見失う可能性があるの。私たちが。司令官の位置は、大体わかるんだけど。
だから、失くしてしまわないように、部屋は、腰のところにキーホルダー?みたいなやり方でぶら下げるの」

値段を聞くと、ほとんど普通にマンションの一室を買うのと変わらない。
私の城ともいえる家が、艦娘たちにとっては、キーホルダー程度になってしまうと聞くと、少しショックだ。

「あ、そうだ、言い忘れてた。また、核が手に入ったから、お風呂あがったら、建造しましょ」

「うん、装備も欲しいし、大事だよね」

「・・・・・・空母か、戦艦がいればいいが」

「その分資材は使うけれど、まぁすぐに尽きたりはしないわ」

たしか、空母には・・・。合わせると1t程度か。

駆逐艦以上に、資材の安さを感じてしまう。

「空母だと、最大で、15日。短いな」

「司令官みたいに考える人は珍しいんだけどね」

はぁ、と、小さくため息をつくのは、神風。
どこかでそういう提督を見たのだろうか。

「そう、なのか?」

「うん、比較がもっと別のものなんだろうねぇ」

からからと笑う皐月。
かつての船乗りたちがきけば驚きのあまり腰を抜かすだろう。
なんせ、数年がかりで建造していたものを、僅か数日で完成させてしまうのだから。

まぁ、核が必要、となると量産できないのはたいして変わらないか。
しかし、補給量まで含めれば、・・・・・・嘗てなど比べ物にならない世界だろう。

「・・・・・・そろそろ、出てもいいか?」

「聞かなくても別に出ればいいでしょ?」

神風が小首をかしげる。
隣では皐月が、分かったように笑う。

「・・・・・・足が付かないんだ、一人じゃ出れない。頭もくらくらしてきてるんだ」

寝てる間も湯に入れられていたからか、頭がぼーっとしてる。

「・・・・・・あ、ご、ごめんなさい!?すぐ運ぶわ」

「・・・・・・焦らなくていいからゆっくり頼むよ」

優しく抱き上げられて運ばれると、なんというか、

「人形になったみたいだ」

口元に苦い笑いがこみ上げた。


その日、資材を投入し、扉に出た数字は、最大の15日を指した。