慰安艦川内の上に降りた私たちだが、そこは、まるで、ごく普通の都心部といっても過言ではなかった。
勿論地面。・・・・・・いや、川内の服の布地が大地の代わりをしているということを除けばだが。
もっとも、私一人ではここを利用することはできないだろう。
いや、神風たちでもちょっと大変かもしれない。
「基本的に慰安艦は受け入れレベルの最大レベルを基準にしてるって聞いてたけれど」
「ボクらでもこれはおっきく感じるね」
「・・・だろうな。これでは、子ども扱いが精々だろう」
大きさは、私から見て25倍ほど。
二人からみても、三倍の世界に放り込まれたようなものだ。
幸い扉は自動ドアだろうから、出入りに困ることはないだろうが、それでも、徒歩の距離は疲労につながるだろう。
「・・・・・・まぁ、問題は中、だな」
「とりあえず、提督のお部屋から見る?」
「・・・・・・発注をかけていたのは、確か本部だったが」
「司令官たちの言う本部は、ここにあるよ。お部屋も慰安の一部っていうし」
「・・・・・・まぁ、最低限の衣食住がある以上、必要性はあれど、娯楽扱いか」
世知辛い物である。
補助金は出るものの、半額程度。
マンションを買える値段であるがゆえに、少々、いや、かなりつらいものだ。
はいるのは川内に降ろされた一番近くの店。
店の大きさも当然数十倍となると、私から見れば、ドーム球場のようなもの。
つくりはよくあるお店と変わらず、フローリングに、大小さまざまな椅子が30ほど。
「すみませんー。予約していた皐月と神風です。引き取りに来ましたー」
私たちはそれから六番目に小さいボックスに入る。
椅子を見る限り、二人には少し小さいのか、椅子がギシ・・・・ときしむ音がして、足もぴったりと床に着く。
私は皐月に摘まみ上げられ、机の上にちょこんと座らせられる。もはや定位置となっているため、最近は机に座るのも違和感がない。
いや、この大きさではもはや床と変わらないのだが
「はーい。ちょっとまってください」
ズシンズシンズシン、と小走りで出てきたのは、皐月たちとおそらく同じ倍率だが、二人より30cmは多いだろう。
「お待たせしました、ハウス・ヤマト。受付の大和です」
「だ、大戦艦が・・・・・こんなところで」
「あ、こ、こんなところって言わないでください!これでも経営に必死なんです!それに、私これでもすっごく強いんですよ!小さいですけど!」
まぁ、強さは店員に求めてはいないので別に構わないのだが。
「司令官の部屋出来てるって聞いてとりに来たんだ!はやくみせて!」
「はーい、でも、提督さんは少し残念に思うかも・・・・・・。えっと、これです」
どん、と置かれたのは、確かに、私でも暮らせそうな部屋。
だが・・・。
「犬を運ぶときの小屋みたいな・・・・・。」
「あぁ、今はそうなんですよ」
今は?
「えっとね?司令官には指令官にあった部屋が用意されるの。値段はみんな一緒で。それで、依存するのは」
「ボクたちの成長ってこと。これからボクたちが、というよりも指令のレベルがどんどん上がれば鎮守府と一緒に豪華になってくの」
「あ、資料用意しますね?」
パタパタと、走って大和さんは巨大な。
いや、サイズ相応の本を用意して、私の目の前にドスン!っと置く。
・・・・・・、潰されるかと思った。
「えっと、大体、目安として、鎮守府近海を超えた次の海域を攻略するくらいにはこれくらいになります」
見せられたのは通常の部屋と変わらない程度のグレードの部屋。
すぐに支払い相応の部屋を持てる、ということか・・・・・。
「納得されたようですね……?では、此方に」
「わか」「はーい。皐月、神風の支払い、一括でお願いします」
「承りました」
言うや否や、二人のドッグタグでの支払いは完了する。
「・・・・・・二人とも私がだすぞ?」
「何言ってるの司令官。司令官がこんなの出したらローン地獄でお嫁にいけなくなっちゃうでしょ」
「よくある慣習だから気にしなくていいよ。ボクたちをいっつも気遣ってくれるほんのお礼」
「だが、それでは二人が遊ぶ金が」
「??」
「指令官の家くらいなら、給料半月分だよ?」
「・・・・・・そう、なのか?」
「・・・・・・神風、基本給教えてなかったの?」
また、いつものお説教を始めてしまう。皐月であった。
・・・・・・その間に大和さんに教えてもらうと、どうやら、基本給がかなり高いらしい。
実際艦娘にへそを曲げられては国としても困るからだろう。
最期に聞いた報告だと、すでに、イギリス、アメリカは、陥落寸前、とかいっていたか。
日本も、まだ、近海をうろつくくらいしかできないゆえに、情報が来ないのだ。
現在最大の鎮守府ですら北方海域、西方海域で停滞しているらしい。
その他の鎮守府は、数度にわたって壊滅している。
私が入ったのも元々その補充ということもあるわけだ。
さて、家の回収は帰投の時に。ということになり、町の中を歩くことにする。
「本土顔負けだな・・・・・・」
艦娘の私服などもあり、かなりの量がここだけで存在している。
本土では、資材不足もありオシャレというのも難しいのだが。
「・・・・・・しかし、オレンジ率が多くないか?」
「それは、ここの慰安艦が川内さんだからね。慰安艦の服ってある程度使わせてもらえるのよ」
「・・・・・・大丈夫なのか?」
「バケツかぶれば治せるからね。あ、ちなみに腐っても艦娘の装備だから、よっぽどのことがない限り破けないし、虫も食わないわ」
頑丈な衣類だ。ほかにもいろいろ使いようはあるだろう。
いや、すでに使われているかもしれない。
しかし、かわいらしい服だ。
大きさも、レベルごと、いや、大きさごとに大量にあり、それこそ私サイズのものまである。
「・・・・・・かわいいな」
神風の服を思わせる大正浪漫風な服。コスプレに近いかもしれない。
ちらり、と値札を見る。
いち、じゅう、ひゃく、せん、ま・・・・。
「無理か」
流石に、7桁の服。
如何に生存性が確保されても、現実的に無理だ。
「司令官・・・・・?何も買わないの?」
「あぁ、私には少し高すぎるみたいだ。悪いけれど、外で待ってるよ」
「そう・・・・・・」
「ん。わかったよ!じゃあ、ちょっと待っててね!」
私は、かわいらしい服たちに後ろ髪を引かれる思いながらも、店を出た。
改めて、周りを見る。
「やはり、こうも大きさが違うと世界がおかしく見えるな・・・・・」
少ないながらも、町を行き来する艦娘はいる。
大きさは皐月たちと変わらない、あるいは少し大きいものが多いが、しかし、中には30mを超える少女もいる。
「あら、ごめんなさい、大丈夫?提督さん」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
その一歩は神風たちなど、問題にならないほどの、一撃。
或いは、車などさえも、踏み潰してしまえるような一歩。
本当に、艦娘からしたら、人間など下等な存在なのではないかという意識が、湧き出てしまう。
そんなこと、思いたくないのに。
頭に余計なことを思い浮かべてしまう。
なんとも、情けない。
「・・・・・・司令官、お待たせ!」
二人が来た。
「・・・・・・買ったものは?」
「ん。ほら、色々するのに邪魔だから、送ってもらうことにしたわ。ほら、それより、ご飯とかおいしい物いっぱいあるから!いきましょ!」
「うわ!?」
ぐいっと、私の小さな体をそのまま抱き上げる神風。
その笑顔は随分と眩しい。
そして、日差しの下で服を干したからか、とてもふんわりとして・・・・あたたか・・・。
あぁ、だめだ。せっかく、二人が案内してくれようとしてるのに。
もう、いしき・・・が・・・・。
ぐらり、ぐらりと揺れる中、意識が回復する。
そこにあるのは街並みではなく、簡素なベッドと、備え付けられただけの調度品。
「一体・・・ここ、は」
「あ、司令官、起きたんだね」
「?!」
目の前に、電子的なディスプレイのようなものが浮かび皐月の顔が映る。
「そこはさっき買った家の中だよ。司令官疲れちゃったのか、神風が抱っこしたらすぐに寝ちゃったから」
ケラケラと笑う皐月。
普段の耳の痛みはない。
「声とかの大きさも調整してくれるから、鼓膜とかに傷がいかないし、顔も見れるし。コミュニケーションもとりやすいでしょ?」
「そっちからも、見えるのか」
「うん、ひっどいかお。ほんと大丈夫?」
からかうような口ぶりだが、その声色は、私を気遣ってくれているのがわかるほどに優しい口調だ。
「何かあったら、頼ってね。ボク、司令官大好きだから。きっと、神風もね?」
「・・・・・・あぁ、ありがとう。もう少し、休ませてもらうよ」
だめだなぁ、こんな幼い子に、心配させてしまうなんて。
そんなことを思いながら、私は眠りについた。
あぁ、でも、なんでだろう、ここもすっごく安心する。
・・・・・あぁ、よく見たらこの布団。
いつもの、二人の服の切れはしだ・・・・・・。
どおりで、あったかい、きもちに・・・・。
「寝ちゃったか」
ぷつん、と通信を切る。
一週間。建造されてからずっと見てきたけれど。
司令官は、がんばりやさんだ。
本当は、一週間で書類が終わるなんて、あり得ない。
出撃や演習、入渠や建造。
それらの行動も一つ一つ丁寧に申請を行わなきゃいけないし。
その時の損傷具合なんかも聞き取りで書かないといけないし、その日の航海図、敵艦の配置具合だって上にあげないといけない。
相手も、出たりでなかったり。
出ても、数は一定じゃないし、まだ出会ってないけれど、エリートやフラグシップ何ていう明らかに駆逐艦とは思えない巨大な敵も出てきたりする。
資材の管理だって、あの小さな体で行おうとしたら大変だし、整備も、ボクたちがいない間に一人で少しでもやろうとしてる。
きっと、ばれてないと思ってるだろうけど、あんな細かいところまでの作業はボクらみたいな大きさじゃあできない。
そして、ボクたちがどれだけ大きくなってもしようとするだろう。
「・・・・・・はやく、新しい娘を建造しないと、司令官倒れちゃうよ」
今はまだ何とかなってるだけだ。
何があってこの状態が崩れるかも分からない。
神風が司令官を見てる間に、色々対策の本や、道具買ってみたし。
ちょっと出費は痛いけど、それでも、司令官のためなら。全く問題にならない。
「皐月―!はやくしないとおいてっちゃうわよ!」
「ごめんごめん」
「・・・・・・司令官また寝ちゃったみたい」
「疲れてるみたいだからそっとしてあげなよ」
まだ、司令官と触れ合いたいのか、しゅん。とする神風。
ボクより先に着任したけれど、ボクよりも、40cmは小さい彼女。
倍率は同じでも、ボクと神風では元の身長が違うからかな。
子供っぽいって言われるボクだけど、それでも、彼女よりおっきい。
うん、だから、ボクはおねーさんだからね。
司令官も、神風も守ってあげないと。
「司令官、喜んでくれるかしら」
「うん、きっと喜んでくれるって。神風からの贈り物、嫌がるわけないでしょ?」
じーっと見てたし。
神風とおそろいっていうのはちょっと残念だけれど。
それはそれで、姉妹みたいで可愛いかもしれない。
ちょっと強めなオレンジの入った、きれいな和服。
ボクもボクでおそろいの三日月のワッペンを上げる。
きっと、司令官に似合うから。
「はやく、司令官の喜ぶ顔が見たいな」
そういって、恥ずかしそうにはにかむ神風の頬は、夕焼けの空とおんなじくらい、赤らんでいた。