「提督、今日の出撃分終わりました!」

「あぁ。ご苦労さま。翔鶴」

あの演習から、三日がたった。
昨日までは、演習時やりすぎだということで、謹慎を言い渡された。
だが、やり過ぎたというにはあまりに軽い、軽すぎるものだった。

よっぽど、戦力として期待されてると考えるべきか。

其のため、調整も兼ねて、火力の調整に利きやすい翔鶴に1-1に出向いてもらっている。

「これで、コアが三つ」

なんとか、今日の分3回を出撃してもらったが、それでも三つしか手に入ってない。
昔なら6つは手に入ったというのに。

「とにかく、建造を頼む。私は」

「神風ちゃんですね。言ってきてください。さつきちゃんもついていますが・・・・・・」

そう、最も問題なのは神風のメンタルである。

現代において、メンタルの治療は戦場では最も大事なことである。
相手は怪物ではある。だが、戦いというのは、精神をすり減らすのだ。

そして今回の原因は前回の演習。

味方の少女を、ただ、ボロボロにした。

言葉にしてしまえば簡単だが、しかし、実情は目を覆いたくなるものだった。
一言でいえば、轟沈寸前。

正直、相手の司令官次第では、私もただでは済まなかっただろう。


「自分も君たちのことを舐めていた。・・・・・・此方も申し訳ない」

と、謝らせてしまった。
・・・・・・正直にいたたまれない。

あちらの落ち度など、全くなかったはずなのに。

「・・・・・・神風。皐月」

部屋から、連絡を飛ばす。

「2人とも、大丈夫か?」

「・・・・・・・ボクは、まぁ」

画面からは視線を横に。
近くに座っている神風に目線を送っている。

「・・・・・・だい、丈夫よ」

「強がりは認めん。しっかりといえ」

「厳しいわね、司令官は・・・・・でも、本当に。・・・・・・蹴っ飛ばしたあの子に比べたら、こんなの、全然」

「未だに引きこもってる小娘がなにを威張るか」

私はここで引き下がるわけにはいかない。
このまま神風がつぶれてしまえば、おなじことが起きたときに、私はまた逃げてしまうことになる。

「神風。君はなんだ」

「わ、私は、駆逐艦神風」

「違う。それ以上に私の秘書艦だ」

「今はゆっくり休むといい。しっかり泣いてくれ。辛ければ皐月と慰安艦のところに行ってもいい。許可は取って、最上位の慰安艦を利用できる」

慰安艦川内はさすがに、彼女たちをおくには小さすぎるからな。

「私には君に出来ることは。ほとんどない。情けないことに、君を、守ってあげることもできない。小さな女だ。軽蔑してくれて構わん」

事実。
私にできることは、彼女が落ち着くのを待つということしかできない。

自分のできることはすべてやる。
・・・・・・だが、やはり、彼女次第以上にはならないのだ。

「何かあったら、教えてくれ。だが、無理はしないでほしい。私は、君が復帰する為に、できることはすべて手伝う」

「・・・・・・」

「もっとも、こんな体では君を抱きしめることもできないがな」

あぁ、体格差がもどかしい。
幼子の体を抱きしめることもできないのだ。
どうやっても、皐月に任せるほかなくなってしまう。

「・・・・・・司令官。すこし、待っていてください」

神風の画面が消える。

「皐月。彼女は・・・・・・」

「皐月お姉さんに任せてよ。・・・・・・まぁ、不安なのはわかるけれど。大丈夫。ボクもしっかり手伝うし」

レベル10になってから、皐月は自分のことをお姉さんと名乗るようになった。

・・・・・・やはり私は頼りないだろうか。
いや、書類仕事以外できない女を頼れというほうが難しいか。

「・・・・・・・司令官も、ボクを頼ってよ?そりゃ、秘書艦は、神風だけどね。ボクだって・・・・・・」

「私は常に君を頼っているよ、皐月。戦力としても、精神的にも」

皐月はいつも周りを見ている。
これで、頼りないというのは不可能だろう。

「本当に艦隊のお姉さんだよ君は」

「へへ、ありがと。あ、神風そっちいってるから、ちゃんと慰めて上げてよ?今あの子不安定だからね」

「・・・・・・わかった」

皐月との通信が切れるころに、ノックの音が、こだまする。

「司令官。入るわね・・・・・・」

聞こえてくる声は、やはりというべきか、沈んでいる。
そして、小さな部屋の屋根を取り払い、私をてのひらに降ろす。

「・・・・・・」

じぃ、っと、私を見つめてくる神風。
その目は、声と同じように、沈んだ瞳だ。
寂しく、不安で押しつぶされそうな。
あの時倉庫でひとりぼっちに世界に取り残された時のような。

ならば、私がするべきことは、決まっている。
言い訳などする必要もない。

「神風!私を、君の頭の上に乗せろ」

「え?!う、うん」

ぐぉ!っと、体に重力がかかるが、耐え切る。
本来の人間では耐えれないが、私は、何とかなった。
何故かは、分からない。

・・・・・・だが、そんなことは関係ない。

手のひらから降りて、神風の頭にのる。
そして、ゆっくりと、頭を優しくなでてやる。

「し、司令官・・・・・」

「大丈夫だ。誰も君を責めてはいない。もしも、誰かが君を責めるようなら、私が、いくらでも抗議しよう。
君は間違っていない。君はただ、演習で自分の持てる力を、振るって、私とほかの娘たちに、自らの力を示しただけだ。
悪いというならそれは、事前に君の力を把握しているべきであった私と、・・・・・・君よりも弱かった、君の姿を見てもなお、彼女たちを出撃させたあちらの提督のせいだ」

艦娘は悪くない。
当然だ。
彼女たちは、きっと提督の指示を信じていた。

「あちらの提督と、連絡を取った。君が蹴り飛ばした少女から、言葉をもらって来た」

ビクリ、っと、小さく震えている。

「『次は、負けないから!』・・・・・・大丈夫だ。君が弱いと思っていた少女は、君を責めるつもりもなければ、折れるつもりもない」

「司令官・・・・・・」

体の震えが止まり、巨大な地震のような揺れは、収まる。

「・・・・・・さて!君は!この言葉を聞いてどうする!いつまでも泣きべそをかいて!君が負かした相手の尊厳を傷つけるか!」

「・・・・・・・いいえ」

声の震えは止まる。

「君が負かした少女の願いを踏みにじるか!」

「いいえ」

声に力が戻る。

「次の時、私の神風はどう戦う!」

「互いの誇りをかけて!最後まで戦う!深海棲艦でも!演習でも!」

張り上げた声は鼓膜を揺るがすには十分すぎる。
気絶しそうだ。
だが

「もう大丈夫だな?神風」

「えぇ・・・・・!迷惑かけたわね。司令官」

小さくうなずいた彼女の手のひらの上に落ちてしまう。
だが、怪我はしない。
彼女の優しい手のひらが受け止めてくれたからだ。

「部下の管理は、提督の務めだ」

机に降ろされ、そして、巨大な拳を目の前に差し出される。

「・・・・・・・改めて!よろしくお願いします!」

「・・・・・・こちらこそ。よろしく頼む」

小さな拳が、彼女の指先にコツンと触れた。

「提督さん!やりました!艦娘が!新しい艦娘が着任しますよ!」

・・・・・・・。
さて、新しい仲間を、迎えに行こう。

新たな時計は、240時間を指し示した。