● 第11話:小水と洪水

「確かにやってみたい気持ちはわからなくも無いし、私もこの事でとやかく言うつもりは無いよ」
「はい、すみません」

 中学生に説教される社会人。なかなかシュールな光景だ。
 烏丸さんのお股の下で何もかも搾り取られた後、愛液まみれになった俺はいつものように洗面所で綺麗に洗われ、復活を果たしていた。
 小鳥さんは、一応形だけの説教をしていた。自分はもっと激しい行為に及んだのだから、人のことは言えないのだろう。いつもの切れ味がまるで無い。

「だから今度は大っぴらにやっていいから」
「「え!?」」

 俺と烏丸さんがほぼ同時に驚愕の声をあげる。俺は単純に驚き、烏丸さんは半分ほど歓喜が含まれているように感じられた。この人、やっぱりヤバい人なのでは。

「じゃあ今日はもう帰って大丈夫です」
「わかりました。早く寝て下さいね。あとおチビさんであまり遊んではいけませんよ」
「うるさいよ」

 なんか案外殴り合う関係なんだな、と思った。お互い気にしている感じでもないし、これが自然体なのであれば、それはそれでいい関係なのかもしれない。
 正座していた烏丸さんは、俺を艶めかしい表情で一瞥すると、すっくと立ち上がり、小鳥さんに一礼してサッサと帰ってしまった。

「仲いいんだね」
「うん、本当の家族よりはね。お姉さんみたいな人だと思ってる」
「そうかい」

 烏丸さん、ちゃんと小鳥さんと心を通わせられているんじゃないですか。

「じゃあ明日、友達来るから。一緒に遊んであげるよ、色々……ね」

 小鳥さんがご機嫌な時にする含みのある言い方と、妖しい微笑。
 今度はどうイジメられるのやら。今では楽しみの方が勝っているのであった。

「なんか嬉しそう」
「それは……! そうかも……」
「うんうん、素直なのは……良いことだよ」

 今、一瞬小鳥さんの顔に影が出来たような気がした。
 だがそれも本当に一瞬で、すぐにこちらへ向き直ると妙なことを言い出した。

「あのさ……お風呂、入らない?」
「風呂? コップか何かに入れてくれるの?」
「いや、私が普通に入るような大きさのお風呂に、小人さんも入るの」
「溺れるよ!?」
「大丈夫だよ。そうならないようにするから」

 風呂。懐かしい響きだ。
 思えばここに来てからは、小鳥さんに洗面台に連れて行ってもらって、そこで身体の汗を流すだけで、湯船に浸かる事はしていなかった。
 早朝ジョギングの為に、水風呂を用意してくれるようだが、それと風呂とはわけが違う。
 俺は風呂が好きだ。湯船に浸かり、よく考え事をしていたものだ。
 いつの間にか1、2時間は経過している事もざらにあった。
 だが今回はまた事情が全く違う。小鳥さんは『小人さんも』と言った。それはつまり……混浴という事になる。

「俺と小鳥さんが一緒に入るって事?」
「うん、嫌?」
「俺っていうか、小鳥さんが」
「私は嫌じゃないよ。小人さんだもん」

 それは俺だからなのか、小人だからなのか、それはわからなかったが、いずれにしても少し嬉しかった。
 小鳥さんとの距離が着実に縮まっている事を感じられたからだ。
 それにこんな約得、男として嬉しくないわけないでしょ(本音)

「それじゃあお言葉に甘えて……俺、風呂に入るの好きだったんだ」
「え、何? 私の事好きだったんだ?」

 小鳥さんは頭を傾け、耳をこちらに覆い被せながら俺をからかってきた。

「ごめんな、俺の声小さくて」
「んーん、いい」

 この体勢が気に入ったのか、小鳥さんはしばらくの間俺を耳の中に収めたままでいた。
 普通のサイズ同士なら、肩に寄りかかっているような感じなのだろうか。そう思うと、急に気恥ずかしくなってきた。
 ふと、手の近くに耳たぶがあるのが見えたので少し揉んでみたら、小鳥さんは『んふっ』という変な声を出して身悶えした後、ゴロンと転がり俺を遠巻きに睨んできた。

「……じゃあ入ろっか」
「お、おう」

 そう言うと小鳥さんは俺の目の前に手のひらを寄越し、指先で乗れと無言で招いてきた。
 俺も軽めの会釈で返し、足を踏み入れる。この何とはないやり取りがどこか心地良い。

 小鳥さんの家は大きい。
 小人サイズだからというわけではなく、単純に部屋が多いし、2階建てだ。
 小鳥さんの部屋は2階にあり、他にも3部屋ある。その内の1つを烏丸さんが使っているようだ。

 1階にはダイニングキッチンに大きなリビング、洗面所と、俺が見たことがあるのはそこまで。今回行く風呂は未知の領域だ。
 俺は人一人が入ればすぐに満杯になるバスタブしか知らない。上流階級の風呂というものにはとても興味があった。

 色々な事を考えているうちに目的の場所に辿り着いたようで、俺はまず洗面台に降ろされた。

「それじゃ脱いで。洗濯は後でやるからそこに置いておいてね」
「あっ、そうだよね……」

 いや当たり前の事だ。風呂に入るのだから、脱ぐのは当然。
 だが、あまりにも自然に言われてしまったので思わず呆気にとられてしまったのも事実だ。

「今まで小人さんの裸なんて散々見てるんだから今更何も思わないよ。あ、それとも私の裸が気になるの? えっち、変態、児童性愛者」
「いやそれこそ俺は小鳥さんの裸どころか身体の中に入った事あるでしょ……そもそもこの体格差なんだから、そんな変な気は起こさないよ」
「どうだか……んっ……しょ」

 バンザイのポーズをしてワンピースを脱ぐ小鳥さんの仕草は、妙に艶かしく感じられた。
 それにしてもこの子は本当に中学二年生にしては結構発育が良い。

 目線を下に落とせば、遥か下から伸びるスラッとした脚と、程よく肉付きの良いお尻、そしてキュッと締まった腹回り、どこをとっても一級品だ。
 可愛らしいピンク色のブラジャーに包まれた胸だけは、ブラジャーが必要なのかという疑問は残るものの、気にしている事らしいので、あまり見ないようにしよう。
 そして何より、あどけなさと神秘性、そして悪戯心が絶妙なマリアージュを奏でるこの顔……。

「見過ぎだから」

 どうやら度を越していたのか、少しだけ小突かれた後、小鳥さんの脱ぎたてワンピースが頭上に降り注ぎ、下敷きにされてしまった。
 少女特有の甘い香りが充満したこの閉鎖空間において俺の愚息は、水を得た魚の如く元気いっぱい漲りマンになった。
 これでワンピースを退けられてしまったら、俺が少女の残り香で興奮している変態である事が白日の下に晒されてしまう。
 だが運命は残酷なようで、一糸まとわぬ小鳥さんにしっかりと目撃されてしまった。
 ソレを見た小鳥さんは一瞬言葉に詰まったものの、そのまま無言で俺を掴み、風呂へ向かった。

「お、おぉぉぉ……」

 ムワッと立ち込める白い湯気に全身を包まれ、視界が遮られる。
 やがて開けられた入り口から入り込む冷気に冷やされ湯気が消えると、そこに広がっていたのは信じられないくらいに大きな湯船だった。
 元のサイズの俺でも4人は余裕では入れそうな大きな湯船が真ん中に鎮座し、中ではゴボゴボと泡が絶えず湧き上がっていた。泡だ、これが噂に聞く泡風呂なんだ!(ただのジェットバス)
 そんなただでさえ大きな風呂が、今の俺にはちょっとした湖に感じられた。

「どう? 面白そうでしょ」
「面白いかどうかはさておき、凄い大きなお風呂だなとは思ったよ」
「そう? 私生まれてからこういうのが当たり前だったから、よくわかんないや。普通はこんなに大きくない? あ、もしかして小人ジョーク? あははっ、ウケるね」
「小人ジョーク違う。大人の本音ね、これ」
「ふーん、そうなんだ。じゃあまずは身体から洗おうか」

 聞いちゃいねぇ。いいけど。
 小鳥さんは、まずは身体を洗うと言って俺を手に乗せたままシャワーの前までやってきた。

「あ! 良いこと考えた。ねぇ小人さん、また小人さんが元に戻れるように協力してあげるよ」
「へっ?」
「シャワー、先に浴びさせてあげる。はい、ここに立ってね」

 訳も分からず俺は、床まで降ろされた小鳥さんの手のひらから立ち去り、風呂場の床に初めて足を踏み入れる事になった。
 まるで湯気をオーラのように纏い、仁王立ちで立ち塞がる小鳥さん。左右と後方はシャワールームの壁で逃げ場はない。
 一体何をするつもりなのか、元に戻る協力という事だから、シャワーで水攻めという事か、何にせよ何が来ても良いように覚悟だけはしておくことにしよう。

「うん、いい場所だね。そこから一歩も動いちゃダメだよ。何があってもね。約束だよ」
「お、おう。なんでも来い!」
「へぇ、随分元気だね。その元気もどこまで保つかな~、楽しみだよ」

 いつしか見た妖しげな笑みを浮かべながら、小鳥さんは腰を降ろし、股を大きく広げるように座り込むと、俺に向けて股間にある秘部を見せつけるような姿勢を取った。まさか。

「はい、美少女の黄金シャワーだよ。ありがたく身体を清めてね」
「わっ、ぶばっ……ぶびゃはっ!?」

 突如飛び出した鉄砲水をまともに喰らい、少しだけ口に含んでしまった。
 慌てて口を開いて吐き出そうとするも、絶え間なく放出され続けるソレの勢いを前に断念せざるを得なかった。

「ちょっ……! やばいっ!!!」

 放たれ続ける小水を全て受け続け、次第に水勢に負けて尻もちをついてしまった。
 情けなくうなだれる俺の身体に追い打ちをかけるように、尚も小鳥さんのおしっこは俺をロックオンし、離さなかった。

 一体どれだけ出るのか。そう考えてしまうほどにこの滝行は長く感じた。
 小鳥さんはどんな顔をしているのだろうか。目をつむり、ただ項垂れるだけの俺にそれをうかがい知る術はない。
 やがて全身に小水を浴びせられ、すっかり匂いがこべりついたかという所で、押し倒さんとばかりに放出されていたソレが収まった。

 目を開ければ、まぶたに溜まった小水が目に入る。きっと染みるだろうし、少女の物とは言え決して清潔なものではないだろうから、まだ待つ。ただ棒立ちで、じっと待つ。
 排泄物を浴びせられるというのは、人間として最も屈辱的な仕打ちと言っていい。それを無抵抗で、しかも通常の10倍もの大きさとなると、その惨めさは計り知れない。
 でも俺は待つことしか出来ない。ただ主人の沙汰を待つのみ。

「ふぅぅ……気持ちよかった。すぐ洗うからちょっと待っててね」

 小鳥さんは悪びれもせず、かと言って勝ち誇りもせずに、淡々と俺の洗浄作業へと移った。
 俺も、小水を浴びている時は沈んだ気持ちになったものの、終わった後に小鳥さんの声を聞いたら、何事もなかったかのような感覚を覚えた。
 これが本気の嫌悪感ではなく、ロールプレイによるものだという安心感があるからかもしれない。
 とは言え、独特の香りが鼻をつく。流石に、美少女は排泄物まで良いものなどというのは嘘偽りだった。
 小鳥さんの手に包まれ、全身を揉みしだかれながら、丁度良い湯加減のシャワーを浴びる。
 それらが織りなす刺激は、俺の沈んだイチモツを再び元気にするには十分過ぎたようだ。

「えっ、尿をかけられても興奮するものなの? 世界は広いね」
「違う、そうじゃないっ」
「じゃあ何で興奮したのか言ってみてよ」
「言わなきゃダメかこれ……?」
「うん。言わないと罰ゲームとして、この穴に挿入れちゃうから」

 小鳥さんは、先程まで小水を勢いよく放射していた穴を指差し、半ば脅迫じみた声色でそう言った。
 これは逆らえないパターンだ! それもいいかもしれないが。

「その……手と……」
「うん、私の手で揉み揉みされて気持ちよかったんだね。それと?」
「シャワー……」
「シャワー? なんで?」
「こういうきめ細かいタイプのシャワーって身体に当たる感じが柔らかくて、普通のサイズだった時も撫でられてるような感じがして結構グッと来てたんだよな……一度だけホテルで体験して、密かに楽しんでたのは懐かしい思い出だ。それを小さな今の身体で受けてみたら、なんというか、感度3千倍になった感じなのかな。ただでさえ気持ちよかったシャワーがさらにやばくなってて、そこに小鳥さんの手も加わって、言葉では言い表せない興奮が訪れたんだ」
「…………」
「……」

 小鳥さんは困惑した表情のまま、しばらく言葉を失っていた。

「自分のこと言えないけど、あなたも興奮すると饒舌になるよね。それも、いかがわしい方面で」
「そうね……」

 あぁ恥ずかしい。我に返った途端、ゆでダコのように体全体が赤くなるのを感じた。

「私も身体洗うからちょっと待ってて。その間はご自由にどうぞ。ちなみに私、シャワー浴びる時に結構動くから、近くに居たら蹴るからね。蹴られたいなら来てもいいけど」
「遠くから見ている事にするよ」
「いや、なんで私見るの前提なの、どんだけ私の事好きなの、まぁ私は美少女ではあるからそのシャワーシーンが見たいっていう男の人の気持ちはわからなくもないよ。でも流石に凝視は……」

 小鳥さんがこちらにズシンズシンとわざとらしく足音を立てて接近してきた。
 やがて目の前に足が振り下ろされる。上空には屠殺場の動物を見るような目で蔑んでいる小鳥さんの顔があった。

「わーわかったわかった! 見ない見ない!」
「いやいいけど別に。見ちゃいけないなんて誰も言ってない。凝視するのはなんかくすぐったいから止めてって事。チラチラ見る分にはもういいよ。小人さん変態なんだってわかってるから」

 そう言い残して、小鳥さんは踵を返してシャワーの方へ戻っていった。
 シャワーの湯が小鳥さんの長い髪の毛を湿らせ、身体に張り付かせていた。その妖艶な姿に惹かれ、気付けば近い場所まで歩みを進めていた。
 だが失敗だった。近づきすぎて全身が見えない。ちょっと戻ろうとした所で事件は起きた。

「ふ~んふ~ん♪」

 陽気に鼻歌を奏でながら、小鳥さんはシャワーを全身に浴びせようと身体をくねくねと動かし始めた。
 その時、小鳥さんの足がちょうど俺の進行方向と同じ方へ投げ出され、見事にクリーンヒットした。

「うぅぇ!?」
「ほら言わんこっちゃない。そんな所でウロチョロしてるから蹴られちゃうんだよ」

 多分気付いていたのだろう。蹴るにしては軽めの勢いだったので、単に尻もちをつくだけで済んだ。
 結局その後は、少し遠くから小鳥さんのシャワーを浴びる様子と、この広すぎるブルジョワ風呂を眺めていた。

「それじゃ身体も洗った所で、お風呂入ろっか」
「そうだね、そうしよう……おぉぉぉ!?」
「私が入れてあげ……あっ、逃げちゃ……ダメ!」

 小鳥さんが掴みかかってこようとしたので、反射的に身体が逃げてしまった。
 だが、それは無駄な努力だったらしく、すぐに捕まってしまう。

「私から逃げられるわけないでしょ。何度言ったらわかるの」
「そりゃ自分よりデカい物が追いかけてきたら、怖くて無意識に逃げちゃうでしょ……」
「別に何もしないのに。ただの演技だよ」
「それでもだよ。小鳥さんだって、俺の妹に凄まれて逃げようとしたじゃないか」
「あれはまた別でしょ! あんな凄い威圧感と一緒にしないで」

 不機嫌な時の小鳥さんも大差無いと思うけど、それを言ったら余計に気分を害しそうなので止めておくことにした。

「それにしても手乗り文鳥みたいで面白いね。乗ってる感覚ってどんな感じなの?」
「揺れる。落ちそう。鳥は飛べるけど、俺は飛べないから怖い。手のひらは柔らかいよ」
「へー、面白そう。私を手に乗せられるような大きい人なんて居ないのが残念」
「小鳥さんも小さくなれば出来るよ」
「私まで小さくなったら誰があなたのお世話するの」
「そりゃそうか。烏丸さんにこれ以上負担かけられないもんな」
「そうだね。早くあなたを戻してあげないと。だから今度は……」

 次第に近づく巨大な湯船を前に、一抹の不安とワクワクが脳裏をよぎった。
 どうせ悪戯好きの小鳥さんの事だから……。

「私が手を離したら、このままボチャンだね。そうしたらどうする?」
「死んでしまいます」

 案の定、指先だけで身体を摘まれて、湯船の上で吊り下げられてしまった。
 視界を覆う小鳥さんの顔は、大層ご満悦とばかりに満面の暗黒微笑を湛えていた。

「大丈夫だよ。軽いんだから浮くよ」
「小鳥さん、水に浮くかどうかは重さそのものより比重というものがあってね」
「それで言うならそのまま小さくなった小人さんの身体は水に浮くはずだよね?」

 鋭い。やっぱり頭いいな、この子。本当に中学生か。

「浮くかどうかはさておき、この高さから水に打ち付けられたら、水面はコンクリート並の硬さになるんだよ」
「うわぁ、それなら小人さんの身体バラバラになっちゃうね。小鳥、知らなかった~」
「知ってて言ってるだろ!」
「あははっ、そうだね。流石にそんな事しないよ」
「あれ? でも、重力の影響も小さくなるから、実はあんまりダメージが無いかも……?」
「それ長くなるからもういい。物理の勉強はもういいよ」

 そのとおりだ。俺の悪い癖が出た。

「ほら、これが小人さんのお風呂だよ。これを浮かべてあげれば、私と並んでお風呂に入れるでしょ」

 そう言って小鳥さんが差し出したのは、プラスチック製の風呂桶だった。
 確かに俺が思い切り足を広げても大丈夫なサイズだ。そこに、肩までつかれるほどの湯を入れて、そのまま小鳥さんが入る風呂に浮かべようという事らしい。
 俺が同じ湯船に入ったら足がつかないし、最悪溺れる危険性もあるから、という小鳥さんの配慮だ。

「ほら登って」
「……」

 登って、と言われても、目の前に置かれた風呂桶の高さは、俺がジャンプして手を伸ばしてようやく縁に手が届くかどうかという深さの物だ。
 手が届いた瞬間、バランスを崩して風呂桶が転覆し、背中から倒れ込みかねない。脳内では後頭部まで打つシミュレーションをした。

「……」

 天を仰げば、キョトンとした顔の小鳥さんが無言で俺を見下ろしていた。
 演技でからかっているのか、それとも自力で登れると素で思っているのか、判断がつかない。

「…………高くて登れないかな」
「うん、高いみたいだね。自分じゃ登れないかな?」
「そう……だね」
「それじゃ、お願い、しなきゃね」
「……」
「あれ。小人さんはいい歳して人にお願いも出来ないのかな? 私でも出来るよ」
「お、お願いします。登らせてください」

 またロールプレイが始まったようなので、素直に頭を垂れ、『お願い』をしてみた。

「人に物を頼む態度じゃないよね……ってこれ一番最初の時も言ったっけ。ワンパターンじゃつまらないかな。それじゃ今回は、こうしてあげよう」

 当意即妙。
 小鳥さんはすぐさま新しいイジメ方を思いついたらしい。おもむろに手をのばすと、そのまま俺の頭の上に乗せた。

「人にお願いする時は、土下座だよね」
「あぶっ!?」

 小鳥さんの手が頭部に触れたと思ったら、急激に重力が降り掛かってきたので思わず声が出た。
 そしてその重圧は徐々に増していく。

「抵抗しないとつまらないからさぁ、もっと脚に力込めてさぁ、私の手を持ち上げてみてよ。男の人ならそのくらい出来るでしょ? ほら、今は指一本にしてあげてるから。チャンスチャンス。手も使っていいから、精一杯抗ってみて。一生懸命頑張ってる姿を私に見せてよ。ほらほら、ちょっとづつ沈んじゃってるよ、何してるの小人さん。せっかく文字通り手加減してあげてるのに、そんな不甲斐ないんじゃダメだよ。このままじゃ私の指一本にプチッて潰されちゃうよ?」
「お願いします! この惨めな私めを、どうかこの風呂桶の中まで運んで頂けないでしょうか……!」
「よろしい。今年の下僕は活きが良いね。土下座は最高の謝罪だよ」

 ご主人様のお気に召したらしく、俺の頭にかけられていた重力は解除された。
 顔を上げるや否や、小鳥さんにヒョイと持ち上げられてそのまま風呂桶の中にポンと立たされた。
 風呂桶にはある程度湯が入っており、肩まで浸かるとなんとも気持ちが良い。久しぶりの風呂に若干感動を覚えた。
 そして小鳥さんは風呂桶を持ったまま大きな湯船に入り、風呂桶を水面に浮かべ、自身も胸が隠れない程度に腰掛けて湯に浸かった。

「一寸法師じゃん!」

 俺の姿を見た小鳥さんがハッとした顔でそう言った。確かに。

「お椀がだいぶ大きいけどね。俺5人くらい乗れるよ」
「それに一寸法師よりは大きいよね。一寸法師だったら、鬼に食べられちゃうんだよ。あーーーん」

 小鳥さんが大きな口を開けて、俺の頭をすっぽりと覆う。中にある舌がウツボの如くウネウネと獲物を見据えていた。

「でも一寸法師はお腹の中で針を刺して、痛いと苦しんだ鬼が吐き出すんだ。俺の勝ち。なんで負けたか、明日まで考えておいてください」
「残念でした。鬼は一寸法師をさらに小さくしてから飲み込むから、針なんて痛くないよ」
「チートや、チート!」
「あははっ、そういえばさ。お話では打ち出の小槌で一寸法師は大きくなって、人間と同じ大きさに戻れるけど、そういうの無いのかな。誰かをイジメるとかじゃなくて、そういうわかりやすいマジックアイテム」
「なんかベクターみたいのが居るなら、なんでもありな気がするよ。アイツ、出し惜しみしてるんじゃないか。俺がイジメられるのを見たいだけとか」
「ありそう。まぁ聞いても教えてくれなさそうだし、小人さんイジメるのは楽しいからいいや。小人さんもいいでしょ」
「あはは……そうね」
「これ打ち出の小槌をお姫様とかにやったらどうなるのかな」
「もっとでかくなるんじゃないか?」
「そうなったらお話破綻するね」
「もうそれゴジラとかになっちゃうな」
「私時々、悪い怪獣になって、この世界なくなっちゃえばいいのにって暴れたくなることある」
「それはわかる。俺も仕事で色々言われて会社に隕石降らないかなって思ったことある」

 小鳥さんの場合、あまりシャレにならない境遇だから、闇が深いなと思った。
 親からも離れ、学校でも友達は多いほうじゃない。その孤独は人を歪め、邪な方向へ誘う。
 俺達は、なんだかそういう所が通じ合ってしまっているのかもしれない。こういう関係って共依存というのだろうか。いや、俺は別に依存されていないし、俺も依存はしていない。
 元に戻れば、そこで終わり。それだけの関係なんだ。

「それじゃ、イジメポイントが溜まったら小人さんを大きくするんじゃなくて、私がもっと大きくなって小人さんの居た会社を踏み潰してきてあげるよ。その方が良くない?」
「いや流石にそれは……それともう倒産してるから」
「あっ……そうなんだ。もしかして無職?」
「フリーランスと言ってくれ。一応、個人でイラストの仕事を受けてた」
「そう言えば言ってたね。儲かってたの?」
「いや、中々難しいよ。宣伝とかが下手なんだと信じたい」
「ふーん。ねぇ、じゃあお風呂出たら見せてよ。見てみたい」
「いいけど……あんまり女の子が見て気持ちいいものじゃないよ?」
「エロイの?」
「ちょっと」
「いいよ別に。それより凄い事しちゃったじゃん」
「わかった。じゃあ後でアカウントを教えるから」
「うん。絶対だよ」

 18禁を中学二年生に見せるわけにはいかないから、微エロの垢を見せることにしよう。

「湯加減はどう?」
「いい感じ。久しぶりに風呂入れて凄い良い気持ち」
「良かった。でもお湯少なくない? 入れてあげるよ」
「えっ、いやこれで十分……ちょっと!?」

 小鳥さんが両手ですくった湯が、俺の風呂に流し込まれる。
 すると、風呂桶が湯船に若干沈み込んだ。

 ジャバ、ジャバ。
 何度も入れられる内に、風呂桶は遂にそのミニ風呂としての役割を終え、ほぼ沈みかけになってしまった。
 それは自ずと、俺の足場が失われる事を意味する。事実、今の俺は仰向けになって浮かんでいる状態だ。

「意外と動じないね」
「水泳は得意だったんだ。実家に居た時は、夏にライフセーバーのバイトをしていたんだぞ」
「なんかつまんない」
「俺はとってもスリリングだったなぁ!」
「お湯かけちゃえ。えいっ」
「おぼぼぼぼれるから!!」

 顔面に直で湯をかけてきたので、堪らず水中へと逃げる事にした。
 弛んでいたとは言え、身体は覚えているものだ。お湯の中でも泳ぐことは出来る。温かいから目は開けきれないが。

(いたっ)
「ひゃん!」

 泳いでいると、何かにぶつかった。
 ふにゅっと言う、柔らかい感触。そして湯の外から聞こえてきた乙女な声。これはもうあれだ、間違いない。
 その予想は見事正解だったらしく、俺はすぐさま湯の中からサルベージされた。

「やるじゃん。びっくりしたよ。まさかお腹にタックルしてくるなんてね」
「何も見えなかったんだって、ごめんよ……あとかわいい声だったね」
「いつもかわいいんだよ」

 その後、お仕置きと称してお湯のかけ合いっこが始まった。
 両手を使って水を放射するアレを駆使して、より多く相手に当てた方が勝利だ。
 俺達はまるで河原に来た兄妹かのように、童心に帰って遊び尽くした。
 勝者は言うまでもないだろう。

「こんなの身体が大きい私が不利に決まってるじゃん馬鹿なの?」
「でもルールだかrあぶぶうぶぶぶぶわぁぁ!?」

 勝ったのに鉄砲水を食らった。
 フェアじゃないが、この理不尽がたまらなく楽しかった。