● 第13話: お嬢様の戯れ(後編)

 部屋に残された俺と七海さん。
 『七海さんにいっぱいイジメられる』という罰ゲームを言い渡して、小鳥さんは部屋から出ていってしまった。
 正直、この人畜無害な天真爛漫ガールに、そんな事が出来るのかという疑問しかない。

「えぇぇっとぉ……その」

 七海さんは目線をあちこちに飛ばし、身体をユラユラとさせている。
 やがて何かを決断したのか、こちらに居直りジッと俺の事を見据えてきた。

「イジメるって言われても、何すればいいんスかね、先輩」
「それを面と向かっていうの死ぬほど恥ずかしいんだが……いつもの小鳥さんは踏んだり蹴ったりしてくるぞ」
「そりゃ中々ハードな趣きッスね! 痛くないんスか!?」

 七海さんはオーバー気味にのけぞっていた。ギャグ漫画のキャラか。

「痛いに決まってるでしょ。というかその妙な喋り方は一体?」
「七海、熱血後輩モードッス。オッスオッス!」

 キリッと敬礼。反応がいちいち面白いなこの子。

「普通にしてもらっていいから」
「はーい、普通にしまーす」

 あっさり口調を元に戻し、くだけた喋り方になる。それでも正座は止めなかった。

「正直に言うと、あたしはそういうバイオレンスな絡みはあまり得意じゃないんですよね。あ、小鳥ちゃんは好きですよ」
「そう見えるよ。小鳥さんは学園でもバイオレンスなの?」
「女子校なんで、あからさまにナックルパンチをお見舞いとかはしないですけど、カウンターで繰り出す毒舌がやばいです」

 口撃ね。確かに小鳥さんの言葉責めは本業さながらの圧倒的切れ味を持っているからな。

「ところであたしも気になってたんですけど、小鳥さん? 小鳥ちゃんじゃなくて?」
「そうしろって言われて。最初は小鳥様と呼ばせようとしていたらしいから、妥協した方だよ」
「うわぁすげー、小鳥ちゃんすげー。あたしには真似できないわー」
「試しにやってみたら?」
「はぇぇ!? 様呼びさせるって事ですよね!?」
「そうです、七海様(イケボ(爆))」
「うひぁ、くすぐったいです! なんという辱めをなさるのですか、この……アンポンタン! もう…………おバカ!」

 言葉に窮して、ポケットに入れていたハンカチを投げつけてきた。
 なんだか、育ちが良いからかあまり汚い言葉をあまり知らないのかもしれない。
 悪ぶろうとしてなりきれない、どこか間の抜けた感じが人の良さを物語っていた。

「だからあたしはそういうの苦手なんですってば。そんなにイジメないでくださいな」

 あっ、この子が小鳥さんと仲が良い理由が少しだけわかった気がする。
 この子も煽るんだ。小鳥さんの嗜虐心を。こんなちっぽけな俺でさえそれを抱いてしまうのだから、小鳥さんが興味を持たないはずがない。

「もー、そういう事する悪い人には、ちょっとわからせてあげないといけませんね!」
「お、いいぞ。その調子だ!」

 グッと上体を傾け、こちらに覆いかぶさるように接近してきた七海さんを応援すると、水をさされたかのようにその動きが止まった。

「これからイジメようというのに、そういう事されると調子狂うんですけどぉ……コラ! 悪い子! お仕置きチョップ!」
「あがぁっ!?」

 お仕置きチョップと称された七海さんの必殺技は、俺の脳天にモロに直撃し、頭が割れてしまうかのような衝撃が走った。普通に痛い。

「いつつ……」
「あぁぁぁぁごめんなさいごめんなさい。痛かったですよね!」
「ちょっと……手加減を……してほしかったね……」
「息は……まだありますね」
「!?」

 俺の腹部に七海さんの耳が被さっている。餅のように柔らかそうな耳たぶは顔に貼り付いていた。
 自分の身体が、耳の中に入ってしまいそうな小ささである事を思い知らされた。

「お気を確かに! ホイミ、ベホイミ!」

 七海さんの柔らかい手のひらに包まれ、回復魔法(ナデナデ)を施される。
 手のひらに包まれた空間に仄かに漂う甘い香りが、この子もしっかり女の子なんだという事を再認識させる。
 背中に手のひらの柔らかさを感じつつ、もう一方の手で優しく撫でられると、なんだか羽毛布団で寝ているような心地良さすら感じられた。
 そんな一生懸命な彼女の姿がとても健気に見えた。表情も真面目そのものだ。
 だからこそ、その無償の好意で勃起してしまった事を悔いた。これを目撃されたら本気で失望されそうなので、芋虫のように丸まって隠した。

「もう大丈夫だよ(これ以上やられると隠しきれなくなるから)」
「ほぁぁよかった……」
「ごめんよ。得意じゃない事をいきなりさせて」
「本当ですよ……あたしをイジメたら、たちまち怖い黒服さん達が駆けつけるんですからね」
「やっぱりそういう人居るんだ。SPってやつ?」
「そうですね。筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ」
「コマ◯ドー!?」

 この子のネタはなんだか女の子らしからぬ感じで、話しやすくはある。
 と言っても、女子校でも友達が多いのだから、多方面にアンテナを張っているのだろう。
 そういう子は好かれる、おそらく小鳥さんとは違って。小鳥さんも本当はいい子なんだけどな……。

「えぇぇっと……じゃあ、踏みますか?」
「いきなり踏むのはちょっと怖いから、軽く足先で小突くくらいからでお願いします……」

 この子は加減がわからない所があるので、誤ってバランスを崩して全体重プレスからのど根性ガエルになりかねない。

「は、はい。では、立ちますね」
「うん。軽くね、軽く」

 七海さんが立ち上がる。男のサガか、どうしても見上げてしまう。
 制服のスカートは少し短めだったが、そこはガードの固い七海さんだったので、きちんと裾が押さえられていた。
 立ち上がる時に膝を折り曲げた時ですら、しっかりと隠されていた。和装での立ち上がり方の要領かもしれない。さすがはやんごとなきお方。
 ちなみに小鳥さんよりも若干肉付きの良い太ももをお持ちで、活動的な七海さんらしく感じられた。

「何か変でしたか?」
「え!? いや、変じゃないよ。何でも無い」
「そうですか。凄い熱い視線を感じたので、私が変な事をしてしまったのかと思って……」
「ないないない、逆に綺麗な立ち上がり方だなって、感心してた」

 嘘はついていない。

「あぁこれ、お茶やってる時の癖ですね。着物だとこう立たないと転んじゃうんですよ」
「やっぱり和装の立ち方だったんだ。どうりで所作が丁寧な訳だよ」
「あはは……なんだか照れますね。それでは、蹴ります!」
「うん、軽くね」
「軽く軽く……」

 ぐぐぐという音が鳴っているかのようにゆっくりと大きな脚が後ろへ持ち上げられていく。

「軽くだよ!?」

 振りかぶった足が明らかに90度くらい持ち上がっていたので、慌てて静止した。
 これがそのまま自由落下でもしたら、俺換算で10メートルくらいは軽く飛びそうだ。

「はっ! これは軽くないのでしょうか!」
「サイズ差! サイズ差! ユーアービッグ! アイアムスモール!」
「あ、アンダースタンド! アイアムジャイアント!」

 なんかよくわからないノリになったが、状況をわかってくれたらしい。

「何も振りかぶらなくても、近くでツンって突くだけで転ぶよ」
「えっ、それってこんな感じですか?」

 七海さんは近くに置いてあった自分のスクールバッグを使ってデモンストレーションをしてくれた。
 バッグは少しだけ傾いただけで、すぐに元通りになっていた。

「それくらいで大丈夫だから」
「触ってるだけですけど……本当にこれでイジメてる事になるんでしょうか?」
「まぁまぁ試しに、軽くね」
「……じゃあ、はい」

 ツン。恐る恐る触れてきた。
 しかし俺にとっては『ズン!』という重量でぶつかってきた七海さんの足が、俺を容易に転ばせた。
 受け身をとったので大事には至らなかったが、やはり凄い重圧だ。

「え、ちょっと触っただけなのに、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。これくらい大したこと無いよ」

 いつも受けているハードなご褒美に比べたら、こんなの撫でているくらいのものだ。

「あたし、そんなに重いですかね……?」

 俺が転んだ事で錯乱したのか、目をキョロキョロさせながら真っ赤な頬に手を当て、もう片方の手で脇腹を摘みながらそう呟いた。

「七海さん、落ち着いて。今、俺は七海さんの10分の1くらいの大きさだ。重さで言ったら1000分の1。象10頭分くらい。そんな大きな生物に小突かれたら、どうなると思う?」
「はぁぁぁなるほど。言われてみればその通りですね。まだ実感が湧いてなくて」
「うん。だからさっきのチョップは、実はかなり危なかった。床に埋まるかと思ったよ」
「うぅぅ……ごめんなさい」

 冗談のつもりだったけど、落ち込ませてしまった。
 どうしよう。この子、想像以上に素直というか、良い子すぎる。
 いつもの小鳥さんとのノリで行ったら、嫌な思いをさせてしまうかもしれない。

「ごめん。冗談のつもりだった」
「こちらが悪いのでお気になさらず! でもどうしましょうか。なんかあたし、このままだと小人さんを殺ってしまいそうで怖いですね。イジメるとかいうレベルじゃないです」
「怖い怖い。でも臨死体験は結構したかな……小鳥さんで」
「え゛っ。何してるんですかあの子は」
「ここだけの話だぞ。その……ここに入れられたりした」
「!!!???」

 俺が自分の股間を指差しながらそう言うと、七海さんはガバっと自分の股間を手で隠し、リンゴも凌駕する勢いで顔が真っ赤になった。

「え!? ちょまちょ……え!!?? ここって、ここですか? オマンコですか? ここに入れたんですか? 小鳥ちゃんが小人さんを? 小鳥ちゃんの小鳥ちゃんに小人さんが入っちゃったんですか?」

 集中線でも出ていそうな勢いで自身の股間を指差しながら俺と股間を交互に目を向け、ほぼ錯乱気味で俺に疑問をぶつけまくる七海さん。
 ダメだ。この反応が面白すぎて、どうしてもイジってしまう。
 俺は本当はドSなのだろうか。それとも小鳥さんのが感染ったのか。

「そうそう。この中の……」
「ダ、ダメです!!!」
「……はっ! ごめん! これはダメだよな……」

 何を血迷ったか、七海さんの足の間に入り込み、股間に触れようとすらしていた。
 これは流石にダメだ。人間として終わっている。

「いや……いいんですけど、小人さんなんてお人形くらいの気持ちで居たので、そういう戯れは別に構わないんですけど……ここはダメです。一線引いてるというやつです」
「うん。もうこういう事はしない。申し訳ない」

 土下座。心からの謝辞を伝える。
 すぐに七海さんから顔を上げるように慌てふためいた声が聞こえたので、少しじっとしてから顔をあげた。

「いいですか。男性にとってのちんちんが、女性にとってのオマンコなんです。そこはやっぱり触れてはいけないサンクチュアリなんですよ! いいですね、小人さん! わかっているのかね、小人さん!」

 俺の立っているすぐ横の床をバンバンと叩く七海さん。
 可愛い。説教をする姿が途轍もなく可愛い。
 それに床を激しく叩く度に、豊満な胸がユッサユッサと揺れていたので、目線はすっかり釘付けになり、話は半分も聞いていなかった。

「お嬢様がちんちんとかオマンコとか、あまり口にしない方が良いと思うけど……」
「じゃあ陰茎と膣って言いますか」
「アカデミックになればいいものじゃないから」
「中々生意気な小人さんですね……あたしに口答えするなんて。これはお仕置きが必要ですね!」
「お、その調子だ!」
「よーし! 何をしましょうか!?」

 袖をまくる仕草をし、ブンブンと腕を振るう七海さん。
 また唐突に始まったお仕置きタイムだったが、見切り発車だったらしく、何をしようかは考えていないようだった。

「あ、あそこにあるのは、ツイスターゲーム! あれをあたしと小人さんで遊べば」
「それ、小鳥さんとやった……」
「……今日は日差しが強いですよね。あーでも塗るの忘れちゃった~、どうしよう、七海困っちゃう」
「それもやったかな……」
「…………マッサージとかしてもろて」
「それもやった」
「もーーーーー!!! あのドSのバーゲンセールめ! あたしの貧相なレパートリーじゃ、何を思いついても被っちゃうじゃんか!」

 四つん這いになり、悔しそうに床を叩き続ける。ここまで尽く被ると、可哀想になってくる。
 でも本当に色々やられてきたという事なのだ。

「ぐぐろっと」

 おもむろにスマホを取り出すと、別の手段を検索してみるらしい。

「こんな現実離れしたシチュエーション出るわけないでしょ」
「Hey siri。大きい美人 小人 お仕置き で検索」
「美人系というより可愛い系だと思うよ」
「どうも。小動物的な可愛さで定評のあるななみんです。あっ、出た」
「あるの!? 見せて見せて」
「どうぞー、ゴゴゴゴゴ……」

 スマホを近づけてくれたと思ったら、そのまま俺を叩き潰すかのように俺の頭上に押し付けてきた。
 咄嗟に手を掲げて押し返したので頭にぶつかりはしなかったが、スマホの液晶画面が帯びる熱で若干手が焼けた。
 その攻めも長くは続かず、すぐに持ち上げられて、俺でも画面を見れるように床に置いてくれた。

「さっきのお返しですよ! スマホに潰されるなんてどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」
「いい感じだと思った。敢えて身体ではなく、人間が普段使っている小道具で攻めるのはアプローチとして斬新で、凄い興奮したよ。七海くんには光るものを感じた。うむ」
「七海くんて……小人さんは評論家ですか!」
「それで、どんなのがあったの?」
「まだページ開いてないです。怖くて。なんか頭蓋骨粉砕とか書いてあるし」
「試しに見るだけ見てみよう」
「じゃあ開いたページで最初見たシチュエーションを殺ってみるという事で」
「やって、の漢字が穏やかじゃないけど???」
「冗談でーす」

 検索結果のトップには某有名画像投稿サイトのページが出てきていた。
 サイズフェチと称されたそれは、俺の今の状況が性癖として確立している事を示している。ネットは広大だわ。
 人間の想像力は物理法則なんて容易に越えていくのだ。

「じゃあ開きますよ……ポチッとな!」
「俺の頭、それ俺の頭」
「えへへ、もうちょっとだけ遊んで気を紛らわせてからにしまーす」
「どうぞお好きに」

 本当に乱暴は嫌いなんだと思った。
 七海さんのぷっくりとした指の腹で、しばらく頭を撫でられる。
 少し背伸びをして指の肉に頭を食い込ませると、『わぁっ』という七海さんの声の後に、『もぉ~』と言いながら別の指が膝カックンをしてきた。
 なんというか、あざとさすら超越した、いわゆる『女の子』を極限まで煮詰めたような存在だ。
 親しみやすさは最初から感じていたが、何というか男がグッと来るツボをしっかり押さえている感じだ。
 やはり女子校とは言え、外部の男子と絡む機会は多いのだろうと思う。百戦錬磨……ビッチめ!(偏見です)

「押します!」
「いけ!」
「ドーン! …………お~~~、凄いコレ……」
「うぉぉぉぉ……」

 そこには、可愛い女の子に下半身を握られ、頭を親指と人差し指で挟まれて潰されそうになっている小人の男子の画像があった。
 画像はテキスト付きで、いかにも意地悪そうな女の子は男子を人とも思わずひたすら言葉責めし、その圧倒的な力で屈服させている。

「これ、まんま小鳥ちゃんと小人さんですね!」
「本当だ……この世界にこんなフェチがあったとは……」

 サイズフェチ。相対的に大きさの違う者達の交わり。
 その後も七海さんと食い入るようにサイズフェチの情報を仕入れていった。
 自分が小さかったり、相手が大きかったり、どのくらいサイズ差があるかも違えば、戯れの方法も実に多種多様だ。
 踏みつけたり、お尻に敷いたり、舐められたり、食べられたり、挿れられたり……ん?

「あの、これ割と小鳥ちゃん網羅してません?」

 確かに投稿サイトの絵を眺めていても、小鳥さんにされたお仕置きに似た内容のものが多かった。

「もしかしたら、小鳥さんはこの事を知っているのかもな」
「いや、あの子の事ですから、これを知らずとも自分で思いついたのかもしれませんよ。天才ですから。ドSの天才」

 十分に有り得そうで末恐ろしい。きっと小鳥さんのパートナーになる男は、一生隷属させられるのだろうな。

「あ、でも一つだけ無さそうなの見つけました。これは流石に無いでしょう?」
「ん? あっ!」

 胸だ。おっぱいだ。桃だ。桃源郷だ。
 自分を覆ってしまえそうな程の大きな乳房に挟まれ、両手を使って揉みしだかれている男の姿が、スマホに映っていた。
 これも俺だ。烏丸さんの、美しい白磁の彫刻のような胸に挟まれた事がある。

「えっ、小鳥ちゃん胸無いですよね。まな板の上の鯉ごっこでもしたんですか?」
「煽るなって! してない、してないよ」

 烏丸さんとしっぽりやった事は絶対秘密なので、たとえ七海さんであろうとバラすわけにはいかない。
 よって、ここはやっていないと言わざるを得ない。嘘をつく俺を許してくれ。

「してない、じゃなくて出来なかったんですね? やろうとしたけど、出来なかったんですよね? 胸が無かったから。まぁ、あたしはありますけど! 97! むふー!」

 ここに居ないのを良いことに、小鳥さんに対して鼻息荒くマウンティングをする七海さんの姿は、とてもIQが低かったけど可愛らしかった。

「それじゃあ胸でやりましょうか~、いいの見つけたので」
「胸でやりましょうか~って、いいの? 恥じらいとか」
「無いですよ。小人さん相手にそんなの」

 秘部はダメだが、胸はセーフというのも良く分からないが、そういうものなのだろうか。

「それで、いいのってどんな感じなのかな?」
「まずは~小人さんを持ちます」
「持たれます」
「次に~壁に向かいます」
「ほう」
「そして壁に小人さんを押し付けます。胸で」
「ぬっ!?」

 壁ドンともまた趣が違う、言うなれば胸ドンと称すれば良いのだろうか。

「床に落ちないように、あたしのスカートを広げておきますから大丈夫ですよ」
「ええ~ほんとにござるかぁ?」
「本当ですとも。それに、あたしの胸でガッチリ押さえ付けますから、あーんしん!」

 不安だ。不安しか無い。

「ちなみに、制服越しがいいですか? ブラジャー越しがいいですか? それとも生?」
「生で!!!」
「変態! バサーッ!」

 雑に罵りながら、俺を手に持ったまま制服の上着を脱いだ。
 口にした勢いのある効果音とは裏腹に、物凄くまったりと脱ぎ脱ぎしている。
 俺はその過程で七海さんの制服の中にお邪魔してしまったが、凄い良い匂いがした。

「凄い良い匂いがした」
「嗅がないで下さいな……」
「しまった。あまりの感動に心の声が漏れてしまった」
「も~……」

 気にしているのか、七海さんは脱ぎ終わった後に脇や胸の辺りを嗅いでいた。
 何も匂わないじゃないですか! と怒られたが、その姿もまた可愛らしさを募らせるばかりだった。

「そうだ。ブラジャーの中に入ってみますか?」
「入りたいです!」
「変態! ガバーッ!」

 謎の天丼が発動し、俺はついに少女の桃源郷へ丁寧にそっと放り込まれた。
 中に入ったことを確認すると、七海さんは手で引っ張っていたブラジャーをピチンと元に戻し、ブラジャーの中は閉鎖空間と化した。
 うつ伏せであどけなき少女の乳房に貼り付いた最初の感想は、マシュマロだった。
 どんな高級枕も叶わない、絶品の柔らかさ。そしてほんのり滲み出る体液と漂う香りの甘ったるさ。
 手を押し付ければ沈み、同じ力で押し返してくる弾力は、ここだけの話烏丸さんのそれを凌駕している。これが若さか……。
 とにかく、俺は今巨大なマシュマロを食している。いや、呑み込まれているのだ。

「はっ……はわっ……ちょっ、まっ、はぁぁぁぁんっ……」

 ここからでは全く見えないが、甲高い声色と発汗具合から、相当錯乱している事は容易に想像出来た。
 だが、タガの外れた野獣と化した俺は、それに見向きもせずにこの若々しく瑞々しい、国宝級のおっぱいを堪能し続けた。

「はぁぁぁっ……はぁぁぁっ……」

 息が長く、深い。
 まさかと思った次の瞬間、俺の居る乳房に圧力がかけられた。七海さんの手だ。
 その手はまるで吐息に呼応するように、自身の巨大マシュマロを俺ごとものすごい力で揉み始めた。
 虚をつかれて一瞬中身が出そうになったが、全身に力を入れれば耐えられる重圧だ。
 自分で動くことを止めて、ただ七海さんの思うまま、為すがままに揉みくちゃにされる。

「ふぅぅぅぅ……ちょっとエッチな気分になってきました……出しますよ」
「ありがとう。急に息が荒くなるからどうしたのかと思ったよ」

 七海さんは肩で息をしていた。

「はぁっ……その割には……んはぁ……はぁ……あたしそっちのけで楽しんでませんでしたか……?」
「いやだって……七海さんの胸が気持ち良すぎて……」
「もう仕方ないですね……そんな変態小人さんには……お仕置きが必要ですね……」

 小鳥さんの邪悪な笑みとは違う、純度100%の満面の笑みを浮かべながら、七海さんは手に持った俺を壁にペトリと磔にした。

「小人さんは今から、あたしのお胸に挟まれて潰されちゃうんですよ?」

 エロい。死ぬほどエロい。
 俺を握っている手の指が、俺の股間と乳首を器用に擦っているので、余計にエロく感じる。興奮が止まらない。

「一番先っぽをお顔につけてあげます。いっぱい飲みましょうね……」
「むぐぬぅぅぅ!?」

 すっかり勃起した乳首が顔に押し付けられ、そのまま身体全体も乳房の中に飲み込まれてしまった。
 出るはずのない母乳を求めて吸い付く自分の姿は途轍もなくみっともなく映っているだろう。
 もし小鳥さんだったら、6,7行レベルの罵倒呪文を詠唱されているところだ。だが七海さんは違う。

「んふふぅ……」

 蕩けた嬌声をあげながらも、七海さんは俺を呼吸させる為に少しの間離してくれたり、『気持ちいいですかぁ?』と感想を聞いてきたり気配りの絶えない人だった。
 これではもはやイジメではなく、ただのご奉仕になってしまう。だが今の俺にとってそんな事はどうでも良かった。
 少女の無償の愛撫を心ゆくまで堪能する事だけを考えていた。
 女性の象徴たる大きな乳房が、俺の股間や乳首を押しつぶしては離れ、を繰り返している。まるで七海さんに全身を抱きしめられているかのようだ。
 性的興奮を感じやすい部位を絶え間なく攻められ、勃起が収まらない。
 これはわかっている人間の動きだ。男がどうすれば興奮するかを知っている動きなんだ。

「…………えっとぉ……じゃあ今度はコレで! んぁぁぁ……んっ……」
「えっ、七海さん? それは……!?」

 ベチャ。胸の渓谷から引っ張り出され、顔だけが出ている状態の俺に、七海さんは何かを垂らした。
 口から出たそれは粘り気があって、若干の酸っぱさも感じられた。
 七海さんの唾液だ。それを七海さんは、胸の谷間で身動きの取れない俺に向かって垂らしてきたのだ。

「あたしの唾液でヌルヌルにして……ここでいっぱいシコシコってしてあげるね」
「もがががぼぼぼ……ぷはぁっ!」

 なんとか頭を突き出して、谷間に溜まった唾液のカルデラ湖から顔を出し、息を思い切り吸う。
 少しだけ苦しそうにしていると、七海さんが顔に付着した唾液を指でゴッソリ拭き去ってくれた。
 その顔は、もう口角が上がりすぎて口が裂けそうな程ニコニコしていた。

「あはっ、チンアナゴみたいだねぇ。小人さんのち……おちんちんはチンアナゴよりも小さいですけど」
「そ、そうだね……ってわぁぶっ!?」

 足元を凄い力で引っ張られ、ズポっという音が耳元をつんざいたかと思ったら、目の前が真っ暗になった。
 しかしそこで休む間もなく今度は下から突き上げられ、再び顔が外気に晒された。息を吸おうとした時には、再び吸い込まれる、その繰り返し。
 どうやら、乳房の谷間で出し入れされているらしい。これが、七海さんの言っていた『シコシコ』なのだろう。
 ただでさえ乳首を押し付けられて興奮が収まらなくなった俺の愚息は、そのまま弾け飛んで大気圏を突破しそうな勢いで膨張をしていた。
 こんな純粋な少女の手前、射精はすまいとこらえてはいたが、もはや興奮が痛みに変わってきた。そんな時である。

「辛かったら出してもいいよぉ……」
「……! んんん……!!!」

 その一言で俺の我慢は呆気なく解き放たれ、同時に白濁液が胸の中でぶちまけられた。

「出ちゃいましたねぇ」
「はぁっ……はぁっ……出していいって……言うから……」
「それはいいんです。でも、自分一人で気持ちよくなって終わりって、フェアじゃないですね?」

 ふんす! と鼻息荒く、ドヤ顔をしながら七海さんは慣れないセリフを紡ぐ。初々しい。かわいい。

「つまりそれって……」
「はい! あたしの事もしっかり気持ちよくしてもらいますよ。さぁ、あたしに存分にご奉仕してくださいな。今までの分の三倍返しで!」
「そ……それは……」
「……出来ないなんて言わせませんよ? えーと、女の子一人満足に気持ちよくさせてあげられないなんて……えー、男の風上にも置けないです?」

 自分の言った事に疑問を抱く七海さん。どこか挙動不審だ。
 七海さんの泳ぐ目線の先を見てみたら、スマホがあった。おそらく、このシチュエーションのテキストを読んでいるのだろう。
 小人程度の力で巨人を感じさせられないのは烏丸さんで実証済みだ。
 俺がいくら力をかけても、巨大な彼女達にはくすぐられているよりも微かな感触しか与えられない。
 もしや七海さんはそれをわかって敢えて俺に無理難題を叩きつけているのか、いやそれはない、それが出来るのは小鳥さんのような人間だ。
 でも言われたからにはやらねばなるまい。男の風上に置いてもらおうじゃないか!

「うおおぉぉぉぉ!!!」
「あっ……小人さ……そんなに激しく……舐めちゃ……らめぇ」

 少女特有のピンク色の乳首に舌を思い切り這わせ、同時に手も使って激しく擦り続けると、七海さんは身を悶えさせながらテンプレじみたセリフを漏らした。
 もう片方の乳首には自分の手がセットされていて、人差し指と親指で挟み込んでこねくり回している。
 負けじとこちらもやり方を変える。両腕で乳首を挟み、グリグリと捻るように刺激を与えてみた。
 さらに、歯を立てないように乳首の角を頬張り、吐息をかけながらこちらも挟み込んでみた。
 これで通用するかどうかはわからないが、七海さんの反応は少しづつ昂ぶっているように見えた。

「ねぇ小人さん?」
「……な、何?」

 疲労も溜まってきたところで、七海さんがふっと正気にでも戻ったかのような声色で俺に呼びかける。
 俺の頑張りが足りなかったか……。

「あたしの事、もっと知ってくれますか?」
「え、それって……?」
「『はい』か『いいえ』で答えてくださいな」
「は、はい……」

 どうやら俺の想像とは違う展開らしい。だが、何やら不穏な雰囲気である事に違いはない。
 一体何が起ころうとしているんだ……?

「今から小人さんを、女の子の場所に連れていきます」
「女の子の場所!? それって……」
「ここ……ですよ」
「えぇぇっっ!!?」

 俺を鷲掴みにしている手を自身の股間までゆっくりと降ろし、反対の手でスカート越しに秘部を指差した。
 七海さんの表情を仰ぎ見ると、少し挑戦的な笑みを浮かべているように見えた。

「はい、これがあたしの勝負パンツです」

 スカートが乱暴に脱ぎ捨てられ、健康的な肌と下着が顕になる。
 赤い。とても赤い。そして装飾がすごい。
 いや、そうじゃなくて!

「待って待って。俺達初対面だよな? こういうことは一応、段階を踏んで……というかさっき君自身がダメだって……」
「だぁめ」
「!?」

 口角はさらに上がり、妖しい笑みを浮かべながら、七海さんは食い気味にそう言った。
 まるで小悪魔だ。俺はなにか、いけないスイッチでも押してしまったのか。
 俺に嗜虐心を煽る才能でもあるっていうのか!?

「感想を聞かせてくださいね……それじゃ入れちゃいますよ」
「ま、待てって……うぐっ!」

 抵抗しようともがいたら、ギュッと握られてしまった。
 七海さんからしたら大した事の無い力でも、今の小さな俺には十分すぎるくらいの圧迫感を与えた。
 うなだれる俺の眼前では、赤い下着が獲物を捉えようと大きな口を開けていた。

「ここらへんかな」

 七海さんは俺を握ったまま自身の股間を弄り、丁度いい場所を見つけたのか、そのまま股間に押し付けた。
 柔らかい。乳房に挟まれていた時もそうだったが、この子はとにかく柔らかい。
 押し込めばどこまでも沈んでいきそうな肌。俺のような小さい存在なんて、そのまま飲み込まれてしまいそうだ。
 それこそ、アソコの中に入ったら、本当に奥の奥まで沈んで……ん?

 あれれ?

 おかしい。おかしいぞ。あるはずの物が無い。
 今俺が入っているのは、女の子の股間部。そこには2つ穴があるはずだ。
 その内の1つが無い。無いのだ。ただハリのある健康的な肌がそこにあるのみ。
 自分がおかしくなってしまったのかと思い、もう一度辺りを入念に触れてみる。
 しかし、それでも見当たらない。身体全体を擦りつけてみても、穴1つ無い。

「もういいですかね。出しますよ」

 妙に落ち着いた声の七海さん。
 ポンと床に置かれた俺は、下着姿の巨大な七海さんが正座をする優雅な所作を食い入るように見上げ、沙汰を待つ。
 だがそんなシリアスな状況にも関わらず、勃起が収まることはなかった。

「どうでしたか?」
「どうって……気持ち良かったけど」

 まずは誤魔化してみたが、七海さんは真っ直ぐ俺を見据えたままだった。

「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」

 にらめっこが続く。この子は案外頑固らしい。覚悟を決めた表情をしている。
 これはもう俺が折れるしか無いようだ。しかし一体どうやって切り出したものか。

「ど、どっち?」

 陰茎がなくなったのか、陰唇がなくなったのか。
 ざっくり言えば、チンコなのかマンコなのか、だ。

「……こっちです」

 七海さんは顔を赤らめながら股間で握りこぶしを作り、それを前の方へと動かしていった。
 つまりはそういう事だ。

「……………………去勢って痛いの?」
「へぁ?」

 考えあぐねた俺は、結局自分の興味を優先した。
 あまりの情報量の多さと重さに、俺はとっくに脳死状態になっていた。
 七海さんも、まさかの切り口に開いた口が塞がらないようだ。

「…………えっと、手術は麻醉があったので全然。その後が痛かったです。ファントムペインですね」
「へぇ~、やっぱりそういうのあるんだ。痛いんだなぁ」
「痛かったですねぇ」

 あはははは~、とお互いに笑ってしまった。緊張の糸がプツンと切れた音がした。

「胸は? 胸はなんでそんな大きいの?」
「女性ホルモンを注入しつつ、豊胸手術もしました。偽乳特戦隊です」
「声は?」
「元からです」
「男だった時は一人称僕だったの?」
「はい、僕でした。今言ったらボクっ娘ですね」
「『男の子に求婚して恥ずかしくないんですか? 僕、本気に受け取りますよ?』って言ってください」
「男の子に求婚……ってぇ、何言わせるんですかぁぁっ!!!」
「痛い痛い痛い!!!!!」

 雑巾を絞るかのような勢いで握りしめられ、中身が出る寸前になった。

「あのですねー! 僕があの時どのくらい痛かったかというと、このくらいですよ! 僕の受けた苦しみを味わえー!」
「あああががががががが!!!」

 ちょっと中身が出た。

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 七海劇場が落ち着いたところで、俺は寝転ぶ七海さんの腹部に寝かされ、先程の会話を続行する事になった。

「男として生まれたけど心は女性だったとか、なにか病気だったとか……? あ、話したくなかったらいいから」
「いえ、是非聞いてください。ここだけの話ですよ、小人さん。僕は御存知の通りやんごとない生まれですが、そういう所にはご多分に漏れずにお家騒動っていうのがあるんですね。それに巻き込まれた感じです」
「ドラマとかで見たことあるそういうの!」
「事実は小説よりも奇なり、ですよ」

 やべー、想像以上に重い。非常に重い。

「そして競争相手の奸計により、あたしはおてぃんてぃんをちょん切られて家督争いから強制的に外れ、今に至ります」
「随分飛んだね!?!!?!?」
「んー、この間の話はかなりえげつないので割愛しますね。思い出しただけでも……おべぇぃぁぅぉう……」

 七海さんは俺の頭上でえづきながら何かを吐き出そうとしたので、慌てて逃げ出した。
 だが、あえなく背後から迫る大きな手に捕まってしまう。

「えへへ、逃さないですよ。僕の秘密を知った以上、ただでは帰しませんよ」
「いやいやいや、ここ俺の仮住まいだから!」
「た、確かに!」

 もうダメだ。すぐこういう流れになる。この子とはだいぶ波長が合うのかもしれない。

「この事、小鳥さんは?」
「言ってないです。言えるわけないじゃないですか……」

 じゃあなんで俺には言ったのか、と考えたが、まぁ俺に言っても特に問題は無いからだろうな。
 なんせ俺は存在しない妖精みたいなやつだから、何を言ったってバレやしない。
 秘密を1人で抱えているのは苦しいものだ。七海さんはずっと苦しんでいたんだろう。
 こうして話を聞くことで、七海さんの気持ちが少しでも安らげばいいなと思った。

「じゃあこれは俺と七海さんの秘密にしておくよ。その代わり、俺が小人だっていう事も秘密にしておいて欲しい。どうかな」
「ありがとうございます、ねぇ小人さん。約束の指切りしましょ」
「おう」

 俺の身体に七海さんの小指が巻き付いてきた。バブみを感じてしまう。犯罪のにおいがする!!!

「指切りゲンマン、うっそついたーら踏み潰すー、指切った」
「不穏だよ……七海さん」
「えー、小鳥ちゃんにはいっぱい踏み潰されてるんでしょー、僕とも遊んでくださいな。僕だって、小人さんが元に戻るお役に立ちたいんですよ」
「君は優しいな」
「そうですかね」
「自分は色々大変な目に遭ったのに、どうしてそんなに人に優しく出来るんだ?」
「そんな優しくないですよー、僕は」
「お人好しのオーラ出てるし。友達も多そうだから」
「……」
「辛い決断をしたのも、誰かの為とかだったんじゃないのか?」
「んー……小人さんさぁ」
「えっ?」

 スン、と表情が暗くなった七海さん。地雷を踏んでしまったのか。

「良く知りもしないであんまり人のこと言うもんじゃないですよ」
「あっ、ごめん。ちょっと踏み込みすぎたな」
「小人さん、人に騙されやすいでしょ」
「えっ、なんで……」
「僕を、ただのおちゃらけ人間だと思わない方がいいですよって事です」

 急に雰囲気の変わった七海さんは険しい表情で俺を見下し、折り曲げた太ももで俺の退路を断った。

「僕はただで陰茎を切るような人間じゃないですよ。交換条件に全て奪ってやったんです、あいつらからね」
「ど、どうした急に」
「僕は悪い人間だから、小人さんの事も場合によっては僕の物にしちゃうかもしれませんよ。小鳥ちゃんから奪ってでもね。いつもそうやってきましたし。欲しい物は、それこそ男も女も財力も、なんでも使って奪ってやりますよ」

 乱暴に俺の身体を掴むと、物凄い力で握りしめられる。
 明らかに男の力だ。骨がきしむような幻聴さえ聞こえてくる。

「ちなみにさっきまでのノリは全部元男子を隠すためのカモフラージュ。演技ですからね。これが本当の僕です」
「く、くるし……」
「痛いですか? 僕はもーっと痛かったですよ。小人さんも僕の物になったら、同じ目に合わせてあげますから。同じ傷物になっちゃいましょ」
「や、やめ……」
「まずはその小さなソレ、握りつぶしてあげましょっか」

 豆ほどの大きさの俺の男性器が、七海さんの指に挟み込まれる。

「こんなの、ちょっと手が滑っただけでグチュってなっちゃいそう。小人さんはどんな声出してくれますか? 僕はね、耐えましたよ。麻酔無しで」

 徐々に力が込められ、全身の筋肉に緊張が走り、強張っていく。
 男性器が潰される明確なイメージがよぎった。

「あ、あ……」
「……………………なーんちゃって」

 急に握力が弱まり、俺は手をすり抜けて地面に落ちた。
 七海さんが太ももを閉じて受け止めてくれたので、大事には至らずに済んだ。

「どうでした? 今の演技」
「今のも演技だって……? 一体何が演技じゃないんだ?」
「何でしょうね。本当の僕って。あたし? 私? ワタクシ? ウチ? どのキャラが本当の自分かなんて、誰にもわからないですよ」
「……」

 あっけらかんと言い放つ七海さんの姿からは、乾いた悲壮感が見て取れた。
 何かを諦めて、疲れ果ててしまったかのような、そんな悲壮感。

「はい! しんみりタイム終わり! ごめんなさい、イライラしちゃって! 自分から振った話なのにごめんなさい! 許してクレメンス」
「あ、あぁ……」

 七海さんは一転して、土下座をしながら謝り倒してきた。
 つむじが目の前に突き出される。
 緩急が凄すぎて、俺はついていけなかった。

「大丈夫ですよ。小人さんに理不尽な危害は加えませんから。もちろん小鳥ちゃんもね、大事な親友ですし。お家のお話はまた今度、気が向いた時にでも」
「それなら……わかった。俺も知ったような口叩いて悪かったよ」
「わかればよろしい。じゃあさ、もうちょっとエロいこと……しちゃおっか」

 急なタメ口とセリフ選びによって、俺の脳内は『恐怖』や『戸惑い』から、一瞬にして『エロ』に切り替わる。
 七海さんが俺の真上で膝立ちになり、そのまま腰を降ろそうとしたその時だった。

ピンポンピンポンピンポーン!!!

「「!!」」

 二人の沈黙は、けたたましいインターホンの音でかき消され、俺達は同時にピョンと飛び上がった。

「あらら、小鳥ちゃん帰ってきたみたいですね。服着なきゃ」
「あぁ……タイミング良いね。まるでずっと見ていたみたいだ」
「……小人さん?」
「ん?」

 窓から小鳥さんを眺めていた七海さんが振り返り、俺の方へと歩いてくる。
 ズシンズシンと、自分の存在を誇示するような歩き方は、あの小鳥さんよりも厳つい威圧感を帯びているように見えた。
 そして目の前に足を踏み降ろし、そのまましゃがみ込んで顔を近づけてくる。
 俺の全身よりも大きく、可愛らしくもあり、深い闇を湛えたその顔を。

「今度会うまでに僕、もっと勉強してきますよ。色々とね」