● 第15話: 兄から玩具へ(前編)

「ん~~~、ん~~~」

 ある日の朝。ドタドタという地響きと、唸り声で目が覚めた。
 吊り下げている電灯がカタカタと音をたてて揺れていた。
 何事かと思い戸を開けてみると、パジャマ姿の小鳥さんがそこかしこをウロウロと歩いていた。

「おはよう小鳥さん」
「ん、おはよ」
「緊張する?」
「ちょっとね」

 今日は、妹の心の部屋に一泊二日の旅に出る日だった。
 以前会った時に交わした約束の事を、小鳥さんはずっと気にしていたようで、昨日の夜連絡をしたら『明日からどう?』と即レスが来たらしい。
 監視されていたのではないかという恐怖すら感じた、とは小鳥さん談だ。

「大丈夫だよ。心はちょっと怖いけど、いい子だから」
「その余裕そうな態度が憎たらしいよ。バツとして、私の足を舐めなさい」

 小鳥さんは突然眉間のシワを寄せて険しい表情を作ると、俺の目の前に右足を近づけそのまま俺を蹴り飛ばした。
 どうやらあの青肌小悪魔に言われた事が気になっているらしく、最近は事あるごとに特に理由のない暴力が俺を襲う。

「お嬢様、おはようございます。おチビさんも」

 戸を叩く音の後に、烏丸さんの透き通った声が聞こえてきた。
 お迎えの時間だ。

「おはよう、すぐ着替えるね。ほら、小人さんも私の足で遊んでないで早く着替えなよ」
「おはようございます。へい、すぐ着替えます」

 俺がこの家に来てから1ヶ月が経とうとしていたが、同居人との関係性は大きく変化した。
 多分一番のきっかけは、二人して大泣きして抱き合ったあの日だ。

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「ねぇ小人さん。心さんって料理上手いの?」
「上手いよ。実家では母親役やってくれてたから、超ベテランだよ。あれはモテるぞ」
「ふーん。私も出来るけどね、オムライスとか」
「あー、オムライス。そりゃ心の十八番だよ。プロ並みのふわとろオムライス作れる」
「……チャーハンとか作れるよ」
「チャーハンな。どうやったのかは知らないけど、中華鍋も火力も無しにパラパラの旨いチャーハン作ってくれたなぁ」
「…………むー!!!」
「い、息が!!!」

 助手席に座る小鳥さんの太ももに乗せられていた俺は、パカッと開いた太もも渓谷に飲み込まれ、そのまま挟み込まれた。
 若干汗ばんだ少女の柔肌に顔面から突っ込む羽目になり、息も出来ない。汗の酸味が口いっぱいに広がる。
 吹きかけられる息で苦しがっているのに気付いたのか、小鳥さんの締め付ける力が弱まり、頭を上に出す事が出来た。

「わざとでしょ。絶対わざとでしょ、それ。そこで反省してなさい。小さくなってデリカシーまで縮んじゃったの? それとも元から? そりゃ私は毎日料理してるわけじゃないよ。毎日やってる人の方が上手いのは当然だよね。でもね、人を一番イラつかせるのって正論なの。正しいからってそれが正解なわけじゃないの。わかんないかなー、小人さんのその小さい脳みそじゃ。あぁ、踏み潰したい、握り潰したい、敷き潰したいよ。ねぇいい? 好き勝手していい? 帰ったらいっぱい遊ぼうね小人さん?」
「おチビさん。流石に意地悪ですよ」
「すみません……兄の贔屓目がどうしても出てしまって……今度ご相伴に預かりたいです、小鳥さん」
「いやでーす。敬語でよそよそしく話す人にだす料理はありませーん……ふふっ。逆に小人さんを食べちゃうから」

 白い歯を光らせ、両手をワナワナと動かしてイタズラそうな笑顔で俺を見下ろす小鳥さんの姿は、それだけで画になりそうな構図だった。
 帰ったら描いてみよう。

「…………あら」
「なに。あら、って」
「仲良いなと思いまして」
「…………そうだね」
「あら意外。てっきり、『はーー!? 違うし。仲良くないし』とか言われるのかと思いました」
「こんなじゃれ合い許してて仲良くないとか言うほど捻くれてないから。あとそのモノマネ、微妙に似てるから恥ずかしい」

 俺はそんな雑談をしつつ、目的地に着くまでずっと小鳥さんの股間に座り込ませてもらっていた。
 これが仲良しの証というのもなんだか爛れてる気がするが、小鳥さんと俺の関係が変わった事だけは確かだった。
 これでいいんですよね烏丸さん。これでいいんだよな……母さん、親父、心……。

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「こ、こんにちは」
「こんにちは、小鳥ちゃん。わざわざ来てもらってありがとう」

 小鳥さんは早速吃っていた。
 俺もちょっと動揺していた。バッグの中から見える俺の妹、心の姿にだ。
 小鳥さんの清楚な白いミニワンピースとは真逆の黒いワンピースに、フリルの付いた白い襟、裾には白い十字架がプリントされた、いわゆるアレな服装だった。

「あぁ、これ? 似合ってる?」
「そ、そうですね」
「あれ、小鳥ちゃんちの車? 凄い高級車って感じだね。運転手の人も凄い美人……」

 心はおどおどする小鳥さんに向けて積極的に声をかけ続けるが、初見のインパクトを払拭するには至らないようだった。
 というかこの高さ……もう少し心が近づいてきたら、ワンピースの中見える……。
 白いストッキングに包まれた心の細い脚がドンドン近づいてきたかと思ったその瞬間だった。

「……ひぃっ!?」
「ここから外見てるんでしょー、に・い・さ・ん?」

 心は膝を折り曲げしゃがみ込み、小鳥さんの持つバッグに潜む俺を覗き込んできた。
 クリクリとした心の眼は、バッグの覗き窓を覆う勢いだ。

「まぁいいや。それは後で直接聞こうっと」
「じゃあ私はこれで……」
「えっ、待ってよ小鳥ちゃん。せっかく来たんだからあがっていって。自分のお部屋に人を呼ぶの初めてなんだ」
「ふぇぇ!? いやでも……」
「いーじゃん大丈夫だって。料理振る舞うから、ね、来て来て?」

 心は再び立ち上がると、小鳥さんを部屋に呼ぼうと腕にすがるように身体を近づけていた。
 その結果として、この歳になって妹の下着を見て勃起する事になってしまったが、それは不慮の事故だと言いたい。

 結局小鳥さんの方が折れて、二人で心の部屋にお邪魔する事になった。
 心の住むアパートは、俺と同じような築数十年のボロで、年頃の女子が一人暮らしするには少しションボリな見た目だ。
 今どき珍しい、握り玉式のドアノブをキィキィと言う音を鳴らしながら回し、先に中へ入った心が俺達を手招きしている。
 小鳥さんは一歩づつゆっくりと部屋に入っていった。

「お、おじゃましまーす(小声)」
「……もう何もしないって、小鳥ちゃん。それに私が何かしようとしたって、きっと押し負けちゃうから」
「は、はい」

 心は自分の非力さをアピールしようと、袖をまくって枝のように細い腕や、小鳥さんを抱きかかえて持ち上げようとしても出来ない姿を見せつけたりしていた。

「どうぞ、そこに座って。兄さんも出してあげてね。小人用の座布団をテーブルの上に用意してあるから」
「ありがとうござ……うわっ」
「うーわっ……」

 部屋に入ったところで、俺と小鳥さんはほぼ同時に絶句した。
 一面薄いピンク色。ピンクのカーテンにピンクのテーブル、ピンクの椅子、小物・鏡・タンスその他諸々全部ピンク。
 あぁ、妹がイタい子になってしまった。俺か、俺のせいなのか。

「兄さん? 今、うーわって言ったでしょ。いいじゃん別に。部屋をどう飾ろうと自由だもん。それに私は、これが世間一般からは浮いてるってちゃんと自覚してるもん。だから大丈夫、ねー、小鳥ちゃん」

 心は四つん這いになり、床に置かれたバッグにズイッと顔を寄せると、舐めるような視線を俺に送りながら『もんもん』言っていた。心は冗談モードになると語尾に『もん』が付く。

「うぇっ、は、はい……あ、こび、お兄さん出しますね」
「いいよ小人さんで。私は自分より身長の小さい兄を持った覚えはないもん」

 そんな不穏な事を言われながら、俺は小鳥さんに鷲掴みにされ、暗いバッグの中から持ち上げられた。
 テーブルに置かれた小さいコースターのような座布団に腰掛け、目の前にそびえ立つ(正座しているが)妹に対峙する。
 心は微笑しながら俺を見下ろしていた。服装も相まって巨大な魔王のように見えた。

「兄さん久しぶり。元気?」

 心はストッキングを脱ぎながら、くつろいだ様子でそう切り出した。

「元気元気。ていうか雰囲気。雰囲気悪いよ、心。小鳥さん怖がってるから」

 振り向くと、小鳥さんは『そんな怖がってなんかないです!』と手を芝刈り機のように動かしながら、慌てて弁解していた。

「ひゃ~、可愛い~。小鳥ちゃん本当に可愛い。ねぇ、よく言われるでしょ」
「そんな事……無いですよ」
「えっ。小鳥さん俺にはいつも、よく言われる、って言ってるよ」
「小人さん?」
「ほらやっぱり! だってもう、レベル違うから。読者モデルだって言われても信じる」
「そんなんじゃないですって……確かに……ちょっと告白とかされたりとか、そういう時期もあったりしましたけど」

 小鳥さんは毛をくるくると指に巻きつけながら、穴があったら飛び込みたいとばかりに赤面していた。
 だが俺は、薄く開かれた目が俺を冷たく見下ろしていたのに気付き、震え上がった。
 あとで覚悟しておけ、というアイコンタクトだ。可愛いなぁ。

「そんな事言ったら心さんだって、可愛いですよ」
「あはは……ありがとう。こんなナリだから、先輩方には早くもマスコット扱いだよ……」
「でも可愛がられてるって事ならいいじゃないですか。私なんて嫌われ者ですよ」
「えっ、そうなの? そんなの嫉妬嫉妬。気にしなくていいよ。小鳥ちゃんがいい子なのはわかってるから。このだらしない兄さんのお世話をちゃんと見てくれてるんだもん」

 そんな調子で会話が徐々に弾むに連れて、小鳥さんの緊張も解けていったみたいだ。
 正座だった二人はいつの間にやら女の子座りになっていた。

「この愚兄はね。家事なんて何も出来ないの。このご時世にね。だから私は都会で一人暮らしするって聞いてとっても心配だったのね。それで実際どうだったんですかー、自炊出来てたのかなー兄さん?」
「もちろんコンビニ弁当だ」
「どう思う小鳥ちゃん」
「あはは……男の人なんてそんなものなんじゃないですか」
「兄さん、自分より歳下の美少女にフォローされてるよ。どんな気持ち? うりうり」

 俺は心に握りしめられ、言葉責めを喰らった。
 黒い真珠のようなデコレーションが施された爪先で腹部をツンツンと突かれると、本当にそのまま貫かれてしまいそうで、ちょっとだけ怖かった。

「あ、心さん。お兄さんが絵を描いてくれたんですよ」
「うわちょっと小鳥さん!? 恥ずかしいから」

 バッグから取り出された小鳥さんのスマホを奪おうとピョンピョン飛び跳ねてみたが、小鳥さんの手には届かない。
 後ろで心が笑っていた。

「いいじゃん減るものじゃないし。それとも、人に見せて恥ずかしい絵を描いたの? 私を題材に?」
「えっ、そうなの? 見せて見せて。久しぶりだなー、兄さんの絵を見るの」
「はい、どうぞ」
「わー小鳥ちゃんビルよりでっかい。兄さんの趣味?」
「私に対してこのくらい圧を感じてるらしいです」
「あはははははっ! そうなんだー、へー。じゃあ私は富士山くらいかな」
「そんな事無い。高尾山くらいだよ」

 ガールズトークに一通り山を咲かせたところで、心はおもむろに立ち上がった。

「兄さん、小鳥ちゃん。今日は食べてってくれるのでいいんだよね?」
「そうですね、もしよろしければ……」
「私の方から食べて欲しいって言ったんだから遠慮しなくていいの。オムライスでいいかな」
「オムライス……」
「あれ……嫌い?」
「いやいやいやそうじゃないです、す、好きですよ?」
「良かった。頑張って美味しく作るね」

 ドスンドスンと台所へ向かう巨人を見上げてその背中を追っていると、事件は起きた。

「うわ、も~、またゴキブリ出た。綺麗にしてるのに……」

 ゴキブリ。人間のサイズですら恐怖を抱くアレが、目の前に居た。
 しかもものすごい勢いでこちらに向かってきている。
 ちょっとしたベッドくらいのサイズ感のそれが近づいてくる光景は完全に絶望そのものだった。
 逃げなければ……そう考えて動く前に事は起きた。

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥン…………!!!

 それは、俺に辿り着く前に一瞬で姿を消した。

「ごめん小鳥ちゃん。ティッシュ取ってくれる?」
「…………あ……は、はい」

 ゴキブリは姿を消したのではなかった。
 心が一切の躊躇なく踏み潰したのである。素足で。
 小鳥さんから受け取ったティッシュで足の裏を拭き床を拭き、Gだった何かをすくい取り、流れるような動作でゴミ箱へポイ。
 この一瞬の刹那で、心は五分の魂を一方的に蹂躙したのだ。

「ごめんねー、この部屋いくら綺麗にしても時々出ちゃうんだ。それじゃ料理頑張るぞー」
「「…………」」

 腕まくりをして悠々と去っていく破壊神。
 俺も小鳥さんも、あまりの迫力に言葉を失ってしまっていた。
 卵を焼くジューという音も右から左へと耳をすり抜けていき、俺の脳裏にはあの光景がずっとフラッシュバックしていた。
 もし、あのゴキブリが俺だったとしたら……骨は砕かれ、血管は破裂し、原型も無くなるだろう。
 改めて自分の置かれている状況がとても危ういものだと言うことを自覚させられた。

「お、おいで小人さん。また出たら危ないからさ……」
「……ど、どうも」

 小鳥さんが手招きしてくれた。
 結局、心の調理が終わるまで、小鳥さんの手の上に避難させてもらう事になった。
 手汗が凄かったのが印象的だった。

「おまたせー、今日は結構上手く出来たよ、ふわとろふわとろ♪」

 皿を二つ持ちながら、エプロン姿の心がこちらへ戻ってきた。
 黒いゴスロリ服に白いフリルエプロンという、いかにもな姿の妹を見て、一周回って案外悪くないな、と思い始める俺が居た。

「はい、小鳥ちゃんの分、足りなかったら言ってね」
「すご……本当にお上手なんですね」
「あ、もしかして兄さんから聞いた? 恥ずかしいなー、もー」

 心は赤く火照った頬に両手を添えてクネクネしていた。
 表情はどこか得意げだ。

「兄さんのは私のから取り分けてあげるから。ほら、テーブル乗って」
「わかった。小鳥さん、よろしく」
「あれれー? 兄さんはテーブルの上に乗るのですら女の子の力を借りなきゃいけないのかなー?」
「しょうがないだろ。俺にとってこのテーブルがどんだけでかいと思ってるんだ」
「ふふっ、そうだね。それじゃ……いただきます」
「「いただきます」」

 俺と心が律儀にパンと手を打つと、小鳥さんもそれに倣って手を打った。

「美味しい……! すごい美味しいです、心さん。卵はふわふわだし、中のチキンライスも味濃すぎないのにコクがあって……」
「わー、絶賛だね。作ったかいがあるよ」

 右に小鳥さん、左に心がまるでビルのように双璧を成している。
 大きなスプーンが上空から降ってくると、そのまま俺と同じくらいの重さの量を軽々持ち上げていく。
 俺を飲み込めそうな大きな口を開いてオムライスを食す二人の姿を、俺は無意識の内にじっと見ていた。
 自分でも不思議な事だが、大きな二人がただそうしているだけで、一種の性的興奮が生じているようだ。

「あ、ごめんね。手じゃ食べにくいよね……小鳥ちゃん、兄さんって普段どうやって食事してる?」
「…………手です」
「俺が手でいいって言ったんだよ。基本パンを出してもらってるから。手軽だし、ちょうどいい」
「あっ、そうなの。うーん、それじゃ布巾置いとくからこれで手拭いてね」
「ありがと」
「でも小人さん、それじゃなんでぼーっとしてたの? 私達の事見て」
「うっ!」
「うっ、て何。うっ、て。まさかよからぬ事を考えてたんじゃないの?」
「お残しは許さないよ、兄さん。残したら私が食べちゃうからね、兄さんを」

 心は小さく口を開け、両手で掴みかかるようにしながら俺の真ん前に顔を寄せてきた。
 口の周りを縁取るピンク色の唇は、まるでラフレシアのように大きい。
 そして近くにいる小鳥さんにすら聞こえないほどの小声で……

『後で言ってごらん。おにぃのして欲しい事、してあげるから』

 そう言われた。おにぃ、は実家で心が俺の事を呼ぶ時の二人称だ。
 しかしその時、俺は妹に『女』を感じてしまった。それもとびきり危険な『女豹』のような何かを……。
 声と共に吹きかけられた高温高湿の吐息は、俺の思考回路を惑わせていった。

「ほ、本当に食べないでくださいね……心さん」
「冗談だよー。なんか髪の毛とか歯に挟まって気になりそう」
「あぁ、確かにそれはそうですね」

 その後は、ずっと悶々とした気持ちを抱いたまま、心の作ってくれたオムライスの味すらどこか上滑りしていった。

「それじゃ、私はそろそろ帰ります。明日のお昼頃にまた伺いますね」
「私が行ってもいいんだけど。お車出してもらうのもなんだか申し訳ないし」
「いえいえ、大丈夫です。それがあの人のお仕事ですから」

 オムライスを食べ終わり、再び与太話に花を咲かせて時間は午後3時。
 見送りのため玄関で立っていると、小鳥さんが膝を曲げて俺に口を近づけてきた。

『生きて帰ってきてね』

 そんな死亡フラグみたいな事を言い残して、小鳥さんは去っていく。
 ドアが完全に閉まり切るまで、小鳥さんは俺をじっと見据えていた。

「さて、っと」

 ガチャリというドアの閉まる音がしたと同時に、チェーンまでかけ厳重に戸締まりをする。
 心はワンピースをなびかせながらクルリと俺の方へ振り返った。
 その表情はみるみる内に満面の笑みへと変わり、後ずさりする俺を追うように床に這いつくばり、俺を真正面に捉えた。

「なんだよ……」
「おにぃは私やお父さんがどれだけ心配したかわかってるの?」
「悪かったって」
「何も連絡寄越さないで、私が来る言っても来るなの一点張りで……それがいつの間にか会社は辞めて、フリーターになっちゃって、イラストサイトの更新も止まって、挙句の果てには小人になって女の子の家に転がり込んでるなんて……もう私の理解力の範疇を超えて錯乱しちゃったの、この前は!」
「わかったわかった」
「………………」

 すん、と心の表情が陰る。やばい。

「ちゃんと話聞いとうと!???」
「あああああああああ!!?!?!?!」

 ドカンという爆発音と地鳴りがしたかと思うと、俺の身体は少々宙を舞った。
 心の床バンで畳がたわんで浮かび上がったのか、恐怖のあまり俺が飛び跳ねたのか。
 いずれにせよ、俺は飛んだ。
 兄の威厳も吹き飛びかけたが、なんとかキャッチした。

「……」

 神妙な顔の心。
 なんとも形容し難い表情からは、怒りや喜び、恥じ、悟り、その他諸々の感情が訪れているように見てとれた。

「ふふっ」
「何笑ってるんだよ……」
「私が『ちょっと』凄んだだけで、おにぃの身体がピョンって跳ねたよ。可愛いね」
「あのなぁ……今のお前の『ちょっと』は、俺には天変地異なんだよ」
「そっか……今のおにぃは私に何されても……抵抗出来ないんだね……」

 何かを確かめるように、静かにゆっくりと言葉を紡いでいく心。
 目まぐるしく去来する感情は、やがて一つの解を得たようだ。

「いっぱい遊ぼうね、おにぃ」