● 第18話:眠れぬ夜に巨人と添い寝

 陽もすっかり落ち、夕飯も風呂も済ませた頃。
 一日の中で最もリラックスしているゴールデンタイム。

「小鳥さんはこういうホラー映画好きなの?」
「別に。アマ○ラで今日までだったから見ようかなって思っただけ」
「ア○プラねぇ、あれは時間泥棒だよ」
「違いないね」

 俺と小鳥さんはまさに今、この貴重な時間を特に見たくもなかったホラー映画に奪われていた。
 男女二人組が真夜中に廃洋館を訪れ、何やら物音がしたり、人影を感じたりという何番煎じだっていう内容。
 パジャマ姿の小鳥さんと二人、ベッドに寝転びながらスマホの画面を覗く。

「ふわぁぁぁぁ……眠くなってきた。手も疲れたよ小人さん」
「じゃあ寝ようか。明日学校でしょ」

 50分のやや短い映画だが、予測可能で非常に退屈な展開に、俺も小鳥さんも早くもリタイア寸前になっていた。
 ホラー映画ではなく、睡眠導入映画だったらしい。

「うん……そうす……ふぇ!?」

 ガシャン!!!
 突然スマホから流れた音に、俺も小鳥さんもビクリと飛び上がった。
 スマホを見ると、劇中の二人が居た家全体がガタガタと揺れていた。
 ガシャンという音は、窓を叩く音のようだ。
 ようやく脱出出来た二人が、その様子を食い入るように見ている。
 急に演技もカメラワークも気合が入ってきた。尻上がり過ぎるだろ、この作品!

「やるじゃん」

 小鳥さんはあくまで余裕を保っているという風にしているが、目が大きく開いて画面を凝視している事が動かぬ証拠だ。

「怖いの?」
「怖くないし。驚いたの。小人さんだって驚いてたじゃん」

 二人で言い合いながらも、俺達はいつの間にかスマホの画面に映される男女の動向から目が離せなくなっていた。

『行こう、ハニー』
『いやぁぁぁ!!! 手、手が……!』
『手がどうしたんだハニー……うわぁ、手がぁぁぁ!!!』

 音が収まったかと思ったら、出口のドアが破壊されて中から大きな手が伸びてきたかと思うと、そのまま女性が家の中へと引き摺り込まれてしまった。
 視点は男の一人称に移り変わる。フラフラと揺れる画面が男の動揺を物語っていた。
 盛大に物が壊れる音が遠くなりながら響くとともに、女性の悲鳴も遠のいていく。
 男は追うことすら出来ずにそのまま崩れ落ちたようで、やがて画面は床を映すのみとなった。

「…………」
「…………」

 画面がブラックアウトし、スタッフロールが流れる。
 俺も小鳥さんもそれをただ静かに眺めていた、と思っていたのだが。

「手がぁぁぁ!!!」
「うおわっ!!?!」

 突然、俺の視界が真っ暗になる。
 あまりの急展開に変な声が出て、しかもバタバタとのたうち回るような奇行をしてしまった。
 察するに、小鳥さんの『手』が襲いかかってきたらしい。

「あはははっ、ウケるね。うおわっ、だって~。やっぱり小人さん怖かったんだ~」
「もーいいから寝るぞー! ふんぬぬぬ……!!!」

 起き上がろうとするが、いくら力を入れても小鳥さんの手に敵わない。
 思い切り重圧をかけられているからか、ベッドに食い込むレベルだ。

「動けないよ、小鳥さん」
「ふふっ、よわーい。女の子の手一つ動かせないなんてね」
「なんだとー!」

 小鳥さんの手に四肢を絡ませて抵抗する姿勢を見せるも、そのまま持ち上げられてしまった。

「…………」
「な、何? どうしたの、小鳥さん?」

 手のひらに乗せた俺をじっと見下ろす小鳥さん。
 こういう時は大体何かお願いしたい事がある時だ。

「……小人さんさ。私と一緒にトイレ行く?」

 あっ(察し)

「行きたいです」
「…………もー、仕方ないなー。JCの放尿シーンをみたいだなんて、小人さんは本当にド変態なんだから。でも残念、見せてあげないよ」

 あぁ、もう、可愛いなぁ!
 素直に夜のトイレが怖いって言えないなんて、可愛すぎるぞ小鳥さん!

「いい? 絶対に見ちゃダメだよ」
「前に風呂入った時は、思いっきり真正面でやってたんだけどな……」
「それはそれ、これはこれ」

 意味不明な理論を展開されたので、トイレットペーパーが吊られている出っ張りの所で後ろを向いて座っていた。
 ジョロロロロという音をかき消すように、小川のせせらぎのような音が下から流れてくる。

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 夜。それはいかなる生物も寝静まる静寂の象徴。
 閑静な住宅街のど真ん中に位置する鈴河家、いびきもかかず、寝相も良い小鳥さんの部屋では、夜間は全く音がしない。
 よってすぐに眠る事が出来るのだが、今日は違った。

『いやぁぁぁ!!! 手、手が……!』
『手がどうしたんだハニー……うわぁ、手がぁぁぁ!!!』

「…………」

 眠れない。目が冴えてしまっている。
 意外にも、あのC級ホラー映画に恐怖を感じていたらしい。
 もう散々あれ以上のお仕置きを小鳥さんからされているのに。
 急に演出が気合入ってたからな……結構心にぶっ刺してきたようだ。
 上半身だけ起こしてベッドに腰掛けていると、ギィギィという床が軋む音が聞こえてきた。

「ねぇ小人さん、起きてる?」

 小鳥さんの声だ。
 律儀にドアを控えめにコンコン叩いている。

「起きてるよ」

 外に出ると、薄ら明かりの付いた部屋で小鳥さんが一人、女の子座りしていた。
 そして少し不機嫌そうな声でこう呟く。

「なんか今日眠れないんだけど」
「俺も眠れないや。コーヒー飲み過ぎたかな」
「……私も飲み過ぎたかも」

 ちなみに俺達は今日、コーヒーなど一滴も飲んでいない。

「あのさ…………」
「ん?」
「今日は……一緒に寝てあげてもいいよ?」
「……えっ」
「私、寝相は良い方だから、寝転がって潰したりしないよ」
「あいや、それはわかってるけど、いいの? 俺なんかと一緒に」
「べ、別に。ペットと寝る人は珍しくないでしょ」

 あぁ……そうね。ペットね。
 最初は『一緒に寝る』という単語を聞いてギョッと(というか少し勃起)してしまったが冷静に考えてみれば、今の俺はただの小人。
 女の子一人襲えやしない、矮小な存在なのだった。
 何を勘違いしているんだか。俺は端から人間としてなんて見られていないんだ。

「別に潰してくれても、構わないんだぜ?」

 サムズアップで応じると、小鳥さんは『ふふっ』と微笑で返してくれた。
 童貞はここで勘違いする。俺だ。
 俺を軽々と持ち上げて、ゆっくりとベッドに向かう小鳥さんの姿を見上げると、なんだか無性に緊張してきた。
 完全なる勘違いなのに、どこか初夜のような雰囲気すら感じられる。
 夜の静けさに、淡く黄色く発光する照明、男女二人。そんな妄想が頭を満たす。
 だがそんな甘々な妄想は急に終焉を告げる。

「うぐっ!」

 俺を握る力が急激に強まり、一瞬息をすることを忘れてしまった。
 下に向けられてしまったので、小鳥さんの表情を伺うことは出来ない。
 何が起こったのかわからないまま、その締め付けは長時間と感じられるほど続いた。
 解放されたのは、そのままベッドの方へ放り投げられた時だった。

「こ、小鳥さん……?」
「…………」

 やっと見えた小鳥さんの姿は、後光のような照明を背に浴び、顔は仄暗い影に覆われていたが、その表情は限りなく『無』だった。
 ベッドに立っても尚、はるか上にそびえる小鳥さんの巨大な身体は、ゆっくりとその脚を持ち上げ、真っ直ぐに俺を捉え向かってくる。
 暗闇で満たされた足の裏が少しづつ迫り、俺は為すすべなく押し倒された。

「……!!」

 小鳥さんの足の下敷きにされたまま、ベッドが沈むのと共に俺の身体も沈み込んでいく。
 指の隙間からなんとか呼吸は出来るものの、肺そのものが強く押し潰されているので、結局息はしづらい。
 そもそも、何が起こっているかわからないパニックで、まともな呼吸もままならない。
 放してはまた踏みつけを繰り返され、身体がベッドの上で小さく飛び跳ねる。

 やっと踏みつけが終わったかと思ったら、クルリと背中をこちらに向け、躊躇なく座り込んできた。
 間一髪で肉のある部分を避け、真ん中の凹みに身体を滑り込ませたが、小鳥さんの手が伸びてきて動きを封じられている間に、結局座り直されてしまう。
 上半身の全体重が掛けられ、脚の時よりもさらに深く沈下した身体は、もはや指先一つ動かせない程だ。

 まるで何か突き動かされているかのように無言で俺を嫐る小鳥さんは、いつもの雄弁な姿とはかけ離れたもので、不気味な物を感じた。
 もしかして、本当に何かに取り憑かれて……?

「………………」
「うわっ!?」

 色々な憶測が頭の中を駆け巡っていたら、お尻地獄から解放され、小鳥さんの顔がすぐ目の前に接近している事に気付かずにいた。
 見開かれた目は、何だか真紅に光っているようにすら見えた。
 もう身体は自由の筈なのに、金縛りにあったように動けない。
 そんな異常事態であるのに……驚くべきことに、俺の下半身は性的な興奮を覚えているらしい。

「……………………え?」
「あっ」

 小鳥さんの素の声が聞こえたと同時に、部屋が一気に明るくなったような錯覚がした。

「私、怖がらせたつもりだったんだけど、なんでおっきくなってるの」
「あぁいや、その……これは」
「ソレって恐怖感じても大きくなるのかな。それとも普通にイジメられて?」

 熱い熱い熱い! 顔で卵焼きが作れるくらいに熱い。
 普通に怖かったのに加えて、小鳥さんの予想外に勃起してしまった事が恥ずかしい。
 思わず顔を手で隠してしまうが、小鳥さんの指で容易く剥がされてしまった。

「怖かった? 私、おかしくなっちゃったかと思ったでしょ。さっきの映画みたいに」
「あぁ……そうだね」

 小鳥さんの演技は中々どうしてサマになっていたものだから、素直に肯定する。

「さぁ寝よっか。小人さんは枕の横に居るといいよ。そこなら潰されたりしないでしょ」

 小鳥さんは、先程とは打って変わって俺を優しくベッドに置き、俺が寝転がったのを確かめると、なるべくベッドを弾ませないようにゆっくりとベッドに横たわった。
 大きな壁のような枕の上では、小鳥さんの大きな顔がこちらをじっと見下ろしている。

「潰されたいなら入ってきてもいいけど」

 布団を開き、手招きをする小鳥さんはそれなりに愉快そうな顔をしていた。
 小さなサメが散りばめられた、ふわふわ女子が着用するような半袖短パンのパジャマだが、今の俺には虎視眈々と獲物を狙う獰猛な肉食獣にしか見えない。
 もし寝ている状態でのしかかられたら、脱出は結構厳しそうなので遠慮させてもらったが、小鳥さんは『小人さんは臆病だね』と軽めに罵倒するのみで、すぐに仰向けになった。

「……」
「……」
「電気消さないの?」
「うるさいよ。寝る時は静かにしなさい」

 やっぱり怖いんだろうか。
 心なしか、布団を若干目深にかぶっているようにも見える。
 いつもを知らないから、比較出来ないが。

「……あのさ、小人さんはさ」
「うん」
「…………元に戻ったら何したい?」
「えっ……っと」

 予想外の質問が飛んできて、脳内CPUが停止してしまった。

「うーん、そうだな……元に戻ったら……絵の仕事に復帰してみたいかな」
「……そっか。それがいいね」

 正直に言うと、考えもしなかったのだ。
 会社も辞めて、個人のイラストレーター活動も上手く行かず、何もかも投げやりになっていた時、急に小人になって世俗から解放されて、小鳥さんとの奇妙な生活が始まった。
 今の俺は、あの時よりも充実していると言えるだろう。
 身体は少し不自由かもしれないけど、心が満ち足りている、みたいな。

「いつ戻れるんだろうね」
「さぁ? あの小悪魔……ベクターとか言ったっけ。最近は顔出してないよな」
「呼んでも来ないしね。これで本当に戻れなかったらごめんなさい」
「…………」

 何と返せばいいのだろうか。
 そもそも俺はどうしたいのか。
 小さい脳をフル回転させても、その答えが出せずにいた。
 絵は、小鳥さんのお陰で今のままだって描けるじゃないか。
 それじゃあ俺が元の大きさに戻る理由ってなんだ?
 『水無月なんたら』という名前を捨てて、『小人さん』という第二の人生をそのまま送ってもいいんじゃないか。

「あー、その……俺は……今はもう……あれ?」
「…………スー、スー……」

 どのくらい考え込んでいたのかはわからないが、眠れなくて困っていた小鳥さんが寝てしまうくらいには時間が経っていたのか。
 可愛らしい寝息を立てて、気持ちよさそうに目を閉じていた。

「ん~~~……んっ」

 寝返りを打つだけで広大なベッドがたわみ、俺の居る場所では微かに地震が発生した。
 もしこのまま転がってきたらと思うと、ゾッとしない光景だ。
 その時は最悪、乳首なり唇なり、敏感そうな所に逃げて叩いて起こすしかない。
 ふと小鳥さんの可愛らしい寝顔を眺めていると、気のせいか、目が合ったように見えた。

「……んぅ、もう食べられないよ…………」

 ベタにもほどがある寝言を漏らしながら、小鳥さんは何かを探すように右腕をもぞもぞと動かし始め、俺の足先にポスっと降ろした。
 まるで追っ手から身を隠すように、無意識に息を止める。
 小鳥さんの右手は、尚も何か食べ物を探しているのか、ゴソゴソと俺の周りを蠢いている。
 しなやかな指が、目の前を何度も通り過ぎる。この指一本でさえ俺は手も足も出ない。
 例えるならば、熊5頭に取り囲まれて籠城しているようなものだ。

「……これ食べたら今日はやめとこうっと」

 そんな呟きを待たずに、小鳥さんの右手は俺を素早く掴むと、そのまま口の方へと持ち上げていった。
 小鳥さん、それはまずいよ!

「ちょちょちょちょちょちょ! こ、小鳥さん!」
「んぁぁぁぁん……」

 小鳥さんの口が大きく開かれ、頭から突っ込まれていく。
 握り込まれた腕を何とか抜き出し、迫る唇を間一髪で掴むと全力で押し返した。
 そこまで強い力で動かしていないのか、俺と小鳥さんのパワーバランスは拮抗しており、なんとか口に放り込まれずには済んだ。
 アレをするとまた身体を洗ってもらわないといけないから大変なのだ、お互いに。
 とは言え、このままでは埒が明かない。起きてもらわないと。

「小鳥さーん!」

 可能な限り大声で叫ぶ。
 しかし小鳥さんは未だ夢見心地。何だか俺を押し込む力が強くなったとさえ感じる。
 腕の力がもうすぐ尽きる……も、もうダメだ。
 上半身を全て飲み込まれ、目の前では口蓋垂が大層ご機嫌そうに左右に震えていた。

「あーーーむっ、くちゅっ……くちゅっ……」

 プックリとした唇が俺の股間を食む。暴力的な快感が一気にせり上がり、あっという間に鼻息が荒くなってしまった。
 口の中に囚われた上半身はアイスキャンディーのように舐め尽くされ、寝間着共々唾液まみれだ。
 唾液の泡が潰れる『くちゅっ』という音が、なんだか性行為を想起させて余計に生々しい雰囲気を醸し出している。

「着替えよっか」

 小鳥さんの狸寝入りがわかったのは口内から解放された後、一切の驚き無くそう言われた時だった。

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「今はもう、何なの?」
「え? あっ、さっきの続きか」
「うん」

 服を脱がされ、温水で身体を洗われている最中、小鳥さんから先程の話の続きを申し出てきた。
 ここはもう、正直に言ってしまおう。

「今はもう、このままでもいいじゃんとか思ってしまった。でも迷惑もかけられないから」
「そ、わかったよ」
「わかったって……」
「いいんじゃない? このままでも。小人さんがそれでもいいって言うならさ」
「でも、小鳥さんや烏丸さんに迷惑かけるし」
「このくらい別にどうってことないよ」

 どうしよう。普通に受け入れられてしまいそうだ。

「なんか最初はさっさと出ていって、くらいの感じだったから」
「気が変わったの。もちろん小人さんが元に戻ってイラストレーターの仕事に復帰したいなら何でもするし、元の大きさに戻った後も手助け出来る事があるならやるよ」
「なんでそんな……」
「気が変わったの。二度も言わせないで」
「……ありがとう」
「感謝される事じゃないよ。私なりの罪滅ぼしだと思ってね。こんなんで滅ぼせないとは思うけど」

 小鳥さんは俺の想像以上に、小人にしてしまった事を申し訳なく思っているようだ。
 俺からしたら、あの時よりも楽しくやらせてもらってる分、逆に感謝してもいいくらいなのに。
 時々エッチな事もしたりして……。

「顔。鼻の下伸びてるよ。エッチな事考えてるでしょ」

 小鳥さんのエスパーは相変わらずだった。
 困り眉で苦笑する小鳥さんの顔が、どこか愛おしく感じた。

「小鳥さんはさ、将来何したいとかあるの?」
「私?」

 一瞬怪訝な顔をした後、自分で気付いたのかすぐに取り繕うと、小鳥さんはしばらくの間無言で俺の身体の同じ箇所をずっと揉み洗いしていた。
 それが乳首の辺りだったので、つい『あふん』という声が漏れてしまったが、思索顔の小鳥さんに突っ込まれることは無かった。

「あんまり考えたことないかな」
「小鳥さんなら何でも出来そうだけどね」
「そうだろうね。でもやる気がなきゃダメだよ」

 寂しそうにそう漏らす小鳥さんを見て、胸の辺りがズキンと傷んだ。
 才能にも恵まれ、物質的にも恵まれている筈なのに、夢を持てない小鳥さんの姿はとても物悲しく映った。
 俺の洗浄を終え、部屋へと戻ると、小鳥さんは俺の着替えを取りに行くと言って俺を一人ベッドに残し、クローゼットの中へ消えた。

「じゃじゃーん。ほら見て、サメパジャマ。私とおそろいだね」
「おー、これも自分で作ったの?」
「うん、中々の出来だと思わない? この頭の所のサメの頭みたいなフードが大変だったんだよ」

 上下一体となったサメパジャマは、頭部の着脱式フードには牙と赤い裏地が縫い付けられており、背びれや尻尾の模様があしらわれていた。
 ミニサイズで作るのはかなり精密な作業が必要だったろうに。

「これは前に絵を描いてくれたお礼だよ。今度からこれも着てね。でないと大きなサメが小人さんを食べちゃうよ」
「もちろん着させてもらうよ。今さっそく」

 小鳥さんからの評判は上々だった。
 ノリで披露したハンマーヘッドシャークのモノマネの評判はいまいちだった。

「こういうの仕事にしてみるのはどうなの?」
「服作るの?」
「そうそう。才能あるって。しかも小鳥さんは普通サイズだけじゃなくて人形サイズのも作れるんだから、色々と幅広く仕事出来そう」
「うーーーーん……これは趣味だからなぁ。趣味は仕事にすると辛いって……あっ、ごめん、小人さんの事言ってるんじゃないんだけど」
「俺が仕事を辞めたのはまた別の理由で、趣味だった絵を仕事にした事は後悔してないよ」

 少しだけ見栄を張った。

「そっか……ちょっと考えてみる。ありがと、小人さん。そろそろ寝よっか」

 そう言って、人差し指で俺の頭を擦ると、こちらを向いたまま小鳥さんは目を閉じた。
 改めて間近で見ると、本当に目鼻立ちの整ったきれいな顔をしている。
 こんなに可愛ければアイドルでも何でも出来るだろう。
 頭もいいから、バリバリのキャリアウーマンだってなれる。
 俺が絵を描くためにあんなにしてくれたんだ、思いやりのある本当にいい子じゃないか。
 この身体では出来ることは限られているけど、俺だって何か恩返しをしたいと、そう思った。

「…………んー」

 小鳥さんの寝言だ。
 さすがに今回は演技じゃないだろう。

「いかないで……」
「ん……?」

 悲しそうな声に、思わずハッとなる。
 眠る小鳥さんの目から、涙が一筋こぼれ落ちていた。
 もしかして小鳥さんは、夜な夜なこうして枕を濡らしていたのだろうか。

「やだ……いやだ……」

 涙が止まらない。
 こんな時、小さい俺に何が出来るのか、そう考える前に身体が動いていた。
 枕をよじ登り、髪の毛を踏まないようにゆっくりと前進して、小鳥さんの頭頂部の所まで来れた。

「せめていい夢見れればいいけど」

 自分の小さな手で小鳥さんの頭に触れ、ゆっくりと左右に動かす。
 子供の頃、寂しさで泣く心の事をなだめる為に、よくこうしていた。

「…………」

 やがて寝言が止まり、俺もその場を後にした。
 振り返ると、小鳥さんは寝返りを打ったのか、こちらに後頭部を向けて眠っていた。
 俺も寝るか……。

「……」
「……」

 背中に刺すような視線を感じる。

「…………小人さん起きてるでしょ」
「……ごめん、起こしちゃった?」
「私、何か言ってた?」
「…………手がー! とか言ってたから、怖くないぞって応援してたよ」
「ふーん……そっか。小人さんのくせに生意気だね。罰としてお布団の中に入りなさい。揉みくちゃにしてあげるよ」
「因果関係がわからな……むぐっ!?」

 グルンと回転してこちらを向いた小鳥さんは、爛々と目を輝かせながら俺を乱暴に掴むと、そのまま布団の中へと引きずり込んだ。

「悪い子は私が躾けてあげるよ」

 脇に放り込まれ、俺の全身は難なく飲み込まれてしまう。
 寝汗でムワッと蒸れた小鳥さんの脇下は、サウナのような蒸し暑さだ。
 段々と体温が上昇していくのを感じる。

「暑いなぁ。ねぇ小人さん、私の脇の汗を舐め取ってよ。半袖だからそのまま入れるでしょ」

 服越しでもキツかったのに、さらに奥に入っていくよう要求されてしまった。
 薄手のシャツの袖をめくって這うように進むと、小鳥さんの二の腕に頭から突っ込み、プニッという感触と共に押し返された。

「んぅっ」

 程よい触り心地に、俺は無意識にそのマシュマロのような二の腕へと全身をダイブさせた。
 ムニュッという効果音が付けられそうなほど身体がめり込む。小鳥さんの素肌の体温が伝わってくる。

「私の二の腕がプニプニだと言いたげだね。そんなに気に入ったんなら、これからずっと腋の下に挟んでよっか?」
「それでも……いい」
「いいんかい。ダメだよ。今の小人さんはずっと挟んでいるには大きいよ。もっと小さくならないと。私の肌の上で住めるくらい、微生物にしないとね」
「それも……いいかも……」
「キモ……」

 二の腕をたっぷり堪能した後、ようやく腋の下に顔を向けた。
 毛はしっかりと処理されており、手で触れるとピンと張った脇の皮に付いた汗でツルリと滑る。
 早速ひと舐め。結構酸っぱい。
 ここもご多分に漏れず蒸し暑く、寝汗はぬるま湯のように感じられた。
 もう一舐め。自分の顔4つ分くらいある広大な腋を全てキレイに舐め取るのは骨が折れそうだ。

「女の子の腋の下舐めて喜んでるなんて、ド変態過ぎてもうお外に出せないね。ここで閉じ込めちゃおうか」

 ギュッと腋を固められ左右に擦り付けられると、意図してか無意識か、肋骨が丁度良くコリコリと俺の身体を揉みしだいた。
 角オナのような格好で股間の陰茎が弄ばれる。
 手も口も胸も、何も使っていない。ただ腋に挟まれ擦られているだけ。
 ただそれだけで全身に快感が走り、股間へと集まっていく。

「また洗ってあげるから、そこで出しちゃいなよ、変態。腋に挟まれながら肋骨におちんちん擦り付けて、気持ち良くなってるこのド変態。いつも女の子見て腰振って、白いのピュッピュって出す事しか考えてない低次元の小人さんは、一生私の身体に興奮して、情けな~く射精していればいいんだよ。その、摘んだらすぐにプチッと潰せちゃいそうな頼りない精液タンクが空になるまで、私が搾り取ってあげる。私が居なきゃ何も出来ない、小さくて弱っちいコバンザメさん?」

 小鳥さんの怒涛の言葉責めが最後のトリガーとなり、なんとかせき止めていた情欲が爆発し、小鳥さんの腋の下にぶちまけた。

「出したら早く出る」

 俺が射精したのを確かめるや否や、俺を布団からつまみ出すと、腋に付着した白濁を指先で拭き取り、これみよがしに見せつけた後、大きな舌で舐め取ってしまった。

「たったこれっぽっちじゃ、子供も出来やしないよ」
「生まれても、小人のまま生まれそうだ」
「いや違うね。普通のサイズの赤ちゃんにのしかかられて窒息しちゃうんだよ」

 その後、小鳥さんがティッシュで俺の身体を拭いてくれたのだが、またしても股間を集中攻撃してきた為、拭くそばからまた汚してしまうのであった。

「ありがとう、小鳥さ……」
「…………」

 寝てる。俺の身体を優しく握ったまま。今度こそ本当に深い眠りのようだ。
 俺は今日、世界で初めて女の子の手を布団にして眠る事になった。
 それにしても、あの小鳥さんの寝言は本当に寝言だったのだろうか。

『いかないで……』
『やだ……いやだ……』

 寝言なのだとしたら、それはもしかしたら、離れ離れになった親御さんや兄に向けての言葉だったのかなと、ふと思った。

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 翌朝。

「朝起きたら手の中で夢精されてる人の気持ち考えたことある? これは後でしっかりとお仕置きしなきゃね……」

 無実だ。