● 19話:小人の人生ゲーム

「ごきげんよう、小人さん」
「ん?」

 扉を叩く音と、お嬢様然とした挨拶の声。
 来客が到着したようだ。

「今日は面白い物を作ってきたので、小鳥ちゃんと三人で遊びましょ? 自信作ですよ」

 今日は休日。暇を持て余していると言って、七海さんが小鳥さんの家に遊びに来ていた。
 そして何やら不穏な物を作ったらしいので、俺も参加して欲しいという事らしい。
 ゲームというと、あのツイスターゲームの事を思い出す。
 俺と小鳥さんの初めての戯れだ。あの時は普通に死ぬかと思った。

「僕の事焦らすなんて、悪い小人さんですね……怖いことはまだしませんから、出てきて下さいよう。ね、早く、早く」
「ちょちょ待って」

 ガタガタと揺れる俺の住処。
 やたら急かしてくるなぁ、と呟きながら扉を開けると、七海さんが目の前で正座しながら待ちわびたという表情をしていた。
 あ、今日は制服じゃなくて、私服なのか……というか。

「随分雰囲気変わったな」
「でしょー? 小人さんがお嬢様属性を期待してたみたいだったから、イメチェンしてみました。どうです? それっぽいでしょ?」

 ポニーテールが解かれ、毛先が若干ウェーブしたセミロングの髪は、以前の快活な印象はナリを潜め、俺の想像するお嬢様像にだいぶ近づいていた。
 元々、小顔・タレ目の『どこか守ってあげたい感』のある顔だ。それに加えてこの髪型は、かなり完成度が高かった。
 何より私服だ。制服もいいが、この私服が凄まじくフェミニンだった。
 小鳥さんがラフな部屋着だったからか、余計にそう感じる。
 大胆に肩を出した白いブラウスに、膝をギリギリ隠さない長さの薄桃色のフレアスカート。
 デートスポットに立っていれば、誰もが声をかけそうな可憐な姿に、俺はこの子が元男子だという事を完全に忘れ、思わず心の声が口をついて出てきた。

「か、可愛い……」
「良かった、気に入ってもらえたみたいですね。あ、スカートの中入りたいですか? いいですよ、ほら」
「うおわっ!?」

 突然足を崩して、垂れ幕のように秘部を隠していたスカートを持ち上げるものだから、下着が丸見えだった。
 グイグイと近づけられる太ももの内側には小さなホクロが一つ。
 あとは産毛すら処理されているようなスベスベの肌が広がっていた。

「恥ずかしがり屋ですなぁ、もー。ツンツン、小突いてあげます」

 目を背ける俺の背中が、七海さんの細い指によってズンズンと叩かれる。
 足を踏ん張ってないと倒れそうな威力だった。

「元々男同士、そんな耳まで赤くしなくたっていいじゃないですか……ね、小人さん♪」

 七海さんの大きな顔がズイッと俺の横に降り、そんな呟きを投げかけてきた。
 半分閉じられた流し目は、完全に女豹のそれだ。

「今日は僕といーーーっぱい遊びましょうね。小鳥ちゃんの独り占めにはさせないですよ。なんせ、家に帰ってから沢山勉強したんですから、ふー、ふー」

 七海さんの息が耳の中に入り、足から頭にかけてゾワリとした感触が駆け抜けた。
 それを好機と見たのか、七海さんは俺の股間に指を近づけて……。

「何してんの」
「なにもぉ?」
「…………」

 即座に姿勢を正して、何事も無かったかのように口笛を吹く七海さん。
 怪訝な表情で見下ろす小鳥さんの表情は、久しぶりにマジものの威圧感を放っていた。

「な に し て た の ?」
「え、エッチな触り合いを少々……」
「なんだ、そんな事」
「「そんな事!?」」
「お人形遊びでしょ? 女の子なら誰でもする事だよ。別に気にしない」

 気にしないと言う割には、小鳥さんの威圧感が消える事は無く、むしろ増したように見えたのは気のせいではないだろう。

「そんな事より、ほらこれ、早くやるよ。私達が小人さんの為に作った小人版の人生ゲームをね」
「小人版の人生ゲームだって?」
「あたしが説明しますね」

 七海さんが言うには、コマは3つで俺の場合は俺自身がコマらしい。
 そして俺は小人役のコマ、2人は10倍サイズの巨人役のコマで、ルーレットを回して出た数字分、マスを進んでいくようだ。
 ここからが小人版の特殊ルールで、この人生ゲームの目的は小人と巨人で2種類ある。
 小人は街の中心から出発し、巨人に見つからずにゴールまで逃げ切れば勝ち、巨人は街の外周からスタートし、小人の隠れ場所であるビルを破壊したりして小人を見つけ、捕まえたままゴールに行けば勝ち。
 また、それぞれのマスでは小人側・巨人側それぞれに有利なイベントがあり、それによって小人側が隠れやすくなったり、逆に見つかりやすくなったりするらしい。
 一度巨人に捕まっても、マスによっては小人が逃げられる救済措置もあるらしい。
 他にも、例えばルーレットは巨人用と小人用で異なり、巨人は小人の3倍進むとか、隠密値や捜索値、ビルの耐久値等パラメーターの概念があるとか、巨人同士の争いイベントがあったりとか、何というかもはや別ゲームになっている。
 それにしても、こんな代物をここ数日で作り上げたのは、さすがは優等生コンビと言うべきか。

「君らやっぱり頭良いんだな」
「小人さんの小さい脳じゃこんなの作れないよねぇ、うりうり、その頭をもっと小さくしてあげよっか?」

 小鳥さんは邪悪な笑顔を浮かべながら、親指と人差指で俺の頭を掴み、万力のように締め付けた。
 プニッとした指の肉に頭が食い込む。
 そのまま小鳥さんの指は、俺の身体を舐めるように下へとスライドし、股間部に達した所で七海さんの静止が入った。
 それで辞める小鳥さんでは無かったので、結局その場で小刻みに揉みしだかれて勃起してしまったのだが、それはまた別の話。
 さぁ、ゲームスタートだ!

「それじゃ広げるよ。小人さん、七海、ちょっとどいててね」
「あたしも手伝うよー」

 何重にも折られたそれは、広げるとブルーシートくらいの広大なフィールドへと変貌を遂げた。
 俺にとっては学校のプール……そう、この前のツイスターゲームと同じ大きさくらいだ。
 何枚もの紙をつなぎ合わせて作られており、マス目や背景の街並みが綺麗に印刷されていて、かなり手の込んだ物だという事が伺える。

「本当は小人さんより大きいビルとか置きたかったんですけどね~、運ぶのとか手間で」
「いやいや、これでも十分手間でしょ。一体何が君らをそこまで突き動かしてるんだ……」
「そりゃあ……」
「小人さんをイジメる為に決まってるじゃん」

 さもこの世の真理かのように言いながら、小鳥さんは俺というコマを真ん中の『小人スタート』と手書きされたマスに置いた。

「ちなみに、普通にゲームやるんじゃつまらないから、リアルの行動を交えたイベントマスも用意してるよ。楽しみだね、小人さん?」
「あ、あぁ……そうね」

 2人のコマを外周の端と端に置き、ついにゲームが始まる。
 じゃんけんにより、ルーレットを回す順番は小鳥さん、俺、七海さんになった。

「18だね」

 巨人は小人の3倍進む。小人の最大値は6なので、巨人は18。
 18マス進んだとしても、一番外側は100マスあるので、先は長い。
 フィールドが広いので、コマを動かすのも一苦労だ。
 1、2、3と数えながら、四つん這いになってコマを進める巨大な小鳥さんの様子は、俺の視点からはまさに巨人から隠れる小人さながらの感覚だった。
 そんな俺の視線に感づいたのか、コマを進める途中で小鳥さんが真ん中に立つ俺の方を顔を向けた。

「うーん、どこに居るのかなー、小人さーん? 大きくなりすぎて、ただでさえ小さい小人さんがもう豆粒だよ」

 半笑いで俺を探すフリをする小鳥さん。
 彼女なりにゲームを盛り上げようとしているのかもしれない。

「17、18っと。さて、何かなー……あっ」

 俺からは遠すぎて見えないが、何か面白そうなマスに止まったらしい。
 ニヤリと暗黒微笑を浮かべる小鳥さんの顔が、それを如実に物語っていた。

「不穏しかない」

 七海さんも敏感に感じ取ったらしい。

「さらに10倍に巨大化する、だってさ。えーっと、攻撃力が上昇して……」

 早速チートじみた内容のマスを引き当ててしまったようだったが、内容は案外バランスが取れていた。
 小鳥さんは100倍もの大巨人へと姿を変え、敵の巨人である七海さんとの戦闘も有利に進められるようになったが、逆に大きくなりすぎて捜索値が若干減ったようだ。

「小人さん、もう10分の1小さくなれないかな。その方が臨場感あるよ」
「命の危険しか無いから!」

 ただでさえ今の体格差でも少しじゃれ合っただけで骨折必至なのに、さらに10分の1になって踏み潰されでもしたら、文字通り床のシミにされてしまう。

「それじゃ次は俺の番だな。ルーレットは……」
「はい、小人さん。これですよ」

 七海さんが近づいてきて、俺の目の前にルーレットを置いてくれた。
 2人が使っているのよりは少し小さいサイズだが、俺にとっては大きめの井戸くらい。
 回し方を試行錯誤していると、七海さんが見下ろしながら笑いかけているのに気付く。

「回せないんですかぁ? 小人さぁん」

 その言葉を聞いた途端、耳が急速に赤くなり、頭全体が熱を帯びた。
 もし俺が普通のサイズだったら、そのまま押し倒してしまうくらいの、教科書のようなメスガキムーブ。
 元々男だからなのか、七海さんは男にウケるポイントを完璧に理解しているようだ。

「あのーーーーーーーー、早くして欲しいんだけど」
「「はっ!?」」

 いつしか見つめ合っていた俺達は、小鳥さんの声でハッと我に返り、同時に声をあげた。
 急いでルーレットに手をかけて勢いよく回したので、少し空回りしてしまったようで、ルーレットは少し動いただけでプラスチックの針に行く手を阻まれていた。

「あはは……」
「1じゃーん。小人さん情けなーい」

 七海さんの苦笑いと、小鳥さんのメスガキ風煽りが左右から襲いかかる。
 トボトボと1マス進み、マスに書いている内容を確認したのだが……。

「イベントマス」
「お、早速出ましたね。さぁ、このカードの中からイベントを選んでくださいな」

 七海さんが指差す方には20枚のカードが床に伏せられていた。
 一体どんな内容のイベントがあるのやら……二人して膝立ちで覗き込んでくるので、前門の虎、後門の狼状態だった。

「じゃあこれで」
「小人さん、自分で開くんだよ」
「あれれー? まさか、カード一枚ひっくり返せないんですかぁ? そりゃあ、そんな細い腕じゃ持ち上げられないですよねぇ」

 か細い枝のような俺の腕を指先で摘み、クイクイと持ち上げて非力さを自覚させられる。
 勉強したかいあってか、小鳥さんにも負けず劣らずの言葉選びになっていた。
 清楚な見た目になったからか、余計にグッとくるものがある。

「お願いしてくれたら、あたしが開いてあげてもいいですよ」
「小人さん、私にしておきなよ。後で怖いよ」

 二人は威圧感を放ちながら究極の選択を迫ってきた。
 既に二人とも俺の頭上に足をセットしている。

「ちょっと七海。小人さんを踏んづけて良いのは私だけなんだけど」
「そんなわけ無いじゃんバカなの? ねぇ、小人さんもそう思いますよね?」

 足同士が頭上で小競り合いを始めてしまった。
 腰に手を当て、グラグラと揺れながら蹴り合う二人の巨人の姿は、北欧神話に伝わるラグナロク、まさに神々の戦いだ。
 それにしてもスラリと伸びる生足がどちらも美しい……小鳥さんの細い脚もいいが、七海さんの若干肉付きの良い方も捨てがたい。

「見すぎだよ」
「えっち」
「ごめんなさい……」

 選んだカードをよっこらしょと持ち上げひっくり返すと、そこには達筆でこう書かれていた。

「七海の胸の谷間でオナニーして射精する……」
「おー、SSRきたー!」
「何がSSRだよ。ちょっと胸が大きいからって調子に乗っちゃって」
「小人さん……いいよ……来て? んっ……しょ」

 七海さんは横に寝そべってわざとらしいエロポーズを取ると、ブラウスの裾を少しづつ持ち上げながら俺を手招きした。
 背中を反らせてスカートと同じ薄桃色のブラジャーのホックを外すと、元男子とはとても思えないガスタンクのような乳房が顕となり、俺は無意識にゴクリと息を呑む。

「えーっと……それで本当にこれを今リアルでやるって事?」
「その通りですよ、小人さん。ほら、早く登ってきて谷間に入って下さいな」

 七海さんは仰向けに寝転がり、上半身を丸裸にして既に準備完了。
 左右に身震いすると、七海さんの乳房はまるでプリンのようにグニャグニャと形を変えながら揺れていた。
 まだ初々しいピンクパールのような乳首が、山頂で輝いている。

 俺の方に伸ばした腕を伝って登っていけという事らしいので、毎度のように一礼してから身体の上にお邪魔した。
 ただこの腕の橋、プニプニしていて非常に渡りづらいのが難点で、ツルッと滑り落ちてしまう。
 その時、七海さんの腕の肌も引きずるように落ちたから痛かったらしく、『んぎゃ!』と言う悲鳴をあげていた。

「ところでこのイベントを考えたのは……」
「あたしです!」
「やっぱり!」

 俺がしがみついている右腕の方にぐるっと高速でキメ顔を向け、七海さんは高らかに変態宣言をした。
 ようやく辿り着いた胸の谷間へ恐る恐る身体を入れていく。
 この子はちょっと何をするかわからないから、少しだけ怖いのだ。

「男の人がオナニーする姿見たこと無いから楽しみですよ、小人さん。面白い物見せてくださいね♪」

 白々しいセリフ。
 いや、もしかしたら本当に赤飯炊く前に去勢したのかもしれないのか。

「あっ、もうちょっとイジワルな口調にした方がいいですよね。ほら、早く脱ぐ。脳が小さくなったらそんな事も出来なくなっちゃうんですかぁ?」

 そんなメスガキ風のセリフを浴びせかけてくる。こっちだってやろうとしているが、中々出来ない。
 というのも、乳房のプレスがきつすぎて、思うように身体が動かせないのだ。
 加えて、七海さんの体温や肌触りが直に伝わってきて、非常によろしくない。
 とても作り物とは思えない豊満なおっぱいに挟まれながら、しまいには甘いミルクの香りすらしてくる。
 これじゃ自慰行為をする前に果ててしまいそうだ。

「まさかここで挟まれて身動き出来ないんですか? 女の子のおっぱいの中で動けなくなるって、虫か何かじゃないですか」

 パッと七海さんが手を離すと、乳房は重力に従って形を変え、俺の身柄も解放となった。
 もう既にグッタリだが、俺の股間だけは元気いっぱいのようで、ズボンがテントのようになっている。
 それを見逃す七海さんではなかった。

「ん~? ねぇねぇ小人さん、ズボン脱いでそれを見せて下さいな」

 重い腰をあげ、寝たままの状態でなんとかズボンをずり下げると、ピンと張り詰めた陰茎が姿を現した。

「うーわ、ちっさ。小人さんこれ勃起してますか? だって見て下さい、あたしの指よりも小さいですよ?」
「し、してるよ……」
「え~、あたしもっと大きいの知ってますよ。小人さんって平均以下だったんですねぇ。ほらこうやって指で摘んで、潰せちゃうよ?」
「……!」

 指で亀頭をこねくり回しつつ、爪で裏筋を引っ掻いてきた。
 これは紛れもなく、ここが『急所』だと知っている動きだ。
 興奮の信号が股間から脳へと光の速さで伝わり、さらに怒張が増す。
 少し痛い。血管がこれでもかと浮き出て、赤から紫になりそうだ。息も荒くなってきた。

「なんでもっと大きいの知ってるの」
「…………親」
「あぁそう」

 小鳥さんと七海さんが話しているのを尻目に、俺の勃起は収まることを知らない。
 そもそもが、元男子とは言え今は立派な女の子の身体の上で寝ているという事自体が既にやばい。

「まぁ冗談はさておき。小人さん。ほら、オナニーしてください? どうやってやるのか、興味あります」

 もうパンパンになっているのに自慰行為も何も無いが、仕方ない。
 いつものように左手を添えて……。

「へー、利き手と逆なんですねぇ」
「……」

 気を取り直して、傘裏の所を持ち上げるようにピストン運動を繰り返す。

「どっちをおかずにしてるんですか? 小鳥ちゃん? それともあたしですか?」
「…………」

 気にしない。気にしない。
 しかし生々しい話を振られた事で、脳が思考を始めてしまう。
 冷静に考えると恥ずかしくなってきた。
 小さくなって女の子の胸の谷間に挟まって、衆人環視の中で公開オナニー。
 矮小な身である事以上の惨めさを突きつけられている。
 目の前には心底ドン引きの表情の小鳥さん。上を見れば七海さんの愉快そうな顔。

「その顔はどっちもって感じかな。節操ないですねぇ」

 七海さんが胸を揉めば、俺の小さな身体は容易にその軟体生物に飲み込まれ、濃厚な香りが鼻孔に飛び込んでくる。
 乳房はスライムのような柔軟さで俺の股間まで入り込み、俺の手なんかよりも遥かに強い力で重圧をかけてきた。
 股間だけではない。上半身も顔も脚も、再び牢獄に閉じ込められた。
 息すらおぼつかない。それでも左手は狂ったように動き続ける。
 みっともない。まるで野生生物か何かだ。

「まぁ別にどっちでもいいですけどね。はやく出すもの出して、次行きましょ。出してあげま……って」
「うぅっ!」

 言われるまでもなく、もう出していた。

「あははっ、オナニーする前からもう元気でしたもんねー。でも、いっぱい恥ずかしい思いしてくれたんで、合格にしてあげます」
「はぁっ、はぁっ……」

 肩で息をしているので、返事どころではない。
 なんとなく予想はしていたが、このゲームは小さい俺を使って全力で辱める為の物らしい。
 とほほ。

「それじゃ次はあたしが……6! 1、2、3……えーっと、あらら、またイベントマス引いちゃいましたよー、小人さぁん」

 まるで仕組まれたかのようにイベントマスを引き当てた七海さんは、意気揚々とカードをめくる。

「小人さんとー、キ、ス♪」
「キ、キス!?」
「……」
「……ふふっ、あのねー、小人さん。このカード作ったの、誰だと思います? この文字、どっちの文字だー?」
「…………」

 白いカードにマジックペンで書かれたその文字は、いわゆる女の子ぽい丸っこいフォルムで『小人さんとキス』と書かれていた。
 二人の文字を見たこと無いから全然わからないが、七海さんが元男だというなら……。

「もしかして小鳥さん?」
「大正解! あれれー、小鳥ちゃんはぁ、小人さんとぉ、キスしたかったんでちゅかー???」

 小鳥さんは珍しく耳まで赤くして、何も言わずに目を逸らしながら無言を貫いていたが、弁解を思いついたのか、七海さんではなく俺をキッと睨んで口を開いた。

「あのね。勘違いしないで欲しいんだけど、私は別にいつでもどこでもチュッチュしちゃいたくなるような節操無し女じゃないし、ましてや小人さんに欲情してるわけでもないから。これはキスと見せかけて、口の中に含んでアメみたいに舐め回すっていうイジり方を応用して、時々齒を立てて怖がらせたり、舌でビンタしたり色々してやろうって考えただけで、一切の他意は無いから。勘違いしないで」
「「わかったわかった」」
「ふんっ、もういいからさっさとやれば? その代わり今言ったのはやっちゃダメだから。私が今特許取ったから」
「えー」

 小学生みたいな物言いをぶちまけ、小鳥さんは事実上の敗北宣言をした。

「それじゃあ……どうしましょっか」

 吐息が直接かかるほどの近さで俺の真横に寝転び、少し湿度高めの小声。
 目の前でプルンと動く真珠色の二枚貝。
 ウェーブのかかった濡羽色の髪が、くたびれたカーペットのように床に垂れている。
 踏まないよう、四つん這いになってかき分けながら進むと、律儀だと笑われた。

「いっそ普通にキスしちゃいましょっか、小人さん。ほら、届きます? 指に乗ってもいいですよ」

 指先でトントンと床を叩き、踏み台にするよう呼びかけられる。
 今までもっとどぎつい事はいくらでもやられてきたが、面と向かってキスは恥ずかしい。
 しかも相手は元男の子。余計に気恥ずかしい。
 しかし七海さんは目を閉じて、本気の構えだ。

「じゃ、じゃあ失礼して……」
「はい、どうぞ」

 唇に近づくと、俺の顔面よりも大きかった。
 少し触れて済ませようと、かかとを持ち上げて口づけをしようとしたその瞬間。
 薄目を開き、口角を上げて微笑、そして。

「……ふーっ!」
「おわっ、ちょっと、それはやば……!?」

 突風が俺の身体を吹き飛ばし、仰向けのまま後ろへ倒れていく。
 あまりに突然の事に受け身すら取る事も出来ない。
 あわや後頭部強打で気絶かと思いきや、何か柔らかい壁に受け止められ、大事には至らなかったようだ。

「びっくりしましたか?」

 横たわる七海さんの大きな顔は全く驚いた様子も無く、微笑を崩さぬまま俺の慌てふためきを眺めていた。
 それもそのはず。この突風は七海さん自身が口をすぼめて吐いた息だったからだ。

「あ、危ないだろ……」
「女の子の息程度で吹き飛んじゃうのがいけないんですよぉ。キスする前にちょっとしたイタズラくらい、するでしょ? あたしなりの雰囲気作りって事で」
「あのまま倒れてたら最悪死んでたんだぞ」
「そんなに怒らないで下さいよ。ちゃんと受け止める準備してからやったんですから。そこまでイジワルじゃあないですって。よしよし、怖かったですね」

 指先で撫でられるが、俺からしたらキングサイズベッドを上から叩きつけられているような気分だ。
 わざとちょっと強めにやってるみたいだ。

「はい、それじゃさっさとキスキス。んっ」
「わっぷ! だから急にやるなって……」

 こうして七海さんとの初めてのキスは、流れ作業の如く終わり、呆れ返って寝転がりながらスマホを弄っていた小鳥さんの順番が回ってきた。

「18」
「小鳥ちゃん廊下とか歩く時、やたら速歩きって噂されてるの知ってる?」
「知ってるよ。それが何か?」
「すごろくでも性格って出るんだなって」
「うるさいよ」

 その後、小鳥さんはあっという間に1番目のリングを回り切り、2番目のリングに到達した。
 その間、何かに妨害されているのではないかという程イベントマスを回避し続けていたが、それに小鳥さんは明らかにつまらなさを感じているようだった。

「7、8、9……まーたイベントマスだ。あたしやっぱり愛されてるんですかねぇ、神様とかに。どう思います? 小人さん」

 今度は七海さんと腕相撲をする事になった。
 俺は両腕、七海さんは人差し指。
 文字面だけ見たら俺何やってんだというこの勝負だが、実際はもっとハンデが欲しい所だ。俺が。

「それじゃ、ここまで下がったら小人さんの負け。逆にここまで押し返したらあたしの負け」

 太さ15cmの指が目の前にかざされる。
 直径だけみれば、サッカーボールよりも小さいくらいの大きさ。

「……」
「早くやりましょ」
「いや……届かないけど」

 俺が手をつけようとしたら、七海さんの指はスッと持ち上げられ、手の届かない場所でクネクネとしていた。

「不戦敗になっちゃいますけど? 敵前逃亡はいっちばん惨めですよ~、ざ~こ、ざ~~~こ♪」
「くっ……ふんっ……!」

 ジャンプすればギリギリ届く位置まで降りてきた指にタッチしようとしても、すぐ引っ込められてしまう。
 そんな風にピョンピョン飛び跳ねる俺の姿が滑稽に映ったようで、七海さんも小鳥さんもクスクスと笑っていた。

「それじゃスタート! ドーン!」

 開幕早々腹部に不意打ちを食らったが、何とか受け止め、その場に踏みとどまる事が出来た。

「あれ、結構鍛えてます? やるじゃないですかぁ、小人さぁん。でもね……」

 最初こそ互角の勝負を演出していた七海さんだったが、飽きたのかそのまま俺を突き上げると、落ちないように指に絡みつく俺をじっと眺めてくる。

「可愛い事してくれるじゃないですか」

 あの時豹変した姿を彷彿とさせるような、邪悪な笑み。
 同じ人間に向ける顔ではない、明らかに下位の存在を見下す表情。
 演技かどうか、結局今もわからない。

「このまま落としてあげようか?」
「や、やめっ……」

 脳に血が上る。
 指に絡まったまま、逆さ吊りにされているようだ。
 眼下に広がる床に、俺の落下死体の幻影が見えた気すらした。
 やばい……頭がガンガンしてきた……かも……。

「ちょっと七海。やりすぎ」
「あっ、ごめ……ごめんなさい、小人さん。ちょっとやり過ぎちゃった」
「もう、慣れないことするから。いくら小人さんがイジメられる事に快感を覚える変態だとしても、怪我させちゃダメ。今の七海、ちょっとおかしかったよ」

 ゆっくりと床に降ろされ、仰向けに寝転ばされる。
 深呼吸する内、ぼやけていた視界が少しづつもとに戻ってきた。
 反省顔の七海さんと、『人のこと言えないけどね』と自嘲しながらも七海さんを諭す小鳥さんが見えてくる。

「はいはい、じゃあ気を取り直して私の番だよ」

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 その後も一切イベントマスに止まる事無く、小鳥さんはひたすらステータスを上昇させ、さらに10倍巨大化して1000倍サイズの超巨大娘となっていった。

「ただでっかくなって歩いているだけ……!」
「うるさいよ」

 一方の俺は、逃げる途中で七海さんに見つかってしまい、連行されている最中だ。

「18」
「どんだけ18だすの……あ、あー!!!」
「何、やっとイベントマス?」

 引いたマスは探索マス。
 自分の大きさ・探索値などを元に探索結果が変わる。
 もちろん、自分が大きければ大きいほど、探索値も高い値が求められる。
 そしてもし、探索値が必要値よりも低ければ……。

「私に踏み潰されて、七海も小人さんも死んだね」

 結局七海さんは10倍のままだった為、1000倍サイズの小鳥さんに接近したが最後、俺諸共踏み潰されてしまったようだ。

「「クソゲー!!!」」