● 第2話:死のツイスターゲーム(前編)

「じゃあ小人さん。罰ゲームを始めようか」

 今日から俺の飼い主となった少女『鈴河小鳥」は、腰に手を当て脚を広げ、
仁王立ちをしながらそう宣言した。
 10分の1の小人となった今の俺にとっては、天地が逆転しても逆らえない存在だ。

 現に今も、スカート覗きによるお仕置きを恐れ、少し離れた場所に立っている。
 それでも首を痛める程視線を上に向けなければ、彼女の顔を拝む事すら出来ないのだから、
10倍という大きさは数字以上の絶望感がある。

 今、俺には罰ゲームが3つも待ち構えているようだ。
 その内の1つが早速開始されようとしているのだが、今彼女の足元に敷かれている広大なシートは
俺の知る限りアレしか考えられない。

「見ての通りツイスターゲームだよ。一回はやった事あるでしょ。
 でも、この体格差じゃ勝負にならないと思うから、
 手足が短い小人さんの為に特別ルールでやってあげる」
「特別ルールって……?」
「私は普通にやるよ。右手右足左手左足、それを指示通りにマスに乗せてく。
 指示はベクターにやってもらうから。で、小人さんの番の時は、
 隣のマスに1マスだけ自由に動いていいよ。それが精一杯でしょ」

 もはやゲームとして成り立っているのかというレベルの簡単さに首をかしげていると、
加えてという風に小鳥さんは指を一本立ててこう続けた。

「でもそのかわり、マスから出たら負け。マスの中にさえ居れば動いてもいいし、
 寝転がってもいい。簡単でしょ?」

 有無を言わさないと言わんばかりに、小鳥さんはこちらにグイッと歩を進め、膝立ちになった。
 まるで自分の下着を見せつけようとしているかのような距離感だ。

 ただ彼女もわかってやっているのか、ギリギリ見えるか見えないかのラインを保っていた。
 勿論彼女からしてみれば、何のことは無い行為だろうが、こっちからすると一気に威圧感が増す。
 この感覚は未だに慣れない。

「そ……そうだね」
「言ったね。男に二言はないね。やっぱり無理ですごめんなさい、は通らないから。
 あとわざと負けるのもダメ。勝負は正々堂々、勝つつもりでやらなきゃいけないよ。
 最近の人はそういう負けん気が足りないってお母さんが言ってたから、
 私が小人さんを教育してあげる。私ね、負けるのが一番嫌いなの。わかった?」

 念押しが続く。だが途中から説教じみた話になっていたし、
正直図星な内容だったので驚いた。エスパーか何かだろうか。
 表情はもはや窺い知ることは出来ないが、声の調子からどちらかと言うと
ご機嫌寄りの饒舌であるように感じられた。

「わかりました」
「なんで敬語になってるの。今の私、そんなに怖かった?」
「なんとなく……」
「そ、わかったならいいんだけど。じゃああいつ呼ぶよ。ベクター、来て」
「来たよん」

 早いな。ハクション大◯王か?

「ボクは面白そうなとこには秒で駆けつけるよ。ところでどうしたんだい?
 ペットの飼い方でも教えてほしいのかい?」
「違うよ。今から小人さんとツイスターゲームやるから、審判とゲーム進行して欲しいの」
「ツイスターゲームとは」

 少女説明中。

「はっはーん。なるほどよく分かった。いいよ、付き合ってあげよう」
「話が早いね。それじゃよろしく」

 小鳥さんはゲームを始める為に、膝を持ち上げ、くるりと背を向け、
 ズシンズシンとシートの向こう側へ歩いていったようなので、下に向けていた顔を元に戻した。

 左、右と交互に遠ざかる彼女の脚。シートという大地を踏みしめるたびに、
ビニール素材特有のクシャッという音が鳴り響く。
 靴下は流石に履き替えたのか、裾にレースのついた白い物に変わっていた。

 そしてシートの端まで行ったのにも関わらず、距離感が狂うような感覚がした。
 遠くに立っているのに全く小さくならない。
 そのシンプルな事実が、彼女の巨大さを物語っていた。

 そんな大スペクタクルに、俺は昔見た怪獣映画を思い出した。
 流石にその怪獣の方が、今の彼女よりは大きいが、それを補って余りある迫力が彼女にはあった。

「どう、服。着替えたの。可愛いでしょ?」
「うんうん、かわいいかわいいでヤンス……いてっ、叩くなよ~小鳥~」

 そう言えば全身を無理なく見られるような距離感になったのは初めてだった。
 なるほど、小鳥さんは顔だけでも十分過ぎるくらい整っていたが、スタイルも良い。
 美人というよりは可愛らしいという感じ。

 服も小学生のようなロゴが入ったキャピキャピしているものではなく、
落ち着いたデザインだった。
 薄い黄色のミニスカートで裾には黒いリボン、トップスも長く黒いリボンが胸元で結ばれた
白い長袖のブラウス。
 なるほど、春物の私服を資料で探した時にこんな感じの色合いを見た気がする。
比較的静かな彼女によく似合っている気がする。

 とは言え、この距離でボソボソ言っても聞こえないだろうし、感想を述べなければ
また怒られるかと思ったので、思い切り息を吸い込んだ。

「可愛いよ!!!」
「うん、よく言われる。さっきのとどっちが可愛い?」
「えっ」

 感想が気になったのか、小鳥さんは先程数歩で辿り着いた辺境の地から舞い戻ってきた。
 遠ざかるよりも、近づいてくる方が怖い。
 踏みしだかれていた時の事を思い出してしまうからだ。

 近づくに連れて次第に大きくなる震動と重低音の足音が、
目の前の彼女がもはや自分と同じでは無い存在である事を、
小さい俺の身体に改めて刻みつけた。
 視界からはやがて顔が消え、上半身が消え、下半身のさらに膝下しか見えなくなった。

 それが最終的に白い靴下だけになった時に初めて、彼女が自分の目の前に足を振り下ろし、
あまりの衝撃に尻もちをつかされていた事に気付いた。

「ねぇ、どっちが可愛かったの?」

 答えられない。着替える前、つまり身体を洗ってもらう前の服はまともに見られていないからだ。
 そもそも見えなかったし、例えそのチャンスがあった所で、
女の子の格好をマジマジと観察出来るような精神状態ではなかった。
 記憶を辿ってみて、せいぜい逆光で暗くしか映らなかったスカートの裏地と、
 下着と靴下くらいだ。あとは洗面台で見えた上の……色が曖昧だ。
 主張しない色なのは確かだが、記憶が薄い。きっと別の刺激が強すぎたせいだ。

「飼い主様の事無視しない」
「ぐあっ!」

 腹部に衝撃が走ったと思ったら、身体ごと後ろに吹き飛ばされた。若干の鈍痛が残る。
 キョトンとしたまま起き上がると、彼女はいつの間にか正座し、
右手の人差し指だけをこちらに向けていた。

 状況から察するに、デコピン、この場合は腹部だから腹ピンをされたらしい。
 たかが指一本でこんな事になるとは、なんて破壊力だ。

「素直に、さっきはまともに見えてませんでしたって言えばいいのに、
 まぁいいけど。はいこれ、このピンクのワンピースだよ」
「ごめん……ワンピースだったんだ。スカートだと思ってた」
「いいよ。むしろあんなに揉みくちゃにされてたのに、私の事ジロジロ見てるようだったら、
 ちょっとひいてた。で、どっち?」
「う、うーん……」
「男の人ってやっぱりワンピースの方がいいのかな。それともあざといかな。
 小人さんの意見でいいから聞かせてよ」

 少しだけ照れくさそうにしながら、右手に持ったワンピースを自分の身体に
当てたり外したりを繰り返す小鳥さんの姿は、等身大の少女そのものだった。

「俺は……そうだな。ワンピースの方がいいかも」

 実を言うと、どちらもかわいいというか甲乙つけがたいものだったので、
小鳥さんの意見に乗っかっただけだ。

「ふーん。そうなんだ。じゃあさ、ここで着替えてあげよっか」
「えっ!?」
「嘘だけどね。私の裸でも想像した? 変態小人さん」

 本当に人の心を揺さぶるのが上手な子だ。思わずビルドアップしてしまった。単純だな俺は。

「それじゃそろそろ罰ゲーム始めよっか。ベクター、待たせてごめんね」
「もう待ちくたびれたよ」
「あっ」

 ズシンズシンと再びシートの端、遥か彼方までの大移動をする小鳥さんの横に、
謎の存在が浮かんでいるのを目にし、思わず声を出してしまった。
 まさかあれがベクターという小悪魔なのか。
 そう首をかしげていると、ベクターらしき存在はこちらへ向かって飛んできた。

「そういえば面と向かって話すのは初めてだったかな? ボク、ベクター。可愛い小悪魔ちゃんだよ」

 同じくらいの身長だ。小悪魔というくらいだから、小さいのだろうか。
 グルンと曲がった角に尖った耳、青い肌、銀の髪、赤黒い羽、人を刺せそうな尻尾、
ほぼ面積の無い黒いビキニに、黒光りするホットパンツ姿という見た目。

 一昔、まだ物心ついたばかりの俺の性癖を歪ませかけた神◯万象チョコのアスタ◯ットのようだ。
 腕に巻きつけられている鎖のような物は、俺の中二心を無条件でくすぐった。
 羽ばたかずに浮いているのも、ポイントが高かった。

 あとは手から光弾を発射できたら完璧だ。

「は、はじめまして。俺は」
「小人さんだろ? 前の名前を奪われて、下僕としての新しい名前を貰ったんだからね」
「そんな事……あ、あれ」

 俺の名前が思い出せない。嘘だろ。小悪魔はこんな事まで出来てしまうのか。
また急に寒気がしてきた。

「おめでとう。キミは一生、小鳥の下僕さ。良かったじゃないか。
 あの子、ボクが今まで見てきた中でも抜群に可愛いよ。それに下僕の面倒を良く見るご主人様だ」

 ベクターは、俺の耳元でそう囁いた。
 近づかれただけで体温が2、3℃ほど下がった心地がした。
 その青い手で触れられた耳が冷たくなっていたから、本当に冷気を放っているのかもしれないし、
目を背けていた現実を突きつけられたショックによるものかもしれない。

「それじゃボクも用意するよ。ほら、キミも早くバトルフィールドに立つんだ」
「お、おう……」

 言いたいことだけ言って、小悪魔は遥か上空へと飛び去ってしまった。
 バトルフィールドとは大仰だとは思ったが、いざ端っこの黄色いマスに立ってみると、
それがピッタリの表現だったと言うことに気付かされる。
 国内で出回っているシートの大きさは大体130cm×160cm。
 俺が寝転がって、足が少し飛び出る程度の大きさ。

 それが今では13m×16m、ちょっとしたプールくらいの大きさだ。
 マスだけですら、立った自分が簡単に収まってしまう。

「あ、そういえば靴下脱がないと。ねぇ小人さん、私の靴下欲しい?」

 なんてマニアックな質問だ、と驚いていると、答える間もなく小鳥さんは靴下を脱ぎ、
こちらへ放り投げてきた。
 思わず身構えたが、どうやら俺を直接狙っているのではないようだ。
 放物線を描いて靴下が着弾したその先は、俺の左斜め前の緑のマスと、右斜め前の青いマスだった。

「はい、私の靴下で潰されちゃったので、小人さんはそのマスに行くことは出来ないよ」
「えっ?」

 早速のルール追加、さすが最初からやってくれるなと思った。

「あ、でも、どうしても行きたいっていうなら行ってもいいよ。でも1つだけ条件。
 そのマスに居る時は、ずっと靴下の中に入ってて。何があっても」

 救済措置のように告げられたさらなる追加ルールは、かなり倒錯的な要求だった。
 靴下の中に入るなんて、まるでクリスマスのプレゼントのようだ。

 まさか自分が、しかも人の履いていた靴下に入る事になるとは、
当時純粋な気持ちでサンタを楽しみにしていた幼い俺ですら想像出来なかっただろう。

「じゃあルール確認も済んだ所で、ゲームスタートだよ。ベクター」
「はいはい、じゃあまずは先行後攻を」
「いいよ、小人さん先で」
「じゃあどぞ、小人さん」

 謎の追加ルールで両斜め前を潰され、後ろには何も無い。左は袋小路で無駄足、
 右側か前進かだが、正直、この怪しい靴下の側を一刻も早く離れたかった。
 仕方なく、6つ連なる黄色のマスの道を一歩踏み出す。

 彼女はというと『まぁそうなるよね』と苦笑していた。

「じゃあ次私ね。ベクター、ルーレット回して」
「はいよ~、それっと。左足で青だ」
「左足で青ね。よっ……と」

 小鳥さんは控えめに、左足を一歩だけ進めた。まるで将棋の一手目二手目のようだ。
 さて、次の俺の番。迷わず前進。というか、一歩前に出た以上、それしか選択肢が無い。
 微妙に手のひらの上で転がされている感がして、むず痒くなる。

「こっち来たね。ほら、ベクター」
「ほいほい……右足で黄だ」
「右足で黄色。ふーん、そっか、ふふっ。右足で、黄色、だよね?」

 やたら黄色を強調する小鳥さんの顔は、あの時の嗜虐心がにじんでいた。

「それじゃあ……よっと!」
「うわっ!!!」

 小鳥さんが右足を振り上げたかと思ったら、それはまっすぐこちらに向かってきた。
 踏み潰される、そんな予感がして咄嗟に頭を腕で抱え、防御態勢を取った。
 何も意味が無いのに。

 だが、その巨塔は俺の居るマスに来る事は無かった。
 その代わり、俺の頭上を越え、先程まで俺が居たマスに勢いよく振り下ろされた。
 その瞬間、地震もたるやと言わんばかりの揺れが発生した。
 尻もちをついてしまったが、なんとかマスの中には留まる事が出来た。

「おー耐えたね。偉いよ」
「じゃ、じゃあ次は」
「でもね。ここで思い出して欲しいんだ。そもそも何でこの罰ゲームをやる事になったのか」

 突然どうしたんだ。罰ゲームをやる事になったきっかけ。
 それはおそらく、小鳥さんの下着を見たからで……。

 なるほど、そういう事か。今自分が居る場所はどういう場所か。
 後ろに彼女の右足、右前方に左足。彼女の足の間に入れられてしまった状態だ。

「スカートの中覗くだけじゃなくて、スカートの真下入ってきちゃうなんて、
 ちょっと度が過ぎてるんじゃないかなぁ」

 理不尽の極みだ。何も自ら入り込んだ訳じゃない。
 小鳥さんは今の指示に対し、一回目と同じように右足を一歩進めるだけでも良かった。
 それをわざわざ俺を跨ぐように、そして転ばせようとして真後ろに強く振り下ろした。

 そうだ、思い出した。これは普通のフェアプレイが求められるゲームじゃない。
 罰ゲームだ。俺の言い分が通る筈も無い。

「だからさ、早く出ていった方がいいと思うんだよね。私もスカートに下入り込まれちゃったら、
 結構無理な体勢しないと覗かれてるか監視出来ないし、小人さんもあらぬ疑いをかけられたくないでしょ。
 だから、わかってるよね?」

 後ろは彼女の足で塞がれ、前には大きく広げられたスカートという名の禁足地。
 右の青マスに出ても、まだその圏内、つまり左の緑マスしか無いという訳だ。
 そう、自由に動けると言いつつ、最初から俺に選択肢など無かったのだ。

「それでよろしい」
「次、左足で緑」

 終わった。そんな場所、狙い所は1つしか無い。

「ちょっと回転するよ。ほっ……とぉ。うん、いい着地出来た」

 予想通り、隣にやってきた小鳥さんの左足。
 これで左は靴下、右は左足、後ろはスカート圏内、前は行き止まり。いわゆる『詰み』である。

「……困ってる?」
「……困ってる」
「そんなに靴下に入るのが嫌?」
「……出来れば避けたい」
「わかったよ。それじゃあ可哀想な小人さんの為に、1つだけ特別ルールを作ろう」

 また特別ルール。今度はどんな理不尽要求が来るのだろうか。

「誰かが手か足を置いてるマスに、特別に1回だけ動いてもいいよ。
 こっちとしては詰んだからギブアップとか言われるのが一番興ざめだから。
 足元なら、脚があるからスカートの中覗こうと思っても覗けないでしょ?」
「……じゃあ」

 疑いから入っているからか、返事がどうしても一拍遅れる。
 と言っても仕方ない。甘んじて受け入れよう。これは罰ゲームだ。
 勧められるがままに、小鳥さんの左足が鎮座する緑マスに足を踏み入れる。

 流石にマスは殆どが彼女の素足で埋め尽くされていた。
 俺の入る隙間など殆ど無い。半ば足にもたれかかるようにしなければ、落ちてしまう。

「さて、じゃあバトルの始まりだね」