「ホント、ゴミみたいに小さいわね」

 冷たい視線を自身の足元に送り、それ以上に冷ややかな声で呟いた。彼女の名前はカヨコ。ナミの友人で、人間嫌い。というより、他人を自分より下に見る性格のようだ。そんな性格の彼女が何故、あのバカっぽい少女と行動を共にしているのかは謎だが、組織の人間としては非常に優秀で助かっている。

 腕を組み、鮮やかな茶色のふわふわセミロングヘアをいじる。

「私は好きであの方のお世話をしているのですが……」

 悪い笑みを浮かべ、制服のスカート下で暗闇に怯える住宅街に、さらなる追い打ちをかけた。

「労いというのであれば、悪い気はしませんわね」

ズシャァ!!

 靴の重さだけで十分に破壊されてしまう程度の家屋に向かって、力を込めた一踏みを入れる。言葉と共に振り下ろされたそれは、複数の家を巻き込み、滑り止めのシミと化した。

「ローファー越しでは余り感じませんが、何百ものゴミが私の下ではじけ飛んだと思うとゾクゾクしますわね」

 目は相も変わらず冷徹であるが、表情は甘くとろけたような様子を見せた。

「あら、まだ一歩しか足を動かしていないというのに、こんなにも早く玩具がやってくるとは」

 先ほど圧潰した家々よりも、小さなアリのごとき塊がにじり寄る。彼女の言う玩具。それはこの世界が誇る防衛軍の戦車であった。

 隊列を組み、まさに無数のアリのように目の前の目標で固まる。

「ちまちま潰していくのも時間の無駄ですし、そうですねぇ~」

 傍から見れば、困ったような風体である。しかし、彼女のことだ、より屈辱的な遊び方を模索している最中なのだろう。

 何かを思いついたらしく、不気味な笑いを足元の深緑の物体に向ける。

「フフ……どうせ脱ぐ予定でしたし、あなたたちにプレゼントを差し上げます」

 おもむろに靴を脱ぐと、無駄な行為を続ける烏合の衆めがけて、丁寧に落とす。無慈悲に降り注ぐ縦長の塊に、無類の装甲を持つ人類の英知がなすすべなく、下敷きとなる。それだけでなく、二度も巻き起こる、圧倒的質量の衝突に、耐震性能の低い家屋も犠牲となっていた。

「二、三匹逃れたようですね。それではご褒美に、残りは特別な場所に招待してさしあげましょう」

 そう言うと彼女は、慎重に潰さぬように摘みあげ、靴中へと放り込んでいった。

「ウフフ、今日は一日学校で履いていたので蒸れているかもしれませんが、幸せでしょう? 私が戻ってくるまで生き残っていたら踏みつぶして差し上げますわ」

 一言いい残し、今度は雑に靴下を脱ぎ捨てると、胸に手を当てる。すると、今度はまばゆい光が街を襲った。

「それでは、圧倒的な力の差で蹂躙してあげましょうか」

 ゴォォォォ!!

 光が弱まるにつれて、全域に感じたことのないような轟音と揺れが巻き起こる。視界がはっきりとするにつれ、地面の微生物たちは皆もれなく、天高く伸びる肌色の巨塔を目撃することとなった。

「やはり、ゴミどもは1万倍サイズで一気に掃除するのが一番ですね」

 大地に生える灰色の何かに向かって言葉を吐き捨てる。スカートをたくし上げ、足を高く持ち上げると、そのまま特に力を込めることもなく前に下した。

「はぁ~♡ このザラザラした感触がたまりません♡ 怯えて見上げることしかできないなんて、なんてちっぽけなんでしょう」

 またもや、幸せそうな表情で足裏の感触を楽しむ。彼女にとっては、ただ前に足を”置いただけ”である。しかし、一万倍サイズの大きさの足が巻き起こす衝撃波は辺り一帯を粉々に粉砕し、置かれた地点に関しては、先ほどまでの圧潰という表現がかわいく思えるほどの惨状となっていた。

「フフ、このまま普通の散歩で滅ぼしてもいいのですが……折角ですし、いつものアレを楽しむとしましょうか」

 含みのある様子で呟くと、突然その超巨体が宙を舞った。お尻を突き出し、後方に向かって落下していく。街と町を隔てる山を軽々と飛び越えると、隣町へ引き寄せられていった。先ほどまでは、他人事のように轟音を聞いていた彼らにとって、唐突に現れた超巨大隕石は理解できるものではなかった。

 当然のことだ。
 
 なぜなら、その光景を目に焼き付けた次の瞬間には塵と化していたのだから。

「この私が見逃すとでも思っていたのですか? ってあら、町が消えたどころか、地形すら変わっているじゃないですか」

 普通にお尻を下しただけでも十分な大被害を与えていたであろうが、何百億トンもある巨体が、重力を以て振り下ろされたのだ。

 まさに天変地異。

 町も山もどこにどうあったのかが一切わからなくなっていた。それも、彼女のお尻一つが起こしたことだった。この世界のもの全てが壊滅したと思われたが、

「自慢のヒップアタックで滅びなかった不届きモノがいるようですねぇ〜」

 ニヤニヤしながら、わざと大きい声を出す。

「生き残ったご褒美に、挟みつぶして差し上げますね♡」

 そう言い放つと彼女は、生き残った街に足裏を見せつけるように、端にセットする。そして、ゆっくりとまるでブルドーザーのように、足裏同士を近づけていった。全く勢いが弱まることなく、瓦礫のエベレストを作成する。

「あぁん♡ コレ最高に気持ちいいじゃない♡ 癖になりそう♡」

 入念に、足と足の指までこすり合わせながら、甘い声を出す。そして、数分間の余韻を楽しんだ後、すくりと立ち上がった。

「それじゃあまた滅ぼしに来て差し上げるわね」

 言葉を残し、光とともに消失する。そこには彼女の蒸れた靴下と靴を除いて何も残ってはいなかった。