【鬼とワルツを後編】

母乳っていうのは母親の体調に大きく影響を受けるそうだ。
体調が良ければ正常なミルク、味は甘く色は白色。
しかし、体調が悪いと酸っぱかったり臭かったり、色は緑やオレンジになるらしい。
母乳がオレンジと聞くと何が起きたのか、と気持ち悪く感じるかもしれないけど、何の事はない。
母乳は元々、母親の血液から作られる物だから。
白に赤が混じればオレンジにもなろう、という物だ。

まぁ、何が言いたいかと言えば。
俺たちが嬉鬼さんの乳首の中に侵入した時点で、水藻は既に敵と戦闘中で。

俺たちを狙っていた様に見えた白い氷柱は、水藻と戦う敵の最後の悪あがきだったのだ。

俺たちがティータイム(いや、ミルクタイムか?)に入った時には既に事件は解決寸前だったらしい。
だから、正常に作られ始めていたあの時の母乳は美味しかったのだった。

「ヤッホー! 楽しんでるぅ、良明く〜ん!」
バシャバシャと白い水飛沫をあげながらこちらに手を降る蓮さん。
そんな蓮さんを見ながら俺はため息をついてしまうのだ。
「はぁ……」
「あらん、楽しくないのん?」
いつも通りの巨大娘遅延のかかった声が空から俺に降り注ぐ。

現状を説明するとこうだ。
眠鬼さんのミルクプールin眠鬼さんズ谷間で蓮さんと2人、レジャーしちゃってます。
サイズは通常の100分の1。
泳ぐもよし、飲むもよし。
あの変態魔術師なら喜んで泳ぎ回るんだろうな、なんて思いつつ俺は岸辺、眠鬼さんの柔らかな乳肉に腰掛けている。
流石はあの嬉鬼さんのお姉さんの胸、とでもいうべきかこのサイズ差だというのに押せば跳ね返るこの柔肉は果たして我々が現在知っている118元素から成り立っているものなのだろうか。

「オッパイニウムとか?」

我ながらしょうもない事を考えるもんだ。

それはさておき。

嬉鬼さんは俺たちが脱出して間もなく意識を取り戻したがまだ万全とはいえないらしくすぐに眠ってしまい。
水藻はいつのまにか姿を消していた。
謎が多すぎる。
あいつは一体何のために嬉鬼とさんの胸の中にいたのか。
ただ嬉鬼さんを助けるため、と考えられれば幸せなのだが。
「水藻……」
お前、一体どうしちまったんだよ……

な〜んて浸っていたら。

「は、は、ハックショオォォォォン!!」

荒れ狂う柔肉!
爆音と共に地震が起こり、眠鬼さんの揺れ動く胸からつるりと脚を滑らせた俺は谷間にたまり体温によってぬるく温められた白い湖に真っ逆さまに着水した。

「おごごごごごっ!!」
口から泡が漏れ出し、肺が明らかにしぼんでいく!
やばいっ!
白い液体が体に絡みつき、どんなに手をバタつかせても浮力が得られない!!
助けて!!
口に、口に、母乳がぁぁぁぁぁ!!

「ごめんねん、良明君?」
声と共に巨大な肌色の柱が二本頭上に降りて来て、俺を間に挟み再び上昇。
それから俺を岸辺に置き去りにし、二本の柱、眠鬼さんの指は下方へと去っていった。

俺は、空気を吸おうと口を大きく開くが、次から次へと母乳が口から溢れ出して、それはマーライオンそのものだった。

「もしかして、良明君って、カナヅチなのん?」
「そうなんですよ〜」
「通りでミルクプールに入らないと思ったわん。これでこの子、仕事は出来てるのん?」
「これでも〜、お友達と一緒に色々な事件を解決していて、ポスト木之下先輩として一目置かれているんですよ〜」
「へぇ〜、見かけに寄らないわねん」
「よく言われてます」

「ねぇねぇ、ごほっ、人が溺れて、ゲヘ、るんだから大丈夫とか言わない、普通?」
苦しくてそれどころではないが、あまりにも自分を無視した女子トーク、いやまあ自分は無視されていないが溺れている自分を無視した女子トークに悲しみを感じ、ムリを押してツッコミを入れてしまった。

「ん〜、でも女の子の、しかも眠鬼さんみたいな綺麗な人のおっぱいで死ねるなら本望じゃない?」
「俺を、あの変態魔術師みたいなやつだと思わないでくれないかな、蓮さん?」
「最近似てきたよ?」
「それは俺も認める所だけど、それでもやめて!」
いや、まだ大丈夫だ。
俺はまだ、女の子の髪をそうめんの様につるつるっとすすりたいとか思わないから。

っせーふー。髪はやっぱりアルカリイオン水ですするに限るとか思ってないからまだ変態魔術師じゃないわーっせーふー。

「ちなみにこれ、私のじゃなくて嬉鬼ちゃんのミルクよん?」
「え? そうなんスか?」
「そうよん。約束したでしょ? あなたの記憶何とかしてあげるって」
「それはどういう?」
「嬉鬼ちゃんのミルクには人の精神を癒す効果があるのよん。最初に溺れた時は水藻ちゃんに対して凝り固まってた貴方の気持ちを凝りほぐしたでしょ? さっき溺れた事で少しはあの時の事思い出せない?」
「いや、もう嬉鬼さんの胸の中で既に記憶は取り戻し済みッスよ」

完全過ぎるほどに。
俺は思い出している。


「え? 貴方、嬉鬼ちゃんのミルク、勝手に口に……?」


あれ?

何でだろう。

何か眠鬼さんがすごい引いてる気がするんだけど。

「それはないよ、良明くん……」
「いや、待って蓮さん? 君は引いちゃダメだよ? 何傍観者、いやむしろ被害者面してんの? 超共犯者。ていうか主犯者だよね?」
「やめて! こっち来ないで!!」
「うわ、てめーこの女郎なんつう声あげて、お? ちょっと待ちたまへ眠鬼さん、そのこれから汚らしいものを手にしますと言わんばかりのゴム手袋をはいた指で僕をつまんで何処へやろうというんだい? ん? 台所? あ、眠鬼さんのお家って、生ゴミ処理機があるんですね、これさえあれば生ゴミなんてあっという間に畑の肥料じゃないですか、エコですね〜、はい、やめてください、それは洒落になりませんから、やめてください、あ、見て眠鬼さん! あの女郎、『計画通り』の顔してま、何? そんな顔よりも俺がぐちゃぐちゃになる所が見たい!? 鬼ッスかあんたは!? しまった、鬼だったあぁぁぁぁぁぁぁ……」