うるの駄文SSです。挿絵を描きながら、文章を書くということをやってみました。
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「お、おい何をするんだ!やめろ…やめろって!おいっ!」

お嬢様はポケットから真っ赤なリボンを取りだすと、小人の全身をそれでぐるぐると巻いていく。
小人はわけがわからずに悲鳴をあげた。
なぜ自分がなんの脈絡もなしに簀巻きにされなければならないのか。
相変わらず、このお嬢様の考えることは理解できない。

「う、うるさいわね、こうでもしないと逃げるでしょ!」

そう言いながらお嬢様はリボンに結び目を作り、左右に引っ張る。

ぎゅっ

「ぐぇっ!!!」

小人の全身が強く締め付けられ、口から内臓が出そうになった。
あやうく気絶しそうになるところをなんとか堪える。

「あっ…ごめn……ふん、あなたが暴れるから悪いのよ。…まあ、いいわ。食事にしましょう」

彼は巨大なリボンで縛られたまま、巨大な皿の上に乗せられた。
これは、なんの真似だ?嫌な想像が脳裏をよぎる。
彼は額に脂汗を浮かべながら、お嬢様を見上げた。
彼女の手にはフォークとナイフが握られている。そして、小人が置かれているのは皿の上…食事…?

ー まさか俺を食べるつもりなのか!?

「や、やめろっ!嫌だっ!食べないでくれええ!」

小人はパニックになり、全身をくねらせて逃げようとした。しかし、極太のリボンが全身の関節を締め付け、まともに動くことを許さない。
結果、彼は陸地に打ち上げられた魚のように、皿の上をぴょんぴょんと跳ねる事しかできなかった。

「も、もう、落ち着きなさい!」

頭の上から苛立ちの篭ったお嬢様の声が響き、巨大な銀色のフォークが勢いよく小人めがけて降ってくる。
彼は声にならない悲鳴を上げた。
ー 串刺しにされる!

ガキン!

フォークは小人の目の前に落下し、皿に突き刺さった。それは彼を直接狙ったわけではなかった。
今のはただの脅しだったようだ。いや、恐らく脅しというよりは、軽い注意だったのだろう。
とにかく、力の加減というやつがわかっていない。
40mを超える巨人の力が、2m足らずの大きさの小人にどれだけ恐怖を与えるのかを彼女は理解していないのだ。
実際、小人は恐怖のあまりあやうく失禁しかけてしまった。まだ足が震えている。

「ふん…あんなみたいなチビを食べたところでお腹の足しにもならないわよ」

お嬢様は吐き捨てるように言った。
理不尽な虐待に加え、この悪びれもしない態度。小人はお嬢様に仕えたことを心底後悔した。

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お嬢様の小人虐めは日常茶飯事だった。彼女は事あるごとに小人の大きさをばかにするし、暇なときに指でこねくり回してくることもある。
しかし、今日は何か様子が変だ。リボンできつく縛ったり、フォークで刺そうと脅したり。今までこんなに過剰な暴力を受けたことはなかった。

彼女はなにやら、緊張しているようにも見える。
目をキョロキョロと泳がせ、もじもじとその巨大な身体をくねらせている。頬も心なしかピンク色に染まっている。
既に命の危機に2度も瀕し、動揺しているのはこっちだというのに。一体なんだというのだろうか。
小人は逃げることはできないと観念し、皿の上におとなしく座った。

「ほ、ほら、コレを見てみなさい」

そう言ってお嬢様が指差したのは、先ほど彼女が持ってきたトレイだった。
その上には巨大な銀色のクロッシュが乗っている。小人の彼にとっては家ほどもある大きさであり、何やら未来的な建築のようにも見える。
お嬢様は手を伸ばし、クロッシュの取っ手を掴むと、彼の方を得意げに見た。

「見て驚かないことね!」

そう言いながら彼女はクロッシュを上空に持ち上げる。

「…?」

クロッシュが取り払われた皿の上、そこには…真っ黒な、巨大な塊があった。ところどころからぷすぷすと黒い煙が登っている。
黒い岩のようにも見える。一体、これはなんだろうか。小人は考えたが、見当もつかない。隕石か何かだろうか。
ちら、とお嬢様の方を見るとなにやら得意げな顔をしている。
…おそらくは、何か意味のあるものなのだろう。

「ああ、これは…すごいね…」

恐る恐る、適当に反応してみた。
数秒の沈黙。

その間お嬢様は、何やら複雑な表情で考えていたが、

「ふふん、美味しそうでしょ」

満足気な表情で、そう言ってのけた。
”美味しそうでしょ”
小人は一瞬、その言葉の意味が理解できなかった。
聞き間違い、もしくは冗談でも言っているのかと思ったが、どちらも違うようだ。
信じたくはないが、あの黒い塊は食べ物らしい。

「最高級の竜肉を使ったのよ!」

小人はそう言われて初めて、この黒い塊が「肉」だと気がついた。
竜肉のステーキ。いや、その残骸と言った方が正しいだろう。
悪ふざけで食材を滅茶苦茶にしたようにしか見えない。どう見ても丸焦げである。犬にでも作らせたのだろうか。

お嬢様はナイフとフォークを持ち、両手をその塊に伸ばした。
彼女の左手のフォークがその巨大な切れ端に突き刺さり、右手のナイフがその巨大な肉塊をいとも簡単に切り裂く。
彼女がフォークを持ちあげると、小人の2、3倍はあるであろう質量の肉が宙に浮かぶ。
圧倒的な光景。小人は改めて、自分とお嬢様との力の差というものを実感した。あれが自分だったらと思うと、少し背筋が寒くなる。

「これを作るの、すっごく時間かかったんだから…」

(時間をかけすぎるからよくないんだろうに)小人は心の中で突っ込んだ。
しかし、口ぶりから察するに、お嬢様が自分の手でこの炭素の塊のような料理を作ったのだろうか?もしそうならば、料理下手と言ってもかなり異常だ。
やはりふざけているのだろうか?
お嬢様は肉をフォークにつきさしたまま小人の方に向け、それをみせびらかすようにぐいぐいと近づけてくる。
ひどく焦げ臭い。
肉はそのままフォークから離され、こびとが乗る皿の上に乗せられた。
まったく意味がわからない。嫌がらせなのだろうか。

「あ、でも…別にあなたのために作ったんじゃないんだからね…」

ー当然だ。こんなものを自分のために作られても困る。
それどころか、そもそもこんなモノを作るなと言いたい。素材になった肉があまりにも不憫で勿体無い。
小人の村ならあのステーキ1枚で村人全員が5日は食い繋げることだろう。
悪ふざけで作ったのだとしたら、許せない。

「でも、ほら、あなたがそんなに食べたいなら…食べてもいいよ…」

ー馬鹿にしているだろうのか?こんなモノを好き好んで食べる人間がどこにいる。
それともお嬢様は、小人は人間ではないとでも言いたいのだろうか。小人は生ごみでも喜んで食う虫けらだとでも言いたいのだろうか。
怒りがわいてくる。

「ほら、早く食べなさいよ」

ーそうか、結局はコイツは俺をいじめたいだけなのだ。
無駄なことをしてまで自分の力や裕福さを見せつけ、さらにはこのような残飯以下のものを無理やり食わせることで、小人の尊厳までをも踏みにじろうとしている。
小人はもう限界だった。ふくらんだ風船の如く溜まった日頃の鬱憤が爆発する。

「ふざけるなよ!」

思わず大声を出してしまった。
「大声」とは言え小人の大声。お嬢様にとっては小さな声なはずなのだが、予想だにしない反応をされて彼女は面食らっているようだった。

「こんなものが食えるわけないだろ!見て分からないのか?どう見ても丸焦げじゃないか!」

小人はここぞとばかりに一気にまくしたてる。
お嬢様はいつもとは違う彼の剣幕に気圧されているようだった。

「どうせいつもみたいに、俺を虐めるためにわざと黒焦げにしたんだろ?最低なやつめ!」

場が沈黙する。
小人は肩で呼吸を整える。激昂が冷め、冷静な思考が戻ってきたとき、彼は自分の言ってしまったことを後悔した。
彼はしばらくお嬢様の顔を直視できなかった。怒りの形相をしていることだろう。あれだけ暴言を吐いてしまったのだ…もしかすると、殺されてしまうかもしれない。
恐る恐る顔をあげ、彼女の方を見る。

驚くべきことに、彼女はただ黙ってうつむいていた。
うつむきながら、ときたま えづく ように体を震わせていた。
一瞬、怒りで体を震わせているのかと訝った。しかし、これはどう見ても…泣いている。
小人には訳がわからない。あれだけ自分をいじめておいて、ほんの少し抵抗しただけで泣いてしまうなんて。まだ逆上するほうが自然だ。

こうなると、なぜか急に悪いことをしたような気分にさせられてしまう。
非常に気まずい。
小人はばつが悪そうにお嬢様から視線を逸らし、助けを求めるようにきょろきょろとあたりを見渡した。

そのとき、彼はふと自分の体に縛り付けられているリボンに縫いつけられた刺繍に気がついた。
そこにはいくつかのアルファベットが縫い込まれていた。文字が逆なので読みにくいが…。

「…Happy birthday?…なんだこりゃ。誕生日?」

まさか、小人ははっと気が付いた。そう、今日は彼の誕生日だった。

そういう事だったのか。今日のお嬢様のぎこちない態度とこの反応…。そして今までの一連の虐待がひねくれた愛情表現だったとしたら。
にわかには信じがたいが、お嬢様は彼女なりに、小人の誕生日を祝おうとしてくれていた。

体に縛り付けられたバースデーリボン。恐らくこれはお嬢様なりの照れ隠しなのだろう。
心の中では彼を祝いつつも、それを素直に表現するのは恥ずかしい。だから、彼を虐めるふりをして誤魔化したのだ。
わざと本心とは逆の事を言う遠まわしな言動も、自分の思いに気がついて欲しいがためのものだったようだ。
小人は、お嬢様が嫌がらせのために、わざとステーキを焦がして彼に食わせようとしたのだと思っていた。
しかし恐らく、彼女はいたって真剣に、小人のためにあのステーキを作ったのだ。…とても信じられないが。

ーああ、なんて面倒くさいんだこのデカ女は!

小人には、この馬鹿馬鹿しい擦れ違いの否がこの不器用なお嬢様にあるのか、自分にあるのかはよくわからなかった。
しかし、とにかく、彼は彼女を傷つけて泣かせてしまったのは事実だ。
「女を泣かす男は最低」
彼は、母親によくそう言われていた。ジェンダーフリーが叫ばれているこのご時世、古風な事を言う母親だった。

「うっ…ううっ……えぐっ……えぐっ……」

小人が悩んでいると、お嬢様が声を上げてえづき始めた。彼女の目には大粒の涙があふれ、机の上にぼたぼたと降り注ぐ。
まずい、このまま大泣きしてしまうかもしれない。
大泣きされたら流石に心が痛い。さらに、物理的なダメージとして、鼓膜が破れてしまう危険もある。実はそちらの方が心配だった。

「ああもう!食えばいいんだろ食えば!」

リボンで全身を縛られたままの彼は、這いつくばって皿の上に置かれた肉塊に近づき、犬のようにそれを噛みちぎって食べた。
芋虫のように情けない格好、しかし、女に泣かれてはどうしようもない。
ー 畜生、この女…ふだんあんなに俺をいじめているくせに、ここで泣くのは卑怯だ。

そんな彼をお嬢様は不安そうな目でみつめていた。いつもの高圧的な雰囲気はどこかに消え、潤んだ目でこちらを見てくる。

「お…美味しい?」

彼女が上ずった声で問いかけてくる。
最高に不味い。美味いわけがない。焦げの苦味が口いっぱいに広がる。色を見ればわかりそうなものだ。
「自分で食ってみろ」と言いたくなったが、あの潤んだ瞳の手前、それを口にすることはできなかった。ああ、本当にあれは卑怯だ。

「あ、ああ、美味しいよ。ありがとう」

小人はぎこちなくお世辞を言った。皮肉の一つでも言ってやろうと思ったが、なんとか喉の奥に引っ込める。
その瞬間、お嬢様の顔が見てわかるくらいに ぱぁっと明るくなった。が、すぐさま慌てたように、いつものつんとした表情に戻る。
一瞬浮かんだ可愛らしい表情に、不覚にもドキリとしてしまう。もう少し素直になればいいものを、と思わずにはいられない。
お嬢様は決して素直ではない。だが、そこまで性根が腐っているわけでもないようだ。

「いや、しかし本当に美味いよ。……肉がとっても良い。うん、こんなもの今まで食べたことないね。」

とりあえずここは手放しに褒めておく作戦だった。
ーまあ、どうせこんなイベントは今日だけだろう。祝ってくれた事自体は嬉しいし、少し自分が我慢して円満に収まるのならそれはそれで…
彼がそう思いかけた瞬間、お嬢様が嬉しそうに口を開いた。

「そ、そう?…そんなに美味しいなら、明日から毎日作ってあげても…いい…わよ」

目の前が真っ暗になった。