暖簾を仰ぎカラコロ扉を横に引くと、
トトとととーっ!とのせわしない足音が奥から聞こえて来た。

はて…ここの主はこんなめんこい足音を鳴らす体格だったかなとしばし待つと…

ベルのある受付越し住居沿いの暖簾から
ピョコっとした耳を覗かせこちらを伺う姿が1匹。

おや、豆狸だ。
なしてこんな場所に居るかと思う前に
トコトコと歩いて来ては、胸元に飛び付きぎゅっと抱き付いては
鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅いで来た。
なんだこいつは、菓子の匂いでも嗅ぎ付けたか。

豆狸かと思ったがもしかしたら犬かもしれない、
なんてことだ私は常識知らずだったのか。

とその時だ、またもや暖簾から1匹。大狸が。

「おやおや…誰かと思えばお主ではないか。
なぁ…菓子を持ってたらそいつにくれんか?
代わりにこちらで茶でも出すから…な?」

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居間の炬燵に入るとホッとする。
と思うとどうも腹が減って来るのだが、
菓子類はとうの昔に豆狸に喰われてしまっていた。

後にツマミとして飽くほど噛もうと思っていた貝柱を
代償に得られたのは一杯の緑茶と茶請けのモナカ…

元の値段から等価交換とはいくまいが…

まぁ豆狸が懐いたのでヨシとしよう。
今では膝に擦り寄る良き腕置き台と成り果てている。

「重量感あるな…」とは豆狸。
どうも人の形をした新米の獣だと思っていたのだが言葉が話せるらしい。

「これこれ、何をやっとるんじゃお主。
最近採った大事な弟子じゃ、潰さないでくれ。
それに狸が妖力を持ち人に化けれるほどなら、
大体の年齢の察しはついてる癖に。そ奴、お主の2、3倍は生きておるぞ」

「へぇ…こいつがねぇ…」

このちんちくりんがなぁ…
等とは妖怪相手に商売していれば
耳にタコができるほどよくある話で別段驚く話ではない。
そこに腕を置ける頭があったから腕を置いたのだ、

そしてそんな豆狸も力に屈したか
グラッとよろめいて膝上で丸くなってしまった、

可愛い…とは思うがどうも人に対する可愛いより
小動物に対する可愛い方が先行する。

「して…今回は何用じゃ?商いか?」
「あぁ…まぁそんなところさな…。
西の山越えた狐の村があったろう。そこで仕入れた物があってな…」

「浮気者め」
「はっ、中々に良い取引だったよ。
ほら、あんたが前から欲しがってたとっくりの干物だ」
「おっ…おぉ!本物か?」
「なんでもお湯をかけるとまるで死の淵から生き返ったかの様に
とっくり…とっくり…と蠢き出すのだそうだ、
それなりに優しくしたら飼う事も出来るとさ」

「おぉおぉ狐め、こんな大層な物を隠し持っていたとは。
奴等の神秘主義も捨てたものではないな」

キャッキャッと小刻みに尻尾をパタパタさせる狸を横目に
件(くだん)の狐について思い出す。

確か…この狸と同級生だったとか言ってたなあの狐。

別段仲が悪く無い、
むしろ勉学で協力する関係だったらしいが、
そこまで仲を深め合ったわけでもなく、
卒業しても特に惜しみもなく別れ、
けれども学び舎仲間だから時々は近況や思い出話を語りたいが、
狸と狐である以上そんなに関わる機会が無いという関係らしい。複雑だ。

けれども狸と狐の関係は簡単なものだ。
狸は人の立場に立ち、
狐は神の立場に立つ。

故に狸は人の生活に密接に関わり店を構える者も多く、
逆に狐は人々と信心を集め神社を構える者が多いという。
けれどもこの人間主体の御時世である以上、
狸の勢力が狐の勢力より大きいらしい。

だからといって特に争っているわけでもないが。
いずれにせよ人間とは好ましい仲に成りたいとはどちらも思っているのだとか。

「おおっと、我を忘れておった。ごめんな」

ふと、我に帰る狸。
興奮の波は引いたのか、いや尻尾が揺れている。
「お代は…また後ででいいじゃろ。
それよりお主は…こっちの方が先決か」

ゴソゴソっと胸を手繰り寄せ
懐から小さな箱をポンっと取り出す狸。

たまに…狸は胸元を開けてはアピールして
「今夜はどうじゃ…?」とイタズラ混じりの誘惑を仕掛けてくる事がある。
ある…が、流石においそれと誘惑に乗るわけにもいくまい。

豊満な胸は流石に目に毒なので
さっさと視線を逸らしてしまおう、目的は箱だったはずだ。

紙の箱、紙の包み紙をカサコソと開くとつつーっと
花特有の甘い香りが細巻きながらも味わえ脳を揺らす。

包み紙を開けた先には橙色の丸い薬が入っていた。


あっあぁ…御種(おしゅ) よ…
この世の真理よ…

「あぁ…御種丸だ…ありがたい…」
「お主…ほんにその薬好きじゃなぁ…
人体への影響が薄いとはいえ…使い過ぎると狂うやもしれぬぞ」
「あっ…あー…はい、気を付けます」
「…本当に聞いておるかの?」

聞いていなかった、もはや御種丸しか考えられない。
パブロフの犬効果だろうか、
匂いで揺れた脳に御種丸を服用した時に感じる快楽物質が湧き出し
今か今かと頭を垂らし発火剤となる御種丸の到来を待っているのだ。

…とはいえお楽しみをするにはこの部屋では
いささか今後の人間関係を保つ上で危険過ぎる、
さっさといつもの客間に移るとするか…。

と、包み紙を巻いて懐に入れようとしたその時。

ヒュッと視界の下方から手が伸びてくる、
悪戯小僧の豆狸の手だ。狙いは…御種丸か…!これは菓子ではないぞ…!

おっおお!と反射的ながらも背中を倒し反応し、
身体がのけ反ると膝上に居た豆狸も覆い被さるように倒れて
それでも豆狸はつぶらな瞳で御種丸をその目に捉え
一気に詰め寄り御種丸をその手にと手を伸ばしてくる。

これはいけないと判断したのが早かったか
包み紙のまま口の中に頬張り噛みほぐすと、一手遅れてペタペタと口元を触る豆狸の手。
よし勝ったな…と、感涙に浸るでもなくグラっと視界が揺れて来る…
どうやら御種丸が効いてきたようだ…

スーッと体から血の気が引くように空気も何故か凍えてくる。
まるで自分と天井との間に、亜空の空をただ見上げるような距離感を覚える。
と今度は背中の床がグニャリと歪みその凹凸に転がり落ちるかのような落下感、
それと共に身体に乗っている眼前の豆狸が
自分の身長と逆転するかのようにどんどん大きくなってくる。

乗っていた豆狸が
押さえつけられるまで大きくなり
潰れてしまうのではないかとまで大きくなるとピタリと止まる。

「親分!こやつどうなったの!?」

「おぉ…なんじゃ、喰ってしまったのか。
まぁ…なんじゃ、人間の浅いお前にはまだ早いぞタノ坊」

自分の獲物を取られそうだと察したか、けれども…と続ける豆狸に
ほれ、こいつはな…箱の裏の取っ手に甘味を隠しておるのじゃと
隠していた米棒を与える大狸。

非常食なのだが…とは思ったが満足しているようで交渉は成立したようだ。

「さぁさこうもなっては体の動きも効きますまい、
儂と一緒に寝床に行こうか、な?お主?」

ともすればヒョイっと服の襟を掴まれ
少しの重圧と共に大狸の脇まで持たれ、
しゅるりと着物の帯を緩めはだけさすれば胸元の片房に寄せられる。

調合途中で身体に染み込んだのだろう、着物の内の蒸れた肉体からは
ほんの少しの御種の花の匂いがした。


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大狸の寝室に入ると多少乱れた布団の上にコロコロと放り出される。

大狸の布団か…
どうも布団をさするとほのかな湿度を伴った温みがあり、
さっきまで大狸が使っていたと分かる…と同時に
人肌で温められた布団の空気が…少し色気を帯びてどうにも淫靡な気分になる。

「さてさてさて…これからお主は儂とねんごろな仲になるわけじゃが……
なぁ、お主。そろそろ教えてくれぬか?その…御種丸で儂がどう見えるか…とかな?」




御種丸…とは幻覚性の丸薬である。
ただ幻覚といえどもありもしない見えないものが見えたりするということではなく、
自分の欲望を礎に感覚が肥大する…

つまり巨乳好きであれば他人が巨乳に見え、
獣耳好きなら獣耳が見えるのだそうだ。

そして自分は…どうやら巨大な娘が好みだったらしい。



「なぁ~なぁ~教えてくれぬか~儂はお主が心配なのじゃ~。やはり乳か!?」

ゆらっと乳を合わせるかのように体を一振り。
本人は知らぬ存ぜぬだろうが、どうやら覆い被さろうとしたのだろう。

巨体が揺らぎ腹で人間を呑み込むかのように倒れて来た…!

通常なら押し潰されるかどうかの体格差の違いに
畏怖とも言える決死性を垣間見る。

けれどもことここに至ってまで興奮したのは己のサガか。
どうにか押し寄せる肉を後頭部で受け止め肩と背中を支えに
柔肉の感触を感じながらも押し返そうとするが

「ククッなんじゃその抵抗は」とグッと力を込められると
うつ伏せの状態で腹の肉と布団とに埋め込まれるように押し潰される…!


「ほらほら~お主には儂がどう見えるんじゃ~なぁ~なぁ~」
「ええぃなぁなぁと、お前は猫か」


肉に埋もれた頭上の、
それこそ腹肉の中から声が反響するように聞こえてくる。

力関係は明白であった。


「なんじゃ、ノリが悪い。
元々御種丸とはタヌキが人間をたぶらかす為に
幻術として使っていたもの。

それを使っておるんじゃ。タヌキの儂にも良い思いさせて、
どう見えるか教えてくれんかの」


「仮に…自分の御種丸の効果を教えたらどうなる…?」

「そりゃもぅ今床から朝にかけてシッポリとな…?」
隠そうともしないのかこの大狸…!

こうしちゃおられん、搾り殺される前にどうにかして逃げねば。
幸いこれは幻覚だ、本来は対等な大きさなのだから持ち上がるハズ…!と、
布団相手に腕を立て腹肉を背中で押し上げ幻術を破ろうと力を込める…!

「はっは〜ん、さては純(ウブ)じゃなお主?
よいよい、なら儂が手ほどきをしてやろう」

グニュ…っと背中越し、腹肉越しに控える腹筋の膨張を感じた時には遅かった。
背中越しに感じた腹肉は身体を這い全身を覆い尽くし、
もはや腕を立てることも、微動だに動く事も叶わぬ…!

なんとか支えていた顔も、大狸の汗染み入る蒸れた布団に押し付けられ…
これまでより、より一層に圧迫感を感じた…!

そこから聞こえてくるはズリィ…ズリィ…と着物の擦れる音だ。
上にズリィ…下にズリィ…と反復運動を繰り返し、
こちらの身体を押し付け揺らし圧縮しそれが時と共に少しずつ速くなって来る…!


コイツ…床オナさせる気か!?

「ククッなんじゃぁ…?
儂の布団に擦り付けよって、儂の匂いで興奮したか?」

大狸に介錯され大狸の布団相手に床オナさせられるとは
なんたる屈辱か…!

大狸は興が乗って来たのだろう、
上下の擦り付ける動きはやめ、
今度は身体を起こし腹肉を打ち付けるように急降下…!

グイィッと身体全体に大狸の重力を感じると
込み上げてくる圧迫感と快楽感に思えず震える…!


けれどもフッとその肉圧はバウンドし身体につるりと流れ刺し込む夜の空気。
けれどもそれを追い出すかのように大狸が押し潰す…!

あ…ダメだこれは…。

グッ…グッ…
「あっああっ!」
男の子じゃろ~我慢せいよ~

「ダ、ダメ…だって…!これ…!」
儂もけっこう疲れるんじゃよこれ~

「やっダメ…!潰れる…!」
大丈夫じゃよ~この布団やわっこいからな~

「いやっやっ身体が…!」
身体が…ククッ…なんじゃ…そうか…

「たっ助けて…!」
ククッ愛い奴め、トドメさすかの。


無限に思えたプレスも一鳴り、大狸のゴクッと生唾を飲む音と共に収まった。
終わったのか…?と背中越しに感じたあの腹肉の重圧も無い。
うつ伏せから翻って仰向けに見やる。

大狸の目と目が合った。

すると、
大きなおなごが好きなんじゃろ?…と聞こえ――――


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興奮もなりを潜めそそくさと汚れた服を脱ぐと
どうも夜の空気が身体を冷やし
産まれたままの姿の大狸が誘う温い布団へと潜り込んだ…
が、それはリラックスできるようなものではなかった。

知られてしまったのだ、性癖を。

今まで1人部屋で御種丸を飲み、
縮小感と巨大感を味わいながら巨大な娘の妄想で
自慰をしていましたと言ってしまったようなものだ。
どのような顔で、面とあって話せばよかろうか。

「おチビちゃん、こっちを向いてくれんかの〜?」
この大狸はこう茶化してくるし。

「ええいやめい、もう小さくないぞ」

「なんじゃ、もう御種丸の効果が切れたのかお主?早いのぅ…」

「いや…まだちょっと…子供の背丈くらいだ」

「なんじゃなんじゃ、それなら儂の乳に甘えてみるかの?」

…甘言を呑み込み振り向きたくなるが…
どうも…性癖を知られた相手と顔を付き合わせるのは恥ずかしい。

「あんた…幻滅…は…してなさそうだな…」
「なんじゃぁ?今さら性癖知られた事
恥ずかしがっておるんか…?よくあることじゃよ」

「普通…ではないよな?」
「確かに普通ではなく…モノ好きじゃなぁ…
とは思うが…ククッその小さき欲望愛でてやるぞ」

「あんた…」
「ホラ、こっちを向けい!」
と、ギュッと抱かれくるりと回る身体。
そのまま背丈を比べられるかのように胸に抱き寄せられた。
顔に当たる胸の感触が…どうも…柔らかい。

「くふふ…今ならお母さんと呼んでもいいんじゃよ」
「そ、それはまだ早いぞ大狸」

「『まだ』『早い』か…ククッ…恥ずかしがりやさんじゃのぅ…」
ともすれば脱ぎ散らかした着物の懐に手を入れ込むと取り出したるは、御種丸。

「それじゃ…慣れて行くとするか…?
それとも…抱き抱えられたまま母性を感じもう寝てしまうか…?」



「なぁ……なぁ?」