お姉ちゃん争奪3番勝負



「京香ちゃんにお願いがあります」
目の前の男は、真面目な顔でそう言うと、突然土下座した。
「お姉ちゃんと結婚・・」
「却下」
少し柔らかい、弾力のある地面を踏み締め、仁王立ちで即答してやった。
「えー、何でさぁ」
私より12も年上とは思えない情けない声。
思わず溜息。
「立場を考えてよ、先生。私が卒業するまでは、ね」
そうなのだ。彼は教師で、しかも私の担任だ。
先生は起き上がり、私の肩を掴む。
「そんな!咲夜が卒業するまで、付き合うのも我慢したのに!」
一昨年まではお姉ちゃんの担任でもあった。
「だからぁ、あと1年半、じっくり付き合って結婚すればいいでしょ」
「でも、咲夜がほら、ああなっちゃったでしょ。二人の関係を形にして、安心させたいんだ」
1年ちょっと前、お姉ちゃんを取り巻く環境は、激変した。
本当に信じられない事態だが、先生はお姉ちゃんに変わりなく接している。
頼りないところはあるけれど、先生ならお姉ちゃんを幸せにしてくれるだろう。
「咲夜はあんまりそういうの出さないけど、不安なはずだよ」
私が黙ったのを好機と見たのか、詰め寄る先生。
突然地面が蠢き、突風が私達を引き離す。
地面の動きで、次に起こる事態を予測していた私達は、体勢を低くして突風をやり過ごした。
そして、私は右、先生は左を見る。
突風の発生源。大きな大きな、そして不敵な笑顔。
「そういう話は、私抜きで、しかも私の胸の上でしないで欲しいなぁ」
お姉ちゃんは16.7m、ちょっと成長しすぎかな。
ちなみに私と先生がお姉ちゃんの胸の上にいたのは、マッサージを命じられたから。
命令しといて自分は寝るんだから・・・。
何か変なトラウマとかになりそう。

先生はさっきまでの勢いを殺され、悪戯が見つかった子供みたいに、「それは・・・」とか言ってる。
そんな先生を、後ろから伸びてきた、これまた大きな手が連れ去る。
「それに大志さん、順番が逆じゃない?私まだプロポーズされてないんだけど」
「えぇー、咲夜の誕生日にしたの、覚えてないの?」
先生はお姉ちゃんの掌の上で、うな垂れてる。
お姉ちゃんは左手の人差し指を、口元に当てて「うーん」と何かを思い出そうとする。
「誕生日って二十歳の?初めてお酒飲んだ日だったし、何にも覚えてないなぁ」
我が姉ながら、何てひどい・・・。
でもあの日お姉ちゃんは、50人分ぐらいのお酒を飲んでた。
サイズのことを考えたとしても、明らかに飲み過ぎだった。
哀れなのは先生。仰向けに倒れこんで「うわー」とか叫んでる。
ジタバタと子供みたいに手足を動かしてる。
突然、ガバっと起き上がって、半分キレてるような口調で喚く。
「もういい!咲夜、よく聞け!結婚するぞ!京香ちゃん、認めてくれ。認めてくれないんだったら、俺と勝負だ!」
一瞬、時が止まる。私はぽかーんと、口を開けて間抜けな顔をしてしまった。
うわぁ、格好悪い。こんなプロポーズは嫌だなぁ。しかも掌の上でなんて・・・。
しかし、お姉ちゃんの方を見ると、目が輝いてる。
「大志さん、素敵」
はぁ、そうだった。
普段は大きさの所為でお姉ちゃんの方が主導権を握ってるけど、どっちかって言うとお姉ちゃんの方が先生を好きなんだった。
それはそうと勝負って何?何で私が?
「3回勝負で、内容はお互いに1個ずつと、咲夜が1個決める。これでどう?」
どうも何も、何で私がそんなことしなきゃならないのよ。絶対やらない。
そう言ってやろうと思った瞬間、地面が揺れる。
「面白そう。やろうやろう」
お姉ちゃんが今日は休み。そのことが私にとって一番の災いだった。

「じゃあね、まずは」
何故か一番楽しそうにお姉ちゃんが口を開く。
「鬼ごっこ」
「却下」
膝の上に載せられた私と先生の声が、見事に揃う。
「えー、何でようー」
思いっきり不満顔のお姉ちゃん。
うーん、スタートからお姉ちゃんの機嫌は損ねたくない。
言葉に困っていると、先生が一歩前にでた。
「その手のネタはもう色んな作品でやりつくされてるじゃないか。咲夜はそんな有り触れた遊びで満足かい?」
「それもそうね。うーん、ちょっと考えなおしてみようかな」
やりつくされてるとか、私にはなんのことだかわかんないが、取り敢えず阻止できたようで良かった。
先生に感謝だが、自分で勝負って言ったのに、遊びかよと突っ込みたくなる。
まぁでも、お姉ちゃんにかかれば、大抵のことは遊びになるんだろうなぁ。
「じゃあ、俺から。マラソンなんてどうかな?」
えぇー、走るのは嫌いだ。先生知ってて言ってるな。
余裕そうな顔で笑ってる。ムカつく。
「マラソンなんてつまんないよね、お姉ちゃん」
お姉ちゃんはつまんなそうな顔してた。
そこから攻めていく。
「うーん、つまんないってわけじゃないけどね、それだったら私いる意味ないなぁって」
そうか、お姉ちゃんは最初、一番楽しそうにしてた。
自分も参加したいんだ。
先生に眼で合図を送る。勝負とかそんなんより、お姉ちゃんの機嫌を良くする方が大事だ。
「じゃあ、咲夜の身体の上を走るってどうかな?」
先生もその辺は理解してるはず。でもその提案はどうなのよ?
「うーん、走るだけじゃねぇ・・・、そうだ、登ればいいんじゃない」
登る?お姉ちゃんの身体を?無理無理無理。
絶対阻止して!先生を睨みつける。
「いやぁ、それも結構やりつくされてるよ。身体の上を走る方が新鮮じゃない?」
「そんなことないよ。登る話って、。鬼ごっこよりは少ないし。よし、決定!」
こうなると止められない。最初の地獄が始まることが決定した。


○○○
私たちは床に下ろされた。
目の前にはお姉ちゃんの裸足。爪が鈍く光る。切り刻まれそうで怖い。
お姉ちゃんはベッドに腰掛けている。
さすがに17m近くも、垂直に登るのは無理ということで、この形に落ち着いた。
肩まで先に登った方の勝ちだ。
それでも大変なことに変わりはない。
「えっと、京香は女の子だし、ハンデが必要よね」
大きな手が、私の前に下ろされる。
その上に乗ると、グングン上がっていく。
落ちないように、座り込んで身を低くした。
そして太腿の上に下ろされる。
「京香はここからスタートね」
一度見上げて、頷く。
ハンデをもらったとは言え、顔は遥か彼方、豊満な胸に隠れて見えない。
「それじゃ、スタート」
お姉ちゃんの合図で私は走る。
ほぼ平らな太腿を一気に駆け抜けると、Tシャツの皺に、手足を掛ける。
少しでも時間を稼ぐ。勝たなければならない。
結婚がどうこう言う理由ではない。お姉ちゃんのことだから、負けたらバツゲームとか言い出しそうだからだ。
体重を掛けると生地が揺れる。私の体重で、上の方の生地はピンと張り、掴みにくくなる。
少しずつ、慎重に登っていく。
ふと下を見る。太腿にはまだ、先生の姿はない。
焦らず、ゆっくり登っていこう。


◇◇◇
俺は一人、床に取り残され、咲夜の足を眺めていた。
相変わらず綺麗だ。
大きくなってから咲夜は、見られることに一層気を遣うようになった。
特に足は普通サイズの人間に一番見られるところだからと、手入れに手間を惜しまない。
視線を上にずらしていく。脛にはもちろん無駄毛の一本もない。
光を反射して、眩しいぐらいだ。いや、それは言い過ぎか。
それは俺の仕事でもある。大まかには咲夜がやって、仕上げは俺と京香ちゃんがやらされる。
「細かいことは小さい人がやるべき」だそうだ。
まぁ、俺としては彼女が綺麗でいることに、反対することもない。
そして今、俺は自分自身の完璧な仕事に悩まされている。
つまり、登る場所がないのだ。
「それじゃ、スタート」
むぅ、そう言われてもなぁ。
とりあえず足の甲を歩き、踝の少し上辺りに飛びつく。
しかし、登ることなどできず、少しずつずり落ちていく。
数分粘ったが、甲に逆戻り。スベスベです、咲夜さん。
何度か試す。踵側に回ってそっちから登ったりもしてみる。
加速をつけて、ちょっとでも高いところに張り付こうとしたりもする。
結果は一緒。ホントにスベスベです、咲夜さん。
うーん、これは手詰まりだな。
3回勝負って言ったし、この勝負は仕方ない。体力を温存するか。
足に寄りかかって一眠りといこうか。


○○○
一心不乱に登り続ける。
上も下も見る余裕がない。きっとまだ鳩尾の辺りだ。
登って登って、上に伸ばした手の感覚が、突然変わる。
上を見ると、肉の山がそこにあった。
呼吸に合わせて前後(上下?)する巨大な胸。
これは駄目だ。登れない。谷間へ迂回するしかない。
上へ、上へと登って来たところで、真横に移動する為に態勢を整えていると、
お姉ちゃんの大きな大きな掌が伸びて来て、私を押さえつける。
うっ、お姉ちゃんやっぱり私に勝たせたくないんだ。
だけど、諦めない。
じたばたと、もがいて暴れて抜けだそうとする。
当然と言うか、ギュッと圧力が強くなって、身動き一つできなくなる。
呼吸も苦しい。むー、卑怯だぁ。
心の中で抵抗していると、突然お姉ちゃんの身体が、左に少し傾く。
そして勢いよく元に戻る。轟音と衝撃と共に。
お姉ちゃんの手がなければ、真っ逆さまに落ちていたところだ。
何?何?何が起きてるの?

「ずいぶん余裕なのね、大志さん?結婚を掛けた勝負って言っておいてねぇ?」
お姉ちゃんの声が静かに響く。
うわっ、先生何をしたんだろう?
これは怒ってるなんてもんじゃない。

お姉ちゃんの手の圧力から解放される。
何だかよくわからないけど、先生は手を抜いて怒られたってところかな?
必死にやらないと私もどんな目に合わされるか・・・。
恐怖が手足を動かす。皮肉にも私のペースが上がっていった。


◇◇◇
夢を見ていた。
内容なんて目を覚ました瞬間に忘れてしまう。
そのぐらいどうでもいいものなんだ。
ただ浅い眠りについていた。その事実。
授業中、頬杖をついた状態で居眠りして、肘がゆっくり滑っていって、机から落ちる瞬間。
あのガクッとなって目が覚める感覚。
まさにあれに似たことが起きた。
ガクッとなったのは、肘ではなく全身で、支えを無くした俺は、仰向けに転がってしまった。
空は全く青くなくて、何て言うか肌色?
いやいや、空はそんな色じゃないし、五本の突起みたいなのもない。
あれ、これ見たことあるぞ。人の足じゃないか。
この大きさは咲夜のだな。咲夜の・・・?まずい。
ちょっと寝ぼけていたようだが、次の瞬間には俺の足はフル回転していた。
肌色の壁が服を掠るようにして落ちてくる。
直撃は免れたものの、風と衝撃で立ってられない。
俺の感覚で数メートルは吹き飛ばされた。
外す気なんて全く感じられなかった。
逃げ遅れれば死んでいた。
そう考えて、痛みが後から追い付いてくる。
あまりのことに、茫然と上を見上げる。
咲夜の顔はそこにはない。こっちを見てもくれない。

「ずいぶん余裕なのね、大志さん?結婚を掛けた勝負って言っておいてねぇ?」
あー、咲夜の表情が目に浮かぶ。
氷の様な微笑で、目だけが燃えているんだ。
身体が自然に動いていた。
これ以上機嫌を損ねないよう、しつこくならない程度に、咲夜の足に接吻して、また登り始める。
結局はさっきまでと変わらず、登れる訳なんてないんだけど、結果なんてどうでもいい。
咲夜との結婚の為に、自分がどこまでできるかってことなんだ。



○○○
「はい、京香の勝ちーー」
息も絶え絶えに私は、その言葉を聞いた。
汗を拭いながら、下を見る。先生は見えない。
楽勝だったみたい。
右手に乗せられて、テーブルの上まで運ばれる。先生は左手の上。
「まぁ、ちょ〜っと気に入らないところもあったけど、二人とも頑張ったね」
椅子に座ったお姉ちゃんが、私たちを見下ろす。
先生は固まったまま動かない。
お姉ちゃんの身体のあの動き、あの衝撃。
何となく何が起こったのか、想像がつく。
相当恐かっただろうな。

「そんな二人に御褒美を用意しましたー」
お姉ちゃんはキッチンに行き、私たちではとても開けられない戸棚から、何か持ってくる。
目の前に置かれた大きな皿の上には、巨大なケーキが乗っていた。
半径3メートル程度、高さも1メートルぐらいある。
「お姉ちゃん、これ・・・」
「橋本さんに頼んで、昨日の内に作れるように材料を用意してもらったの」
橋本さんとは、国から派遣された、お姉ちゃん担当の役人だ。
お姉ちゃんサイズの家や家具、服なんかも全部揃えてくれた人。
生活にどうしても必要なものは、その都度用意してくれる。
それ以外は「月に一度のお願い」という形で、お姉ちゃんの無理難題に答えてくれる。
美人と言うわけではないが、意志の強さみたいなものが、内側から溢れていて、凛々しい人だ。
でもそのお願いは本当に困った時の為に取っておきたいものなのに・・・。
「いいじゃない。久しぶりにお菓子作りしたかったんだから」
私の表情を読んで、そんなことを言う。
ちなみに先月もクッキーを作ってた。それは仕事でお世話になる人に配ってたけど。
「とにかく、せっかくだからこれも勝負にしましょう。先に食べ終えた方の勝ち。いいわね?」
ちょっ、何勝手に話進めてるの?
一人一個ずつ決める約束でしょ。話が違う。
反論しようと思って先生の方を見る。
先生も不満顔だったが、両手を挙げて首を振る。
言っても仕方ないってことだ。
でも無理なものは無理だ。
何とか回避したい。そうだ。
「でもそれじゃお姉ちゃんは、私たちが食べてるの見てるだけでしょ。つまらないよ」
さっきもそうだった。お姉ちゃんは自分が楽しみたいんだ。
ふふっと漏れた吐息が、私の髪を撫でる。
「京香も早く料理を覚えないとね。自分が作ったものを、食べてもらうのを見るのは、楽しいものなのよ」
そう言いながら、楽しそうにナイフでケーキを切っていく。
これはもう覚悟を決めるしかない。

「やっぱりハンデは必要だから、京香は3分の1ぐらいね」
目の前に置かれた皿の上には、腰より高い壁。
まぁ、先生の前に置かれた皿よりは、まだマシかな。
「それじゃ。スタート」
まだ決心がつかない。皿に向かう足が重い。
近づくにつれ、甘酸っぱい匂いが漂ってくる。これは、チーズケーキだ。
チラっと上を見ると、何がそんなに楽しいのか、お姉ちゃんの目が輝いている。
今ダイエット中だからとか、言える空気じゃない。
えーいっ、なるようになれ。意を決して皿に登る。
匂いが強まる。甘酸っぱ辛い?
もしかして・・・。
恐る恐る扇型の先端に齧りつく。
甘酸っぱ辛い・・・。これは、まさか・・・。
先に食べた先生も、軽く魂を抜かれたような顔で、お姉ちゃんを見上げてる。
「パスタに粉チーズとタバスコをかけるでしょ。絶対相性いいと思って。おいしい?」
忘れてた。お姉ちゃんは基本、料理が上手い。
早くに両親を亡くしたので、必要だったから、自然に覚えたと言っていた。
しかし、お菓子作りとなると、話が別なのだ。
お姉ちゃんにとって、お菓子作りは遊びなんだ。
いらない遊び心をふんだんに盛り込むので、何て言うか独創的な仕上がりになる。
ちなみに、おいしかったことは一度もない。
「まぁまぁかな」
そう言って口を動かす。それしかない。
御褒美という名の、第二の地獄はもう始まっていた。


◇◇◇
「じゃあ、残りは大志さんのね。たくさん食べてね」
まぁいい。このぐらいは想定の範囲内だ。
咲夜は料理が好きだし、ハンデもいつものことだ。
咲夜が大きくなってから鍛えられ続けた俺の胃なら、このぐらい時間さえかければ余裕だろう。
ただ、勝負である以上、なるべく早く食べねばなるまい。
さっき咲夜を怒らせてしまったこともある。ここは挽回せねばな。
わずかな時間さえ惜しいといった感じで、一直線に皿に登る。
そして大きく口を開けて一口。
おー、甘酸っぱい。ん?辛い?
何というか、甘酸っぱ辛いと言えばいいのか?奇妙な味だ。
これって、もしかして・・・。
今ゆっくりと、ケーキに口をつけた京香ちゃんも、言葉を失っている。
「パスタに粉チーズとタバスコをかけるでしょ。絶対相性いいと思って。おいしい?」
いやぁ、俺が甘かった。咲夜のお菓子作りはいつもこうだったのになぁ。
しかし、まぁ過去のものに比べればマシだ。食えない程じゃない。
「うまいよ、最高」
親指を立てて絶賛してやる。
そう言うしかないってのもあるが、実際咲夜の愛が詰まってるってだけで、俺には最高なのさ。
ふふっと咲夜の吐息が俺を撫でる。
愛の力に背中を押され、次から次にかぶりつく。いいペースだぜ。



○○○
先生がものすごいペースで食べてる。
それでもハンデが大きい分、私の方がリードしてる。焦る必要はない。
この間大食いのテレビでやってた。マイペースで食べ続けることが大事なんだって。
ゆっくり確実に食べ続ける。
うーん、でもちょっときつくなってきた。
口の中の水分がどんどん奪われていく。
辛さで喉が乾いてくるというのもある。
そう言えばさっきあれだけ汗まみれになったのに、何も飲んでない。
だめだ、考え出したら急激に喉が渇いてきた。
周囲を見回す。テーブルの上には、飲み物らしきものはない。
上を見る。お姉ちゃんはどことなく、待ってましたという表情で、席を立つ。
「そろそろ二人とも喉が渇いたんじゃないかと思って、水を持ってきたよ」
戻ってきたお姉ちゃんの手には、たっぷり水の入ったグラス。
それがテーブルの上に置かれる。もちろん、お姉ちゃんサイズだ。
つまり、高さ2.5メートル程もあるグラス。
飲めるわけがない。水は諦めて食べ続ける。


◇◇◇
相変わらずハイペースで食べ続ける。
しかし、突然俺に異変が起きる。
ほんの少し、喉に詰まった感じがする。
それは徐々に大きくなっていき、仕舞には口いっぱいに頬張ったまま、喉を通らなくなってしまった。
み、水・・・。縋るような目で上を見る。
咲夜がニヤリと笑い、席を立つ。
「そろそろ二人とも喉が渇いたんじゃないかと思って、水を持ってきたよ」
咲夜がグラスを手に戻ってくる。
咲夜の手にぴったりのグラス。つまり俺達にとってはでかいってこと。
あぁ、いつからこんなに意地の悪い子になったのかねぇ。って、大きくなってからなんだけど。
うーん、どうしようか。テーブルに置かれたグラスを前に考える。
助走をつければ、よじ登ることはできそうだ。
だけど、グラスの頂上から水面まで、50センチぐらいある。中に落ちなければ飲めない。
そして、中に落ちたら、出ては来れないなぁ。
それが咲夜の狙いかな。逃げ場のない相手を弄ぼうって腹だな。
仕方ない。諦めてケーキへと向き直る。
あれだけのペースで食べたのに、まだこんなに残ってるのかぁ。
ちょっと気力が削がれる。


○○○
「あっ、そうかぁ。このままじゃ飲めないよねぇ。飲みやすいように二人に分けないとね」
わざとらしいお姉ちゃんの声が響く。
そしてグラスを持ち、水を口に含む。
私の前にグイっと顔が近付いてきて、口をすぼめて液体を皿に少し吐き出す。
だけど私は見逃さない。お姉ちゃんの喉が動いたことを。
水はお姉ちゃんの胃の中で、吐き出されたのは唾液だ。
今までこの場を支配してきたケーキの匂いに、お姉ちゃんの匂いが対抗する。
心象的にはお姉ちゃんの匂いの圧勝だ。
まぁそれは置いといて、問題はこれを飲むかどうかだ。
正直、嫌すぎる。でも、喉はカラカラ。
飲むか、いやそれはちょっと・・・。
長い葛藤があった。
ま、まぁ身内だし、我慢できないことはないよね。
まだ、完全にはふっきれず、ためらいながらも、唾液に口をつける。
少し、甘いような気がした。そして何より水分が身体を巡る心地よさ。
何かお姉ちゃんとの関係が変わってしまったような、不安をちょっと感じてしまう。
今までだって充分お姉ちゃんに依存してきたが、何かそれどころじゃないレベルにいってしまいそう。
ちょっとだけそんな不安がよぎりつつ、私は勝負に戻る。
相変わらずのペースで食べ続ける。


◇◇◇
「あっ、そうかぁ。このままじゃ飲めないよねぇ。飲みやすいように二人に分けないとね」
笑いを堪えられないといった声。
まさか、グラスの水を飲もうとしないことも計算済みで、別の罠があるのか?
咲夜はグラスを取り、口に含んだ水を京香ちゃんのいる皿の上に吐き出す。
うわぁ、咲夜さんの鬼悪魔。
そんな悪態を、心の中で呟く俺の目の前にも、咲夜の吐き出した液体が現れる。
いや、これおかしいぞ。水ってもっとサラッとしてないか?
俺の疑問を匂いが解決してくれる。
ケーキの匂いを押し遣るような咲夜の匂い。
これは困った。正直、喉はカラカラだが、これはちょっと飲む訳にいかないだろうなぁ。
キスをすれば、互いの唾液など飲むこともあろう。
しかしこれは、そう言うのとは違う。
だいたい、俺はこんなんでも教師なので、未成年に手を出して職を失うわけにはいかなかった。
咲夜の二十歳の誕生日は大きくなってからだったし、俺達二人にはそういう経験がほとんどない。
プラトニックな愛なのさ。
それに妹である京香ちゃんの前で、咲夜の唾液を飲むという行為は、背徳的と思えて仕方ない。
思い悩んだ末、俺は再びケーキへと向かう。
ペースは落ちたが、無理矢理飲み込み、次々にケーキを口へと運ぶ。
このペースでは勝負に負けるかもしれない。
だが、俺は自分自身との闘いに勝ったのだ。


○○○
「はい、また京香の勝ちーー」
食べるという行為は、人間には必要なことで、それはこんなに苦しくてはいけないと思う。
お姉ちゃん目線ではたった一切れのケーキを食べるのに、一体どれだけの時間がかかったのか。
本当に食べ過ぎて苦しい。しばらくは動けないぐらい。
でもこれで2勝だ。3回勝負って言ってたから、これで私の勝ち。
もう動かなくていいんだ。
「あらら、二人ともベッタベタね。そうだ、お風呂に入りましょう」
え?何言ってんの?お姉ちゃん。
お風呂って先生も一緒に?ない!それはあり得ない!!
お姉ちゃんの手が、先生を持ち上げ、器用に服を剥ぎ取っていく。
いやっ!固く目を閉じ、手で目を覆う。
「大丈夫よ、京香。大志さん、水着だから」
え?何で?
ゆっくり目を開けると、そこには水着姿の先生が。
何でそんなに準備いいの?
そして私もお姉ちゃんの手に捕まり、お風呂場へと連れて行かれる。
脱衣所でお姉ちゃんは先生の目に、何か黒い布をグルグル巻きにする。
その後で、抵抗も空しく、私の服も剥ぎ取られる。
恥ずかしい。私は水着なんて着てないし。
先生の目隠しも外れないとも限らない。
お姉ちゃんはお姉ちゃんで何のためらいも無く素っ裸になってる。
湯船に落とされて、叫びも抵抗も湯に流されてしまった。
って、湯船?お姉ちゃんはかなりの確率で、一人でお風呂に入らない。
でも付き合わされる時はいつも、私はお湯を張った桶に入れられる。
あぁ、また何かやらせる気だ。
「それじゃ、最後の勝負は水泳でーす」
ほら始まった。
「勝負はもう決まったでしょ」
無駄と分かっているけど、一応言っておく。
「最後の勝負はポイント3倍。定番でしょ」
私が馬鹿みたいな言い方だ。ホントこの姉どうしてくれよう?
どうにもできないけどさ。
お姉ちゃんがいるのとは反対の壁際に並ばせられる。
「ルールは簡単。そこから私のところまで先に着いた方の勝ち。それじゃ始め」
距離は約10メートル。グズグズしてたら負けてしまう。
とにかく手足を動かす。


◇◇◇
「はい、また京香の勝ちーー」
くっ、自分から言い出したことだが、こんなことで結婚できなくなるとは・・・。
って言うかね、ハンデきつ過ぎない?咲夜ホントは俺と結婚するの嫌なのか?
いやいや、弱気になっちゃいかん!結婚はするぞ。
それは決定事項だ。
「あらら、二人ともベッタベタね。そうだ、お風呂に入りましょう」
険しい顔で今後の策を考える俺をよそに、咲夜は能天気だ。
風呂かぁ。まぁ咲夜とはいつも入ってるしね。
ん?京香ちゃんがなんか騒いでる。
なんだろうと思う間もなく、俺は咲夜の手に攫われ、服を剥ぎ取られる。
どういう訳か咲夜は俺を汚すのが好きらしい。
一度口に含んでグチャグチャにした食べ物を、俺に向かって吐き出したり、直接俺を舐めたり、そんなことが好きらしい。
そして汚れたあとは風呂だ。だから俺は常に下着の変わりに水着を履くようになった。
最初は違和感あったけど、慣れって怖い。
「大丈夫よ、京香。大志さん、水着だから」
は?それってまさか京香ちゃんも一緒にってこと?
それは駄目ですよ咲夜さん。一応俺教師です。しかも担任です。
しかし、またも抵抗むなしく脱衣所へ連れて行かれる。
そして何かの布で厳重に目隠しされる。
どうも咲夜は俺より、京香ちゃんの方が大事らしい。まぁ、当たり前なんだけどさ。
そうこうしているうちに、お湯のなかに落とされる。
衝撃と水しぶき。見えない状態で落とされるって結構恐い。
それにしても風呂はいい。気持ちいいじゃないか。
ちなみに、この風呂のお湯は流された後、一か所に集められ、浄化されてまたこの風呂に使われる。
咲夜はこの国の色んな技術に支えられて、環境に配慮した生活を送れている。
技術大国万歳。エコって素晴らしい。
「それじゃ、最後の勝負は水泳でーす」
むむ、咲夜は自分がどれだけ恵まれてるか、もっと知った方がいい。
「最後の勝負はポイント3倍。定番でしょ」
京香ちゃんの不満に、咲夜が言い放つ。
何?よし!それじゃここで勝って、バシッと結婚するぞ。
しかし目隠しされたままで泳ぐってのはちょっと・・・。
これがハンデってことなんだろうけど、きついな。
そんな思いを廻らせているうちに、背中に壁の感触。どうやら端に移動させられたようだ。
「ルールは簡単。そこから私のところまで先に着いた方の勝ち。それじゃ始め」
うーん、見えないといまいちわからんが、きっと壁と反対にまっすぐ泳げばいいんだな。
考える前に動けばいいさ。結果は自ずと付いてくる。
うおーーーーーー!!!


○○○
私も必死だから、よくは見えないけど、先生がすごいスピードみたい。
あっと言う間に見えなくなる。
このままじゃ負ける。
しかしまぁ、普通に終わるわけがない。お姉ちゃんだしね。
大きな波が2、3度私たちを襲う。
押し流され、かなり戻されてしまう。
それでも手足を止めない。
先生は1度目こそ、押し戻されたが、その後は簡単に波を乗り越えていく。
悲しいかな、方向を見失ってるけど。
横の壁に向かって全速力で泳いでいる先生を横目に、私はただただ泳ぎ続ける。
お湯の中を泳ぐのは、思ったより体力を消耗する。
しかし、横に泳ぎだした先生を見て、何かを諦めたのか、お姉ちゃんの妨害はそれ以上無かった。
「はーい、最後も京香の勝ちー」
終わってみればあっけないものだった。
まぁ、実際は20メートルも泳いでないぐらいだもんね。


◇◇◇
うおーーー!!
正に一心不乱に泳ぐ。泳ぐ。
咲夜のことだ。何か仕掛けてくるに違いない。
それまでにできるだけリードを広げるのだ。
手足はいくら回転させても水を掻き、空回りすることはない。
いける。俺はいけるぞ。
その時押し戻される感覚が襲う。
ほらきた。咲夜の妨害だ。
しかしこのぐらいは想定の範囲内だ。
2度目、3度目と妨害を受けるが、この程度で負けはしない。
更にペースを上げて泳ぎ続けた結果、手に堅い感触。
壁?ゴールか?
やった。俺は泳ぎ切ったんだ。
拳を高く突き上げる。気持ちいい。超気持ちいい。
倒れるように仰向けに湯に浮かぶ。最高だ。
「はーい、最後も京香の勝ちー」
無情な宣告。何で?納得できねぇよ。
「大志さん。私のところがゴールって言ったよね。それ、壁だからね」
うむ、言われてみればそうだったかも知れん。


○○○
お風呂から上がっても、先生は落ち込んだままだった。
ぶつぶつと独り言を続けてる。
ホント、こんなののどこが良いんだか。
そんな先生を脱衣所に置いといて、お姉ちゃんは私をテーブルの上に運ぶ。
「まぁ、京香の卒業までは待つけどね、私は大志さんと結婚するから」
つまり今日の勝負なんかどうでも良かったってことね。
先生と私の勝負っていうより、最初からお姉ちゃんの掌の上で遊ばれてただけってこと。
あぁ、お姉ちゃんが休みってだけで、不運な一日だった。


⇒⇒⇒次回予告
やりたい放題のお姉ちゃんを食い止める最後の砦。
役人橋本さん参上。
百戦錬磨の口喧嘩術で、お姉ちゃんを唸らせ、
あり得ないハードスケジュールでお姉ちゃんを潰そうとする。
デカかろうが、強かろうが、逆らうものは許さない。
時々見せる優しさも見逃せないぞ。
次回「女の闘いは恐すぎる」
お見逃しなく!!






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はい、すいません。
最初は勢いで書くんですが、途中でダレてしまって、後半は雑過ぎますね。
私の傾向です。どうにかしたいです。
10倍ってどのぐらいなんだ!?ってのがわからないまま最後まで書いてしまいました。
もっと圧倒的なんでしょうか。
次回予告は完全に嘘です。橋本さんのキャラなんか、全く考えてません。
でも、やりたい放題の咲夜が敵わない存在というポジションで、橋本さんのことは書けたらなぁ。
そんな風に思ったりもします。
長々とお付き合いありがとうございました。
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