人間ってあっけないなあ・・・ひとみはさっきまでBFのノリオがいた右の手の平を眺めて思った。
ノリオとプールに遊びに来たのだが不良達に絡まれて,助けてくれると思っていたノリオはまるで他人の振り。
不良たちに乱暴されそうになった時,ひとみの中で何かが弾けた。
気が付くとひとみは不良たちを一人残らず踏み潰し,怒りに任せてノリオも握り潰していた。
小さな赤いシミになってしまったノリオ・・・不思議と畏れも悲しみも感じなかった。
温水プールの屋根のドームは無残に引き千切られ鉄骨がひとみの太股にまとわり付く。
夢なのかな・・・ひとみはぼんやりと逃げ惑う小人の群れを眺めながら思う。
遠ざかっていくざわめきとは逆にサイレンの音が近づいてくる。
あっ,パトカーだ・・・こうしていても仕方ないのでひとみはパトカーの方へ歩き出した。
ドーム全体が引きずられるように崩れ落ち埃が舞い上げる。
警官たちはパニックに陥っていた。
身長60mほどもある赤いワンピース水着の少女がこちらへやってくる。
急ブレーキと急ハンドルで次々に衝突するパトカー,ひとみはもう目の前に立っていた。
太陽を背に大きな人影が彼等を覆った。
ひとみはしゃがみこんで大破したパトカーを引き剥がしてあげようと手を伸ばした。
驚いた警官たちは拳銃を抜いてひとみを撃った・・・弾が無くなるまで。
「女の子に何するのよ!」
痛くも痒くも無いけど,女の子に銃を向けるなんて許せない!
ひとみは再び立ち上げるとパトカーごと警官たちを踏み潰した。
ペチャンコに潰れてアスファルトごと地面にめり込むパトカー・・・一台は爆発して炎を上げている。
その炎が容赦なくひとみの足を襲う・・・けどさっきの銃撃同様痛みは感じない。
やっぱり夢よね・・・一人納得するひとみ,これからどうしようかな?
いつ醒めるのかな,この夢?
乾き始めたノリオのシミを両手で払って辺りを見回す。
私,高所恐怖症でなくて良かったなあ・・・これって空飛ぶ夢と一緒なのかな?

その2
この川の向こうは私の住んでいる街・・・ひとみは河川敷に腰を下ろした。
コンクリートの護岸が割れて砕けて陥没した。
プールへ行く約束をしてから3kgダイエットしたのに・・・むかつく夢ね。
手元に停めたあった赤いスポーツカーを摘み上げてみた。
やっぱり夢だよ・・・重さを全然感じないもの。
そのままスポーツカーを握り潰す,ティシュペーパーのような手応え。
スポーツカーはガラスの破片とオイルを撒き散らしながら小さな固まりになってしまった。
さっきはピストルで撃たれても全然痛くなかったし,吹き上がる炎も熱くなかった。
鉄で出来た車も素手で握り潰せるし・・・あたし鉄の女になっちゃったのかな?
試しに人差し指で胸をプニプニと押してみる・・・心地良い弾力を伴って指が押し返される。
ほうら,やっぱり夢なのよ。
街に行ってみようかな・・・バスで30分かかった距離も今の私ならホンの数分だろうし。
左手に大きな橋が見える・・・渡れるかな?
なるべく小人を驚かさないようにココまで歩いたつもりだったけど,ちょっと無理ね。
電線を引き千切り,電柱をへし折り,道路に大きな足跡を残しながら・・・。
あたしの歩いた道筋はまるで大地震の後のようだもの。
それにあたし,もう何人も人を殺してる・・・ノリオも・・・警察に捕まるのかな?
そろそろお腹も空いて来たし・・・街に行けば何か食べられるかな?
ハンバーガーが食べたいな・・・。
いつも厳しい担任の田中先生が今のあたしを見たらなんて言うかな?
それにしてもこの夢なかなか醒めないわね〜?

その3
川の向こう岸が随分賑やかだな・・・サイレンとか鳴ってるし。
怪獣でも出てこないかな,そうしたらコテンパンにやっつけちゃうのに。
そうすれば今までの事も帳消しにしてくれるかな・・・食べるものも貰えるかな?
でも怪獣の方が強かったらどうしよう・・・負ける訳無いか,だってこれは私の夢だもの。
一際大きくお腹がグウ〜と鳴いた。
悩んでいてもしょうがない・・・ひとみは街に行く事にした。

「該当地区の住民の避難は完了,戦闘配備完了!」
「攻撃目標の戦闘能力は不明ながら我々と同じ人間の姿をしている,心臓・脇腹等の弱点と思われる部位に対して攻撃を集中!」
「戦車部隊の到着にはまだ時間がかかる,だが案ずる事はない・・・この防衛線で仕留める。」
「先制攻撃は厳に控えるように,日本語を話したという報告もある。 先ずは降伏勧告を促す,それまで攻撃は控えるように。」
「死体処理の為に防疫体制と輸送部隊の確保を進言します!」
「偵察ヘリまもなく到着,攻撃ヘリは運動公園に待機中!」
「目標,移動を開始しました・・・真っ直ぐこちらへやってきます!」
「総員戦闘配置,命令があるまで現状維持!」

川の水はひとみのくるぶし程度しかない・・・もっと大きな川だと思っていたのに・・・。
川底が脆く,しかも滑るので歩き辛いが,たちまち川の中程に到達してしまった。
向こう岸にはびっしりと深緑色の車の群れが土手を埋め尽くしている。
あの鉛筆みたいなのは大砲? 冗談じゃない・・・あんなのに撃たれたら!
100mほど手前でひとみは歩みを止め小人の軍隊を見下ろしながら語りかけた。
「私,岡野ひとみです・・・チョット大きいけれど,女子高生です・・・虐めないで下さい!」
小さな兵士達はひとみを見上げたまま身動きもしない。
遠くからヘリコプターの爆音が近づいて来た。