「ただいまー!」

『おかえりーっ』

耳の中まで戻ってきた。
拡声器は元の場所とは明らかに違う場所に転がっていたが、幸運にもその機能は壊れていないようだった。
体中が千佳ちゃんの粘液にまみれているせいで拡声器を握るのも一苦労だ。

『か細い声でもやっぱり一くんの声が聞こえると嬉しいよ。
 どうだった? 卵子に会えた?』

「会えたよー!
 ただ受精はできなかったみたいだねー!」

『予想できてたことだけど、ちょっと残念だね。
 まあ受精してたらしてたで私の年齢だと大変だから、それは良かったかもしれないけど……。
 いつか大きくなったら私と一くんの赤ちゃんを産めるよう、受精できる方法を探したいね』

千佳ちゃんも同じ考えに至っていたようだ。

『その前にまずは安全で気持ちいいエッチの方法も考えないといけないし。
 やることは山積みだね』

「でもねー! 一歩ずつ問題が解決していくのは嬉しいし楽しいよー!」

『そうだね。何も阻むものが無い恋愛よりもかえって燃えちゃうかも』

「今日僕たちは一つの中間ゴールに辿り着いたけどー! これからまずは何をしていこうかー!?」

『そうだね……まず、一くんは普通の学校生活を送ろうか……。
 これからいろんな問題に取り組んでいくんだったら知識が必要だし、学校で勉強してないのはまずいでしょ』

「えー!? 千佳ちゃんと会えないってことー!?」

『休みの日なら会えるよ。
 ちょっとした遠距離恋愛みたいなものだよ』

「ダイビングの講習の時にはいなかったけどー!
 都会で過ごしてるといつマスコミが僕を見つけて襲ってこないかと不安なんだよー!」

『んー、マスコミ、って何?』

「えっとー! 情報を広く人々に知らせる職業ー!」

『うーん? ああ、一くんたちの世界は町一つじゃないから、各地に情報を行き渡らせる専門の職業っていうのがある……のかな?
 そんな人たちに追いかけられるって、つまりどういうこと?』

「僕もこの間都会に出て初めて知ったけどー!
 巨人の女の子がよく海峡近くまで来て一人の人間と交流を持ってるって噂になってるんだー!」

『えっ、ああ、ええ……。
 つまり一くん、いくつもの町にまたがった有名人ってことじゃない』

「それが僕だってことはまだ誰も気付いてなかったみたいだけどー!
 あの地域の学校に通ってて一人避難してない少年なんて調べれば分かるからー!
 割と時間の問題だよー!
 そうしたらインタビュー攻勢に遭うねー!」

『っていうことは、当たり前だけど私も同時に有名人だよね。
 もしかして、気付いてないだけでマスコミの人とか来てたりする?』

「取材ヘリとかがこの辺にいた可能性はあるねー!
 一応千佳ちゃんの姿が地平線から出たりー! 千佳ちゃんの声が聞こえたりするくらいの範囲は居住禁止になってるからー!
 ああいう噂が流れるとしたらー! 居住禁止区域に来た物好きな人が目撃したかー! 居住禁止区域に取材に来たマスコミがいたかのどっちかだねー!」

『え、っていうことは、さっきの、エッチも、声聞こえてる人いたかも……?
 っていうか、立入禁止じゃなくてただの居住禁止だったの……?
 一くんを遠くまで運ぶのは危ないっていうのもここにテント張った理由の一つだったけど、この辺り一帯には基本的に人はいないって聞いてたのも理由だったのに……?』

気温が上がっていく。

『いや、私もうかつだったけど、でもマスコミって情報を伝える人たちなんでしょ?
 っていうことは、最悪の場合で、私のエッチ中の声が全部の町に克明に伝えられてるってことだよね。
 一人二人にただ聞かれるくらいなら、私の大きさだしそういうのもしょうがないかなあってギリギリ我慢できなくもなかったけど、でもそれって、やりすぎじゃない……?』

それが仕事なので仕方ない面もある。

『やだーっ。私、マスコミはお断りしますっ』

こうしてマスコミ嫌いの巨人が一人生まれた。

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『一くんもマスコミがテントの近くまで来てるって可能性に気付いてたなら、一言言ってくれれば良かったんだけどなあ』

まだ引きずっている。

「ごめんねー! 舞い上がってて正直頭から抜けてたよー!」

『うーん、まあこういうことだってあるよね。
 それにまだマスコミがあれの様子を拡散したって決まったわけじゃないし。
 ……ああ、拡散されたらむしろ恥ずかしいのは一くんの方なのかな。
 マスコミは私たちの町までは情報を伝えられないけれど、一くんが都会に住むとしたら普段住んでる町のみんなにあれをしたって知られるわけで』

「そう聞くとますます都会へ行きたくなくなったかもー!」

『だめだよ。辛くてもやっぱり勉強はしなくちゃだめ。
 ……あるいは、私たちの町の学校で勉強するって選択肢もあるけどね』

「マスコミに追いかけられるか新しい価値観に目覚めるかの究極の選択だねー!」

『そんなにすごいものなのかな。私にとっては日常だからなあ』

「うーん、考えさせてー!」

『私、結構一くんにばっかりいろんな負担をかけさせてるところがあるって気にしてるんだ。
 私たちの町に来るんだったらできる限り環境を整備してあげるよ』

「ありがとうー!」

『……もう二人だけで過ごしてきた停滞した時間も終わりってことかなあ。
 これからの将来を考えて、どんな人たちと関わっていく未来を選ぶか決めるときなのかもね。
 ……一くんにも言っておこうと思ってたけど。
 私も、一くんのこと、パパとママに伝えようって決めたんだ。
 これからの将来のためには、いつか通らないといけない道だから』

「僕思ったんだけどー!
 ひょっとしたら、僕たちの選択や行動が、この星の将来にも影響していくかもねー!」

『そうかもね。
 私たちがモデルケースになれば、きっとお互いの人たちの交流も活発になっていくんじゃないかな。
 もしかしたら、その最中で悲しい事故も起こるかもしれないけど。
 でももっと安全にサイズ差を乗り越えられるようになれば、そこにはすごく楽しい世界が広がってると思う』

「そんな世界を実現するためにもー! もっと勉強しなくちゃねー!」

『そうだねえ。まあ、そういう遠大な目標はそれとして』

うん?

『一線を超えた以上、もうどこでも大丈夫になったからね。
 次に会うときに「探検」する場所決めよう?
 好奇心は人を育てるんだよ。
 これも勉強の一部と思ってやってみようっ』

「千佳ちゃんが知りたいだけだよねー!」

『一くんだって知りたいんでしょ?』

「そうだよー!」

『次は足裏なんかがお手頃でいいと思うんだけどどう?
 いつかは最高難易度の消化器にも挑戦してみたいね。
 そうだ、私の中の様子、どうだったか聞くの忘れてた。
 ねえ、そっちはどんな感じだった?』

おしゃべりはいつまでも終わらない。
僕たちの不思議な関係は、これからも、ずっと、ずっと続いていく。

ボーイ・ミーツ・ギガサイズガール 完