夏休み。俺は次第に暑くなる日々が嫌になっていた。無駄に暑い日に外に出る気分に
なんてとてもなれない。そして、今俺は川辺で友達と釣りをしている。何故こうなった
かというと、俺が住んでいる地域は水田とかが多く、川もまぁ、綺麗な方だと思う。
そこで、友達の川本がよく釣れる川を発見したといってきた。俺は、まぁ、断った。
 だが、いまはこの川に糸を垂らしている。
 実に不思議だ。
 何故俺はここにいるんだ?


 時間はどれぐらいたっただろうか。釣竿を親父のを借りて、川本が来るまで家出待機して、
10時ごろに川本が来て、俺の家から約5kmぐらいしたところまで、ひょろーんと
川が現れたんだったな。ここの川は広いし、ちゃっかり深いから橋から飛び降りたり
する輩もいる。そして、糸を垂らして数分。太陽の位置からするとだいたい昼ぐらいだろうか。
隣の川本も胡坐を書いてひたすら糸を垂らす。
「なぁ、川本。俺が思うに魚釣りっていうのは、朝早くから行くんじゃないのか?」
 俺は気分晴らしに糸を見ながら川本に話をかける。
「あぁ、そうなんだけどよ。ちょっと、寝るの遅くなってよ、朝が辛かったんだよ」
 川本があはははっと笑う。「すまいない」といく感じだ。
「で、川本は何時に寝たんだよ?」
「そうだなー、だいたい4時かな」
「お前、4時まで何してたんだよ!」
「いやぁ、学校で借りてきた本がさり気なく面白くてよ。ずっと読んでいたよ」
 なるほど。川本は学校で借りてきた本を読んでいて、仮眠を取ったら大変な時間に
なりましたと。そんな、時間があれば俺は読書感想文の本でも読んでろよ。
あとがきよんでまとめる適当な文を書くくらないなら。ま、俺も人のことはいえんが。


 それから糸には反応なし。反応がでるまで俺と川本は色々と雑談をかました。
こうして、釣りをしていれるのは、2人とも部活には無所属。高校1年になって、
何か楽しい部活はないだろうかと考えたが、特に魅力的な部活はなかった。
ただ、時間だけが過ぎていく。耳に入ってくる音は川の流れ、夏の暑さを示す
蝉の鳴き声。
 さり気なく、携帯電話に目をやると時間は3時。
 我ながら、よく雑談だけで、これだけの時間を過ごせたと思う。
「川本、そろそろ引き上げないか?正直、俺夏休み入ってから
 1週間何もしてないんだよ。だから、今日はこの辺で引き上げないか?」
「そうか?確かに、今日はつれそうにないな。無理に誘って悪かったよ」
 川本は申し訳なさそうに頭を下げる。確かに、1匹ぐらいは釣ってみたかったな。
 まぁ、俺は魚なんて触れないが。
 とりあえず、俺と川本は帰りの準備をする。ジリジリ光る太陽が嫌に腹が立つ。
まるで、太陽があざ笑っているかのようだ。そして、俺はここに何しに
きたんだろうかと思う。得たものは疲労と日焼け。失ったものは時間と、
体内の塩分っか。
 そんな風に川を眺めていると頬に冷たいものが触れた。
「うぉ!」
冷たい物は何なのかがわかった。川本がクーラーボックスに入れていた
ラムネだったということがわかった。
「俺さっき、親から早く帰って来いって電話きたから、
今日のことはそのラムネで許してくれ!じゃーなー」
そういうと、川本は全力で自転車に乗って姿を消した。
 逃げたか?
と思ったが、細かいことは気にしないことにした。
 
 カッシュ!

 と音と共にビー玉が下に落ち、液体から一気に泡が溢れてくる。
ラムネから液がでないように慎重に押したから、こぼれることはなかった。
 何も口に水分を入れていなかったからこの爽快感はたまらない。
きっと、大人になるころに仕事帰りの酒がこんな感じにうまく感じるんだろうなと
思いながら飲んでいた。
 ラムネも飲み終わるとラムネの容器と容器の中のビー玉だけが残った。さりげなく
見たビー玉が綺麗に見えた。
「ビー玉ってこんなに綺麗だっけ?」
ぼそっと口からでた一言。
 俺はそれから昔よくビー玉を取ったことを思い出しながら中に入っているビー玉に
手を取った。親指と人指し指につまんで太陽にかざしてみる。
 ビー玉の青色が透き通って見える。
何気なしに見た色が綺麗だ。
 不思議に綺麗だ。
 ビー玉ってこんなに綺麗だったか?
 俺はそのビー玉を川に向かって投げた。自分の行動がなんか子供っぽく感じた。
青色のビー玉は綺麗な放物線を画きながら川に落ちた
「ボチャン」
っとついつい声に出した。しかし、ボチャンという音は聞こえなかった。
まさか、人にあたったのか?


 少し気まずい感じもしながら俺はビー玉を投げた場所へ向かってみた。草が何本か
生えている。ビー玉の落下地点だと思われるところに着くと、そこには、人形の頭
みたいなものが浮いている。
 ゴミか?
 俺は木の棒で突いてみると、ピクリと体が動いた。顔が見えた。おでこが微妙に
赤くなっている。さらによく見ると血っぽいのもでてきている。
「人形・・・だよな?」
 俺はもう一回人形の頬と突いてみる。すると、ビクッと人形が動き川に潜った。
ボチャンという音を残し小さな波ができている。
 俺は自分の目を疑った。人形が動いた?いや、たまたま沈んだだけか。
 俺は人形が落ちた部分をずっと見つめる。人形が浮いてくるまで俺は何時間でも
待っていてもいいような気がしてきた。すると、水辺からぷくぷくと泡がでてきた。
 
 ひょこ。

 そこにはさっきの人形が頬を赤くしながらでてきた。
 なぜ、赤くなっているんだ?
 そして、おでこがやっぱり晴れている。目がかわいい。
「お前、ケガをしているのか?」
自分が犯人であることはわかっているが、この人形モドキは犯人は俺だろと
知らないだろう。案の定、その人形モドキはこくりとうなずいた。この辺は、
ズボンを少し上げれば進めるぐらいの水深だ。俺は家から持ってきたバケツで
その人形ごとすくった。人形モドキは今自分がどのようなことになっているのかが
わからず、俺を見上げていた。
「頭、痛い?」
俺は人形モドキに向かって問いかけてみた。別にしゃべるかもわからないが、話を
かけてみた。すると、人形モドキは顔をこくりとうなずいた。
 痛いようだ。
「えーっと、効くかわかんないけど、家に帰って消毒してみよ?」
すると、人形モドキは俺の発言がわからず、頭をかしげた。じーっと俺を見つめる。
ぷにぷにしてそうな頬、髪の毛は俺から見ると、長いほうなのかな?顔しかだして
いないが、髪の毛が顔よりも長い。だいたい肩ぐらいは伸びているのだろう。
そんなことを思っている人形モドキはこくりとうなずいた。


 さて、俺は家に帰った。約5kmもある道のりを自転車に乗って帰ってきた。
バケツをカゴにのせると、バケツでカゴが満タンになり、他の荷物は全部肩に
しょって帰った。いまさらながらリュックでくればよかった気がする。
右に付けていると右の方が重心がかかり倒れそうになるが、バランスを保ち、
だいたい半分の距離まで進むと今度は右肩が悲鳴を上げ始めたから左肩に荷物を移動。
っとまぁ、こんなかんじで長い長い道のりをかえってきたわけである。
 そして、第二の関門がこの家だ。我が家はペット禁止なのだ。母が動物嫌いであり、
小さいころに俺が金魚を飼おうと提案してみたが、母は「掃除はしないでしょ!」と
いわれた。まぁ、俺がこっそりタライを準備し、自分の部屋に隠しながら
飼ったこともあった。隠す場所は押入れ。
 だが、残念なことに俺は押入れに隠し、月日が経つに連れてだんだん金魚という
小さな生命のことを忘れていた。金魚の存在に気がついたのは、部屋から謎の悪臭が
包まれて、臭い元を探し、押入れをあけるとそこにはタライに浮かぶ哀れな金魚。
俺はその時に発した一言をいまだに覚えている。
「死んだ魚みたいな顔しやがって…」
 なぜその一言がでたのかは、未だになぞである。金魚の処理をする際に俺は運が
悪いらしく、母に見つかり、こっぴどく怒られたものだ。今思うと、酷いことをした
と思っている。許せ金魚。
 それ、以来母は俺の部屋を確認していた。俺が不信な行動をしたときも目を光らせた。
ミッション・ワン“母の目を欺け!ゴールに向かえ!”が開始した。
まず、バケツのままで行こうか、しかし、万が一見つからずに付いたとしても、
バケツから容器を変えねばならない。変える容器はやはり、タライか。
となれば、タライでさっさと行ったほうがいいだろう。タライは物置に封印された。
自腹で買ったタライを今封印から解放する。
 

 さて、バケツを置き、物置の目の前に立つ俺。物置の扉を開ける。

 ギギギ、ギィ、ギギ、ギガ!ギギ、ギ!

 何て不思議な音が出るんだろうかと突っ込みを入れたくなる思いだったが、
バケツの事を考えると速攻でタライを探さねばならない。一歩進む。

 ガツン

 と足に触れる。足元をみると、懐かしいタライが発見。タライの中心アタリが、
緑色になっている。だが、周りはほこりをかぶり灰色だ。まったく、酷いものだと思う。
俺はタライを外にだし、庭にある蛇口をひねり水をだし、懐かしきタライに水をかけ、
蛇口にぶらさがっているたわしでタライの目立つ汚れを集中的に攻める。
 数分後、汚いタライであったが、さっき目にしたタライと比べると少しは
まともである。あとは、バケツの水をこのタライに移動する。バケツの中をみると、
顔を上にしながらすやすやと寝ている小さな生物がいた。
 俺はためらいもなく、バケツの水と小さな生き物をタライに移動した。

 バシャア!

 と共に、小さな生物は目を覚ましたらしく、頬を膨らませてこっちを見ている。
よくみると、目もかわいいかなと思った。俺は一応保健に、汗拭きタオルをタライに
入れといた。もちろん、生物をタオルにかぶせることだ。
「よっし、あとはばれなければいい」
俺は独り言を呟くかのように言った。俺の部屋は2階の階段の隣の部屋だ。
距離的に遠くはない。見つからなければ、勝ち。アイム、ウィン!
 玄関の扉をゆっくりあけ、タライを両手で持ち辺りを注意するかのように
進んでいった。知らない人が俺を見ていたら、通報するかもしれない。玄関に
靴を脱ぎ、ゆっくり、ゆっくり進み、茶の間を突破、後は曲がって、階段を
上れば俺の部屋だ。角を曲がり、人がいなのを確認し、階段に足を1歩、2歩と
進めると。急に後ろから気配が!
「タケル、あんた何をしているんだい?」
 モンスターが現れた!
 やばい!
 しかも、まわり囲まれている!
 奇襲攻撃だ!
「あんた、何もっているんだい?」
 さっそく、来たな先制攻撃。
「え、あ、タライですよ。お母様」
「なんだい、その口の利き方は?何でタライが必要なのかね?」
「いえいえ、少々お部屋が綺麗なので、そ、掃除でも、と思いましてね」
 やばい、焦れば焦るほど口調がおかしくなってきている。
 母の目がだんだん鋭利になってきていますよ!
 そのまま、紫色のビームでもだすんじゃないんですか。
「何か飼うんじゃないでしょうね?」
「いーえ、お母様。私はあの金魚事件から足を洗った身ですよー?
今更タライで何を飼うというんですかー?」
 額からは汗。
 母からも汗。
 いいよね、お母様の汗は、
 ただ純粋に暑いんでしょう。
 私は心拍数がガンガン上がっていますよ!
 背筋が寒いですよ!
「一応見せなさい」
 万事休すか!
 逃げるか?
 いや、ここで逃げたらそれこそ不自然だ。
 今でも不自然だが、見せるしかあるまい、
 俺は黙って体を180度回転し、母に見せた。
 母はタライをよ〜く見る。あ!お母様!それを手にとってはなりません!
「あんた、こんなにまだ綺麗なタオルを使うのかい?」
 母はタオルとつまみながら俺を見ながら言う。
「あ———!っし、こら!だめでしょ!そんなことしちゃ!」
 全てがパーになる前に俺の頭がパーになってしまった。母が俺の奇声にひるみ、
タオルをつまんでいる力が微妙にゆるくなっている瞬間を見逃さず、
すばやく体を180度!
「あんた、頭大丈夫?」
「そうですねー、炎天下の元で魚釣りをしていましたからねー、そうですね。
お母様の言うとおり、タオルもまだ綺麗だし、部屋で横になっています。
ほら、よく漫画とかでタライに足を突っ込んでいるシーンがあるでしょ?
アレを実際にしてみます」
 若干早口になりながらも喋った。それから、
母はあきれたのか知らないが、「気分悪くなったら早めに言うんですよ」と言った。
母が茶の間に向かうのを確認してから俺は階段を上っていった。
階段を上り終え、さっきまで母と壮絶な戦いをしている場所を見ながら思った。
気分が悪くなったら、早めに言えですか。
じゃあ、いいますよ。
お母様、僕の部屋に来ないでください。
 そう心の中で、ゆっくりと喋り、俺はタライを床に置き、自分の部屋に戻った。
部屋に戻る際になぜあのような奇声を上げてしまったのかは、俺自身謎だ。
色々なものが限界に達したんだろう。部屋に入り、タライを床に置いた。
俺はタライからタオルをどかし、小さな生物を見てみた。今思うと、
よくあのときばれなかったなと思う。小さな生き物は先ほどの俺と母の会話を
聞いていたらしく、楽しそうに口で水をぶくぶくしていた。だが、その動作も
なんかいい。


 それから、俺はしばらくその小さな生き物を観察していた。大きさはだいたい、
なんとか人形とか、CMにでているあの人形ぐらいの大きさぐらいだろうか。ただ、
じーっと見ているとタライの周りを時計回り、半時計周り、水をぶくぶくしたり、
潜ったり、している。体が見えるかなーっと見てみようと試してみたけど、
うまい具合に潜ったりして、頭から下をみせない。気がつけば、おでこの傷は
治っていた。
「傷も治っているみたいだし、いつ親に見つかるかわからないから、
真っ暗になる前に川に返すか」
 といい、両手でタライを持ち上げようとした刹那、俺の目の前に水が飛んできた。
俺はこの起動を見たことがある。そう、エアウォーターガンとかでシャコシャコし、
引き金を引くと勢い欲でる水鉄砲の弾丸が!

 びしゃぁあ!

「うああぁぁああ、目があああぁぁああ!!」
 右目にウォーターはいりましたー!正確には川の水が右目に入りましたー。
痛い目をこすりながら、俺は小さい生き物を見た。
嬉しそうに水をまたぶくぶくしている。
いったい、どこからあの水の弾丸が出てきたんだっと思っていると、
口から水をちょろちょろっと俺に見せ付けた。
 なるほど、すばらしい肺活量だ。
「えーっと、君は、おうちに帰りたくないのですか?」
無駄だと思う質問をしてみる。どうせ、わけもわからず顔を傾げるだろと思いながら効いてみると、こくりと頷いた。
「ここに住みたい?」

 こくり。

 また頷いた。何に気に入ったんだ。このタライは金魚が無残な死に方をした。
タライだというのに、この子は何も知らないようだ。俺は瞬時に迷った。ペットは
飼えない。だが、考えてみると金魚をこっそり隠していたときは母は気づかなかった。
気づいたのは処理のとき。なら、別になんとかなるだろう。隠す場所は押入れの中。
念には念をと本とかのダンボールを前におけば大丈夫だろう。
「よし、じゃあ。こっそり飼うか」
俺の発言を待っていましたかのようにポチャンと潜り、顔をだし、
水でまたぶくぶくをする。名前はどうしようか。水をぶくぶくするから、
“ぷくぷく”とかか?腕を組、ぶくぶくしている生き物を見ると、
ぶくぶくをやめていた。すると、
「・・・ックション!」
 と小さなくしゃみをした。人型に近いし、くしゃみをした。
さらに、俺は観察する。名前を決めるために。じーっと見た。名前、名前。
視線を感じたのか、くしゃみが恥ずかしかったはわからないが顔を赤くし始めた。
「ぁー・・・」
 と小さく鳴いた。声は人間の口からでる声と似ている。
犬とかのワンとかキャンとかではない。
てか、人か?小さいから小人か?でも、長い時間風呂とか入ると皮膚が
ふにゃふにゃになるけど、皮膚に異常なし。
「“あ”と“くしょん”か」
 この小さな生物が口から出した言葉をボソリといってみる。
そういえば昔、どこからの湖でネッシーだがレッシーだとかいう生き物がテレビの
特集でしてたな。そんなことを考えていると、1つだけ頭をよぎった名前がでてきた。
「よし、今日からお前の名前は“あっしー”だ」
その声を聞いて、あっしーは嬉しそうにうなずいた。



名前を付けると時間は日が沈み、台所の方から母の高らかな大声が階段を通して
俺の部屋に伝わってきた。飯ができたのだろう。俺はそのまま台所に向かい、
夕食を食べた。食べている間、あっしーは一体何を食べるのだろうかと考えてみた。
 あっしーを人間と見るか、魚介類と見るかで悩んでいた。
顔は人間だが、下まではわからないままだ。そして、先ほど水の弾丸をみると
鉄砲魚という魚がいるから・・・。とりあえず、箸を進め飯をたいらげて
冷蔵庫を見ると魚肉ソーセージに目が行った。そういえば、子供の頃に亀に
魚肉ソーセージを食べさせた記憶がある。
しかし、もし魚だったらコレは共食いなのか?脳内で一気に臨時会議を行う。
 結論はあっけなく決まった。なぜなら、冷蔵庫を開けっ放しで考えている間に
母様が「早く占めなさい!」といったからである。俺はとりあえず、
魚肉ソーセージを手に取り「これ夜食で食べる」と言い残してその場から去った。
 あっしーには悪いが、人間と魚から何故か亀にいったのは悪いと思うが、
何もやらないよりは魚肉ソーセージを食べさせよう。
 部屋に戻るなり、あっしーがくるくる泳いでいるタライの元で座り手に持っている
魚肉ソーセージを小さくちぎってアッシーの顔に向ける。
あっしーは最初顔を後ろに引いて、恐る恐る魚肉ソーセージに近寄り匂いを
くんくんと嗅いでいる(?)そぶりを見せ、一度こっちを見て、勇気を出たかのように
それをパクリっとあっしーは口に運んだ。口をもぐもぐさせ、ごくりと飲み込むと
おいしかったらしく笑顔を俺に向けた。
 こうしてみると、結構可愛いものである。目を瞑(つぶ)ったかのような目だが、
嬉しいとかの表情は眉毛と雰囲気を見るとわかる。それから、俺は小さくちぎり
あっしーに食べさせた。


 あっしーが我が家に隠して飼ってから数日が過ぎた。
そして、その数日間は少しだけ我が家がスリリングになった。
だが、それもまた楽しい。最初は親の警戒をしていたが、親は案外高校生になる俺の
部屋には興味はないようだ。親が掃除にくるっというのは、なくなったからだ。
まぁ、小さい頃からお母様からは「自分の部屋ぐらい自分で掃除しなさい!
そして、他の人から見られても恥ずかしくないような部屋にしなさい」という教えを
忠実に守ったからだ。今思うと、よく反抗しなかったと思う。
最初は、タンスの奥に隠していたが、日が経つにつれて奥から手前に移動し、
ついにはどうどうと部屋にいる。
 しかし、今はちょっとした問題がある。それは、あっしーが日に日に成長しているらしく
大きくなっている。最初は片手肩幅まで掴めそうだった体が、今ではできない。
タライの空きの容量も小さくなって、我が家で飼うことが困難になっているのが
悩みの種である。
 ので、最近は夏休み期間に学校の図書室にいって地元の地図を探して、
何個かあっしーを放しても安全そうな場所を探し、実際にその現場に入ったり
するのが俺の日常になっていた。少しでも時間が欲しい。考えてみると、
この高校に入るために勉強したヤツより結構必死だなと思うと苦笑いがこぼれる。
だが、あっしーのためを考えると弱音をはけない。
 そして、ついに見つけた。あっしーが住める湖だ。人は、意外と近くにあるものに
気づかないものだ。その場所は俺とあっしーが出会った川と俺の家の丁度間にある位置だ。
あっしーと出会った川の湧き水でできたそうだ。そこは、あまり人気が少ないから
安心できるだろう。俺は安心して家に帰ったが、その安堵も長くはなかった。
 家に着くと、時間帯はお母様がまもなく夕飯の仕度が終わる頃だった。
親は俺が学校で勉強していたと思っているから、詳細を聞こうとしない。
俺は自分の部屋に戻ると、タライの周りに水がはねていた。
俺はタライを見るとあっしーが苦しそうにしている。肩から下が見られたくないように
顔を上に向けていた。図説にしてみると、足に頭を付けるかのように苦しい顔をしている。
俺は夕飯をササッと食いおわすなり、自室に戻りタライを両手に持って外に出た。
親たちが食事中の隙にでた。外にでるなり、庭のバケツにタライのものを一気に流し込む。
何が起きたかわからないままあっしーはバケツに流された。あっしーが流される際に
顔面をバケツに強打したのが見えた。
「あ・・・すまん」
すぐにあっしーに誤る。が、あっしーは目をぐるぐるしたかのような目でゆっくりと
バケツの底に沈んでいった。
 時刻は当たりは真っ暗。田舎道で電灯がポツリとあるだけの道路。
夜の生ぬるい風が吹く。まぁ、陽がでているよりはまともだと思うなり、
そのバケツを自転車のカゴに付けペダルをこぎ始めた。


 暗い夜道。時刻はゴールデンが終わった時間帯だろう。その中でタケルは
自転車に乗ってある場所に向かっている最中だった。ガタガタと揺れるカゴとバケツ。
その揺れで気を失っていたあっしーが目を覚ました。
「お、気づいた」
タケルは若干息を上げながらあっしーを見た。あっしーは機嫌が悪いかのように眉を
ツンとしていた。顔を水面にやり、勢いよく口から水を飛ばした。
「うぁ!」
水鉄砲が顔に当たり、倒れてしまうとバケツの水が流れてしまうからタケルは両手で
ブレーキを強く握り両足は地面に付け、勢いよくズジャジャジャジャという豪快な音をたてた。
「こら!いきなり何するんだ!」
と、タケルは勢いよくあっしーに怒鳴るがあっしーはぷぃっとそっぽを向いた。
まぁ、急にタライからバケツに移動してたまたま当たり所が悪かっただけである。
それは悪いことをしたと思う。
「さっきのことは、すまなかったよ・・・」
何も言わずに何も考えずに行動にだしたことを反省する。あっしーは
タケルの方をみず、正反対の方を向いている。ポタリ、ポタリと落ちる顔の水。
タケルは半袖のワイシャツで濡れている顔を拭く。タオルかハンカチで拭きたかった。
その後、軽く右目をこする。急に飛んできた水が相当痛いからだ。
それに、その水はただの水ではないからだ。
「あー・・・、目がチカチカする」
目をこすってはいけないと思いつつも痛さ故にこすってしまう。何故自分が
自転車に乗っているかは知らないあっしーだが、まったく進まない自転車に
違和感を感じ振り返る。あっしーが振り向いたのを気づいて思わずタケルは
「あ、その・・・さっきは、ごめん。
でも、お前がそこまで大きくなったら・・・」
こすりながら喋る手を止め、タケルは話続ける。
「とても、家で飼うのは困難なんだ。だから、勝手な行動だと思っている。
でも、おまえにつらい生活をさせたくない。だから、俺とお前と出会った川の
湧き水でできた湖があるそこに、あっしーに住んでもらいたいんだ・・・」
すると、急にあっしーとの自分の家での記憶がフラッシュバックのように思い出してた。

 最初はタンスの奥は怖がっていたこと。
 親が出かけている間にお風呂で軽く洗った時、あっしーが全力で顔からしたを見せなかったこと。
 親はこないだろうと思い、一緒に2階から月を見たり。
 枕もとにおいて一緒に寝たり。
 顔に水をかけられたり。
 あっしーを釣ったり。

 その記憶が浮かんでくるなり、左目からは涙がでてきた。
なんで、涙がでたかはタケル自身がわからない。左目の涙を拭うとあっしーは
少し不安そうな顔をした。そこにいつもの彼がいないようにあっしーには見えた。
そして、今の状況はあっしーはなんとなくわかってきた。
 
 そぅ、別れるんじゃない。
 場所を変えるだけ。
 ただ、それだけ。

「ごめん。ちょっと思い出した。あっしーとの出来事を思い出しただけだよ。
まずは、その湖に行こう」
右目をこする手を下ろし、あっしーにちょっと辛そうな笑顔を向ける。
その時一瞬タケルの目が赤くなっていた。涙と痛みで出来た目にあっしーは
自分がしたことに反省する。例え、喋れなくても顔を見ればわかる。
そのあっしーの顔からはちゃんと「ごめんなさい」と言っている。


 数分自転車で移動すると、そこには明かりなどない。ある明かりといえば、
自転車のライトだけ。タケルはゆっくりとカゴからバケツを取り出す。手から
こぼれないようにしっかりと握る。
 あっしーは人の言葉をあまり知らないから、今から起きることは恐らく
わからないだろう。でも、わかってくれる。最初は余裕だったバケツも今では
頭にすっぽり被れるだろう。タライにせよ、バケツしても今後あっしーが苦しいだけ。
それなら、広く伸び伸びとこの湖で生きてほしい。
それが、タケルがあっしーにかける想い。
 湖の前で足を止め、ズボンを捲くり、バケツを湖の水に着けながらゆっくり進む。
変に肩から下は見せたくないあっしーのことだから、タケルなりにあっしーに
気遣っている。バケツの水と池の水はもう一緒だ。
「さ、ここで静かに暮らすんだぞ。ご飯は、なるべく用意するから」
しかし、あっしーは出ようとはしなかった。
別に挟まっているわけではない。顔が不安そうである。
「大丈夫だよ。もう、二度と会えないわけじゃないんだ。
もう、一緒に寝ることはできないと思うけど、また会いに来るよ。
だから、俺はあっしーが家から居なくなって寂しいとは思わないよ」
と、あっしーに優しく話しかけた。

 まぁ、寂しいけどな・・・。

と、思う自分の心境に苦笑しながらもあっしーを安心させるために優し言葉を贈る。
「どうしても、寂しいときは俺のことを思い出すと思い出せ。
心が通じれば、まためぐり会える。だから、そんな悲しい顔をするんじゃない」
そう言うとゆっくりあっしーは湖の方に向かった。
でも、まだ不安そうな顔をしている。「もう、二度と会えないんじゃないか」
とあっしーがそう言っている気がする。タケルはゆっくり膝を曲げ、
「明日、また来るから安心しろ。約束するよ」
そう言い、あっしーの頭をなでた。潜らずにずっと顔だけだしていたから、
頭は乾いてきている。頭を撫でられ、何か安心したかのようにあっしーは
いつもの水面でぶくぶくする動作をした。
「ふふふ、お前って可愛いな。じゃあ、また明日な」
そういうとタケルはゆっくり立ち上がり、湖からあがった。
自転車に乗り、あっしーに手を振り、あっしーが湖に潜るのを確かめたから、
タケルはペダルをこぎ始めた。

 絶対だよ

 急に頭から直接言葉を聞いた気がする。俺は湖の方を見るが、誰もいない。
確かに誰かに言われた気がした。不思議な気分になった。
 そして、タケルはまたペダルに力を入れ自転車を乗る。
「あぁ、絶対行くよ」
と、タケルは自転車に乗りながら呟いた。



(続く)