この世界に『ありがとう』の言葉を

 
 とある村に住んでいる少年には夢があった。それは世界中を旅して周るという夢だ。以前、村に商人がやってきた時に
親に買ってもらった一つの本がきっかけで、少年の好奇心は爆発し、世界中を旅してこの目に焼け付きたいという夢だ。
 しかし、村の外は危険がいっぱい。村の外に出れば、いつ魔物に襲われるかもわからない。魔物にもピンからキリまで
様々な種類がいる。危害を加える悪い魔物もいれば、温厚で戦いを好まず人間に協力的な魔物も中にはいる。少年の両親は
一人息子の冒険は無謀だと反対した。
 だが、少年は諦めなかった。どうしても村の外に出たい。村以外の景色が見たい、魔物を見てみたい。そこで、少年は
両親に一つ提案した。村から一番近い港町に買い出しに一人で行くという事だ。村から港町に一人で行けないことはないが、
片道に反日以上かかり、往復すると一日以上どうしてもかかる。途中、野宿という選択肢もあるが、魔物に襲われると
やっかいなので、基本は港町で一泊してから帰ってくるというのが主流であった。大きい買い物をしに村を出るのなら
話はわかるが、個人的な用事で港町に行くのでは、少年の両親もなかなか首を縦には振ろうとはしなかったが、これを機に
一度死なない程度の恐ろしい目にでも会って、もう二度と外へ出ようと考えない事を祈って、港町までの買い出しを許可
したのだ。少年のお小遣いで、宿に泊まり、好きな物を買って返ってきなさいという条件の元、少年は村を出た。


 思いの外、少年は無事に港町に辿り着いた。途中で魔物という魔物に襲われる事もなく、ただ普通に与えられた地図の
通りに歩いただけだった。今ひとつ、魔物と対峙などのハプニングを心の何処かで期待していただけにガッカリしたので
あった。
 だが、少年は港町に着くなり、人の賑わいと、道という道に色鮮やかな布を屋根に出店の数に圧倒された。人混みに紛れ
ながらも出店に目を向ければ村では見ないであろう珍しそうなものがチラホラと見える。やはり、村の中で一生を過ごすのは
勿体無いと、少年は心の中で思った。
 まもなく、人混みの中を歩いていると、いつしか海沿いの方まで歩いていたのであった。そして、目にする巨大な船。
大きな荷台には一体何が詰め込まれているのだろうか。少年はわくわくしながら巨大な荷物を外に出したり、中に入れたり
する大男達を見ては、自分もあんな風になれば、船に乗って、色々な所へ行けるのかもしれないと、夢を膨らませた。
 そして、考えてはイケナイ事を思いついてしまった。大男が次から次へと運ぶ荷物に紛れ込めば、船に乗れる。見つかる
かもしれない。けど、見つかったら見つかったで、つまみ出されるのはわかっている。だが、船の中が少しでも気になった
少年は船の中に潜入することにしたであった。バレないように大胆かつ慎重に手頃な木箱の中に身を潜めることにした。
偶然にも木箱の中には何も入っておらず、悠々と木箱の中へ入り、船の中へと入っていったのであった。
 意外と楽々と船の中へと潜入することに成功したまでは良かったが、ここで思わぬハプニングに会ってしまった。
少年の入っている木箱の上に別の荷物が乗ってしまい、外へ出ることが出来なくなったのだ。危険を感じた少年は、大声で
何度も助けを求めたが、荷物を保管している所に船員は居らず、気づいてもらうことは出来なかった。
 そして、追い打ちをかけるかの如く、出航の鐘が鳴り響き、船は港町を後にしたのであった。

 その日の夜、海は強い時化に襲われたそうだ。


 *
 

 意識を取り戻すと俺はどこか知らない島へと流れ着いていた。何故、俺はこの島に来ているのか? いや、来たくて
来たわけじゃない。体の至る所が痛い。真っ暗闇の木箱の中で、ただただ無抵抗のままありとあらゆるところを強打した。
船員の悲鳴から察するに、船は嵐に飲み込まれたんだろう。そして、俺は運良くこの木箱が小さな救命ボートのような物に
なり、得体の知れない島へと流れ着いたわけだ。周りを見渡すと船の残骸なのか漂流物が流れ着いている。前方には森が
ある。誰も住んでいないのであろうか? 誰かがすんでいるのであれば、少しは砂浜を綺麗にしたりするんじゃないのか?
それとも、ただ単に面倒くさくて誰もしていないだけなのかもしれない。
 さて、問題はこれからだ。ひとまず、無事に生き延びることができた事を天に感謝しながら、これからの先の事を考えな
ければならない。ひとまず、誰かいないか、水と食料がないかを知る必要がある。砂浜を歩いて近くを通った船に助けを
求めても恐らく、声だけでは届かないだろう。せめて煙でもあげることができれば、また違ってくるのかもしれない。
漂流物からは、火を起こせそうなものは見当たらない。
 森へ入ろう。当然、危険は付き物だが、恐れていては始まらない。俺は意を決して、森の中へと入っていった。


 森の中へと入って数十分。意外と森の中は、村の近くにあった村とは然程違いはないように思えた。野草にせよ木の実に
せよ、一応食べられなくはないものは見かける。後は水の一つでもあればなんとかなりそうにも思えた。手頃な木の棒を
杖代わりにし、しばらく歩き続ける。
 木陰からたまに差し込む太陽の光が眩しい。昨日の嵐のせいか、木々の間から見える空には雲ひとつない快晴。気温も
暑い。喉が渇く。木の実を口に運んだり、野草を食べてみたりはするものの喉を潤すには十分とは言えず、口には苦い味が
広がる。額の汗を拭った際に、腕からは塩が吹き出ていた。全身で海水を浴びたからだろう。
 早く水が飲みたい。そう願った時だった。

 スゥゥゥー、スゥゥゥー

 耳から何かが吹き抜けているかのような音が聞こえた。歩みをとめ、耳をすませば、音はこの先から一定のリズムで
聞こえる。洞窟でもあるのか? もしかしたら、水でも溜まってはいないだろうか。ほんの僅かながら希望が沸き上がってきた。
ゆっくり、ゆっくりと生い茂った草をかき分けながら、音の聞こえる方向へ向かうと、思わず自分の目を疑ってしまう
光景を目の当たりにしたのだ。
「すぅー、すぅー」
 という音の正体は少女の寝息だったのだ。だが、問題はその少女である。外見は幼く見え、自分より年下で、妹的な
存在の子が体を丸めて眠っている。白い髪は長く伸び、耳はエルフ? という種族のように耳がとんがっている。俺は
初めて魔物以外のヒト型の生き物を見た。そして、自分より一回りも二回り以上巨大な生き物を見たのも初めてだ。
可愛らしく体を丸くして眠っているが、自分の家よりもしかすると大きいんじゃないのかっていうぐらい大きい。
 どうする? ここから逃げた方がいいのだろうか。外見で判断してはいけない。もし、目を覚ましたら俺は巨大な少女に
食べられてしまうかもしれない。この世は弱肉強食。弱者は強者に食われてしまうのだ。手に持っている木の棒で少女を
撲殺できるとは思わないし、敵うわけがない。
 答えはでた。逃げよう。俺は何も見ていないんだ。ゆっくりと、後ずさりをしようとした。

 パキィ!

 言ってるそばからこれである。運悪く木の枝を踏んでしまい、乾いた音が響き渡る。そして、巨大な少女の紫色の瞳が
薄っすらと開いていく。何かに隠れないといけないのに足に力が入らない。
「くそっ! 動け、動け足! ビビってるんじゃねぇ!!」
 太股を握りこぶしで、一回、二回と叩くものの足は震え上がり、動こうとしない。そして、巨大な少女は完全にこちらの
存在を見つめている。
「ひぃぃ」
 もうダメだ。食われちまう! 
 腰を抜かし、その場でへたりと座り込んでしまう。ズシン、ズシンっとゆっくり四つん這いで近づいてくる少女に、木の棒を
振る。へなへなと波を打ってる木の棒は虚しく空を斬る。
 ズン! ズン! と、左、右に巨大な肌色の肉壁に挟まれる。そして、ゆっくり近づいてくる巨大な顔。ダメだ。殺られて
しまう。だが、もう、木の棒を握って振る握力なんてものはなかった。
「はっ、はひぃ」
 なんとも惨めな声を張り上げながらな両手で顔を隠す。ふぅー、ふぅーという、巨大な生暖かい吐息が体全身に浴びる。
いつ、巨大な少女にペロリとされてもおかしくない状況だ。だが、中々口内に運ばれる気配はない。恐る恐る、手と手の間から
隙間をつくり、巨大な少女を見ると、少女はじーっと見つめていた。
 心臓が爆発するんじゃないかというぐらい強い鼓動が脈打つ。そこから、なんとか冷静になろうと必死で呼吸を整えようと
する。
 するとどうだろうか。巨大な少女は顔を離し、その場で立ち上がるなり、体をくるっと回し、ズシィン、ズシィンと音を
立てながらその場を去ってしまった。助かったのだろうか? 一体、あの少女は何がしたかったのか? 近眼なのか、臭いでも
嗅ぎに来たのか全くもって謎である。ひとまず食べられるという脅威は去ったのだ。
 徐々に気持ちが落ち着いてきた。もう、少女の足音は聞こえない。だが、不思議な気持ちが込み上げてくる。俺は巨大な少女に
興味をもってしまったようだ。なぜ、少女はここにいるのか? どうしてあんなにデカいのか? 他に仲間はいないのか?
もちろん、あの少女がたまたま見逃してあげただけで、次は恐れて食われる危険はなくはない。でも、不思議と恐怖心は沸いては
来なかった。食べられたらそれまでだという開き直りまででてきた。
 俺はマゾなんだろうか、いっそあの少女に食べられてもいいのかもしれないと苦笑いを浮かべながら、巨大な少女が残して
いった足あとを頼りに、後を追うことにした。


 足あとを頼りに後追いかけること数分後、ようやく巨大な少女を発見した。ちょうど、少女は木に実っている果実をぶちりと
毟り取るなり、手頃を岩に腰をかけ、食べはじめた。
 シャリ、シャリ、シャリっと、まるでりんごでも食べいるみたいだ。俺は木に隠れながら果実を食べいる少女を見ていると、
喉を乾いていたのを思い出した。生唾をごくり。あの巨大なりんごみたいな奴を分けてもらえないだろうか?
 そう、思った時だった。俺は無意識のうちに木から思いっきり体を出し、美味しそうに果実を食べいる少女に見とれていると、
ビシリと目が会った。目を細め、少女はこちらをじっと見つめる。こうなれば覚悟を決めるしかない。俺は手に持っていた木の棒を
捨て、両手を広げて、戦う意志がないと彼女に近づく。近づけば近づく程、少女の体の大きさを改めて実感する。
 そして、腕を伸ばせば捕えられる距離まで近づいた。ここで、俺は人間と人間以外の生き物に“言葉”は通じるのか不安に
なった。言葉が解らなかったらどうしようか? 現にさっきだって、言葉が通じ合えば無言で立ち去るなんてことはなかったハズ。
少女はじーっと俺を見つめる。
 ごくり。と、俺は生つばを飲み込む。そして、両膝を地面につけ、人差し指で少女の持つ果実に指を指し、その後自分の口に
ちょんちょんとデスチャ-をする。少女は頭を傾げ、もの不思議そうに俺を見つめる。
 やはり、通じないのか。諦めかけたその時、巨大な少女は食べかけの果実をスッと俺の元に近づける。目の前には自分の半分
ぐらいの巨大なりんごに似た果実がある。俺はそのまま本能のまま、果実にしがみつく様に抱きつき、そのままガブリつく。
 シャリシャリと、少々巨大なりんごを食べいる様な食感が口の中を広がる。
「うめぇ! うめぇ!」
 思わず声に出しながら食い始める。乾いた喉に染みわたる甘い汁がなんとも至福の時であった。そこに、思わず耳を疑う言葉が
耳に入ってきた。
「・・・おいしい?」
 巨大な少女が話かけてきたのである。しかも、人間と同じ言葉で。俺は胸をドンドンと叩き、喉に詰まりかけた果肉を胃袋に
落としこむ。
「あぁ、とってもおいしい」
「そう」
 少女は短い言葉で返事を返し、視界をあげた。
「人間の言葉がわかるのか?」
「・・・・」
 少女はすぐには答えなかった。そして、視界をこちらに向け、口を開いた。
「たぶん」
 人間の言葉はある程度知っているということなんだろうか? それでも人間と会話できるだけ知能の高い魔物の一種なのかと
思う。たぶん、話せばわかってくれると思う。
「他に仲間は、いる?」
「・・・仲間?」
 人間の言葉はわかる。でも、知らない言葉もあるって言うことなのか身振り手振りを加えて少女にデスチャ-しながら会話を
することにした。
「えーっと、“仲間”っていうのは、貴方以外にも誰かいる? ってこと」
「・・・仲間、いない。ガウしかいない」
「が、がう?」
「ガウ。私の名前」
「あ、そうなんだ。あ、いや。ごめん。俺も自己紹介がまだだったね。俺の名前はアルト」
「あると、ガウの仲間?」
「仲間っていうか、なんというか、友達?」
「・・・友達?」
「えーっと、友達っていうのはだなぁ」
 なかなか説明が難しい。よく簡単に友達、友達と片付けられそうなんだが、いざ説明してみろっていうと友達っていうのは
なんて説明すればいいのか。腹を割って喋れる仲とでもいうべきか。実に悩ましい。

 そんなこんなで、色々がんばって説明をしていると、その中で出てくる単語を、ガウと名乗る巨大な少女はその単語の意味を
聞いてくる。俺はなんとかその単語の意味を説明しようとするが、自分の言葉に自信があったりなかったりと色々不安だったが、
次第にガウもわかってきたようで徐々に話はスムーズになっていった。


 気がつけば、すっかり日は西の空へと沈みかけようとしていた。なかなか言葉の意味を説明するというのは難しいものだ。
途中果実を食べながら喉に潤いを与えながらしゃべっていると、飲水ならこの先にあるといい、湖の近くで人間の言葉教室を
行っていた。
 話していてわかったことはこの島にはガウしかいない無人島らしい。自分の育て親も解らず、ずっと一人で過ごしていた。
基本はずっと眠っているようで、目が覚めては手頃な果実を食べてはまた眠るの繰り返しのようだ。そして、何よりガウは俺に
敵対的意識はなく、初めてガウと会った時は、自分以外の生き物に興味を持ち、じーっと観察したが、お腹が空いたから無視した
ようだった。この島に猛獣という猛獣はいないが、たまに獣はでるらしい。が、今はガウと友達になれたらしく、ガウは俺を守って
くれるらしい。ひとまず、今夜は安心して過ごせそうだ。俺は適当な草原に体を寝そべり初めての野宿を体験したのだった。

 翌朝、グゥゥゥゥゥゥっというもの凄い音に目を覚まし、音がした方向へと顔を向けるとそこには女の子座りをしたガウがお腹を
触っていた。
「お、おはよう。ガウ」
「・・・おはよう」
「お腹空いた?」
「うん」
 小さく頭を縦にふるガウ。基本、果実を食べては眠るの繰り返しで、体を動かさない分、あまり食べなくても大丈夫な体質の
ようだが、流石に昨日は頭を使ったからかお腹が空いたのだろう。
「よし、じゃあ今日は俺がガウにごちそうしてやる」
「・・・ごちそう?」
「あぁ。昨日ガウが俺に食べ物を与えたように、今日は俺がガウに食べ物を与えるって事」
「・・・うん」
 んっんーっとちょっと調子が狂うが、別に言葉の意味を間違えているわけじゃないよ・・・な? とりあえず、何をごちそうさせるか
を考える。ガウの巨体とさっきの腹の音をを考えるといっぱい食べたいだろう。この島については詳しくはないから獣を狩るというは、
できないだろうし、島に住んでいるガウに協力するわけにもいかない。
 
 考えた結果、俺達は海に向かうことにした。魚をいっぱい捕まえてガウに腹いっぱい食わせてやると考えての行動だ。途中、魚釣りにでも
使えそうな物を探しながら砂浜へと向かう。糸に使えるかわからないようなツタを取ったり、銛か竿の代わりにでもなりそうな木の棒を
拾い、砂浜へと辿り着いた。
 いよいよ腕の見せどころである。釣りという経験もあまり自信はないが、ガウのためにがんがろうと張り切って木の棒にツタを巻きつけ、
適当な虫を餌に魚を釣ろうと準備をしていた時だった。
「ガウ、ここ得意」
「・・・へ?」
 頼りない竿が完成したと同時にガウはザブザブと海の中へと入っていく。太股ぐらいの深さまで進んだあたりから、ガウは人差し指を
界面につけ、数分後、ザバーっと勢い良く手の平を引き上げると指先には小さな魚が噛み付いていたようだ。それを素早くもう片方の手で
捕まえてこちらへ向かって上陸を果たす。
 ガウが捕まえてきたのは人喰いサメだった。ガウにとっては小さな小魚だが、俺のような人間では、このサメに丸呑みされてもおかしくはない。
陸に上げられた人喰いサメはビチビチと大暴れをしていると、ガウは再び海へと入っていった。仕方なく、人喰いサメが逃げないよう木の棒で
叩きながら、見張りをする。
 やがて、人喰いサメは弱ってきたのか、動かなくなった。やれやれ、これで一安心したと再び海の方へと向かっていったガウを見かけると、
ザバザバとガウの半分ぐらいはあるであろうクジラと今度は格闘をしていた。幼い容姿から結構ワイルドな事をする子だ。一瞬、クジラを
両腕で捕まえて、そのまま持ち上げようとした時に暴れるクジラの尾ビレが股にあたり、クジラを離してしまった。しかし、すぐさま
クジラに馬乗りをするガウ。なんとか捕まえようとガウも必死だが、最後はクジラ強烈な潮吹きをガウの顔面にぶちかまし、そのまま海へ
と逃げ去っていったのだ。
 とぼとぼ陸へと帰ってくるガウ。ガウとは会って間もない仲ではあるが、あまり表情をださないのだが、どことなく悔しそうな表情で
陸へと帰ってきた。
「逃げられた」
「いや、無理して捕まえなくてもいいんだよ」
「くやしい」
「次、頑張ればいいじゃない」
「うん」
 そういうと、ガウはその場でヘタリを座り込んだ。空腹で戦ったのだから本来の力は出し切れていなかったのかもしれない。が、あんなもの
捕まえてきてもどう調理していいかもわからない。現に、ここにいる人喰いサメもどう調理していいのかわからない。
「ガウ、魚は好きじゃない」
「どうして?」
「臭いし、おいしくない」
 まさかガウはこれを生で食べていたのだろうか。俺も調理には自信はないけど、これをかぶりつくのは勇気がいる。ひとまず、丸焼きにでも
すればおいしいんじゃないか?
「じゃあ、俺がおいしくなるようにがんばってみるから、手伝ってくれ」
「わかった」
 ガウは短く返事を返した。ここからはいったん別行動である。ガウには燃えそうな物を探して貰うようにお願いし、俺はサメのウロコを木の棒で
ガシガシと擦ったり殴ったりと、剥がしてゆく。ものの数分でガウは両手に大量の木の枝を運んできた。ガウに鱗を剥がす事を説明して、ウロコ
剥がしをバトンタッチする。
 次に俺は木の枝を並べ、着火しやすい乾いた草のうえでカチカチカチっと、島で拾った火打石で日を起こす。キャンプワイヤー並に大きい
焚き火をするわけだから中々火が燃え上がるのには苦労したが、無事火は着火した。そして、最後に巨大な大木をサメにぶっ刺し、焚き火の真上
ガウにぐるぐる回すようにデスチャーで教える。もの不思議そうに火の上で魚をぐるぐる回すガウ。時折、煙が目に入ったらしく顔をしかめたりも
した。もう少し、ガウが小さければ全部俺がしてやれたのになぁっと申し訳無さそうに火の火力を調整する俺。
 やがてサメが焼けて、香ばしい匂いがしてきた。頃合いだろう。
「ガウそのまま食べていいぞ」
「いいの?」
「おう」
 ガウは若干躊躇ったかのような表情をしたが、そのままサメにかぶりつく。
「んぅー!」
 口をモグモグさせながら嬉しそうな声が聞こえる。どうやら旨いみたいだ。それからガウはムシャムシャとサメを食べ、半分ぐらい食べたところで
食べるのを止めた。
「どうしたガウ?」
「おなか、いっぱい」
 けふーっと息を吐き、今度は両手を砂浜にのせ、サメを砂に当たらない程度の高さで俺に差し出す。
「今度は、アルトが食べる番」
「いいのか?」
「うん」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 そういうと、ガウの食べかけの部分からサメを食べてみると、うまかった。だが、ガウの体型からすると、もうちょっと食べないと体に悪いんじゃない
かと思う。もしかしたら、俺の分をワザと残してくれていたんじゃないかと思うぐらいだった。

 こうして、今日もまた一日が過ぎていった。


 *

  
 この島についてからどれぐらい経っただろうか。ガウと一緒に過ごす時間は楽しくてとってもいいものだ。だが、同時に心配なことが一つある。
俺の帰りを待っている家族は一体どんな心境だろうか。きっと、物凄く心配している。一泊二日の旅にしては時間をかかりすぎていている。
ここで、大きな決断をしなければならない。
 今日は、ガウに漂流物がよく流れ着いたりする場所を案内してもらった。現場につくなり、自分が漂流した地点より然程遠くはなかった。以前にも
ガウときた場所でもある。ガウはよく気持ちがモワモワした時に、よくここに来て漂流物を破壊する事もあると俺に説明をした時があった。おそらくは
ストレス発散の一つであるだろう。
 その、ストレス発散する姿もガウは俺に見せてくれた。見に覚えのある大破した船首にヒップドロップをしたり、ますと持ち上げてはその場でへし折り、
その場に散乱していた木箱をズシンズシンと踏み潰す姿も見せてくれた。その一生懸命物を壊すガウの姿には可愛らしさもあったが、同時に“あの船”は
俺が潜入した船に瓜二つだ。船の一部と一緒に俺は流れ着いたのだと思う。そして、木箱を踏み潰すガウの姿。もし、ガウの機嫌の悪い時に俺が漂流
していたら、俺はガウに踏み潰されていたかもしれない。そう考えたら、自然と体が震えだした。そして、ガウに「怖いからもう、壊すのはやめてくれ」とも
お願いした。すると、ガウは「わかった」といい、物壊しをやめた。 そんな苦い思い出もあるこの場で俺はガウに一つの告白を考えていた。
「ガウ、今日は大事な話があるんだけどいいかな?」
 コクリと頷くガウ。
「実は、俺は一度この島を出ようと思っている。俺には家族っていうガウと同じぐらい大切な人がいる。そして、その人達が今も俺の帰りを待っている
 かもしれないんだ。だから・・・」
 最後は声がなかなか言えなかった。どう締めていいかわからなかった。別れの言葉をするために読んだわけじゃない。ガウとは今までどおり、友達のままで
いたい。
「・・・わかった」
 ガウは言った。
「ガウは何をしたらいい?」
 その言葉と表情には寂しさを浮かべながら切なく俺に言った。
「ごめんな。絶対帰ってくるから、俺に、力を貸してくれ・・・」
 こうして、ガウと一緒にイカダ作りを始めた。寂しい空気が流れつつも、お互いに楽しく船を作ろうと、砂浜に設計図を書いて、それっぽい素材を集めて
漂流していたロープで縛る。イカダが出来る頃には夜になっていた。出航は明日の朝と決めた。

 ガウと最後の夜、俺も何を喋っていいかわからない。ここがどこなのかもわからないのによく簡単に『必ず帰ってくる』なんて言えたなと砂浜で焚き火の
炎を見て思う。無事故郷へ帰れるかもわからないのに。家族とは決別して、ずっとここにいればいいんじゃないかと、迷いすらも思う。イカダを作っておきながら、
今から起こす選択肢に自信なんてなかった。頭をグシャグシャにかく。どうしていいか自分でもわからない。そんな姿を見たからどうなのかわからないが、ガウが
俺に話をかけて来た。
「ガウ、アルトにお礼を言わないといけない」
「・・・お礼?」
「うん。ありがとうって」
「そんな、ありがとうだなんて、俺がガウに言う言葉だよ。今までずっと、この島で俺の面倒みてくれたのに、明日、この島を出るってのに、ありがとうって
 言っていいのかごめんなって言った方がいいのか、わからねぇ」
 気づけば、目には涙が溜まっていた。ガウにずっと助けられっぱなしだった日々に俺はガウに何もしてやれなかった悔しさがこみ上げてきた。
「アルト、ありがとう。ガウと友達になってくれて。ガウはいままでずっと一人だった。寂しかった。でも、アルトが友達になってくれた。それだけで、ガウは
 嬉しい」
「ガウ・・・」
「アルト、早く寝る。明日旅立つなら、よく寝る事。ガウはもう寝る」
 ゴロンとガウその場で俺に背を向けて寝っ転がた。このガウの背中を見るのも今日が最後なのかもしれない。今まで何回この背中に寝返りで押し潰されそうに
なったことか。
「あぁ、そうだな。おやすみ、ガウ」
 俺も眠る事にした。ガウと一緒に寝た最後の夜は、寝返りで押し潰されることはなかった。

 そして、翌日。いよいよ別れの時が近づいてきた。イカダには巨大なりんごを乗せて別れを告げる所だった。なんて言って別れたらいいのか、そんなことばっかり
考えていた。すると、ガウは海の方角目掛けて指を指していた。
「アルト、あれ」
 ガウが指差す方向に目をやると、一隻の船が見える。今から頑張って追いかければ助けてもらえるかもしれない。少なくともただ闇雲に海の中に突っ込むよりかは
安心できる。
「ガウ、頼む」
「わかった」
 俺はオール代わりになる適当な木の板を持ちながら、イカダに乗ると、ガウがゆっくりとイカダを海へと押してくれる。ザブザブと、足が届くギリギリのところまで
ガウはイカダを押してくれた。そして、イカダを押すガウの手がついに離れた。
「アルっトー、いびゃびゃで、ありがばぁっとー」
 海水が口に入り、言葉にならない声でガウは俺に別れの言葉を告げたのだ。
「ガウー! 俺の方こそありがとー! 必ず、必ず帰ってくるからなー!!」
 俺も溺れかかっているんじゃないかと心配になるガウに必死に叫ぶと、声が届いたのか今度は、ばしゃんばしゃんっと手を懸命に振っていった。俺もガウに見えているか
わからないけど、手をブンブンと振る。そして、これからだ。ガウがここまでしてくれたんだ。無事に帰る。そして、戻ってくると心に誓い、俺は必死でオール代わりの
木の板で船を漕ぐ。
「おーい! おーーーい!!」
 何度も叫びながら、船に向かってイカダを漕ぐ。
「おーーーーーーい!!!」
 喉が潰れてもいい。腕が潰れてもいい。どうか、俺を見つけてくれと必死で船を追いかけた。


 *


 あれから何月かが立った。あの日、ガウと別れ、懸命に船を追いかけ俺は無事に救助されたのだ。船乗りから当然驚かされた。一緒に持っていた巨大りんごにも
当然驚かされたが、オール代わりに使っていた木の板には『Marin Blue』と書かれていたようで、あの日、潜入した船の名前だったそうだ。あの船の乗組員は全員が
行方不明とされており、その中の唯一の生き残りだと思われたようだ。そして、どこで今まで過ごしていたのか聞こえると、豆粒の様に小さくなった、ガウが住んでいた
島に指を指した。
 すると、乗組員達は顔を真っ青にした。船乗りの間で、誰もあの島に言ったことはなく、向かおうとすれば突然の天候が、海が荒れ始め無理に向かおうとすれば、その
船は沈められるという話があり、誰も近寄るよることができなかったそうな。そんなバケモノ島から来たというものだから船内では軽いお祭り騒ぎが起き、無事に村から
一番近い港町に付いた。
 一文無しの俺だったが、船乗り達に巨大なりんごと物々交換という形で金銭に変えて、服を買い、宿で泊まった。久しぶりのベットは、どこか寝づらかった。翌日、
港町を出て、村に帰ってくれば、これまた軽い騒ぎ事になった。『あのアルトが生きていた』と村中に一瞬で伝わり、無事家に帰ってきた。母親は泣きながら抱きつき、
親父からはキツイ一発を貰った。無事に帰ってきたんだな、と。少々複雑な気持ちになった。

 後日、再び俺は村に出ることを親に話せば、親は呆れ帰ったかのような表情をした。
「もう、お前の好きなようにしろ」
 死なない程度の恐ろしい目には十分あってきたとばかり思っていた親も、無理には止めようとはしなかった。よしっと、さっそく旅支度をした。
「今度はもっと、ビックリするようなもの連れてきてやるよ」
 それが親に言うと、すかさず港町目指して向かった。

 ノープランで港町に付き、どうやったらあの島まで行けるのか。港町に着くなり重要な事に気づいた。はて、船を貸してくれといって潔く貸してくれる人なんて誰も
いないだろう。とりあえず、日も暮れてきたことだし、適当な宿に泊まってから考える事にした。
 翌日、あの伝説の男が帰ってきたと港町では騒がれていた。その伝説の男はどうやら俺らしく、あの巨大なりんごをまた取ってきてもらえないかと偉い人からお願いされた。
ある意味ラッキーな話だった。俺はすぐなり交渉をすると、無償で大型の船を貸してくれる事になった。たった一人大型の船を貸すというのには中々首を縦には振ってくれ
なかったが、大量の巨大りんごの約束と、あと、もしかするともう一人乗ってくるかもしれないという事を伝えるとなんと、なんとか了承し、再びあの島へ向かって俺は
出航したのであった。
 二隻の船があの島へと向かう際に、軽く船の操縦マニュアルを教えてもらった。そして、ギリギリのところまで先導してもらうと、俺以外の乗組員は先導した船に
移動させ、俺一人でガウの待つ島へと向かった。舵を握り、快晴すぎる天気も俺に味方しているのだろうか、それとも俺の運が異常なぐらいいいのか、俺自信わからない。
 そして、島が徐々に近づいてくると、砂浜にポツリの白いロングヘアーの少女の姿が見えた。間違いない、ガウだ。俺は久しぶりの再開の嬉しさから。舵から手を離し、
船首まで一気に走りだし、叫んだ。
「おーーーい! ガウーーー!!!」
 両手をブンブンと振り回す。が、そろそろ錨を降ろさないとヤバイのでいそいで、錨を下ろし、小型場のボートを海に落とす。そして、急いでボートに飛び込むみ、
ボートを漕いだ。船の姿が徐々に小さくなっていく、後ろを振り向けば島でペタリを座っているガウの姿が大きくなっていく。ガウのヤツ、まだ気づいていないのか。しかし、
あれからずっと海を見て俺の帰りを待っていてくれたのかと考えると涙がこみ上げてくる。あともう少しでガウに会える。
「ガウーーーー!!!」
 後ろを振り向き大声を張り上げる。するとようやく、ガウが俺の存在に気づいたのか、その場で立ち上がりザバザバと海の中へと入ってきた。そして、まもなくして
波が激しくなり、何かにぶつかった。そして、ボートには大きな影が覆い被さり、空を見上げれば、あの時と変わらぬガウの姿があった。いや、あの時と変わらなくは
ないか。鼻先を赤く染め、懐かしい紫色の瞳には大粒の涙が溢れ落ちていた。
「アルトーーー!!」
 ガウの叫び声と共にボートに押しかかってきた。
「わーーっ! ガウ、今は早い! ボートが壊れちまう」
「ガウ、アルトに会いたかった」
「俺もだよガウ。だから、ちょっと、ボートからどいてくれ」
「・・・うん」
 ガウはボートから体をどかすと、ボートの後ろの部分を押しながら島へと誘導してくれた。そして、久しぶりに俺はこの島へと帰ってきた。
「ガウ、今までずっと、ここで待っていてくれたのか?」
「・・・うん」
「そうか、ありがとな。ガウ」
「・・・うん」
 こみ上げてくる涙を何回も拭いながらガウは返事を返した。
「じゃあ、いい遅れたけど、言うぞガウ」
「・・・うん」
「ガウ、ただいま」
 

 Fin