人類と艦娘と深海棲艦との戦いは難航していた。海が存在する限り人類は無限に増殖し続ける深海棲艦相手に
痛打を与えることが出来ていない状況である。だからといって、海を無くす事などできるはずもなく、一進一退
終わらぬ戦争を続けていた。
 軍人からすればある意味では幸せを感じているものもいるであろう。国民が自分たちを必要としてくれている、
怪物から守ってくれるスーパーマン。均衡が崩れない限り、少しの敗戦では国民は文句を言わない。よくやった。
などと称えてくれるのだ。圧倒的資源の差に戦っているのを言い訳に、かと言って批判的な態度をとればいざと
いう時に戦ってくれなければ困る。戦いには主に艦娘が出ている限り人類は我が身を守る事に精一杯なのだ。
 そんなある日、ある提案がだされた。内容を要約すると“近代化改修で艦娘を巨大化”させることである。現に
艦娘の元のカタチは人間を乗せる巨大な船、駆逐艦にせよ数百メートルはあるのだ。そんな中、艦というカタチ
からヒトの姿で深海棲艦と戦う彼女達に本来の姿に戻す研究が数年続けられ、この度要約試験段階に入る事と
なった。ヒトのカタチで数百メートル、言わば大巨人の創生である。もし成功すれば巨大な艦娘で数百、数千の
深海棲艦を相手に巻き返しを返せるかもしれない。
 近年、深海棲艦も進化を続けている。技術的には粗いものが多いが、そこは圧倒的数でカバーされている。
もし、深海棲艦が人類、艦娘側の技術に追いつき、追い越されてはもはや抵抗する余地はない。
 そこで、急ではあるがその艦娘を巨大化させる近代化改修のテストが行われた。その試験の対象とされたのが、
比較的大人しく、人類に敬意を重んじる輸送任務のスペシャリスト、白露型駆逐艦五番艦、春雨が選ばれた。

 *

 ピンク色の髪の毛をなびかせ、左側頭部から伸びる長いポニーテールで建物を薙ぎ払わないか顔の振り向き
に気を払い、一番の難所、間違って人、車を踏み潰したりしないかというテストを行う巨大な少女が街に出現
したのである。この街に住む者達は、これは“近代化改修で艦娘を巨大化させる”プロジェクトに選ばれた
白露型駆逐艦五番艦春雨の初めての巨大化した体のウォーミングアップだと知らされおっかな恐ろしくその姿を
目の当たりにしていた。
 試験は見事成功。予定通り元の艦の時だった大きさである111mまで巨大化した。海に出る前に陸地での
走行テストを行っている。春雨が動けばその巨体である程度何頭の影響はでる。地面に亀裂や陥没、近隣の建物
には振動や風圧、窓や壁の破損も当然起きる。しかし、それらの被害もある程度把握しなければ今後艦娘の巨大化
を推していく為には対巨大艦娘が起こす器物破壊のデータ収集、それらに耐えられるモノ作りが急務となる。
 そしてなにより、今まで数十kgしかなかった自身の体重がいきなり数千トンに変わるとなればその巨体を動か
せる事ができるかが心配されていた。陸地で難なく走行できなければ、海に浮いて戦う事などできる訳もないが、
それ以前にあまりに重く、動くことが出来なければこのプロジェクトは白紙にされる。人類の命運は春雨に
掛っていた。度重なる走行テストの末、春雨は自身の体重に負けることなく走行可能と判断された。輸送任務で
鍛えられた足腰が春雨を大きく進化させたのだ。道路を平均台のようにバランスを取りながら歩いてみては、
自分の膝の高さのビルをジャンプで越えてみせたり、四つん這いになり建物を上から覆い走行することもできた。
 しかし、問題は春雨は輸送任務ばかりを担当し、実戦成績はおろか演習にもろくに参加させて貰えなかった。
言わば戦闘に関しては素人である。そして、これからは足元にいる数百cmの仲間を揺れる海の上で仲間を踏み
潰したりしないよう、連携をとる訓練がはじまる。春雨は人類の為、平和のため一生懸命努力をした。
 春雨は練度が足りないとは言え、敵もまた数百cm。敵の攻撃なんて下手すれば気づくこともないであろう。
圧倒的体格差がある。戦闘は場数を踏んで慣れてもらうしかないと上層部は判断した。どうあがこうと、蟻が
像に勝つなんてことは出来っこないのと一緒だからである。実戦投入し、データ収集を行い、適した戦闘スタイルを
見つけるようみな努力をした。

 だが、春雨は突然変異を起こした。

 *

 春雨が突然変異に気づいたのは何気ないことであった。巨大化したとは中身は女の子。出撃の際の身だしなみは
きちんとガラス張りのビルを鏡代わりにチェックをし、気合を入れる。しかし、そんなある日ふと今まで薄っすらと
見えていたそのビルの屋上が目に入ったのだ。初めはただ単に“少し背が伸びてしまった”程度にしか思っていなかった
春雨だったが、日に日にそのビルが小さくなっていく感じがした。ほんの少し恐怖を覚えた。幸い身体の巨大化に
服のサイズが合わなくなるというトラブルは艦娘の身に着けている服、装備はその艦娘の身体に合わせて変化してくれた
のは非常に助かった点ではあるが、春雨事態の止まらぬ巨大化という事実だけは現在進行形で進んでいる。
 いつか止まってくれる。と、みんな思っていたが、膝を大きく曲げて使っていたガラス張りのビルの屋上は春雨の股
ぐらいの高さとなり、身体が大きくなれば足ももちろん大きくなる。平均台感覚だった道幅は狭くなり、今では道路
沿いにある建物を半壊、全壊させてしまうぐらい大きくなってしまった。
 こうなってしまうと被害は大きくなっていく一方である。春雨はその後幾度となく引っ越しを繰り返した。引っ越しを
繰り返すたびに春雨の心は大きく歪んでいった。

 *

 春雨の突然変異は以前止まらぬまま現在に至る。
 止まらぬ巨大化に“近代化改修して巨大化”させるプロジェクトは凍結。解決策も見つからず春雨同様犠牲者を
増やす訳にはいかない。作戦も春雨1人で行う。援護も連携も巨大化過ぎる春雨の前ではそのような行為は無意味なので
ある。春雨は元の体より数百倍大きくなった姿から、今では数千倍以上大きくなってしまった。皆からは戦績を
称えられるがその声は春雨には届かない。誰も春雨のそばにいてくれない。春雨は与えられる任務をただ淡々とこなす
機械になっていた。
 そんなある日、春雨は久しぶりに人間の街を訪問する許可を得た。人間サイドも今の春雨を受け入れる事は困難極まり
ないのであるが、ガス抜きをしないといつその巨体を我々人類にぶつけてくるかもわからない。超巨大春雨のおかげで
深海棲艦との戦争も終戦を迎えようとしている。もし、その戦争相手がいなくなった場合、次の戦争相手は我々人類に
なるのかもしれない。となると今の春雨を止めるものは何もないのだ。ただ、受け入れるしかない。春雨という巨大な
傘下に護られる為にも従うしかないのだ。
 そして、春雨はある街へと訪れた。中には入らずただ遠くから見つめる。前まで鏡代わりにつかっていた大きさの
ビルは今では春雨の踝以下、思わず鼻で笑ってしまう春雨。

 こんなちっぽけなものを護る勝ちなんて本当にあるのでしょうか?
 春雨をこんな姿にさせてしまった人間を許していいのでしょうか?
 暴れてもいいよね? 
 罪には罰を。
 これは仕方がない報いなのです。
 春雨を孤独にさせた人間を春雨は許すことは出来ません。

 込み上げてくる今まで込み上げてくることのなかった感情、怒り、哀れみ、そして虚しさ。
 もし、そんなことをしても何もならない。人間を滅ぼす事なんて今の春雨にとっては容易な事だ。しかし、それを
やってしまったらどうする? 仲間達は人間を護る為に春雨に武器を向けるでしょう。だって春雨はバケモノになって
しまったんだもの。

 ココロガコワレチャウヨネ。

 込み上げてくれる涙に歪む視界。これから深海棲艦を含むムシケラ共を見下し、一方的な戦争を仕掛け、春雨は一人
孤独に生き、そして死ぬのだ。もう、どうでもいいのだ。何が正義で悪かなんてわからない。どうでもいい。大好き
だった司令官、大切だった姉妹を裏切り、春雨は、今、鬼になります。
 春雨が覚悟を決めた。春雨にとってはただの一歩が人間たちにはどのような影響を与えるのか、そしてこれから繰り
広げられる惨劇にどうもがくのか、せいぜい春雨を楽しませてくださいね。

 *

 一方的な虐殺が行われた。

 かと、思いきや春雨の心は急遽変わったのだ。街を踏み荒らそうとした時、春雨は長らく感じたことのないものを
目の当たりにした。怒りに身を任せれば気づくこともなかっただろう。が、春雨は鬼になり切れなかったのだ。
 春雨が久しぶりに感じたのは、細くて長い弱弱しく伸びる建物から生み出された小さな影、日陰の存在に春雨の
進行を止めた。
 今の春雨は誰よりもどんなものより大きい存在で、光を浴びることはあれど、日陰に隠れることは出来ない
存在になってしまった。そんな春雨より大きい存在があるというのだ。そして、春雨は自分の目を疑った。あるのだ。
無駄に高さだけを追求したタワービルが。その技術は不明だが春雨から見れば超巨大ポッキーのようなものだが、それでも
そのタワービルは数千mある春雨よりも大きいのだ。
「凄い…」
 春雨は思わず声を出して言ってしまった。巨大化が止まらず何時しか口を閉ざしていた春雨の声はうまく発生できて
いたか不明なものがあったが、春雨はそのタワービルに感動していた。

 あぁ、ものを見上げるってのも久しぶりな感じですね。

 春雨はしばらく、そのタワービルを見上げていた。もう、こんなことすることなんてないんだろうと思っていたのに
自然とまた涙が浮かんできた。しかし、この涙は先ほどの憎しみの涙ではなく、感動の涙であった。
 今の春雨数千mもある超巨大な艦娘より大きな建物に感動してしまったのだ。なんて無駄で愚かな事をしているのだろう
と笑いたくなるようなものではあるが春雨は感動してしまった。春雨より大きいものを作れるなんて、やっぱり人間は
凄いんだな、と。
 そして、今から行おうとしていた行為にハッと気づきゾッとする。あともう少しで本当にとりかえしのつかない事を
してしまうところだった。狂った感情を洗い流し春雨は正気に戻る。そして、しばらく何か言い訳を考える。
「まさか今の春雨でも負ける事なんてあるんですね!」
 どことなく興奮しているような声に皆春雨の発言に注目した瞬間である。
「本当に人間さんは凄いです! 噂・・・には聞いていたんですよ? その、春雨より大きいのがあるって。で、今回
 それを確認しに来ただけです! だから皆さん安心してくださいね。でも、春雨も負けず嫌いなのです。いいですか?
 春雨は今も尚絶賛成長期真っ盛りなのです。今度遊びに来る時は春雨の方がそのタワービルより大きくなって帰って
 きますから、人間さんも春雨に負けずに大きくて頑丈な建物を作ってくださいね! 負けませんから!」
 そう言い残すと春雨は自分の拠点としている無人島に戻ろうとしたが、立ち止まり、再び振り返る。
「あ、でも材料がないと作れるものも作れませんよね。そんな時は春雨に気軽にご相談ください。元輸送任務の
 スペシャリスト春雨、地の果てまで物資を取りに行ってまいります!」
 
 後日、春雨の巨大化は今だ衰えることなく進み、例のタワービルよりも大きくなった。が、春雨は人間の底力という
ものに感動したのだ。どんなに小さくても精一杯、一生懸命生きている、頑張っているんだっと。もう、流石に春雨を
驚かせるような事をするなんて、不可能な話ではあるのだろうが、その人間達の頑張りを春雨は暖かく見守って行こうと
思ったのであった。